【20】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

数値限定発明で注意を要するのは、「有効数字」(有効桁数)と「誤差」(測定誤差、製造誤差)の問題である。 これまでの判例では、四捨五入や誤差を含めた数値範囲まで、権利範囲(技術的範囲)を広げることは認められていない。特許権が及ぶ数値範囲を確認した上で、無効資料調査を行う必要がある。

数値限定発明で注意しなければならない、もう一つの観点がある。

「有効数字」(有効桁数)と「誤差」(測定誤差、製造誤差)である。

これらは、まず、「侵害」の観点から問題になる。

抵触しているかどうかの判定の際に、特許権の及び数値範囲の解釈が問題になる。そして、抵触している可能性が高いと判断されれば、無効化を考えることになるが、無効資料を見つけるための先行文献調査に関わってくるからである。

以下の参考文献などをもとに現状をまとめてみたが、「有効桁数」と「誤差」についての判例は少なく、今後、状況が変わっていく可能性もあり得る。

なお、「有効桁数」も「誤差」も、根本的には、「明確性要件」の問題として捉えられている。

(参考)数値限定発明の充足論,明確性要件(複数の測定条件が存在する場合,その他の類型について) https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3011

「数値限定発明の充足論,明確性要件」への質問に対する回答

https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3068

判例研究・数値限定クレームの技術的範囲

http://fintpat.com/fukumoto_lecture_at_jpaa_2016_04.pdf

最初に、侵害の観点から、「酸素発生陽極」特許の判例を取り上げる。

数値限定発明において、四捨五入が認められるかどうかについての判例である。

(平成14年(ワ)第10511号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結の日 平成16年7月9日 判決

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/985/009985_hanrei.pdf)。

この裁判においては、2つの特許権について争われたが、有効数字については、特許第2574699号「酸素発生陽極及びその製法」であるので、この特許について説明する

(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_2574699/ED2105130E743D37AB4D48D5146464E5)。

特許第2574699号の発明の請求項1の構成要件は、以下のA ①~⑥で、A⑤の厚さ「1~3ミクロン」の有効数字が争点とあった。

A① バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に

A② 350~550℃の熱分解温度で

A③ 白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において、

A④ 該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする

A⑤ 厚さ1~3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする

A⑥ 酸素発生陽極。

原告は、”明細書に記載された実施例と同一の計算方法によって算出するのであれば、有効数字1桁であるから、『3 ミクロン』とあるのは『2.5〜3.4 ミクロン』と読むべきである”と主張した。

しかし、裁判では、測定方法から考えて、”有効数字 1 桁であるとはいえず,有効数字は少なくとも 2 桁以上と解するべきであるから,『40g』とあるのは『35〜44g』と読むべきとする原告の主張は採用することができない。”と判示した。

さらに、

”実施例を根拠として,特許請求の範囲に技術的範囲の上限を『3 ミクロン』とクレームした場合に,実施例における誤差の最大の範囲が権利範囲に含まれるとすることにも疑問があるところである。

なぜなら,実施例において,0.5 ミクロンの誤差があるのであれば,その誤差の範囲まで,すなわち,『3.5 ミクロン未満』を上限として特許請求の範囲に記載すればよいのである。

ところが,これをせずにおいて,特許請求の範囲に上限を『3 ミクロン』と記載しておきながら,『3.5 ミクロン未満』が技術的範囲であるとすることは,特許請求の範囲の記載の明確性を損なうものである。

とも判示した。

結論として、原告(特許権者)の主張は、認められなかった。

次に、無効の観点から、「マイクロバブル」特許の判例を取り上げる。

(平成14年(行ケ)第213号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成16年3月17日

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/433/010433_hanrei.pdf)。

マイクロバブルとは、ガラスから作られたミクロンサイズの微小中空球のことで、高分子化合物への添加剤として広く使用されているようである。

特許第1627765号「マイクロバブル」(特公平2-27295、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_H02027295/6413C8AC02E2144FED4904FEAE4C9186)の請求項のうち、数値限定発明に関わる請求項5について、特許の無効性について争われた。

訂正審決後の請求項5(訂正発明5)は、以下のとおりである。

【請求項5】

アルカリ土類金属酸化物:アルカリ金属酸化物を

1.2:1~3.0:1の範囲の重量比で有し,

そして密度が0.08~0.8の範囲であり,

ガラス重量の少なくとも90%が本質的に70~80%のSiO2,8~15%のCaO,3~8%のNa2O,2~6%のB2O3,および0.125~1.5%のSO3から成るガラスのマイクロバブル。

上記の「1.2:1~3.0:1」の権利が及び数値範囲が争点であった。

原告は、”本件特許出願日(優先日)前に既に国内で販売されていた被告会社製の商品名「C15/250」のガラスバブルと実質上同一である,そうでないとしても,「C15/250」から当業者が容易に発明することができる”と主張した。

審決の段階では、「C15/250」と訂正発明5との構成が同一であるといえないと判断していた。その理由として、アルカリ土類金属酸化物(RO)とアルカリ金属酸化物(R2O)との比(RO/R2O比)の値が異なること、当該商品の密度が不明なことを挙げていた。

しかし、裁判では、カタログや文献から、当該商品の密度は訂正発明5と同一であることは明らかであり、RO/R2O比も、証拠として提出された分析結果と、本件訂正発明5とは実質的に同一であると判断し、審決の判断は誤りであるとした。

具体的には、

”RO/R2O比について、審決では、訂正発明5のRO/R2O比の値の下限が「1.2」であるのに対して、分析結果の比が「1.18」であることをもって相違するとしたが、「1.18」を本件訂正発明5のように小数第1位で表せば「1.2」となる。

また、”特許時明細書には引用された公告公報には、RO/R2O比は「1:1」に臨界的意味があることを示しており、「1.2」に臨界的意味があるとはいえず、「1.2」と「1.18」の場合とで技術的意義ないし作用効果において実質的に差異はない。”

すなわち、RO/R2O比の値「1.2」に臨界的意味があるとする根拠はどこにもないと判示した。

さらに、”分析精度、サンプリング箇所や製造ロットのバラツキを勘案すると,「1.2」と「1.18」とで実質的に差異はない。

加えて、RO/R2O比自体、それぞれの分析誤差を含む複数の成分(Na2O,K2O,Li2O,CaO)の分析値からの計算値であり、複数の成分のそれぞれの分析誤差が累積されている数値であるから、当該RO/R2O比の値に「0.02」程度の差があったとしてもその違いに実質上意味はない”と判示した。

そして、「本件特許出願前に日本国内で公然実施した「C15/250」と本件訂正発明5とは同一の構成を有するものであり,本件訂正発明5は新規性を有しないというべきである。」と結論された。

数値限定発明の無効化の観点からは、前にも述べたように、先行文献調査を行う前に、対象特許の技術的範囲の画定(明細書記載、審査経過調査)、対比を行い、抵触する可能性を十分に評価すべきと思われる。

その上で、無効資料調査に際しては、有効数字(有効桁数)や記載値の四捨五入、測定方法を含めた測定精度を考慮することが必要になる。

数値記載がない場合には、証拠として、実験成績証明書の提出を検討することも有効である。