第2部 邪魔な特許の潰し方 ~無効資料調査と情報提供~

邪魔な特許の潰し方 ~無効資料調査と情報提供~

1.サーチャーはいらない ~検索がすべてではない~

(1)邪魔な特許を潰すには、邪魔な特許の早期発見が第一の要点

(2)心配な特許が見つかった時は、まずは経過情報を調べる

(3)「邪魔な特許」を潰すために利用する特許庁の制度

(4)「潰す」ためには、先行技術文献調査が必須

(5)特許庁の審査における検索の実例

(6)サーチャーはいらない;検索スキルがすべてではない

(7)私の考える「邪魔な特許の潰し方」全体像

2.無効資料調査の前段階 ~無効資料調査に必要な知識~

(8)無効資料調査とは

(9)無効資料調査の前段階(1)その時点で有効な特許請求の範囲の確認

(10)無効資料調査の前段階(2)審査書類や審判書類の入手

(11)無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その1

(12)無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2

(13)無効特許資料調査の前段階(4)潰すべき技術的範囲の特定 ~対比~

(14)無効特許資料調査の前段階(5)事業観点からの考察

  (15)無効資料調査の検索は出願前調査と基本的に同じだが、特有なことがある。

(16)「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~

(17)新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念

(18)進歩性欠如の考え方:容易想到の論理構築

(19)進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

(20)進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

3.特許文献調査 ~検索作業と結果評価~

(21)特許文献調査 ~検索式の作成は、「特許分類」と「ワード」と「時期的範囲」との掛け合わせ~

(22)特許文献調査 ~難しいのは、検索でヒットした公報の評価~

(23)AI(人工知能)で特許文献調査は可能になるか?

4.無効資料が見つからない時、どうするか?

(24)無効資料調査;”下位概念で潰す” ~公然実施の商品をさがす~

(25)無効資料調査 出願テクニックに対抗する ~異質の効果と用途発明~

(26)無効資料調査 検索できない非テキスト情報 ~図表、写真~

(27)無効資料調査 ~審査情報・審判情報を調査する~

(28)無効資料調査 ~周辺特許と周辺情報の調査~

(29)無効資料調査 ~海外特許資料調査~

  (30) 無効資料調査 ~非特許文献資料調査~

(31)無効資料調査 ~パラメータ特許を潰す~ ”推認”

(32)無効資料調査 ~パラメータ特許を潰す~ ”実験成績証明書”

(33)無効資料調査 ~無効資料を見つけた後にすること~ ”訂正を考慮する”

5.明細書の不備を突く

(34)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~

(35)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(2)~

 (36)  明細書の不備を突く ~サポート要件違反(1)~

 (37)  明細書の不備を突く ~サポート要件違反(2)~

(38)明細書の不備を突く ~実施可能要件とサポート要件との関係~

6.情報提供

(39)特許侵害を未然に防ぐための情報提供(1)

(40)特許侵害を未然に防ぐための情報提供(2)

(41)特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(1)~ 

(42)特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(2)~ 

(43)不運にも邪魔な特許を潰せなかった場合に備えて(1)先使用権による抗弁

 (44)不運にも邪魔な特許を潰せなかった場合に備えて(2)特許不実施の主張

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(1)邪魔な特許を潰すには、邪魔な特許の早期発見が第一の要点

邪魔になる特許を潰すためには、無効資料調査、それもそのスキルが一番大事のように思われているのではないか。

しかし、「潰す」には、まずは、「邪魔な特許」を見つけていることが前提になる。

「潰す」ための第一の要点は、実は事業の障害となりそうな特許の「早期発見」である。

特許庁から特許出願や特許査定等のさまざまな情報が公開される。

「早期発見」の意味は、可能な限り、迅速に公開情報を入手、そして、入手情報の中に、

「邪魔な特許」が含まれていないか迅速にチェックして、「邪魔な特許」となりそうな特許を

見つけることである。

「早期」であればあるほど、当然のこと、いろいろな「潰す」アクションを取れる。

たとえば、審査請求されていない時点であれば、情報提供・異議申立て・無効審判の

「潰す」アクションを状況に応じて取れるし、

時間的余裕、費用の点でもメリットがある。

また、万一、「潰す」ことが難しいと判断された場合でも、侵害回避対策を検討する

余裕がある。

しかし、審査の結果、特許査定となり、特許公報が発行され、7カ月後に発見した場合で

あれば、無効審判しか「潰す」手段は残されていないし、難易度は格段に高くなっている。

公開情報は、出願からの時系列で言えば、大多数の特許出願は、公開特許公報、出願情報

(書誌・経過情報)、特許公報の順になる。

公開特許公報は、「出願日から起算して、18月(1年6月)経過後2週間以内」、

つまり、出願日から約1年半後に、出願された情報が公開される。

特許公報は、審査の結果、特許査定になり、登録料が納付され、特許庁での設定登録後、

3~4週間程度で、特許査定となった情報が公開される。

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kouhou/kouhou2/koho_faq.htm

公報の発行予定は公開されており、公開公報は毎週木曜日、特許公報は毎週水曜日である。(https://www.jpo.go.jp/torikumi/kouhou/kouhou2/hakko.htm)。

書誌・経過情報は、「整理標準化データ」として、データ提供予定日が公開されている

http://www.inpit.go.jp/info/standard/data/30fy.html)。

(平成31年5月からは、書誌・経過情報に関する新たなデータの提供を開始予定。

https://www.jpo.go.jp/torikumi/chouhoyu/chouhoyu2/keikajoho-kakudai.html

公開特許公報、出願情報(書誌・経過情報)、特許公報は、いずれも、独立行政法人

工業所有権・情報研修館の「特許情報プラットフォーム」(J-PlatPat)

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopPage)で検索することができる。

検索方法は、上記ウエブサイトに説明があるし、多数の成書に詳細に紹介されている。

(たとえば、

「特許調査入門 改訂版 サーチャーが教えるJ-PlatPatガイド」

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026604380-00

書評 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/66/7/66_367/_article/-char/ja/

なお、J-PlatPatの検索機能は随時更新されているので、注意が必要。

いち早く情報を入手するためには、国際出願された特許の情報も視野に入れたい。

国際出願特許は、WIPO(World Intellectual Property Organization、

世界知的所有権機関)に出願され、国際公開される。

国際出願された特許は、特許権を取得したい国に対して、移行手続を行って、

当該国での審査を受けられるようにする。

移行手続を行うと、当該国にて公開公報に相当する「再公表公報」が発行される

(「平成29年度知的財産権制度説明会(実務者向け)テキスト PCT 国際出願制度の概要

-特許協力条約(PCT)に基づく国際出願の仕組み」

https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/pdf/s_tokkyo/text.pdf)。

日本では「再公表特許は公報ではないため、あくまでも目安となりますが、

国際公開から約1年9月程度」(https://www.jpo.go.jp/torikumi/kouhou/kouhou2/koho_faq.htm#anchor1-2

である。

国際公開の段階での情報を入手するようにすれば、国内での情報収集だけよりも、

かなり早期に察知でき、よりさまざまな対策を打つことができる。

国際公開の情報は、WIPOの「PATENTSCOPE 国際・国内特許データベース検索」

https://patentscope.wipo.int/search/ja/search.jsf)で検索できるし、

Espacenet Patent search (https://worldwide.espacenet.com/advancedSearch?locale=jp_EP

でも検索できる。

また、日本へ国内移行手続された国際出願特許のデータは公開されており、

「再公表特許公報」よりもはやく日本に移行されたかどうかを知ることができる。

(他国特許庁との工業所有権情報の交換、その情報の活用

http://www.inpit.go.jp/info/coop/index.html

国内移行データ一覧表 http://www.inpit.go.jp/info/topic/topic00002.html)。

「邪魔な特許」を見つけるためや、その動向を把握するためには、

JPlatPatや“PATENTSCOPE”、“Espacenet Patent search”などの

公的データベースでは、定期的に検索を行う方法がある。

商用データベースには、“SDI”(Selective Dissemination of Information、

選択的情報提供)の機能があり、あらかじめキーワードなどの検索条件を検索システムに

登録しておくと、定期的に自動で検索して、メール等などで検索結果を提供してくれる

サービスがある。

また、「邪魔な特許」の動向を知るために、特定特許の経過情報を定期的に検索して、

動きがあった場合に知らせてくれる“WATCHING” (ウォッチング)の機能が

備えられている。

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(2)心配な特許が見つかった時は、まずは経過情報を調べる

公開公報や特許公報の検索で、抵触する懸念があると思われる「要注意特許」が見つかった

場合、どうするか?

見つかった「要注意特許」が、本当に「邪魔な特許」、事業の運営(製造、販売等)の

障害となる特許かどうかの判断が必要になるが、まずは、以下を確認する。

(1)要注意特許の権利状態の確認(経過情報の調査)

(2)出願前からの実施の有無

「要注意特許」が、本当に「邪魔な特許」、事業の運営(製造、販売等)の障害となる特許かどうかの判断が、まず必要になる。

検討を始めるにあたって、「要注意特許」が「邪魔な特許」であると仮定して、どの程の影響があるかを簡単でよいので見積もること(イメージすることでも十分)はしておきたい。

影響度が大きいと思われる場合には、以下の作業を迅速に行う必要がある。

「邪魔な特許」は、他社から特許侵害で訴えられるリスクのある特許である。

それゆえ、特許的な検討をする際に、特許侵害の警告を受けた場合の対応方法が参考になる。

特許侵害の警告を受けた場合の教科書的な対応方法は、以下のようなものになる。

1.特許の権利状態の確認

2.特許請求の範囲に入る(技術的範囲に属する)かどうかの確認

3.特許の無効理由の有無

4.特許の出願前から実施していたかどうかの確認

「要注意特許」の中には、公開公報の調査で見つかった特許出願も含まれる。

公開公報に掲載された特許出願は、大部分は審査未請求であり、審査請求されず、自然消滅する出願も含まれている。

また、審査請求されても特許査定されるかどうか、さらに、審査過程で特許請求の範囲が変化する場合が多いので、見つかった時の請求範囲がどうなるかを予想することが必要になる。

公開段階の特許出願において、上記対応方法の2と3は、不確定要素の多い特許の成立性についての検討を含むため、高レベルの専門的知識が要求されるし、大きな労力が必要となる。

したがって、最初の段階で2と3の検討を含めることは、一般的には難しい。

そうなると、要注意特許を発見した場合に、短時間で労力少なく「邪魔な特許」であるかのどうかの判断する方法は、まずは、上記の1と4、つまり、以下の2つになる。

(1)要注意特許の権利状態の確認(経過情報の調査)

(2)出願前からの実施

(要注意特許にかかわる商品の販売開始日や技術の実施開始日の確認)

(1)「要注意特許の権利状態の確認」(経過情報の調査)について

邪魔な特許となる可能性のある特許を発見した場合は、経過情報を調べて、

最新の「特許請求の範囲」を確認することが不可欠である。

要注意特許の権利状態は、「経過情報」を調べることによって確認できる。

「経過情報」の調査は、「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」の

「特許・実用新案番号照会」で特許の登録番号を入力して検索し、

「経過情報」のタブをクリックし、「出願情報」、「審判情報」、および「登録情報」を

見ると特許の状況を確認できる。

(ただし、より正確には、特許庁で「特許登録原簿」を確認する。)

特許公報の検索で発見した特許の場合には、「登録情報」で特許料未納や存続期間満了と

なっていないか(死んだ権利となってないか、「生死情報」)、

特許登録時以降に、権利が他の名義人に移転されていないかを調べることが必要である。

また、「審判情報」を見て、異議申立てや無効審判請求されているかどうかや、

訴訟が提起されているかどうか調べることが必要である。

異議申立てや無効審判請求がなされた場合、特許権者は、無効な権利とならないように、

往々にして特許請求の範囲を狭める訂正を行い、それによって権利無効となることを

回避しようとする。

訂正された内容をチェックすることによって、「抵触しない」と簡単に結論される場合

も多い。

公開公報の検索で発見した特許出願では、公報発行時に既に審査請求され、

審査が進んでいる場合がある。

拒絶理由通知に対して、手続補正書で対応していれば、補正された特許請求の範囲の確認が

必要である。

また、拒絶査定に対して不服審判請求していれば、多くの場合、特許請求の範囲が

狭められている。

既に拒絶査定となっており、期限内に応答しなかったために、「死んでいる」場合も

あり得る。

問題となる特許出願が国際出願されている場合には、日本以外の国での審査状況

(いわゆるパテントファミリー、特許ファミリーの審査状況)を調べることは、

参考になる。

「要注意特許」と思っても、調査によって、実際には、死んでいたり、請求範囲が狭められて

範囲外になっていれば、実際には、「邪魔な特許」でないことが確認できる。

(2)「出願前からの実施」について

(要注意特許にかかわる商品の販売開始日や技術の実施開始日の確認)

「要注意特許」が見つかった時、抵触リスクのある商品の販売開始日や、実施技術の実施開始日を調べることも必要である。

「要注意特許」の出願日(優先日)より前であれば、「先使用権」によって、抵触を

回避できる可能性がある。

実際に「先使用権」で抗弁するためには、その証拠をそろえる必要があり、

それほど簡単ではないが、「要注意特許」の出願日前から実施している技術であれば、

最終的に「邪魔な特許」であると判断することになっても、その影響度は

限定されることになる。

抵触するかどうかの最終判断には、

高いレベルの専門的知識と経験を要求されるが(いわゆる「鑑定」)、

(1)経過情報を調べ、最新の権利状態や権利範囲を確認することと、

(2)抵触可能性のある商品や技術の実施開始日を調べること、

の2つは、短時間かつ少ない労力で、「邪魔な特許」であるかどうか、あるいは、

なる得るかどうかを判断するのに役立つ。

ただし、経過情報の読み方や実施開始日の考え方についての基礎知識を持っていることが

前提になる。

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(参考文献)

警告状を受けたときの対応 http://www.jpaa-tokai.jp/activities/media/detail_528_0.html

特許権侵害の警告書を受領した場合の対処法 https://business.bengo4.com/category5/practice813

審査書類情報照会 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/tokujitsu/pfwj/PFWJ_GM401_Top.action

PCT出願の活用方法

https://www.ktsip.com/2018/01/10/%EF%BD%90%EF%BD%83%EF%BD%94%E5%87%BA%E9%A1%98%E3%81%AE%E6%B4%BB%E7%94%A8%E6%96%B9%E6%B3%95/

パテントファミリー https://worldwide.espacenet.com/help?locale=jp_EP&method=handleHelpTopic&topic=patentfamily

特許ファミリー

https://www.weblio.jp/content/%E7%89%B9%E8%A8%B1%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC

ワン・ポータル・ドシエ(OPD)https://www10.j-platpat.inpit.go.jp/pop/all/popd/POPD_GM101_Top.action

Espacenet 検索ミニガイド
https://www.jpo.go.jp/index/kokusai_doukou/iprsupport/miniguide/pdf/patent_espacenet.pdf

先使用権制度について https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/seido/senshiyou/

Q6.特許権と先使用権 http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa06.html

先使用権制度の活用と実践~戦略的な知財保護のために~

https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/seido/senshiyou/pdf/index/setumeiyou.pdf

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(3)「邪魔な特許」を潰すために利用する特許庁の制度

「邪魔な特許」が見つかった時に、潰すために利用できる特許庁の制度は、

「情報提供制度」、「異議申立制度」、および「無効審判制度」である。

「邪魔な特許」と思われる特許が見つかった時にどうするか?

教科書的には、

特許の審査状況や権利状況の調査、特許の権利範囲に入るかどうかの属否判定を行う。

その結果、抵触(侵害)する可能性が高いと判断される場合、可能性の程度の評価が

必要になる。

程度評価のために先行文献調査を行い、その結果をもとに、「無効化可否の判断」を行い、

「邪魔な特許」への対応方法を決めていくことになる。

「邪魔な特許」を「潰せる」(拒絶査定または無効化できる)と判断された場合には、

特許庁の制度を利用して、潰していくことになる。

「潰す」ために利用できる特許庁の制度は、

「情報提供制度」、「異議申立制度」、「無効審判制度」の3つになる。

「邪魔な特許」が、審査請求前や審査中であれば「情報提供制度」を利用する。

「情報提供」することによって、

抵触しない形にまで特許請求の範囲を狭めさせたり(「減縮」させたり)、

「拒絶査定」に追い込んで完全に潰せれれば、目標を達成できたことになる。

審査請求前の情報提供の場合、強力な無効資料を提供すれば、

出願人に「審査請求しても、とても特許にならない」と思わせ、

審査請求の手続きを断念させることができるかもしれない。

しかし、回避可能と思わせてしまうような弱い無効資料を情報提供した場合、

出願特許を「邪魔な特許」と思っている会社があると認識させることになり、

出願人の権利化意欲を高めることになり、逆効果になる可能性がある。

「情報提供」によって潰すことができず、特許登録になった場合や、

早期審査制度の利用等によって公開公報発行前に既に特許登録されていた場合、

特許公報発行日から6カ月以内であれば「異議申立制度」を、

6カ月を超えた場合には、「無効審判制度」を利用して、潰しかかることになる。

以下に、各制度を説明する。

情報提供制度の概要(資料 https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/jyouhou_01.htm

(1)情報提供ができる時期;出願後はいつでも、特許付与後でも可。

(2)情報提供ができる者;誰でも情報提供可能、匿名でも可能。

(3)情報提供できる情報;拒絶理由や無効理由のうち、下記に関する情報を提供可能。

第17条の2第3項(新規事項追加)

第29条第1項柱書(非発明又は産業上利用可能性の欠如)

第29条第1項(新規性欠如)

第29条第2項(進歩性欠如)

第29条の2(拡大先願)

第39条第1項から第4項(先願)

第36条第4項第1号(明細書の記載要件違反)

第36条第4項第2号(先行技術文献情報開示要件違反)

第36条第6項第1号から第3号(特許請求の範囲の記載要件違反)

第36条の2第2項(原文新規事項追加)

(4)提供方法;書面、「書面」に該当しないもの(例えばビデオテープ)は不可。

書面;刊行物又はその写し、特許出願又は実用新案登録出願の明細書又は

図面の写し実験報告書などの証明書類 など

異議申立制度の概要

(資料  https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/tokkyo_igi_moushitate.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/igi-tebiki/tebiki.pdf

(1)異議申立できる時期;特許付与後の一定期間(特許掲載公報発行の日から6カ月以内)

(2)異議申立ができる者;だれでも。ただし、匿名は不可。

(3)異議申立できる情報;特許法第 113 条各号に規定の事由(公益的事由)に限定。

第 113 条第 1 号 新規事項違反(外国語書面出願を除く)

第 113 条第 2 号 外国人の権利享有違反、特許要件違反、不特許事由違反、先願違反

第 113 条第 3 号 条約違反

第 113 条第 4 号 記載要件違反

第 113 条第 5 号 外国語書面出願の原文新規事項違反

(4)特許異議の申立ての証拠方法;通常は文書、

他に検証物、証人、鑑定人、特許異議申立人本人も可。

情報提供制度や異議申立制度においては、新規性欠如、進歩性欠如、および

請求範囲や明細書の記載不備(サポート要件違反・実施可能要件違反)を

示す情報を提出できるかがポイントになる。

異議申立制度は、適切に審査が行われて、瑕疵のない特許権とするための制度であり、

特許査定にかかわる制度である。

一方、無効審判は、「特許の有効性に関する当事者間の紛争解決を図る」ことを目的とする

制度(「当事者系」)である。

無効審判制度の概要

(資料 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/sinpan-binran_16/51-00.pdf

https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/02.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/sinpan-binran_16/51-04.pdf

(1)無効審判請求できる時期;設定登録後いつでも(権利の消滅後でも可能)

(2)無効審判請求できる者;利害関係人のみ。

(3)無効審判請求できる理由

公益的事由(新規性、進歩性、明細書の記載不備等)

権利帰属に関する事由(冒認出願、共同出願違反)

特許後の後発的事由(権利享有違反、条約違反、訂正要件違反)

(4)審理;原則口頭審理

無効審判は、審判請求人と被請求人(特許権者)との間で進められる。

異議申立のチャンスは限定されているし、無効審判は審判請求できるのが利害関係者に

限定されている。

また、事前準備(できるかどうかの検討も含めて)や、専門家への依頼費用も大きいが、

特許査定された特許を無効にできる確率は、実際のところあまり高くなくない。

これに対して、情報提供制度は、特許庁が提供した情報を採用しなかったとしても、

別の資料を見つけて再度情報提供することができる。

審査の過程で、特許請求の範囲が訂正されることは往々にしてあることだが、

訂正された内容に応じて、臨機応変に情報提供することができる。

また、匿名で行うことができ、かかる費用も安価である。

ただし、

「邪魔な特許」を審査段階で見つける必要がある。

また、「邪魔な特許」として、抵触リスクが低い特許まで含めると、対応のための

作業量が膨らむだけで効率的でない。

本当に対応すべき「邪魔な特許」かどうかを適切に判断できるかがポイントになる。

「邪魔な特許」の可能性がある特許が見つかった時にどうするか?

教科書的には、

特許の審査状況や権利状況の調査、特許の権利範囲に入るかどうかの属否判定を行う。

その結果、抵触(侵害)する可能性が高いと判断される場合、可能性の程度の評価が

必要になる。

程度評価のために先行文献調査を行い、その結果をもとに、「無効化可否の判断」を行い、

「邪魔な特許」への対応方法を決めていくことになる。

「邪魔な特許」を「潰せる」(無効化できる)と判断された場合には、

特許庁の制度を利用して、無効化していくことになる。

「潰す」ために利用できる特許庁の制度は、

「情報提供制度」、「異議申立制度」、「無効審判制度」の3つになる。

「邪魔な特許」が、審査請求前や審査中であれば「情報提供制度」を利用する。

「情報提供」することによって、

抵触しない形にまで特許請求の範囲を狭めさせたり(「減縮」させたり)、

「拒絶査定」に追い込んで完全に潰せれれば、目標を達成できたことになる。

審査請求前の情報提供の場合、強力な無効資料を提供すれば、

出願人に「審査請求しても、とても特許にならない」と思わせ、

審査請求の手続きを断念させることができるかもしれない。

一方、回避可能と思わせてしまうような弱い無効資料を情報提供した場合、

出願特許を「邪魔な特許」と思っている会社があると認識させることになり、

出願人の権利化意欲を高めることになり、逆効果になる可能性がある。

「情報提供」によって潰すことができず、特許査定になった場合や、

早期審査制度の利用等によって公開公報発行前に特許登録されていた場合、

特許公報発行日から6カ月以内であれば「異議申立制度」を、

6カ月を超えた場合には、「無効審判制度」を利用して、潰しかかることになる。

以下に、各制度を説明する。

情報提供制度の概要(資料 https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/jyouhou_01.htm

(1)情報提供ができる時期;出願後はいつでも、特許付与後でも可。

(2)情報提供ができる者;誰でも情報提供可能、匿名でも可能。

(3)情報提供できる情報;拒絶理由や無効理由のうち、下記に関する情報を提供可能

第17条の2第3項(新規事項追加)

第29条第1項柱書(非発明又は産業上利用可能性の欠如)

第29条第1項(新規性欠如)

第29条第2項(進歩性欠如)

第29条の2(拡大先願)

第39条第1項から第4項(先願)

第36条第4項第1号(明細書の記載要件違反)

第36条第4項第2号(先行技術文献情報開示要件違反)

第36条第6項第1号から第3号(特許請求の範囲の記載要件違反)

第36条の2第2項(原文新規事項追加)

(4)提供方法;書面、「書面」に該当しないもの(例えばビデオテープ)は不可。

書面;刊行物又はその写し、特許出願又は実用新案登録出願の明細書又は

図面の写し実験報告書などの証明書類 など

異議申立制度の概要

(資料  https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/tokkyo_igi_moushitate.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/igi-tebiki/tebiki.pdf

(1)異議申立できる時期;特許付与後の一定期間(特許掲載公報発行の日から6カ月以内)

(2)異議申立ができる者;だれでも。ただし、匿名は不可。

(3)異議申立できる情報;特許法第 113 条各号に規定の事由(公益的事由)に限定。

第 113 条第 1 号 新規事項違反(外国語書面出願を除く)

第 113 条第 2 号 外国人の権利享有違反、特許要件違反、不特許事由違反、先願違反

第 113 条第 3 号 条約違反

第 113 条第 4 号 記載要件違反

第 113 条第 5 号 外国語書面出願の原文新規事項違反

(4)特許異議の申立ての証拠方法;通常は文書、

他に検証物、証人、鑑定人、特許異議申立人本人も可。

情報提供制度や異議申立制度においては、新規性欠如、進歩性欠如、および

請求範囲や明細書の記載不備(サポート要件違反・実施可能要件違反)にかかわる情報を

提出できるかがポイントになる。

情報提供制度や異議申立制度は、適切に審査が行われて、瑕疵のない特許権とするための制度であり、特許査定にかかわる制度(査定系)である。

一方、無効審判は、「特許の有効性に関する当事者間の紛争解決を図る」ことを目的とする

制度である。

無効審判制度の概要

(資料)

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/sinpan-binran_16/51-00.pdf

https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/02.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/sinpan-binran_16/51-04.pdf

(1)無効審判請求できる時期;設定登録後いつでも(権利の消滅後でも可能)

(2)無効審判請求できる者;利害関係人のみ。

(3)無効審判請求できる理由

公益的事由(新規性、進歩性、明細書の記載不備等)

権利帰属に関する事由(冒認出願、共同出願違反)

特許後の後発的事由(権利享有違反、条約違反、訂正要件違反)

(4)審理;原則口頭審理

無効審判は、審判請求人と被請求人(特許権者)との間で進められる(「当事者系」)。

異議申立のチャンスは限定されているし、無効審判は審判請求できるのが利害関係者に

限定されている。

また、事前準備(できるかどうかの検討も含めて)や、専門家への依頼費用も大きいが、

特許査定された特許を無効にできる確率は、実際のところあまり高くなく、

それほど容易なことではない。

これに対して、情報提供制度は、特許庁が提供した情報を採用しなかったとしても、

別の資料を見つけて再度情報提供することができる。

審査の過程で、特許請求の範囲が訂正されることは往々にしてあることだが、

訂正された内容に応じて、臨機応変に情報提供することができる。

また、匿名で行うことができ、自ら書面を作成するのであれば、

かかる費用もわずかである。

ただし、

「邪魔な特許」を審査段階で見つける必要がある。

また、「邪魔な特許」として、抵触リスクが低い特許まで含めると、対応のための

作業量が膨らむだけで効率的でない。

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(4)「潰す」ためには、先行技術文献調査が必須

邪魔な特許を「潰す」ためには、拒絶あるいは無効とすべき理由を見つけることが必要で、

基本となるのは新規性欠如や進歩性欠如の理由があるかどうかである。

新規性や進歩性は、先行技術文献との対比によって判断されるので、

特許技術に関連する文献を見つけるための「先行技術文献調査」が必須となる。

邪魔な特許を潰すためには、情報提供、異議申立、それに無効審判の制度を利用することになるが、拒絶あるいは無効とすべき理由がそれぞれ定められている。

請求範囲や明細書の記載不備(サポート要件違反・実施可能要件違反)で争われるケースも多く見受けられる。

しかし、基本となるのは、新規性欠如や進歩性欠如に該当するかどうかの検討である。

新規性や進歩性は、発明と先行技術との対比によって判断されるので、先行技術の文献調査が必要になる。

特許庁の審査においては、通常、外部機関に依頼し作成された先行技術文献の検索報告書と、審査官自身の検索結果をもとに判断される。

検索の考え方や手法は、以下に詳細に説明されている。

平成30年度調査業務実施者育成研修 INPITテキスト

検索の考え方と検索報告書の作成  http://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf

特許庁調査業務実施者育成研修テキスト

http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/searchportal/htdocs/search-portal/top.html

先行技術文献調査実務[第4版] http://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/cjitumu.html

検索手法は、特許分類(Fターム、FI)を用いた検索と、

単語(キーワードを)用いた検索の2つの手法があり、

典型的には、

式1.FI、Fタームで、ある程度絞り込む。

式2.式1で作成した母集合に対して「ワードを用いた検索」を行い、

スクリーニングしやすい件数に絞る。

と説明されている。

特許分類は、各種技術を技術分野ごとに体系的に分類したもので、

各分類にインデックス(記号)が付与されている。

インデックスを用いて検索することにより、多くの先行する特許文献の中から、

類似技術や関連技術を簡単に抽出可能とする、

新規性や進歩性を評価するための特許文献検索用サーチツールである。

(参考)

特許分類の知識

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Knowledge_of_Patent_Classifications_2013_jp.pdf

特許分類について http://www.tsunoda-patent.com/doc/2016_06INFOSTA.pdf

主な特許分類には、国際的な分類として、

IPC(国際特許分類、International Patent Classification)や

CPC(共同特許分類、Cooperative Patent Classification)がある。

FI(File Index)やFターム(File Forming Term)は、日本独自の特許分類である。

FIはIPCをベースにしたものだが、

Fタームは、技術分野毎に種々の技術観点から細区分したもの。

Fタームは、主として複数組み合わせて用いることを想定しており、

複数のFタームの論理積によって、

「先行技術文献をスクリーニングできる程度の件数

(技術分野に応じて数十件~数百件程度)に絞り込むことを目指している」

と説明されている。

(参考)

特許分類の概要とそれらを用いた先行技術調査~IPC、FI、Fターム編~(平成30年度)

http://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/outlink00057.html

特許分類の概要とそれらを用いた先行技術調査~IPC、FI、Fターム編~(平成30年度)

http://www.inpit.go.jp/content/100798564.pdf

特許分類の概要とそれらを用いた先行技術文献調査~外国特許文献調査における特許分類編~http://www.inpit.go.jp/content/100798582.pdf

米国特許商標庁(USPTO)やEspacenet(欧州特許庁が提供する特許検索サービス)のホームページには、先行特許文献の調査の考え方が示されている。

いずれも、特許分類をベースとした検索方法が説明されている。

(参考)

Seven Step Strategy

https://www.uspto.gov/learning-and-resources/support-centers/patent-and-trademark-resource-centers-ptrc/resources/seven

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/7%20Step%20US%20Patent%20Search%20Strategy%20Guide%20%282016%29%20Long%20Version.pdf

Patent Search Strategies and Techniques Using Espacenet

http://iripo.ssaa.ir/Portals/35/%D8%A7%D8%AF%D8%A7%D8%B1%D9%87%20%DA%A9%D9%84/%D8%AD%D9%85%D8%A7%DB%8C%D8%AA%20%D9%81%D9%86%D8%A7%D8%B1%DB%8C%20%D9%88%20%D9%86%D9%88%20%D8%A7%D9%88%D8%B1%DB%8C/Espacenet.pdf

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(5)特許庁の審査における検索の実例

特許庁の審査において、先行技術文献調査として、外部機関に外注した検索報告書が

利用されている。検索報告書は公開されており、検索式や検索結果を知ることできる。

検索の実例として、特許第6113986号を取り上げる。

特許庁の審査における特許検索の実例として、特許第6113986号

「乳風味増強方法及び飲食品」(特許公報発行日 2017.4.12

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_6113986/76431CA9BEA3709A63A00CEA1FE3F636 

の検索報告書を取り上げる。

公開時の発明の名称は「乳風味増強剤及び乳風味増強方法」で、

特許請求の範囲は、以下であった (特開2014-60987

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26060987/9AD827A1F51F050AC96C380F5B5DF3F0 )。

【請求項1】  ガラクトオリゴ糖を有効成分とすることを特徴とする乳風味増強剤。

【請求項2】  ガラクトオリゴ糖1質量部に対し乳清ミネラルを固形分換算で

0.01~1質量部含有することを特徴とする請求項1記載の乳風味増強剤。

(請求項3以下、省略)

発明の効果は、

「本発明の乳風味増強剤を飲食品に添加すると、少量の添加であっても、

また、乳や乳製品の使用量が少ない場合であっても、

飲食品自体の風味や物性に影響を与えることなく、

乳風味のみを特異的に増強し、

飲食品に豊かな乳風味と乳のコク味を付与することができる。」

と記載されている。

本特許は、平成24年9月24日に出願され、平成27年6月24日に審査請求された。

先行技術文献調査として平成28年4月20日に検索報告書が出され、

その約1か月後の平成28年5年24日に特許庁から拒絶理由通知書が発送された。

先行技術文献調査は、外部登録調査機関への外注が利用されている

https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201401/jpaapatent201401_005-017.pdf)。

そして、「検索報告書」は、

「検索者は登録調査機関において指導者の指導・監督の下、

受領した案件の先行技術文献を調査し、

指導者による校閲・検認を受けた後に、

調査結果を仕様に定められた形式で審査官に説明(対話)し、納品する。」と

なっている

特許庁が発注する先行技術文献調査の概要は、以下に書かれている。

http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/touroku_chousa/02.pdf

検索報告書の作成については、以下に詳しく書かれている。

「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」

独立行政法人工業所有権情報・研修館 http://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)。

ここで、本特許の検索報告書を見てみよう。

検索報告書の書誌事項には、以下の記載がある。

登録調査機関名 一般財団法人工業所有権協力センター

指導者名  コード       L155

検索者名  コード   KK06

検索日        2016年 4月 5日

検索報告書作成日 2016年 4月12日

検索報告書は、以下の構成になっている。

1.本願発明の特徴

2.検索論理式

年月範囲:    年  月  日~2012年 9月24日(出願日)

検索式の【No.】、対応する 【クレームNo.】(請求項のNo.)、

検索に用いた【テーマコード】、【検索論理式】、ヒットした【件数】

3.スクリーニングサーチの結果(提示文献毎の表示)

