特許を巡る争い<82>サントリー・強炭酸飲料特許

サントリーホールディングス株式会社の特許第6931433号は、エタノール等の添加によって、飲用後の炭酸の不快な刺激が改善された低甘味の強炭酸飲料に関する。2件の異議申立てがなされ、取消理由が通知されたが、飲料の濁度を数値限定する訂正を行い、権利維持された。

サントリーホールディングス株式会社の特許第6931433号“低甘味の炭酸飲料”を取り上げる。

特許第6931433号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6931433/3E60ECBB77F1A75A93A68F0C6CF9A73FB5FD9AD1FC697D9FC9FA5BB8C0706B05/15/ja)。

【請求項1】

(a)甘味度が0.6~2.0であり、

(b)炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上であり、かつ

(c)0.005~1.0v/v%のエタノールおよび/またはプロピレングリコールを含有する、

炭酸飲料。

【請求項2】~【請求項4】 省略

本特許明細書には、本特許発明の”炭酸飲料”(強炭酸飲料)について、“のど越しがよく、強い刺激的な爽快感が得られることから、暑い夏場を中心に需要が大きい。

市場に流通している強炭酸飲料を見ると、コーラのように味が濃く甘味も強い嗜好性の高いタイプの製品と、いわゆる炭酸水と呼ばれる甘味が全くないタイプの製品とに分けることができ、甘味の強さにおいて二極化しており、その中間の弱い甘味を有する強炭酸飲料製品はこれまでにほとんどなかった“と記載されている。

しかし、強炭酸飲料については、“飲用後に残る炭酸の不快な刺激”、“具体的には、飲用後数秒にわたって喉の奥に感じるピリピリとした刺激”、の改善が求められていた。

本特許発明の技術、すなわち、“甘味度が0.6~2.0で炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上の強炭酸飲料において、特定量のエタノールおよび/またはプロピレングリコールを含有させること”、によって、“飲用後に残る炭酸の不快な刺激を改善することができ、” 低甘味度で高ガス圧の炭酸飲料を提供することができる”と記載されている。

特許第6931433号(本件特許)は、本件特許技術を用いた飲料が、出願日(2021年1月28日)前の2020年4月14日 に日本全国のファミリーマートにて販売開始されていたため、特許法第30条第2項(新規性喪失の例外)を適応して出願された特許である。

出願日直後(2021年5月13日)に早期審査請求され、2021年7月15日に特許査定を受けたため、特許公報発行日(2021年9月1日)の翌年に特許公開公報が発行された(特開2022ー115351、公開日2022年8月9日)。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下で、拒絶理由通知なく特許査定されたため、特許公報に記載された特許請求の範囲と同一である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2022-115351/3E60ECBB77F1A75A93A68F0C6CF9A73FB5FD9AD1FC697D9FC9FA5BB8C0706B05/11/ja)。

【請求項1】

(a)甘味度が0.6~2.0であり、

(b)炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上であり、かつ

(c)0.005~1.0v/v%のエタノールおよび/またはプロピレングリコールを含有する、

炭酸飲料。

【請求項2】~【請求項4】 省略

特許公報発行日(2021年9月1日)の半年後(2022年3月1日) 、同日に2名の個人(特許異議申立人A、特許異議申立人B)から別々に異議申立てがなされた。

審理の結論は、以下であった(異議2022-700186、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-011908/3E60ECBB77F1A75A93A68F0C6CF9A73FB5FD9AD1FC697D9FC9FA5BB8C0706B05/10/ja)。

特許第6931433号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし4〕について訂正することを認める。

特許第6931433号の請求項1、2及び4に係る特許を維持する。

特許第6931433号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。

特許異議申立人Aが申立てた申立理由は、以下であった。

1.申立理由A1(甲第1号証に基づく新規性欠如)

“本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外

国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記

の甲第1号証に記載された発明であ“る。

2.申立理由A3(甲第1号証に基づく進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は

外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下

記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明

をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特開2017-104046号公報

3.申立理由A2(甲第9号証に基づく新規性欠如)

“本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国にお

いて、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第

9号証に記載された発明であ“る。

4.申立理由A4(甲第9号証に基づく進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は

外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下

記の甲第9号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明

をすることができたものであ“る。

甲第9号証:特開2019-170193号公報

特許異議申立人Bが申立てた申立理由は、以下であった。

1.申立理由B1(甲第1号証に基づく新規性欠如)

“本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外

国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記

の甲第1号証に記載された発明であ“る。

2.申立理由B2(甲第1号証に基づく進歩性欠如)

“本件特許の請求項3及び4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外

国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記

の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明を

することができたものであ“る。

甲第1号証:特開2021-61778号公報 (特許異議申立人Aの提出した甲第1号証及び甲第9号証とは異なる。)

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審査内容を紹介する。

異議申立日(2022年3月1日)後の2022年6月16日付けで、本件特許請求項1及び2に係る発明に対して、取消理由が通知された。

取消理由は、特許異議申立人Aが提出した甲第1号証(特開2017-104046号公報)を証拠とした新規性欠如・進歩性欠如であった。

甲第1号証(特開2017-104046号公報)は、発明の名称“炭酸感が増強された容器詰め低甘味度炭酸飲料”(出願人 キリンビバレッジ株式会社)で、請求項1は以下であった。

