特許を巡る争い<95>キッコーマン・電子レンジ用調味料特許

キッコーマン株式会社の特許第7105357号は、電子レンジで、固形食材(畜肉類・魚介類)をっとり柔らかく、味浸み良く加熱調理するための液状調味料に関する。進歩性欠如及びサポート要件違反の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も採用されず、そのまま権利維持された。

キッコーマン株式会社の特許第7105357号 “電子レンジ調理用調味料”を取り上げる。

特許第7105357号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7105357/E8B74BE48AC69D071837B50237EE84EE8C49F75D6822BDBE612F0AB81F8C7F81/15/ja)。

【請求項1】

畜肉類または魚介類である固形食材を電子レンジ加熱調理するための液状調味料であって、

(1)25℃における粘度が100~9000cpであり、

(2)pHが4.4以下であり、

(3)糖質を5重量%以上含み、かつ、

(4)塩分濃度が3.0重量%以上であり、

一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含む、ことを特徴とする電子レンジ調理用調味料。

【請求項2】~【請求項10】 省略

本特許明細書には、本特許発明は、“加熱によりかたくパサツキやすくなる固形食材を、前処理を要することなくしっとり柔らかく、味浸み良く調理できる電子レンジ調理用の液状調味料に関”し、従来、

電子レンジの“マイクロ波による直接加熱は、外側から徐々に内部に熱が伝わる方式とは異なり、熱のロスが少なく、食材の温度上昇が早く、調理時間も短くなる。このことにより、熱によりたんぱく変性を起こし物性が変化しやすい食材、例えば肉類や魚介類はかたくパサついてしまうといった問題が生じやすい”と記載されている。

また、本特許発明が対象とする肉類について、  “特に、筋線維組織が密で均質な鶏むね肉、鶏ささみ、豚肉、牛赤身肉をそのまま電子レンジで調理すると、あくが流出して肉が破裂することもあり、前処理なしでしっとり柔らかくジューシーに調理することは、大変難しいとされている”と記載されている。

そして、“本発明の電子レンジ調理用調味料および電子レンジ加熱調理する方法によれば、固形食材が、筋線維組織が密で均質な畜肉類や魚介類であっても、前処理なしで電子レンジを使用して短時間でふっくらジューシーで、柔らかくしっとりした肉質に、しかも味浸み良く調理することができる。また、表面も照りよく仕上がる”と記載されている。

本件特許は、新規性喪失の例外(特許法第30条第2項)の適用を受けて出願された特許で、出願(2021年12月28日)の直後(2022年1月12日)に、早期審査請求され、公開日(2023年7月10日)の前に特許査定(査定日2022年6月21日)を受けている。

公開特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2023-97905、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2023-097905/E8B74BE48AC69D071837B50237EE84EE8C49F75D6822BDBE612F0AB81F8C7F81/11/ja)。

【請求項1】

固形食材を電子レンジ加熱調理するための液状調味料であって、

(1)25℃における粘度が100cp以上であり、

(2)pHが4.4以下であり、

(3)糖質を5重量%以上含み、かつ、

(4)塩分濃度が2.5重量%以上である、ことを特徴とする電子レンジ調理用調味料。

【請求項2】~【請求項11】省略

特許公報に記載された請求項1と比較して、請求項1については、固形食材を畜肉類または魚介類に限定し、粘度及び塩分濃度の数値範囲を限定し、並びに、具材の要件を追加して、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2022/07/22) の約半年後(2023/01/19) 、一個人名で異議申立てされた異議2023-700057、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-214280/E8B74BE48AC69D071837B50237EE84EE8C49F75D6822BDBE612F0AB81F8C7F81/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第7105357号の請求項1~10に係る特許を維持する。

異議申立人が申立てた異議申立理由は、進歩性欠如とサポート要件違反の2つであった。

(1)“申立理由1(進歩性)

本件発明1~1は、甲1に記載された発明及び甲2~10に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲1:特開2021-97624号公報(【発明の名称】生肉加熱用組成物、【出願人】味の素株式会社)、甲2~10:省略

(2)“申立理由2(サポート要件)

本件発明1~10については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではない“。

以下、本特許の請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

審判官は、異議申立人の異議申立理由について、以下のように判断した。

(1)申立理由1(進歩性)についての審理

甲第一号証(甲1)は、生肉加熱用組成物に関する発明で、審判官は、甲1には、以下の甲1発明が記載されていると認めた。

「水35.0重量%、・・・(中略)・・・、トレハロース4.0重量%を混合した後、85℃に達温させてから冷却して作製した、pH3.5である調味料(ソース)であって

当該調味料(ソース)100g市販のマイクロ波加熱対応パウチ(ライオン株式会社製「リード プチ圧力調理バッグ」)に充填し、これらに鶏ムネ肉(生肉)からカットした食肉片(厚さ:約2cm、1個当たりの重量:約20g)を、総量で200g入れて、数十秒間揉み込んでから10分間静置した後、市販の電子レンジを使用してマイクロ波加熱に供することにより(出力:600W、照射時間:4分30秒間)、鶏肉の加熱肉を得るために用いられる、調味料(ソース)。」“

