特許を巡る争い<98>日清ウエルナ・冷凍ミートソース特許

株式会社日清製粉ウェルナの特許第7110201号は、シナモンとクミンを特定比率で含有させることによって、解凍し喫食可能状態にした時の油っぽさが低減され、肉の旨味が濃厚でコクのある冷凍ミートソースに関する。新規性欠如、進歩性欠如、記載不備の理由で異議申立されたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

株式会社日清製粉ウェルナの特許第7110201号“冷凍ミートソース”を取り上げる。

特許第7110201号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7110201/8E9C39D3C9502E6549EBB1FBEAB2BE58C3148C5070705199497FD348028AB3DD/15/ja)。

【請求項1】ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、

該混合物が、シナモン及びクミンの両方を含有し、

該混合物におけるシナモンとクミンとの含有質量比が、

シナモン:クミンとして、2:1~1:1である冷凍ミートソース。

【請求項2】~【請求項4】省略

特許公報には、本特許発明の“ミートソース”は、“ひき肉、タマネギなどの香味野菜、トマトなどを素材として含むトマト系ソースで、ボロネーゼソースなどとも呼ばれる”と記載されている。

また、“ミートソースは、ひき肉に由来する肉の濃厚な旨味が味の決め手の1つとなる一方で、ひき肉の油脂による油っぽさが原因で敬遠されることがある。特に冷凍ミートソースは、これを加熱して喫食可能な状態にすると、ソース中で水分と油脂とが分離して油っぽさがより一層増す傾向がある”と記載されている。

そして、“本発明の課題は、喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にある冷凍ミートソースを提供することにある”と記載されている。

本発明の課題を解決する方法について、“冷凍ミートソースにシナモン及び/又はクミンを含有させることで、該冷凍ミートソースを解凍して喫食可能状態となったスパイス入りミートソースは、従来のミートソースに比して油っぽさが低減されており、しかも肉の旨味が濃厚で十分なコクがあるものとなる。

シナモンは従来、アップルパイやシナモンロールなどの洋菓子、カプチーノや紅茶などの飲料に多用され、カレーソースなどにも使用される。

またクミンは、インド風カレーを作る際の主要スパイスである。このような、菓子やカレー料理などに従来多用されているスパイスが、冷凍ミートソースの解凍物において油っぽさを低減すると共に、肉の濃厚な旨味を引き出してコクを増す効果を奏することは従来知られていない“と記載されている。

そして、本特許発明は、“ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、該スパイスが、シナモン及びクミンからなる群から選択される1種以上である冷凍ミートソースである”と記載されている。

本特許は、国際出願(出願日2018年8月3日)、国際公開され(国際公開番号WO2019/027026 国際公開日2019年2月7日)、その後、日本国内移行(2019年11月21日)、審査請求(2021年2月18日)の手続きがされ、特許査定(2022年7月12日)を受けた。

国際公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2019-027026/20983EEC86B54E11A995F1164CBB4571218D677B876F430C26682C66BF782C5A/50/ja)。

【請求項1】ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、

該スパイスが、シナモン及びクミンからなる群から選択される1種以上である

冷凍ミートソース。

【請求項2】~【請求項4】省略

請求項1については、シナモンとクミンの両方を含有する限定、及びシナモンとクミンとの含有質量比を数値限定することによって、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2022年8月1日)の半年後(2023年2月1日) 、一個人名で異議申立てされた(異議2023-700098 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-534594/8E9C39D3C9502E6549EBB1FBEAB2BE58C3148C5070705199497FD348028AB3DD/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7110201号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。”

異議申立人の申立てた異議申立理由は、以下の4点であった。

(1)申立理由1(甲第5号証に基づく新規性・進歩性)

本件特許の請求項1、3ないし4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第5号証に記載された発明であ”るか、

本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第5号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたもの”である。

甲第5号証:cookpad、「シンシナティ  チリ  スパゲティー」、クックパッドレシピ  ID: 2574590  公開日;14/04/06  更新日:14/05/01(2014年5月1日)、URL: https://cookpad.com/recipe/2574590

(2)“申立理由2-1(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない“。具体的には、①~②であった。

①本件明細書の“官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、本件特許発明の効果を確認できない”。

“本件明細書の官能評価試験では、異なる評価対象である「コク」と「油っぽさ」を一つにまとめて評価しているため、該官能評価試験の評価基準自体が、評価に迷うものである上、該評価基準において「油っぽさが無く」「濃厚なコクがある」とすることは、油脂がコクに関連し、油脂が多ければコクを感じ、多すぎれば油っぽさを感じることと矛盾している。したがって、本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである。

(3) 申立理由2-2(サポート要件)

本件特許の請求項1、3ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない”。具体的には、③であった。

③“本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題が解決できると認識できない添加量の範囲を含む”。

(4)申立理由3(実施可能要件)

