特許を巡る争い<35>キリンビバレッジ株式会社・容器詰乳入りコーヒー飲料特許

キリンビバレッジの特許第6385801号は、長期保存しても異臭味が発生しない容器詰乳入りコーヒー飲料に関する。一個人によって異議申立されたが、使用する乳原料を脱脂粉乳に限定する訂正を行い、権利維持された。

キリンビバレッジ株式会社の特許第6385801号“乳及び植物抽出物を含有する容器詰飲料”を取り上げる。

特許第6385801号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下のとおりであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6385801/A6155EAF8CAB02D5DD0E37436D6BDFD0410CC6AEC4FC5A6E975D424B9B59B389/15/ja)。

【請求項1】

乳原料、乳代替原料又はその両方と、コーヒー抽出物とを含有する容器詰乳入りコーヒー飲料であって、

前記乳原料の乳脂肪分量が0~2重量%の範囲内であり、かつ、

飲料全量に対して0.47~4.7重量%の範囲内の難消化性デキストリンを含有したことにより、

長期保存により発生する異臭味の発生が防止されたことを特徴とする、

長期保存に対して香味の保持された容器詰乳入りコーヒー飲料。

【請求項2】~【請求項10】 省略

本特許明細書には、“乳原料”および“乳代替原料“について、“該乳原料としては、牛乳や脂肪分を減少させた加工乳、その各種粉乳やクリームなどであり、上記の乳代替原料とは、食品用の植物油脂や動物油脂、タンパク質類などを用いた乳代替用の組成物を挙げることができる”と記載されている。

また、“難消化性デキストリン“について、“難消化性デキストリンは、非消化性のデキストリンであり、食物繊維素材として食品などに添加して用いられている“と記載されている。

本特許発明を用いることによって、“容器詰乳入りコーヒー飲料”における“長期保存により発生する乳酸敗臭、酸味及びオフフレーバーのような異臭味の発生”が防止される効果が得られると記載されている。

特許公開公報の特許請求の範囲は、以下のとおりである(特開2016-86794、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-086794/A6155EAF8CAB02D5DD0E37436D6BDFD0410CC6AEC4FC5A6E975D424B9B59B389/11/ja)。

【請求項1】

乳及び植物抽出物(但し、紅茶抽出物を除く)を含有する容器詰飲料であって、

飲料全量に対して0.4重量%以上の難消化性デキストリンを含有したことにより、

長期保存により発生する異臭味の発生が防止されたことを特徴とする、

長期保存に対して香味の保持された容器詰飲料。

【請求項2】~【請求項10】省略

“乳“を”乳原料、乳代替原料又はその両方“に、”植物抽出物“を”コーヒー抽出物“に、および“飲料”を“容乳入りコーヒー飲料”にそれぞれ限定し、ならびに難消化性デキストリン含有量の上限値の設定および乳原料の乳脂肪分量の数値範囲を限定する補正を行って、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(平成30年9月5日)の半年後(平成31年3月5日)に、一個人によって異議申立された(異議2019-700178、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-229171/A6155EAF8CAB02D5DD0E37436D6BDFD0410CC6AEC4FC5A6E975D424B9B59B389/10/ja)。

結論は、以下のとおりであった。

特許第6385801号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。

特許第6385801号の請求項1、2、5~9に係る特許を維持する。

特許第6385801の請求項3、4及び10に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。

異議申立以降の主な経緯は、以下のようであった。

令和1年 6月 3日付け:取消理由通知

同年7月30日:訂正請求書、意見書の提出(特許権者)

同年10月 2日付け:訂正拒絶理由通知

同年12月10日付け:取消理由通知

令和2年2月12日:訂正請求書、意見書の提出(特許権者)

同年6月4日:異議の決定

特許決定公報によれば、令和2年2月12日に提出された訂正請求書の訂正請求項1は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-229171/A6155EAF8CAB02D5DD0E37436D6BDFD0410CC6AEC4FC5A6E975D424B9B59B389/10/ja)。

【請求項1】

乳原料、乳代替原料又はその両方と、コーヒー抽出物とを含有する容器詰乳入りコーヒー飲料であって、

前記乳原料中に含まれる乳脂肪分量が飲料全量に対して0~2重量%の範囲内であり、

前記乳原料が脱脂粉乳であり、かつ、

飲料全量に対して0.47~4.7重量%の範囲内の難消化性デキストリンを含有したことにより、長期保存により発生する異臭味の発生が防止されたことを特徴とする、

長期保存に対して香味の保持された容器詰乳入りコーヒー飲料。

特許公報に記載された請求項1と比較して、“前記乳原料が脱脂粉乳であり、かつ、”の文言が追加されている。

なお、訂正請求された【請求項2】~【請求項10】は省略するが、請求項3、4および10は削除されている。

令和1年12月10日付けで特許権者に通知された取消理由は、以下の3つであった。

(1)取消理由1(新規事項)

