特許を巡る争い<85>株式会社GIANT・芋食品特許

株式会社GIANTの特許第6996797号は、芋を食用油で加熱し、交流電解印加し、脱気密封した状態で冷却することを特徴とする新規芋食品の製造法特許である。サポート要件違反、実施可能要件違反、進歩性欠如の理由で異議申立てされたが、いずれの申立理由も認めらず、そのまま権利維持された。

株式会社GIANTの特許第6996797号発明「芋食品の製造方法」を取り上げる。

株式会社GIANTの主な事業内容は、ホームページによれば、業務用フライヤーデバイス製造販売と思われる(https://giant-inc.co.jp/)。

特許公報に記載された第6996797号の特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6996797/0CBA726EA0A074E1C86830587FBF08EC0643BA5A61AAD5D27FFCA1F541E335DA/15/ja

【請求項1】

芋食品を製造する方法であって、

食用油に浸漬した状態の原料芋を加熱する調理工程と、

前記調理工程後の冷却工程を有し、

前記調理工程は、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋を加熱することと、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋に、電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加することと、を兼ねる工程であり、

前記冷却工程は、前記調理工程後の芋を袋に入れ、該袋を脱気密封した状態で、-20℃以下の条件で30分以上冷却することを含む、芋食品の製造方法。

【請求項2】~【請求項7】 省略

本特許明細書には、芋製品について、“焼き芋、揚げ芋等の芋食品は、オーブン、トースター、レンジ、グリル、炊飯器などといった加熱機器を用い製造される”が、“通常、甘味が強く、ねっとりとした食感を備える焼き芋の製造には、サツマイモのデンプンを6~8時間程の長時間、60℃~70℃での低温加熱をすることにより、デンプンを糊化させ、糊化デンプンを麦芽糖(いわゆる、蜜)へ変化させる処理を行う必要があった。また、6~8時間程の長時間低温加熱に供した焼き芋は、最も栄養の多い皮の部分が焦げてしまうことが問題としてあった。

上記の通り、6~8時間程の長時間低温加熱が求められるため、従来の技術では、効率よく芋食品を製造することができなかった。

また、“芋食品の製造方法として、サツマイモを油揚げ処理(フライ処理)する方法が知られている”と記載されている。

本特許発明を用いれば、食用油に浸漬した状態の前記原料芋を加熱することと、食用油に浸漬した状態の原料芋に交流電界を印加することとを兼ねる調理工程を行うことで、甘味に優れ、ねっとりとした食感を備える芋食品を提供することができる”と記載されている。

また、“本発明の好ましい形態では、前記調理工程の後に、さらに、冷却工程を行い、前記冷却工程は、調理工程後の芋を常温で静置し冷却する静置処理と、静置後の芋を冷却する一次冷却処理と、一次冷却処理後の芋を容器に入れ脱気密封した状態で冷却する二次冷却処理と、を備える”が、“前述の調理工程の後に、芋を袋に入れ、該袋を脱気密封した状態で冷凍することで、ねっとりとした食感を備える芋食品を提供することができる

加えて、上記の条件の冷却工程を行うことで、芋食品の外縁が少し固まった態様(器のような態様)でありつつも、中心部分は甘味に優れ、ねっとりとした食感を備える芋食品を製造することができる“と記載されている。

本特許は、2021年4月20日に出願され、2021年5月18日に早期審査請求された。審査の結果、2021年10月19日に特許査定を受け、2022年2月14日に特許公報が発行された。そのため、特許公報発行後の2022年11月1日に公開された。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2022-165876、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2022-165876/0CBA726EA0A074E1C86830587FBF08EC0643BA5A61AAD5D27FFCA1F541E335DA/11/ja)。

【請求項1】

芋食品を製造する方法であって、

食用油に浸漬した状態の原料芋を加熱する調理工程を有し、

前記調理工程は、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋を加熱することと、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋に交流電界を印加することと、を兼ねる工程である、芋食品の製造方法。

【請求項2】~【請求項7】 省略

請求項1については、公開公報に記載された請求項1の要件に、

製造工程として、冷却工程を追加し、冷却工程の処理条件を数値限定し、並びに、交流電解印加の条件として、電圧、電流、及び印加時間を数値限定することによって、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2022年2月14日) の半年後 (2022年8月15日) 、一個人名で異議申立てがなされた(異議2022-700805、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-071467/0CBA726EA0A074E1C86830587FBF08EC0643BA5A61AAD5D27FFCA1F541E335DA/10/ja)。

審理の結論は、以下であった。

“特許第6996797号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”

異議申立人が申立てた 特許異議申立理由は3点であった。

1  申立理由1(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであ“る。

2  申立理由2(実施可能要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであ“る。

3  申立理由3(進歩性)

本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証:特開2016-129672号公報

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する。

1  申立理由1(サポート要件)についての審理

異議申立人の主張した申立理由は2つであった。

(1)  申立理由1-1

本件特許発明1における、“「電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加する」との記載は単に交流電界の条件を規定しただけであり、請求項1において、どのようにして原料芋に対して交流電圧を印加するのか、そのための方法が明細書には記載されていない。

(2)  申立理由1-2

“本件特許発明1における、「前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋に、電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加すること」という発明特定事項は、技術的に矛盾する条件であることから、発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。

