特許第7026024号は、茹でた麺を冷凍する前に、色素を配合したサラダ油のみで被覆することを特徴とする冷凍スパゲティの製造方法に関する。記載不備及び進歩性違反の理由で異議申立されたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。
ニップン(旧社名 日本製粉株式会社)の特許第7026024号“調理麺の製造方法“を取り上げる。
特許公報に記載された特許第7026024号の特許請求の範囲は、以下の請求項1である(
【請求項1】
麺全体にナポリタンソースが絡んだ状態で食に供されるナポリタン風スパゲティの製造方法であって、
スパゲティを冷凍する前に4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%、
茹でたスパゲティに対して被覆し容器又は袋に収容して、
そのスパゲティにナポリタンソースを上掛けし、
ナポリタンソースが上掛けされた状態のまま冷凍し、
電子レンジで加熱解凍した後、
ナポリタンソースをスパゲティ全体に絡ませるナポリタン風スパゲティの製造方法。
本特許明細書には、本特許発明が解決しようとする課題について、“ソース等で被覆され容器等に収容された冷凍麺を電子レンジで加熱解凍すると包装容器又は袋内の角部若しくは麺の突端部分に焦げが生じたり水分昇華による麺の硬質化が発生し外観や食感が損なわれるという問題があった”と記載されている。
本特許発明は、“麺全体にソース等が絡んだ状態で食に供される調理麺の製造方法において、麺を冷凍する前に色素を含む、ほぐれ改良剤で麺を被覆し容器又は袋に収容して、その麺にソース等を上掛けしてから冷凍し電子レンジで加熱解凍した後、ソース等を麺全体に絡めて食に供すること”を特徴とし、
本特許発明を用いれば、“電子レンジで加熱解凍する工程を含んでいても焦げや硬質化が発生し難く、喫食時の外観や食感を損ない難い調理麺を得ることが出来る”と記載されている。
“サラダ油”に関して、“本発明において使用できる、ほぐれ改良剤は、従来から麺のほぐれ改良のために使用されているものであって目的とする色素を溶解させ含ませることができるものであれば特に限定はない。例えば、サラダ油等の油脂、乳化油脂、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル等を挙げることができる”と記載されている。
また、“本発明で使用する色素を含む、ほぐれ改良剤を使用せず、ほぐれ改良剤を単に使用した場合は、麺の色がそのまま表れ、ソースをからめたときに麺の色とソースの色がなじみづらく、色調むらにより外観を損ない易い”が、
本特許発明を用いれば、“電子レンジで加熱解凍した後、ソースを絡ませたときに、色調むらが起き難い調理麺を得ることが出きる”と記載されている。
公開特許公報に記載されている特許請求の範囲は、以下である(特開2020-25520、
【請求項1】
麺全体にソース又はたれが絡んだ状態で食に供される調理麺の製造方法であって、
麺を冷凍する前に色素を含む、ほぐれ改良剤で麺を被覆し容器又は袋に収容して、
その麺にソース又はたれを上掛けして冷凍し、
電子レンジで加熱解凍した後、
ソース又はたれを麺全体に絡ませる調理麺の製造方法。
【請求項2】
調理麺がナポリタン風スパゲティであり、ソース又はたれがナポリタンソースであり、色素がパプリカ色素である請求項1に記載の調理麺の製造方法。
公開公報に記載された特許請求の範囲は、
“調理麺”が“ナポリタン風スパゲティ“に、“ソース又はたれ“が”ナポリタンソース“に、“色素”が“4万ColorValueパプリカ色素”に、並びに“ほぐれ改良剤”が“サラダ油”に限定され、色素の添加及び色素油の添加量が数値限定され、
あわせて請求項2が削除されるなどの補正が行われて、特許査定を受けている。
特許公報の発行日(2022年2月25日)の約半年後(2022年8月22日)、一個人名で異議申立がされた(異議2022-700825、
審理の結論は、以下であった。
“特許第7026024号の請求項1に係る特許を維持する。”
特許異議申立書に記載された申立理由は、以下の6項目であった。
1 申立理由1(明確性要件違反)
“請求項1に記載される「パプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)」とは、該色素油が(A)「サラダ油にパプリカ色素のみを配合してなる色素油」である場合だけでなく、(B)「サラダ油に対してパプリカ色素とともにそれ以外の成分、例えば乳化剤や調味料、水性成分等、を配合してなる色素油」であることを除外しないものである。そのため、請求項1に係る方法において、茹でたスパゲティにいかなる成分が被覆し又は被覆していないのかは明らかでなく、結果として、請求項1に係る方法で製造されるナポリタン風スパゲティの構成が不明確なものとなっている。”
2 申立理由2(サポート要件違反)
“本件特許明細書において発明の課題を解決できることが示されているのは、色素油として、前記(A)(サラダ油にパプリカ色素のみを配合してなる色素油)を使用した場合のみであるから、使用する色素油が該(A)のものに限定されていない請求項1に係る発明は、発明の詳細に説明において、発明の課題を解決できるものとして記載されていない範囲を含むものである。”
3 申立理由3(甲第1号証に基づく進歩性欠如)
“本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたもの”である。
甲第1号証:国際公開第2013/172117号
4 申立理由4(甲第3号証に基づく進歩性欠如)
“本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの”である。
甲第3号証:特開2011-155850号公報
5 申立理由5(甲第6号証に基づく進歩性欠如)
“本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第6号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの”である。