【請求項1】

炭酸飲料が、以下の(1)~(5)の要件を満たす、炭酸感が増強された容器

詰め低甘味度炭酸飲料。

(1)甘味度が、2以下であり、

(2)カフェイン、クワシン、ナリンジンからなる群から選択される1ないし2

以上の成分を含有し、

(3)[カフェイン濃度(重量%)+クワシン濃度(重量%)×10000+ナ

リンジン濃度(重量%)×3.3]で表される苦味度(A)が、0.0001~

0.055であり、

(4)酸度(B)が、0.01~0.2であり、

(5)苦味度(A)と酸度(B)の比(A/B)が、0.01~1.1である。

審判官は、特許公報に記載された本件特許発明1と、甲第1号証に記載された実施例17(甲A1実施例17発明)及び実施例18(甲A1実施例18発明)とを対比して、“本件特許発明1は甲A1実施例17発明又は甲A1実施例18発明であ”り、並びに“本件特許発明1は甲A1実施例17発明又は甲A1実施例18発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである”と結論した。

取消理由通知に対して、特許権者は、2022年8月16日に意見書及び訂正請求書を提出した。訂正は認められ、特許請求の範囲は、以下のように訂正された。

【請求項1】

(a)甘味度が0.6~2.0であり、

(b)炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上であり、

(c)0.005~1.0v/v%のエタノールおよび/またはプロピレングリコールを含有し、かつ

(d)波長660nmにおける吸光度が0.03以上である、

炭酸飲料。

【請求項2】~【請求項4】 省略(なお、【請求項3】は、削除された。)

請求項1は、特許公報に記載された請求項1に、新たに(d)の要件(波長660nmにおける吸光度、濁度)を追加した訂正であった

訂正された請求項1についての審理結果は、以下の通りであった。

(1)甲A1実施例17発明に基づく新規性欠如・進歩性欠如

審判官は、訂正された 本件特許発明1と甲A1実施例17発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>  “(a)甘味度が0.6~2.0であり、

(b)炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上である、炭酸飲料。“

<相違点1-1> 省略

<相違点1-2>“ 本件特許発明1においては、「(d)波長660nmにおける吸光度が0.03以上である」と特定されているのに対し、甲A1実施例17発明においては、そのようには特定されていない点。”

審判官は、相違点1-2について、以下のように判断した。

・“甲A1には、「波長660nmにおける吸光度」に関する記載はなく、他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲A1実施例17発明において、「波長660nmにおける吸光度」が「0.03以上である」ことが、当業者に明らかであるとはいえないから、相違点1-2は実質的な相違点である。

・“甲A1及び他の証拠には、甲A1実施例17発明において、「波長660nmにおける吸光度」を「0.03以上」とする動機付けとなる記載はない。

したがって、甲A1実施例17発明において、甲A1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

・“本件特許発明1の奏する「飲用後に残る炭酸の不快な刺激が改善されるが、さらに波長660nmにおける吸光度を0.03以上となるよう濁らせることで、その効果が顕著に得られる」”という効果は、 “甲A1実施例17発明並びに甲A1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測できる範囲の効果を超える顕著なものである。

特許異議申立人Aは、 “甲1発明の炭酸飲料に、「乳化香料の添加」という周知技術を適用すると、当然に波長660nmにおける吸光度が0.03以上となる。したがって、相違点2及び相違点3はいずれも周知技術の適用にすぎず、相違点2及び相違点3によっては本件発明の進歩性は認められるべきではない”旨の主張するが、“乳化香料を添加すれば、必ず「波長660nmの吸光度が0.03以上」になると述べるものではない。

したがって、甲A1実施例17発明に、「乳化香料の添加」という周知技術を適用しても、当然に波長660nmにおける吸光度が0.03以上となるとはいえない。

上記した理由をもとに、審判官は、“他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲A1実施例17発明であるとはいえないし、甲A1実施例17発明並びに甲A1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない”と結論した。

(2)甲A1実施例18発明に基づく新規性欠如・進歩性欠如

審判官は、訂正された 本件特許発明1と甲A1実施例18発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>“(a)甘味度が0.6~2.0であり、

(b)炭酸ガス圧が3.0kgf/cm2以上である、炭酸飲料。“

<相違点2-1> 省略

<相違点2-2>“本件特許発明1においては、「(d)波長660nmにおける吸光度が0.03以上である」と特定されているのに対し、甲A1実施例18発明においては、そのようには特定されていない点。”

審判官は、相違点2-2について、以下のように判断した。

・“相違点2-2は相違点1-2と同じであるから、その判断も相違点1-2と同じである。

すなわち、相違点2-2は実質的な相違点であるし、甲A1実施例18発明において、甲A1及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点2-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

・“本件特許発明1の奏する「飲用後に残る炭酸の不快な刺激が改善されるが、さらに波長660nmにおける吸光度を0.03以上となるよう濁らせることで、その効果が顕著に得られる」という効果は、甲A1実施例18発明並びに甲A1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測できる範囲の効果を超える顕著なものである。

上記した理由をもとに、審判官は、“他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲A1実施例18発明であるとはいえないし、甲A1実施例18発明並びに甲A1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない”と結論した。