食用油は絶縁体であるので電気抵抗値は大きいため、フライヤーに設置可能な範囲で本件特許発明1を満たすような電界を印加できる電極を設計することは常識的には不可能である。本件特許発明1の電界印加条件を満たすような特殊な電極を用いている場合には、その電極の構成を本件特許発明1の発明特定事項として請求項1においてその電極の構成を明確に特定すべきである。“

審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。

・“本件特許の明細書の発明の詳細な説明には”、本特許発明を用いることによって発明の課題(「ねっとりとした食感を備える芋食品を製造する技術の提供」)が解決できることが、具体的な実施例及び官能評価の結果とともに示されている。

“これらの記載に接した当業者であれば、「食用油に浸漬した状態の前記原料芋を加熱することと、食用油に浸漬した状態の原料芋に交流電界を印加することとを兼ねる調理工程を行う」との特定事項を有することにより、本件特許発明1における発明の課題を解決するものと認識できる。

そして、本件特許発明1は、上記の特定事項を全て有するとともにさらに、電圧条件、電流条件を特定するとともに冷却工程についても特定するものであるから、当然発明の課題を解決するものであるといえる。

異議申立人の主張について、審判官は、以下の理由で採用しなかった。

“特許異議申立人は、申立理由1-1及び1-2において、原料芋に対してどのように交流電圧を印加するのか不明であるし、また、食用油に電流を流すことは技術常識に反する旨の点をあげる。

しかし、本件特許発明は、原料芋に「交流電界」を印加するものであって、交流電圧や交流電流を印加するものではない。

また、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の実施例における条件からみても、図1及び3における印加手段(図中符号1)に、所定の電圧条件・電流条件で交流電流を通電するものであることも当業者であれば当然認識できる。

以上から、審判官は、“申立理由1は、その理由がない”と結論した。

2  申立理由2(実施可能要件)についての審理

異議申立人は主張した異議申立理由は、以下の2つであった。

(1)  申立理由2-1

“本件特許発明1における、「前記調理工程は、前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋を加熱することと、前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋に、電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加することと、を兼ねる工程」という発明特定事項を当業者が実施可能な程度に、発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。

(2)  申立理由2-2

“本件特許発明1における、「前記食用油に浸漬した状態の前記原料芋に、電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加すること」という発明特定事項は、技術的に矛盾する条件であり、本件特許発明の当該発明特定事項を当業者が実施可能な程度に、発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。

審判官は、実施可能要件について、以下のように判断した。

“本件特許の明細書の発明の詳細な説明には”、原料、調理工程に使用するオイル、加熱作業における加熱時間及び加熱温度、印加条件、冷却工程及び条件、脱気密封の手段について記載されており、実施例の記載もある。

“以上の記載からみれば、本件特許発明は、実施可能要件を満たすものといえる。“

異議申立人の主張について、審判官は、以下の理由で採用しなかった。

“特許異議申立人は、申立理由2-1及び2-2において、通電部1の構成が不明であること、食用油に電流を印加するような電極を構成することは常識的には不可能であることなどをあげ、本件特許発明は、実施可能要件を満たしていない旨主張する。”

しかしながら、通電部1は、いわゆる油槽中で通電できれば事足りることは明細書の発明の詳細な説明における記載から明らかであるといえるし、また、本件特許発明は食用油に電流を印加するものでないことは“、サポート要件において”検討したとおりである。“

以上から、審判官は、“申立理由2は、その理由がない”と結論した。

3  申立理由3(甲第2号証を主たる証拠とする進歩性)についての審理

甲第2号証は、公開公報(特開2016-129672)である。

特開2016-129672は、発明の名称が“フライヤー、加熱調理方法“であって、発明者は、本特許異議申立人と同姓同名であった。

審判官は、 甲第2号証には、以下の発明(「甲2発明」)が記載されていると認めた。

「食用油を120度から200度の範囲に加熱する食用油加熱ステップと、

加熱されている食用油中に10キロヘルツから150キロヘルツの周波数の電磁波を発生させる電磁波発生ステップと、

食用油中に加熱調理の対象となる食物を投入する食物投入ステップと、

からなる加熱調理方法。」

そして、 本件特許発明1と甲2発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:「食品を製造する方法であって、

食用油に浸漬した状態の原料を加熱する調理工程を有し、

前記調理工程は、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料を加熱することと、

前記食用油に浸漬した状態の前記原料に、交流電界を印加することと、を兼ねる工程であることを含む、食品の製造方法。」

相違点:本件特許発明1は対象食品として「芋食品」と特定された上で、

「調理工程と、前記調理工程後の冷却工程を有」するものであって、

調理工程について、「電圧100V以上700V以下、電流10mA以上50mA以下の条件で、20分以上交流電界を印加する」こと、

冷却工程について「前記調理工程後の芋を袋に入れ、該袋を脱気密封した状態で、-20℃以下の条件で30分以上冷却することを含む」ことが特定されるのに対して、

甲2発明はそのような特定を有さない点。

上記相違点について、審判官は以下のように判断した。

甲第2号証には、“甲2発明の調理対象食品として芋食品に相当するものが列記されているものの、芋食品の調理における課題等についての記載はない。

また、他の証拠も含め証拠全体の記載をみても、芋食品についての課題を伺わせるものはなく、その課題解決手段を示す記載もなく、技術常識から導くことができるものともいえない。

そして、本件特許発明1は、上記相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすことにより、甘味に優れ、ねっとりとした食感を備える芋食品を提供することができるとの、格別の効果を奏するものである。“

以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。