 “本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない”。具体的には、④~⑥であった。

④本件明細書の“官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、該試験の再現実験ができない”。

“本件明細書の官能評価試験では、異なる評価対象である「コク」と「油っぽさ」を一つにまとめて評価しているため、該官能評価試験の評価基準自体が、評価に迷うものである上、該評価基準において「油っぽさが無く」「濃厚なコクがある」とすることは、油脂がコクに関連し、油脂が多ければコクを感じ、多すぎれば油っぽさを感じることと矛盾している。したがって、本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである。したがって、該試験の再現実験を行う際にパネラーに評価の基準を正しく伝えることができず、再現実験を行うことができない”。

⑥”本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題解決されたものを作ることができない添加量の範囲が包含される”

以下、本特許発明請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1 ) 申立理由1(甲5に基づく新規性・進歩性)についての審理

審判官は、甲第5号証には、以下の発明(甲5発明)が記載されていると認めた。

“<甲5発明>

以下の材料から作られるスパゲティーソース。

材料(4人分)

ベジミート  ひき肉タイプ            300g

にんにく(みじん切り)               2片分

玉ねぎ(みじん切り)                 2個分

ピーマン(みじん切り)               2個分

シナモン                         小さじ1

パプリカ                         小さじ1

クミンパウダー                 小さじ1/2

チリパウダー                   小さじ1/2

オールスパイス                 小さじ1/4

マジョラム                     小さじ1/4

ナツメグ                      ひとつまみ

しお                           小さじ1/2

こしょう                            少々

トマト水煮缶                         1缶

トマトソース缶                     小1缶」“

審判官は、本件特許発明1と甲5発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>「ミートソースとスパイスとの混合物を含み、該混合物が、シナモン及びクミンの両方を含有し、該混合物におけるシナモンとクミンとの含有質量比が、シナモン:クミンとして、2:1~1:1であるミートソース。」

<相違点>本件特許発明1のミートソースは「冷凍」されているのに対し、甲5発明は冷凍されているものであるかが不明である点。

審判官は、 上記相違点について、

甲5の記載及び他の証拠を見ても、甲5発明が相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものではない。したがって、相違点は実質的な相違点である”と判断し、“本件特許発明1は甲5発明であるとはいえない”と結論した。

また、“本件特許発明1は、冷凍ミートソースにおいてシナモンとクミンとの含有質量比を、シナモン:クミンとして、2:1~1:1とすることで、冷凍ミートソースを、喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にあるものとするものであるが、かかる事項は、甲5及び他の何れの証拠にも、記載も示唆もされていない”と判断し、“本件特許発明1は、甲5発明並びに甲5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない”と結論した。

(2) 申立理由2―1・(3)申立理由2-2(サポート要件)についての審理

審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。

本件特許の発明の詳細な説明には、“前記混合物(スパイス入りミートソース)にシナモン及びクミンの両方を含有させると、それぞれの効果が合わさって相乗的に作用し、冷凍ミートソースを解凍して得られるスパイス入りミートソースが、バランスのとれたコクのあるものとなるため好ましい。シナモン及びクミンを併用する場合の前記混合物における両スパイスの含有質量比は、シナモン:クミンとして、好ましくは10:1~1:10、さらに好ましくは2:1~1:2である。」との記載があり、さらに、具体的な実施例及び比較例の結果の記載もある。

・“本件特許発明の解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、「喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にあるミートソースを提供する」ことであ”り、“本件特許発明は、上記の発明の課題を解決できる特定事項を全て含むものである”。

・“したがって、本件特許発明は、詳細な説明に記載された発明で、詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる”と判断する。

異議申立人の主張①②は、以下の理由で、“特許異議申立人の主張を採用することはできない”。

①の主張“官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、本件特許発明の効果を確認できない”について

サポート要件については上記のとおりに判断されるのであり、特許異議申立人の主張は上記判断に影響しない。

②の主張“本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである”について

 本件特許の発明の詳細な説明から、“当業者が発明の課題を解決できると認識できるものは、「ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、該混合物が、シナモン及びクミンの両方を含有し、該混合物におけるシナモンとクミンとの含有質量比が、シナモン:クミンとして、2:1~1:1である」である。

申立人は、「シナモンとクミンとの含有質量比が、シナモン:クミンとして、2:1~1:1」であっても、クミンやシナモンの量によっては油っぽさの低減効果やコクの増強効果が発揮されず課題を解決できない旨主張するものの、当該主張を裏付ける具体的な証拠を示していない。

(4)  申立理由3(実施可能要件)について

審判官は、実施可能要件について、以下のように判断した。

詳細な説明には、本件特許発明1ないし4の各発明特定事項に関し、シナモン及びクミンの含有質量比及び含有量が記載され、ひき肉、香味野菜、トマトの含有量、及び、ひき肉として牛肉のひき肉を使用することが好ましいことが記載され、本発明の冷凍ミートソースの一般的な製造手順が記載されている。そして、具体的な実施例の記載もある。

してみれば、本件特許発明1ないし4は、上記(1)に掲げる実施可能要件における判断基準を充足するものといえる”。

異議申立人の主張④~⑥に対しては、実施可能要件については、上記のとおりに判断されるのであり、”当該特許異議申立人の主張はいずれも上記判断に影響しない”し、 (4)申立理由3はその理由がない。