特許を巡る争い<86>熊本製粉・フライ用ミックス粉特許

熊本製粉株式会社の特許第6990901号は、膨張剤として炭酸水素ナトリウムを含有させることを特徴とする、揚げ後のフライ製品の真空冷却時の衣層破裂を抑制するための、パン粉付き揚げ物用のミックス粉に関する。進歩性欠如及び記載不備の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

熊本製粉株式会社の特許第6990901号“フライ用ミックス粉、フライ用バッター、及びフライ製品”を取り上げる。

特許第6990901号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6990901/8F9A48878CD0BFE8A33F3A216144EA6678769DA9A6024834F24F227949BACE3A/15/ja)。

【請求項1】

小麦粉と、膨張剤と、澱粉と、糖類及び/又は糖アルコールとを含み、

揚げ後の衣層に具材から蒸発する水分を放出するための貫通孔を有するフライ製品の

真空冷却時に短時間で冷却しても衣層の破壊・破裂や具材の飛び出しを抑制できる

パン粉付けフライ用のミックス粉であって、

前記膨張剤は、ガス発生用として作用する炭酸水素ナトリウムを含み、

前記ミックス粉全質量中の前記炭酸水素ナトリウムの含有量が0.232質量%以上である、ことを特徴とする、

フライ用ミックス粉。

【請求項2】~【請求項7】 省略

本特許明細書には、本特許発明について、“揚げ後のフライ製品の真空冷却時に、具材からの水分により衣層が破裂することを抑制するためのフライ用ミックス粉、フライ用バッターに関する。また、それらを用いたフライ製品に関する”と記載されている。

本特許発明の技術的背景として、“調理済み弁当や総菜等を流通するにあたっては、食中毒菌の増殖を抑制するため、調理済み食品の温度を急激に下げて冷却することが広く行われている”。“食品を冷却するための方法は複数存在するが、広く使用されている食品冷却機の一つに「真空冷却機」が存在する”が、“従来、真空冷却機を使用する際の短所として、柔らかい食品が型崩れし易いという問題があった。”

“例えば、弁当や総菜として一般的なコロッケやメンチカツは、真空冷却時に具材から蒸発する水分が衣層を破壊して放出し、それと同時に具材が飛び出してしまい、商品価値が損なわれるという問題が生じていた。

これらのパン粉付け揚げ製品(以下フライ製品と称する。)において、従来は、破裂を防ぐためゆっくりと冷却していたが、冷却に長時間を要するため、生産効率が悪くなるという問題を抱えていた”と記載されている。

上記した問題を解決する方法として、“本発明者は、フライ用ミックス粉について研究している過程で、膨張剤等の物質を含有させることによって、フライ後のフライ製品の衣層に具材の水分蒸発のための貫通孔を形成することができ、且つフライ後に短時間で真空冷却しても、衣層の破裂や具材の飛び出しの現象が低減できることを見出し、本発明を完成するに至った”と記載されている。

本特許発明に係るフライ用ミックス粉は、“小麦粉と、膨張剤と、澱粉と、糖類及び/又は糖アルコールとを含むことに特徴があ”り、“フライ用ミックス粉に膨張剤を含有させる目的は、フライ製品の衣層(特にバッター層)に、揚げ調理時に具材からの水分を放出するための貫通孔を形成するためである。

すなわち、フライ用ミックス粉を使用したフライ製品は、揚げ調理時に膨張剤のガス発生反応により衣層に貫通孔が形成される。

そのため、揚げ後のフライ製品を真空冷却する際に貫通孔から具材の水分を放出することができ、これにより、衣層の破裂・破壊や、具材の飛び出し現象を低減し、美観に優れたフライ製品を製造することができるのである“と記載されている。

そして、膨張剤の含有割合について、“フライ用ミックス粉全質量中、0.8質量%以上で含有させることができ、この範囲で本発明の効果を発揮させることができる。

膨張剤の含有割合が0.8質量%未満の場合は、フライ製品の衣層に、具材の水分蒸発のための貫通孔を形成し難くなり、破裂抑制の目的を達成することができないことがある“と記載されている。

本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2018―161103、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-161103/8F9A48878CD0BFE8A33F3A216144EA6678769DA9A6024834F24F227949BACE3A/11/ja)

【請求項1】

小麦粉と、膨張剤と、澱粉と、糖類及び/又は糖アルコールとを含むことを特徴とする、フライ用ミックス粉。

【請求項2】~【請求項8】 省略

特許公報に記載された請求項1と比較すると、請求項1は、

フライ用ミックス粉が、特定の機能を有するパン粉付けフライ用に限定され、

膨張剤として、炭酸水素ナトリウムを含むことが追加され、その含有量も数値限定されて、

特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2022年1月12日)の半年後(2022年7月11日) に、一個人名で異議申立てがなされた(異議2022-700614、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-161103/8F9A48878CD0BFE8A33F3A216144EA6678769DA9A6024834F24F227949BACE3A/11/ja9)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第6990901号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”

