富士フィルムは、スキンケア用化粧料に係る特許第5046756号をもとに、DHCの製品に対して特許権侵害訴訟を起こしたが、特許は無効とされ、敗訴した。一方、DHCは特許無効の訴訟を起こしたが、無効にできなかった。2つの訴訟で特許無効の判断が異なったのは、提出された証拠の採否が異なったためである。
食品特許ではないが、サプリへの利用も進んでいる抗酸化成分「アスタキサンチン」の化粧品への使用方法に関する、富士フイルム株式会社の特許第5046756号「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」を取り上げる。
富士フイルムは、平成19年1月15日化粧品「アスタリフトシリーズ」を発売し、 同年6月に特許第5046756号を出願し、審査を受け、平成24年6月に特許査定を受けた。
出願時の特許請求の範囲(請求項1)は、以下のようであった
(特開2009-7289公報、
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H21007289/1B0B2ABC129551438ED68B21DC8DE1EB)。
【請求項1】
カロテノイド含有油性成分を含む分散組成物であって、
カロテノイド含有油性成分及び、リン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子を有する水分散物と、
アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物と、
pH調整剤と、
を混合することによって得られたpHが5~7.5の分散組成物。
一方、特許査定された請求項1は、以下のとおりで、カロテノイドはアスタキサンチンのみに限定され、スキンケア用化粧料の用途に限定された。
(特許第5046756号公報、
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5046756/CA53FD9A526AE3FD4BD438550FCE45F6)。
【請求項1】
(a)アスタキサンチン、ポリグリセリン脂肪酸エステル、及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
(b)リン酸アスコルビルマグネシウム、及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
(c)pH調整剤
を含有する、pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。
アスタキサンチンはカロテノイドの一種で、皮膚老化防止効果、シミやしわの形成予防効果などの機能を有することが知られている。
しかし、水に不溶なため、比較的長期にわたって良好な分散安定性(エマルジョン状態)を維持することが容易でなく、この点を改善することが発明の目的であった。
富士フィルムは、特許権を取得後、株式会社ディーエイチシー(DHC)が平成26年3月から販売している「DHCアスタキサンチンジェル」などが特許権を侵害しているとして、平成26年9月に東京地方裁判所に該当製品の製造、販売等の差止めの仮処分を申し立てた。
この仮処分申立ては、平成27年8月に取下げられたが、すぐに、DHCに対して、1億円の支払いと販売差止めを求める特許権侵害差止等請求訴訟を東京地方裁判所に起こした。
平成28年8月に判決が言い渡され、富士フィルムの請求は退けられた
(平成27年(ワ)第23129号 特許権侵害差止等請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/123/086123_hanrei.pdf)。
判決では、特許第5046756号の発明は、出願前にウェブページに掲載された発明に基づいて容易に考えつく発明であるから、「進歩性」が欠如していると判断され、特許は無効とされた。
富士フィルムは、控訴し、知財高裁で争われることになった
(平成28年(ネ)第10093号 特許権侵害差止等請求控訴事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/249/087249_hanrei.pdf)。
平成29年10月25日に控訴審の判決が言渡され、知財高裁は一審の東京地裁の判決を支持して、控訴を棄却し、富士フィルムは敗訴した。
判決では、
特許出願以前に、富士フイルムの旧製品の全成分に関して記載されたウェブページが、特許の出願前に公開されていること、
ウェブページの記載と特許第5046756号の発明とは、ウエブページにはpHの記載がない点で相違するが、その他の点では一致すること、
ウエブページの記載を基に、特許のpH範囲(5.0~7.5)に設定することは特別難しい技術ではないと判断されることから、
特許は無効で、権利を行使できないというものであった。
DHCは知財高裁の判決直後 、「特許権侵害差止等請求訴訟の勝訴判決について」と題するプレスリリースを出している(https://top.dhc.co.jp/contents/guide/newsrelease/pdf/171025.pdf)。
しかし、DHCも、特許第5046756号の無効審判を請求したが、こちらでは敗訴している。
DHCは、富士フィルムから東京地裁に製品の製造、販売等の差止めの仮処分の申立をされたのに対抗して、平成27年2月に特許第5046756号の無効審判を請求した。
しかし、無効でない(権利維持)との審決であった。
そこで、平成28年3月に知財高裁に審決取消請求の訴訟を起こした。
判決は、平成29年10月25日に言渡されたが、DHCの請求は退けられ、特許は無効とはならなかった
(平成28年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/204/087204_hanrei.pdf
特許審決公報 無効2015-800026
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27800026/86B100769F188AD192995E2B51498FB4)。
富士フィルムの起こした特許権侵害差止等請求訴訟では、特許第5046756号は無効とされたが、DHCの起こした無効審判の審決取消請求訴訟では無効とはならず、2つの訴訟の結論は、まったく逆となっている。
特許権侵害差止等請求訴訟と審決取消請求訴訟とで知財高裁の結論が異なったのは、無効の証拠として提出されたウエブページが特許出願日より前に利用可能となっていたかどうかの認定が異なったためである。
特許権侵害差止等請求訴訟では、
「ウェブページに記載された,控訴人旧製品の全成分に関する記載内容は,本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる。」と判断された。
一方、審決取消請求訴訟では、
「上記各ウェブページ(甲58,59)が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたものであったとしても,
このことは,上記各ウェブページに記載された内容が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能であったことを示すにとどまるものであり,
上記と同内容が甲1ウェブページに記載されていたとしても,甲1ウェブページにおける「エフ スクエア アイ」の成分についての記載部分が,
本件出願日前に,甲1ウェブページにより電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということはできない。」と判断された。
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(引用文献)
特開2009-7289公報
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H21007289/1B0B2ABC129551438ED68B21DC8DE1EB
特許第5046756号公報
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5046756/CA53FD9A526AE3FD4BD438550FCE45F6
特許審決公報【審判番号】無効2015-800026
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27800026/86B100769F188AD192995E2B51498FB4
平成28年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/204/087204_hanrei.pdf
平成27年(ワ)第23129号 特許権侵害差止等請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/123/086123_hanrei.pdf
平成28年(ネ)第10093号 特許権侵害差止等請求控訴事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/249/087249_hanrei.pdf
press release: 2017.10.25 「特許権侵害差止等請求訴訟の勝訴判決について」
https://top.dhc.co.jp/contents/guide/newsrelease/pdf/171025.pdf
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