特許を巡る争い<88>小林製薬・納豆キナーゼ含有食品特許

小林製薬株式会社の特許第70665477号は、ゼラチンで被覆されたナットウキナーゼ含有食品中のゼラチンの分解抑制に関する。新規性・進歩性欠如及びサポート要件違反の理由で異議申立てされたが、いずれの異議理由も採用されず、そのまま権利維持された。

小林製薬株式会社の特許第70665477号“ナットウキナーゼを含む食品”を取り上げる。

特許第70665477号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7066547/FF1ABD92F001B5ED7DCDC37430B605E20BEE251726E45E3EA9BC66CFBC6325D8/15/ja)。

【請求項1】 (A)ナットウキナーゼ、(B)ゼラチン、並びに(C)銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を含む、食品。

【請求項2】~【請求項4】 省略

本特許発明について、本特許明細書には、“本発明は、ナットウキナーゼ及びゼラチンを含みながらも、保存によるゼラチンの分解を抑制できる食品に関する”と記載されている。

本特許発明の技術的課題について、“ナットウキナーゼを含む食品は、摂取容易性等のために、ゼラチン皮膜で被覆された錠剤やカプセルの形態が多く用いられる(例えば、特許文献1等参照)。ナットウキナーゼを含む食品にゲル化剤としてゼラチンを配合してゲル状にしたり、ナットウキナーゼを含む液状食品に増粘剤としてゼラチンを配合して粘性を付与したりすることがある”。

しかし、“ナットウキナーゼにはタンパク質分解作用があるので、ナットウキナーゼとゼラチンを含む食品では、保存によってゼラチンがナットウキナーゼによって分解されるという欠点がある。例えば、ゼラチン皮膜で被覆された錠剤やカプセルの場合であれば、このようなゼラチンの分解は、ゼラチン皮膜の割れや内容物の漏れ等を生じさせ、商品価値を著しく低下させてしまう”と記載されている。

そして、 本特許発明は、“ナットウキナーゼ及びゼラチンを含む食品において、銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を配合することによって、ゼラチンの分解を抑制できることを見出し”、この知見をもとに完成されたもので、本特許発明を用いることで、“ナットウキナーゼ及びゼラチンを含んでいても、ゼラチンの分解を抑制できるので、食品中でゼラチンが担っている機能を安定に維持させることができる”と記載されている。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2020-90、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-000090/FF1ABD92F001B5ED7DCDC37430B605E20BEE251726E45E3EA9BC66CFBC6325D8/11/ja)。

【請求項1】 (A)ナットウキナーゼ、(B)ゼラチン、並びに(C)銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を含む、食品。

【請求項2】~【請求項4】 省略

公開公報に記載された特許請求の範囲は、特許広報に記載された特許請求の範囲と同一であり、拒絶理由通知なしに、出願時の特許請求の範囲はそのまま特許査定を受けた。

特許広報発行日(2022年5月13日)の約6か月後(2022年11月9日)、一個人名で異議申立てされた(異議2022-701090、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-122373/FF1ABD92F001B5ED7DCDC37430B605E20BEE251726E45E3EA9BC66CFBC6325D8/10/ja)。

審理の結論は、以下であった。

“特許第7066547号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。”

異議申立人は、甲第1号証~甲第8号証を証拠として提示し、以下の異議申立理由を主張した。

異議理由1(甲第1号証による新規性、進歩性)

本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないか、甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証  中国特許出願公開第101810336号明細書

異議理由2(甲第2号証による新規性、進歩性)

本件特許の請求項1,3ないし4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないか、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証  登録実用新案第3196850号公報

“3  異議理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない“。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1 ) 異議理由1(甲1による新規性、進歩性)についての審理

審判官は、甲第1号証に記載された発明(甲1発明)は、以下であるとした。

“「ゴム皮とゴム皮に封入された内容物とからなり、ソフトカプセルの皮が次の重量部の原料であり、内容物が健康、補助又は治療機能を有する液体又は懸濁液である咀嚼性ソフトカプセルであって、

ゼラチン25-65部、増粘剤1-25部、可塑剤18-65部、水分4-16部、及び、甘味料0.005-20部、香料エッセンス0.005-2部、色素0.0001-10部、酸味剤0.0001-5部であり、

前記の健康、補助又は治療機能を有する液体又は懸濁液が、健康、補助又は治療機能を有する成分と、補助剤を含み

前記の健康、補助又は治療機能を有する成分が、動物性抽出物、植物性抽出物、栄養強化剤、薬品の中の一種、二種又は二種以上の任意の比で混合した組成の油相液であり、

前記の栄養強化剤が、グルコン酸銅、ピロリン酸第二鉄を含む

咀嚼性ソフトカプセル。」“

審判官は、本件特許発明1と甲1発明を対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

一致点:“「(B)ゼラチン、並びに(C)銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を含む、食品。」”