そして、審判官は、本件発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「畜肉類または魚介類である固形食材を電子レンジ加熱調理するための液状調味料であって、

(1)pHが4.4以下であり、

(2)糖質を5重量%以上含み、かつ、

(3)塩分濃度が3.0重量%以上である、

電子レンジ調理用調味料。」“

相違点1:省略

相違点2:“本件発明1では、「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含む」のに対して、

甲1発明では、「香辛料0.2重量%」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)11.8重量%」を含むものの、当該「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の「一辺」が「1mm以上」であるかどうか不明であり、

また、そのような「一辺1mm以上の」「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」を「1重量%以上含む」かどうか不明である点。“

(ア)審判官は、相違点2について、以下の理由から、実質的な相違点であると判断した。

 “甲1には、甲1発明に係る調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の大きさについては、何ら記載されていない。

 “甲1発明に係る調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」について、その一辺が1mm以上であることが、本件特許の出願時の技術常識であるともいえない。

 “そうすると、甲1発明においては、調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の「一辺」が「1mm以上」であるかどうか不明であり、また、そのような「一辺1mm以上の」「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」を「1重量%以上含む」かどうかも不明である。

(イ)審判官は、次に、相違点2の容易想到性について、以下のように判断した。

a(a)上記(ア)で述べたとおり、

・“甲1には、甲1発明に係る調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の大きさについては、何ら記載されておらず、また、上記「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の一辺が1mm以上であることが、本件特許の出願時の技術常識であるともいえない。

・“また、甲2~10にも、上記(ア)bで述べたのと同様の用途に用いられる液状調味料に関し、当該液状調味料に含まれる香辛料やニンニク、生姜等の大きさについては、何ら記載がない。

a(b)

本件明細書には、液状調味料中に「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含」ませることにより”、本特許発明の効果が奏されることが記載されており、それを裏付ける実施例の記載もある。

したがって、”本件発明1において、液状調味料中に「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含」ませることには、一定程度の技術的意義があるものと理解できる。

a(c)

上記(ア)で指摘した甲1~甲10の記載、及び上記で述べた本件発明1の技術的意義も踏まえると、“甲1発明において、調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の一辺を1mm以上とした上で、そのような一辺1mm以上の「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」を1重量%以上含むものとする動機付けがあるとはいえない。

 “甲1~10には、「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含む」液状調味料が記載されているとはいえない。

そうすると、a(b)で指摘した本件発明1の技術的意義も考慮すると、“甲1発明において、調味料(ソース)に含まれる「香辛料」や「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」のほかに、さらに、「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含む」ものとする動機付けがあるということもできない。

 “申立人は、本件発明1における「一辺1mm以上」の数値範囲には臨界的意義がないと主張するが、具材の種類や大きさによって程度に差はあるとしても、一定程度は上記の効果を奏するものといえる

 以上から、“甲1発明において、調味料(ソース)に含まれる「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」の一辺を1mm以上とした上で、そのような一辺1mm以上の「香辛料」及び「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」を1重量%以上含むものとすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

また、甲1発明において、調味料(ソース)に含まれる「香辛料」や「その他(ニンニク、生姜、エキス等)」のほかに、さらに、「一辺1mm以上の野菜、香辛料、ゴマ及び茸類からなる群から選ばれる少なくとも1種の具材を1重量%以上含む」ものとすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない“と判断した。

そして、審判官は、“相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2~10に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない”と結論した。

(2)申立理由2(サポート要件)についての審理

・審判官は、本件明細書の記載から、“本件発明1が解決しようとする課題は、「加熱によりパサツキやすい食材を、前処理を要することなくしっとり柔らかく、かつ味浸み良く調理することができる、電子レンジ調理用の液状調味料を提供すること」である”と認めた。

・そして、”本件明細書の記載を総合すれば”、上記課題は、畜肉類または魚介類である固形食材を電子レンジ加熱調理するための液状調味料において、「25℃における粘度」を「100~9000cp」とし、「pH」を「4.4以下」とし、「糖質」を「5重量%以上」とし、「塩分濃度」を「3.0重量%以上」とすることによって”、”本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる“と判断した。

申立人の主張、すなわち、本件明細書に記載された実施例の記載を根拠として、特許請求の範囲に記載された粘度、pH、糖質含量、塩分濃度を満たす全ての数値範囲で課題を解決できると認識できないとの主張は、“実際に所定のラインを下回ることを示す具体的な根拠が見当たらない”し、ならびに、本特許発明の効果が奏されない蓋然性が高いと主張する評価項目(「鶏臭さ」と「肉のきめ細かさ」)は、“本件発明が解決しようとする課題とは異なる評価項目であるから、申立人の主張は前提において失当であり”、いずれの主張も採用できないと判断した

・以上の理由で、審判官は、”本件発明1については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである”と結論した