特許を巡る争い<60>キリン・プラズマ乳酸菌関連特許

キリンホールディングス株式会社の特許第6818405号は、乳酸菌を特定の化合物と接触処理することにより、乳酸菌の免疫賦活作用を増強する方法に関する。記載不備(実施可能要件及びサポート要件の違反)及び進歩性欠如の理由で異議申立されたが、いずれの申立理由も認められず、そのまま権利維持された。

キリンホールディングス株式会社の特許第6818405号“乳酸菌の免疫賦活作用を増強する方法”を取り上げる。

特許公報に記載された特許第6818405号の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6818405/F415F1678BA8F7658C29A34856A70EF68DB150E955D8F716D66562805C3A294F/15/ja)。

【請求項1】

ポリグリセリン及びショ糖からなる群から選択される多価アルコールと、

パルミチン酸及びステアリン酸からなる群から選択される脂肪酸のエステル結合物を

有効成分として含む乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と

免疫賦活作用を有する乳酸菌とを接触させ、

その後乳酸菌を洗浄し前記乳酸菌免疫賦活作用増強組成物を取り除くことを含む、

乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と接触させていない免疫賦活作用を有する乳酸菌と比較して免疫賦活作用が増強され、

多価アルコールと脂肪酸のエステル結合物を含まない乳酸菌を生産する方法。

【請求項2】~【請求項3】 省略

【請求項4】

 免疫賦活作用を有する乳酸菌がインターフェロン産生細胞のインターフェロン産生を誘導し得る乳酸菌である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。

【請求項5】~【請求項6】 省略

【請求項7】

 免疫賦活作用を有する乳酸菌がLactococcus lactis JCM5805である、請求項4~6のいずれか1項に記載の方法。

【請求項8】 省略

本特許発明における乳酸菌の“免疫賦活作用”について、本特許明細書には、

“本発明の乳酸菌の免疫賦活作用を増強する方法により免疫賦活作用を増強させる乳酸菌は、本発明の組成物が存在しない状態でも元々免疫賦活作用を有している乳酸菌である。

ここで、免疫賦活作用を有しているとは、乳酸菌がin vitro及びin vivoで、インターフェロン産生細胞である免疫担当細胞に作用しインターフェロン産生を促進する活性を有していることをいう。免疫賦活作用をインターフェロン産生誘導作用と呼ぶこともある。

免疫担当細胞としては、脾臓細胞や骨髄細胞が挙げられる。

また、免疫担当細胞の中でも、プラズマサイトイド樹状細胞(pDC: plasmacytoid dendritic cell)が挙げられる”と記載されている。

免疫賦活作用を有する乳酸菌について、好ましい乳酸菌として、“Lactococcus lactis JCM5805”株が挙げられている(請求項7)。

キリンのウェブページ(https://health.kirin.co.jp/ps/about/index.html)には、“乳酸菌L.ラクティス プラズマは一般的な乳酸菌ができない、 免疫の司令塔であるpDC(プラズマサイトイド樹状細胞)を直接活性化できる乳酸菌です”と記載されており、

別のキリンのウェブページ(https://health.kirin.co.jp/ps/library/publication/index.html)には、研究成果外部発表のタイトルの中に、“プラズマ乳酸菌(Lactococcus lactis subsp.Latcis JCM5805)”の記載がある。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-85975、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-085975/F415F1678BA8F7658C29A34856A70EF68DB150E955D8F716D66562805C3A294F/11/ja)。

【請求項1】

多価アルコールと脂肪酸のエステル結合物を有効成分として含む乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と免疫賦活作用を有する乳酸菌とを接触させ、

その後乳酸菌を洗浄し前記乳酸菌免疫賦活作用増強組成物を取り除くことを含む、

免疫賦活作用が増強され多価アルコールと脂肪酸のエステル結合物を含まない乳酸菌を製造する方法。

【請求項2】~【請求項8】省略

請求項1について、特許公報に記載された請求項と比較すると、

多価アルコール及び脂肪酸エステル結合物の化合物の限定、並びに

乳酸菌の免疫賦活増強作用の増強が、“乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と接触させていない免疫賦活作用を有する乳酸菌と比較して”免疫賦活作用が増強との限定がなされ、特許査定を受けている。

登録公報発行日(2021年1月20日)の半年後(2021年7月20日)、一個人名で異議申立がなされた(異議2021-700700、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-220653/F415F1678BA8F7658C29A34856A70EF68DB150E955D8F716D66562805C3A294F/10/ja).