(2)取消理由2(サポート要件)

(3)取消理由3(実施可能要件)

以下、順に説明する。

(1)取消理由1(新規事項)

取消理由1は、以下のようなものであった。

特許出願後の平成30年3月28日付けの手続補正によって、“請求項1に、「前記乳原料の乳脂肪分量が0~2重量%の範囲内であり」という発明特定事項を追加する補正”がなされ、“その後特許された“。

この“「前記乳原料の乳脂肪分量が0~2重量%の範囲内であり」”という記載は、“当該飲料中に含まれる乳原料の含量について記載するものであって、乳原料の乳脂肪分量について記載するものではない。

そして、乳入りコーヒー飲料において、乳原料の乳脂肪分量を0~2重量%の範囲内とすることが本願出願時の技術常識であるともいえない。“

したがって、本件補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであり、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものとはいえない“というものであった。

取消理由1について、審判官は、令和2年2月12日に提出された訂正請求書によって、

「前記乳原料が脱脂粉乳であり」と訂正され、

取消理由1で新規事項の追加であるとされた「前記乳原料の乳脂肪分量が0~2重量%の範囲内であり」という記載自体は請求項1からなくなったので、取消理由1は理由がないものとなった。

そして、訂正後の「前記乳原料が脱脂粉乳であり」という発明特定事項は、当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである。“として、取消理由1は解消されたと結論した。

(2)取消理由2(サポート要件)

取消理由2は、以下のようなものであった。

本件発明1(請求項1)において、“乳入りコーヒー飲料全量に対する乳原料の含有量は特定されていない”。

”乳原料に由来する乳脂肪や乳タンパク質は長期保存時の異臭味の発生の原因となるものであ”る。

長期保存時の異臭味の発生の原因となる“乳原料の含有量が多量である場合は”、“本件発明の課題である「長期保存により発生する異臭味の発生が防止された」乳入りコーヒー飲料を提供できるかは不明である。

また、そのような記載や示唆がなくとも本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる本願出願時の技術常識も存在しない。

したがって、乳原料の含有量が多量であるような場合をも包含する本件発明1は、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲を超えて特定されたものである“というものであった。

審判官は、“本件訂正により、独立請求項である請求項1及び8において、「前記乳原料が脱脂粉乳」であること、及び「前記乳原料中に含まれる乳脂肪分量が飲料全量に対して0~2重量%」であることが特定された。

“脱脂粉乳の乳脂肪分量は、通常1.0%程度であることを踏まえて、

「前記乳原料が脱脂粉乳」という発明特定事項と「前記乳原料中に含まれる乳脂肪分量が飲料全量に対して0~2重量%」という発明特定事項を併せて考慮すると、

飲料全量に対する、脱脂粉乳である乳原料の含有量は間接的に特定されたことになり、

上記取消理由2で指摘したような、乳原料が多量に含まれる場合は、本件発明1、2、5~9には含まれないものとなった“として、取消理由2は解消されたと結論した。

(3)取消理由3(実施可能要件)

取消理由3は、以下のようなものであった。

取消理由2と同様であって、“飲料全量に対する乳原料の含有量は特定されておらず、

発明の詳細な説明には、飲料全量に対する乳原料の含有量が多量である場合であっても”、本特許発明の効果が得られることが具体的に記載されておらず、

本願出願時の技術常識を参酌しても、本特許発明の効果が得られるとはいえないから、

“発明の詳細な説明の記載は、当業者が訂正前の本件発明1~10を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない”というものであった。

審判官は、訂正によって、取消理由2の場合と同様に、

“「前記乳原料が脱脂粉乳」という発明特定事項と「前記乳原料中に含まれる乳脂肪分量が飲料全量に対して0~2重量%」という発明特定事項を併せて考慮すると、

飲料全量に対する、脱脂粉乳である乳原料の含有量は間接的に特定されたことになり、

上記取消理由3で指摘したような、乳原料が多量に含まれる場合は、本件発明1、2、5~9には含まれないものとなった”として、取消理由3は解消されたと結論した。