甲第6号証:ktgwkujのブログ 色々、してみたり マ・マー ソテースパゲティ ナポリタン(冷凍)食べてみたり(URL: https://ameblo.jp/ktgwkuj/entry-12535339265.html、アクセス日2022年7月26日)
6 申立理由6(甲第8号証に基づく進歩性欠如)
“本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第8号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの”である。
甲第8号証:特開2010-246466号公報
上記した各申立理由に対して、審判官は、以下のように判断した。
1 申立理由1(明確性要件違反)についての審判官の判断
・本件特許明細書の記載及び“本件特許の出願時における技術常識をふまえれば、”請求項1に記載される「パプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)」において、色素以外の成分をもサラダ油(色素油)に配合することができると理解できる。”
・“そうすると、請求項1に記載される「パプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)」が、(A)「サラダ油にパプリカ色素のみを配合してなる色素油」である場合だけでなく、(B)「サラダ油に対してパプリカ色素とともにそれ以外の成分、例えば乳化剤や調味料、水性成分等、を配合してなる色素油」である場合をも包含することは、当業者にとって明確である。”
審判官は、上記の理由で、 “請求項1の「パプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆し」なる記載は第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。そして、他に、請求項1に不明確な記載はない。”と結論した。
2 申立理由2(サポート要件違反)について の審判官の判断
・本件特許明細書の“詳細な説明の【0004】、【0008】、【0010】によると、本件特許発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、「電子レンジで加熱解凍した後、ソースを絡ませたときに、色調むらが起き難い調理面を得る」ことである。”
・本件特許明細書に記載された実施例と比較例の記載によれば、
“色素油で茹でスパゲティを被覆した実施例1よりも、色素を溶解させなかったサラダ油を用いた比較例1が、色調むらの点で外観が劣っていたことが確認されている。”
・“そうすると、当業者は、「4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆」することで発明の課題を解決できると認識できる。そして、本件特許発明は、前記条件を満足しているものである。“
審判官は、上記の理由で、“本件特許発明は、詳細な説明に記載された発明で、詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。よって、本件特許発明に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。“と結論した。
3 申立理由3(甲1に基づく進歩性違反)についての審判官の判断
甲第1号証(国際公開第2013/172117号)は、発明の名称“冷凍麵類とその製造方法 ”(出願人 日清フーズ)の特許出願公開である。
審判官は、本件特許発明と甲1発明(甲第1号証に記載された発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>
“「麺全体にソースが絡んだ状態で食に供されるスパゲティの製造方法であって、
スパゲティを冷凍する前に油のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆し容器又は袋に収容して、そのスパゲティにソースを上掛けし、ソースが上掛けされた状態のまま冷凍し、電子レンジで加熱解凍した後、ソースをスパゲティ全体に絡ませるスパゲティの製造方法。」“
<相違点1-1> 省略
<相違点1-2>
“本件特許発明では4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%油に配合しているのに対し、甲1発明では油に4万ColorValueパプリカ色素を配合していない点”
<相違点1-3> 省略
審判官は、上記相違点1-2について、以下のように判断した。
・“甲1の記載及び他の証拠を見ても、甲1発明において油に4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合することは記載も示唆もされていないし、甲1発明において油に4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合する動機付けもない。”
・ “本件特許発明は、4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合した油を茹でたスパゲティに対して被覆することで、レンジによる色調むらが発生し難いという、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて当業者が予測することができる範囲を超えた顕著な効果を奏するものである。”
上記理由から、 “その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。
4 申立理由4(甲3に基づく進歩性欠如)についての審判官の判断
甲第3号証(特開2011-155850号公報)は、発明の名称“冷凍生玉ネギを使用したパスタソース及びその製造方法”(出願人 日本製粉株式会社)の特許出願公開である。
