特許を巡る争い<89>キユウピー・パスタソース特許

キユウピー株式会社の特許第7087173号 は、酢酸、増粘剤、食塩及び水を含むソースにおいて、常温流通可能で、かつ味わいをまろやかにする方法に関する。進歩性欠如、サポート要件違反及び実施可能要件違反の理由で異議申立されたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

キユウピー株式会社の特許第7087173号 “ソース”を取り上げる。

特許第7087173号の特許広報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7087173/618D0E239CC64239348C82ABB0A9A48A84049BC7E51169A1EA2A65E97A1140CA/15/ja)。

【請求項1】

酢酸、増粘剤、食塩及び水を含むソースであって、

pHが、4.4以上5.5以下であり、

水分活性が、0.92以上0.94以下であり、

総酸量が、前記ソースの総量に対して0.20質量%以上0.80質量%以下であり、

増粘剤の含有量が、酢酸1質量部に対して1.5質量部以上5.0質量部以下であり、

食塩の含有量が、前記ソースの総量に対して5.0質量%以下であり、

前記ソースが非レトルト品であることを特徴とする、

【請求項2】~【請求項5】 省略

本特許明細書には、本特許発明の解決しようとする課題について、

レトルト殺菌処理を施さずに常温流通可能であり、ソースに求められる好ましい風味を有し、かつ、塩味、酸味が際立ちすぎない、まろやかな味わいに優れたソースを提供すること”であり

“本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、驚くべきことに、酢酸、食塩、増粘剤及び水を含むソースにおいて、pH及び水分活性を調節しながら、酸、増粘剤、及び食塩の含有量を特定の範囲内に調整することによって、ソースに求められる好ましい風味を有し、かつ、塩味、酸味が際立ちすぎない、まろやかな味わいのソースに優れ、常温流通可能なソースが得られることを知見した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである”と記載されている。

本特許発明の“ソース”については、“少なくとも、酢酸、食塩、増粘剤及び水を含むものであり”、“121℃4分相当未満で加熱処理を施す非レトルト品であることが好まし”く、“特にパスタ用ソースとして好適である”と記載されている。

本特許発明の請求項1の構成要件である“pH”について、“より好ましくは4.4以上であり、また、好ましくは5.4以下であり、より好ましくは5.3以下である。pHが上記数値範囲内であれば、酸味を抑えながら、保存性に優れ、常温流通可能なソースを提供することができる“と記載されている。

また、“水分活性”について、“より好ましくは0.92以上である。ソースの水分活性が上記数値範囲内であれば、水分活性を低下させるための塩分の添加量を抑えることで、ソースの塩味を抑え、まろやかな味わいにすることができる。また、殺菌温度が低くなるため、ソースの食味の劣化を抑制することができる”と記載されている。

本特許は、出願直後に早期審査請求(2021年7月12日)され、2022年5月13日に特許査定を受けている。

このため、特許広報の発行日(2022年6月20日)の後(2023年1月18日)

に公開された(特開2023-5294、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2023-005294/618D0E239CC64239348C82ABB0A9A48A84049BC7E51169A1EA2A65E97A1140CA/11/ja)。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である。

【請求項1】

酢酸、増粘剤、食塩及び水を含むソースであって、

pHが、4.2以上5.5以下であり、

水分活性が、0.90以上0.94以下であり、

総酸量が、前記ソースの総量に対して0.20質量%以上0.80質量%以下であり、

増粘剤の含有量が、酢酸1質量部に対して1.0質量部以上5.0質量部以下であり、

食塩の含有量が、前記ソースの総量に対して5.0質量%以下であることを特徴とする、

ソース。

【請求項2】~【請求項6】省略

請求項1については、pHと水分活性の下限値の補正、及びソースを非レトルト品に限定することによって特許査定を受けている。

特許広報の発行日(2022年6月20日)の半年後(2022年12月20日)、一個人名で異議申立てがされた(異議2022-701275、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-107091/618D0E239CC64239348C82ABB0A9A48A84049BC7E51169A1EA2A65E97A1140CA/10/ja)。

審理の結論は、以下の通りであった。

“特許第7087173号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。”

異議申立人の申立理由は、以下の4つであった。

(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたもの“である。

甲第1号証:国際公開第2019/139096号

【発明の名称】植物性破砕物含有酸性液状調味料【出願人名】MIZKAN HOLDINGS CO., LTD. 他

(2)“申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたもの“である。

甲第2号証:特許第5824293号公報 【発明の名称】具材入り調味液

【特許権者】キユーピー株式会社

(3)“申立理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、下記の点で特許法第36条第

6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである

.本件特許明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲で規定されるpHや水分活性の範囲と、得られる効果(ソースの風味)との関係の技術的な意味が、当業者に理解できる程度に記載されているとはいえない。

.本件特許発明は、請求項において、風味に影響する成分である「糖類」、「卵黄」及び「調味料」が特定されていないことから、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求している。“

(4)“申立理由4(実施可能要件)

