特許を巡る争い<59>日清オイリオ・寿司飯製造方法特許

特許第6842075号は、糖と酢とを含有する調味液を添加して炊飯する、呈味に優れ、芯の発生が抑制された米飯類の製造方法に関する。新規性欠如、進歩性欠如、及び記載不備の理由で異議申立されたが、いずれの主張も認められず、そのまま権利維持された。

日清オイリオグループ株式会社と和弘食品株式会社の特許第6842075号“米飯類の製造方法、調味液、及び米飯類の芯の抑制方法”を取り上げる。

特許第6842075号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6842075/6127FB3AF34080EC04867C60A1CC00275C4197E1853568E0BEB575E25872A84F/15/ja)。

【請求項1】

糖類の固形分含量が0~32質量%、

甘味度が30~85、及び

酢酸換算酸度が2.5~5.7である調味液を添加後、

炊飯する、米飯類の製造方法

(ただし、前記調味液が酸化カルシウムを含む場合とイソマルトを含む場合とを除く)。

【請求項2】~【請求項6】省略

本特許発明は、寿司飯に関連する発明である。

本特許明細書には、“従来から米飯類に寿司酢などの風味成分を混合する場合、炊飯された米飯類を撹拌しながら、粉末状や液体状の風味成分を混合することが行われてきた。

しかし、混合の際に、米飯類の撹拌によって米粒が崩れて、米飯類の形状や食感に影響を及ぼす問題や、業務用など製造のスケールが大きくなるほど、混合が煩雑になる問題があった。

これらの問題を改善するために、寿司酢などの風味成分を炊飯前に添加し、炊飯する方法が知られているが、炊飯により本来付与されるべき酸味や甘味が損なわれ、所望の風味にならないことや、風味成分と一緒に炊飯すると米飯類に芯ができてしまう問題があった“と記載されている。

この問題に対して、“本発明者は、糖類の固形分が特定含量以下で、且つ、甘味度と酢酸換算酸度が特定の範囲である調味液を添加後、炊飯することで、上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成した”と記載されている。

本特許発明の奏する効果について、“本発明によれば、調味液を炊飯後に混合して味付けする手間が省け、業務用など製造のスケールが大きい場合に特に利点がある。

また、炊飯後に風味成分を混合した従来の米飯類と同程度に酸味と甘味に優れ、芯の発生が抑制された米飯類を提供できる。

さらに、本発明の製造方法で製造された米飯類は、長時間、その酸味と甘味が維持され、安定した風味となる効果も期待でき、食品ロスにも貢献できる可能性がある。“と記載されている。

本特許の公開公報に記載された出願時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2021-168633、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-168633/6127FB3AF34080EC04867C60A1CC00275C4197E1853568E0BEB575E25872A84F/11/ja

【請求項1】

糖類の固形分含量が0~32質量%、

甘味度が30~85、及び

酢酸換算酸度が2.5~5.7である調味液を添加後、

炊飯する、米飯類の製造方法。

【請求項2】~【請求項6】省略

請求項1については、公開公報に記載された請求項1を、“ただし、前記調味液が酸化カルシウムを含む場合とイソマルトを含む場合とを除く”の除くクレームの形に補正して、特許査定を受けている。

なお、本特許は、出願直後に早期審査請求され(出願日令和2年4月17日、審査請求日令和2年6月25日)、特許査定を受け、令和3年2月24日に登録、特許公報は令和3年3月17日に発行された。

このため、公開日(令和3年10月28日)より前に、特許公報が発行されていた。

公報発行日の半年後(令和3年9月17日)、一個人名にて異議申し立てがなされた(異議2021-700899

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-168633/6127FB3AF34080EC04867C60A1CC00275C4197E1853568E0BEB575E25872A84F/11/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第6842075号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。”

特許異議申立人は、甲第1号証~甲第24号証(公知文献)と甲第25号証(実験成績証明書)を提出し、全請求項について、以下の異議申立理由を申立てた。

1 新規性(異議申立理由1-1、異議申立理由1-2、異議申立理由1-3)

2 進歩性(異議申立理由2)

