特許を巡る争い<16>ハウス食品グループ本社・レトルトカレー関連特許

ハウス食品グループ本社の特許第6371497号は、カレーなどのレトルト食品における長期保存中の品質向上に関する。進歩性欠如の理由で異議申立されたが、当業者が容易になし得た発明ではなく、また、異議申立人の主張自体に誤りがあると判断され、権利維持された。

ハウス食品グループ本社株式会社の特許第6371497号『容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品』を取り上げる。

特許第6371497号の特許請求の範囲は、以下のとおりである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6371497/0EE774344B98B7042FEE4EB610BC9356222174DF1AE8410F8693037AF0D81442/15/ja)。

【請求項1】

もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉であるもち種架橋澱粉を含有し、かつ、

HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、

前記もち種架橋澱粉で粘性を付けた流動状食品である

容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品(ただし、冷凍食品を除く)。

(【請求項2】以下は省略)。

本特許における『粘性を付けた流動状食品である容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品』は、シチュー、ポタージュ、スープ、カレー、クリーム系のスプレッド、フィリングが例示されており、実施例として、レトルトパウチに充填密封し、レトルト処理を施したカレーソースが書かれている

“レトルト食品を3年間常温保存した場合には、離水と共に、ソース等の流動状の物性が失われて塊が生じる”などの問題が生じる。

しかし、本特許を用いれば、“より長期の常温保存が可能であり”、“レトルト食品等を保存する間に冷蔵状態や冷凍状態に置いた場合も、品質維持が図れる加熱殺菌処理済食品を提供することができる”と書かれている。

もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉』は、加工澱粉の一種で、食品添加物である(https://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/iken-kekka/kekka.data/pc1_no_hydroxypropyldistarchp_290802.pdf)。

本特許明細書によれば、は、もち種澱粉(例えばコーン、米、イモ等に由来するもの)を原料とし、“原料澱粉に、アルカリ条件下でトリメタリン酸ナトリウムまたはオキシ塩化リンを加えて反応させた後、酸化プロピレンを反応させることにより製造することができる”と書かれている。

『もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉』を使用することにより、食品に粘性を付与することができると書かれている。

また、『ショ糖脂肪酸エステル』は乳化剤である。

HLB』は“Hydrophile Lipophile Balance”(親水性疎水性バランス)の略で、水または油への馴染みやすさを表す指標で、0~20までの数値で表され、HLBが高い場合は乳化剤の化学構造内の親水基の割合が多いので水に溶けやすい(https://www.dks-web.co.jp/catalog_pdf/550_0.pdf)。

“本特許特定のショ糖脂肪酸エステルを極少量用いていることで、加熱殺菌処理された食品の食味の低下(もち種架橋澱粉を用いることにより粘性が粘りすぎる問題を含む)をまねくことなく、粘性低下や離水等の問題を解決”すると書かれている。

公開特許公報の特許請求の範囲は、以下のとおりである(特開2014-23520、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-023520/0EE774344B98B7042FEE4EB610BC9356222174DF1AE8410F8693037AF0D81442/11/ja)。

【請求項1】

もち種架橋澱粉を含有し、かつ、

HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、

容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品。

(【請求項2】以下は省略)。

もち種架橋澱粉および加熱殺菌処理済食品を特定の種類に限定することによって、特許査定を受けている。

本特許は、3度の情報提供を受けており、拒絶査定になったが、拒絶査定不服審判請求して、最終的に特許査定を受けた(拒絶2017-005940、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2013-019673/0EE774344B98B7042FEE4EB610BC9356222174DF1AE8410F8693037AF0D81442/10/ja)。

特許公報発行日(2018/08/08) の半年後(2019/02/06)、一個人名で異議申立てされた

異議2019-700086、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2013-019673/0EE774344B98B7042FEE4EB610BC9356222174DF1AE8410F8693037AF0D81442/10/ja)。

審理の結論は、以下のとおりであった。

特許第6371497号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。

特許異議申立人は、甲第1証(特開昭63-22148号公報)等を提出し、本特許発明は進歩性を欠如していると主張した。

以下、請求項1(本件発明1)について説明する。

審判官は、“本件発明1”(本特許請求項1)と”甲1発明”(特開昭63-22148号公報記載発明)とは、

『もち種澱粉を含有し、かつ、HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、前記もち種澱粉で粘性を付けた食品である加熱殺菌処理済食品(ただし、冷凍食品を除く)。』である点で⼀致“するが、以下の3点で相違するとした。

<相違点1>

本件発明1が、「流動状」であるのに対し、甲1発明は、流動状とはされていない点

<相違点2>

本件発明1が、「もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉」であるのに対し、甲1発明は、「もち米澱粉」である点

<相違点3>

本件発明1が、「容器に充填・密封された」とされているのに対し、甲1発明は、容器に充填・密封されたとはされていない点

相違点1について、異議申立人が提出した証拠や周知の技術的事項を参酌しても、“保形性が良い甲1発明のフィリングをあえて流動状とする動機付けは見出せず、甲1発明のフィリングを流動状とすることが当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。”と判断した。

なお、甲1発明において、『フィリング』として、カスタードクリーム、ジャム、餡が例示されている(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S63-022148/9FC5E1F169F48BE9F1664018DBB4E4CE83272A61AE7F908CBD6113D85982D13E/11/ja)。

また、相違点2について、“甲1に記載されたさまざまな化学的、物理的処理のうちから、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋を選択した上で、甲1発明における「もち米澱粉」をヒドロキシプロピル化リン酸架橋したものとすることが当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。”と判断した。

そして、“本件発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえず、本件発明1に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない”として、進歩性を認めた。

さらに、異議申立人の主張について、主張する甲1発明の内容は、

“甲1にそのとおりに記載されているものではなく、かつ、上記各所の記載事項には、⼀般的な事項と具体例における事項とが混在し、また「必要に応じて」とされる事項も存在するから、甲1にそれらを組み合わせた発明が、まとまりのある発明として記載されているとはいえない。

したがって、”特許異議申立人の主張はその前提において誤りがある。”と判断した。