4.スクリーニングサーチの結果(クレーム別形式)

5.備考(検索者用)

検索論理式(検索式)を作成するには、発明の特徴を明確にするために、

出願された発明を「分節」する。

「分節」とは、請求項を「発明特定事項」ごとに分けることである。

「発明特定事項」とは、1つの発明を特定するのに必要な事項のことである。

たとえば、本特許の【請求項1】の場合、

AとBの2つの事項(要件)から構成されている。

A:ガラクトオリゴ糖を有効成分とする

B:ことを特徴とする乳風味増強剤。

同様にして、

【請求項2】は、2つの発明特定事項から、構成されている。

ただし、そのうちの1つは、請求項1のBと同じであるので、

請求項2は、CとBの2つの事項から構成されていることになる。

C:ガラクトオリゴ糖1質量部に対し乳清ミネラルを固形分換算で

0.01~1質量部含有する

B:ことを特徴とする請求項1記載の乳風味増強剤。

このようにして、各請求項を分節する。

本特許の場合、発明特定事項は、A~Fの6つとなっている。

次に、検索を行う。

「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」には、

「調査業務にあたっては、原則、サーチツールとして特許庁の特実検索業務用PCの

「クラスタ検索システム」を利用して内国特許文献データベースを検索する」

と書かれている。

検索式は、特許分類(テーマコード)と、

上記の分節によって明らかになった発明特定事項などをもとにして、

選択された検索キーワードとを、適宜組み合わせて作成される。

本特許の場合、作成した検索式は22、検索でヒットした件数(スクリーニング件数)は

合計860であった。なお、検索式のうち、9式は外国文献を対象としたものである。

例として、検索式1を見てみよう。

検索式1は、

クレームNo.1~7(請求項1~7)に対応して作成されたもので、

以下のように記載されている。

テーマコード は、4B047、4B017、4B014、4B032、4B025、

検索論理式は、

「(乳風味+コク味+ミルク風味+ミルク感+乳感+濃厚感+ボディー感),

20N,

(ガラクトオリゴ+カップオリゴ+オリゴメイト+ラフィノース+スタキオース

+メルビオース+マンニノトリオース)/TX」

と記載されている。

テーマコードは、Fタームのテーマコードである。

4B047,4B017,4B014,4B032,4B025は、それぞれ以下のテーマ名を指す。

4B047;調味料

4B017;非アルコール性飲料

4B014;菓子

4B032;ベイカリー製品及びその製造方法

4B025;穀類誘導体・合成クリーム

(参考

テーマコード表の見方 https://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/themecode/00.pdf

Fタームテーマコード一覧情報(テーマコード表) 4B

https://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/themecode/4b.pdf)。

検索論理式の

「乳風味+コク味+ミルク風味+ミルク感+乳感+濃厚感+ボディー感」は、

本発明の効果に関係する検索キーワードである。

また、

「ガラクトオリゴ+カップオリゴ+オリゴメイト+ラフィノース+スタキオース

+メルビオース+マンニノトリオース」は、

発明特定事項A(ガラクトオリゴ糖を有効成分とする)に関係する

検索キーワードである。

この式は、2つの検索キーワードの近傍検索式となっており、

2つのキーワードの間にある、20Nは、語間隔指定と語順指定に関する。

(参考

C:語順指定ありキーワード1、キーワード2の並びで順で出現

N:語順指定なしキーワード1、キーワード2の語順は無視して検索)

つまり、

キーワード1とキーワード2の語順は無視して、

両キーワードが20文字以内の間隔で存在しているという検索条件を意味している

(検索報告書入手方法と見方についての要点は、たとえば、

5分でわかる「包袋に含まれる検索報告書」 http://www.ngb.co.jp/ip_articles/detail/964.html を参照)。

検索でヒットした文献は、スクリーニング(ふるい分け)にかけられ、

出願発明との関連性の高い文献は、検索報告書に記載される。

スクリーニングの結果、審査官に報告すべき文献として抽出されたのは、

以下の11文献であった。

1 特許文献 特開昭50-064465号公報       X

2    特許文献   特開2000-139343号公報    Y1

3    特許文献 特開2006-149371号公報    Y1

4    特許文献 特開2003-250486号公報    Y1

5    特許文献 特開平05-049397号公報       Y1

6    特許文献 特開2011-101637号公報    Y1

7    特許文献 特開平11-056283号公報       Y2

8    特許文献 特開2010-227095号公報    Y2

9    特許文献 特開2011-217645号公報    A

10  特許文献 特開2009-195161号公報    Y2

11  特許文献 米国特許出願公開第2011/0189348号明細書  Y1

文献名の後に記載されているX、Y1、Y2、Aは、

検索者が関連性の高さを判断してつけられた文献のランクであり、

それぞれ以下の基準とされている。

X文献;「当該文献のみで本願発明の新規性又は進歩性を否定することが可能な文献

(例えば、本願発明のすべての発明特定事項を含む発明が記載されている文献)」

Y1文献;「本願発明の中心的な発明特定事項を含む発明、あるいは本願発明との

一致点を多く含む発明が記載された文献(主引例)」

Y2文献:「主引例に記載されていない構成要素(副引例)。」

A文献;「複数の引例による組み合わせを構成できなくても、本願発明と関連が深い文献、

あるいは、組み合わせた結果が本願発明にもっとも近づく文献の組み合わせを検索。」

審査官は、検索報告書を考慮して、新規性や進歩性を判断することになるが、

本特許の拒絶理由書に審査官が実際に引用した文献は、以下の7文献であった。

1.食品と開発、2005年、40巻、4号、45~51頁

2.食品と開発、2004年、39巻、12号、59~65頁

3.食品と開発、2009年、44巻、12号、41~53頁

4.特開平7-87894号公報

5.特開2006-149371号公報

6.特開2010-227095号公報(周知技術を示す文献)

7.特開2011-217645号公報(周知技術を示す文献)

上記7文献のうち、検索報告書にされているのは3件(上記の5~7)で、

特に検索報告書でX文献と評価された特開昭50-064465号公報は、

拒絶理由として引用されておらず、

また、引用された文献でも、その評価ランクは異なっており、

検索報告書の結果がそのまま採用されてはいない。

上記「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」には、

「上記判断に利用する先行技術文献は「審査官が出願人を説得できるような先行技術文献」

(「検索者が審査官を説得できるような先行技術文献」ともいえる。)といった

客観性がなければならない。」と書かれている。

しかし、本特許の検索報告書の場合、文献の評価(新規性や進歩性の判断)は、

検索者と審査官とでは、異なっていたと思われる。

(以下のブログには、このあたりの事情について書かれている。

http://www.m-eitaro.com/entry/2017/05/18/%E6%A4%9C%E7%B4%A2%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%B4%BB%E7%94%A8%EF%BC%88%E7%89%B9%E8%A8%B1_%E4%B8%AD%E7%B4%9A%E7%B7%A8%EF%BC%89#%E3%81%B0%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%81%A8%E6%AC%A1%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E6%9B%B8%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99)。

なお、本特許は異議申立され(異議2017-700872)、特許請求の範囲は以下のように

訂正されて、権利維持された。

【請求項1】

ガラクトオリゴ糖を、飲食品中のガラクトオリゴ糖の固形分として

0.40質量%以下となる量で添加することを特徴とする、

乳蛋白質含量が1.0質量%未満である飲食品の乳風味増強方法であって、

該飲食品中の乳蛋白質1質量部に対し、

ガラクトオリゴ糖が0.01~2質量部となる量を添加する飲食品の乳風味増強方法。

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(6)サーチャーはいらない;検索スキルがすべてではない

「無効資料調査」においても「検索スキル」は大事だが、

特許を潰せる論理を構築する力、

論理を検索式に落とし込んで検索する力や、

ヒットした資料文献を評価(スクリーニング)する力が重要で、

それらは、

「新規性」や「進歩性」についての審査実務の理解度と

関連している。

「特許業界・知的財産業界情報トップスブログエントリー」に、

今は全文が読むことができないが、2つの興味深いブログが一部掲載されており、

以下にその部分を引用する。

「サーチャーいらね~」(https://iptops.com/blog/29558

「現在、特許庁は審査の効率化という名目のもと、

IPCCなどの外部機関に先行文献を外注しています。

IPCCでは、サーチャーと呼ばれる調査員爺さんたちが先行文献調査をします。

なので、審査官はサーチャーのサーチ結果を受け取って、

拒絶理由を書けばいいだけだから楽だねと思われる人もいるでしょう。

しかし、実態は逆です。

(*_*)審査官のほぼ全員「サーチャーいらね~」と思っています。

なぜか?先行文献 …」

もう一つ、「特許調査の重要点」(https://iptops.com/blog/39750

「なぜサーチャーは拒絶理由を書ける文献を見つけられないのか?

サーチャーと対話すると、正しいIPC,FI,ワードを全部使ったし、

見つけた文献は全部見たし、本願発明との一致点・相違点も全部検討したので、

私のサーチは問題ありません!という人が非常におおい。

マニュアル通りやったので問題ありません。

いやいや。マニュアル通りやることがサーチの目的じゃないでしょ。

売られているテクニック本もそういう類 …」

サーチャーとは、ここでは「特許調査従事者」の意味である。

特許調査をするには、検索スキルに加えて、

新規性や進歩性などの特許に関する知識を持っていることが必須で、

一般的な検索(サーチ)と本質的に異なる点である。

そして、先行文献調査に要求されるレベルは、

審判官に受け入れられてもらえるような

新規性や進歩性についての検索論理を構築できることが目標になる。

上記ブログの内容が事実かどうかは分からない。

しかし、審査官は検索報告書を考慮して審査をするわけだが、

(4)の事例で見たように、

検索報告書の調査結果がそのまま採用しているわけではないようだ。

「特許調査従事者の現状と今後に関する調査研究報告書」(http://www.inpit.go.jp/jinzai/topic/topic100011.html)や

「特許調査従事者(サーチャー) の育成に向けて」

http://www.japio.or.jp/00yearbook/files/2012book/12_1_09.pdf

というサーチャーについての資料がある。

特許調査の目的とレベルイメージとして、

以下のレベル1~レベル3が設定されている。

レベル1; 見習い、「補助を受けながら初歩的調査を遂行できる」

「国内出願・審査請求前先行技術調査」などがこのレベルに相当。

レベル2;一人前、単独で「目的に応じて最適な特許調査ができる」

このレベルで実践することができる特許調査の目的としては、

「無効資料調査」「国内の抵触確認調査」などがこのレベルに相当。

「無効資料調査」とは、

事業に支障をきたす他社特許が見つかった際に、無効化するための資料調査

「抵触確認調査」とは、

販売する商品に対して、抵触する可能性のある他社特許を確認すること

を指している。

レベル3;熟達者「高度な特許調査に対応できる」、「情報依頼部署に提言・提案ができる」

このレベルで実践することができる特許調査の目的としては、

知的財産法や判例を考慮した「判断」を含めた特許調査や

特許マップの分析・解析を通じた戦略の「提案」など、専門性が高く、

「判断」「提言」「提案」が求められるものになる。

上記を読んでいると、

レベル1は、「補助を受けながら初歩的調査を遂行できる」の 見習いのレベルであり、

レベル1で可能なのが、「国内出願・審査請求前先行技術調査」となっている。

「特許庁調査業務実施者育成研修テキスト 先行技術文献調査実務[第四版]」

http://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/cjitumu.html)には、

検索式の構築の考え方や検索テクニックが詳しく説明されているが、

市販されている特許調査の指南書の中には、誰にでもできて、

小遣い稼ぎになるというような表現があったり、

また、サーチャーのゴールは、通り一遍の定型作業で検索し、

一定の形式で検索報告書にまとめることと受け取れるものもある。

経験が浅いレベル1のサーチャーが、

マニュアル通りに検索式を構築して作成した検索報告書の中には、

調査業務指導者が納入に先立ち、

検索報告書の校閲及び検認をすることになってはいるが、

審査官に受け入れられないものが含まれているかもしれない。

無効資料調査となると一段高いレベル2の調査能力が要求される。

無効資料調査の対象となる特許は、

少なくとも「審査請求前先行技術調査」で引っかかってくる技術資料を

回避するような形で特許出願されている。

さらに、特許査定を受けるために、

審査段階での調査で発見された技術資料を回避するように、

補正によって特許請求の範囲を狭めてきているのが通常だからである。

新規性や進歩性の欠如を指摘されないように、

既にスリム化された特許請求の範囲に対して、

「審査請求前先行技術調査」と同じような考え方で調査を行っても

潰せるような技術資料を見つけることは簡単にできるとは思えない。

したがって、

無効資料調査においても、検索スキルは重要だが、

指南書にあるような定型的な検索方法は通用しないと考えた方がよいと

考えている。

特許を潰せる論理を構築する力、

構築した論理を検索式に落とし込んで検索する力や、

ヒットした資料文献を評価(スクリーニング)する力が重要で、

そのためには、「新規性」や「進歩性」についての実務の理解が必要である。

適切な無効資料調査を行うためには、以下が必要だと思っている。

(1)特許の基礎知識

審査基準、出願テクニック、および最低限の判例の理解。

審査・審判の過程で特許請求の範囲は変化する。変化も考慮した検討。

(2)技術の基礎知識

記載内容を理解するために必要な最低限の当該技術分野の技術常識

(3)事業観点の考察

無効にしたい技術的範囲の理解、抵触した場合にかかる費用、事業影響度

つまり、無効資料調査は、いわゆる、サーチャーの仕事の範囲を超えて、

弁理士の領域と重なってくる。

また、

「無効化可否の判断」や「抵触有無の判断」には、

「事業理解」が必要になる。

こうなると、スキルというよりも個人資質が決め手になってくる。

最後に、サーチャーについて書かれた2つの文献を紹介する。

「次世代の特許調査人材」(https://www.ipcc.or.jp/contest/wp-content/uploads/2017/10/specialtalk2016.pdf

(発言者は、「特許検索競技大会2015」の最優秀賞受賞者、弁理士や中小企業
診断士等の資格を持つ尼崎浩史氏)

「調査会社は山ほどあり、情報の単価もだんだん安くなって来ています。

加えて、将来的には人工知能が調査するのではないかという話もあり、

ただ調査だけをやっているのでは厳しい時代なのかなと思うのです。

その意味で、この先自分が何をすべきかを模索しているところです。

無効調査の鑑定や侵害調査の判定などで、

専門的な助言をするといった付加価値をつけることは今でもやっていますが、

更に別のことがやりたいという思いもあります。

その1つが中小企業診断士の資格を使った経営的なアドバイスで、

こちらもやりたいと考えています。」

「サーチャー酒井美里×IPFbiz ~特許調査のプロフェッショナル~」

http://ipfbiz.com/archives/sakaimisato.html

「酒井:検索テクニックは後からいくらでも身に付けることができるんですが、

テーマを掴むのはセンスのような部分もあって。技術用語の言葉尻とか、

こういう部品だとか、そういう細かいところについフォーカスしがちですけど、

もっと大きな技術的思想のようなものが重要ですよね。

ある意味出願と似ているところがあるのかもしれません。

さらにマクロ的な観点で言うと、

これらに加えて、依頼元の人や企業のバックグラウンドとか、

技術テーマの流れなどを含めた全体俯瞰が不可欠ですね。

検索のコツというのは、ミクロ的な検索とマクロ的な観点とのバランス感覚だと

思っています。」

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(7)私の考える「邪魔な特許の潰し方」全体像

「邪魔な特許」が見つかった時には、特許請求の範囲と

侵害懸念のある商品や技術との対比を行い、

特許の技術的範囲に属するか否かの判定を行い、

侵害リスクが本当にあることを確認する。

次いで、

無効資料調査や訂正・補正の可能性の検討を行って、

特許を無効化できる可能性が高いか低いかを判断する。

無効化できる可能性が高ければ、

異議申立、無効審判請求や情報提供の

アクションを取る。

可能性が低ければ、前記アクションに加え、

抗弁の可能性、実施技術の中止・変更、

ライセンシングなどの侵害回避方法の検討を行う。

ここで私の考える「邪魔な特許の潰し方」の流れ

(フロー)を書いてみたい。

「邪魔な特許」とは事業の運営に支障を及ぼす

(障害となる)可能性が高い特許。

フローは、各ステップごとに書くが、

考え方を示すためのもので、

実際には前後することや省略可能な場合もある。

また、自分一人でやるにしても、

必要に応じて、経験者や専門家のアドバイス、

関連部署の協力を得ながら進めていくことになる。

ステップ1;侵害可能性の確認(属否判定)

A.その時点で最新の有効な特許請求の範囲の確認

経過情報を調べ、出願後、特許請求の範囲が

補正されていないか調べる。

異議申立、無効審判請求、訂正審判請求されていれば、

特許請求の範囲の訂正が行われていないか調べる。

上記によって、最新の特許請求の範囲を確認する。

B.最新の有効な特許請求の範囲(技術的範囲)の画定

各請求項を発明特定事項に分節する。

分節された言葉(用語)の意味が不明の場合は、

定義を確認する。

確認のためには、明細書記載の検討や

審査経過調査(包袋調査など)、

および

当該技術分野における出願時の技術水準(技術常識)

についての知識が必要になる。

C.侵害リスクのある商品・技術(イ号)の確認

イ号商品、イ号技術を特定する。

(「イ号」の参考文献

(4)判定請求手続の流れ

https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/pdf/hantei2/hantei_04.pdf

知的財産用語辞典

http://www.furutani.co.jp/cgi-bin/term.cgi?title=%83C%8D%86%95%A8%8C%8F

侵害有無は、

特許請求の範囲に記載された発明特定事項(構成要件)との

対比によって判断する。

よくあるのが、

感覚的に嫌な特許だから潰したいという希望。

本当に障害となるかどうかは、

対比するもの(イ号)が明確でないと結論が出せない。

D.対比表の作成

請求項ごとに、

発明特定事項とイ号とを対比する。

対比は、「上位概念・下位概念」や「均等」の考え方を

含めて検討する。

対比によって、

イ号が請求項の発明特定事項をすべて充足するかどうかを判断し、

イ号が「邪魔な特許」の技術的範囲に属するか否かを判定する

(属否判定)。

その結果、

特許請求の範囲に属する(可能性が高い)と判定されたら、

「邪魔な特許」を無効化することによって

侵害を回避できる可能性があるかどうか検討する。

なお、

対比は、次の無効資料調査の前段階の工程でもある。

ステップ2.侵害回避可能性検討

登録された特許であれば、以下のA~Cを検討し、

特許を無効化できるかどうかの可能性を判断する。

審査中や審査請求前の出願段階であれば、

「特許成立性」の検討を行う。

A.新規性欠如・進歩性欠如の無効理由の存在可能性;無効資料調査

(ここでは、成立性を抵触確認調査、無効性を無効資料調査と呼ぶ)

B.36条違反の可能性;サポート要件、実施可能要件、明確性要件

明細書の記載を精査する。

C.特許請求の範囲の補正・訂正の可能性検討

拒絶理由通知や上記Aの無効資料調査で見つかった文献をもとに

特許請求の範囲の減縮等で、特許権者(出願人)が

拒絶理由や無効理由を回避できるかどうか検討する

無効化できる可能性は、「高い」または「低い」で評価する。

A.高い

少なくとも、

特許に抵触しないような技術的範囲まで

権利範囲を狭められる可能性が高い。

審査段階であれば、

抵触するような形で特許が成立する可能性は低い。

B.低い

抵触しない技術的範囲まで権利範囲を狭めることは難しい。

審査段階であれば、

侵害するような形で特許が成立する可能性が高い。

上記判断は、事案の重要性や評価の難易度が高い場合には、

必要に応じて、弁理士等に鑑定依頼して確認を取る。

ステップ3.侵害回避のためのアクション

無効化できる可能性が高い、あるいは

特許成立性が低いと判断される場合には、

以下のアクションを検討する。

登録特許;異議申立、無効審判請求

審査段階(審査請求前・審査中);情報提供

また、

無効化困難と判断される場合、あるいは

特許成立性が高いと判断される場合は、

上記の異議申立、無効審判請求、および情報提供に加えて、

以下のA~Cの可能性を検討する。

A.無効以外の抗弁の検討(作用効果不奏功、用尽など)

B.製造仕様等の変更による権利範囲外へ、あるいは製造販売中止

C.出願人あるいは特許権者からの技術供与・ライセンシング

(参考

特許侵害訴訟における作用効果不奏功の主張(上)

http://www.chosakai.or.jp/intell/pat/contents17/201704/201704_5.pdf

特許侵害訴訟における作用効果不奏功の主張(下)

http://www.chosakai.or.jp/intell/pat/contents17/201706/201706_7.pdf

特許権の消尽(国内消尽)とは

https://business.bengo4.com/category5/practice871

黙示実施許諾 – 知的財産用語辞典

http://www.furutani.co.jp/cgi-bin/term.cgi?title=%96%D9%8E%A6%8E%C0%8E%7B%8B%96%91%F8

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(8)無効資料調査とは

「無効資料調査」は、一般的な先行文献調査で見つかった先行技術発明を回避するように、既に特許請求の範囲がスリム化された特許についての先行文献調査である。

したがって、一般的な先行文献調査の手法では無効の証拠となる文献を見つけることは難しく、また、特許侵害にかかわる調査であるので、事業遂行への影響を考える必要がある。

適切な無効資料調査には、調査に取り掛かる前の適切な準備がポイントになる。

「無効資料調査」とは、一般的に特許査定された特許の無効または権利範囲の縮小を目的とする調査をさすが、

ここでは、審査請求前や審査中であっても、自社の事業の障害になるような出願特許の権利化の阻止や権利範囲の縮小を目的とする調査も含む。

具体的には、異議申立や無効審判で戦うための先行技術調査に加え、情報提供のための先行技術調査も指す。

特許指南書には、特許調査の考え方やスキルについて詳しく説明されている。

以下にこの3年間ほどで発刊された特許調査に関する書籍をリストアップした。

酒井美里;『特許調査入門 改訂版 サーチャーが教えるJ-PlatPat』

二神元信:『特許調査の研究と演習 調査の実際が体系的に学べる初めての教科書』

野崎篤志:『特許情報調査と検索テクニック入門―研究開発&特許出願活動に役立つ』

東 智朗、 尼崎浩史:『できるサーチャーになるための 特許調査の知識と活用ノウハウ』

小島浩嗣;『特許検索データベース活用術』

これらの書籍に、「無効資料調査」についての記述は少ない。

『できるサーチャーになるための 特許調査の知識と活用ノウハウ』の

「2-1-2 無効資料調査」には、「無効資料調査は先行技術調査と考え方は特に違いはない。」しかし、「調査規模、コストのかけ方についてはその背景の違いから異なるものになる。」

その理由として、

「対象文献については審査途中ですでに先行技術文献の調査および審査が行われた上で特許査定が行われていること」から、「おのずと調査範囲は審査中の調査ではカバーできていない範囲まで含めたものになる」として、調査範囲の設定が重要であると述べている。

また、

「無効資料調査が必要になっている時点でなんらかの問題が生じている状況であること」、

すなわち、差止請求や警告を受けた場合に行われるので、販売差止、訴訟費用、損害賠償など、「考慮すべきコストは大きくなり、先行技術調査と比べて大きくならざるを得ない。」と説明されている。

そして、最終的な考え方として、

「調査すべき範囲をテクニカルな面から検討し、コスト面から、そのうちのどの部分を優先して調査し、どの範囲までを調査対象とするかを決定するということになる。無効審判に使えそうな文献が見つからないときは、無効にできそうにないという判断をし、次の一手を考える材料にするというのもこの調査の重要な意義である。」と結んでいる。

無効資料調査に関する文献もある(六車正道 「概念検索を利用した無効資料調査」

http://www.japio.or.jp/00yearbook/files/2012book/12_2_10.pdf)。

上記文献には、無効資料調査の特徴として、

「開発着手前の動向調査や特許出願前の先行技術調査、製品出荷前の侵害予防調査であれば、もし調査漏れがあったとしても次のステップで対策をすればよい」が、「無効資料調査はその特許の有効性を争う最後の段階であり、次のステップは無い」調査であること、

また、

「その特許が有効かどうかにより高額の賠償金などを伴うものであり、出願前の簡単な調査に比べて数倍から数十倍の費用をかけることも多い」調査であること、

そして、

「無効資料調査では調査漏れのできるだけ少ない高精度の調査が求められる」ので、「多くの無効資料調査では、検索では数千件程度の粗い絞り込みにとどめておき、それを目視チェックすることになる」と書かれている。

無効資料調査でスクリーニングにかける文献数は、『特許情報調査と検索テクニック入門―研究開発&特許出願活動に役立つ』では一般的に300件~1000件程度、別の書籍(桐山勉 『特許調査の実際と技術50』)では、500件~2000件と書かれている。

『特許調査の研究と演習 調査の実際が体系的に学べる初めての教科書』の

「6.3 周辺調査-外堀を埋める」には、無効資料調査での周辺調査の大切さが述べられている。そして、周辺調査として、以下の項目が書かれている。

a.「経過情報」および「審査書類情報」調査

b.「Patent Family」調査

c.予備調査-J-PlatPat「特許・実用新案テキスト検索」等

(1)FI、テーマ、Fタームの調査

(2)Fタームの選択と決定

上記指南書の中で、無効資料調査について、もっともページをさいているのは、

『特許情報調査と検索テクニック入門―研究開発&特許出願活動に役立つ』

である。

「2.3.1 ② 無効資料調査・公知例調査」の説明として、

「自社製品・サービスが他人の特許権等を侵害することになる場合や、自社の現在・将来の事業活動に支障となり得る他社の特許権が存在する場合、その登録特許を無効化するための先行資料を探し出すための調査」であり、

「他社に警告状を送付や訴える場合、自社保有特許を対象に無効資料調査を行うこともある」と書かれている。

また、無効資料調査について、

「特許文献だけでなく、非特許文献(学術論文、カタログ、雑誌など)を含めて幅広く調査を行うのが一般的である。一般的に調査対象件数は300件~1000件程度である。費用・時間の面で余裕があれば、もっと調査対象件数を増やすこともできる。」

また、「8.3.3 無効資料調査」には、具体例が書かれている。

その説明として、

「無効資料調査の場合、表36のように対象特許と調査の結果抽出した先行文献を対比する対比表(クレームチャート)を作成するのが一般的である。」、

「対象特許のクレームを構成要件ごとに分かち書きし、その分かち書きした構成要件ごとに先行文献から関連記載箇所を抜粋して対比させる。」、

そして、

「先行文献1件ごとに対象特許の対象クレームとの関連性を示す◎、○、△などの関連度・カテゴリを付与する場合もある。」、「また、より詳細に構成要件ごとのセルに関連度・カテゴリを付与する場合もある。」と説明されている。

上記した特許調査の専門家の考え方や説明は、自分の経験と照らして、納得できるし、私の考える「無効資料調査」の考え方と共通する部分が多い。

「無効資料調査」は、

一般的な先行文献調査で見つかった先行技術発明を回避するように、既に特許請求の範囲がスリム化された特許についての先行文献調査である。

したがって、一般的な先行文献調査の手法では特許権無効の証拠となる文献を見つけることは難しいこと、特許侵害にかかわる調査であるので事業遂行への影響を考える必要がある。

そして、

「無効資料調査」の「進め方」として、検索式を作成する前の前工程として、リーガルステータスや審査審判の経過情報を得ておくこと、

そして、発明特定事項(構成要件)の充足性を、対比表を使って、客観的に評価することが重要である。

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(9)無効資料調査の前段階(1)その時点で有効な特許請求の範囲の確認

権利範囲(「特許請求の範囲」)は、審査や審判の過程で変化し得るものであり、

無効資料調査に着手する前に、リーガル・ステータスの確認とともに、

その時点で有効な最新の特許請求の範囲を確認することは必須である。

無効資料調査は、「特許請求の範囲」に記載された各請求項の無効性(あるいは有効性)に

ついての資料調査である。

「特許請求の範囲」が審査や審判の過程で変化することは特別なことではなく、特許公報に記載された「特許請求の範囲」にしても、絶対的なものではなく、変化し得るものである。

したがって、「邪魔な特許」が見つかったら、

その特許のリーガル・ステータス(法的、存続、および生死状態)の確認とともに、最新の特許請求の範囲を確認することが必須になる。

たとえば、出願時の特許請求の範囲は、審査請求前や審査請求時に補正されることもあるし、審査中に拒絶理由を解消するために補正されることは、一般的に行われていることである。

特許査定になり登録され、特許公報が発行されていても、異議申立や無効審判の審理の過程で、取消理由や無効理由を解消するために、特許請求の範囲が訂正されることも一般的なことである。

また、無効理由があることに自ら気がつくことなどの理由により、自発的に訂正請求を行い、特許請求の範囲を訂正することもある。

リーガルステータスや最新の特許請求の範囲は、

JPlatPatなどのデータベースを使って調べることができる。

(JPlatPat https://www.j-platpat.inpit.go.jp

マニュアルは、http://www.inpit.go.jp/content/100863829.pdf)。

各特許文献のウエブページには、「経過情報」と「審査書類情報」のタブがある。

「経過情報」には、

「基本項目」、「出願情報」、「審判情報」、「登録情報」の4つのタブがある。

「基本項目」には、「出願細項目記事」、「審判記事」、「登録記事」の項目があり、

法的な状態が分かる。

ただし、権利の状態の更新は、登録原簿の更新から3~4週間ほどタイムラグがあるとのことなので、この点、留意しておく必要がある。

「出願情報」の「審査記録」には、審査経過が記載されており、同様に「審判記事」の「審判記録」には、審判経過が記載されている。

審査記録や審判記録に記載された各手続の内容は、多岐に亘っており、理解のためには、審査や審判のプロセスを理解した上で、少なくとも審査や審判の主要な手続きについては、具体的に理解しておく必要がある。

(参考 特許・実用新案審査ハンドブック https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm

審判便覧(改訂第17版) https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/sinpan-binran_17/all.pdf

特許検索情報の見方 https://www.ryupat.com/patent-mikata/

審査記録 中間コード (JP) https://patentfield.com/help/data-apm-examine-codes-format

審判記録 中間コード (JP) https://patentfield.com/help/data-aem-appeal-codes-format)。

「特許請求の範囲」に関連する手続きには、手続補正や訂正請求があるので、審査経過や審判経過を見て、これらの手続きを追っていくことにより、最新の「特許請求の範囲」を確認できる。なお、分割出願という手段もあるので、留意する。

同時に、期限が定められている手続については、日付に注意したい。

手続期間や通常の審査期間や審理期間を知っておくことにより、時間的余裕がどの程度あるかの予測にもつながる。

たとえば、審査において、

拒絶理由通知の応答期限は、拒絶理由通知の発送日60日であるが、簡単な手続で2月延長可能であるとか、特許査定になっても、謄本の送達があった日から原則30日以内に特許料を納付しないと出願が却下されるが、期間延長請求書を提出することによって、30日延長できる。

こうしたことを考慮していないと、生死状態を早合点してしまうリスクがある。

また、審判において、

拒絶査定になって拒絶査定不服審判請求できる期限は、送達日から3月であるとか、異議申立が可能な期間は、特許掲載公報発行の日から6月以内であるとか、無効審判の審決取消訴訟の裁判所への出訴期間が、審決謄本送達日から30日であるとか。

一旦決着がついたと思っても、次のステップに移って継続する可能性があれば、それを考慮して対応していく必要が出てくる。

(参考 Ⅱ 主要期間一覧表 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/syutugan_tetuzuki/sanko_02.pdf)。

審査や審理が進めば、さらに特許請求の範囲が変わる可能性もあるので、調査後も、経過情報を”WATCHING”(継続観察)する必要がある。

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(10)無効資料調査の前段階(2)審査書類や審判書類の入手

審査書類や審判書類を入手し、解析することによって、既に行われた先行文献調査の内容が分かるだけでなく、特許請求の範囲に書かれた文言の解釈の情報などが得られる。

最新の特許請求の範囲の確認とともに、審査書類や審判書類を入手したい。

審査や審判での検索報告書、拒絶理由通知、取消理由通知、

無効理由通知書意見書・手続補正書などを閲覧し、

解析することによって得られるのは、

既に行われた先行文献調査の内容だけでない。

特許請求の範囲に書かれた文言の定義や

どう解釈すべきかついての情報が得られる。

審査段階であれば、権利化されるかどうかや

権利範囲がどうなるかの見通しを得るための判断情報が得られる。

閲覧請求の数や情報提供の状況からは、他社の動きが分かる。

審査書類(検索報告書、拒絶理由通知書、意見書、手続補正書、拒絶査定通知書、

応対記録、面談記録等)は、

JPlatPatの「審査書類情報」で閲覧できる。

閲覧請求や情報提供(刊行物等提出書)は、

JPlatPatで手続きの有無は確認できる。

しかし、

情報提供(刊行物等提出書)は審査書類ではないので、

JPlatPatでは書類は閲覧することができないが、

インターネット出願ソフトを利用してオンライン閲覧請求できる。

オンライン閲覧請求できる機器が無い場合や、閲覧請求者の名前を出したくなければ、

業者に取り寄せを依頼する。

(第一節 出願書類等の閲覧及び交付

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/syutugan_tetuzuki/06_01.pdf

審査書類情報照会 照会可能な主な書類一覧

https://www10.j-platpat.inpit.go.jp/pop/HELP/japanese/pfwj/database_index_2.html

オンライン閲覧の概要 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/pcinfo/outline/procedure/online_insp.htm)。

