東洋水産株式会社の特許第7080653号は、蒸し工程がないため、低エネルギーで製造できる“湯戻し用油揚げ即席麺”に関する。進歩性欠如及びサポート要件違反の理由で異議申立てされたが、いずれの申立て理由も認められず、そのまま権利維持された。
東洋水産株式会社の特許第7080653号“湯戻し用油揚げ即席麺の製造方法”を取り上げる。
特許第7080653号の特許広報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7080653/D41ECA49473B31946C31F43B68788BEE5353DCA310C0A06468399B4F86036356/15/ja)。
【請求項1】
小麦粉および澱粉(前記小麦粉に含有される澱粉を除く)、ならびに増粘多糖類を含む原料に水を加え、
混練して麺生地を得て、生麺線を切り出す工程と、
α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する、
湯戻し用油揚げ即席麺の製造方法。
【請求項2】~【請求項5】省略
特許明細書には、“湯戻し用油揚げ即席麺”について、
“従来、油揚げ即席麺は、小麦粉などを含む主原料と、食塩などの副原料と、水とを混練して麺生地とし、これをロール圧延し、これを切り出して生麺線を得た後、蒸したり茹でたりしてα化し、さらに油揚げすることによって製造されている”。
” しかし、従来の油揚げ即席麺の製造方法では、生麺線をα化するために蒸したり茹でたりする熱エネルギーと、α化した麺を油で揚げる熱エネルギーが必要であるため、熱エネルギーのロスが大きいという問題があった“と記載されている。
一方、“本発明に係る油揚げ即席麺の製造方法は、小麦粉および澱粉、増粘多糖類を含む原料に水を加え、混練して麺生地を得て、生麺線を切り出す工程と、α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する”。そして、
“本発明に係る油揚げ即席麺は、蒸し工程のない製造方法で製造するので、主に弾力に関する食感を改良することが難しいが、澱粉ならびに増粘多糖類を添加することによって、食感を補うことができる”と記載されている。
その結果、“本発明の油揚げ即席麺の製造方法は、生麺線を蒸したり茹でたりしてα化する工程を含まないので、低エネルギーで油揚げ即席麺製品を製造することができ、省エネルギーを達成でき、製造のためのランニングコストを抑えることができ、設備投資コストも低く抑えられる。
また、主原料として小麦粉に加えて澱粉、ならびに副原料として増粘多糖類を添加することによって、なめらかで弾力のある食感を有する油揚げ即席麺を提供できる“と記載されている。
本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2018-121629 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-121629/D41ECA49473B31946C31F43B68788BEE5353DCA310C0A06468399B4F86036356/11/ja)。
【請求項1】
小麦粉および澱粉、ならびに増粘多糖類を含む原料に水を加え、
混練して麺生地を得て、生麺線を切り出す工程と、
α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する、
油揚げ即席麺の製造方法。
【請求項2】~【請求項7】省略
請求項1は、“澱粉“を”澱粉(小麦粉に含有される澱粉を除く)“と、除くクレームにすることによって特許査定を受けている。
特許公報の発行日(2022年6月6日) の半年後(2022年12月6日) 、一個人名で異議申立てされた(異議2022-701210 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-015217/D41ECA49473B31946C31F43B68788BEE5353DCA310C0A06468399B4F86036356/10/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第7080653号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。”
特許異議申立人が申し立て異議申立理由は、以下の3点であった。
(1)“申立理由1-1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第1号証:特開平2-31654号公報 (発明の名称:麺の製造法、
出願人:オリエンタル酵母工業株式会社)
(2)“申立理由1-2(甲第2号証を主たる証拠とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第2号証:国際公開第2014/112565号(発明の名称:METHOD FOR MANUFACTURING INSTANT NOODLE、出願人名:SANYO FOODS CO.,LTD.)