本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである

・本件特許明細書の発明の詳細な説明において、評価基準に挙げられた「ソースに求められる好ましい風味」とは、どのような風味であるのか不明瞭であるから、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。“

以下、本特許請求項1に係る発明(本特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)申立理由1(甲1に基づく進歩性)についての審理

審判官は、本件特許発明1の「ソース」と甲第1号証に記載された発明(甲1発明、「酸性液状調味料」)とを対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

<一致点> “「酢酸、増粘剤、食塩及び水を含む調味料であって、総酸量が、前記調味料の総量に対して0.20質量%以上0.80質量%以下であり、増粘剤の含有量が、酢酸1質量部に対して1.5質量部以上5.0質量部以下であり、食塩の含有量が、前記調味料の総量に対して5.0質量%以下であり、非レトルト品である、調味料。」”

<相違点1> “本件特許発明1は「pHが、4.4以上5.5以下」かつ「水分活性が、0.92以上0.94以下」であるのに対し、甲1発明ではpHが4.00であり、水分活性が特定されていない点。”

<相違点2> 省略

審判官は、相違点1について、以下のように判断した。

・“甲1及び他の証拠をみても、甲1発明において、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することの動機付けとなる記載はない。

したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

そして、本件特許の該効果は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、顕著なものである。

よって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)申立理由2(甲2に基づく進歩性)についての審理

審判官は、本件特許発明1の「ソース」と甲第2号証に記載された発明(甲2発明、「具材入り調味液」)とを対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

<一致点> “「酢酸、増粘剤、食塩及び水を含む調味液であって、総酸量が、前記調味液の総量に対して0.20質量%以上0.80質量%以下であり、増粘剤の含有量が、酢酸1質量部に対して1.5質量部以上5.0質量部以下であり、食塩の含有量が、前記調味液の総量に対して5.0質量%以下であり、非レトルト品である、調味液。」”

<相違点3> “本件特許発明1は「pHが、4.4以上5.5以下」かつ「水分活性が、0.92以上0.94以下」であるのに対し、甲2発明ではpHおよび水分活性が特定されていない点。”

<相違点4> 省略

審判官は、相違点3について、以下のように判断した。

“甲2及び他の証拠をみても、甲2発明において、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することの動機付けとなる記載はない。

したがって、甲2発明において、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

そして、本件特許の該効果は、甲2発明並びに甲2及び他の証拠に記載された事項からみて、顕著なものである。

よって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2発明並びに甲2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)申立理由3(サポート要件)についての審理

審判官は、本件特許のサポート要件について、以下のように判断した。

・“本件特許の発明の詳細な説明において、糖類、クリーム、ベシャメル、卵黄、調味料、及び香料の量が等しい実施例と比較例との比較から”、当業者は発明の課題を解決できると認識できる”。

・異議申立人は、“AではpH及び水分活性の範囲と効果(ソースの風味)との関係の技術的な意味について、Bでは「糖類」、「卵黄」及び「調味料」が発明の課題を解決するための必須の構成であることについて、縷々主張し、本件特許発明はサポート要件違反である”と主張している。

異議申立人の主張Aについて、“目的とするpHに応じて総酸量が調節されるものであり、水分活性は食塩の含有量により調節される、といったように、上記の構成において、pH及び水分活性は、該構成における他の要素に影響するといえる。

そうすると、上記構成のうちの「pHや水分活性の範囲」のみを抽出し、上記構成のうちの、「pHや水分活性の範囲」に影響される総酸量や食塩の含有量といった他の要素なしに、「得られる効果(ソースの風味)」との技術的な関係を検討することは妥当ではないから、pH及び水分活性の範囲のみと効果(ソースの風味)との関係を述べる申立人Aの主張を採用することはできない。

また、特許異議申立人の主張Bは、「糖類」、「卵黄」、「調味料」のいずれかによって本件特許発明が課題を解決できないとする証拠を挙げるものではない“。

以上から、審判官は、“申立理由3は、その理由がない”と結論した。

(4)申立理由4(実施可能要件)についての審理

審判官は、実施可能要件について、以下のように判断した。

・“詳細な説明には、本件特許発明1ないし5の各発明特定事項に関し”、pHや水分活性の数値範囲及び測定方法が記載され、“水分含有量、酢酸の含有量、総酸量、増粘剤及びその含有量、食塩の含有量が記載され”、さらに“本件特許発明のソースの製造方法が記載されている。”

また、“各成分の配合割合を所定の量となるように調整してソースを製造し、該ソースのpH、水分活性、総酸量を測定し、いずれも所定の数値範囲となることを確かめた、具体的な実施例や比較例の記載もある。”

・異議申立人は、“評価基準に挙げられた「ソースに求められる好ましい風味」とは、どのような風味であるのか不明瞭である旨主張し、該主張を根拠として、本件特許発明は実施可能要件違反である旨主張”している。

しかし、本件特許発明1は、”実施可能要件における判断基準を充足するもの”と判断され、“当該特許異議申立人の主張は上記判断に影響しない。”

以上から、審判官は、“申立理由4は、その理由がない”と結論した。