また、

審判書類については、JPlatPatで閲覧できるのは、

審決後発行される「審決速報」と「審決公報」で、審判書類は閲覧できない

審判書類は特許庁に出向けば閲覧できるが、

閲覧者名が残るので、

複写してくれる業者に依頼して入手するのが無難である。

(審決情報の提供(審決速報、審決公報DB)

https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/sinnketu_info.htm

知財審判・訴訟情報調査入門~無料入手可能なソースを中心に

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/66/7/66_325/_pdf)。

包袋書類(特許庁に対する手続き書類)の閲覧で注意すべき事項①

http://tmt-law.jp/2013/09/27/1993

包袋書類(特許庁に対する手続き書類)の閲覧で注意すべき事項②

http://tmt-law.jp/2013/09/28/2022)。

「邪魔な特許」が国際出願や海外出願されていれば、

それらの出願(いわゆる、パテントファミリー)の国外での審査情報や審判情報

およびそれらに関する書類を入手することにより、

日本国内での審査や審理の予測に活用できる場合がある。

パテントファミリーの有無は、

JPlatPatのワン・ポータル・ドシエ(OPD)照会やEspacenetなどで

調べることができる(JplatPat ワン・ポータル・ドシエ(OPD)照会

https://www10.j-platpat.inpit.go.jp/pop/all/popd/POPD_GM101_Top.action

パテントファミリー

https://worldwide.espacenet.com/help?locale=jp_EP&method=handleHelpTopic&topic=patentfamily

Espacenet  Patent search 経過情報 https://worldwide.espacenet.com

Espacenet 検索ミニガイドhttps://www.jpo.go.jp/index/kokusai_doukou/iprsupport/miniguide/pdf/patent_espacenet.pdf)。

国際出願されると、国際予備調査報告書「サーチレポート」が公開される。

出願人が指定した機関での当該特許出願に関する先行文献調査結果が掲載されており、

特許性(新規性や進歩性等)についての見解が記載されている。

出願人は、それを見て、手続補正(いわゆる19条補正)する場合がある。

(国際調査及び国際予備審査 https://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h29_jitsumusya_txt/09.pdf

国際出願された特許の経過情報は、PATENTSCOPE等で見ることができる。

https://patentscope2.wipo.int/search/ja/content.jsf https://patentscope2.wipo.int/search/ja/search.jsf)。

国際出願された特許が各国への移行手続後や直接、各国に出願された場合は、

主要国であれば各国特許庁のウエッブサイトで審査書類を入手可能であるし、

JPlatPatのワン・ポータル・ドシエ(OPD)照会や

EspacenetのDossier情報でも入手できる。

審判情報については、以下の文献に主要国での入手方法がまとめられている。

「IP5各庁提供データベースでの異議申立・無効審判の調べ方」

https://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2016/04/76%E7%9F%A5%E8%B2%A1%E6%88%A6%E7%95%A5%E3%81%AE%E6%83%85%E5%A0%B1.pdf

「知財審判・訴訟情報調査入門~無料入手可能なソースを中心に」

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/66/7/66_325/_pdf

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(11)無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その1

無効資料調査を行うためには、特許の内容を理解が必須であり、特許請求の範囲の構成(技術的範囲を定めた各請求項の相互の関係)と、各請求項の理解(請求項に記載された文言の解釈)がポイントになる。

「特許請求の範囲」は「請求項」に区分されており、「請求項」は審査だけでなく、特許権の効力、異議申立、無効審判請求などの際の判断の基本的単位である。複数の請求項からなる特許請求の範囲の理解には、各請求項の相互関係を正確に理解することが必要である。

審査や審判の過程を経ても、請求項の記載が明確でなく、その意味するところが「曖昧」であれば、特許法第36条違反(明確性違反)の無効理由を検討する。

無効資料調査を行うためには、特許の内容を理解できていることは必須であり、その理解が不十分であったり、誤っていると、当然、適切な無効資料調査をすることはできない。

発明の理解には、特許請求の範囲の構成(技術的範囲を定めた各請求項の相互の関係)と、各請求項の理解(請求項に記載された文言の解釈)がポイントになる。

1.特許請求の範囲と請求項

特許の内容を理解するということは、特許発明の技術的範囲(特許権が及ぶ権利範囲)を理解するということである。

そのためには、技術的範囲を定めている(画定している)「特許請求の範囲」を正確に理解することが必要になる。

「特許請求の範囲」は、「請求項」(クレーム)に区分されている。そして、各請求項ごとに、「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」が記載されている。

(参考 「知的財産用語事典 請求項(せいきゅうこう)Claim」

http://www.furutani.co.jp/cgi-bin/term.cgi?title=%93%C6%97%A7%90%BF%8B%81%8D%80)

請求項の記載に基づいて認定された発明は、審査の対象として特許要件(新規性・進歩性など)を充足しているかの判断だけでなく、特許権の効力、異議申立、無効審判請求などの際に、判断の基本的単位となる区分である(「明細書及び特許請求の範囲の記載要件の改訂審査基準」https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf)。

したがって、発明を理解するということは、具体的には特許請求の範囲に記載された各請求項の内容を理解するということになる。

「特許請求の範囲」には、通常、複数の請求項が記載されている。

特許出願は、「一発明一出願」が原則である。

しかし、「二以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができる」とされている。例えば、技術的に関係している表現形式が異なる発明(例えば、物の発明と方法の発明)を一つの願書で出願されることがある (https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/hatsumei_kaitei/1_2.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/02_0300bm.pdf)。

また、独立項(主請求項)と従属項(付属項)の理解が必要である。

独立項は通常は【請求項1】であり、他の請求項を引用しない請求項(独立項)である。従属項は、「請求項1又は2に記載の…」のような、前出の請求項の引用する表現が記載された請求項である。

すなわち、従属項は、引用する前出の請求項に記載された発明に、事項(構成要件)を追加したものであって、同一の独立項に従属している各付属項は、独立項のすべての技術特徴を含んでいることになる。

つまり、従属項は、引用する前出の請求項に記載された技術的範囲より狭い範囲(限定された)の発明である。

したがって、従属項から見れば、引用する前出の請求項は「上位概念の発明」になる。一方、引用された前出の請求項から見れば、従属項は「下位概念の発明」になる。

従属項は、主請求項が潰れた時を想定してたてられた請求項である。

独立項と従属項との関係、従属項と従属項との関係をきちんと把握して、複数の請求項の相互関係を正確に理解することが必要である。

請求項相互の関係をきちんと把握するためには、クレームツリーを作成するなどして、複数の請求項の相互の関係をきちんと把握しておく必要がある

(クレームツリーの事例(【特許請求の範囲】の書き方について (その19))

http://img-cdn.jg.jugem.jp/e27/1208157/20090517_1151945.gif

「特許請求項における 多重多数項引用の検出と書き換え」

情報処理学会論文誌 Vol.49 No.7 2692-2702(July 2008)

https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=9525&item_no=1&page_id=13&block_id=8

『クレームツリーに代わる特許明細書の「インデックス」の紹介』

http://www.itohpat.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/09/20161122.pdf).

2.請求項の文言解釈

「文言解釈」については、事例を挙げて、以前に説明したことがある。

(http://patent.mfworks.info/2018/03/26/post-548/)。

ここでは、「文言解釈」の大元である「審査基準」を説明したい。

審査基準には、審査の手順として、まず「請求項に係る発明の認定」がある。

この「認定」とは、「発明の技術内容を把握して確定する」という意味である

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0201.pdf)。

審査官は、請求項に係る発明を、請求項の記載に基づいて認定することになっている。

認定にあたり、「明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載されている用語の意義を解釈する」と審査基準には書かれている。

文言解釈に関して、知っておきたいことは2つある。

一つは、請求項の記載が明確でなく、複数の文言解釈ができる場合、

もう一つは、特定の表現を有する請求項において文言解釈する場合。

2-1.請求項の記載が一見すると明確でなく、理解が困難な場合

無効資料調査において、適切な検索式を立てるためには、請求項に記載された文言をきちんと解釈できていることが大切である。

審査基準には、「明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項中の用語を解釈すると請求項の記載が明確になるのであれば、それらを考慮してその用語を解釈する」となっている。

出願時書類では意味するところが曖昧な用語や表現も、通常は、審査や審判の過程で特許請求の範囲が狭められていく「減縮」の過程で明らかにされていくはずであり、審査官・審判官の見解や出願人・特許権者の意見書・補正書を読んで、意味するところを理解できるはずである。

審査や審判の過程を経ても、その意味するところが「曖昧」な場合がないわけではない。

「曖昧」であれば、特許法第36条違反(明確性違反)という、無効理由が存在すことになる。ただし、無効資料調査とまったく無関係というわけではなく、「曖昧」であることを裏付けるための資料が必要になる場合がある。

(参考 明確性要件 https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/kaitei_mokuji_150708/02-02-03.pdf)。

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(12)無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2

2-2.特定の表現を有する請求項の文言解釈

(i) 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載や、(ii) 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載がある場合、請求項中にそうした記載があったとしても、それらの記載がその物を特定するのに役に立っていないと判断される場合には、物そのものの発明と認定される。

請求項の文言解釈は、通常は審査や審判の過程で明確になるのが通常である。特に、出願人や特許権者が審査や審判の過程で意識的に除外した技術的範囲には注意したい。請求項に記載された文言をより狭く解釈できる場合がある(「禁反言の法理」)。

請求項の文言解釈に関して、知っておきたいことが2点ある。

一つは、請求項の記載が明確でなく、複数の文言解釈ができる場合、もう一つは、特定の表現を有する請求項の文言解釈である。

2-2.特定の表現を有する請求項の文言解釈

請求項に記載された発明は、「請求項の記載に基づいて認定する」が基本であるが、特定の表現形式をとる特許については、審査基準に文言解釈の仕方について説明されている。

特定の表現形式とは、具体的には、以下の6つである

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0204.pdf)。

(i) 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載

(ii) 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載

(iii) サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載

(iv) 製造方法によって生産物を特定しようとする記載

(v) 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載

(vi) 選択発明

以下では、(i)と(ii)について説明する。

なお、(iv)は、プロダクト・バイ・プロセス形式のクレームで、「(28)特許権の不安定さを生む要因 その3;審査基準は変更される」(http://patent.mfworks.info/2018/03/12/post-544/)で説明した。

また、「(v)数値限定を用いて発明を特定しようとする記載」と「(vi)選択発明」については、このあとの「進歩性」の審査基準の説明の項で述べる。

(i)作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0204bm.pdf

請求項に作用、機能、性質又は特性(機能、特性等)を用いて物を特定しようとする記載がある場合は、そうした機能・特性等を有する全ての物を意味していると解釈する。

審査基準には、「熱を遮断する層を備えた壁材」は、「断熱という作用又は機能を有する層」という「物」を備えた壁材と認定すると例示されている。

機能、特性等の意味や内容が明細書や図面で定義又は説明されている場合には、その定義又は説明の意味することを考慮することになっている。ただし、上記「2-1.請求項の記載が一見すると明確でなく、理解が困難な場合」と同様に、明細書や図面の記載をもとに解釈するのが通常である。

注意しなければならないのは、請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、機能、特性等の記載をその物を特定するのに役に立っていないと判断される場合があることである。

審査基準には、「抗癌性を有する化合物 X」が例示されている。

抗癌性が特定の化合物 X の固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物を特定するのに役に立っていない。

つまり、「抗癌性」は、化合物Xの固有の性質であるため、「抗癌性を有する」なる記載は、物を特定するのに役に立っていないためと説明されている。

したがって、『化合物 X が抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、「化合物 X」そのものを意味しているものと認定する。』と認定される。

(ii)物の用途を用いてその物を特定しようとする記載がある場合

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0204bm.pdf

「用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味する場合は、審査官は、その物を、用途限定が意味する形状、構造、組成等を有する物であると認定する」ことになっている。いわゆる用途発明である。

「用途発明とは、(i)ある物の未知の属性を発見し、(ii)この属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいう。」と定義されている。

ただし、化合物、微生物、動物又は植物で、『「~用」といった用途限定が付された化合物(例えば、用途 Y 用化合物 Z) については、用途限定のない化合物(例えば、化合物 Z)そのものと解釈する。このような用途限定は、一般に、化合物の有用性を示しているにすぎないからである。』と審査基準には説明されている。

「殺虫用の化合物Z」が例示されており、『「殺虫用の化合物 Z」という記載を、用途限定のない「化合物 Z」そのものと認定する。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮すると、「殺虫用の」という記載はその化合物の有用性を示しているにすぎないからである。なお、「化合物 Z を主成分とする殺虫剤」という記載であればこのようには認定しない。』と説明されている。

このあたりは、同じ化合物を出願するとしても、どういう形で出願すると権利化できるかという、いわゆる、”出願テクニック”と関係してくる。

なお、食品は用途特許の例外的に認められていなかったが、審査基準が変わり、用途特許が認められるようになった((29)特許権の不安定さを生む要因 その4;各国による審査基準の違い ~食品用途特許~ http://patent.mfworks.info/2018/03/19/post-546/)。

そして、実際に、月桂冠の例がある(特許第6404403号

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_6404403/84EB79910B71297D5F9927F446FF5E2A)。

出願時書類では意味するところが曖昧な用語や表現も、通常は、審査や審判の過程で限定的に解釈されるようになってくるはずであり、審査官・審判官の見解や出願人・特許権者の意見書・補正書をていねいに読むことによって、意味するところが明確になるはずである。

特に、出願人や特許権者が審査や審判の過程で意識的に除外した技術的範囲には注意したい。

審査官や審判官の判断とそれに対する出願人や特許権者の意見書等から、「手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたもの」と認められる場合は、請求項に記載された文言をより狭く解釈できる場合がある。

「意識的除外」に関連して、「禁反言の法理」というのがある。

「禁反言の法理」とは、「エストッペル(Estoppel)」とも言い、過去の行為と矛盾するような行為を禁止する法理であり、特許においては「包袋禁反言の原理」、すなわち、出願経過において主張した内容と矛盾するような内容の主張を訴訟などの場面においてすることは許されないという原則である

(禁反言の法理 ──禁反言が生じる各場面と実務上のポイント──

http://knpt.com/contents/thesis/00031/00031.pdf

Title 特許権行使の制限法理 – 京都大学学術情報リポジトリ

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/233818/2/ghogr00199.pdf

均等の第5要件について判示した最高裁判例

https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/201711news.pdf)。

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(13)無効特許資料調査の前段階(4)潰すべき技術的範囲の特定 ~対比~

無効資料調査は、既に調査が行われた特許についての調査である。
調査を効果的に行うためには、調査を行う前に、邪魔な特許と侵害リスクのある技術(イ号技術)との対比を行い、潰すべき請求項を特定した上で、イ号が抵触しないような形に無効化するための調査戦略を明確し、それから調査に着手する

無効理由のうち、無効資料調査が関係するのは、新規性と進歩性の欠如である。

したがって、無効資料調査のゴール:新規性や進歩性の欠如の証拠となる出願前公知の文献を見つけることになる

(参考 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0202.pdf)。

出願前調査であれば、出願する各請求項について、一般的な手法で検索すればよい。

しかし、無効資料調査の場合、既に出願前調査や審査過程での検索で見つかった先行技術文献を回避するように技術的範囲が狭められている請求項に対する調査であり、難易度も高く、費やす労力や費用も大きくなる。

少ない労力・費用で無効資料調査を行うためには、全般的な調査を行うのではなく、調査に着手する前に調査ターゲットを明確にしておき、無駄な検索をしないことが肝要である。

調査ターゲットを明確にするということは、まずは、潰すべき請求項を特定しておくということである。

具体的には、請求項ごとに、潰したい特許の特許請求の範囲と侵害リスクのあるイ号技術との対比を行い、対比結果にもとづいて、調査の対象とする請求項を絞りこむ。

(イ号は、【7】私の考える「邪魔な特許の潰し方」全体像

http://patent.mfworks.info/2018/09/30/post-981/

そした、侵害を回避するために最も効果的と期待される文献記載内容の要件を明確にした上で、検索に着手することである。そうしないと、検索範囲が必要以上に広くなったり、見つかった資料の有効性の判断を見誤る危険性がある。

ここで、「対比」について説明する。

審査基準の「第2節 先行技術調査及び新規性・進歩性等の判断」には、「対比の一般手法」として、「審査官は、認定した請求項に係る発明と、認定した引用発明とを対比する。請求項に係る発明と引用発明との対比は、請求項に係る発明の発明特定事項と、引用発明を文言で表現する場合に必要と認められる事項(以下この章において「引用発明特定事項」という。)との一致点及び相違点を認定してなされる。審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて請求項に係る発明と対比してはならない。」と書かれている

http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0203bm.pdf

対比の手順は、以下のようになる。

(1)発明の構成要件(発明特定事項)の特定(分節)

(分節は、【5】特許庁の審査における検索の実例 http://patent.mfworks.info/2018/09/03/post-977/

(2)イ号の特定

(3)各請求項ごとの対比表の作成

(請求項の文言解釈は、

【11】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その1

http://patent.mfworks.info/2018/11/26/post-1277/

【12】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2

http://patent.mfworks.info/2018/12/10/post-1800/

(4)各請求項での構成要件の充足判定

(5)無効資料調査の対象とすべき請求項の特定

優先順位1;全構成要件充足(抵触する)

優先順位2;1つの構成要件不充足だが、充足可能性有り

(非抵触、ただし抵触リスク有)

対比は、判定請求の際の属否判定で行われるものと同じである。

(特許庁の判定制度について https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/pdf/hantei2/hantei_all.pdf

知的財産権に関するQ&A(7) 特許法(6)|特許権侵害(主に権利者側)

https://iplaw-net.com/knowledge/ip-qa/2439.html#a54)。

対比の実例を判定請求の事例で見てみよう。

((41)判定請求の事例2;容器詰緑茶飲料特許 http://patent.mfworks.info/2018/06/11/post-818/)。

判定2014-600031は、特許第5439566号『容器詰緑茶飲料』の権利範囲(技術的範囲)にイ号物件(伊右衛門贅沢冷茶)が属しているかどうかの判定を求めたものである。

本特許の請求項1は、以下のように、構成要件(発明特定事項)ごとに、A、B、Cの3つに分説されて記載されている。

【請求項1】

A.茶抽出液中の90積算質量%の粒子径(D90)が3μm~60μmであり、且つ

B.糖酸味度比が0.12~0.43であることを特徴とする、

C.容器詰緑茶飲料。

審理において、イ号(伊右衛門贅沢冷茶)が請求項1の技術的範囲に属するかどうかの判定結果をもとに、対比表を作成してみた。

下表のように、イ号物件は、請求項の構成要件をすべて充足しており、請求項1の権利範囲(技術的範囲)に属する(抵触している)と結論された。

請求項1の構成要件 イ号(伊右衛門贅沢冷茶) 充足
A.粒子径(D90)が3μm~60μm 粒子径(D90)が19μm
B.糖酸味度比が0.12~0.43 糖酸味度比が0.27
C.容器詰緑茶飲料 ペットボトル詰緑茶飲料

(なお、請求項の文言は、一部省略している。)

上記対比表を無効資料調査の観点で見ると、イ号が技術的範囲から除外させられるような資料が見つかればよい。

たとえば、構成要件Aであれば、粒子径19μmを含む範囲が記載された資料が見つかれば、イ号の19μmは公知の技術であるということになる。

この場合、直接の記載はなくとも、計算値での推認や、資料の記載に基づいた追試実験の結果をもとにした無効の主張ができる可能性も視野に入れての調査を考えておきたい。

対比表が記載された例として、以下のような文献がある

無効資料調査(公知例調査) https://www.nihon-ir.jp/patent-invalidity-search/

『研究開発&特許出願活動に役立つ特許情報調査と検索テクニック入門』(野崎篤志、平成27年10月30日発行、一般社団法人発明推進協会)

https://www.gov-book.or.jp/book/detail.php?product_id=299420

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(14)無効特許資料調査の前段階(5)事業観点からの考察

無効資料調査を着手する前に、「邪魔な特許」対応するための必要なスピードやレベルを決めておく必要があるが、それには、特許実務から見た無効化の難易度の判断に加え、事業上の”喫緊性”の判断が重要である。

無効資料調査を着手する前に、「邪魔な特許」に対応するための必要なスピードやレベルを決めておく必要がある。それには、特許実務の観点とともに、事業の観点からの検討が重要になってくる。

対応スピードとは、特許実務の観点からも大切なことであるが、「邪魔な特許」の無効化が事業にとってどの程度”喫緊”な課題かどうかの方が、より重要である。

また、対応レベルは、権利範囲を事業に影響が出ない範囲まで狭めることができそうかどうか、無効化の”難易度”の判断によって決まってくる。

(1)喫緊な課題かどうか?

特許実務からは、”【9】無効資料調査の前段階(1)その時点で有効な特許請求の範囲の確認”(http://patent.mfworks.info/2018/10/28/post-1275/)で説明したような法的状況の調査によって、急いで対応すべきかどうか、どれだけ時間的余裕があるかを見積もりことができる。

【9】で述べた以外にも、たとえば、審査請求されている場合には、「特許審査着手見通し時期照会について」(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/search_top.htm)でおおよその審査時期を調べることも必要である。

しかし、現実には、事業への悪影響がどの程度であるかの方が重要である。

影響を受ける商品の売上規模や市場占有率が大きい場合や、売上規模が小さくても事業上の戦略的な商品であれば、急いで対応しなければならない。

逆に、売上実績の小さな商品や終売する予定の商品であれば、審査中の場合、経過観察するだけで済ませるか、あるいは特に何も対応しないという判断もあり得る。

発売が近い商品と、企画段階の商品によっても、緊急性は変わってくる。また、特許権者(出願人)が競合他社かどうかも影響する。

「邪魔な特許」が事業に与えるインパクトの大きさによって、対応スピードが決まってくる。

(2)どこまで潰すことができれば成功か?

もう一つは、「無効化」の難易度である。

もちろん、無効資料調査を行なわなければ、結論は出せないが、無効化資料調査には時間と費用がかかる。

ここで言う「難易度」とは、無効化しなければならない範囲がどの程度あるかというの意味である。

”【13】無効資料調査の前段階(4)潰すべき技術的範囲の特定 ~対比~”(http://patent.mfworks.info/2018/12/23/post-1279/)で説明した、特許発明とイ号(対象商品、対象技術)との対比、対比に基づく属否判断によって「潰すべき請求項の特定」を行う。

対比の結果を受けて、抵触可能性のある請求項がいくつあるか、抵触可能性のある請求項を構成する要件をどの程度充足しているか、を明確にする。

主請求項のみ抵触している場合と、従属項にも抵触している場合とでは、当然、無効資料調査のボリウムが違っている。

従属項に抵触している場合には、主請求項のみの場合と比較して、当然、発明の構成要件(発明特定事項)の数が多くなる。そうなると、すべての構成要件を充足するような先行文献を見つけられる可能性は低くる。

無効資料調査の目的は、事業上の特許的障害を取り除くことである。

”【13】無効資料調査の前段階(4)潰すべき技術的範囲の特定 ~対比~”で説明したように、請求項を全部無効としなければならないのか、一部無効でよいのかをはっきりすることによって、無効資料調査のゴールが設定できるし、調査にかかる期間・費用をより正確に見積もることができる。また、ゴールを設定することによって、対応レベルが決まってくるし、調査目的を達せられたかどうかも明確になる。

なお、「難易度」の評価に、”【10】無効資料調査の前段階(2)審査書類や審判書類の入手”(http://patent.mfworks.info/2018/11/11/post-1606/)で説明した審査経過や審判経過の情報を考慮すれば、調査の作業ボリウムを、より精度高く見積もりことができる。

また、無効化には、無効資料調査に加えて、異議申立や無効審判などの法的アクションが必要になるが、それに要する期間と費用を見込んでおく必要がある。

上記の(1)の検討によって、「邪魔な特許」の事業に対するインパクトを緊急性と金額面で見積もり、一方、上記の(2)の検討によって、無効化に要する期間と費用を見積もる。

事業に対する影響の程度と比較して、無効化の費用が大きすぎるようであれば、費用削減や、技術的に回避できるかどうかも検討していくことになる。

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(15)無効資料調査の検索は出願前調査と基本的に同じだが、特有なことがある。

「無効資料調査」が「出願前」の先行技術文献調査として比較して、特有なのは2点。

一つは、既に先行技術調査が行われた特許についての先行技術調査であり、一般的な先行技術文献調査では、通常は特許無効性を示せる文献を見つけることは困難である。

もう一つは、イ号商品やイ号技術の特許侵害を回避するための調査であり、全請求項に対する先行技術調査である必要はなく、イ号商品やイ号技術が抵触する可能性のある請求項に限定した調査で十分なことである。

「無効資料調査」といっても、出願日までに刊行あるいは公開された先行技術調査である点では、出願前に行う先行技術調査や審査過程において特許庁が外部機関に委託しておこなう検索と基本的に同じである。

新規性や進歩性の審査基準を理解した上で、特許分類や検索キーワードを用いて検索することは同じで、検索の考え方や検索テクニックも同じである。例えば、「先行技術文献調査実務[第四版]」(http://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/cjitumu.html)には、詳細に説明されている。

「無効資料調査」が「出願前」の先行技術文献調査として比較して、特有な点があるとすれば、2点であると思われる。

一つは、既に先行技術調査が行われた特許についての先行技術調査であり、一般的な先行技術文献調査では、通常は特許無効を証明する文献を見つけることは困難である。

したがって、審査経過や審判経過を熟知した上で、「潰すための新たな仮説」を構築した上で検索を行い、検索結果を基に「無効であることを論理的に示せる」能力が要求される。

そして、経験的には、1回の検索で目的とする文献を見つけることは容易ではなく、検索結果を見てうまく行かなければ、仮説の構築と調査、調査結果の検証を繰り返し行うことになる。

もう一つは、イ号商品やイ号技術の特許侵害を回避するための調査であり、全請求項に対する先行技術調査である必要はなく、イ号商品やイ号技術が抵触する可能性のある請求項に限定した先行技術調査で十分なことである。

ただし、目的とした資料が見つからなければ、調査に許容される期間と対費用効果を考えながら、どの時点で調査を終了するかの判断が重要になってくる。

無効資料の調査において気をつけたいのが、無効資料が「先行」技術が記載されたものであることの確認である。出願前先行技術文献調査でも同じではあるが、「先行」の定義のきちんとした理解が必要である。

「先行技術」とは、以下のように定義されている

(第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0203.pdf)。

「3.1 先行技術

先行技術は、本願の出願時より前に、日本国内又は外国において、3.1.1から3.1.4までのいずれかに該当したものである。本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる。外国で公知になった場合については、日本時間に換算した時刻で比較してその判断がなされる。」

ここで、「出願時より前」に注意する必要がある。

優先権主張されている出願については、「出願日」ではなく、「優先日」を基準日として検索しておく必要がある。

以下に、「国内優先権」について説明する。

特許法第41条には、「国内優先権」制度について、

「既に出願した自己の特許出願又は実用新案登録出願(以下この章において「先の出願」という。)の発明を含めて包括的な発明としてまとめた内容を、優先権を主張して特許出願(以下この章において「後の出願」という。)をする場合には、その包括的な特許出願に係る発明のうち、先の出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下この章において「当初明細書等」という。)に記載されている発明について、新規性、進歩性等の判断に関し、出願の時を先の出願の時とするという優先的な取扱いを認めるものである。」との説明がある。

そして、「国内優先権の主張の効果」として、「国内優先権の主張を伴う後の出願に係る発明のうち、その国内優先権の主張の基礎とされた先の出願の当初明細書等に記載されている発明については、以下の(i)から(vi)までの実体審査に係る規定の適用に当たり、当該後の出願が当該先の出願の時にされたものとみなされる」となっている。(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/05_0200bm.pdf)。

国内優先権の主張を伴う後の出願ができる期間(優先期間)は、原則として、先の出願の日から 1 年である。

たとえば、先の出願から1年後に優先権主張のなされた出願は、出願日よりも1年前に出願されたものとしてみなされることになる。

審査基準には、「国内優先権の主張の基礎となる先の出願の出願日と後の出願の出願日との間に拒絶理由の根拠となり得る先行技術等を発見した場合のみ、優先権の主張の効果が認められるか否かについて判断すれば足りる。

国内優先権の主張の効果が認められるか否かにより、新規性、進歩性等の判断が変わるのは、先の出願の出願日と後の出願の出願日との間に拒絶理由で引用する可能性のある先行技術等が発見された場合に限られるからである。」と説明されている。

出願日を基準として調査をすると、例えば、出願日よりも1ヵ月前に発行された先行技術文献は漏れてしまうことになる。

なお、優先権主張しても、優先権が認められない場合がある。

具体的には、

「後の出願の明細書、特許請求の範囲及び図面が先の出願について補正されたものであると仮定した場合において、その補正がされたことにより、後の出願の請求項に係る発明が、「先の出願の当初明細書等」との関係において、新規事項の追加されたものとなる場合には、国内優先権の主張の効果が認められない。すなわち、当該補正が、請求項に係る発明に、「先の出願の当初明細書等に記載した事項」との関係において、新たな技術的事項を導入するものであった場合には、優先権の主張の効果が認められない」点も理解しておく必要がある。

もう一つ留意したいのは、「拡大先願」(出願時未公開の出願)である

(第 III 部 第 3 章 拡大先願 第 3 章 拡大先願(特許法第 29 条の 2)

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0300bm.pdf)。

ただし、まったく同一の発明が出願されている場合は稀であると思われるし、仮に同一発明の出願が見つかったとしても、補正することによって先行発明を回避できる可能性は残されており、直ちに無効にできるということにはならない。

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(16)「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~

「先行技術」として、1.広く配布された刊行物(頒布された刊行物)、

2.電気回線(インターネット等)を通じて公衆に利用可能となった情報、

3.講演等を介して知られた公に明らかにされた情報(公然知られた発明)、

4.商業実施されているなど公に実施されている技術(公然実施をされた発明)、

の4つがあるが、それらの公開日の証明が重要になることがある。

審査基準の「第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」には、

「審査官は、新規性及び進歩性の判断をするに当たり、請求項に係る発明の認定と、引用発明の認定とを行い、次いで、両者の対比を行う。

対比の結果、相違点がなければ、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断し(第1節)、相違点がある場合には、進歩性の判断を行う(第2節)。」

そして、「審査官は、先行技術を示す証拠に基づき、引用発明を認定する。」として、「先行技術を示す証拠」が具体的に説明されている(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0203.pdf)。

「先行技術」としては、具体的には、

1.広く配布された刊行物(頒布された刊行物)、

2.電気回線(インターネット等)を通じて公衆に利用可能となった情報、

3.講演等を介して知られた公に明らかにされた情報(公然知られた発明)、

4.商業実施されているなど公に実施されている技術(公然実施をされた発明)、

の4つになる。

刊行物としては、特許文献、科学技術文献、書籍、新聞記事、雑誌記事、学会要旨集などがある。刊行物の例として、図書館に寄贈された大学の卒業論文がある。「頒布された刊行物」とは、不特定の物が見得る状態におかれた、頒布により公開することを目的として複製された文書等と定義されている。卒論が図書館に寄贈され、閲覧できる状態で保管されていれば、先行技術となり得る。

通常は特許文献のみを対象として検索を行う「出願前調査」と比較して、調査範囲は広くなり、特許文献調査の知識や調査テクニックだけでは不十分となる場合が多い。

ここで問題となるのが、「先行」の定義である。

特許文献や書籍・新聞記事の場合は問題になることはない。

ちなみに、重版又は再版の刊行物の場合、初版の発行時期が記載されているときは、記載されている初版の発行時期が、推定頒布時期になる。

刊行物の頒布時期(情報公開時期)は、以下のように推定することになっている。

発行時期の記載  推定される頒布時期
1.発行の年月日まで記載されているとき その年月日の終了時
2.発行の年月が記載されているとき その年月の末日の終了時
3.発行の年のみが記載されているとき その年の末日の終了時

海外の科学文献や、日本語の文献でも「紀要」や「報告」の類の文献では、紙面に記載があるのは、「年」あるいは「年月」までで、発行日まで記載されていない場合も多い。

「2.発行の年月が記載されているとき」または「3.発行の年のみが記載されているとき」に該当する。

たとえば、発行年月日の記載が「2018年12月」であると、推定頒布時期は「2018年12月31日」となる。

もし、無効化したい特許の出願日が「2018年12月28日」であった場合、引用発明の実際の頒布時期が、12月28日より前であることを示せれば、無効資料となる可能性が出てくる。

頒布時期の推定については、「刊行物に記載されている発行時期以外に、適当な手掛かりがある場合は、審査官は、その手掛かりから推定又は認定される頒布時期を、その刊行物の頒布時期と推定することができる」ことになっている。

上記した場合のように「2.発行の年月が記載されているとき」、または「3.発行の年のみが記載されているとき」は、「月日」まで記載されている証拠を捜すことが重要になる。

そうした場合には、J-Stage(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja/)などの検索サイトや雑誌の発行元のウエブサイトで、発行日や公開日の記載がないか調べてみる。

また、「外国刊行物で国内受入れの時期が判明しているとき 」は、「その受入れの時期から、発行国から国内受入れまでに要する通常の期間さかのぼった時期」を推定頒布時期となる。

国立国会図書館(http://www.ndl.go.jp/)などの図書館では、雑誌の受入日をおもて表紙などにスタンプで刻印しているので、例えば、海外の雑誌や書籍の日本で閲覧可能となった日の補強証拠として、表紙の複写物を利用することもある。

「2.電気回線(インターネット等)を通じて公衆に利用可能となった情報」の場合には、以前は、公的な機関のウエブページなど信頼性の高いサイトの情報しか証拠として採用されにくかったが、最近は、一般的なサイトでも採用されるようになっている。

