特許を巡る争い<84>ハウス食品他・胡椒加工物特許

ハウス食品株式会社と株式会社ギャバンの共有する特許第7045514号は、温水処理工程、放冷工程及び食塩水処理工程を備える、胡椒の実を黒色にする加工方法に関する。進歩性欠如の理由で異議申立されたが、異議申立人の主張は認められず、そのまま権利維持された。

ハウス食品株式会社と株式会社ギャバンとが共有する特許第7045514号“胡椒加工物の製造方法”を取り上げる。

特許第7045514号の特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7045514/FBE53C343D96B03AAFAE25D478E6D080A3BF5257656BA68F66348571268260C8/15/ja)。

【請求項1】

水分含量が61質量%以上である胡椒加工物の製造方法であって、

胡椒の実を、50~95℃以下の温水により処理する温水処理工程と、

前記温水処理工程の後に、前記胡椒の実を放冷する放冷工程と、

前記放冷工程の後に、前記胡椒の実を、食塩濃度が26~41質量%である食塩水により処理する食塩水処理工程と、

を備える、胡椒加工物の製造方法。

【請求項2】~【請求項7】 省略

本特許明細書には、本特許発明の目的について、

“胡椒の実に加工処理を施した胡椒加工物が知られている。そのような胡椒加工物には、色調が黒色であることが求められる場合があ”り、本発明は“胡椒の実を黒色にすることのできる新たな技術を提供することにあ”ると記載されている。

そして、本特許発明の実施形態について、 以下の記載がある。

本実施形態に係る胡椒加工物の製造方法は、胡椒の実を、95℃以下の温水により処理する温水処理工程(ステップS1)と、温水処理工程の後に、前記胡椒の実を放冷する放冷工程(ステップS2)とを備える。このような方法を用いることにより、黒色の胡椒加工物を得ることができる”、

“温水による処理時間は、例えば20秒~90分間、好ましくは20秒~5分間、より好ましくは20~100秒間、より好ましくは40~80秒間である。このような温度範囲内あるいは処理時間であれば、黒色化に寄与する酵素が失活することがない。また、青臭さが残りにくく、胡椒の実が柔らかくなるのが抑えられ、噛んで実が破裂した瞬間に瑞々しさが口の中に拡がる

放冷後、胡椒の実を、食塩水により処理する。塩水により胡椒の実を処理することにより、適度な硬さを有し、はじけるような食感を有する胡椒加工物が得られる。また、適度に塩味を付与することができる”、

本実施形態に係る方法により得られる胡椒加工物は”、“水分含量が61%以上、好ましくは63~72%、より好ましくは65~70%であり、ある程度硬い食感と、破裂感のある食感を有し、破裂した瞬間に瑞々しさが口の中に広がるものとなる”。

本特許は、2021年7月15日に出願され、ハウス食品とギャバンのグループ本社であるハウス食品グループ本社株式会社によって、2021年7月21日に早期審査請求された。

審査の結果、2021年1月17日に特許査定され、2021年3月31日に特許公報に掲載された。そのため、公開公報は特許公報発行日より後の2023年1月26日に公開された。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である特開2023-13215

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2023-013215/FBE53C343D96B03AAFAE25D478E6D080A3BF5257656BA68F66348571268260C8/11/ja)。

【請求項1】

胡椒の実を、95℃以下の温水により処理する温水処理工程と、

前記温水処理工程の後に、前記胡椒の実を放冷する放冷工程と、

を備える、胡椒加工物の製造方法。

【請求項2】~【請求項8】 省略

請求項1については、公開公報と特許公報との比較から、

胡椒加工物の水分含量及び温水処理工程の温水温度域の数値限定、並びに食塩水処理工程を付加することによって、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2022年3月31日)の半年後(2022年9月30日)、一個人名で異議申立がなされた異議2022-700960

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-117226/FBE53C343D96B03AAFAE25D478E6D080A3BF5257656BA68F66348571268260C8/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7045514号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”

異議申立人が異議申立書に記載した申立理由は、以下の2つで、いずれも進歩性欠如であった。

(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特開2018-201488号公報 (発明の名称 胡椒の実の加工物及びその製造方法、出願人 ヱスビー食品株式会社)

(2)“申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証:特開2018-201498号公報(発明の名称 胡椒の実の加工物、出願人  ヱスビー食品株式会社)

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

審判官は、甲第1号証に記載された事項について、“「胡椒の実の加工物の製造方法」及び「胡椒の実の加工物」に関し”、“実施例1を中心に「胡椒の実の加工物の製造方法」として”、「水分含量が66.6質量%である胡椒の実の加工物の製造方法“が記載されていると認めた(甲1発明A)

