特許を巡る争い<103>伊藤園・豆乳飲料特許

伊藤園の特許第7256215号は、たんぱく質などの有用成分を含みながら、低カロリーで、かつ飲みやすい豆乳飲料に関する。進歩性欠如の理由で異議申立がなされたが、申立理由は認められず、権利維持された。

伊藤園の特許第7256215号“豆乳飲料およびその製造方法”を取り上げる。

特許第72256215号の特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7256215/15/ja)。

【請求項1】

粉末脱脂大豆を0.8質量%~3.0質量%含有し、

脂質が0g/100g以上1.5g/100g以下、

糖質が0.5g/100g以上2.5g/100g以下、

カロリーが10kcal/100g以上40kcal/100g以下、

たんぱく質が2.5g/100g以上5.0g/100g以下、

イソフラボンが15.0mg/100g以上50mg/100g以下、

pHが7.0~8.4であることを特徴とする、

均質化された全固形分4.0%以上7.0%以下の豆乳飲料。

【請求項2】~【請求項4】 省略

本特許明細書には、本特許発明の目的は、“たんぱく質、イソフラボンを有用に含みながら、無調整豆乳に比べて低カロリー、低脂質、低糖質であり、さらに、飲みやすい豆乳飲料を提供することにある”と記載されている。

また、成分無調整の豆乳について、“市販の清涼飲料などに比べて、高カロリー、高脂質、高糖質であり、飲み過ぎによるカロリー等の過剰摂取には注意が必要である。また、豆乳は粘り気があるもったりとした飲用感や植物由来の青臭みがあり、豆乳を習慣的に飲用することの妨げになっていた”と記載されている。

そして、本特許発明の豆乳飲料は、“豆乳の各成分等を適宜調整したことにより、たんぱく質、イソフラボンを有用に含み、無調整豆乳に比べて低カロリー、低脂質、低糖質でありながら、大豆の風味が感じられ、さらりとした飲み心地の飲みやすい飲料になる。さらには、経時安定性にも優れ、長期間保管することもできる”と記載されている。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2022-128839、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-128839/11/ja)。

【請求項1】

脂質が1.5g/100g以下、

糖質が2.5g/100g以下、

カロリーが40kcal/100g以下、

たんぱく質が2.5g/100g以上、

イソフラボンが15.0mg/100g以上、

pHが7.0~8.4であることを特徴とする、

均質化された全固形分4.0%以上7.0%以下の豆乳飲料。

【請求項2】~【請求項5】省略

請求項1について、特許公報に記載された請求項1と比較すると、粉末脱脂大豆の含有、及び脂質・糖質・カロリー・たんぱく質・イソフラボンの含量の数値範囲の限定がなされて、特許査定を受けている。

なお、本特許は、公開日前に審査請求され、公開公報発行後に特許査定を受けている。

特許公報発行日(2023年4月11日) の半年後 (2023年10月10日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2023-701077 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2021-027286/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7256215号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。”

異議申立人の申立てた申立理由は、以下の2つであった。

(1)“申立理由1(進歩性)

本件特許発明1~4は、甲第1号証に記載された発明と、甲第2号証に記

載された事項に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有

する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたもの

であ“る。

(2)“申立理由2(進歩性)

本件特許発明1、3は、甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証に記

載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証(甲1):国際公開第2020/208734号

【発明の名称】植物性タンパク質含有液状組成物及びその製造方法

【出願人名】MIZKAN HOLDINGS CO., LTD.、株式会社Mizkan Holdings

甲第2号証(甲2):国際公開第2011/052793号

【発明の名称】豆乳の製造方法及び豆腐の製造方法

【出願人名】Taishi Food Inc.

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)“申立理由1(甲1を主引例とする進歩性)について”の審理結果

審判官は、申立理由1について、以下のように判断した。

甲1に記載された発明は、“実施例8の液状組成物の製造方法に注目すると、甲1には次の液状組成物の製造方法の発明が記載されているものと認められる”(「甲1方法発明」)

”低脂肪豆乳を減圧濃縮する工程と、

濃縮低脂肪豆乳と粉末脱脂大豆(飲料中の含量1%)を混合する工程とを含む、

大豆由来のタンパク質と脂質を含有する豆乳飲料の製造方法であって、

(a)該液状組成物中のタンパク質の含有量が10g/100gであり、

(b)タンパク質と脂質の含有比が質量比で10:1であり、

((a)と(b)から、飲料中の脂質の含有量は1g/100g)

(c)ブリックス値が18.4%であり、

(d)該液状組成物中の食物繊維の含有量が0.4g/100gであり、

(e)B型粘度計で測定される粘度が以下のとおりであり、

(e1)20℃における粘度が220mPa・s

(e2)5℃における粘度が340mPa・s

(e3)50℃における粘度が200mPa・s

(f)pHが6.28である、

豆乳飲料の製造方法。”