(3)“申立理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし5に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない“。
審判官は、異議申立人の主張は、具体的には、概略、“本件特許発明では「澱粉」及び「増粘多糖類」の種類や配合量が特定されていないことをあげ、「澱粉」及び「増粘多糖類」の種類や配合量は麺の食感に大きく影響するものであるから、これらの点を特定しない本件特許発明は、発明の課題を解決できない部分を有する“であるとした。
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
(1)申立理由1-1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性欠如)についての審理
審判官は、甲第1号証に記載された発明として、下記の実施例3の記載を中心とする発明(甲1実施例3発明)を認めた。
”「麺用小麦粉1Kgに食塩12g、パン用生酵母(オリエンタル酵母工業社製)10gを水 370mlで溶解し混合機に投入し混練してソボロ状とし、ソボロ状のものを28℃で30分間発酵させたのち常法通り麺帯にし25℃、70%RHで30分間麺帯熟成したのち機械圧延して麺厚 1.5mmまで伸ばし切歯#10で線切りしたのち 130℃で2分間油揚げすることで得られるものであって、喫食の際は熱湯を注ぐものである即席タイプのうどんの製造方法。」”
審判官は、本件特許発明1と甲1実施例3発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“「小麦粉を含む原料に水を加え、混練して麺生地を得て、生麺線を切り出す工程と、α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する、湯戻し用油揚げ即席麺の製造方法。」
相違点1:“麺生地の原料として、本件特許発明1は「澱粉(前記小麦粉に含有される澱粉を除く)、ならびに増粘多糖類を含む」ことを特定するのに対して、甲1実施例3発明にはそのような特定がない点。“
審判官は、上記相違点1について、以下のように判断した。
・“甲第1号証には、「原料として、小麦粉、穀粉、澱粉、そば粉等を適宜選択して使用でき」る旨の記載(第2頁左上欄)はあるものの、小麦に加え澱粉を添加した具体的な例の記載はなく、ましてや、増粘多糖類をさらに加えることについての記載も示唆もない。”
・“本件特許発明1は、相違点1に係る発明特定事項を有することにより、α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する油揚げ即席麺の製造方法において、なめらかで弾力のある食感を有する油揚げ即席麺を提供できるとともに、低エネルギーで油揚げ即席麺製品を製造することができ、省エネルギーを達成でき、製造のためのランニングコストを抑えることができ、設備投資コストも低く抑えられるとの、格別の効果を奏するものである。“
・“特許異議申立人は、特許異議申立書において、増粘多糖類はあらゆる即席麺に添加されているものである(甲第2号証ないし甲第5号証)こと、澱粉は食感改善効果があることは公知であること(甲第9号証及び甲第10号証)などをあげ、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。”
・”しかしながら、何れの証拠をみても、α化工程を経ず油揚げ工程をする即席麺の製造方法において、小麦とともに澱粉と増粘多糖類をあわせて用いたことによる効果について示唆されているものではないから、特許異議申立人の当該主張は採用しない。“
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲1実施例3発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。
(2)申立理由1-2(甲第2号証を主たる証拠とする進歩性欠如)についての審理
審判官は、甲第2号証に記載された発明として、下記の発明(甲2発明)を認めた。
”「少なくとも小麦粉および澱粉を含む主原料から作製した生麺線を成形充填した後、湿度80mmHg~300mmHg、温度が110℃~150℃の熱風を用いて生麺線を調湿高温熱風乾燥する、即席熱風乾燥麺の製造方法。」”
審判官は、本件特許発明1と甲2発明とを対比して、以下の相違点を認めた。
相違点2:“本件特許発明1は「生麺線を油で揚げる工程」を有するのに対し、甲2発明は「生麺線を調湿高温熱風乾燥する」ものである点”。
審判官は、上記相違点2について、以下のように判断した。
・“甲2発明は、「生麺を蒸煮処理せずに短時間で高温熱風乾燥を行った場合においても、従来よりも更に優れた食味食感を得ることができる、即席熱風乾燥麺の製造方法に関する([0001])ものであり、「「麺」の製法は、生麺線を成形充填し、次いで調湿高温熱風乾燥を行うことを除き、特に制限されない」([0037])、すなわち、調湿高温熱風乾燥を行うことが必須のものである。”
・“してみると、甲2発明において、「調湿高温熱風乾燥」に代えて、「油で揚げる工程」を採用する動機はなく、むしろ阻害要因があるものといえる。”
・“特許異議申立人は特許異議申立書において、生麺の乾燥方法をフライにするか、熱風乾燥にするかは、当業者が適宜採用可能な選択肢の一つにすぎず、変更容易である旨主張するが、上記のとおり、甲2発明において、「調湿高温熱風乾燥」に代えて、「油で揚げる工程」を採用することには、阻害要因があるものといえるから、特許異議申立人の当該主張は採用しない。”
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲2発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。
(3)申立理由2(サポート要件違反)についての審理
審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。
・本件特許発明の課題は、“「低エネルギーで油揚げ即席麺を製造することができ、省エネルギーを達成できるとともに、製造される油揚げ即席麺の食感を良好にできる方法を提供すること”である
・実施例等により具体的評価も示されている、”本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、α化する工程を行うことなく生麺線を油で揚げる工程とを有する油揚げ即席麺の製造方法において、小麦粉および澱粉、増粘多糖類を含む原料に水を加え、混練して麺生地を得て、生麺線を切り出す工程を経るとの特定事項を満たすことにより、発明の課題を解決できると認識できる。”
・“本件特許発明は、上記発明の課題を解決できると認識できる全ての特定事項を有し、さらに限定するものであるから、当然、発明の課題を解決できると認識できるものである。”
・特許異議申立人の主張については、“α化する工程を行うことなく前記生麺線を油で揚げる工程とを有する油揚げ即席麺の製造方法において、小麦に加え、「澱粉」及び「増粘多糖類」を加えることで定性的な効果が得られ得るであろうことは”、“本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が十分認識できるものであるといえるから、特許異議申立人の当該主張は採用しない。”
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである”と結論した。