ただし、情報が随時更新されて古い情報を見られない場合もあり、そうした場合には、“Internet Archive” (https://archive.org/)のwaybackmachineで検索する手がある。

「4.商業実施されているなど公に実施されている技術(公然実施をされた発明)」の場合には、実施時期の証拠として、商品発売元の新製品ニュースリリースやその商品関連記事、商品カタログが考えられる。

カタログの場合、頒布時期が記載されていない場合には、「当該他の刊行物の発行時期から推定されるその刊行物の頒布時期」となっており、推定の根拠となり得る資料を準備したい。

食品の場合、各社のカタログを集めたサイトがある(http://www.food-catalogue.com/)。

また、AMAZONなどで販売されていれば、その取扱日を証拠として使うことや、JANコードなど商品固有の認識番号が付与されている場合はそれをもとに調べることも考えられる。

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(17)新規性欠如の考え方:上位概念と下位概念

新規性に関する無効資料調査をする際に注意すべきことは、資料の公開日(閲覧可能日)とともに、上位概念と下位概念の考え方の理解である。

上位概念で表現された発明は引用発明として認定可能だが、下位概念で表現された発明は認定されない。上位概念と下位概念は、「物」の特許だけでなく、「機能、特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項」の場合も同様に適用される。

無効資料調査でまず留意すべきこととして、引用発明として認定されるかどうかでまず問題となるが、”(16)「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~”(

「先行技術」として、1.広く配布された刊行物(頒布された刊行物)、 2.電気回線(インターネッ...
)では、特許資料が当該特許の出願日より前に公開された(閲覧可能な)資料に該当するかどうかという観点から説明した。

審査基準では、引用発明として認定されると、対比し、「相違点がなければ、審査官は、請求項に係る発明が新規性を有していないと判断し(第1節)、相違点がある場合には、進歩性の判断を行う(第2節)」(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0203.pdf)。

なお、新規性の判断については、以前に説明している。

(25)特許性とはなにか? ~新規性、進歩性、産業上の利用可能性~

http://patent.mfworks.info/2018/02/19/post-525/

(26)特許権の不安定さを生む要因 その1;新規性判断

http://patent.mfworks.info/2018/02/26/post-534/

無効資料調査において、資料の公開日(閲覧可能日)とともに、新規性を判断する際に注意すべきことは、「上位概念」と「下位概念」の考え方を理解しておくことである。

「先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い」について、以下のように説明されている(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0203.pdf

http://www.inpit.go.jp/content/100798509.pdf

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf)。

“発明を特定するための事項として

「同族的若しくは同類的事項、又は、ある共通する性質」を用いた発明を刊行物等が既に示しているならば、

→上位概念で表現された発明を引用発明として認定可能

下位概念で表現された発明が示されていることにならない。

→下位概念で表現された発明は認定できない

※技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出せる場合は認定可能“

なお、審査基準には、「上位概念」の説明として、上記したように、「同族的若しくは同類的事項を集めて総括した概念又はある共通する性質に基づいて複数の事項を総括した概念をいう。」と書かれている。

「調査業務実施者育成研修テキスト」(http://www.inpit.go.jp/content/100798509.pdf)には、

「熱可塑樹脂」と「ポリエチレン、ポリプロピレン」、および「金属コップ」と「鉄のコップ」の事例が示されているが、ここでは、「酒類」を例に説明する。

「酒類」は、酒税法では「アルコール分1度以上の飲料」と定義されている。

そして、「酒類」は、「発泡性酒類」(ビールなど)、「醸造酒類」(清酒など)、「蒸留酒類」(焼酎、ウイスキーなど)、「混成酒類」(リキュールなど)に分類されている(https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2018/pdf/006.pdf)。

「上位概念」は、「同族的若しくは同類的事項を集めて総括した概念又はある共通する性質に基づいて複数の事項を総括した概念」であるので、「酒類」は、「発泡性酒類」、「醸造酒類」、「蒸留酒類」、「混成酒類」の上位概念にあたる。

一方、「発泡性酒類」、「醸造酒類」、「蒸留酒類」、「混成酒類」は、「酒類」の下位概念になる。

また、「ビール」、「清酒」、「焼酎」、「ウイスキー」、「リキュール」も、「酒類」の下位概念になる。

無効化したい発明が「酒類」に関するものであれば、たとえば、「発泡酒類」や「ビール」に関する先行発明が見つかれば、引用発明として認定され得る。

一方、無効化したい発明が「ビール」に関するものであれば、たとえば、「酒類」や「発泡酒類」に関する先行発明は、引用発明として認定されない可能性が高いということになる。

「可能性」としたのは、「上位概念」であっても、「技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出される場合には(注2)、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定することができる」ためである。

「酒類」で説明したが、「酒類」という概念を、酒税法とは別の概念で定義している場合もあるので、明細書の記載や出願時の技術常識の調査をもとに、その意味するところをきちんと理解することが重要である。

なお、上位概念と下位概念については、「物」の特許だけでなく、「機能、特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項」の場合も同様に考える。

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(18)進歩性欠如の考え方:容易想到の論理構築

進歩性欠如の理由での無効化には、進歩性を否定する方向に働く要素と肯定する方向に働く要素との両方を理解した上で、当業者が発明を容易に想到できたことを主張できる論理を構築(論理付け)できる先行文献を見つけられることが必要である。

「進歩性」についての審査基準は以下のようである。

「審査官は、請求項に係る発明の進歩性の判断を、先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行う。」

そして、

「当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたか否かの判断には、進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価することが必要である。審査官はこれらの諸事実を法的に評価することにより、論理付けを試みる。」

さらに、進歩性の判断方法として、

「審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて主引用発明としてはならない。」

となっている。

具体的に説明する。

無効化したい特許の請求項1が、A B C Dの4つの要件(発明特定事項)から構成された発明であるとする。

主引用文献(主引用発明)には、A、B、Cが記載されているが、Dは記載されていない。

一方、副引用文献(副引用発明)には、CとDが記載されている

上記を対比表にまとめると、下表のようになる。

発明の構成要件(発明特定事項)の記載
要件A 要件B 要件C 要件D
無効化したい特許発明
主引用発明 ○(有) ○(有) ○(有) ×(無)
副引用発明 ×(無) ×(無) ○(有) ○(有)

なお、対比表については、以前に説明した(http://patent.mfworks.info/2018/12/23/post-1279/)。

ここで、たとえば、下記のような論理の構築(論理付け)ができれば、無効化できる可能性が出てくる。

無効化した特許発明の要件Dは、主引用発明には記載されていない。

しかし、副引用発明には、主引用発明に記載されたCとDが記載されている。

発明者は、主引用発明と副引用発明を見て、主引用発明に副引用発明に記載された要件Dを取り込もうと容易に想いつく。

したがって、要件A~Dの4つの要件から構成される特許発明は、2つの引用発明から

容易に想い付く(容易想到性の)発明である。

「容易想到性」を主張するためには、以下の「進歩性が否定される方向に働く要素」を理解しておく必要がある。

(1)技術分野の関連性

(2)課題の共通性

(3)作用、機能の共通性

(4)引用発明の内容中の示唆・主引用発明からの設計変更等・先行技術の単なる寄せ集め

「容易想到」の論理構築がしやすいのは、以下である。

1.引用文献中に、主発明と副発明とを組合せることの記載や示唆がある(上記(4))

2.無効化したい特許と引用発明とは、課題又は作用効果が共通している(上記(2)(3))

いずれも、主発明と副発明とを組合せる「動機付け」があることを主張できるからである。

ここで注意したいのは、「論理付け」は「法的に評価」することになっており、必ずしも技術的な評価(技術的な難易度)ではないということである。引用文献の記載をもとに、論理付けできるかどうかということであって、文言解釈が重要となるで。

上記の「進歩性が否定される方向に働く要素」のうち、(1)技術分野の関連性や(4)の主引用発明からの設計変更等・先行技術の単なる寄せ集めによる進歩性欠如の主張は、特許権者の反論が予想される。

反論は、進歩性が肯定される方向に働く要素があるとの主張になる。

具体的には、以下の2つが想定されるので、この点も考慮して、論理構築する必要がある。

1.有利な効果(別異の効果、顕著な効果)の主張

2.阻害要因があるとの主張 例:副引用発明が主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような場合

なお、審査基準には、「審査官は、主引用発明として、通常、請求項に係る発明と、技術分野又は課題が同一であるもの又は近い関係にあるものを選択する。(注1) 自明な課題や当業者が容易に着想し得る課題を含む。」と説明されている。

食品分野で言えば、たとえば、「自明の課題」としては、食品の香味を改善すること、「当業者が容易に着想し得る課題」としては、通常、食品分野で検討されている使用調味料の量やpHを変えて、最適な味になるように最適化すること(単なる最適化)が該当すると思われる。

進歩性欠如の無効理由で潰せるようになるためには、検索テクニックよりも、進歩性欠如の論理、それも審判官が受け入れてくれるレベル、を構築し、構築した論理に適合する文献を検索で見つけ出す能力が要求される。

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(19)進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

数値限定を用いて発明を特定している特許の無効化に際しては、数値範囲の記載された先行技術文献を見つけるとともに、発明の効果が、顕著なものではないことや、公知の効果とまったく異なる別の効果ではないことを主張できる先行技術文献を見つけることが重要になる。

無効資料調査を行う上で、特定の表現を有する請求項の文言解釈についての理解を深めておくことが必要である(【12】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2 http://patent.mfworks.info/2018/12/10/post-1800/)。

特に、以下の2つの場合については、その取扱いについて、十分に理解しておきたい。

(v) 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合

(iv) 選択発明 (下位概念又は選択肢の一部を選択し、新規性が否定されない発明)

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h30_jitsumusya_txt/01.pdf

(iv)の選択発明に関連する「上位概念」と「下位概念」については、“【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念”(http://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/)で説明した。

ここでは、(v)の「数値限定発明」について説明する。

審査基準では、数値限定発明について、

「請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合において,

主引用発明との相違点が その数値限定のみにあるときは,

通常,その請求項に係る発明は進歩性を有していない。

実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは,

通常,当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。」(単なる設計変更)、

と書かれている。

ただし、「請求項に係る発明の引用発明と比較した 効果が

以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は,

審査官は,そのような数値限定の発明が進歩性を 有していると判断する。」

として、

(ⅰ)その効果が限定された数値の範囲内において奏され,引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること(臨界的意義を有すること)。

(ⅱ)その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの,

又は同質であるが際だって優れたものであること (すなわち,有利な効果が顕著性を有していること。)。

(ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。」

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf)。

数値限定発明は、「請求項に係る発明と主引用発明との相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、いわゆる数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるためには、その数値限定の内と外のそれぞれの効果について、量的に顕著な差異がなければならない」ということになる。

「臨界的意義」を有するとは、数値範囲を限定したことによって、公知技術と比較して、顕著な効果が得られる場合を指している。

では、数値限定された範囲内と範囲外とで、どの程度の効果の差があれば「量的に顕著な差異」があると認められるのか明確でなく、定性的で曖昧である。

化合物についての顕著な効果が、審査基準に例示されている。

「例:請求項に係る発明が特定のアミノ酸配列を有するモチリンであって、引用発明のモチリンに比べ6~9倍の活性を示し、腸管運動亢進効果として有利な効果を奏するものである。この効果が出願当時の技術水準から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く事情になる。」

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf

しかし、何倍以上であれば、顕著な効果という明確な数値的な目安がある訳でなく、「臨界的な意義」が認められるかどうかがポイントになっていると思われる。

(参考)新規性・進歩性,記載要件について(上) ~数値限定発明を中心にして~  http://www.inpit.go.jp/content/100030548.pdf)、「数値限定」発明の進歩性判断   https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201002/jpaapatent201002_046-067.pdf )。

数値限定を構成要件(発明特定事項)とする発明について、留意しておきたい点がある。

審査基準には、「他方、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が異なり、有利な効果が異質である場合には、数値限定に臨界的意義があることは求められない。」と書かれている。

したがって、数値限定のある特許発明については、審査経過を調べ、臨界的意義が問われずに特許査定になっているかどうかを確認する必要があり、臨界的意義を問われずに、特許査定を受けている場合には、上記に該当することになる。

該当する場合には、まずは、権利範囲(技術的範囲)に属するかどうかの属否判定を慎重に行う必要がある。

また、無効化するには、発明の効果が公知もしくは容易に想到される効果であることを示す先行文献が必要になってくる。

数値限定発明の無効化には、数値限定された範囲が記載されている先行文献を見つけることはもちろん重要である。

同時に、無効化したい発明によって奏される効果が、公知、あるいは先行文献に記載された効果と実質的に同一、ないしは容易に導き出せる効果であることを主張できる資料を見つけるという観点が、無効資料調査する際には必要になる場合が多い。

(参考 平成18年(行ケ)第10227号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/865/033865_hanrei.pdf

「美白作用」と「シワ形成抑制作用」の相違について争われた)。

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(20)進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

数値限定発明で注意を要するのは、「有効数字」(有効桁数)と「誤差」(測定誤差、製造誤差)の問題である。 これまでの判例では、四捨五入や誤差を含めた数値範囲まで、権利範囲(技術的範囲)を広げることは認められていない。特許権が及ぶ数値範囲を確認した上で、無効資料調査を行う必要がある。

数値限定発明で注意しなければならない、もう一つの観点がある。

「有効数字」(有効桁数)と「誤差」(測定誤差、製造誤差)である。

これらは、まず、「侵害」の観点から問題になる。

抵触しているかどうかの判定の際に、特許権の及び数値範囲の解釈が問題になる。そして、抵触している可能性が高いと判断されれば、無効化を考えることになるが、無効資料を見つけるための先行文献調査に関わってくるからである。

以下の参考文献などをもとに現状をまとめてみたが、「有効桁数」と「誤差」についての判例は少なく、今後、状況が変わっていく可能性もあり得る。

なお、「有効桁数」も「誤差」も、根本的には、「明確性要件」の問題として捉えられている。

(参考)数値限定発明の充足論,明確性要件(複数の測定条件が存在する場合,その他の類型について) https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3011

「数値限定発明の充足論,明確性要件」への質問に対する回答

https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3068

判例研究・数値限定クレームの技術的範囲

http://fintpat.com/fukumoto_lecture_at_jpaa_2016_04.pdf

最初に、侵害の観点から、「酸素発生陽極」特許の判例を取り上げる。

数値限定発明において、四捨五入が認められるかどうかについての判例である。

(平成14年(ワ)第10511号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結の日 平成16年7月9日 判決

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/985/009985_hanrei.pdf)。

この裁判においては、2つの特許権について争われたが、有効数字については、特許第2574699号「酸素発生陽極及びその製法」であるので、この特許について説明する

(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_2574699/ED2105130E743D37AB4D48D5146464E5)。

特許第2574699号の発明の請求項1の構成要件は、以下のA ①~⑥で、A⑤の厚さ「1~3ミクロン」の有効数字が争点とあった。

A① バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に

A② 350~550℃の熱分解温度で

A③ 白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において、

A④ 該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする

A⑤ 厚さ1~3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする

A⑥ 酸素発生陽極。

原告は、”明細書に記載された実施例と同一の計算方法によって算出するのであれば、有効数字1桁であるから、『3 ミクロン』とあるのは『2.5〜3.4 ミクロン』と読むべきである”と主張した。

しかし、裁判では、測定方法から考えて、”有効数字 1 桁であるとはいえず,有効数字は少なくとも 2 桁以上と解するべきであるから,『40g』とあるのは『35〜44g』と読むべきとする原告の主張は採用することができない。”と判示した。

さらに、

”実施例を根拠として,特許請求の範囲に技術的範囲の上限を『3 ミクロン』とクレームした場合に,実施例における誤差の最大の範囲が権利範囲に含まれるとすることにも疑問があるところである。

なぜなら,実施例において,0.5 ミクロンの誤差があるのであれば,その誤差の範囲まで,すなわち,『3.5 ミクロン未満』を上限として特許請求の範囲に記載すればよいのである。

ところが,これをせずにおいて,特許請求の範囲に上限を『3 ミクロン』と記載しておきながら,『3.5 ミクロン未満』が技術的範囲であるとすることは,特許請求の範囲の記載の明確性を損なうものである。”

とも判示した。

結論として、原告(特許権者)の主張は、認められなかった。

次に、無効の観点から、「マイクロバブル」特許の判例を取り上げる。

(平成14年(行ケ)第213号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成16年3月17日

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/433/010433_hanrei.pdf)。

マイクロバブルとは、ガラスから作られたミクロンサイズの微小中空球のことで、高分子化合物への添加剤として広く使用されているようである。

特許第1627765号「マイクロバブル」(特公平2-27295、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_H02027295/6413C8AC02E2144FED4904FEAE4C9186)の請求項のうち、数値限定発明に関わる請求項5について、特許の無効性について争われた。

訂正審決後の請求項5(訂正発明5)は、以下のとおりである。

【請求項5】

アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を

1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し,

そして密度が0.08~0.8の範囲であり,

ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2,8~15%のCaO,3~8%のNa2O,2~6%のB2O3,および0.125~1.5%のSO3から成るガラスのマイクロバブル。

上記の「1.2:1~3.0:1」の数値範囲が争点であった。

原告は、”本件特許出願日(優先日)前に既に国内で販売されていた被告会社製の商品名「C15/250」のガラスバブルと実質上同一である,そうでないとしても,「C15/250」から当業者が容易に発明することができる”と主張した。

審決の段階では、「C15/250」と訂正発明5との構成が同一であるといえないと判断していた。その理由として、アルカリ土類金属酸化物(RO)とアルカリ金属酸化物(R2O)との比(RO/R2O比)の値が異なること、当該商品の密度が不明なことを挙げていた。

しかし、裁判では、カタログや文献から、当該商品の密度は訂正発明5と同一であることは明らかであり、RO/R2O比も、証拠として提出された分析結果と、本件訂正発明5とは実質的に同一であると判断し、審決の判断は誤りであるとした。

具体的には、

”RO/R2O比について、審決では、訂正発明5のRO/R2O比の値の下限が「1.2」であるのに対して、分析結果の比が「1.18」であることをもって相違するとしたが、「1.18」を本件訂正発明5のように小数第1位で表せば「1.2」となる。”

また、”特許時明細書には引用された公告公報には、RO/R2O比は「1:1」に臨界的意味があることを示しており、「1.2」に臨界的意味があるとはいえず、「1.2」と「1.18」の場合とで技術的意義ないし作用効果において実質的に差異はない。”

すなわち、RO/R2O比の値「1.2」に臨界的意味があるとの根拠はどこにもないと判示した。

さらに、”分析精度、サンプリング箇所や製造ロットのバラツキを勘案すると,「1.2」と「1.18」とで実質的に差異はない。

加えて、RO/R2O比自体、それぞれの分析誤差を含む複数の成分(Na2O,K2O,Li2O,CaO)の分析値からの計算値であり、複数の成分のそれぞれの分析誤差が累積されている数値であるから、当該RO/R2O比の値に「0.02」程度の差があったとしてもその違いに実質上意味はない”と判示した。

そして、「本件特許出願前に日本国内で公然実施した「C15/250」と本件訂正発明5とは同一の構成を有するものであり,本件訂正発明5は新規性を有しないというべきである。」と結論された。

数値限定発明の無効化の観点からは、前にも述べたように、先行文献調査を行う前に、対象特許の技術的範囲の画定(明細書記載、審査経過調査)、対比を行い、抵触する可能性を十分に評価すべきと思われる。

その上で、無効資料調査に際しては、有効数字(有効桁数)や記載値の四捨五入や測定方法を含めた測定精度を考慮することが必要になる。

数値記載がない場合には、証拠として、実験成績証明書の提出を検討することも有効である。

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(21)特許文献調査 ~検索式の作成は、「特許分類」と「ワード」と「時期的範囲」との掛け合わせ~

特許文献調査において、検索式は、「特許分類」、「ワード」および「時期的範囲」の3つの検索キーを選択し、「特許分類」と「ワード」と「時期的範囲」とを掛け合わせて作成される。

無効文献調査も、一般的な先行特許調査と検索の基本においては変わらず、特許特有の知識が必要となる。

これから特許文献調査について述べていくが、特許資料調査のイロハを説明する考えはない(特許文献は、ここでは、主に公開公報(公表、再公表を含む)、特許公報、特許公告公報を指す。)

特許文献の検索手法については、優れた成書が多数刊行されていることもあるが、もう一つは、成書などで詳しく説明されている検索式の立て方は、人手によらなくても、AIでできる時代がもう来ているように思う。

となると、これからは、検索に必要な前提知識もそれほど必要でないだろうし、AIで出来ることと、AIでは難しいことを知っておくことの方が重要と考えている。

AIでの特許文献調査、特に無効資料調査ができるのかどうかを考えていく上で必要と思われる前提知識の観点から特許調査を見て、その後に、AIを使った特許資料調査の現状をまとめてみたい。

特許文献検索の特徴

特許文献検索の方法について前提知識を含めて、以下のサイトに詳しく説明されている。

独立行政法人工業所有権情報・研修館 検索の考え方と検索報告書の作成 https://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/kensaku.html

平成30年度調査業務実施者育成研修 INPITテキスト 検索の考え方と検索報告書の作成【本編】 https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf

また、多数の成書が刊行されている。(例えば、本ブログ【8】無効資料調査とは http://patent.mfworks.info/2018/10/13/post-1273/

特許文献検索は、一般的な技術資料の検索とはいくつかの点で異なっている。

ひとつは、特許文献は、体系的な「特許分類」が付与されている文献である。

それゆえ、一般的な技術文献の検索が「ワード」を用いるのと違って、「特許分類」を検索キーとする検索が特許文献調査の主となる(特許分類については、以前にも取り上げた。【4】「潰す」ためには、先行技術文献調査が必須 http://patent.mfworks.info/2018/08/19/post-975/)。

もう一つは、テキスト部分の全文検索が可能であるということである。

技術文献の検索では、一般に要約文や抄録文を対象とした部分的な検索しかできないのに対して、特許文献については、全文検索が可能である。

そうなると、特許文献の調査は、「特許分類」と「ワード」を検索キーとする検索式を作成し、検索対象を全文にして検索することが、特許資料の特徴を最も活かした調査ということになる(ただし、ヒット件数が多過ぎる場合には、絞り込みが必要になる)。

検索式に入れるべき「特許分類」と「ワード」は、例えば、JPlatPatでは、独立したタブとして「検索キー」があり、各特許ごとに「特許分類」と「審査官フリーワード」が一覧できるので、それらを参考にして、選択する方法がある。

一般的な注意事項だが、「特許分類」の選択において気をつけなければならないのが、適切に特許分類が付与されていない場合もあり得ることである。

また、「ワード」については、同義語、類義語、想起語など関連語も含めて、用語を選択していくことが必要である。

検索式作成の考え方

『無効審判で新規性なしと判断された事件から考察する精度の高い調査方法』
https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201401/jpaapatent201401_043-058.pdf)というタイトルの論文には、

検索式が不適切であった要因として、

(1)検索対象を限定し過ぎ、

(2)特許分類が適切でなかった、

(3)キーワードが適切でなかった、

の3点が挙げられている。(2)と(3)は、上記した注意事項と関連する。

(1)に関連して、特許文献を対象に無効資料調査を行う時は、無効化したい特許に付与された特許分類のひとつ上位概念の「特許分類」と、関連語を含めた「ワード」との積集合を考えるのも一つの方法である。

「ワード」のみの積集合で絞り込みをかけることも一つの方法である。

「ワード」の選択については、「用語集」だけに頼らず、「試し検索」を行って、漏れている用語がないか確認する進め方が有効な場合がある。

また、「時期的範囲の設定」も特許文献調査で留意すべきことである。

新規性や進歩性を判断する際に、特許出願日前に公知であったかどうかが問題になるので、当該特許の公開日ベースで期間設定する必要がある(なお、出願日ベースの場合もある)。

(時期的範囲については、【16】「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~
http://patent.mfworks.info/2019/02/04/post-1706/ で詳しく取り上げた。)

AIと特許文献調査

検索式の立て方について、具体的な説明をしてこなかったが、それは、AI(人工知能)で代替可能だと思えるからである。

特許庁では、現在、人工知能技術を「特許分類付与」と「先行技術調査」の業務支援に活用する取り組みがなされている。

具体的には、専門官が行っていた「特許分類付与」業務について、出願書類のテキスト情報から、AIが特許分類(FT・Fターム)の候補を提示する技術の導入検討が進められている。

また、「先行技術調査」業務においては、検索式の用語の拡張やヒット箇所のハイライト表示などが検討されているようである。

また、『知財インテリジェンスサービス(試⾏)』(平成30年5⽉ 特許庁総務部企画調査課

https://www.jpo.go.jp/support/general/ip-intelligence/index.html)には、様々な特許情報解析ソフトが紹介されており、今後、AIによる検索式作成(支援)が、日常的なものになっていくと予想される。

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(22)特許文献調査 ~難しいのは、検索でヒットした公報の評価~

検索でヒットした公報の中から、関連する公報をスクリーニングし、抽出した関連公報の記載をもとにして対象特許の特許性(新規性、進歩性)を判断する。特許性の判断は、特許法や審査基準の知識と、それらの実際の運用事例の学習や実務経験が必要である。

『【21】特許文献調査 ~検索式の作成は、「特許分類」と「ワード」と「時期的範囲」との掛け合わせ~』(http://patent.mfworks.info/2019/05/20/post-2268/)では、特許文献の検索の最初のステップである検索式の作成について説明した。

作成した検索式を用いて検索すると、多数の文献がヒットし、ヒット文献の母集団ができる。その母集団に対して、以下の手順で解析を進めていくことになる。

(1)特許公報スクリーニング(ヒットした文献の母集団の中から関連公報を抽出)

(2)抽出した関連公報の記載をもとにした対象特許(出願)の特許性判断(新規性・進歩性など)

この時に課題となるのが、

(1)検索でヒットした多数の特許文献の中から、特許性(新規性、進歩性)に関わる可能性の高いと思われる文献を、出来るだけ“省力的に”スクリーニングすること、

(2)スクリーニングで抽出された特許文献の記載を基にして、特許性の有無を“的確に”判断すること、

の2つである。

独立行政法人工業所有権情報・研修館 『検索の考え方と検索報告書の作成』(https://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/kensaku.html)や平成30年度調査業務実施者育成研修 INPITテキスト『検索の考え方と検索報告書の作成【本編】』(https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)には、検索式の作成については詳述されており、以下のように、適切な文献の抽出(スクリーニング)のために、ノイズ文献がヒットしにくい検索を行う必要性が書かれている(理屈は簡単だが、どうすればよいかの方法論は書かれていない。)

『3.3. 新規性・進歩性判断のための検索の具体例

3.3.1. 文献集合

新規性判断のための検索、進歩性判断のための検索を効率的(迅速かつ的確)に行うためには、膨大な収録文献の中から、適切な文献をもれなく抽出しつつ、ノイズとなる文献をできるだけ含まない文献集合を作成する必要がある。』

一方、スクリーニングの方法や特許性の判断方法については、具体例が挙げられているだけで、実際にどういう考え方で進めればよいかの考え方の説明はない。

特許調査に関する成書を読んでも、このステップについて、テクニカルの観点から書かれているものは少ない。

私が具体的かつ適切に書かれていると思ったのは、『パテントプロサーチャーのための特許調査の基礎知識と実務』(山口 隆 著)(https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026407665-00)である。以下に、上記書籍のポイントと思われる項目を抜き出してみた。

公報スクリーニング(要否判断)について

①可能な限り「発明の名称」で判断。

②名称でできない場合は、要約、請求範囲、図面などを読み判断

③無効資料調査は、本件発明の全ての構成要件をできるだけ少ない引用公報でカバーすることを目標、逆に10件も必要となるようでは無効にすることは困難。

④抽出すべき公報 1.実施例中に同じ発明が記載されている公報、2.その発明を示唆する発明が記載されている公報。

⑤有用な公報とは、1.発明の中心的な構成要件が含まれるもの、2.大部分の構成要件を含むもの、3.狭い意味で同じ課題を記載したもの、4.予備調査や、これまでのチェックで見つけられなかった構成要件を含むもの。

⑥基本的には要約や請求範囲によって一応の要否を予測し、実施例で予測を確認(検証)すればよい。

『先行技術文献調査実務[第四版]』の『第Ⅶ部 先行技術調査の基本』(https://www.inpit.go.jp/content/100646409.pdf)には、『法的判断;アマチュアが陥りやすい罠』として、以下の4項目があげられている。

【罠1】発明の認定・理解の失敗!

【罠2】進歩性の考え方を考慮して検索されていない!

【罠3】検索範囲の外枠を定めていない、定めていても網羅的に検索されていない!

【罠4】抽出した文献を組み合わせる論理が破綻している、組み合わせができても目的とする構成に至らない!

上記は検索式作成での『罠』について書かれたものだが、ヒットした文献のスクリーニングや要否判断も同じことである。そして、【罠1】、【罠2】、【罠4】は、いずれも特許性の知識に関するものである。

検索式作成の場合には、検索技術というテクニカルな部分の理解で要求されるが、検索でヒットした特許文献の評価は、本質的に、特許性(新規性、進歩性など)についての理解の深さ(知識、実務経験)がないと、的外れな調査になってしまう恐れがある。

(【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念

http://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/

【18】進歩性欠如の考え方:容易想到の論理構築

http://patent.mfworks.info/2019/03/05/post-1287/

【19】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

http://patent.mfworks.info/2019/03/18/post-1527/

【20】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

http://patent.mfworks.info/2019/03/30/post-2079/

これまで述べてきたことの繰り返しになるが、無効資料調査も一般的な先行文献調査と基本的な考え方は同じだが、審査過程の先行文献調査で見つかった文献をクリアーして特許査定された特許に対する先行文献調査である。したがって、無効資料調査では、特許性についての一層深いレベルの理解が必要である。

具体的には、検索式作成も、検索キーとして、各請求項を機械的に分節した構成要件を用いる一般的な手法だけでは、無効化に結び付く先行文献を見つけられる可能性は低い。そのため、先に無効化できそうな論理を仮説立てし、その仮説をもとに検索式を立てることが要求される。

さらに言えば、有効な無効資料を見出したとしても、特許権者は訂正請求してくるのが一般的であるから、訂正も考慮した仮説立てが必要となる場合がある。

そして、論理を組み立てるには、特許法や審査基準の知識と、それらの実際の運用事例を学習できていること(実務経験)が前提であって、そうでなければ、有効な論理を立てることはできないと思う。

現在、先行文献調査や無効資料調査のサポートとして利用する目的のツールが開発されてきている。AIを利用することによって、特許性に関する知識不足を補えるのであれば、先行文献調査のレベルを上げることができる。次回は、AIを利用した特許資料調査の現状を見てみたい。

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(23)AI(人工知能)で特許文献調査は可能になるか?

