特許を巡る争い<100>アサヒビール・飲み応え付与方法特許

特許第7096320号は、苦み成分量調節及び高甘味度配糖体の添加によって、非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法に関する。新規性・進歩性の欠如及び記載不備で異議申立てられ、取消理由が通知されたが、一部の請求項を訂正して、権利維持された。

アサヒビール株式会社 の特許第7096320号“非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法”を取り上げる。

特許第7096320号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7096320/275078C2282E0361C7F8F54E22B014A24EC33C69469BF4F22FB32FB5528FE7AE/15/ja)。

【請求項1】

糖質含有量が2.0g/100mL未満であり、

0.01~0.03g/Lのイソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法であって、

前記非発酵ビール様発泡性飲料のイソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量の割合が26質量%以上であり、

イソα酸の含有量に対するイソノルマルフムロンの含有量の割合が63質量%以下であり、

ステビオール配糖体を含有させることを特徴とする、

非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法。

【請求項2】~【請求項6】 省略

本特許明細書には、“非発酵ビール様発泡性飲料“について、”発酵工程を経ずに製造された、ビールらしさ(香味上ビールを想起させる呈味)を有する発泡性飲料を意味する。本発明における非発酵ビール様発泡性飲料のアルコール濃度は限定されず、0.5容量%以上のアルコール飲料であってもよく、0.5容量%未満のいわゆるノンアルコール飲料であってもよい。非発酵ビール様発泡性飲料としては、具体的には、発泡酒、ノンアルコールビール等が挙げられる”と記載されている。

そして、“ビール様発泡性飲料を優れた止渇飲料たらしめている主な要因であるビールらしい特有の苦味は、主にホップに由来する苦味成分であるイソα酸による。イソα酸の量が多くなるほど、苦味は強くなるが、苦味の後引きが生じ、キレが悪くなる”が、

本発明者らは、“天然の高甘味度甘味料としてステビア抽出物やその酵素処理物を用い、かつイソα酸の含有量を特定の範囲内に調整することにより、糖質含有量を抑えつつ、ビールらしい飲みごたえと良好な後味のしまりを備える非発酵ビール様発泡性飲料が得られることを見出し、本発明を完成させた”と記載されている。

また、“本発明に係る非発酵ビール様発泡性飲料において、後味のしまりが良好である理由は明らかではないが、ステビオール配糖体自体の後味は、甘味と特有の収斂味を含む厚みのある味わいであり、この厚みのある後味に、イソα酸を最適なバランスで配合することにより、ステビオール配糖体の厚みのある後味、特にステビオール配糖体特有の収斂味とイソα酸がもたらす苦味とのバランスが最適化される結果、ビールらしい飲みごたえと後味のしまりがもたらされると推察される”と記載されている。

非発酵ビール様発泡性飲料のイソα酸の含有量について、“0.01~0.03g/Lである。イソα酸の含有量を前記範囲内とすることにより、ビールらしい苦味としまりのある後味を達成でき”、また、“イソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量の割合が高いほど、ステビオール配糖体と併用して得られる後味のしまりがより良好になる”と記載されている。

本特許の原出願日は、2016年12月15日で、その後、分割され、2021年4月8日に公開され、2022年5月31日に特許査定された。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2021-52792

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-052792/275078C2282E0361C7F8F54E22B014A24EC33C69469BF4F22FB32FB5528FE7AE/11/ja)。

【請求項1】

糖質含有量が2.0g/100mL未満であり、0.01~0.03g/Lのイソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法であって、

ステビオール配糖体、カンゾウ抽出物、羅漢果抽出物、ソーマチン、及びエリスリトールからなる群より選択される一種以上の高甘味度甘味料を含有させることを特徴とする、非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法。

【請求項2】~【請求項7】省略

特許公報に記載された特許請求の範囲と比較すると、請求項1については、甘味料の種類及びイソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量を限定して、特許査定されている。

なお、分割された原出願(発明の名称“非発酵ビール様発泡性飲料及びその製造方法”)は、特許査定され(特許第6815187号)、特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6815187/27845491A6950FB296BDDABA3E3C04081DE78AEBAFEA08EFEB6144D28D140E91/15/ja)。

【請求項1】

ステビオール配糖体と、0.01~0.03g/Lのイソα酸とを含有し、

ステビオール配糖体の含有量が、0.01~0.08g/Lであることを特徴とする、非発酵ビール様発泡性飲料。

【請求項2】~【請求項13】省略

特許公報の発行日(2022年7月5日)の半年後(2023年1月5日)、一個人名で異議申立された(異議2023-700004

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-211617/275078C2282E0361C7F8F54E22B014A24EC33C69469BF4F22FB32FB5528FE7AE/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった

“特許第7096320号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔5、6〕について訂正することを認める。

