特許を巡る争い<96>日清製粉ウエルナ・冷凍魚卵入りパスタソース特許

株式会社日清製粉ウエルナの特許第7085550号は、特定の加工澱粉の含有と特定の加熱条件で製造されるタラコなどの魚卵が入った長期保存可能で風味がよい冷凍ソースに関する。サポート要件違反、実施可能要件違反及び進歩性欠如の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

株式会社日清製粉ウエルナの特許第7085550号“冷凍魚卵入りソースの製造方法”を取り上げる。

特許第7085550号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7085550/453770E4F98C4B8AFCF4B2540D5BB8841CC91C8CCCFC3045BD8607BDDAC875F1/15/ja)。

【請求項1】

生魚卵が4~70質量%、加工澱粉が0.04~8質量%配合されたソースを、

該ソースの品温75~90℃が1~50分間保持される条件で加熱した後、

凍結する工程を有し、

前記加工澱粉が、アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉からなる群から選択される1種以上である、

冷凍魚卵入りソースの製造方法。

特許明細書には、本特許発明の“冷凍魚卵入りソースの製造方法”について、“生魚卵及び加工澱粉を用いて魚卵入りソースを調製する調製工程と、調製されたソースを加熱する加熱工程と、加熱されたソースを凍結する冷凍工程とを有する”と記載されている。

従来の“魚卵入りソース”について、“保存や流通のために加熱殺菌処理を施す必要があるところ、魚卵入りソースに加熱殺菌処理を施すと、特に魚卵の風味が顕著に低下するという問題があった

また近年、冷凍保存や冷凍流通の技術の発達に伴い、調理済みの魚卵入りソースを冷凍した冷凍魚卵入りソースが普及しているが、魚卵を冷凍保存すると、冷凍と喫食時の解凍とによる水の結晶化のため、魚卵の風味が著しく低下するという問題があった”と記載されている。

本特許発明は、“魚卵入りソースの加熱殺菌処理に起因する魚卵の風味低下の問題について種々検討した結果、魚卵入りソースに加工澱粉を特定量配合した上で、該ソースを比較的低温で加熱する方法が、斯かる問題の解決に有効であるとの知見”をもとにしており、

その特徴の1つは、“魚卵入りソースに加工澱粉を配合することで、魚卵入りソースの加熱に起因する魚卵の風味低下が抑制される”ことであり、

他の特徴として、“魚卵入りソースを比較的低温で、具体的には該ソースの品温が95℃以下となる条件で加熱する点が挙げられる”と記載されている。

特許発明で用いる魚卵として、“タラ、サケ、マス”の生魚卵及び“タラコ、明太子、トビッコ、数の子、イクラ“の生魚卵を調味料等で味付け加工した加工生魚卵が例示されている。

本特許発明を用いることで、”長期保存が可能で且つ解凍するだけで喫食可能な状態となり、しかも解凍後の喫食時に優れた魚卵の風味が得られ、且つ食感が滑らかで、さらに、パスタ用ソースとして用いた場合にはパスタとの絡みも良好な冷凍魚卵入りソースを、格別特殊な加工工程を要せずに簡単に製造することができる”と記載されている。

本特許は、2018年8月3日に国際出願され、2019年2月7日に国際公開され(国際公開番号 WO2019/027028)、2020年1月7日に日本国内移行、2021年2月18日に審査請求され、2022年5月31日に特許査定を受けている。

国際公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(WO-A1-2019/027028

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2019-027028/771C7B15F39430ABDC154DAA05D5098E2FF6652C5B5AC2182EF4B9E36DE44A03/50/ja)。

【請求項1】生魚卵が4~70質量%、加工澱粉が0.04~8質量%配合されたソースを、該ソースの品温が95℃以下となる条件で加熱した後、凍結する工程を有する、

冷凍魚卵入りソースの製造方法。

【請求項2】 省略

請求項1については、ソースの加熱条件及び加工澱粉の種類を限定することによって、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2022年6月16日)の半年後(2022年12月16日)、一個人名で異議申立がなされた(異議2022-701250、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7085550/453770E4F98C4B8AFCF4B2540D5BB8841CC91C8CCCFC3045BD8607BDDAC875F1/15/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第7085550号の請求項1に係る特許を維持する。

異議申立人が申立てと異議申立理由は、以下の3つであった。

(1 )“ 申立理由1(サポート要件)