AIを活用することで、目的とする文献を検索結果の上位に表示させることによって、特許文献調査を効率化できる可能性が示唆されている。しかし、特許文献調査の補助的なツールとしての利用にしても、精度の高い調査をできるか、本当に省力化できるのかの検証や開発の段階と思われる。

特許と人工知能(AI)に関する動きをまとめてみた。

特許庁では、平成28年度から、人口知能(AI)の活用を検討している。
そして、現在は、特許分類付与(テキストに基づく付与)と先行技術調査(検索式作成支援、画像検索技術の特許図面への適用)の導入に向けて、精度・費用対効果確認のフェーズにあるという(https://www.jpo.go.jp/system/laws/sesaku/ai_action_plan/document/ai_action_plan/01.pdf  https://www.jpo.go.jp/system/laws/sesaku/ai_action_plan/document/ai_action_plan-fy30/plan.pdf)。

また、発明の内容理解・認定や特許登録可否の判断については、具体的なアクション・プランにはないが、AI技術の進展を注視するとして、各種の知財インテリジェンスサービスの紹介を行っている(https://www.jpo.go.jp/support/general/ip-intelligence/index.html)。

特許情報解析へのAIの利用については、『情報の科学と技術』2017年7月号 (67巻7号)で特集が組まれ(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jkg/67/7/_contents/-char/ja)、さらに2018年7月号でも特集が組まれた(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jkg/68/7/_contents/-char/ja)。

『情報の科学と技術』の2つの特集号の内容をもとに、AIを活用した特許文献調査、特に無効資料調査の現状について見てみることにする。

2018年の特集号の中の、野崎篤志さんの『特許情報と人工知能(AI):総論』には、AIを用いた特許調査・分析ツールについての現状と将来予測が書かれている(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/68/7/68_316/_pdf/-char/ja)。

現状は、『現在世の中に出ているのは,人間の行う理解や判断の一部を置き換えるAIであり,AI搭載型ツールは特許調査・分析の一部タスクにのみ適用可能であるため「弱いAI 」(または「特化型 AI」)である。』ということである。

前提として留意すべきは、以下の2点であると書かれている。

1.AIツールを賢くするのは人間

2.AIツールは作業効率化・省力化するための道具

1の『AIツールを賢くするのは人間』は、『機械学習であっても,ディープラーニングであっても教師データが必要かつ重要であり,人間が行わなければならない。という意味である。

また、2の『AIツールは作業効率化・省力化するための道具』は、『AIツールで得られた結果を人間がチェックせずにそのまま利用できるか?というと,特許情報業務のほとんどを占める非定型業務においては,AIツールは従来の作業を効率化・省力化するための道具として捉えた方が良い。』と補足されている。

野崎さんの論文の中の特許調査に関する部分を抜き出してみた。

特許調査について、各ステップごとに「AI化されるか,人間が行うべき業務か,または AI と人間が協働して行うべき業務か」が評価されている。
抜き出してみると、
2)調査ポイントの設定・分析範囲の設定;人間
3)検索式作成・母集団形成:人間+AI
4)公報スクリーニング;AI+人間(検討済/製品あり)
5)抽出公報の判断(新規性・進歩性など);AI+人間(検討済/製品あり)

検討済で製品ありとなっている(4)と(5)の説明を見てみる。

(4)公報スクリーニング
『検索式作成について,先行技術調査においては「検索式作成・母集団形成」を行うことが究極的に不要になり,過去発行文献すべてを母集団として調査を行うようになると著者は予想している。教師データを与えてスコア上位 10~50 件程度を読んで調査を完了するというイメージである。ただしこのような運用にするか否かは組織次第である。
まずは人間が検索式作成を行う必要があるのだが,その際に AIがサポートできるところとしては,
・関連キーワードや関連特許分類の提案
・再現率を高めるための提案;モレを AIにて判断して,母集団に補足することを期待している。』と書かれている。
また、『あくまでも公報にスクリーニングにかける時間を省力化できることが AI ツールの効果である。』と書かれている。

(5)抽出公報の判断(新規性・進歩性など)
『IP Samurai がこのカテゴリに該当する AI 搭載ツールである。IP Samurai では,特許性の判定を,構成要件と先行文献の類似度をベースに判断している。人間が新規性・進歩性を判断する上でのサポート材料を AI が生成・提案することはあっても,最終的な判断は人間が行わなければならない。』
『IP Samurai は他の AI 搭載ツールとは異なり,図 10 に示すように,発明の新規性・進歩性について請求項または仮想クレームのエレメントごとの特許性の確率を算出して,Patentability Rank を表示するシステムである。現在は USPTO の過去の出願内容や審査経過情報をベースにしている。
IP Samurai の技術的詳細については特許第 6306786 号に開示されており,機械学習により権利取得可能性を算出する。』
と紹介されている(IP Samuraiのホームページ https://aisamurai.co.jp/)。

「情報の科学と技術」の特集号には、特許調査に活用できる市販ツールの紹介があるが、その中に、無効資料調査に活用できる市販分析ツール、「Invalidator」と「Patent Explorer」が紹介されている。

(1) Invalidator
「Invalidator」を紹介した『AI 技術を利用したグローバル特許調査・分析ツール「Xlpat」の活用と可能性』(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/68/7/68_343/_pdf/-char/ja)の論文を要約する。

「Invalidator」は、概念検索をベースとし,無効化したい特許番号を入力すると,その文献に類似性の高い文献リストを無効化候補文献として出力する分析ツールとのことである。

使用例として、U.S. Patent No.7,807,799Bに対するInter Partes Review(当事者系レビュー)の審理で、新規性欠如の主引例となったWO95/22389と副引例US6127526が無効化候補文献として出力されるか検証した結果が公開されている。

U.S. Patent No.7,807,799Bは、「Protein Aaffinity chromatography」を利用したたんぱく質の精製法に関する特許である。
検索は、以下の 3 通りを行われた。
ケース 1;特許番号(US7807799)だけを入力。
ケース2;特許番号とキーワードとして「Protein A」及び「Affinity chromatograpy」を設定
ケース 3;特許番号とキーワードとして「Protein A affinity chromatography」(一連の語として入力)を設定

いずれの場合も400件ヒットさせ、WO95/22389 とUS6127526 の有無、ヒットした順位を調べたとのことである。
結果は、
ケース1では,WO95/22389 及びUS6127526 ともにヒットせず。
ケース2では、主引例はヒットせず、副引例は40位でヒット。
ケース3では、主引例が5位でヒット。

これらの結果を受けて、「設定するキーワードが結果に大きく影響している」ことから、

「設定するキーワードによっては良い結果を取得しうる」とし、『1 度も良い結果が得られなければ検討に値しないが,良い結果が取得しうるのであれば,使い道は十分にあるものと思われる。』と書かれている。
また、『「番号入力と適当なキーワード設定」→「上位特許を査読」→「欲しい文献なければ,キーワード設定を変更して再検索」→「上位特許を査読」のサイクルを繰り返すことにより,予備的又は補完的な無効文献調査ができるのではないかと考えられる。』とも書かれている。

(2) Patent Explorer
「Patent Explorer」を紹介した2つの論文、『ビッグデータ時代における特許情報調査への人工知能の活用(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/67/7/67_372/_pdf/-char/ja)、『人工知能エンジン「KIBIT」を用いた自然言語処理と特許調査への応用』https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/67/7/67_360/_pdf/-char/ja)をもとにまとめた。

「Patent Explorer」は、

①高度な検索式を作成する必要が無い,

②関連性の高いものをスコア順に並べて調査工数を削減する,

③関連性の高い段落を提示するため公報全文を読む必要がない,というメリット』があり、

『特許出願時の先行技術調査や無効化資料調査のスクリーニング』における研究者の調査業務の省力化を狙ったものということである。

分析は、以下のような手順で行われた。
『(1)各特許の請求項1に記載されたテキストを「無効理由に関連する」として KIBIT に学習させる,
(2)母集団に含まれる数千~数万件の文献にスコアを付ける
(3)すべての文献をそのスコアで降順に並べ替える
(4)無効審決の根拠となった無効資料の順位(スコア上位からレビューした場合に何番目で発見できるか)を確認する』。

「Patent Explorer」の検索エンジン「KIBIT」は、『学習用データに基づいてモデルを最適化する「学習」のフェーズと,未知データに対して学習結果を適用する「推論」のフェーズとを経て,そのパフォーマンスを発揮する。』と説明されている。
「学習」フェーズでは、『学習用データ(データを解析する目的に「関連する/しない」を人間が判断した関連ラベル付きデータ)に含まれる文章(テキスト)』を解析し,形態素を抽出、各形態素の特徴付ける度合い(「関連する/しない」の間における出現頻度の偏り)を評価し、定量化すると説明されている。
また、「推論」フェーズは、未知データに含まれる文章を形態素解析し、未知データの「スコア」を算出。『スコアの高いデータは,判断の対象となった事象(例えば,訴訟)との関連性が高いことを示し,低いデータは,関連性が低いことを示す。』と説明されている。

「Patent Explorer」を用いた調査業務の省力化の検証事例として、

「無効審判において新規性なしと判断された事件から考察する精度の高い調査方法」(2014, Vol. 67, No. 1)において、「検索式が不適切である」ことが原因とされた次の 3 つの特許を Patent Explorer で分析し,無効資料の発見効率が調べられている。

事例1 無効2006-080074(特許第3621023号)
IPC「F24F5/00」を指定し,これを含む 5,249 件を母集団。
無効資料(特開 2000-46443号公報)は,上位 31番目にランキング。

事例2 無効2006-080263(特許第 3662815号)
IPC「G03G15/20」または「C08L83/07」を指定し,これを含む 13,079 件を母集団。
無効資料(特開平11-060955号公報)は,上位 8番目にランキング。

事例3 無効2008-800249(特許第 3893292号)
IPC「A61K7/00」または「A61K8/97」を指定し,これを含む 16,033 件を母集団。
無効資料(特開平10-194923号公報)は,上位 19番目にランキング。

これらの結果から、

PatentExplorerは,母集団に対して 1%以上の精度で(1,000件の母集団に対して上位 10位以内に)新規性欠如の根拠となる無効資料を抽出することができたという。

現状では、AIを利用した先行文献調査や無効資料調査は、特許文献に限定されるし、検索でヒットした母集団の上位にランキングされる可能性があるという段階にあると思われる。

そして、AI利用で期待できる効果は、“省力化”であると結論される。しかし、現時点では、精度を高い調査をできるのか、本当に省力化できるかの検証や開発の段階と思われる。

AI利用の可能性について、別の観点からの文献を紹介して本稿を終えることにする。

「AIで弁理⼠が失業」に異議 「そんなに単純な仕事じゃない」 ⽇本弁理⼠会の梶副会⻑
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1711/16/news109.html

先行文献調査は AI にとって替わるのか(20171201104104ATIS「談話室」12月.pdf)
http://www.atis.gr.jp/talk/20171201104104ATIS%E3%80%8C%E8%AB%87%E8%A9%B1%E5%AE%A4%E3%80%8D12%E6%9C%88.pdf

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(24)無効資料調査;”下位概念で潰す” ~商品~

これまで無効資料調査の一般的な考え方も説明してきた。
しかし、既に述べてきたように、出願前の先行文献調査と審査とをくぐり抜けてきた特許をつぶすことは容易ではない。
無効審判請求され、2018年に最終処分された特許125件中、請求が成立したのは、わずか19件である。また、異議申立で最終処分された1,160件のうち、取消決定(一部取消含む)されたのは、150件である(特許行政年次報告書2019年版、https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2019/document/index/0107.pdf#page=3)。

今回からは、『第4章 無効資料が見つからない時、どうするか?』と題して、一般的な先行特許文献調査を行っても、有効な無効資料を見つけられなかった場合、どういう手があるのか述べていきたい。

まずは、“下位概念で潰す”、すなわち、“実施例”や“商品”(公然実施)の観点から無効資料を見つける考え方を説明する。

上位概念と下位概念の考え方は、以前に説明したので、ここでは省略する(【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念、http://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/)。

実施例の記載をもとに上位概念化して潰す考え方と、下位概念で潰す考え方の両方が考えられるが、ここでは下位概念で特許を潰す考え方を中心に述べていく。

下位概念をベースにした先行文献調査に関連して、『検索の考え方と検索報告書の作成 独立行政法人工業所有権情報・研修館』https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)には、以下のような考え方が書かれている。

『(4) 本願発明の範囲が広く、検索すべき具体例がいくつも想定できる場合(化学構造式等)、明細書に記載の実施例から検索を始める。』
『(7) シソーラスを、広い観点で検討する。』と書かれている。

具体例を見ていこう。

以前に、特許庁の審査にける検索の実例として、乳風味増強剤に関する特許を取り上げた(【5】特許庁の審査における検索の実例、http://patent.mfworks.info/2018/09/03/post-977/)。
取り上げた特許の【請求項1】は、以下のようである。

【請求項1】ガラクトオリゴ糖を有効成分とすることを特徴とする乳風味増強剤。

特許庁の調査では、「ガラクトオリゴ糖」と「乳風味」の2つを検索ワードとした検索式が立てられているが、「ガラクトオリゴ糖」の下位概念に相当するワードも検索式に含まれている。
具体的には、「ガラクトオリゴ糖」が配合された商品名「カップオリゴ」や「オリゴメイト」、および、ガラクトースを構成糖として含有するオリゴ糖「ラフィノース」、「スタキオース」、「メルビオース」、「マンニノトリオース」のワードが含まれている。
「乳風味」も、「ミルク風味」、「ミルク感」、「乳感」といった同義語・類義語や、「コク味」、「濃厚感」、「ボディー感」といった関連語が検索式に含まれている。

下位概念の最も具体的なものは、“商品”である。
実施例に商品名が具体的に記載されていれば、その商品名や類似商品名を検索ワードとて、検索する。

商品が先行技術として認められたノンアルコールビール関連特許の争いの例を紹介する。

ノンアルコールビールの特許侵害訴訟としては、サントリーホールディングスとアサヒビールとの争いがよく知られている(特許第5382754「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5382754/AE435DB99EFA154EAC3FFFE2EC3FA551、平成27年(ワ)第1025号 特許権侵害差止請求事件、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/436/085436_hanrei.pdf)。

本特許の請求項1は、以下の通りであった。

「エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアルコールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下であり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」

本訴訟では、米国特許記載の発明に基づく進歩性欠如とともに、

「オールフリーに係る発明(以下「公然実施発明1」という。)に基づく進歩性欠如」と

「ダブルゼロに係る発明(以下「公然実施発明2」という。)に基づく進歩性欠如」が

争点となった。

「オールフリー」は、サントリーのノンアルコールビールの商品名である。

また、「ダブルゼロ」は、アサヒビールのビールテイスト飲料の商品名である。

もう一つ、別のノンアルコールビール特許でも、同様に商品が先行技術として認められている((47)特許を巡る争いの事例;ビール風味ノンアルコール飲料特許、http://patent.mfworks.info/2018/08/13/post-1004/)。

この特許の請求項1は、以下の通りである。

穀類エキス及び発酵穀類エキスから成る群から選択される少なくとも一種を

不揮発分換算で1~300mg/100mL含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。」

審理では、キリンの「パーフェクトフリー」という商品が、「発酵米エキスを含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料」の先行技術として認められている。

先行技術として、まず調査対象とするのは、特許公報などの頒布された刊行物に記載された発明である。
しかし、商品に関する情報は、ウェブ情報、新聞や雑誌などの記事、企業の新製品のニュースリリース、展示会資料、カタログが主である。

これらの多くは、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」(インターネットのウェブページ等に掲載された発明)、「公然知られた発明」(講演、説明会等を介して知られたもの)と「公然実施をされた発明」に該当し、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明も先行技術として認められている。上記ノンアルコールビールの場合では、関連商品情報が有効な無効資料となっている。

ただし、商品情報を“先行”技術として認めてもらうには、留意すべき点がある。
(1) 出願日前に知られていた、あるいは実施されていた証拠の確保。
(2) 必要な事項(発明特定事項、構成要件)がすべて記載されている場合は少ない。

(1) については、『【16】「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~』(http://patent.mfworks.info/2019/02/04/post-1706/)で詳しく説明したが、ウェブ情報のみしか見つからなかった場合、ウェブページの公開日が記載されていない場合も少なくない。

日付の記載がない場合、例えば、“Internet Archive”などよるウェブ情報の収録日や、“AMAZON”などのインターネット販売サイトや商品カタログでの取り扱い開始日などが記載された資料を見つけ、“先行“技術であることを裏付ける証拠が必要になる。

(2) については、見つかった商品情報に必要な情報がすべて記載されているとは限らないという意味である。

審査基準には、以下のように書かれている。
“「公然実施をされた発明」は、通常、機械、装置、システム等を用いて実施されたものであることが多い。その場合は、審査官は、用いられた機械、装置、システム等がどのような動作、処理等をしたのかという事実から発明を認定する。その事実の解釈に当たって、審査官は、発明が実施された時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項も、「公然実施をされた発明」の認定の基礎とすることができる。”

上記2件のノンアルコールビール特許の争いの場合、商品ラベルに記載が義務付けられている“原材料名”や“栄養成分表示”の値や、ウェブページに記載された商品特徴をもとに、「公然実施をされた発明」として認定されている。

ただし、(43)訴訟の事例2;スキンケア用化粧料特許(http://patent.mfworks.info/2018/06/25/post-821/)では、DHC製品に対する富士フィルムが提訴した特許権侵害差止等請求訴訟と、富士フィルムの特許に対するDHCが提訴した審決取消訴訟とで、同じウェブページが証拠として検討されたが、「本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる」かどうかで2つの訴訟で判断が分かれた。

見つけた資料に発明特定事項(構成要件)がすべて記載されていない場合には、無効化したい特許発明が”記載されているに等しい”ことを、記載内容からいかに導き出せるかが課題になる(この点については、別の項で具体的に説明する)。

なお、実施例をもとに、発明を上位概念化して検索する考え方が、『検索の考え方と検索報告書の作成』に、以下のように説明されている(https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)。

『実施例から上位概念にまるめて

<請求項記載の発明を解釈する一手法>

① 請求項記載の字句通りに発明を解釈。(用語の定義ははっきりさせた上)

② 実施例まで下りて、請求項の各構成が実施例のどの構成に相当するかを解釈。

(クレームアップされている実施例構成とクレームから削除されている実施例構成を確認する。特に複数の構成を切り離せない連携構成を重点チェック)

③ 全ての発明構成をその逆の上位概念に丸めて解釈。

④ もう一度、①~③の解釈を総合して、

・上位概念で構成を解釈してよい箇所

・字句通りに解釈する箇所

・実施例の構成で解釈する必要のある箇所

を判断し、字句通りでよい場合はそのまま、字句通りの解釈では検索対象の発明が明確でない場合には解釈を修正する。この修正した解釈を基に検索キーを検討する。』。

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(25)無効資料調査 出願テクニックに対抗する ~異質の効果と用途発明~

従来知られている発明の作用効果とは「異質な効果」を前面に出して、進歩性の判断において有利にしようとする考え方がある。また、用途限定を構成要件とする「用途発明」がある。

「効果」や「用途」を特徴要件とする特許の無効資料調査は、検索キーに「効果」や「用途」に係る用語を含まない検索式で検索し、「物」自体が公知物であることを主張できる先行文献を見つけられるかがポイントとなる。

特許権の不安定さを生む要因のひとつとして、以前に出願テクニックを取り上げた(http://patent.mfworks.info/2018/04/09/post-552/)。

特許出願において、従来知られている発明の作用効果とは「異質な効果」を前面に出して、「異質な効果」が奏される発明であるから、発明の「動機付け」がないと主張し、進歩性の判断において有利にしようとする考え方がある。

また、効果から導きだされる用途を発明特定事項(構成要件)に含むクレーム形式が、「用途発明」である。

用途発明や異質の作用効果を訴求する発明の無効化を検討する際に、まず、行わなければならないのが、請求範囲(権利範囲の)の画定である(【12】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2 http://patent.mfworks.info/2018/12/10/post-1800/)。

そして、侵害リスクがあると考える商品(イ号製品)などとの対比によって、当該特許の技術的範囲(権利範囲)に含まれるかどうかを検討し、無効化する必要のある技術的範囲を明確にする。

この際、特許請求の範囲に用途に係る記載(用途限定)がある特許については、用途部分の権利範囲の解釈に注意する必要がある。解釈の仕方によって、無効資料調査の考え方が変わってくる。

まず、用途発明の審査基準を理解しておく必要がある(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0204.pdf)。

審査基準には、”用途発明とは、(i)ある物の未知の属性を発見し、(ii)この属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいう。”と定義されている。

そして、”(i) 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載や、(ii) 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載がある場合、請求項中にそうした記載があったとしても、それらの記載がその物を特定するのに役に立っていないと判断される場合には、物そのものの発明と認定される。”と書かれている。

具体例として、”化合物、微生物、動物又は植物で、『「~用」といった用途限定が付された化合物(例えば、用途 Y 用化合物 Z) については、用途限定のない化合物(例えば、化合物 Z)そのものと解釈する”が、その理由は、”このような用途限定は、一般に、化合物の有用性を示しているにすぎないからである”と説明されている。

したがって、用途限定の記載があっても、用途限定のないものと解釈される場合があることになる。

もう一つ注意しなければならないのは、用途発明の権利行使できる技術的範囲(権利範囲)の解釈であり、大きく2通りの考え方がある(『用途発明の権利範囲に関する一考察』 https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201605/jpaapatent201605_066-071.pdf)。

一つは、用途が販売の際に明示されている必要があるという考え方、

もう一つは、用途が明示されているかどうかにかかわらず、その用途に使用できる全ての物が権利範囲に含まれるという考え方である。

前者の考え方では、用途発明は「物」を新規に発明したのではなく、“公知の「物」の用途自体が発明であるという立場”と同じで、“「物」が当該「用途」に用いることを明記して販売していなければ”、権利侵害しないことになる。

つまり、クレームされた用途が、イ号製品の包装容器や広告等に明記されていなければ、その用途に用いるために販売しているのではないから、権利侵害にあたらないとの主張ができることになる。

一方、後者の考え方は、“「物」がクレームに記載の用途に用いることが出来さえすれば,「物」の包装や広告等に記載がなくとも権利侵害を構成する”という考え方である。

イ号製品の“包装や広告に当該「用途」が記載されていない場合だけでなく,当該「用途」とおよそかけ離れた用途が記載されていても,当該「用途」にその「物」が使用できさえすれば権利侵害が成立する”という考え方になる。

上記文献には、判例の検討から、

“被告がその用途に用いられるものとして製造・販売されることを推認する事情がある場合,被告が反証を立証しない限り,その推認は覆らない。”、

そして、

”「被告の実施態様から用途が推認されれば,当該用途が認定されうる。」といえる。従って,用途を効能に記載しないというだけでは権利行使を免れない,という結論になりそうである。“と書かれている。

別の文献(『「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)』 https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf)には、

“これらの裁判例に照らすと,「用途発明」の定義の問題として,用途以外の発明特定事項に特徴がない発明については,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないのに対し,他方,用途以外の発明特定事項に特徴がある発明については,当該用途に使用されるものとして販売されなくても(直接)侵害になりうるという類型化が可能であると考えられる。”と書かれている。

この考え方にしたがえば、用途以外の発明特定事項(構成要件)に特徴がない発明と解釈し得る場合と、用途以外の発明特定事項(構成要件)に特徴があると解釈し得る場合とでは、無効化に対する考え方が異なってくることになってくる。

たとえば、用途発明において、用途以外の構成要件に新規性がないと主張し得る先行文献を見つけられた場合である。

“用途以外の発明特定事項に特徴がない発明については,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならない”という考え方を根拠に、イ号製品が公知物であると主張できるなら、用途をうたわなければ権利侵害しないという解釈もなし得る。

この解釈が可能とすれば、権利侵害しないのであるから、無効化の必要性はないという結論もあり得ることになる。

無効資料調査では、その上で、さらに用途に進歩性がないということを主張できる先行文献を検索するという進め方となる。

「異質の効果」を訴求する特許発明についても、「用途」が「効果」に変わるけれども、同様な考え方で無効資料調査をすればよいと思われる。

「異質の効果」に対しては、用途以外の発明特定事項(構成要件)が同一である先行技術が見つけれれば、先行技術においても、異質の効果が奏されていた蓋然性が高いという主張をしていくことが考えられる。

一方、用途以外の発明特定事項(構成要件)に特徴がある発明の場合でも、無効化できるかどうかは、物としての新規性がないことを主張し得る先行文献を見つけられるかどうかがポイントになる。

上記したような考え方に立てば、「用途」や「効果」を特徴要件に特徴要件とする特許発明についての無効資料調査は、まずは、用途や効果を検索キーから外して検索することから始めるということになる。

無効化したい特許の用途以外の構成要件がすべて記載されている先行技術文献を見つけていくことになる。

そして、物としての新規性が否定できれば、新規用途や異質の効果には進歩性が欠いていることを主張できる先行技術文献を検索することになる。

「用途」や「効果」を特徴要件とする無効資料調査においては、「文言」にとらわれすぎないことがポイントになる。

特許調査マニュアルには、以下のような記載がある(『平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成』 https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)。

”検索観点の欠落を防止するため、本願発明の特徴を、複数の「検索の観点」から把握すること、本願発明の特徴を広い観点で把握すること(実施例に囚われずに把握すること、技術的課題から把握すること、用途(もの、方法)を限定せずに把握すること)が必要である。”

同一用途や効果の別の呼び方、実質的に同一な用途や効果、類似の用途や効果)や、技術課題の共通性を考慮した検索キーの用語の選択に留意する必要がある。

ただし、用語の解釈も一筋縄ではいかない場合もある。

特願平8-66079号(特開平9-255548号)「シワ形成抑制剤」の審決取消訴訟では、「シワ形成抑制」と「美白化粧料」との違いが争点となった。

知財高裁は、「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点では先行発明と同じであるが、「美白」と「シワ形成抑制」とは、作用メカニズムや使用・販売実態に明確に区別されること、「出願時の技術常識」をもとにすると、「シワ形成抑制」作用は「美白」作用からは期待できず、新規な効果の発見であるとして、特許庁の主張を斥けた。

((30)特許権の不安定さを生む要因 その5;言葉(文言)の解釈 http://patent.mfworks.info/2018/03/26/post-548/

また、無効化に対する特許権者の取り得る対応として、用途発明のクレーム形式から、方法の発明へのクレーム形式に変更する可能性がある。この可能性も考慮して、無効資料調査を行う必要がある。

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(26)無効資料調査 検索できない非テキスト情報 ~図表、写真~

特許資料の検索を行う場合、全文検索をしても、図表や写真などの非テクスト情報は検索できない。非テキスト情報も含めて網羅的に検索したい場合は、手めくり調査が必要になる。

特許文献の調査を行う場合、特許分類と検索ワードを適切に選択して検索を行えば、目的
とする無効資料が見つかるという前提に立っている。
検索ワードを用いる場合、全文検索すれば、検索ワードが記載されている特許文献は網羅
的に抽出できると思われるかもしれないが、検索漏れがないとは言い切れない。

検索対象となっているのは”テキスト”情報のみである。
図や表、特に表では文字情報が記載されていても、”テキスト”の形でない場合が多く、
非テクスト情報は検索対象とはならない。

具体例として、特許公報第6313382号『煮物用調理液、煮物の製造方法、及び吹き
こぼれ抑制剤液』を見てみる。
上記特許の特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6313382/722FE5C6CD9220EF112E6CDB62CF91CC2D7FC058E1296B789C8C7E5A4F8E6F43/15/ja)。

【請求項1】
イモ及び/又はマメを煮る際の吹きこぼれを抑制するための吹きこぼれ抑制剤であって、
架橋デンプン、酸化デンプン、及び難消化性デキストリンからなる群から選ばれた1種
又は2種以上を有効成分とする吹きこぼれ抑制剤。

(【請求項2】省略)

段落番号【0017】には、“架橋デンプン”の説明として、以下のような記載がある。

“架橋デンプンとしては、食用に使用可能なものであればよく、その由来等に特に制限は
ない。例えば、コーンスターチ、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、小麦澱粉、甘藷澱粉等に由
来する架橋デンプンであってよい。また、ワキシー種、ウルチ種、ハイアミロース種など
のように、育種学的あるいは遺伝子工学的な手法により改良された澱粉に由来する架橋デ
ンプンであってよい。

架橋の形態としては、リン酸架橋デンプンやアジピン酸架橋デンプンなどが挙げられる。より詳細には、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋デンプン、アセチル化リン酸架橋デンプン、アセチル化アジピン酸架橋デンプン、リン酸モノエステル化リン酸架橋デンプンなどが挙げられる。

これら架橋デンプンは、常法に従い、原料澱粉にオキシ塩化リン、トリメタリン酸塩等の架橋剤によりリン酸架橋を施したり、無水アジピン酸等の架橋剤によりアジピン酸架橋処理を施したりし、必要に応じて、デンプン分子の水酸基を、無水酢酸、酢酸ビニル等でアセチル化したり、プロピレンオキシド等でエーテル化したり、オルトリン酸、オルトリン酸塩等でリン酸化したりすることなどにより得ることができる。

あるいは、市販のものを用いてもよい。“

実施例の記載では、“試験に使用した加工澱粉等の素材”として、段落番号
【0035】【表1】製品名には、【0017】に記載された架橋デンプンの化学名とと
もに、以下のような具体的な市販されている製品名が記載されている。

ファリネックスVA17(ヒドロキシプロピル化リン酸架橋デンプン)

WMS(アセチル化リン酸架橋デンプン)

日食MT-50(アセチル化アジピン酸架橋デンプン)

表1は、テキスト情報ではないので、検索の対象外である。

本特許明細書中に上記製品名が記載された箇所は表1のみで、本文テキストには記載がない。
試しに、表1の上記製品名を検索語として、J-PlatPatで検索してみても、本特許はヒットしない。
したがって、無効資料調査で、“架橋デンプン”の下位概念である上記製品名であるを検索ワードとする検索をしても、本特許はヒットしないので、漏れることになる。

もう一つ、機械検索での検索が難しいのが、図である。
装置や容器の係わる特許発明において、請求項は文言で記載されていても、発明の詳細な
説明には、図や写真を用いている。

具体例として、特許第6467445号『納豆容器』を見てみる。
上記特許の特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6467445/1E7B82ABC993BF938AFFBF7F383C1E1221D0DABC36D4CA1D178DEACB9530EC7D/15/ja)。

【請求項1】
開口部を含む納豆収容部を有する本体部と、
前記開口部を覆い塞ぐように設けられた蓋部と、
前記蓋部と前記納豆収容部との間に設けられたフィルムと
を備える納豆容器であって、
前記蓋部又は前記本体部にはスリットが設けられ、
前記フィルムが前記スリットを経由して引き出されることが可能に構成され、
前記スリットは幅広部を備え、
前記フィルムは、前記幅広部から前記フィルムのフィルム端部の一部が露出しつつ前記本
体部の本体縁部の上に乗るように配置されており、
前記蓋部が閉じられたまま、前記幅広部から露出している前記フィルム端部によって、
前記フィルムが取り出し可能な納豆容器。

(【請求項2】以下は省略)

図面には、50近くの納豆容器の図が掲載されている。

また、本特許明細書の段落番号【0084】には、容器の図の符号の説明として、納豆容器、本体部、蓋部、ヒンジ部(辺)、納豆、フィルム、開口部、納豆収容部、蓋縁部(縁部)、
第1辺(辺)、第2辺(辺)、第3辺(辺)、角部、第1蓋部、第2蓋部、幅広部、交差
部、中心、の用語が用いられている。

上記特許の無効資料検索において、特許分類をベースとして、請求項や明細書中に記載さ
れた文言で絞り込むという考え方で、目的とする資料を見つけることができればよい。
しかし、容器の技術的特徴を文言だけで理解することは難しく、また、本特許発明に係わ
る技術的特徴が明細書中にすべて文言として記載されているとは限らない。

そうなると、技術的特徴を理解した上で検索しないと漏れが出るリスクがあるし、調査も
ヒットした文献に図の記載があれば、併せてチェックする方が適切である

上記したような非テキスト情報の検索漏れリスクを考慮するならば、検索である程度の数までヒット件数を絞った上で、“手めくり”調査して、目視で目的とする資料の確認が必要になる。

なお、容器など形状に関する発明は、同時に意匠出願されている可能性があり、意匠の観
点から調査する方法が有効な場合もあると思われる。
意匠調査については、画像意匠公報検索支援ツール(https://www.graphic-image.inpit.go.jp/)も活用できる可能性がある。

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(27)無効資料調査 ~審査情報・審判情報を調査する~

一般的な特許検索を行っても無効化につながる特許が見つからなかった場合、無効化したい特許やパテントファミリーの審査や審判の過程で引用された文献や、検索で見つかった類似特許や関連特許の審査情報などを調査する方法がある。

事業の障害となる特許を潰すために、一般的な特許検索を行っても無効化につながる特許が見つからなかった場合、当該特許の審査や審判の過程で引用された特許文献を出発点として、調査する方法がある。

具体的には、無効化したい特許の審査情報や審判情報を調査する。

調査方法については、以下を参照ください。

【9】無効資料調査の前段階(1)その時点で有効な特許請求の範囲の確認

http://patent.mfworks.info/2018/10/28/post-1275/

【10】無効資料調査の前段階(2)審査書類や審判書類の入手

http://patent.mfworks.info/2018/11/11/post-1606/

審査の過程で情報提供された特許文献や拒絶理由通知書等で引用された特許文献、審判の過程で異議申立人や請求人が引用した特許文献をもとに調査する。

無効化したい特許は、こうした特許文献を回避して権利化されているため、それらの文献のみで無効化することは難しいと思われる。

そこで、引用された特許文献の審査情報を調べ、審査の過程で引用された文献をチェックする。検索ではヒットしなかった関連文献が見つかることがある。

また、当該特許が海外に出願されていれば、パテントファミリーの審査情報を見て、日本の審査では取り上げられていない引用文献が見つかる可能性もある(【10】無効資料調査の前段階(2)審査書類や審判書類の入手 http://patent.mfworks.info/2018/11/11/post-1606/)。

例えば、特許を巡る争い<13>サントリーホールディングス株式会社・ナトリウム含有飲料特許(http://patent.mfworks.info/2019/06/24/post-2457/)で取り上げた特許第6302366のパテントファミリーを調べてみる。

JPlatPatのワン・ポータル・ドシエ(OPD)照会を使って照会すると、ファミリー件数が6件で、以下のような一覧表が表示され、“各種機能”をクリックすれば、それぞれの出願・審査関連情報を入手できる。

国・地域コード 出願番号 出願日 公開番号 登録番号 各種機能
JP JP.2014128365.A 2014-06-23 JP.2016007149.A JP.6302366.B2 経過情報分類・引用情報書類一覧 開く
EP EP.15811049.A 2015-06-23 EP.3158876.A1
EP.3158876.A4
分類・引用情報書類一覧 開く
US US.201515315448.A 2015-06-23 US.2017196242.A1 分類・引用情報書類一覧 開く
CN CN.201580026190.A 2015-06-23 CN.106413419.A 分類・引用情報書類一覧 開く
WO JP.2015067966.W 2015-06-23 WO.2015199053.A1 分類・引用情報書類一覧 開く
AU AU.2015281893.A 2015-06-23 AU.2015281893.A1 分類・引用情報書類一覧 開く

一般的な特許検索で見つかった類似特許や関連特許について、その審査経過や審判経過で引用された文献を調査することで、無効化につながる文献が見つかる場合がある。

審査情報・審判情報をもとに無効化資料を見つけていく場合、類似特許や関連特許を見つけるための検索では、検索対象期間は無効化したい特許の出願日より前の期間に限定する必要はない。

出願日以降に出願された特許であっても、その特許の審査での引用文献の公開日が無効化した特許の出願日以前であれば使える。

したがって、検索期間を無効化したい特許の出願日以降も含めるようにすることで、無効化に使える資料やヒントが見つかる場合がある。

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(28)無効資料調査 ~周辺特許と周辺情報の調査~

特許分類とキーワードとを利用した一般的な検索で無効資料を見つけられなかった場合、当該特許の周辺特許調査(発明者検索、企業名検索)や周辺情報調査(発明品検索)で有効な無効化資料が見つかる場合がある。

特許分類とキーワードとを利用した一般的な検索で特許無効を主張する技術文献を見つけられなかった場合の一つの調査方法として、無効化した特許の周辺情報を調査するという考え方がある。