特許第7096320号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。“

異議申立人が申立てた申立理由は、以下の3点であった。

(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく新規性)

本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の原出願の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であ“る。

甲第1号証国際公開第2015/132974号 “難消化性デキストリンを含有する非発酵ビール風味飲料”(出願人 アサヒビール株式会社)

特許請求の範囲は、以下である。

【請求項1】難消化性デキストリンを10g/l以上含有し、pH3.0~4.0である非発酵ビール風味飲料。

【請求項2】~【請求項10】省略

(2)“申立理由2(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし6に係る発明、本件特許の原出願の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その原出願の出願日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る

(3)“申立理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、以下の点であった。

・“「本件発明の課題は、「天然の高甘味度甘味料を用いて糖質含有量を抑えつつ、飲みごたえと後味のしまりの両方が良好な非発酵ビール様発泡性飲料及びその製造方法を提供すること」である。

本件実施例において、特定の原料を用いて特定の製法により得られた非発酵ビール様発泡性飲料について、糖質含有量、イソα酸の含有量、イソα酸の含有量に対するイソコフムロンおよびイソノルマルフムロンの含有量の割合、およびステビオール配糖体の含有量が、本件発明1もしくは5で規定する数値範囲を満たし、上記課題を解決するものであるとされている。

しかしながら、特定の原料を用いて特定の製法により得られた、飲料の糖質含有量、イソα酸およびステビオール配糖体の含有量を特定の範囲である非発酵ビール様発泡性飲料が、飲みごたえおよび後味のしまりが良好であることのみをもって、飲料の糖質含有量、イソα酸およびステビオール配糖体の含有量が特定の範囲内であれば、原料の種類や、他の成分およびその含有量がどのような場合であっても、上記課題が解決できるとは認められない。

そのため、本件発明1および5は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであり、いわゆるサポート要件を満たさない。本件発明2~4および6についても同様である。」“

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する。

異議申立日(2023年1月5日)の約3か月後(2023年3月15日)、取消理由が通知された。

取消理由は、以下の2点であった。

(1)“取消理由1(甲第1号証に基づく新規性)

本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の原出願の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であ“る

(2)“取消理由2(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の原出願の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その原出願の出願日前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る

なお、甲第1号証は、異議申立人が証拠として提出した甲第1号証(甲1)である。

審判官は、甲1には、以下の発明(甲1方法発明)が記載されていると認めた。

<甲1方法発明>

「難消化性デキストリン、0.02g/l(ショ糖換算濃度5g/l)のステ

ビア、大豆タンパク質分解物、カラメル、pH調整剤としてのリン酸、Bart

h-Haas Group社製の「CO2 Hop Extract」(商品名

)であるホップを混合し1Lになるように水でメスアップし、1時間煮沸を行う

工程、及び、液中に炭酸ガスを溶解させる工程を含む方法により、0.02g/

Lのイソα酸を含有し、エネルギーが3.0kcal/100mlである非発酵

ビール風味飲料を得る、「のどにグッとくる飲み応え」を有する非発酵ビール風

味飲料を提供する方法。」

飲み応え”について、審判官は、 甲1の記載“本発明の非発酵ビール風味飲料は難消化性デキストリンを含有する。難消化性デキストリンを含有することで、得られる飲料は、飲んだときにのどに引っかかる感覚を与える。すなわち、本発明によって、発酵ビール風味飲料の特徴である「バランスの良さ」、「のどにグッとくる飲み応え」及び「飲んだ後のキレの良さ」という特徴を有する非発酵ビール風味飲料が提供される”を根拠とした。

そして、本件特許発明1と甲1方法発明とを対比して、審判官は以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>“「0.01~0.03g/Lのイソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法であって、ステビオール配糖体を含有させる、非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法。」”

<相違点1-1>“本件特許発明1は「糖質含有量が2.0g/100mL未満」であるのに対し、甲1方法発明の糖質含有量が不明である点。”

<相違点1-2>“本件特許発明1は「イソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量の割合が26質量%以上であり、イソα酸の含有量に対するイソノルマルフムロンの含有量の割合が63質量%以下」であるのに対し、甲1方法発明の「非発酵ビール風味飲料」のイソα酸の含有量に対するイソコフムロン及びイソノルマルフムロンの含有量の割合が不明である点。”

相違点1-1について、審判官は以下のように判断した。

甲1方法発明の「非発酵ビール様発泡性飲料」のエネルギーは3.0kcal/100mlである。また、甲1方法発明の「非発酵ビール様発泡性飲料」には「難消化性デキストリン」が含まれ、該「難消化性デキストリン」は食物繊維であるから、甲1方法発明の「非発酵ビール様発泡性飲料」は食物繊維を含む食品である。