3 実施可能要件(異議申立理由3)

4 サポート要件(異議申立理由4)

5 明確性要件(異議申立理由5)

以下、請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って審理結果を紹介する。

(1)甲第1号証に記載された発明(甲1方法発明)を主引用文献とする新規性違反(異議申立理由1-1)及び進歩性違反(異議申立理由2)についての審理結果

(注)甲第1号証:特開2011-30524号公報

特許異議申立人は、以下の理由をもって、新規性違反及び進歩性違反を主張した。

a.甲第1号証の請求項1や実施例等の記載には、“糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の本件特許発明1の各数値範囲が記載されている又は包含されている”、並びに“仮定をおいた場合に一部形式的に重なる範囲がある”。

b.“本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とが、糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の数値範囲の発明特定事項で相違するとしても、当業者であれば適宜調整又は最適化可能な設計的事項に過ぎ”ない

c.本件特許発明1の効果は、甲第7号証、甲第19号証~甲第25号証の記載より、“芯の発生の防止は、炊飯前の浸漬という別の公知の方法で達成されていた効果であること”、及び“本件特許発明1の全体の効果として、実施例の浸漬工程を設けない場合の酸味や甘み等の風味の効果と芯の発生防止の効果は立証されていないことから格別顕著な効果といえない”。

審判官は、異議申立人の上記主張に対して、以下のように判断した。

1.本件特許発明1と甲1方法発明とを対比し、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「炊飯のための調味液。」に関する発明”である点。

相違点1-1:本件特許発明1においては、調味液の「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」ことが特定されているのに対して、

甲1方法発明においては、「酢酸濃度4.0質量/容量%以上であり且つ塩分10質量/容量%以上の濃厚すし酢を製造するにあたり、;4糖以下の糖質を含有させないか又は合計で50質量/容量%以下の量で含有させ、且つ、高甘味度甘味料を用いて甘味度を55以上に調整」したものと特定され、糖類の固形分含量、酢酸換算酸度の特定のない点。

相違点2-1、相違点3-1、相違点4-1:省略。

2.上記相違点1-1についての判断

甲第1号証の記載を参照しても、“「酢酸濃度4.0質量/容量%以上であり且つ塩分10質量/容量%以上の濃厚すし酢を製造するにあたり、;4糖以下の糖質を含有させないか又は合計で50質量/容量%以下の量で含有させ、且つ、高甘味度甘味料を用いて甘味度を55以上に調整」することが、

本件特許発明1の「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である調味液」とすることを意味していることが記載されているに等しいとする理由はなく、そのような本願出願時の技術常識もない。

本件特許発明1と甲1方法発明の数値範囲の特定には、“甲1方法発明の酢酸濃度や4糖以下の糖質含有量にその他の成分の影響に関する仮定をおいた場合に、形式的に一部重複することが想定できるだけで、

甲第1号証に記載された全ての実施例において、本件特許発明1の全ての条件を満たす濃厚すし酢(又はすし酢)も示されていないのであるから、上記のとおり、甲1方法発明において、相違点1-1が記載されているに等しい事項とはいえず、相違点1-1は、実質的な相違点である。

・“甲第1号証の記載を考慮しても、甲1方法発明において、濃厚すし酢を「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である調味液」とすることが記載も示唆もされていない”し、

並びに、“甲1方法発明の濃厚すし酢を、敢えて「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」特定範囲のものとする機付けは存在しない。”

甲第9号証~甲第25号証を含めた他の証拠にも、“甲1方法発明との関係を述べた記載が存在しないのであるから、それらの証拠を考慮しても、甲1方法発明において、上記糖類の固形分含量、甘味度、及び酢酸換算酸度範囲を特定範囲とすることは、動機付けられない。

・本件特許発明1の効果は、“仮に別の公知の方法で達成されていた効果であるからといって、本件特許発明1の効果が予測できない顕著な効果であることにならないし実施例が特に浸漬工程を設けた態様でないからといって、本件特許発明1の技術的思想と直接関係しない炊飯前の浸漬工程を設けない場合にしか効果が認められないとはいえないのはもちろんのこと、