本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、”卵入りソースの風味や食感には、加熱(加熱殺菌)工程での保持温度・保持時間だけでなく、「保持温度に達するまでの処理やその温度条件」及び「加熱後の冷却条件」も影響する。このことは本件特許出願時における当業者の技術常識であ”り、

本件特許の発明の詳細な説明には、“加熱工程の前に行う調整工程での被加熱物(ソース原料の混合物)の品温について、「次工程の前記加熱工程で魚卵入りソースを加熱する際の該ソースの品温よりも低いことが好ましく、具体的には70℃以下が好ましく、60℃以下がさらに好ましい。」と記載されている“

しかし、調整工程における加熱条件以外にも、例えば保持温度に達する前に保持温度よりも低い温度で数時間加熱したり、加熱(加熱殺菌)後に徐冷したりした場合、例え品温が75~90℃である時間が1~50分間であっても、その前後に長時間加熱されることになるため、魚卵入りソースの風味や食感が低下することは、明らかである。

そして、「加熱工程での保持温度及び保持時間」だけ規定された本件特許発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。”

”したがって、上記課題を解決するためには、少なくとも「加熱工程以前の工程(調整工程など)における加熱条件」、「加熱工程における昇温条件」及び「加熱工程後の冷却条件」を特定する必要があり、加熱工程における保持温度・保持時間以外は何ら特定されていない本件特許の請求項1は、課題を解決するための手段が反映されていない。

よって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。

(2)“申立理由2(実施可能要件)

本件特許の請求項1に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“

具体的には、上記(1)申立理由1と同様に、“本件特許の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を考慮しても、「生魚卵と、アセチル化澱粉及び/又はリン酸架橋澱粉を特定量配合し、ソースの品温75~90℃が1~5分間保持される条件で加熱」さえすれば、その他の条件(特に、昇温条件や冷却条件)にかかわらず上記発明の課題を解決できるかを当業者でも理解できない。

したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明の実施ができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

(3)“申立理由3(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証(甲1):特開2011-254741号公報(発明の名称;”加熱殺菌済み魚卵入りソースの製造方法”、出願人;日清フーズ株式会社)

審判官は、異議申立人の異議申立理由について、以下のように判断した。

(1 )“申立理由1(サポート要件)についての審理

審判官は、以下の理由で、“本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ、本件特許発明に関して、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する”と結論した。

発明の詳細な説明には、「加工澱粉」を用いることの技術的意義(特に、魚卵入りソースの加熱に起因する魚卵の風味低下が抑制される点)及び「加工澱粉」として「アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉からなる群から選択される1種以上」を用いることの技術的意義(特に、生魚卵の風味を損なわずに加熱に起因する魚卵の風味低下を効果的に抑制し得る点)に関して具体的に記載されている。”

・そして、“「生魚卵」の配合量が「4~70質量%」であり、「加工澱粉」の配合量が「0.04~8質量%」であることの技術的意義(特に、両成分の配合量が斯かる範囲外であると、魚卵の風味とソースの滑らかな食感が低下する点)に関して具体的に記載されている。”

・また、“「ソースの品温が95℃以下となる条件で加熱」することの技術的意義(特に、加熱による魚卵の風味低下が抑制される点)及び「ソースの品温75~90℃で1~50分保持される条件で加熱」することがさらに好ましいことが具体的に記載されている。”

・加えて、発明の詳細な説明には、“「凍結」することに関して具体的に記載されて”おり、

“「パスタ用ソース」として用いること”も記載されている。

・“そうすると、当業者は、「生魚卵が4~70質量%、加工澱粉が0.04~8質量%配合されたソースを、該ソースの品温が95℃以下となる条件で加熱した後、凍結する工程を有する、冷凍魚卵入りソースの製造方法」は発明の課題を解決できると認識できる。

・“サポート要件に適合しないことを主張する場合には、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘する必要がある”が、

特許異議申立人は、“その裏付けとなる証拠を具体的に提示していないし”、“本件特許発明で特定された条件を満たしているだけでは、発明の課題を解決できないことを示す証拠も具体的に提示していない。

したがって、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘しているとはいえない。

よって、特許異議申立人の上記第3  1の主張は採用できない。“

(2 ) 申立理由2(実施可能要件)についての審理

審判官は、以下の理由で、“発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明の使用をし、本件特許発明により生産した物の使用をすることができる程度の記載があるといえる”ので、“発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する”と結論した。