また、甲第2号証に記載された事項について、“「胡椒の実の加工物の製造方法」及び「胡椒の実の加工物」に関し”、“実施例1を中心に「胡椒の実の加工物の製造方法」として”、「水分含量が66.6質量%である胡椒の実の加工物の製造方法“が記載されていると認めた(甲2発明A)。

そして、甲1発明Aと甲2発明Aは、いずれも以下の発明であると判断した。

“「水分含量が66.6質量%である胡椒の実の加工物の製造方法であって、収穫された胡椒の実を洗浄し、80℃の湯に浸漬して50秒間ブランチングを行い、次いで、胡椒をざるに入れて水切りしたのち、-20℃で冷凍保管し、30日間冷凍保管された胡椒を流水で自然解凍し、ざるに入れて水切りし、水切りした胡椒の実820gと塩180gの合計1kgをポリ袋に入れて、塩が均一に分散するように攪拌し、23℃で24時間浸漬し(塩蔵)、塩蔵後、脱水された胡椒の実の水分を除去するために、再度ざるに入れて水切りし、その後、ガラス瓶に充填、密封し、80℃で20分間の加熱を行い、25℃で2日間保管して、胡椒の実の加工物を得る製造方法。」”

審判官は、“甲1発明Aと甲2発明Aとは同じであるので、甲1発明A、甲2発明Aを、甲1甲2発明Aと記載する。本件発明1と甲1甲2発明Aとを対比する“ことによって、本件発明1の進歩性を判断した。

審判官は、本件発明1と甲1甲2発明Aとの対比から、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点> “「水分含量が61質量%以上である胡椒加工物の製造方法であって、胡椒の実を50~95℃以下の温水により処理する温水処理工程と、胡椒の実を食塩により処理する食塩処理工程とを備える、胡椒加工物の製造方法。」である点

<相違点1A> 省略

<相違点2A> 本件発明1においては、食塩による処理工程は、「食塩濃度が26~41質量%である食塩水により処理」する工程であるのに対して、

甲1甲2発明Aにおいては、「水切りした胡椒の実820gと塩180gの合計1kgをポリ袋に入れて、塩が均一に分散するように攪拌し、23℃で24時間浸漬」する「(塩蔵)」処理である点。

相違点2Aについて、審判官は以下のように判断した。

・“甲1甲2発明Aの食塩による処理工程に関して、甲1及び甲2には、共に同一の記述があり、「胡椒の実を高浸透圧の材料と接触させて、浸透圧の差によって脱水して水分含量が50~80質量%の胡椒の実を得る」「ここで、高浸透圧の材料と接触させる方法としては、例えば、塩蔵、砂糖漬け、ぬか漬けなどの公知の方法を採用することができる。特に、胡椒の実の水分含量を少なくすることができること、胡椒の実に風味を付与できることから、塩蔵による方法が好ましい。」(甲1【0033】、甲2【0032】)と記載されている。

甲第6号証(甲6)には、塩蔵の方法として“「たて塩漬け」“が記載されているが、”甲6の「たて塩漬け」は、「食品を食塩水中に浸漬する」処理であって、「食塩濃度が26~41質量%である食塩水によ」る処理ではない。

甲第6号証:「食品加工の知識」、太田 静行著、株式会社幸書房、2008年3月20日2版第5刷発行、22~25、38~47、306~309頁

甲第7号証(甲7)には、“生胡椒の塩浸けの作り方として、「(3)一粒ずつ房からはずして煮沸消毒した瓶に入れ、海水と同じかそれより少し濃い塩水を注」ぐ処理において「5%の塩水」を使用することが記載されているが、甲7における食塩による処理も、「食塩濃度が26~41質量%である食塩水によ」る処理ではない。

甲第7号証:古民家アーユルヴェーダFuwari平賀麻美のアメーバブログ、生胡椒の塩漬け~魅惑のスパイス~、2016-04-28  09:03:23掲載、[検索日:2022年9月29日]、インターネット<URL:  https://ameblo.jp/oriental-beauty/entry-12153738697.html>

・“特許異議申立人が提出した他の証拠を加味しても、食塩による処理の際に「食塩濃度が26~41質量%である食塩水」を使用する構成は示されていない。

・“甲1甲2発明Aにおいて、「水切りした胡椒の実820gと塩180gの合計1kgをポリ袋に入れて、塩が均一に分散するように攪拌し、23℃で24時間浸漬」する「(塩蔵)」処理を、「食塩濃度が26~41質量%である食塩水によ」る処理とするきっかけないし契機もない。

以上から、審判官は、“甲1甲2発明Aにおいて、相違点2Aに係る発明特定事項とすることは容易に想到し得たものであるとはいえない。

よって、相違点1Aについて検討するまでもなく、本件発明1は、甲1甲2発明Aに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない“と結論した。