浸漬工程が芯の抑制に一定の効果を有することが本願出願時に技術常識であったとすれば、当業者であれば、必要に応じて浸漬工程の長さを調整すれば良いと理解できるといえる。

以上の理由から、審判官は、“相違点2-1、3-1、4-1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明とはいえず、また甲第1号証記載の発明及び甲第9号証~甲第25号証記載の技術的事項から当業者が容易に発明することができるものともいえない”と結論した。

(2)甲第2号証に記載された発明(甲2方法発明)を主引用文献とする新規性違反(異議申立理由1-2)及び進歩性違反(異議申立理由2)についての審理結果

(注)甲第2号証:クックパッド・レシピ,炊飯器で簡単!炊き込み親子ちらし寿司,https://cookpad.com/recipe/4399238,2018年2月25日

1.審判官は、本件特許発明1と甲2方法発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「調味液を添加後、炊飯する、米飯類の製造方法。」の点”。

相違点1-2:本件特許発明1においては、調味液の「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」ことが特定されているのに対して、甲2方法発明においては、糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の特定のない点。

相違点2-2:省略

2.上記相違点1-2についての判断

甲第2号証の記載を参照しても、”すし酢と醤油の量の記載があるだけで、調味液の「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」ことが記載されているに等しいとする理由はないし、本願出願時の技術常識であるともいえない。

甲第9号証他の証拠の記載、及び“甲第9号証の寿司酢の酢酸換算酸度、比重、糖組成、糖類固形分含量、及び甘味度を求めたとされる甲第25号証の実験成績報告書の結果”等を“参照しても、甲2方法発明のすし酢と甲第9号証の寿司酢の関係は全く説明されて”いない。

・“甲第25号証で分析されたとされる甲第9号証の寿司酢”は、“商品名が甲第9号証と一致しているだけで、どのような経緯で保管され、いつ製造されたものかも全く示されていないのであるから、

本件特許発明1を、“導き出せないし、単にそれらの証拠を理由なく関連づけて、参照することはできない点からも甲2方法発明の「調味液における糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」ことが、甲第2号証に記載されているに等しいとはいえない。

したがって、相違点1-2は、実質的な相違点である。

甲第2号証には、本件発明1のような“調味液成分組成を設定する動機付けは存在しない。

“また、甲第9号証~甲第25号証を含めた他の証拠にも“甲2方法発明との関係を述べた記載が存在しないのであるから、それらの証拠を考慮しても、甲2方法発明において、上記糖類の固形分含量、甘味度、及び酢酸換算酸度範囲を特定範囲とすることは、動機付けられない。

・“本件特許発明1は、前記異議申立理由2(甲第1号証記載の発明との対比・判断)において”述べたように、“予測できない顕著な効果を奏している。

以上の理由から、審判官は、“相違点2-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第9,11~13,16~18号証、甲第25号証を参照しても甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第2号証記載の発明および甲第9~25号証記載の技術的事項から当業者が容易に発明することができるものともいえない。“

と結論した。

(3)甲第3号証に記載された発明(甲3方法発明)、甲第4号証に記載された発明(甲4方法発明)、及び甲第5号証に記載された発明(甲5方法発明)~甲第8号証に記載された発明(甲8方法発明)をそれぞれ主引用文献とする異議申新規性違反(異議申立理由1-2、1-3)及び進歩性違反(異議申立理由2)についての審理結果(甲第3号証~甲第8号証:省略)

審判官は、本件特許発明1と甲3方法発明との対比、本件特許発明1と甲4方法発明との対比、及び本件特許発明1と甲5方法発明~甲8方法発明との対比のいずれの対比においても、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「調味液を添加後、炊飯する、米飯類の製造方法。」の点”。

相違点:“本件特許発明1においては、調味液の「糖類の固形分含量が0~32質量%、甘味度が30~85、及び酢酸換算酸度が2.5~5.7である」ことが特定されているのに対して、甲3方法発明、甲4方法発明、及び甲5方法発明~甲8方法発明においては、糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の特定のない点”。