相違点1:本件特許発明1では、“食品が「(A)ナットウキナーゼ」を含むものであるのに対し、甲1発明では、咀嚼性ソフトカプセルがナットウキナーゼを含むものであるかどうか明らかでない点”

審判官は、相違点1について、以下のように判断した。

新規性に関して、“甲1発明がナットウキナーゼを含むものであるかどうかが明らかでない以上、上記相違点1は実質的な相違点である。”  よって、本件発明1は、“甲1発明ではない”。

進歩性に関して、 “甲1には、植物性抽出物として「ナットウキナーゼ」が例示されているが(請求項8、段落[0015]、[0141])、無数の選択肢の中の一つとして記載されるにすぎず、ゼラチン並びにグルコン酸銅及びピロリン酸第二鉄の組み合わせについても、何ら示されていない。

甲第2号証(省略)には、“ナットウキナーゼを添加してもよいことが記載されているに止まり(段落【0047】)、ラチンとの組み合わせについては何ら示されていない”。 甲3~甲8についても、ナットウキナーゼとゼラチンとの組み合わせについての記載はない

本件特許発明1は、“食品がナットウキナーゼ及びゼラチンを含んでいても、ゼラチン分解を抑制できるので、食品中でゼラチンが担っている機能を安定に維持させることができ、また、ゼラチンをカプセル皮膜やコーティング皮膜として含むカプセル剤や錠剤の場合には、開封後に吸湿した状態で保存されても、ゼラチン皮膜の形状を安定に保持し、保存によってゼラチン皮膜の割れや内容物の漏れが生じるのを抑制することができるという、本件特許の明細書に記載のとおりの格別な作用効果を奏するものである”。

・これらの理由から、本件特許発明1は、“甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない”

(2 ) 異議理由2(甲2による新規性、進歩性)についての審理

審判官は、甲第2号証に記載された発明(甲2発明)は、以下であるとした。

“「生薬成分をカプセルに充填して成る薬膳サプリメント1であって、

植物由来の生薬成分を含む植物系生薬2と、動物由来の生薬成分を含む動物系生薬3と、12種類の所定のビタミン成分41ないしは2種類の所定のミネラル成分42のいずれかを所定量だけ含む栄養補助成分4と、植物系生薬2・動物系生薬3ならびに栄養補助成分4を内包する被膜層であって動物性ゼラチンから成るカプセル5と、を備え、

2種類の所定のミネラル成分として、鉄が該当する

薬膳サプリメント1。」“

審判官は、本件特許発明1と甲2発明を対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

一致点:“「(B)ゼラチン、並びに(C)銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を含む、食品。」”

相違点2:本件特許発明1では、“食品が「(A)ナットウキナーゼ」を含むものであるのに対し、甲2発明では、薬膳サプリメント1がナットウキナーゼを含むものであるかどうか明らかでない点”

審判官は、相違点2について、以下のように判断した。

・新規性に関して、“甲2発明がナットウキナーゼを含むものであるかどうかが明らかでない以上、上記相違点2は実質的な相違点である。”  よって、本件発明1は、“甲2発明ではない”。

進歩性に関して、 “ 相違点2は、ナットウキナーゼを含むものであるかどうか明らかでない点において、上記1における相違点1と実質的に同様であ”り、(1)異議理由1で検討したとおり、“請求項1に係る発明は、甲2発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない“

(3 ) 異議理由3(サポート要件)についての審理

審判官は、異議申立人の主張する異議理由3は、以下の内容であるとした。

申立人の主張は、概要、当業者は、本件特許の明細書に記載された水系における実施例において示されている本件特許発明の効果が、油系においても当然に得られると、直ちに理解することはできず、

また、内容液が油であり、ゼラチンが直接水に触れないソフトカプセルのような食品においても、本件特許の明細書に記載の本件特許発明の効果が当然に得られると、直ちに理解することはできない、というものである”。

この主張に対して、審判官は、以下のように判断した。

・“本件特許の発明の詳細な説明には”、発明が解決しようとする課題が記載されるとともに、“課題を解決するための手段として、銅の有機塩、銅の無機塩、鉄の有機塩、及び鉄の無機塩よりなる群から選択される少なくとも1種を配合することが記載され”ている。

・“また、発明の効果として、ゼラチンの分解を抑制できるので、食品中でゼラチンが担っている機能を安定に維持させることができ”ることなどが記載されている。

実施例では、“試験例1として、ゼラチンプレートを作成し、その分解耐性を評価した結果”とともに、製剤例としてソフトカプセル剤も示されている。

したがって、“発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題と当該課題を解決するための手段が十分に記載されているといえる”。

・“ゼラチンが水溶性であり、油溶性でないという技術常識を踏まえると、水系において確認できる本件特許発明の効果が、水系よりもゼラチンの分解の可能性がより低い油系においても確認できることは当然に予測されるところ、申立人はこれに反する具体的根拠を示していない”。

以上の理由から、審判官は、サポート要件違反の理由によって、“本件特許を取り消すことはできない”と結論した。