異議申立人が申し立てた異議申立理由は、以下の2つであった。

“1  申立理由1(進歩性)”

本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ”る。

甲第1号証:特開2004-57041号公報(【発明の名称】バッター用ミックス粉【出願人】日東製粉株式会社)。

“2  申立理由2(明確性要件)”

“本件特許の請求項1ないし7に係る特許は”、”特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであ”る。

具体的な申立理由は、以下のようなものであった。

・“本件特許の請求項1に係る発明は、「揚げ後の衣層に具材から蒸発する水分を放出するための貫通孔を有するフライ製品の真空冷却時に短時間で冷却しても衣層の破壊・破裂や具材の飛び出しを抑制できるパン粉付けフライ用のミックス粉であって、」という構成要件を含んでいる。”

・ しかし、“真空冷却時に短時間で冷却しても衣層の破壊・破裂や具材の飛び出しを抑制できるかどうかは、フライ用ミックス粉の組成だけで決まるものではなく、甲第9号証に示されるように、真空冷却の冷却方法によっても変わってくることであるから、上記構成要件を備えるフライ用ミックス粉であるか否かについて、当業者であってもその境界について理解することができない。”

甲第9号証:特開平5-223425号公報

・したがって、“請求項1に係る発明、及び請求項1を引用する請求項2~7に係る発明は、その技術的範囲が明確でない”。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)“ 申立理由1(進歩性)について”の審理

審判官は、甲第1号証に記載された発明は、“「小麦粉と、ワキシーコーンスターチと、トレハロースと、膨張剤とを含み、パン粉付けトンカツに使用するバッター用ミックス粉。」”(甲1発明)であり、 本件特許発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

(一致点)”「小麦粉と、膨張剤と、澱粉と、糖類及び/又は糖アルコールとを含む、

パン粉付けフライ用のミックス粉。」”

(相違点1) 省略

(相違点2)”フライミックス粉に含まれる膨張剤に関し、

本件特許発明1は「前記膨張剤は、ガス発生用として作用する炭酸水素ナトリウムを含み、前記ミックス粉全質量中の前記炭酸水素ナトリウムの含有量が0.232質量%以上である、」との特定を有するのに対し、

甲1発明にはそのような特定を有しない点。”

審判官は、相違点2について、以下のように判断した。

・“甲第1号証には、「膨張剤」を含む旨の記載はあるものの、「炭酸水素ナトリウム」を膨張剤として添加すること、さらには、その添加量を調整することについて何ら記載も示唆もされていない。

・“本件特許発明1は、相違点2に係る本件特許発明1の特定事項を満たすことにより、フライ製品をフライ後に短時間で真空冷却しても、衣層の破裂や具材の飛び出し現象を低減できるフライ用ミックス粉を提供するとの、格別の効果を奏するものである。

・“特許異議申立人は、甲第2号証、甲第3号証及び甲第5号証を提示しつつ、膨張剤として炭酸水素ナトリウムを0.232質量%以上とすることは、一般的に配合されていた割合にすぎない旨主張する。

甲第2号証:特開平10-309171号公報

甲第3号証:特開平11-46711号公報

甲第5号証:特開2003-79333号公報

・しかし、“甲第1号証において、特に膨張剤として炭酸水素ナトリウムを所定量用いることを示唆する記載、あるいは動機付けはなく、また、いずれの証拠をみても、膨張剤として炭酸水素ナトリウムを所定量用いることにより、フライ製品をフライ後に短時間で真空冷却しても、衣層の破裂や具材の飛び出し現象を低減できるとの効果を示唆する記載もない。

以上の理由から、審判官は、“特許異議申立人の当該主張は採用でき”ず、“申立理由1はその理由がない”と結論した。

(2)“申立理由2(明確性要件)について”の審理

審判官は、本件特許発明1の明確性要件について、以下のように判断した。

・“本件特許発明1は「フライ用ミックス粉」であって、「小麦粉と、膨張剤と、澱粉と、糖類及び/又は糖アルコールとを含み、」「前記膨張剤は、ガス発生用として作用する炭酸水素ナトリウムを含み、」「前記ミックス粉全質量中の前記炭酸水素ナトリウムの含有量が0.232質量%以上である」ことが特定されており、その記載は明確である。

特許異議申立人は、“真空冷却時に短時間で冷却しても衣層の破壊・破裂や具材の飛び出しを抑制できるかどうかは、フライ用ミックス粉の組成だけで決まるものではなく、甲第9号証に示されるように、真空冷却の冷却方法によっても変わってくることであるから、上記構成要件を備えるフライ用ミックス粉であるか否かについて、当業者であってもその境界について理解することができない”と主張する。

・しかし、“本願明細書の発明の詳細な説明の【0026】ないし【0030】の記載や実施例の記載をみるに、膨張剤である炭酸水素ナトリウムを所定量添加した際に得られる定性的な効果であると当業者であれば判断できるものであって、上記の判断に影響しない。

以上の理由から、審判官は、“申立理由2はその理由がない”と結論した。