本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

(一致点)“「粉末脱脂大豆を0.8質量%~3.0質量%含有し、脂質が0g/100g以上1.5g/100g以下の豆乳飲料。」“

(相違点1-1)及び(相違点1-2) 省略

(相違点1-3)“たんぱく質の含有量は、本件特許発明1では「2.5g/100g以上5.0g/100g以下」であるのに対し、甲1発明では「10g/100g」である点”

(相違点1-4)ないし(相違点1-7)省略

・(相違点1-3)については、(ア)~(エ)のように判断される。

(ア)甲1には、液状組成物に含有されるタンパク質の含有量について、下限が「通常6質量%以上」であり、タンパク質の含有量が上記下限よりも低いと、効率よくタンパク質を摂取することができない場合があると記載されていることから([0014])、甲1の液状組成物におけるタンパク質の含有量として6質量%未満とすることについて否定的に記載されている。

(イ)また、甲1が解決しようとする課題は、上記1(1)イ(ア)で検討したように、「植物性タンパク質を高濃度で含有しても、ゲル化や酸による凝集・固化が起こらず、舌触り、喉ごし、及び風味が良好である植物性タンパク含有液状組成物を提供すること」であることから、甲1発明の液状組成物は、植物性タンパク質を高濃度で含有するものであることが前提となっている。

(ウ)さらに、甲1の[0003]には、従来の豆乳について「100gあたりのタンパク質の含有量が3~4g程度と高いものではない」と記載されていることから、タンパク質の含有量として3~4g/100gは少量であり望ましいものではないとされており、甲1の[表2]の実施例1~9においてタンパク質の含有量はいずれも8g/100g以上となっている。“

(エ)上記(ア)~(ウ)の検討によれば、甲1の液状組成物において、タンパク質の含有量が下限値である6質量%よりも低いものとすることには、阻害要因が存在しているといえるから、甲1発明において、タンパク質の含有量を「10g/100g」に代えて、上記下限値である「6質量%」よりも低い「2.5g/100g以上5.0g/100g以下」とすることが当業者にとって容易になし得たことであるということはできない。

そして、以下のように結論した。

甲1発明において、甲2の記載事項を参照したとしても、相違点1-3に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。

したがって、相違点1-1~1-2、1-4~1-7について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1発明と甲2の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)申立理由2(甲2を主引例とする進歩性)について審理結果

審判官は、申立理由2について、以下のように判断した。

甲2には、以下の発明が記載されていると認められる(甲2発明)。

”「カナダ産大豆を一晩水に浸漬後、加水しながらグラインダーで磨砕して生呉とし、前記生呉を連続加熱釜で加熱して煮呉とし、前記煮呉からスクリュープレス装置でおからを分離して豆乳とし、

前記豆乳を原料液として高速遠心分離機によって40℃、8000rpm、30分間の遠心分離を行って、上層の脂肪(クリーム)層を取り除き、沈殿層以外の豆乳層を採取した、次の成分を含有する脂肪分離豆乳。

固形分  10.0g/100g

脂質    1.1g/100g

タンパク質 5.4g/100g

炭水化物  2.9g/100g

灰分    0.6g/100g」

・本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

“(一致点)「脂質が0g/100g以上1.5g/100g以下の豆乳飲料。」”

(相違点3-1)本件特許発明1は「粉末脱脂大豆を0.8質量%~3.0質量%含有」するものであるのに対して、甲2発明は粉末脱脂大豆を含有するものではない点。

(相違点3-2)~(相違点3-8) 省略

相違点3-1については、(ア)及び(イ)のように判断される。

(ア)”甲2には、脱脂した豆乳について次の記載がある。

“豆乳においても、大豆に水のみを加えて抽出して製造する豆乳の場合には、天然に近い産物であり、大豆に本来含まれている脂肪分がそのまま残るという結果になっていた。

その豆乳からカロリーを低減させようとすれば、牛乳と同様の手法で脂肪を低減させる方法が最も実用的である。また牛乳と同様に、脱脂大豆や分離大豆タンパクを活用する方法も考えられるが、いずれにしても得られる豆乳は、品質上の格差が大きいため世の中に普及していないのが実情であった。

(イ)上記(ア)の記載によれば、脱脂粉乳を使用して製造された脂肪を低減した乳製品が一般的に製造された牛乳と品質的にかけ離れているのと同様に、脱脂大豆を使用して製造された脂肪を低減した豆乳は品質上の格差が大きいため世の中に普及していないこと、つまり、脱脂大豆の使用についてはその品質上の問題から否定的であることが説明されている。

甲2では、脂肪を低減した豆乳を効率よく製造するために、脱脂大豆を使用するのではなく、おから成分等の不溶成分を除去する前の大豆原料液を高速遠心分離機にかけるようにしている。したがって、甲2には、甲2発明に脱脂大豆を含有することについての動機となる記載を見出すことができない。

そして、以下のように結論した。

甲2発明において、甲1の記載事項を参照したとしても、相違点3-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えたものとすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえない。

したがって、相違点3-2~3-8について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲2発明と甲1の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。