本件発明1と各主引用発明との一致点・相違点は、本件特許発明1と甲2方法発明との対比の場合と重複しており、審判官は、甲2方法発明との対比の場合と同様な理由で、異議申立人の主張を認めなかった。

(4)サポート要件違反(異議申立理由3)、実施可能要件違反(異議申立理由4)及び明確性要件違反(異議申立理由5)についての審理結果

異議申立人の申立てた異議申立理由は、以下のように、いずれも“炊飯前の浸漬工程を設ける場合”の記載がないことを根拠とする主張であった。

サポート要件違反(異議申立理由3):“請求項1~6に係る発明について、炊飯前に浸漬工程を設ける場合も含むところ、本件明細書の実施例では、炊飯前に浸漬工程を設けた旨の記載はなく、実施例で浸漬工程を設けた場合は、炊飯過剰となり食味が失われるのが明らかであるから、請求項の全範囲にわたって、当業者が課題を解決できると認識でき”ない。

実施可能要件違反(異議申立理由4):“請求項1~6に係る発明について、炊飯前に浸漬工程を設ける場合も含むところ、本件明細書の実施例では、炊飯前に浸漬工程を設けた旨の記載はなく、実施例で浸漬工程を設けた場合は、炊飯過剰となり食味が失われるのが明らかであるから、請求項の全範囲にわたって、当業者が課題を解決できると認識でき“ない。

明確性要件違反(異議申立理由5):“請求項1~6に係る発明について、炊飯前に浸漬工程を設けるか否かによって、課題を解決できるか否かが変わってしまうのであるから、発明を明確に理解することができ”ない。

異議申立理由3に対して、審判官は以下のように判断した。

・本願の発明の詳細な説明には、“本件特許発明1の発明特定事項である糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の数値範囲に関して、それらの関連記載とともに、糖類の固形分含量、甘味度、酢酸換算酸度の数値範囲の上下限の技術的意義が示され、”

“実施例においても、本件特許発明に該当する実施例1~17と、炊飯後に調味料を添加した対照例1とともに、いずれかの数値範囲が外れる比較例1~6の評価結果が示されているのであるから、上記記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて、本件特許発明1の構成によって、当業者であれば上記本件特許発明1の課題を解決できることを認識できるといえる。

・本件特許明細書に記載されるように、

浸漬工程の有無に関わらず、本件特許発明の調味液を炊飯前に添加することで、米飯類の芯の抑制ができることが記載されており、浸漬工程自体は、適切な程度の範囲で設ければ良いことは当業者であれば本願出願時の技術常識を考慮して理解できるといえる。

また、実施例が浸漬工程を明示的に設けていない態様であるからといって、浸漬工程を設けた場合には、炊飯過剰となり、過度にぐちゃついた状態となって食味が損なわれてしまうことは、異議申立人が提出した甲第25号証の実験成績証明書の結果においても示されておらず、明らかなこととはいえず、主張の前提が示されているとはいえない。

仮に、浸漬工程を設けた場合の炊飯過剰が生じる場合があるとしても、当業者であれば、適宜浸漬工程の長さ等を調節することで、一定程度課題が解決できると認識できるといえる“。

以上の理由から、審判官は“異議申立理由3には、理由がない“と結論した。

また、異議申立理由4についても、審判官は、異議申立理由3に対する審理におけるのと同様な理由から、“上記異議申立人の主張は採用できない”と結論した。

異議申立理由5についても、審判官は、異議申立人が提出した甲第25号証の実験成績証明書の結果においても、“炊飯前に浸漬工程を設けるか否かで本件特許発明の課題が解決できるか否かが変わってしまうかどうかは立証されていないし、

そもそも、浸漬工程は、本件特許明細書【0011】の記載からみても、適宜設けてもよい工程として記載されているものであって、本件特許発明の技術的思想に関係しない技術的事項であり、発明特定事項になっていないことや本件特許発明の課題解決に影響のある可能性があることが事実であるからといって、本件特許発明が明確であるとの上述の結論に影響しない。

したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない“と結論した。