審判官は、本件特許発明と甲3発明(甲第3号証に記載された発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>
“「麺全体にナポリタンソースが絡んだ状態で食に供されるナポリタン風スパゲティの製造方法であって、スパゲティを冷凍する前に、茹でたスパゲティを容器又は袋に収容して、そのスパゲティにナポリタンソースを上掛けし、ナポリタンソースが上掛けされた状態のまま冷凍し、電子レンジで加熱解凍した後、ナポリタンソースをスパゲティ全体に絡ませるナポリタン風スパゲティの製造方法。」”
<相違点2>
“茹でたスパゲティを容器又は袋に収容する前に、
本件特許発明では「4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆」しているのに対し、
甲3発明では「サラダ油、ベーコン、トマトペースト、トマトケチャップ及びパプリカ色素0.1質量部を含むパスタソースを、茹でたパスタ100質量部に対して25質量部あえ」ている点“
審判官は、上記相違点2について、以下のように判断した。
・“甲3の記載及び他の証拠を見ても、甲3発明において茹でたスパゲティに対して4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油のみを1~2質量%被覆することは記載も示唆もされていない。”
・“また、甲3発明において、茹でたスパゲティをパスタソースであえる代わりに、4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油のみを1~2質量%被覆する動機付けもない。”
・“本件特許発明は、4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆することで、レンジによる色調むらが発生し難いという、甲3発明並びに甲3及び他の証拠に記載された事項からみて当業者が予測することができる範囲を超えた顕著な効果を奏するものである。”
審判官は、上記の理由で、“本件特許発明は、甲3発明並びに甲3及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。”と結論した。
5 申立理由5(甲6に基づく進歩性欠如)についての審判官の判断
甲第6号証(“ktgwkujのブログ 色々、してみたり マ・マー ソテースパゲティ ナポリタン(冷凍)食べてみたり”(URL: https://ameblo.jp/ktgwkuj/entry-12535339265.html、アクセス日2022年7月26日))には、日本製粉グループの商品“マ・マー ソテースパゲティ ナポリタン(冷凍)”の調理方法及び調理後のスパゲティの香味と食感が記載されている。
審判官は、本件特許発明と甲6発明(甲第6号証に記載された発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>
“「麺全体にナポリタンソースが絡んだ状態で食に供されるナポリタン風スパゲティの製造方法であって、スパゲティを冷凍する前に、茹でたスパゲティを油で被覆し容器又は袋に収容して、そのスパゲティにナポリタンソースを上掛けし、ナポリタンソースが上掛けされた状態のまま冷凍し、これを電子レンジで加熱解凍した後、ナポリタンソースをスパゲティ全体に絡ませるナポリタン風スパゲティの製造方法。」”
<相違点3>
“スパゲティを油で被覆する際に、本件特許発明では4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%用いているのに対し、甲6発明では油として「4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%」用いているかが不明である点”
審判官は、上記相違点3について、
<相違点1-2>の場合と同様な理由(甲6の記載や他の証拠を見ても、4万ColorValueパプリカ色素の使用や使用量の記載や示唆はなく、動機付けもない。当業者が予測することができる範囲を超えた顕著な効果を奏する発明である)で、
“本件特許発明は、甲6発明並びに甲6及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。”と結論した。
6 申立理由6(甲8に基づく進歩性欠如)についての審判官の判断
甲第8号証(特開2010-246466号公報)は、発明の名称“電子レンジ解凍調理麺用高油分乳化油脂組成物及びその製造方法並びにこれを使用した電子レンジ解凍調理麺用ソース及び電子レンジ解凍調理麺”(出願人 日本製粉株式会社)の特許出願公開である。
審判官は、本件特許発明と甲8発明(甲第8号証に記載された発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>
“「スパゲティの製造方法であって、スパゲティを冷凍する前に、茹でたスパゲティをサラダ油で被覆し容器又は袋に収容して冷凍し、これを電子レンジで加熱解凍する、スパゲティの製造方法。」”
<相違点4-1> 省略
<相違点4-2>
“本件特許発明では「4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合したサラダ油(色素油)のみを1~2質量%、茹でたスパゲティに対して被覆」しているのに対し、甲8発明では、サラダ油に4万ColorValueパプリカ色素を1~3質量%配合していない点”
<相違点4-3> 省略
<相違点4-4> 省略
審判官は、上記相違点4-2について、
<相違点1-2>の場合と同様な理由(甲8の記載や他の証拠を見ても、4万ColorValueパプリカ色素の使用や使用量の記載や示唆はなく、動機付けもない。当業者が予測することができる範囲を超えた顕著な効果を奏する発明である)で、
“その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明は、甲8発明並びに甲8及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。