・上記(1)申立理由1(サポート要件)についての審理のとおり、“発明の詳細な説明には、本件特許発明の各発明特定事項及び産業上の利用可能性について具体的に記載され、実施例についてもその製造方法を含め具体的に記載されているといえる。

したがって、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明の使用をし、本件特許発明により生産した物の使用をすることができる程度の記載があるといえる。

実施可能要件の判断は、“本件特許発明は物を生産する方法の発明であるところ、物を生産する方法の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産する方法の使用をし、その方法により生産した物の使用をすることができる程度の記載があることを要する”を基準とするものであり、異議申立人の主張する“発明の課題を解決できるかどうかは、実施可能要件の判断と関係がない。

”したがって、特許異議申立人の主張は採用できない。”

(3) 申立理由3(甲1に基づく進歩性)についての審理

審判官は、甲第1号証(甲1)に記載された発明として、以下の発明(甲1発明)を認めた。

“「タラ、サケ、マス、ニシン、ボラ、飛魚、シシャモ等の卵で、これらは生魚卵;あるいはタラコ、明太子、トビッコ、数の子、イクラ等の加工魚卵;更にはこれらの冷凍品である魚卵と植物油、動物油、硬化油等の各種油脂類;食塩、醤油、食酢等の各種調味料;各種香辛料;加工澱粉、小麦粉、ゼラチン等の各種増粘剤、各種乳化剤、牛乳、卵等が適宜選択使用され、

魚卵の配合量は、通常製品に対して10~80質量%とされるソース原料を混合して調整された魚卵入りソースを、

冷蔵又は冷凍し、

冷蔵又は冷凍後の魚卵入りソースを70~90℃で、1~50分加熱殺菌処理し、

加熱殺菌処理した魚卵入りソースは冷凍保管してもよい、

魚卵入りソースの製造方法。」

審判官は、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明)と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

“<一致点>「生魚卵が配合されたソースを、該ソースを加熱した後、凍結する工程を有する、冷凍魚卵入りソースの製造方法。」”

<相違点1> 省略

<相違点2> 省略

<相違点3>  本件特許発明においては、「アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉からなる群から選択される1種以上」である「加工澱粉」が「0.04~8質量%」「配合された」と特定されているのに対し、甲1発明においては、そのようには特定されていない点。

審判官は、相違点3について、以下のように判断した。

甲1発明には、適宜選択使用される各種原料の一つとしてとして加工澱粉が記載されているが、多くの選択肢の中から、“「加工澱粉」を選択することは、当業者が容易に想起し得たとしても、ここで選択した「加工澱粉」を「アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉からなる群から選択される1種以上」とし、かつ、その配合量を「0.04~8質量%」とすることについて動機付ける記載は甲1にはないし、他の証拠にもない。”

②“さらにその上で、その配合量を「0.04~8質量%」として、甲1発明において、相違点3に係る本件特許発明の発明特定事項を採用することは、もはや当業者が容易に想到し得る範囲であるとはいえない。

③“したがって、甲1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲1発明において、相違点3に係る本件特許発明の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

④加えて、本件特許発明の奏する効果は、“甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明の構成から当業者が予測できる範囲の効果を超える顕著なものである。

異議申立人は、甲3には、”「魚卵組成物」に「α化澱粉を固形分換算で1%以上4%以下」含有させることが記載されて“おり、”甲3から、「加工澱粉」の配合量を「0.04~8質量%」とすることは当業者であれば容易に想到でき、

甲4ないし10から、各種「加工澱粉」の中から「アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉」を選択することは、当業者が適宜なし得る設計的事項である旨主張する“。

しかし、“甲3ないし10のいずれにも、多くの「加工澱粉」の中から、敢えて「アセチル化澱粉及びリン酸架橋澱粉からなる群から選択される1種以上」を選択し、

その配合量を「0.04~8質量%」とすることの動機付けとなる記載はないし、そのようにした場合に、「長期保存が可能で且つ解凍するだけで喫食可能な状態となり、しかも解凍後の喫食時に優れた魚卵の風味が得られ、且つ食感が滑らかな冷凍魚卵入りソースの製造方法を提供する」という本件特許発明の効果が得られることを予測させる記載もない。

したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない“。(甲3~甲10;文献名省略)

⑥“よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。