具体的には、当該特許の“発明者“や”権利者(企業)“の関連特許(周辺特許)、当該特許技術を利用した”発明品“などの特許以外の情報(周辺情報)の観点からの調査である。

特許出願時や審査過程で特許文献調査が行われていれば、それらの調査において、新規性欠如を主張できるような特許文献が見逃されている可能性は非常に低いと考えられる。

ただし、当該特許の発明者や特許権を有する企業が、当該出願前に公開した特許文献の中には、進歩性否定の材料となり得る文献が存在する可能性が考えられる。

技術開発は、点ではなく、特定の技術思想の下に、継続して進められるのが通常である。

当該特許出願以前に公開された特許出願の中に、当該特許の技術思想を示唆するような記載がある可能性を考えて、当該特許の発明者や権利企業の関連特許を調査することが考えられる。

周辺特許に記載されている発明の効果や実施例を詳しく見ていくと、当該特許の技術思想を示唆する記載(表現や言葉を変えている場合もある)や当該特許に近い実施例の記載があるかもしれない。

そうした文献が見つかれば、他の文献と組み合わせることによって、進歩性を否定する主張ができるかもしれない。

発明者の検索では結婚による姓の変更や、企業名検索の場合は持ち株会社化やM&Aなどによる社名変化も考慮しておく。

ただし、特許出願時や審査過程で特許文献調査が行われていれば、無効性を主張できるような特許文献が見逃されている可能性は、特に新規性に関する特許文献については、存在するとは考えにくい。

そう考えてくると、新規性欠如を主張できそうな技術文献を見つける方法としては、特許文献以外の周辺情報の調査が主となる。

特許法第29条第1項には、特許出願前に公然知られた発明、公然実施をされた発明、刊行物に記載された発明は、新規性が欠如しているとして、特許されないと規定されている。

しかし、特許法第30条に、“発明の新規性喪失の例外規定”がある。

発明者が自らの発明を公開した後に出願した場合でも、特定の条件下で公開され、一定期間内に出願された場合には、公開していても発明の新規性が喪失しないものとして取り扱う規定である。

例えば、発明品である商品を販売等によって公開していた場合でも、その販売開始日が1年以内に出願し、同時に新規性喪失の例外の手続きをすることで、特許を取得する可能性が出てくる。なお、平成30年より前は、新規性喪失の例外期間は6か月であった。

この例外規定を受けられる特定の条件に該当する『公開の事実』には、以下のものがある。

3.3.1 試験の実施により公開された場合

3.3.2 刊行物(書籍、雑誌、予稿集等)等への発表により公開された場合

3.3.3 電気通信回線を通じて公開された場合(予稿集や論文をウェブサイトに掲載した場合、新製品をウェブサイトに掲載した場合、発明した物を通販のウェブサイトに掲載した場合等

3.3.4 集会(学会・セミナー・投資家や顧客向けの説明会等)での発表により公開され

た場合

3.3.5 展示(展示会・見本市・博覧会等)により公開された場合

3.3.6 販売、配布により公開された場合

3.3.7 記者会見・テレビやラジオの生放送番組への出演等により公開された場合

3.3.8 非公開で説明等した発明がその後権利者以外の者によって公開された場合(非公

開で取材を受け、後日その内容が新聞・テレビ・ラジオ等で公開された場合等)

(発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/hatumei_reigai.html

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/hatumei_reigai/h30_tebiki.pdf

無効資料調査の観点から見れば、上記したような出願前に公開された特許以外の情報に発明の内容が記載されていた場合には、新規性を喪失することになる。

こうした観点の調査としては、技術部門や特許部門が関与しきれない可能性の高い、インターネット情報や新聞記事・雑誌記事を、技術用語だけでなく、商品特徴や商品名での検索が考えられる。

たとえば、発明者が出願前に不注意にしてしまった技術発表がある。

また、商品告知のニュースリリース、新聞記事や雑誌記事(新製品紹介)など発明を実施した商品に関する公開情報の中には、特許部門のチェックが漏れた情報が存在する可能性がある。

新製品展示会のパンフレットや資料、インターネットで公開された情報の中に当該発明に関する記載があるかもしれない。

情報の公開日が不明確な場合があるが、インターネット情報では、“Internet Archive”で公開日を特定したり、商品の場合、例えば、アマゾンなどの商品取扱開始日やJANコード取得日などを調べて、公開日を特定していく必要がある。

単行本や新聞雑誌の公開日の情報入手方法として、国立国会図書館の複写サービス(https://www.ndl.go.jp/jp/copy/index.html)が便利である。

ヨーロッパでは、新規性喪失の例外の規定が厳しく、ヨーロッパにも出願されている場合には、審査経過が参考になる場合があり得る。

逆に言えば、ヨーロッパで権利化された特許を無効化する戦術として、発明者や権利者が出願前に公開した情報を調査することが有効な場合があり得るということになる。

私が経験した例では、商品販売部門が、出願日より前に雑誌に技術内容を投稿し、掲載されていたことがあった。

ただし、出願前の社外への技術情報公開は、特許部門などによって、厳しき管理されるようになってきており、発明者や企業名の検索で情報漏れが見つかることは難しくなっている。

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(29)無効資料調査 ~海外特許資料調査~

日本特許資料で有効な無効資料が見つからない場合、海外特許資料を調査する。海外特許資料には、特許分類が付与されていること及び主要国は全文検索が可能なことから、一般的な科学技術文献よりも、漏れの少ない体系的な検索が期待できる。

海外特許調査で用いる検索式は、特許分類と検索ワードと時期的範囲の掛け合わせで作成する点で日本特許調査と同じである。しかし、日本特許調査で使った検索式をもとにして、海外特許調査を行う場合に、特許分類と検索キーワードでそれぞれで留意すべき点がある。

日本特許資料で有効な無効資料が見つからない場合、次に調査すべき対象は海外特許資料である。

特許文献には、特許分類が付与されていること及び主要国は、全文検索が可能なことから、一般的な科学技術文献よりも、漏れの少ない体系的な検索が可能であるためである。

特許庁の審査段階での先行文献調査にも海外特許の調査が含まれる

(”検索の考え方と検索報告書の作成” https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf

”配布資料” https://www.inpit.go.jp/content/100798507.pdf)。

海外特許調査の基本的な考え方は、日本特許調査と同じで、特許分類と検索ワードと時期的範囲の掛け合わせである(http://patent.mfworks.info/2019/05/20/post-2268/)。

調査を行うにあたって、どのデータベースを使って検索するかが問題になる。

INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)のホームページには、海外特許調査が行える検索ツールが紹介されている(”どんなツールを使えば調査できるか?” https://www.inpit.go.jp/how2use/research.html)。

具体的には、

J-PlatPat(特許情報プラットフォーム https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0100)、

Espacenet Patent search(https://worldwide.espacenet.com/)、

WIPO PATENTSCOPE(https://patentscope2.wipo.int/search/ja/search.jsf)などの公的機関が提供する無料データベースが紹介されている。

海外特許調査も、検索式は、特許分類と検索ワードと時期的範囲の掛け合わせで作成する点で日本特許調査と同じである。

しかし、日本特許調査で使った検索式をもとに、海外特許調査を行う場合には、特許分類と検索キーワードのそれぞれで留意すべき点がある。

留意点(1)特許分類確認

日本特許は、国際特許分類(IPC)に加えて、日本独自の分類体系(FI、Fターム)でも分類されている(http://patent.mfworks.info/2018/08/19/post-975/)。

日本独自の特許分類体系は、詳細に分類が展開されており、また日本の技術実態が考慮されており、そのため、FI、Fタームに基づいて検索式を作成し、調査する方法が推奨されている。

しかし、海外特許は、CPCなどの体系で分類されるようになってきており、FIやFタームを使った検索式をそのまま用いて、海外特許資料を調査することはできない。

海外特許資料を特許分類で調査する方法については、例えば、以下のウエブページが参考になるが(”海外の特許を特許分類から調べる” https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-381.php)、日本の特許分類と海外の特許分類の対応関係を参照するツールもある(https://www.jpo.go.jp/cgi/cgi-bin/search-portal/narabe_tool/narabe.cgi)。

FIやFタームの分類と、例えばCPCの分類が同じ観点で展開されている場合は、海外特許調査においても、対応関係を参照すれば、FIやFタームを使った検索式を活用できると考えられる。

しかし、異なった観点で展開されている場合もあるので、参照で出てきた対応特許分類を機械的に用いて調査すると、調査漏れの可能性が懸念される。

調査対象国で採用されている特許分類の展開の考え方が日本独自の特許分類と同じかどうかの確認が必要である。

また、検索に用いる特許分類が、調査対象国において、どうように付与されているかの運用(付与の傾向など)について、試し検索を行って、対応した特許分類であることを確認しておいた方がよい。

留意点(2)検索ワードの翻訳

海外特許調査において、検索ワードを用いた検索を行う場合には、当然、調査対象国の言語に翻訳する必要がある。

上記した“検索の考え方と検索報告書の作成”(https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)には、“一次文献が非英語の場合は、英文抄録や和文抄録がある特許文献であっても原則として調査範囲に含まない。”と書かれている。

誤訳のリスクがある機械翻訳を使わず、原文の意味を直接理解できる可能性があるのは、現時点では、“英語“のみという意味と思われる。

しかし、英語で出願された特許文献調査であっても、日本特許調査で使用した検索ワードの訳語の的確さについて、十分に注意しておいた方がよい。

一つの日本語に対して、複数の英語の訳語がある場合や、訳語に複数の意味がある場合が、あり得る。

そうした懸念がある場合には、使用する辞書は、出来るだけ専門用語の辞書を使い、訳語は再度日本語に翻訳して意味を確認しておく方がよい。

また、訳語が物品であれば、GOOGLEで画像検索を行い、ヒットした画像を見て、訳語が適切かどうか確認する方法もある。

さらに、実際に調査対象国のデータベースで、英語の訳語を用いた検索を行って、適切な訳語かどうか確認しておいた方がよい。明細書中に別の訳語が記載されている可能性もあるので、検索語漏れ防止のため、技術的関連性の高い特許文献は、検索式作成前に一通り目を通しておきたい。

日本特許調査の際に、日本独特の技術用語や日本語独特の言い回しがある場合には、一対一で対応するような訳語がないこともあり得る。その場合は、特許分類による試し検索を行って技術的関連性の高い特許の明細書を見て、適切と思われる単語や言い回しを抽出することを考えてみる。

非英語の言語の場合、適当な辞書がない場合は、直接翻訳する方法と、いったん英語に翻訳し、英語から当該言語に翻訳する方法との2通りで訳語を選択した方が無難である。

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(30)無効資料調査 ~非特許文献資料調査~

非特許文献の調査は、特許文献調査と比較して、体系的かつ網羅的に検索することは困難であり、調査に費用・時間・労力を要する。

検索でヒットした文献を読み込んで、そこから無効化のヒントを得ることや、孫引きなどで有効な資料を見つけていくという戦術も加味しておいた方が現実的と思われる。

特許文献で無効化に有効な先行技術文献が見つからなかっ場合には、無効資料調査の範囲を非特許文献まで拡げることになる。

以下の文献には、特許無効化の観点も含めて、非特許文献資料の調査の考え方がまとめられている。

“非特許文献調査について” 角田朗(2017年)http://www.tsunoda-patent.com/doc/2017_06chizaikanri.pdf

上記文献には、非特許文献の調査は、特許文献調査と比較して、以下のような困難性があると指摘されている。

(1)技術分類が整備されていない。

(2)論文の全文を検索可能なシステムが極めて少ない。

(3)データベースごとに収録されている情報が異なり,網羅性が高くない。

(4)特許公報とは異なり,非特許文献の入手には費用や時間を要することが多い。

(5)過去の製品カタログや取扱い説明書はデータベース化されておらず,検索及び入手が困難。

上記を私なりに説明すると、以下の2点になる。

  • 非特許文献を体系的かつ網羅的に検索することは困難である。

非特許文献には、特許分類のような詳細な技術分類が付与されていない。検索で使用できる検索キーは、文献のタイトル、要約、著者名、著者所属、キーワード等に限られ、また、全文検索が可能なデータベースは非常に少ない(特に日本語)。

  • 特許文献調査と比較して、非特許文献調査は費用・時間・労力を要する。

検索でヒットした資料の見るためには、入手する必要がある。オープンソースの文献も多くなっているが、ために費用がかかることが多い。紙資料の場合もあり、資料取り寄せだけで時間がかかる場合がある。また、資料が入手できない場合もある。

そして、要約の記載など部分的情報でヒット文献なので、文献を読み込むことに労力が要し、しかも、無効化につながる記載がある確率は、特許文献よりも低い。

したがって、特許文献調査と比較して、効果的・効率的に調査することが難しい。

過去の製品カタログや取扱い説明書やインターネット情報については以前に説明したので、そちらを参照ください

(【24】無効資料調査 ”下位概念で潰す” ~公然実施の商品をさがす~

http://patent.mfworks.info/2019/08/03/post-2272/

【28】無効資料調査~周辺特許と周辺情報の調査~http://patent.mfworks.info/2020/01/19/post-2707/)。

上記文献には、非特許文献の検索を行うためのデータベースが紹介されている。

検索費用を抑えたければ、無料のデータベースを使用することになる。

具体的には、”JPlatPat”(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0100)の非特許文献のメニューや、科学技術振興機構(JST)の科学技術情報探索サービスである”J-GLOBAL” (https://jglobal.jst.go.jp/)が挙げられる。

これらには、公開技報、マニュアル、単行本、国内技術雑誌、非技術雑誌、外国学会論文、国内学会論文、企業技報、団体機関誌、予稿集が収録されている。

英語であれば、“Google Scholar”(https://scholar.google.co.jp/)が挙げられる。

論文、書籍、テクニカルレポートなどの情報が検索できる。具体的な検索方法については、以下を参照ください。

”通信教育課程生向けガイド: Google Scholarで海外論文を探す”

https://libguides.lib.keio.ac.jp/c.php?g=62989&p=5252066

”Google( Scholar)から始める文献の集め方”

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/70512/1/201804_2J.pdf

”「Google Scholar 活用法」 講習会テキスト”

https://www.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/manual/guidance_gs.pdf

中国語で中国科学技術文献を検索するデータベースとしては、”CNKI”(中国知网 https://www.cnki.net/)や”百度”(BAIDU http://www.baidu.com/)が挙げられる。

検索方法については、以下を参照ください。

”中国の雑誌記事・論文の探し方”https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-asia-38.php

”中国語文献の探し方”https://www.library.osaka-u.ac.jp/doc/2018_serching_chinese_literatures.pdf

日本語で非特許文献を全文検索できるデータベースとしては、国立国会図書館の”次世代デジタルライブラリー”(https://lab.ndl.go.jp/dl/)があるが、著作権の保護期間が満了になった資料が対象なので、無効資料調査での活用は難しい。

英語では、”GoogleBooks”で、すべての書籍ではないが、全文検索可能である(https://books.google.co.jp/)。検索方法は、以下を参照ください。

”Google を使って文献検索”http://www.tufs.ac.jp/common/library/guide/guidance/8_Google.pdf

”Google ブックスの利用方法”https://support.google.com/websearch/answer/43729?hl=ja

中国語では、上記した”CNKI”(中国知网)に全文検索機能がある(http://gb.oversea.cnki.net/Kns55/)。”CNKI”の検索方法は、以下を参照ください。

”CNKI 中国学術雑誌全文データベース(CAJ)の使い方”

https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-asia-63.php

非特許文献の場合、網羅的と言えるようなデータベースがないのが実情である。

検索式の工夫も大事だが、費用や時間の面で制約が出てくることもある。

非特許文献には、特許文献と比較して、無効化したい特許に関する周辺技術情報が客観的に記載されている可能性がある。

例えば、それまで考えたことがない新たな無効理由につながり得る情報が記載されているかもしれない。

また、引用されている関連文献に、無効化につながる資料が記載されている可能性がある。

非特許文献調査を行う場合、検索ヒットした文献を読み込んで、そこから無効化のヒントを得たり、孫引きなどで有効な資料を見つけていくという戦術も加味しておいた方が現実的と思われる。

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(31)無効資料調査 ~パラメータ特許を潰す~ ”推認”

パラメータ特許の無効資料調査において大切な観点は、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されている文献を見つけようとする考え方である。すなわち、無効化したい特許発明の直接的な記載はないが、出願時における技術常識を参酌すれば、推認によって、無効化したい特許発明が導き出せる記載がある文献を見つける観点である。ただし、高い“蓋然性”を持って、“推認”できることを示せることが必要である。

パラメータ特許とは、回転数のような技術的変数(パラメータ)を、特定の範囲にすること(数値限定)を要件とし、それによって「際立って顕著な効果」ないしは「新規な効果」が得られる特許のことである(特許権の不安定さを生む要因 その7;出願テクニック

http://patent.mfworks.info/2018/04/09/post-552/)。

パラメータ特許の無効資料調査に際しては、最初から、数値が明示された先行文献や新規な効果が記載されている先行文献が見つかる可能性は低いことを考慮しておく必要がある。

先行文献に数値が記載されていない場合の対応策としては、まずは、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されていないかを念頭に入れてヒットした先行文献を精査することである。

新規性や進歩性の審査の進め方に関する特許庁の審査基準を下記に引用する。

”「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。

審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。

刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう”

(第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0203.pdf)。

それでは、“刊行物に記載されているに等しい事項”の主張をどう展開したらよいだろうか?

第 III 部 特許要件には、

“3218 機能、特性等の記載により、引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合(新規性が否定されるとの一応の合理的な疑い)

出願人が意見書、実験成績証明書等により、その一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、請求項に係る発明が新規性を有していないとの心証を、審査官が得られない場合には、拒絶理由は解消する “と書かれている(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/03.pdf)。

裏を返せば、“合理的な疑い”を主張できる先行技術文献を見つければよいことになる。

“合理的な疑い”とは、刊行物に明確に記載されていないが、記載事項から“推認”できるの意味である。ただし、高い“蓋然性”を持って、“推認”できることを示せるかがポイントである。

参考になるのは、“2. 一応の合理的な疑いを抱く場合の例”である。

パラメータ特許に関係すると思われる項目は、以下である。

“請求項に係る発明の機能、特性等が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて、請求項に係る発明と同一と認められる引用発明の物が発見された場合

・・・・・・

(b) 請求項に係る発明と引用発明が同一又は類似の機能、特性等により特定されたものであるが、その測定条件又は評価方法が異なる場合であって、以下の(i)及び(ii)の両方に該当する場合

(i) 請求項に係る発明と引用発明とで両者の測定条件又は評価方法の間に一定の関係があるとき。

(ii) 引用発明の機能、特性等を請求項に係る発明の測定条件又は評価方法により測定又は評価すれば、請求項に係る発明の機能、特性等に含まれる蓋然性が高いとき。”

つまり、技術常識・周知技術や公知文献に記載された事項をもとにして、合理的に計算した値を根拠として無効性を主張していく方法である。

実例としては、特許を巡る争い<13>サントリーホールディングス株式会社・ナトリウム含有飲料特許(http://patent.mfworks.info/2019/06/24/post-2457/)がある。

飲料中のラウリン酸濃度、ナトリウム濃度及びBrix値を、公知文献の記載をもとに算出している。

それでは、”刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明”という主張は、採用されるものだろうか?

結局は、計算の前提とした事項が妥当なことや、計算の論理が適切に構築されたものであることを、文献で提示できるかどうかにかかっている。

上記した“2. 一応の合理的な疑いを抱く場合の例”の中には、もう一つの出願テクニック、“新規な効果の主張”に関連する以下の例示がある。

”(e) 引用発明と請求項に係る発明との間で、機能、特性等により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が共通しており、以下の(i)及び(ii)の両方に該当する場合

(i) その機能、特性等により表現された発明特定事項の有する課題若しくは有利な効果と同一又は類似の課題若しくは効果を引用発明が有しているとき。

(ii) 引用発明の機能、特性等が請求項に係る発明の機能、特性等に含まれる蓋然性が高いとき。”

公知になっている物質等について、新たな属性や機能などの発見に基づいた発明については、以前に用途発明の説明の際に少し触れた(http://patent.mfworks.info/2019/08/31/post-2528/)。

機能や特性等を物の特定に役立たないとできるか、無効化した発明と引用発明とが一致すると言えるか、無効化したい発明が引用発明で認識されているかが、判断のポイントになる

(参考文献)

内在同一について判断した高裁判決を読む パテント 2017  Vol. 70 No. 5 −4−

https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2797

「内在同一について判断した高裁判決を読む」への指摘事項に対する回答

Vol. 70 No. 9  パテント 2017 − 107 − https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2894)。

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(32)無効資料調査 ~パラメータ特許を潰す~ ”実験成績証明書”

パラメータ特許の無効資料調査において大切な観点は、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されている文献を見つけようとする考え方である。無効化したい特許発明の直接的な記載はなくても、実施例の記載を追試した実験によって、実質的に記載されていると主張できる場合には、実験結果を実験成績証明書として提出することによって、無効化できる可能性がある。

前回述べたように、パラメータ特許の無効資料調査に際しては、数値が明示された文献や新規な効果が記載されている文献を発見できる可能性は低いことを、最初から考慮しておく必要がある。

新規性や進歩性の審査の進め方に関する特許庁の審査基準を改めて引用する。

“「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。

審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。“(第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0203.pdf)。

先行文献に数値が記載されていない場合の対応策は、まずは、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されていないかを念頭に入れてヒットした先行文献を精査することである。

前回は、技術常識・周知技術や公知文献に記載された事項を参酌して計算した値に基づいて、“推論”によって、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されている“合理的な疑い”があると主張する方法を紹介した。

もう一つの“合理的な疑い”を主張する方法は、“実験成績証明書”に基づいて主張する方法である。

具体的には、先行技術文献の実施例の追試を行い、その結果を書面にして提出することである。

たとえば、“実験成績証明書による情報提供“というタイトルの論文には、

“特殊パラメータによる数値限定発明(パラメータ発明)の場合には、先行文献にそのパラメータに関する記載自体がないことも多々あります。

その場合には、先行文献の実施例を追試してそのパラメータに関する測定を行い、測定値がその数値限定発明の数値範囲内に含まれることを証明する実験成績証明書を提出する方法が有効です“と書かれている(https://soei.com/wordpress/wp-content/soeidocs/voice/58kagaku.pdf)。

ところで、実験成績証明書は提出すれば、その主張は採用されるのだろうか?

採否は、実験成績証明書の内容が信頼できるものであると認定してもらえるかによる。

無効化における実験成績証明書に対する考え方は、基本的に、審査段階での実験成績証明書に対する考え方と同じである。

審査基準の中には、“実験成績証明書に基づく拒絶理由通知”として、実験成績証明書に関する説明がある(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/03.pdf)。

“3. 情報提供によって提出された実験成績証明書等に基づく拒絶理由通知

作用、機能等により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項に係る発明が、出願前に頒布された刊行物等に記載された発明であることを説明するには、一般に、実験によりこれを証明することが必要になる場合が多い。

情報提供制度においては、上記必要性に鑑み、請求項に係る発明が出願前に頒布された刊行物等に記載された発明であることを説明するための「書類」として、実験成績証明書等を提出することができるとしている。

この際には、証明すべき事項、実験内容、及び実験結果が明確に確認できる程度に必要な事項を記載した実験成績証明書等を提出する。

このような情報提供によって提出された実験成績証明書等を拒絶理由通知中に引用する場合には、当該通知中に利用する実験成績証明書等の提出日及び実験者の名前等を記載し、引用する証拠を特定する。“

実験成績証明書の信頼性は、実験成績証明書に書かれた実験自体の適切性と、信頼できる実験者によって行われた実験であることの2点に依存する。

実験成績証明書の信頼性を高めるための方法としては、具体的には以下のような方法が考えられる。

(a) 先行文献の実施例に記載されている製造条件等を厳密に再現する。(b) 実験者・作成者・作成日の氏名を明記する。

(“数値限定発明における実験報告書の攻防”

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200305/jpaapatent200305_030-036.pdf

“特許異議の申立てQ&A”

https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/tokkyo_igi_moushitate.pdf

“他人の特許権が邪魔?特許異議申立のメリット・デメリットを教えます!”

https://getpatent.biz/post-2467/)。

(a)について

実験は、先行文献の実施例に記載されている製造条件等に忠実に従う必要がある。

恣意的な条件設定で行われた追試試験と受け取れないような実験条件を設定しても採用されない可能性が高い。

しかし、製造条件等が詳しく書かれていない場合もあり、条件がきちんと記載された先行技術文献が見つけられるかどうかがポイントになる。

(b)について

実験成績報告書の作成日・作成者の記載がないと記載不備と解される。

異審査過程の情報提供や異議申立では、無記名やダミーの申立人の名義で実験成績証明書を提出できるが、採用されない可能性がある。

公益法人等の信頼性のある機関に実験成績証明書の作成を依頼する方法も考えられるが、特許上の争い事に係る追試実験を引き受けてくれる機関を見つけることは困難な場合があると思われる。

また、特許権者が実験成績証明書で反論してくることも予想されるし、提出した実験成績証明書の内容を除くような訂正を行ってくる可能性も考えられる。

実験成績証明書で無効にできる範囲は意外と小さい場合もあり得るので、特許を完全に無効にするという観点だけでなく、実験成績証明書によって無効化できる範囲で、特許侵害を回避できるかどうかという観点も必要である

(【19】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

http://patent.mfworks.info/2019/03/18/post-1527/

【20】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

http://patent.mfworks.info/2019/03/30/post-2079/)。

繰り返しになるが、数値限定特許においては、まずは、無効化したいと考えている特許の技術的範囲を画定することが重要である。

(【11】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その1

http://patent.mfworks.info/2018/11/26/post-1277/ など)

無効資料調査に着手する前に、特許権者が権利行使可能な技術的範囲はどこまでかを見極め、特許侵害のリスクがどの程度あるか評価し、評価結果に基づいて、無効化が必須な技術的な範囲を明確にして、調査範囲を定めるべきである。

(際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方

― 創作物アプローチ vs. パブリック・ドメイン・アプローチ ― Vol. 72 No. 12(別冊 No.22)  パテント 2019 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3399)。

実験成績証明書の事例としては、“特許を巡る争い<7>サッポロホールディングス・豆乳発酵飲料特許”(http://patent.mfworks.info/2019/04/15/post-2295/)がある。

“平成30年7月6日付け「実験成績証明書」(甲55)によれば,現在販売されている4つの豆乳発酵飲料(甲51~54)につき,本件明細書記載の方法で粘度(mPa・s)を測定した”分析結果が採用されている。

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(33)無効資料調査 ~無効資料を見つけた後にすること~ ”訂正を考慮する”

無効化できると思える先行技術文献を見つけたとしても、特許権が特許請求の範囲を訂正して反論してくる可能性を考慮する必要がある。訂正の具体的な方法として、発明特定事項を下位概念化又は付加する補正、 数値限定を追加又は変更、 除くクレームとするなどがある。

無効化できると思われる先行技術文献を見つけ、審判官が無効の主張を採用し、取消理由を通知したとしても、それで終わりではない。

特許権者は、意見書を提出して反論したり、訂正請求書を提出して、取消理由を解消しようとする((23)特許権行使の制約要因;無効の抗弁と訂正 http://patent.mfworks.info/2018/02/05/post-521/)。

訂正できる要件は以下のようである。

(1) 特許請求の範囲の減縮

(2) 誤記又は誤訳の訂正

(3) 明瞭でない記載の釈明

(4) 請求項間の引用関係の解消

(訂正要件 https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/38-03.pdf

訂正審判・訂正請求Q&A https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/03.pdf

無効審判Q&A https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/02.pdf

特許権者による訂正の請求 https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/51-11.pdf

平成26年改正特許法における特許異議申立制度について

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/276/276tokusyu01.pdf)。

このうち、無効資料と関係するのが、(1)の“特許請求範囲の減縮“である。

”特許請求の範囲の減縮”とは、

“特許請求の範囲の記載がそのままでは公知技術を包含する瑕疵がある、同一人の他の発明と同一であるとして特許無効又は特許取消の理由がある等と解されるおそれがあるときに、請求項の記載事項を限定すること等を指す。請求項の削除(全請求項の削除を含む)も、これに該当する。”

「特許請求の範囲の減縮」に該当する具体例として示されているのは、以下の4つである・

ア 択一的記載の要素の削除

イ 発明を特定するための事項の直列的付加

ウ 上位概念から下位概念への変更

エ 請求項の削除

このうち、特許権者の対抗策としてよく行われる訂正の方法として、“イ 発明を特定するための事項の直列的付加”と“ウ 上位概念から下位概念への変更”に関連する事例を引用する。

“(2) 発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合

(3) 数値限定を追加又は変更する補正の場合

(4) 除くクレームとする補正の場合“

なお、“訂正”は、審査段階での“補正”の説明としては共通する部分があるので、“補正”の場合を引用する(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/04_0200.pdf)。

順に詳細を引用する。

“ (2) 発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合

a 請求項の発明特定事項の一部を限定して、当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項まで下位概念化する補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。

例2:請求項の「記録又は再生装置」という記載を「ディスク記録又は再生装置」

とする補正“

“(3) 数値限定を追加又は変更する補正の場合

a 数値限定を追加する補正は、その数値限定が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。

例えば、発明の詳細な説明中に「望ましくは24~25℃」との数値限定が明示的に記載されている場合には、その数値限定を請求項に追加する補正は許される。

b 請求項に記載された数値範囲の上限、下限等の境界値を変更して新たな数値範囲とする補正は、以下の(i)及び(ii)の両方を満たす場合は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。

(i) 新たな数値範囲の境界値が当初明細書等に記載されていること。

(ii) 新たな数値範囲が当初明細書等に記載された数値範囲に含まれていること。“

“(4) 除くクレームとする補正の場合

「除くクレーム」とは、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

具体的には

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正“

審判ではないが、審査段階で“除くクレーム“とすることで、特許査定となった事例として、”特許を巡る争い<16>ハウス食品グループ本社・レトルトカレー関連特許(http://patent.mfworks.info/2019/07/21/post-2508/)“で取り上げた特許第6371497号を紹介する。

特許第6371497号“容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品” の請求項1は以下である。

【請求項1】

もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉であるもち種架橋澱粉を含有し、かつ、HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、前記もち種架橋澱粉で粘性を付けた流動状食品である容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品(ただし、冷凍食品を除く)。

本特許の請求項1は、以下のような形で拒絶査定となった。

【請求項1】

もち種架橋澱粉(ワキシーコーン澱粉をアジピン酸で架橋しアセチル化したもち種架橋澱粉を除く)を含有し、かつ、HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、前記もち種架橋澱粉で粘性を付けた流動状食品である容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品。

特許権者は、拒絶査定に対して、不服審判請求したが(拒絶2017-005940)。

前置審査では主張は認められず、審理では、新規性と進歩性の欠如を理由とした拒絶理由通知が出された。

具体的には、本特許は引用文献1(特開2007-259834号公報)に記載された発明(冷凍カルボナーラソース)と実質的に異なるところがなく、ショ糖脂肪酸エステル(HLB14)及び化工澱粉(もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉)の含有量も一致しているというものであった。

これに対して、出願人(特許権者)は、“(ただし、冷凍食品を除く)”と除くクレームとする手続補正を行い、以下のような主張をした意見書を提出し、特許査定された。

本発明は、“より長期の常温保存が可能であり、高品質の、容器に充填・密封された加熱殺菌処理された食品を提供すること“を可能とするものである。

一方、

“引用文献1に記載の発明は、冷凍保存し解凍した後も、品質の劣化が起きることのない(冷凍耐性のある)冷凍ソース又は冷凍スープを提供することを目的としたものであり”、

“本発明の課題である、長期(例えば、3年以上)保存した場合や、その間に冷凍解凍を繰り返した場合に、澱粉の老化による粘度低下や離水を生じ、また、流動状の物性が失われて塊が生じる問題は、そもそも生じません。“

また、

“前記ショ糖脂肪酸エステルとピュリティ-Wが、もち種架橋澱粉で粘性を付けたシチュー等の加熱殺菌処理済食品を、長期保存した場合に、澱粉の老化による粘度低下や離水に、どのように影響を与えるかについて、引用文献1は何ら記載も示唆もしていません。“

“除くクレーム“の考え方についてさらに知りたい場合は、以下を参照ください。

我が国における除くクレームについての考察

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201005/jpaapatent201005_056-063.pdf

新規事項の追加に関する,判決の傾向と特許庁審査基準等との対比  https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2908

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(34)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~

特許の無効事由には、新規性違反や進歩性違反以外にも、明細書の記載要件違反(実施可能要件違反)や特許請求の範囲の記載要件違反(サポート要件違反)などがある。

これらの記載要件違反の主張には、必ずしも無効資料調査が必要となる訳ではなく、明細書を丹念に読みこむことや記載された技術内容をきちんと解析することが必要である。

特許を無効するために無効資料調査を行うのは必須であるが、調査の目的は、通常、新規性や進歩性に関する先行技術文献を見つけることにある。

一方で、特許の無効審判請求の対象となる無効理由としては、以下などがある(https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/51-04.pdf)。

新規性違反;新規性を欠如する発明に対して特許が与えられたこと

進歩性違反;進歩性を欠如する発明に対して特許が与えられたこと

明細書の記載要件違反;明細書の記載要件を満たさないものに対して特許が与えられたこと(特許法36条4項1号)

特許請求の範囲の記載要件違反;特許請求の範囲の記載要件を満たさないものに対して特許が与えられたこと(特許法36条6項1号)

また、特許異議の申立ての理由としても、新規性違反および進歩性違反の他に、明細書の記載要件違反や特許請求の範囲の記載要件違反が認められている(https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/67.pdf)。