そして、甲2に記載される換算式に基づいて、甲1方法発明の「非発酵ビール様発泡性飲料」のエネルギー(kcal/100g)を算出し、糖質に換算すると、“甲1方法発明の糖質含有量は0.75g/100mL以下となるから、甲1方法発明は、「糖質含有量が2.0g/100mL未満」との特定事項を満たす。してみると、相違点1-1は実質的な相違点ではない。

また、相違点1-2について、審判官は以下のように判断した。

甲1方法発明は、原料とBarth-Haas Group社製の「CO2 Hop Extract」(商品名)であるホップを混合し1Lになるように水でメスアップし、1時間煮沸を行って、0.02g/Lのイソα酸を含有する非発酵ビール風味飲料を得るものである。

これは、本件特許明細書の実施例4-1における、原料とBarth-Haas Group社製の「CO2 Hop Extract」(商品名)であるホップを混合し1Lになるように水でメスアップし、1時間煮沸を行うという条件と同じであり、得られる飲料中に含まれるイソα酸の量も同じである。

そうすると、“甲1方法発明は「イソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量の合が26質量%以上であり、イソα酸の含有量に対するイソノルマルフムロンの含有量の割合が63質量%以下」との発明特定事項を満たすものといえる。

してみると、相違点1-2は実質的な相違点ではない。“

取消理由に対して、特許権者 のアサヒビール株式会社は、訂正請求するとともに、意見書を提出した。

訂正請求は、請求項5及び6に対する訂正で、訂正は認められたが、請求項1は訂正前と同一であった。

訂正後の請求項1についての、審判官の判断は以下のようであった。

・甲1には、以下の甲1方法発明が記載されている。

“<甲1方法発明>

「難消化性デキストリン、0.02g/l(ショ糖換算濃度5g/l)のステビア、大豆タンパク質分解物、カラメル、pH調整剤としてのリン酸、Barth-Haas  Group社製の「CO2  Hop  Extract」(商品名)であるホップを混合し1Lになるように水でメスアップし、1時間煮沸を行う工程、及び、液中に炭酸ガスを溶解させる工程を含む方法により、0.02g/Lのイソα酸を含有し、エネルギーが3.0kcal/100mlである非発酵ビール風味飲料を提供する方法。」“

本件特許発明1と甲1方法発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点を認められる。

<一致点>:“「0.01~0.03g/Lのイソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料を提供する方法であって、ステビオール配糖体を含有させる、非発酵ビール様発泡性飲料を提供する方法。」(本件特許発明1の「非発酵ビール様発泡性飲料に飲み応えを付与する方法」と、甲1方法発明の「非発酵ビール風味飲料を提供する方法」とは、「非発酵ビール様発泡性飲料を提供する方法」との限りにおいて一致する)”

<相違点1-1> 省略

<相違点1-2> 省略

<相違点1-3>“本件特許発明1においては「飲み応えを付与する方法」と特定されているのに対し、甲1方法発明においてはそのようには特定されていない点。”

・相違点1-3について、以下のように判断される。

甲1の表7において、試験区8-6の「バランスの良さ」及び「飲んだ後のキレの良さ」はいずれも「×」と評価が低く、「コメント」には「後甘味、違和感あり、イガイガ、不調和」とあることからみて、甲1方法発明が「非発酵ビール風味飲料」に「飲み応えを付与する」ものであるとはいえない。してみると、相違点1-3は実質的な相違点である。

・“甲1方法発明が「非発酵ビール風味飲料」に「飲み応えを付与する」ものであるとはいえないから、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲1方法発明を「飲み応えを付与する方法」とする、すなわち、相違点1-3に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものとする動機付けはない。

したがって、甲1方法発明において、相違点1-3に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

そして、“その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1方法発明であるとはいえないし、甲1方法発明並びに甲1及び他の証拠に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない”と結論した。

また、取消理由に採用されなかった異議申立人の主張する申立理由3(サポート要件)について、審判官は、以下のように判断した。

・本件特許発明における発明の課題“「天然の高甘味度甘味料を用いて糖質含有量を抑えつつ、飲みごたえと後味しまりの両方が良好な非発酵ビール様発泡性飲料及びその製造方法」の提供”は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が発明の課題を解決できると認識で範囲で記載されており、実施例により具体的に示されており、サポート要件に適合する

・“特許異議申立人の主張は、「ステビオール配糖体と0.01~0.03g/Lのイソα酸とを含有し、イソα酸の含有量に対するイソコフムロンの含有量の割合が26質量%以上であり、イソα酸の含有量に対するイソノルマルフムロンの含有量の割合が63質量%以下である」との特定事項を満たしていても発明の課題を解決し得ないとする具体的な証拠を提示するものではない。よって、特許異議申立人の主張は採用できない。