記載要件違反を主張する場合にポイントとなるのは、明細書の記載を丹念に読み込むことと、記載された技術内容をきちんと解析することである。

つまり、記載要件違反は、明細書の不備を見つけることなので、無効資料調査が必ずしも必要とは限らない。

調査が必要だとしても、出願時の技術用語の意味するところや、出願時の技術常識に関する調査のような通常の無効資料調査と異なる可能性がある。

明細書の記載要件違反や特許請求の範囲の記載要件違反は、実施可能要件違反およびサポート要件違反と呼ばれるものである。

今回は実施可能要件違反を取り上げ、次回はサポート要件違反について説明する。

“実施可能要件“の判断についての基本的な考え方は、

“(1) 発明の詳細な説明は、請求項に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。

(2) 当業者が、明細書及び図面に記載された発明の実施についての説明と出願時の技術常識とに基づいて、請求項に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかを理解できないときには、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないことになる。“である(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0101bm.pdf)。

審査基準には、実施可能要件違反の類型の説明がある(https://www.jitsumu2019-jpo.go.jp/pdf/resume/resume_002.pdf https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0101bm.pdf)。

以下、長くなるが、関連部分を引用する。

“3.2.1 発明の実施の形態の記載不備に起因する実施可能要件違反

(1) 技術的手段の記載が抽象的又は機能的である場合

(2) 技術的手段相互の関係が不明確である場合

(3) 製造条件等の数値が記載されていない場合

“発明の実施の形態の記載において、製造条件等の数値が記載されておらず、しかもそれが出願時の技術常識に基づいても当業者に理解できないため、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができない場合”と説明されている。

もう一つとして、“3.2.2 請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反

請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因するもの

請求項が達成すべき結果による物の特定を含んでおり、発明の詳細な説明に特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている場合など“が挙げられている。

具体的には、

“(1) 発明の詳細な説明に、請求項に記載された上位概念に含まれる一部の下位概念についての実施の形態のみが実施可能に記載されている場合

以下の(i)及び(ii)の両方に該当する場合は、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たさない。

(i) 請求項に上位概念の発明が記載されており、発明の詳細な説明にその上位概念に含まれる「一部の下位概念」についての実施の形態のみが実施可能に記載されている。

(ii) その上位概念に含まれる他の下位概念については、その「一部の下位概念」についての実施の形態のみでは、当業者が出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意。)を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由がある。

(2) 発明の詳細な説明に、特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている場合

以下の(i)及び(ii)の両方に該当する場合は、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たさない。

(i) 発明の詳細な説明に特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている。

(ii) その特定の実施の形態が請求項に係る発明に含まれる特異点である等の理由によって、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意。)を考慮しても、その請求項に係る発明に含まれる他の部分についてはその実施をすることができないとする十分な理由がある。“

「特許・実用新案審査基準」 事例集(https://www.jitsumu2019-jpo.go.jp/pdf/resume/resume_002.pdf  https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/app_a.pdf)には、実施可能要件違反で拒絶理由が出された事例が記載されている。

発明の名称「ハイブリッドカー」の事例の特許請求の範囲は、以下の通りである。

【請求項 1】

X 試験法によりエネルギー効率を測定した場合に、電気で走行中のエネルギー効

率が a~b%であるハイブリッドカー。

その[拒絶理由の概要]として、以下のように説明されている。

“請求項 1 には、a~b%という高いエネルギー効率のみによって規定されたハイブリッドカーが記載されているが、発明の詳細な説明には、上記エネルギー効率を実現したハイブリッドカーの具体例として、ベルト式無段変速機に対して Y 制御を行う制御手段を有するハイブリッドカーが記載されているのみである。

上記のような発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を考慮すると、請求項 1 に係る発明に含まれる、無段変速機に対して Y 制御を行う制御手段を採用した場合以外について、どのように実施するかを当業者が理解できない。

したがって、発明の詳細な説明は、請求項 1 に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。“

もう一つの事例は、「鉛筆芯」に関するものである。

特許請求の範囲の以下のようである(技術的内容を理解する必要はそれほどありません)。

【請求項 1】

炭素からなる鉛筆芯であって、気孔率が 15~35%であり、気孔の占める全容積に対して、0.002≦a≦0.05(μm)の範囲にある気孔径 a を有する気孔の占める容積の割合 A(%)と、0.05<b≦0.20(μm)の範囲にある気孔径 b を有する気孔の占める容積の割合 B(%)との関係が、1.1<A/B<1.3、A+B≧80%であり、鉛筆芯の径の 50%を占める中心部に存在する気孔径 a を有する気孔の容積の割合(A1)が 0.8≦A1/A≦0.9 であることを特徴とする鉛筆芯。

上記請求項1に対する[拒絶理由の概要]は、以下の通りである。

“鉛筆芯の気孔率、気孔径、気孔分布の制御は難しく、原材料や、混練条件、押出条件、焼成条件等の多くの製造条件が密接に関連するものであることが出願時の技術常識である。しかしながら、発明の詳細な説明には、原材料や上記の製造条件をどのように調整することにより本発明に係る鉛筆芯を製造することができるか(特に、径の異なる 2 種類の気孔の容積量及び気孔の分布状態を制御する製造条件)については記載されておらず、またこれが出願時の技術常識であるということもできない。よって、これらの原材料や製造条件を設定するためには、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要である。したがって、発明の詳細な説明は、請求項 1 に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。”

しかし、無効審判や異議申立ての理由として、実施可能要件違反を主張することは、容易ではない。

(続く)

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(35)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(2)~

実施可能要件違反を主張するとしても、特許権者からの意見書、実験成績証明書等により反論、釈明を想定しておく必要がある。

(34)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~ からの続き

しかし、無効審判や異議申立ての理由として、実施可能要件違反を主張することは、容易ではない。

既に審査を経て特許査定を受けているわけであるし、たとえ主張が認められたとしても、特許権者は容易に反論可能かもしれないからである。

審査基準には、実施可能要件違反の拒絶理由通知に対して取り得る出願人のアクションの説明がある。

“4.2 出願人の反論、釈明等

出願人は、実施可能要件違反の拒絶理由通知に対して、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明等をすることができる。

例えば、出願人は、審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識等を考慮すれば、発明の詳細な説明は、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえることを、意見書において主張することができる。

また、出願人は、実験成績証明書により、このような意見書の主張を裏付けることができる。

ただし、発明の詳細な説明の記載が不足しているために、出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明が、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない場合には、出願後に実験成績証明書を提出して、発明の詳細な説明の記載不足を補うことにより、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると主張したとしても、拒絶理由は解消されない。“

実験成績書については、以下が参考になる。

数値限定発明における実験報告書の攻防

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200305/jpaapatent200305_030-036.pdf

審査段階での後出しデータによる記載要件違反の克服

https://www.patents.jp/sonoda-path/to/wp-content/uploads/2017/11/%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E6%AE%B5%E9%9A%8E%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%BE%8C%E5%87%BA%E3%81%97%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%A8%98%E8%BC%89%E8%A6%81%E4%BB%B6%E9%81%95%E5%8F%8D%E3%81%AE%E5%85%8B%E6%9C%8D.pdf

以下に、食品特許について、実施可能要件違反で取消となった事例として、特許第5694588号「加工飲食品及び容器詰飲料」に関する特許取消決定取消請求事件を紹介する(平成28年(行ケ)第10205号 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/835/086835_hanrei.pdf)。

特許第5694588号は、異議申立てがされ(異議2015-700019)、審理で取消理由が通知され、特許権者は訂正請求し、訂正は認められたが、特許庁は最終的に取消の決定をした。

特許権者は、この特許取消決定に対する取消を求めて出訴した。

訂正後の特許請求の範囲は、以下の通りである・

【請求項1】

野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって,

6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない

前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,

16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下であることを特徴とする加工飲食品。

争点となったのは、「不溶性固形分の割合」の測定方法についてである。

特許第5694588号の明細書には、以下のような記載がある(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-5694588/0D2BE44B15A2BB54074DF6477C23847BB68281EDAF37402298DE733E44298D30/15/ja)。

“本発明に係る不溶性固形分とは、ニンジンやパイナップル等の野菜または果実の可溶性固形分以外の成分であり、その粒子の分布は次の通りである。”

“不溶性固形分は、日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて測定することができる。すなわち、測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈し、16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて、10分間放置後の各篩上の残分重量を重量パーセントで表した値を、本発明の粗ごし感を有する不溶性固形分と定義する。”

“篩上の残存物は、基本的には不溶性固形分であるが、サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は、たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり、その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。”

判決は、“本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認めることはできない”として、原告の請求を斥けた。

以下に、判決文の関連部分を引用する。

“本件において,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明に係る加工飲食品を生産し,使用することができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができるところ,本件発明に係る加工飲食品は,不溶性固形分の割合が本件条件(6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である)を満たす加工飲食品であるから,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,このような加工飲食品を生産することができるか否かが問題となる。”

“本件明細書の上記記載によれば,本件明細書には,測定対象のサンプルが水で3倍希釈しても「なお粘度を有している場合」であって,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合には,適宜,水洗することによって塊をほぐし,メッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分の重量,すなわち「日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の篩上の残分重量」(段落【0036】)に相当する重量を正しく測定する必要があることが開示されているものと解される。”

“しかしながら,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合に追加的に水洗をすると(段落【0038】),本件明細書の段落【0036】に記載された本件測定方法(中略)とは全く異なる手順が追加されることになるのであるから,このような水洗を追加的に行った場合の測定結果は,本件測定方法による測定結果と有意に異なるものになることは容易に推認される。”

“このように,本件明細書に記載された各測定方法によって測定結果が異なることなどに照らすと,少なくとも,水洗を要する「なお粘度を有する場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合」であるか否か,すなわち,仮に,篩上に何らかの固形分が残存する場合に,その固形物にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか,メッシュ目開きよりも大きな不溶性固形分であるのかについて,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて判別することができる必要があるといえる”

“しかしながら,本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に,篩上に残存しているものについて,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は,本件明細書には開示されておらず,また,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし,特定の方法によって判別することが理解できるともいえない”

“そうすると,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,その後の水洗の要否を判断することができないことになる。

したがって,本件発明の態様として想定される,「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)も含めて,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。“

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(36)明細書の不備を突く ~サポート要件違反(1)~

サポート要件違反を検討する場合には、請求項が、発明の詳細な説明に記載された具体例に対して拡張ないし一般化できる程度のものかどうかや、請求項において、発明の詳細な説明に記載された課題を解決するための手段が反映されているかどうかの観点から、記載をチェックする。

無効化のためには、新規性や進歩性の欠如だけでなく、前回取り上げた実施可能要件のように、明細書の記載不備による無効理由の有無も検討する必要がある。

今回は、サポート要件(特許法第36条第6項第1 号)違反を取り上げる。

特許法第36条第6項第1 号には、“請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない”と規定されている。

それは、“発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について権利が発生することになるからである。”

(第 II 部 第 2 章 第 2 節 サポート要件 第 2 節 サポート要件(特許法第 36 条第 6 項第 1 号 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0202bm.pdf)。

サポート要件の審査に係る基本的な考え方を、以下に引用する。

“(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かの判断は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとを対比、検討してなされる。

(2) 審査官は、この対比、検討に当たって、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとの表現上の整合性にとらわれることなく、実質的な対応関係について検討する。単に表現上の整合性のみで足りると解すると、実質的に公開されていない発明について権利が発生することとなり、第36条第6項第1項の規定の趣旨に反するからである。

(3) 審査官によるこの実質的な対応関係についての検討は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるか否かを調べることによりなされる。

請求項に係る発明が、

「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断された場合は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとが、実質的に対応しているとはいえず、特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないことになる。“

サポート要件違反の類型として、以下の4つが挙げられている(https://www.jitsumu2019-jpo.go.jp/pdf/resume/resume_002.pdf https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0202bm.pdf)。

“(1) 請求項に記載されている事項が、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていない場合”

“(2) 請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合”

“(3) 出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合”

“(4) 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合”

上記の類型(1)や類型(2)の場合は、通常は審査の段階で解消されているはずであるから、無効化の観点からは、類型(3)と類型(4)に該当するかどうかが一般的には検討課題となる。

審査基準には、類型(3)の補足として、以下の点に留意するようにとの説明がある。

“請求項は、発明の詳細な説明に記載された一又は複数の具体例に対して拡張ないし一般化した記載とすることができる。

発明の詳細な説明に記載された範囲を超えないものとして拡張ないし一般化できる程度は、各技術分野の特性により異なる。“

“各技術分野の特性により異なる”との注意書きは、各技術分野の出願時の技術常識、またその捉え方によって、”拡張ないし一般化できる程度”の判断が変わってくる可能性を含んでいる。

また、類型(4)の補足として、以下の点に留意するようにとの説明がある。

“類型(4)が適用されるのは、実質的な対応関係についての審査における基本的な考え方(2.1(3)参照)に基づき、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断される場合である。”

“当業者が認識できるように記載された”という部分は、前回取り上げた実施可能要件と似ており、サポート要件と実施可能要件の違いを理解しておく必要がある。この点については、別の回で取り上げる。

サポート要件違反の類型(3)の事例として、「特許・実用新案審査基準」 事例集には、実施可能要件違反で拒絶理由が出された事例として以前に紹介した「ハイブリッドカー」の事例の説明がある(https://www.jitsumu2019-jpo.go.jp/pdf/resume/resume_002.pdf https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/app_a.pdf

特許請求の範囲は、以下の通りである。

【請求項 1】

X 試験法によりエネルギー効率を測定した場合に、電気で走行中のエネルギー効率が a~b%であるハイブリッドカー。

その[拒絶理由の概要]として、第36条第6項第1号(サポート要件)については、以下のように説明されている。

“請求項 1 には、a~b%という高いエネルギー効率のみによって規定されたハイブリッドカーが記載されているが、発明の詳細な説明には、上記エネルギー効率を実現したハイブリッドカーの具体例として、ベルト式無段変速機に対して Y 制御を行う制御手段を有するハイブリッドカーが記載されているのみである。

出願時の技術常識に照らせば、ベルト式以外の形式の無段変速機に対して Y 制御を適用した場合にも同様の高いエネルギー効率を達成できることが理解できる。したがって、無段変速機に対して Y 制御を行う制御手段を有するハイブリッドカーまで、上記具体例を拡張ないし一般化できると認められる。

しかし、ハイブリッドカーの技術分野においては、通常、上記エネルギー効率は a%よりはるかに低い x%程度であって、a~b%なる高いエネルギー効率を実現することは困難であることが出願時の技術常識であり、上記エネルギー効率のみにより規定された請求項 1 に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化するための根拠も見いだせない。

したがって、請求項 1 に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。“

前回の「ハイブリッドカー」の事例は理解しやすいが、無効理由としてサポート要件違反を主張することは、実際には容易ではない。

(続く)

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(37)明細書の不備を突く ~サポート要件違反(2)~

サポート要件の理解のために、食品特許(特許第5813262号)における判例を紹介する(平成29年(行ケ)第10129号 特許取消決定取消請求事件

異議申立においてサポート要件違反で取消された特許権者は、知財高裁に出訴した。裁判においては、発明の課題の判断、および課題を解決できると認識できる範囲の判断が争点になった。

発明課題は、発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れるのに、異議申立の審理においては、あえて、「出願時の技術水準」に基づいて、発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定しており、異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず、また、発明の詳細な説明の記載から、発明の課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえると判示した。

そして、異議申立における特許取消決定を取り消した。

前回の「ハイブリッドカー」の事例は理解しやすいが、類型(3)や類型(4)を無効理由として主張することは、実際には容易ではない。

また、特許権者は、明細書の記載をもとに、意見書や実験成績証明書等を提出することによって、反論や釈明をすることができるので、サポート要件違反で無効にすることはそう簡単ではない。

サポート要件の理解のために、食品特許における判例を以下に紹介する(平成30年5月24日判決言渡 平成29年(行ケ)第10129号 特許取消決定取消請求事件https://www.hokutopat.com/wp/wp-content/themes/hokutopat/pdf/H29_gyo-ke_10129.pdf)。

特許第5813262号(発明の名称『米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品』)は、特許権設定登録後、異議申立てされた。

特許庁の審理の結果は、訂正請求を認め、特許第5813262号の請求項1~4に係る特許を取り消すというものであった。

訂正後の特許請求の範囲は、以下のようであった。

【請求項1】米糖化物,及びγ-オリザノールを1~5質量%含有する米油を含有するライスミルクであって,当該米油を0.5~5質量%含有するライスミルク。

【請求項2】~【請求項4】は省略。

異議申立での取消理由は、

“本件発明1~4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものである。”であった。

特許権者は、この取消決定の取消を求めて知財高裁に出訴した。

判決の主文は、以下の通りであった。

“1 特許庁が異議2016-700420号事件について平成29年5月8日にした決定を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。“

異議申立における審理において、審判官は、

”本件明細書の記載からは,γ-オリザノールを1~5質量%含有する米油全てについて,それぞれライスミルクへの含有量が0.5~5質量%の全範囲にわたって,本件発明1の課題を解決できることまでは認識できず…”、

当該特許発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないと判断した。

裁判で争点となったのは、以下の3点である。

・取消事由1(判断手法の誤り)

・取消事由2(課題の認定の誤り)

・取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)

取消事由1については、原告(特許権者)の主張は採用できないと結論された。

取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)については、

“サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である”として、“課題の認定”および“課題を解決できると認識できる範囲”について検討された。

以下、長くなるが、判決文の関連部分を引用する(なお、一部省略している)。

(1)課題の認定について

”前記のとおり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,

特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,

また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると 認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。“

“また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。”

“かかる観点から本件発明について検討するに,・・・・・・(中略)・・・・・・明細書の記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。”

“これに対し,異議決定は,

「本件発明1の課題は,本件特許明細書の『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(省略)との記載及び実施例(省略)において,

『コク(ミルク感)』,『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから,『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と,一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら,

最終的なサポート要件の適否判断に際しては,

「本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し,

課題の解決手段についても,

「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(省略)。“

“この点について,被告は,発明が解決しようとする課題とは,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,

本件発明1の「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり,

したがって,異議決定においては,本件発明1の課題について,「具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって,異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。“

“確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。”

“しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。

したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない

(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,

出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。

出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。“

“これを本件発明に関していえば,異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から,その課題を「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように,発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから,

あえて,「出願時の技術水準」に基づいて,課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない

(さらにいえば,異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は,そもそも公知の組成物ではない。)。“

“したがって,

異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは,

発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。

以上によれば,異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず,被告の主張は採用できない。“

“(2) 課題を解決できると認識できる範囲について

ア 上記のとおり,本件発明の課題は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであると認められるので,本件発明が,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるか否かについて検討する。“

“イ 発明の詳細な説明の記載について

発明の詳細な説明においては,ライスミルクに米油又はイノシトール,あるいは,その両方を添加することが課題の解決手段とされていることが理解できる。“

“エ 以上によれば,本件発明は,いずれも,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえる。”

そして、

“以上のとおり,異議決定は,サポート要件の判断の前提となる課題の認定自体を誤り,その結果,本件発明が発明の詳細な説明の記載から課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについての判断をも誤って,サポート要件違反を理由とする特許取消しの判断を導いたものである。したがって,その旨を指摘する取消事由2及び取消事由3は理由がある。”

と結論した。

参考として、食品特許における記載要件に関する研究を紹介する。

“特許法における記載要件について : 飲食物に関する発明の官能試験を素材として”

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/76024/4/54_04-Liu.pdf

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(38)明細書の不備を突く ~実施可能要件とサポート要件との関係~

審査基準によれば、実施可能要件は、”発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分になされていない場合は、当業者がその発明を実施することができず、発明の公開の意義も失われることになる。実施可能要件は、このことを防止するためのものである”。

一方、サポート要件は、”発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載してもよいこととなれば、公開されていない発明について特許権が付与されることになる。サポート要件は、このことを防止するためのものである”。

前回説明したサポート要件違反における類型(4)は、以下であった。

サポート要件違反の類型(4)

“請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合”

そして、この類型を適用する場合の審査時における注意点は、以下のようであった。

“a 類型(4)が適用されるのは、実質的な対応関係についての審査における基本的な考え方(2.1(3)参照)に基づき、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断される場合である。”

“発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された」”の部分は、実施可能要件に関する以下の説明と似ている。

“(1) 発明の詳細な説明は、請求項に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。

(2) 当業者が、明細書及び図面に記載された発明の実施についての説明と出願時の技術常識とに基づいて、請求項に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかを理解できないときには、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないことになる。“

(【34】明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~ http://patent.mfworks.info/2020/06/28/post-2757/)。

また、拒絶理由や無効理由として、実施可能要件違反とサポート要件違反が同時に通知される場合も多く、実施可能要件とサポート要件とは混同しやすいと思われる。

実施可能要件とサポート要件との関係は、以下のように説明されている

(”4.1.2 実施可能要件とサポート要件(「第 2 章第 2 節 サポート要件」参照)と
の関係” https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0101bm.pdf)。

“実施可能要件は、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明に必要な事項を明確かつ十分に記載することについての記載要件である。

特許制度は発明を公開した者にその代償として一定期間一定の条件で独占権を付与するものであるが、発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分になされていない場合は、当業者がその発明を実施することができず、発明の公開の意義も失われることになる。実施可能要件は、このことを防止するためのものである。“

“他方、サポート要件は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることについての記載要件である。発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載してもよいこととなれば、公開されていない発明について特許権が付与されることになる。サポート要件は、このことを防止するためのものである。”

“このように、両要件は、その内容及び趣旨が異なるものである。

したがって、審査官は、実施可能要件に違反すれば必ずサポート要件に違反するものではなく、またサポート要件に違反すれば必ず実施可能要件に違反するものではない点に留意すべきである。“

二つの要件の違いについて言及した判例がある(平成29年(行ケ)第10143号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/859/087859_hanrei.pdf)。

判決文の関連部分を以下に引用する。

“明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,物の発明にあっては,当業者が明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用できるように,方法の発明にあっては,その方法を使用できるように,それぞれ具体的に記載されていることが必要である。”

“特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。”

実施可能要件とサポート要件が争点となった食品特許の判例を紹介する

(平成30年(ネ)第10040号 特許権侵害差止等請求控訴事件

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/904/088904_hanrei.pdf

(49)特許を巡る争いの事例;ワイン容器詰め方法特許

http://patent.mfworks.info/2018/09/09/post-1008/)。

特許第3668240号は、『アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法』に関する。

特許権者は、特許権侵害の差止等と損害賠償を求め、東京地方裁判所に提訴したが、サポート要件および実施可能要件に違反しており、無効にすべきものと認められ、権利行使できないとの理由で、請求は棄却された(平成27年(ワ)第21684号)。

特許権者は、この判決を不服として、知財高裁に控訴した。

本裁判とは別件の無効審判において、特許請求の範囲を以下のように訂正した。

“アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:

アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,

35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,

800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;

アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に,

前記ワインを充填し,缶内の圧力が最小25psiとなるように,

前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップとを含む,

アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法“

まずは、判決文の実施可能要件に関する部分を引用する。

“「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち,特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については,その濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載がないと,当業者は,特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ,本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。”

“以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。

そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討する。“

“本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足りる具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。”

“前記判示のとおり,特許請求の範囲に記載された構成の技術的な意義に関する本件明細書の記載は不十分であり,具体例の開示がなくても技術常識から所望の効果が生じることが当業者に明らかであるということはできない。

また,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」に係る濃度については,その範囲が数値により限定されている以上,その範囲内において所望の効果が生じ,その範囲外の場合には同様の効果が得られないことを比較試験等に基づいて具体的に示す必要があるというべきである。 “

“本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから,特許法36条6項1号に違反する。

そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない”として、実施可能要件違反があると判断した。

次に、サポート要件に関する部分を引用する。

“本件明細書に記載された「試験」で用いられた耐食コーティングの種類は明らかではなく,どのようなコーティングがワインの組成成分とあいまって本件発明に係る効果を奏するかを具体的に示す試験結果は存在しない。

そうすると,当業者は,本件発明を実施するに当たって用いるべき耐食コーティングについても過度の試行錯誤することを要するというべきである。“

“以上のとおり,本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが,本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成成分について,本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされているとはいい難いことに照らすと,本件明細書の発明の詳細の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず,特許法36条4項1号に違反するというべきである。

そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない“として、サポート要件違反があると判断した。

参考

”記載要件─実施可能要件とサポート要件との関係、併せてプロダクト・バイ・プロセス・クレームについて” https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201602/jpaapatent201602_093-111.pdf

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(39)特許侵害を未然に防ぐための情報提供(1)

特許侵害回避の観点からは、審査段階で侵害回避のアクションを取っておいた方が、一般的には、回避できる可能性は高いと考えられる。

審査段階での侵害回避のアクションとして取り得るのは、情報提供制度の利用である。

情報提供制度の対象となる拒絶・無効理由、情報提供で提出可能な資料、情報提供を行う際の手続、匿名で情報提供した場合の事務処理について説明する。

これまで主に無効資料調査について述べてきたが、審査の過程で先行技術文献の網を潜り抜けて特許査定を受けた特許を潰すことは容易ではない。

特許侵害回避の観点からは、審査段階で侵害回避のアクションを取っておいた方が、一般的には、回避できる可能性は高いと考えられる。

審査段階での侵害回避のアクションとして取り得るのは、後述する“情報提供”制度の利用である。

情報提供制度を利用して侵害回避をする戦術としては、さまざまなものが考えられる。

たとえば、出願人の事業や商品と、特許明細書の詳細な説明や実施例の記載から推測される、出願人が本当に権利化したい技術的範囲と、侵害の可能性がある製品や技術(“イ号”)とを比較し、イ号が推測される技術的範囲から外れるような場合がある。

こうした場合には、必ずしも拒絶査定を目標とする必要はなく、技術的範囲から“イ号”を外させるように誘導させる情報提供や、出願人自らが技術的範囲には含まれないと主張させ、“禁反言“によって技術的範囲には含まれないことを確認することを目的とする情報提供もあり得る。

以下、情報提供制度について説明する

(情報提供制度の概要 https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/johotekyo/jyouhou_01.html)。

(1)情報提供制度の対象となる拒絶・無効理由

情報提供制度で提供できる情報としては、新規性欠如(第29条第1項)、進歩性欠如(第29条第2項)、実施可能要件違反(第36条第4項第1号)、サポート要件違反(第36条第6項第1号)などに係る情報を提供することができる。

(2)情報提供で提出可能な資料

刊行物又はその写し、特許出願又は実用新案登録出願の明細書又は図面の写し、実験報告書などの証明書類など。

異議申立や無効審判請求と比較しての特徴として、以下の4点が挙げられる。

①書面による情報の提供のみ

「書面」に該当しないもの(例えば録音テープ、ビデオテープ)の提出はできない。

②情報提供ができる時期

特許出願・実用新案登録出願がなされた後は、いつでも情報提供可能。

特許付与後でも情報提供可能(付与後の情報提供の意義については、以下のリンクを参照ください https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/07.pdf)。

③情報提供ができる者

誰でも情報提供可能。利害関係者でなくても可能であるし、匿名でも可能。

④特許庁での手数料などの料金

情報提供をする際の手数料は不要。書面提出でも電子化手数料は不要。

実際に情報提供を行う際の手続は、以下のようである。

https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/johotekyo/jyouhou_02.html

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/kaitei/document/H27/11.pdf)。

(1)提出書類

【刊行物等提出書】の様式にしたがって、書類を作成する。匿名で提出する場合は、刊行物等提出書の「【住所又は居所】」及び「【氏名又は名称】」の欄に「省略」と記載。

(刊行物提出書のひな型 https://faq.inpit.go.jp/content/industrial/files/03_5_kankou.pdf

https://elaws.e-gov.go.jp/search/html/335M50000400011_20161001_000000000000000/pict/S35F03801000011-018.pdf

https://jp-ip.com/tools/jpo-template)。

提出する資料に関する注意点については、後述する。

(2)提出方法・宛先

「〒100-8915 東京都千代田区霞が関3-4-3 特許庁長官宛」に郵送、または、特許庁出願課受付窓口への提出。

インターネット出願ソフトによる提出も可能(http://www.pcinfo.jpo.go.jp/site/index.html http://www.pcinfo.jpo.go.jp/guide/Content/Guide/PctDo/Patent/Kankobutsu/Doc/DoP_Kankobutsu.htm)。

書面提出とオンライン手続の違いやそれぞれ注意点がある。

①審査官閲読可能までの時間

書面提出した場合には、書面が電子化されるまで、審査官は閲読できない。

②オンライン手続での添付資料

PDFやJPEGイメージを添付して、匿名で提出する場合は注意を要する。

通常、ファイルのプロパティに作成者情報が設定されているので、当該情報を削除するか、作成者情報が設定されないファイル形式に変更して添付する。

”匿名”で提出した場合の、特許庁内での事務処理に関連する部分を引用する

(4. 情報提供に関するQ&A https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/johotekyo/jyouhou_04.html)。

(1)書面の場合

“問)郵送で情報提供を行った場合、郵送に用いられた封筒はデータエントリーされますか?

答) 郵送時使用された封筒のデータエントリーは行われません。“

(2)オンライン手続

①“問)電子出願ソフトを用いた情報提供の場合、匿名で書類を作成しても、オンライン提出時には電子証明書を使用するため、提出時に使用した電子証明書を有する者の氏名が記載された受領書が、その電子証明書を有する提出者宛に届きます。

この受領書は、閲覧の対象になっていますか?

また、閲覧照会やJ-Plat Patの審査書類情報照会において、識別番号や送信に用いられたパソコンを特定するような情報は表示されますか?

答) 受領書は提出者に対しての受領した旨の通知であり、閲覧対象にはなっておりません。

また、閲覧照会やJ-Plat Patの審査書類情報照会においても、識別番号や送信者を特定できるような情報は表示されません。“

②“問) 電子出願ソフトを用いて匿名で情報提供を行った場合、刊行物等提出書は、送信時に使われた識別番号が記載された状態で担当審査官に配布されますか?

答) 送信者の識別番号は、情報提供に関するデータのひとつとして庁内データベースに取り込まれます。ただし、識別番号などの提出者の情報は審査官に配布されず、外部にも提供されません。“

(続く)

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(40)特許侵害を未然に防ぐための情報提供(2)

情報提供があった場合、“審査官は、提供された情報については、原則、その内容を確認し、審査において有効活用を図ることとする。”と定められている。

ただし、”提出された情報や当該提出資料”が“証明しようとしている事実の存在について確信を得ることができる場合に限り、その書類を採用し、拒絶理由の有無を審査する”となっており、事実であると認識できるような形で情報を提出するよう留意する必要がある。

また、情報提供したとしても、提出のタイミングによっては、以下のように審査官は考慮しないと定められている。審査状況を経過観察し、審査に要する期間や拒絶理由応答期限などを考慮して、情報提供の準備や提出が手遅れにならないように注意する必要がある。

以下に情報提供で提出する資料についての注意点を説明する(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/01.pdf#page=7)。

情報提供で提出できる書類について、以下の説明がある。

“提出できる「書類」には、刊行物、特許出願又は実用新案登録出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲若しくは図面の写しのほか、実験報告書等の証明書類等が含まれる。”

“刊行物、特許出願又は実用新案登録出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲若しくは図面の写し以外の「書類」”として例示されているのは、インターネット情報、公然知られた発明や公然実施された発明に関する資料などである。

(1)インターネット情報

“対象出願の請求項に係る発明が電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である旨の情報を提供し、当該発明が出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったことを示す、インターネット等の電子的技術情報の内容をプリントアウトして提出する場合

この場合において、提出された情報のプリントアウトには、その情報の内容、その情報の掲載日時の表示とともに、その情報を取得したアドレス、その情報に関する問合せ先を含む必要がある。

注:インターネット等の電子的技術情報

インターネット等の電子的技術情報の提供に当たっては、下記事項を含む内容をプリントアウトしたものを提出してください。

情報の内容、掲載日時の表示 当該情報を取得したアドレス

当該情報に関する問い合わせ先

当該情報に関して掲載、保全等に権限又は責任を有する者による証明書類を添付していただくことが望ましいです。“

(2)公然知られた発明

“対象出願の請求項に係る発明が公然知られた発明である旨の情報を提供し、当該発明が出願前に行われた講演・説明会等において説明されたことを示す講演用原稿等”

(3)公然実施された発明

“対象出願の請求項に係る発明が公然実施された発明である旨の情報を提供し、出願前に公然知られる状況又は公然知られるおそれがある状況において実施された当該発明に係る機械装置、システムなどについて記載した書類”

(4)実験報告書

”対象出願の請求項に係る発明について当業者が実施できるように発明の詳細な説明が記載されていない旨の情報を提供し、それを説明するための実験報告書等”

(5)外国語書面の翻訳
”対象出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内のものでない(原文新規事項)旨の情報を提供し、それを説明するために、該当箇所の適正な翻訳を記した証明書類及び必要に応じて明細書、特許請求の範囲又は図面の記載が誤訳であることを明らかにするための技術用語辞典等の写し等”

情報提供があった場合の審査における運用については、以下のようになっている。

“審査官は、提供された情報については、原則、その内容を確認し、審査において有効活用を図ることとする。”と定められている(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/kaitei/document/H27/11.pdf)。

ただし、審査官は、“提出された情報や当該提出資料”により、

“証明しようとしている事実の存在について確信を得ることができる場合に限り、その書類を採用し、拒絶理由の有無を審査する”

という運用になっている。

具体的には、

“提供された情報及び当該提出資料についての証拠調べ(証人尋問、検証、当事者尋問、鑑定及び書証)をすることなく”、事実の存在の有無を判断する運用になっている

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/kaitei/document/H27/11.pdf)。

しかし、

“出願人が拒絶理由通知に対する意見書等によりその事実の存在について反論し、当該提出書類に基づき認定される事実を根拠とした拒絶理由により拒絶査定を行うことが正当であると判断するためには証拠調べを要すると認められることとなった場合は、審査官は、当該拒絶理由を根拠とした拒絶査定を行わないこととする。”という運用になっている。

したがって、提出した証拠が事実であると、審査官が容易に判断し得るような形で証拠を提出することが望ましい。

例えば、

刊行物についても、“刊行物の受入日についての国会図書館への問合せ、公文書の真否についての官公庁への問合せ等、審査官が特許出願の審査において通常行われる職権探知の範囲内で証拠調べと同様の審査を行うことが可能であることは言うまでもない”と説明されている。

閲覧可能となった日が問題となる場合には、国会図書館に所蔵されている刊行物であれば、受入日印の押印があるページ(刊行物の表紙など)の複写を提出することによって、公開日を証明する方法が考えられる。

この点については、以前も取り上げたことがある。

【16】「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~ http://patent.mfworks.info/2019/02/04/post-1706/

【28】無効資料調査 ~周辺特許と周辺情報の調査~ http://patent.mfworks.info/2020/01/19/post-2707/

また、審判における証拠の提出方法が参考になる

(”証拠説明書の提出について” https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/shubetu-tokkyo-igi/setsumeisyo.html)。

有力な証拠を見つけ、情報提供したとしても、提出のタイミングによっては、以下のように審査官は考慮しないとなっている。

“拒絶査定確定前に提出された情報であっても、拒絶査定後に審査官に利用可能となった情報提供については、審査官はこれを考慮しない

(ただし、当該情報が審査官に利用可能となった後に前置審査に係属した場合はこの限りでない。)”

“特許権の設定登録前に提出された情報であっても、特許査定後に審査官に利用可能となった情報については、審査官はこれを考慮しない。”

したがって、情報提供のタイミングも重要である。

情報提供のタイミングとしては、公開日~審査請求日、審査請求日~審査着手日、審査着手日~ファーストアクション、ファーストアクション~特許査定日などが考えられる。

情報提供すべき特許出願が見つかった場合、事業に及ぼすリスクの大きさや出願人の動向をもとに、情報提供の準備を進め、最適なタイミングで情報提供できるようにしておく。

タイミングについては、JPlatPat等で、審査請求、拒絶理由通知、意見書手続補正書の提出などの経過情報の経過観察を行い、審査に要する期間や拒絶理由応答期限などを考慮して、情報提供の提出が手遅れにならないように注意する。

国際的に展開している競合企業や主力製品主力技術がある場合は、国際公開された特許出願の定期的な調査を行って、事業の障害となり得る特許出願を把握しておくことも一法である。

当該特許出願が日本へ移行されることを前提に、国際出願に対する情報提供制度を利用して、あらかじめ手を打つ方法がある

(第三者情報提供制度 https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/tetuzuki/pct_third.html  https://www.wipo.int/pct/ja/faqs/third_party_observations.html)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(41)特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(1)~

拒絶理由に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書の形で提出して反論する場合がある。しかし、出願後に新たな実験データを提出しても、明細書中に実施例による裏付けの記載がない場合には、後出しデータは認められない。

情報提供して、提供した情報が拒絶理由に採用されたとしても、出願人は、明細書の記載をもとに、意見書や実験成績証明書等を提出することによって、反論や釈明をすることができる。

新規性や進歩性の違反、あるいは記載不備違反があると指摘された特許出願に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書として提出し、提出した実験データをもとに拒絶理由を解消しようとすることはよく行われることである。

例えば、「実験成績証明書」の形で、特許請求の範囲から外れる比較例を提出したり、数値限定特許の場合に臨界点付近の実験データを後出し提出する場合である。

ただし、出願後に新たな実験データを明細書に追加記載することは認められない。

(28 化学 Vol.74 No.8 (2019) http://www.setouchi-pat.jp/img/7408kagaku_nakatsukasa.pdf)。

以下に、出願人が、「実験成績証明書」などによって、実験データを後出しした場合の実例を2つ紹介する。

一つ目は、明細書に一行記載(実施例による裏付けがない記載)しか記載がない場合に、後出しで提出した実験データが認められるかどうかに関する判例である (平成27年(行ケ)第10052号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/819/085819_hanrei.pdf

特表2008-5124622「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2008-512462/30E110D1C5838B5DF7BDEA5B8688852474657ADA737F0B5AAAA9E8AD5B464850/11/ja)は、

米国出願(US2005/031737)を基礎出願として国際出願され(国際公開WO2006/029167、(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2006-029167/D608FBB956E59EBE5C4DF4B1FC534D47F46F8159EC8E0341CD5D34EC0AF74AB2/50/ja)、

日本に移行手続きされた出願である。

本出願は拒絶査定になったため、出願人は拒絶査定不服審判請求(不服2012-20646)したが、同時に手続補正書により,特許請求の範囲等の補正を行った。

特許庁は、新規事項の追加や記載要件(サポート要件、実施可能要件)違反などの理由で、「本件審判の請求は,成り立たない。」と審決した。

出願人はこれを不服として、知財高裁に審決取消請求の訴訟を提起した。

以下、訴訟における記載要件に関する判決文を紹介する。

補正前の特許請求の範囲のうち、請求項1は,以下の通りである。

【請求項1】

B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染,

器官の損傷が肝臓の損傷,肺の損傷,及び腎臓の損傷であるところの器官の損傷,並びに,クローン病,潰瘍性大腸炎,及び肺繊維症からなる群より選択された,スーパーオキサイドアニオンラジカル,TNF-α,又はiNOS,の過剰生産と関連させられた疾患より選択された健康状態を予防する又は治療するための医薬において,

それは,式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備すると共に,

Rは,H,・・・(中略)・・・と共に,

Aは,

【化1】(省略)

であると共に,

Xは,水素,・・・(中略)・・・構造

【化2】(省略)

からなる群より選択された構造であることができると共に,

Yは,Oであることができると共に,・・・(中略)・・・,医薬。

式R-A-Xの化合物は、ナルメフェンとその類似体を指している。

なお、ナルメフェン塩酸塩水和物錠は飲酒量の低減作用を発揮する飲酒量低減薬として認められているようである(https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067881.pdf)。

争点は、式R-A-Xの化合物の“ウィルス性の感染”を予防又は治療するための医薬としての記載要件に関する。

原告(出願人)は、記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤りを主張した。

記載要件の判断手法の誤りについての原告の主張は、以下のようである。

出願時の技術水準を考慮すれば、本願明細書中のナルメフェンを含む医薬がウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする記載に基づき、“当該結論を得るために行った実施例及びその結果を想定することができる”。

しかし、審決では,審判請求書添付の試験結果や基礎出願である米国特許出願の試験結果の記載が、“当該想定された実施例及びその結果の範囲を超えるものであるかの判断を行う必要があるのに、”これらの試験結果を参酌“しなかったと主張した。

具体的には、

“出願当初の明細書等に何らの記載がないにもかかわらず,出願後に提出した試験結果等を提出して主張又は立証をすることは第三者との衡平を害する結果を招来するため特段の事情がない限りは許されないとしても,本願明細書には,段落[0002]~[0026]の「背景技術」において,特許文献1~28及び非特許文献1~17を挙げて本願の優先日における技術水準が説明されており,本願の化合物であるナルメフェンだけでなく,類似構造のナルトレキソンの効力も記載されている(段落[0015],[0017]及び[0020])。”

”したがって,当業者は,多種多様なナルメフェンの医学的な使用に基づく本願の優先日における技術水準に基づいて,ナルメフェンを含む医薬が,B型肝炎から選択されたウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする本願明細書(請求項1,段落[0034],[0035],[0072])の記載に基づき,当該結論を得るために行った実施例及びその結果を想定することができる。

審決は,審判請求書添付の試験結果や基礎出願の試験結果の記載が,当該想定された実施例及びその結果の範囲を超えるものであるかの判断を行う必要があり,本願明細書の記載から想定される範囲内であれば,これらの試験結果を参酌しても,出願人と第三者との公平を害するものでない。“と主張した。

そして、記載要件の判断の誤りについては、“審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌して審査すれば,本願は,特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たす”と主張した。

原告が、ウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする本願明細書の請求項1以外の根拠とした記載は、以下のようである。

【0034】 本発明に従って生産された処置又は医薬は,B型肝炎及びC型肝炎のようなウィルス感染,並びに,敗血症性ショック,・・・(中略)・・・,TNF-α 又はiNOSの過剰生産と関連した疾患のような健康状態を予防する又は処置するためのものを含む。

【0035】 本発明の他の実施形態に従って,本発明は,B型肝炎及びC型肝炎を伴った患者におけるウィルス感染並びに敗血症性ショック,器官の損傷,・・・(中略)・・・,TNF-α 又はiNOSの過剰生産と関連した疾患のような健康状態を予防する又は処置する方法であって,指定された化合物の一つ又はより多くの治療的に有効な量を含む薬学的な組成物を,それを必要とする主体へ,投与することを含む,方法に関係する。

【0072】 使用の方法

ここで記載した式の化合物に加えて,本発明は,有用な治療の方法もまた提供する。例えば,本発明は,ウィルス感染,並びに,敗血症性ショック,・・・(中略)・・・,TNF-α,及びiNOSの過剰生産と関連した疾患を処置する方法を提供する。いくつかの実施形態においては,ウィルス感染は,B型肝炎ウィルス及びC型肝炎ウィルスによる感染を含むが,しかし,それらに限定されるものではない。

一方、被告(特許庁)の反論は、以下のようであった。

判断手法及の誤りについては、

“ア 本願明細書に記載されていない事項が,基礎出願の明細書に記載されていたとしても,それは,あくまで本願明細書の記載外の事項であり,本願明細書に記載された事項とはいうことができない。

イ 本願明細書には,B型肝炎の予防又は治療の機構について一切説明はなく,「B型肝炎から選択された,ウィルス性の感染」を予防又は治療するための医薬としての有用性は示されておらず,本願に係る意見書,手続補正書,回答書等の経緯においても,一度も「B型肝炎から選択された,ウィルス性の感染」について客観的な根拠を伴った主張はされていない。

したがって,審決が,審判請求書添付の試験結果について認定しなかった点にも誤りはない“。

そして、判断の誤りについては、

“記載要件の判断手法に誤りがないことは前記(1)のとおりであるから,記載要件の判断手法に誤りがあることを前提に,審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は,その前提を欠く”などと主張した。

知財高裁の判決において、取消事由2(記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤り)について、“原告の取消事由2の主張には理由がなく,本願が特許法36条6項1号及び同条4項1号の規定を満たしていないことを理由として審判請求を不成立とした審決の結論に誤りはないものと判断する“と結論された。

判断手法の誤りに関する両者の主張に対して、以下のように判示した。

“一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために,出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,前記(3)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を,B型肝炎ウィルスの感染を予防又は治療するために用いるという用途が記載されているのみで,当該用途における化合物の有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり,このような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果や基礎出願の試験結果を考慮することは,前記(3)アで述べた特許制度の趣旨から許されないというべきである。”

“原告が,審判手続において,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべき旨を主張していたことからすれば(甲11,13),審決において,同主張を明示的に排斥することが相当であったとはいえるとしても,出願後に提出された薬理試験結果である審判請求書添付の試験結果や,基礎出願の試験結果は,本願明細書に記載された本願発明の効果の範囲内で試験結果を補充するものということはできないから(その上,後記イのとおり,これらの試験結果を考慮したとしても,式R-A-Xの化合物のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。),これらの資料を考慮しないで,サポート要件及び実施可能要件を満たさないとの判断をした審決の判断手法が違法であるということはできない。

また,その点が審決の判断を左右するものとは認められないから,審決の取消事由には当たらない。 “

そして、判断の誤りについては、

“上記アで判示したところによれば,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべきであったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,審決の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

また,“事案に鑑み,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について念のため検討しても,以下のとおり,これらの試験結果は,「式R-A-Xの化合物」のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。”

“審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果は,いずれも本願発明の式R-A-Xの化合物と,生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖を抑制することとの関係を示すものではなく,そのような関係を示す技術常識があるとも認められず,同化合物が,B型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療という医薬用途において有用であることを当業者が理解することができるものではないから,仮に,これらの試験結果を考慮したとしても,審決の結論に誤りはない。“

(続く)

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(42)特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(2)~ 

審査の過程で、拒絶理由に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書の形で提出して反論する場合がある。比較例や数値限定特許の場合に臨界点付近の実験データを後出しで提出することが有効な場合がある。

2つ目は、特許権者が、拒絶理由に対して実験データを実験成績証明書として提出して拒絶理由を解消して特許査定された事例を紹介する。

特許第6301208号「高活性な酸化マグネシウム系添加剤、及びその用途」の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6301208/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/15/ja)。

【請求項1】

BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下であり、

乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上6.4μm以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項2】以下、省略

一方、公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2016-3174、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-003174/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/11/ja)。

【請求項1】

BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項2】

前記酸化マグネシウム粒子は、乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上10μm以下である請求項1に記載の酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項3】以下、省略。

本出願に対して、以下のような拒絶理由が通知された。

サポート要件(特許法第36条第6項第1号)違反、明確性(特許法第36条第6項第2号)違反、新規性(特許法第29条第1項第3号)違反、進歩性(特許法第29条第2項)違反

拒絶理由で引用された主引用文献は、以下の2つである。

(1)1.3.2 酸化マグネシウム,フィラーハンドブック,1987年 6月

25日,再版第2刷,165~168ページ

(2)キョーワマグ150カタログ,2012年12月 1日

拒絶理由書の備考には、以下の記載がある。

“[請求項1]

引用文献1には、高活性MgOキョーワマグ150のCAA40%が、20秒である旨記載されている(特に表2)。

また、引用文献2には、キョーワマグ150のBET比表面積が144m2/gであると記載されている([分析一例])。

してみると、引用文献1、2に記載のキョーワマグ150は、本願請求項1の規定を充足するから、本願請求項1に係る発明は、引用文献1、2に記載された発明であるか、あるいは当該発明より当業者であれば容易に想到し得るものである。

[請求項2、3]

引用文献3には、キョーワマグ150の平均粒径が5.6μmであると記載されている([0074])。

してみると、「乾式粒度分布」の平均粒径であるか否かは明示されていないものの、本願発明と同等のBET比表面積、CAA40%を併せ持つことから、平均粒子径についても同等である蓋然性が高い。

また、本願請求項3の規定についても、同様に物性に相違がないことから、同等である蓋然性が高い。“

拒絶理由通知に対して、出願人は意見書と実験成績証明書とを提出し、同時に手続補正書を提出し、上記した特許公報に記載された形に特許請求の範囲を補正した。

実験成績証明書の結果を引用した出願人の意見書の一部を引用する。

“2)進歩性について

・請求項1~8について

相違点1に関して、審査官殿は、「引用文献3には、キョーワマグ150の平均粒径が5.6μmであると記載されている(0074)。「乾式粒度分布」の平均粒径であるか否かは明示されていないものの、本願発明と同等のBET比表面積、CAA40%を併せ持つことから、平均粒子径についても同等である蓋然性が高い」とのご指摘です。

しかしながら、本意見書と同日付けで提出した実験成績証明書に示す通り、キョーワマグ150について、乾式粒度分布の平均粒子径を測定したところ、7.5μmであり、引用文献3の平均粒径5.6μmとは異なる値でした。

この理由は、引用文献3には平均粒径の測定方法の記載がないため、詳細は不明ではありますが、測定方法の違いによるものと思料します。

従って、キョーワマグ150の乾式粒度分布の平均粒子径は、本願発明1の乾式粒度分布の平均粒子径の範囲外であると言えます。

さらに、実験成績証明書に示す通り、ゴム物性や樹脂物性等の効果にも顕著な差があります。キョーワマグ150のゴム物性については、スコーチタイムを多少確保することができているものの、引張強度を十分確保することができていません。

つまり、引張強度については、本願明細書の比較例1(表1)と同程度の値となり、ゴム物性全体としての効果が十分ではありません。

また、キョーワマグ150の樹脂物性については、色目は○であるものの、アイゾット衝撃強度を十分確保することができていません。

つまり、アイゾット衝撃強度については、本願明細書の比較例2(表1)と同程度の値となり、樹脂物性全体としての効果が十分ではありません。

このように、キョーワマグ150では、本願発明の効果を達成することはできません。

審査官殿におきましては、この実験成績証明書の結果も考慮して、ご判断頂きますよう宜しくお願い申し上げます。“

“本願発明は、『BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下であり、乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上6.4μm以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤』であることが特徴であり、これらの構成によって、『高活性であり、受酸剤やスコーチ防止剤としての機能を十分に発揮でき、ゴム等と組み合わせた後でもその材料物性の低下をきたさない』という特有の効果を奏します。

このような効果は本願明細書の実施例に裏付けられています。

即ち、本願明細書の表1に示すように、実施例1~3では、ゴム組成物として十分なスコーチ時間を確保することができ、引張強度も十分な強度を確保することができ、樹脂組成物の受酸剤としての効果も良好です。

このような効果は、本願発明によって、はじめて見出されたものであり、当業者の予測を超えた顕著な効果であり、本願発明1は当業者の通常の創作能力の範囲を超えたものと言えます。

さらに、本願発明2(相違点3)に関して、実験成績証明書に示す通り、キョーワマグ150の湿式粒度分布の平均粒子径は7.1μmであり、本願発明2の範囲外でした。

本願発明2については、さらに、引用文献1~3の内容から本願発明を想到する動機付けとなり得るものが無いと言えると思料します。“

“従って、本願発明1は、引用文献1~3や他の周知技術に基づいて、当業者に容易に想到することができた発明とは言えず、特許法第29条第2項に該当するものではありません。また、請求項1の従属項である請求項2~8についても、同様に、特許法第29条第1項第3号に該当するものではありません。”

出願人の応答に対して、審査官は、実験成績証明書の結果を考慮した特許メモを残し、特許査定した。

“<<特許メモ>>

平成30年1月18日付け刊行物等提出書にて提示された刊行物1~9のうち、特に主たるものと考えられる刊行物1、2について、以下のとおり検討した。

・・・(中略)・・・

●刊行物2(フィラーハンドブック)

刊行物2に記載のキョーワマグ150は、CAA40%20秒、BET比表面積144m2/g、平均粒径5.6μmを有すると認められる。

しかしながら、「乾式粒度分布の平均粒子径」については、出願人が提出した実験成績証明書(平成29年12月8日付け手続補足書)によると、本願請求項1の範囲外である7.5μmであり、上記刊行物等提出書においてもこの実験成績証明を覆すような証拠は示されていない。

また、「乾式粒度分布の平均粒子径」を変更すれば、CAA40%等の値も変化するものと認められるから、刊行物2記載の発明より本願発明に想到することが、当業者にとって容易であるともいうこともできない。“

なお、本特許の審査過程においては、3回の情報提供(刊行物等提出書)がなされていた。

また、特許公報発行日の半年後、一法人によって異議申立された(異議2018-700788、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-125535/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/10/ja)。

しかし、審査過程で特許権者によって提出された実験成績証明書などを根拠として、“特許第6301208号の請求項1ないし8に係る特許を維持する”と結論された。

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(43)不運にも邪魔な特許を潰せなかった場合に備えて(1)先使用権による抗弁

特許侵害を回避する方法として、無効の抗弁以外では、(1)先使用権による抗弁と、(2)特許不実施の抗弁との2つが主になると思われる。先使用権は、他者が特許出願した時点で、その特許出願に係る発明の実施(事業)やその事業の準備をしていた者に認められる権利で、先使用権者は、ある範囲内において、他者の特許の通常実施権を無償で有する。

事業遂行にとって障害となる邪魔な特許が見つかった場合、通常行われるアクションは、異議申立や無効審判の制度を利用して特許を無効化できないかの検討である。

しかし、異議申立や無効審判を行ったとしても、勝てる率は、統計的には高くない。

たとえば、2018年前半に異議申立がなされた特許案件のうち、取消になったのは11%に過ぎず、訂正有で維持されたものは49%、残りの38%は訂正無で維持された(“特許異議申立制度の運用の現状と効果的な活用” https://www.inpit.go.jp/content/100868550.pdf)。

審査段階にある特許出願なら、情報提供制度を利用し、事業の障害とならないような形に請求範囲を減縮させることを考えた方がよい。

ただし、事業の障害となるような形で特許査定される可能性が高いと予想される場合には、無効資料調査と並行して、特許侵害を回避する策の検討も必要である (“【7】私の考える「邪魔な特許の潰し方」全体像” http://patent.mfworks.info/2018/09/30/post-981/)。

特許侵害回避の方法としては、特許無効の主張以外にいくつかの方法がある。

(“知的財産権に関するQ&A(9) 特許法(8)|被疑侵害者の防御方法” https://iplaw-net.com/knowledge/ip-qa/qa_patent_8.html

“特許法概論” https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/developing/training/textbook/document/index/Outline_of_Japanese_Patent_Law_j.pdf

“特許権侵害訴訟を提起された被告の防御方法(2)- 侵害論における抗弁”https://www.businesslawyers.jp/practices/966)。

教科書的には、特許侵害の警告を受けた場合や出訴された際には、特許権自体の存在の確認や、特許権の効力制限や特許権の消尽の主張ができないかが検討項目の中に入っている。

“特許権の効力の制限“は、試験・研究のための特許発明の実施には、特許権の行使が制限される。

また、“特許権の消尽”とは、”特許権者またはその特許権について実施権を有する者が、特許製品を適法に製造し、適法に譲渡した場合には、もはやその特許製品を購入した者の特許製品の使用、譲渡等、輸出、輸入には特許権が及ぶことはない“とする理論である”(“特許法概論” https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/developing/training/textbook/document/index/Outline_of_Japanese_Patent_Law_j.pdf

“侵害が疑われる特許権の対象が物の発明である場合であり、その発明の実施品を被告が入手して使用している場合、原告がこれを流通においたとの事情があるときには、被告は、消尽を主張し、特許権侵害の主張を退けることができます”とされている(“リサイクル・インクカートリッジ事件に関する最高裁判決の概要と意義” https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200805/jpaapatent200805_039-047.pdf)。

また、“消尽“と似た考え方に、”黙示の許諾“がある(“権利者による部品の譲渡と完成品の特許の消尽又は黙示の許諾―アップル対サムスン事件知財高裁大合議判決―” https://www.inpit.go.jp/content/100644634.pdf)。

しかし、これらの抗弁で侵害を回避できるケースは少ないと思われる。

特許無効の抗弁以外の対抗策としては、(1)先使用権による抗弁と、(2)特許不実施の抗弁との2つが主になると思われる。

まず、“先使用権”による抗弁を取り上げる。

特許侵害で出訴されても、特許発明の実施権を有する場合には、実施権の範囲内での実施は、特許権非侵害の抗弁が可能である。

その実施権としては、約定実施権(契約による実施権)と法定実施権があり、先使用権は特許法第79条に定められた法定実施権である。

特許法第79条の条文は、

“特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する”である。

特許権の設定登録が完了し、特許権者が権利行使できるようになった時点で特許発明を実施していたとしても、特許が出願された時点で既に当該特許出願に係る発明の実施(事業)やその事業の準備をしていれば、先使用権によって、他者の特許権を無償で実施し、事業を継続できることが認められている。

以下、下記の資料の記載を引用しながら、先使用権について説明する。

“先使用権制度の活用と実践 ~戦略的な知財保護のために~” (https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/document/index/setumeiyou.pdf

“先使用権の成立要件”(https://www.inpit.go.jp/content/100868551.pdf

“先使用権制度について” (https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/index.html#:~:text=%E5%85%88%E4%BD%BF%E7%94%A8%E6%A8%A9%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BB%96,%E3%82%92%E3%81%94%E5%8F%82%E7%85%A7%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84%E3%80%82%EF%BC%89%E3%80%82

先使用権が認められるための要件は、以下の4つである。

”①(特許出願の発明と関わりなく)独自に発明し、又はその発明を承継したこと

② 事業の実施又は事業の準備をしていること

③他者の特許出願時に②を行っていたこと

④日本国内で②を行っていたこと”

上記②の“事業の実施”の意味は比較的明確と考えられるが、“事業の準備”は、どういう要件をクリアすれば”準備をしている”と認められるか、その判断基準はあまり明確でない。

そのため、上記資料には、“事業の準備”を認めた判例として、“試作品の完成・納入で認めた例”、および“受注生産製品における試作品の製造・販売で認めた例”などが例示されている。

一方、“事業の準備”を否定した判例として、“改良前の試作品では準備を否定した例”、“研究報告書に列記された成分の一つであっただけとして準備を否定した例”、“概略図にすぎないとして準備を否定した例”、および“展示会等に出品したものの、最終的に商品化されなかったこと等をもって、事業の準備を否定された例”が例示されている。

これらの事例を見てみると、後戻りできない段階まで、事業化の準備が進んでいることが必要で、そのことを示す証拠があれば、“事業の準備”と認められるように思われる。

“先使用による通常実施権が認められる範囲”について、“実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内”と説明されている。

“目的の範囲内”の解釈について、たとえば、“他者の特許出願の際に製造していた物とは少し異なる物を作ってもよいか”については、“先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなくこれに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ”と説明されている。

同一性が肯定された例としては、“特許請求の範囲と関係しない箇所の変更は同一性に影響を与えない”、“変更前後の製品が同一の技術思想のものである”、および“特許請求の範囲内でなされた設計変更である”と解釈されて同一性を肯定された例が例示されている。

一方、同一性を否定された例として、“変更点の顕著な効果等”や“先使用品に具現化された技術思想と特許発明とが同一ではない”とされた例が例示されている。

また、“他者の特許出願の際に製造していた量を上回る製造をしてもよいか”(“実施規模の拡大”)については、“実施規模については、「事業の範囲内」において拡大することができる”と説明されている。

訴訟において“先使用“が機能する場面としては、先使用による通常実施権を有するとの抗弁以外に、特許無効の抗弁として使える可能性が考えられる。

もし、特許の出願時に発明の実施(事業)が「公然」と行われていると主張できれば、特許法第29条第1項第2号の公用に該当することとなり、公然実施を理由とした権利無効の抗弁も可能となるという意味である。

ただし、「先使用権」で抗弁するためには、その証拠を揃える必要がある。

過去に開始した事業の開始時期を証明するためには、技術開発、製造、販売など多岐に亘る十分な証拠を集めることが必要になり、それなりの労力が必要である。

さらに「公然実施」の主張まで行おうとするとなると、結局、無効資料調査を行うことと同じことであり、容易ではない。

そのため、侵害が問題となった時点から先使用権の証拠を集めるのではなく、通常の事業遂行の中で、先使用権の主張につながる資料を蓄積しておくことが推奨されている。

なお、世界共通の先使用権制度はなく、日本で認められる先使用権の効力は日本国内に限定される。

また、先使用権の制度は、国によってかなり異なり(事業の準備、実施行為の変更や実施規模の拡大についての取り扱い)、海外において先使用権で抗弁する場合には、対象国の法律を正確に把握しておく必要がある(“諸外国・地域における先使用権制度の比較表” https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/document/index/kaigai_table.pdf)。

(続く)

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(44)不運にも邪魔な特許を潰せなかった場合に備えて(2)特許不実施の主張

もう一つの検討すべき抗弁は、特許不実施の主張である。具体的には、クレームに用途や機能の記載がある場合の権利範囲に属さないという主張と、“作用効果不奏功”と称される抗弁との2つである。

もう一つの検討すべき抗弁は、特許不実施の主張である。

具体的には、クレームに用途や機能の記載がある場合の権利範囲に属さないという主張と、“作用効果不奏功”と称される抗弁との2つである。

これらの抗弁について、“特許法概論” (https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/developing/training/textbook/document/index/Outline_of_Japanese_Patent_Law_j.pdf)に、以下のような説明がある。

“クレームの記載が用途発明である場合に、例えば、クレームに「予防薬」と記載されている特許発明の技術的範囲は、「治療薬」には及ばないものと解釈され、文言侵害は成立しないが、用途の置換可能性が認められる場合には、後述の均等侵害が成立すると解される。”

“クレームの記載が、物の具体的な構成ではなく、その物が果たす機能ないし作用効果のみを表現している、いわゆる「機能的クレーム」といわれるものの場合には、文言通り解釈すれば、通常は広すぎる技術的範囲となる。

そのため、クレーム以外の明細書や図面の記載や、出願時の技術水準を参酌してクレームの解釈が行われる。“

また、“作用効果不奏功の抗弁”は、“クレームの文言すべてを充たす場合であっても、化学や医薬などの発明の分野においては、それが発明の詳細な説明に記載された作用効果を奏しない場合には、特許発明の技術的範囲には属しない”と説明されている。

まず、“用途”が記載された特許における“用途”の文言解釈と、その権利範囲について詳しく見ていく。

“「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)” (https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf)には、以下のような説明がある。

判例から、

“「用途発明」とは,用途以外の発明特定事項に特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)がない発明(考案を含む)をいうと限定的に定義した上で,このような限定的な意味の「用途発明」は,用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとしたと理解できる”と説明されている。

また、

“これらの裁判例に照らすと,「用途発明」の定義の問題として,用途以外の発明特定事項に特徴がない発明については,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないのに対し,

他方,用途以外の発明特定事項に特徴がある発明については,当該用途に使用されるものとして販売されなくても(直接)侵害になりうるという類型化が可能であると考えられる”との説明もある。

別の資料には(”食品用途発明に関する改訂審査基準の妥当性−ラベル論から考える新規性” https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2987)、以下の説明がある。

“化学やバイオ分野のように,化合物や組成物としては既知であるが,新たな効果を発見したことによって適切な用途への適用を見出したような類型の発明(典型的用途発明)は,当該用途にしか排他権は及ばない(用途限定説),というのが裁判例である。”

一般的には、排他権が及ぶ範囲は、当該用途を掲げる製品の製造販売に限られ、実質的には当該用途が記載されたラベルを貼ること、および当該ラベルが貼られた製品を販売や、あるいは、当該製品の当該用途(使途)にふれるようにしなければ、特許権侵害に問われないと考えられている。

ただし、直接侵害だけでなく、間接侵害のリスクがあることにも注意しておく必要がある。

前出の“「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)” (https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf)には、以下のような例を示して、“当該用途(ないし使途)に用いる物として販売していない場合には(直接)侵害とならない用途発明との関係で,当該用途を何ら標榜することなく,用途以外の構成要件を全て充足する物を販売することが間接侵害となりうるか”という問題が提起されている。

“「DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)を含む殺虫剤」という 用途を特定した特許発明が成立している場合に,「殺虫剤」という用途を何ら標榜することなく DDT を販売している場合に,購入者がこれを殺虫剤として使用したとき,販売者に間接侵害が成立し得るかという問題である。”

その答えとして、“用途(又は使途)以外の発明特定事項に特徴がない発明は,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないが,間接侵害が成立する可能性はあり,特許法102条2項の適用が認められる余地はある”と結論している。

機能的クレームの解釈については、“「広すぎる」特許規律の法的構成―クレーム解釈・記載要件の役割分担と特殊法理の必要性”(https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3260)に、以下のように説明されている。

“機能的クレームの解釈については,近時の裁判例では,機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術的思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることとなりかねず相当でない旨述べたうえ,

明細書に開示された具体的な構成に示されている技術的思想に基づいて請求項に係る発明の技術的範囲を確定すべきであり,技術的範囲は明細書に記載された具体的な実施例に限定はされないが,当業者が明細書の記載内容から実施し得る構成に限られる旨を述べるものが多い。”

もう一つの“作用効果不奏功の抗弁”については判例が少なく、“エアロゾル事件”(大阪高裁平成13年(ネ)3840号、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/493/011493_hanrei.pdf)で判示された考え方がよく引用されている。

長くなるが、判決文の関連部分を引用する。

“特許法70条1項が規定するとおり,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。しかして,特許請求の範囲に記載されているのは特許発明の構成要件であるから,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成要件によって定められることとなる。

そして,通常,当該特定の構成要件に対応して特定の作用効果が生じることは客観的に定まったことがらであり,出願者がこのようなうちから明示的に選別した明細書記載の作用効果が生じることも客観的に定まったことがらであるから,

対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは,当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,

又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する。

したがって,対象製品が特許発明の技術的範囲に属しないことの理由として明細書に記載された作用効果を生じないことを主張するだけでは不十分であって,

その結果,当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないこと,

又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張する必要がある。

このことは,明細書の発明の詳細な説明の記載に関する36条4項等の規定を前提としていい得ることである。

また,化学や医薬等の発明の分野においては,特許発明の構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり,このようなものは,当該特許発明の技術的範囲に属しない新規なものといえる。

したがって,このようなものについては,対象製品が特許発明の構成要件を備えていても,作用効果に関するその旨の主張により,特許発明の技術的範囲に属することを否定しうる。“

用途発明の特許性については、用途以外の構成要件が同一の先行発明がある場合には、効果は相違点とは考えないというのが一般的な考え方であると思われる。

(“用途発明の意義―用途特許の効力と新規性の判断―” https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3403

“パブリックドメイン保護の観点から考える 用途発明の新規性と排他的範囲の関係” https://www.inpit.go.jp/content/100862916.pdf)。

したがって、用途発明や機能的クレームのある特許発明については、用途や機能以外の構成要件が同一である先行技術文献を見つけることができれば、少なくとも特許(出願)の排他的権利範囲を、当該用途や当該機能で限定された範囲に狭められる可能性があると考えられる。