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6818405号の請求項に係る特許を維持する。

異議申立人の異議申立理由は、以下のようであった。

“(取消理由1)本件特許の明細書及び特許請求の範囲の記載は実施可能要件及びサポート要件を充足しないこと“

“(取消理由2)本件の請求項1~8に係る発明の特許は、甲第5~10号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである“(進歩性欠如)

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)についての審理結果を紹介する。

1.取消理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)についての審理

審判官は、異議申立人の主張は以下であると認定した。

“本件出願時において乳酸菌による免疫賦活作用の有無や程度の強弱は、属種が共通している乳酸菌であっても株毎に異なることは技術常識であるから、

「JCM805株」の結果に基づいて、これとは異なる属や種に属する乳酸菌の結果を推認することはできない。”

甲第4号証には、“「JCM805株」とショ糖オレイン酸エステルとを混合した場合に、乳酸菌のみの場合と比べて、インターフェロン-α誘導活性が弱められたこと、

すなわち、エステル結合物との接触により免疫賦活作用が増強されない場合があることが示されているから、

「JCM805株」の結果に基づいて、これとは異なる属や種に属する乳酸菌や、乳酸菌の生死の状態について任意の乳酸菌の結果を推認することはできない。“

(1)サポート要件についての審判官の判断

・“本件発明1の解決しようとする課題は、

乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と接触させていない免疫賦活作用を有する乳酸菌と比較して免疫賦活作用が増強され、多価アルコールと脂肪酸のエステル結合物を含まない乳酸菌を生産する方法の提供であると認められ“、

“免疫賦活作用の増強は、乳酸菌免疫賦活作用増強組成物に有効成分として含まれるエステル結合物と『免疫賦活作用を有する乳酸菌』との接触によりもたらされることが理解される。”

上記課題に対して、“発明の詳細な説明の実施例には、

『免疫賦活作用を有する乳酸菌』として生きた又は殺菌した「JCM805株」を用い、エステル結合物として「ショ糖パルミチン酸エステル」などを接触させて洗浄したものが、未処理のものと比較して高いインターフェロン-α誘導活性を示したことが記載されており、

これらの記載から、実施例における各具体例では上記課題が解決できることが認められる。

請求項1の各構成要件についての具体的な判断は、以下のようであった。

“ア 乳酸菌の種類に関して”

「JCM805株」と同様にインターフェロン産生を促進する活性を有する乳酸菌が数多く存在することは技術常識であり、これらの乳酸菌には、「JCM805株」と共通するインターフェロン産生活性化の機序が存在することが推認される。

 実施例には「JCM805株」以外の乳酸菌を用いた具体例は記載されていないが、当業者であれば、実施例の記載を参考として“、本特許発明の”課題を解決できると認められる。“

“イ エステル結合物と乳酸菌の使用量及び接触方法に関して”

“実施例には、上記した特定の方法で接触させた場合についてしか記載されていないが、当業者であれば”、実施例の記載及び発明の詳細な説明から、本特許発明の“課題を解決できると認められる。“

“ウ エステル結合物の種類に関して”

“実施例には、生きた「JCM805株」については、特定のエステル結合物(ショ糖パルミチン酸エステル)を使用した場合についてしか記載されていない“が、

”当業者であれば、実施例の記載を参考として“、本特許発明の”課題を解決できると認められる。”

・上記から、審判官は、“以上のとおり、本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものと認められる”と結論した。

(2)実施可能要件についての審判官の判断

“本件発明において、『免疫賦活作用を有する乳酸菌』として使用される乳酸菌の種類とエステル結合物の種類の組み合わせによっては、免疫賦活作用の増強の程度が実施例に示されたものほどではない場合があるかもしれないが、

本件発明1~本件発明8には増強の程度が特定されている訳でもなく、増強の程度の違いを理由に本件発明1~本件発明8がサポート要件を満足しないとはいえない。

また、仮に免疫賦活作用が増強されない組み合わせがあったとしても、そのような組み合わせによる方法は、本件発明1~本件発明8に該当しないというだけであり、

そのことを理由として本件発明1~本件発明8がサポート要件や実施可能要件を満足しないとまではいえない”と結論した。

2.取消理由2(進歩性欠如)についての審判官の判断

審判官は、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)と、主引用文献の甲第5号証に記載された発明(甲5発明)を対比し、以下の一致点及び相違点を認めた。

甲第5号証:特開2007-131610号公報

(一致点) 「界面活性剤を含む組成物と免疫賦活作用を有する乳酸菌とを接触させ、免疫賦活作用が増強され乳酸菌を生産する方法。」である点

(相違点1)

 界面活性剤を含む組成物について、本件発明1には「ポリグリセリン及びショ糖からなる群から選択される多価アルコールと、パルミチン酸及びステアリン酸からなる群から選択される脂肪酸のエステル結合物を有効成分として含む乳酸菌免疫賦活作用増強組成物」が特定されているのに対して、

甲5発明には特定されていない点

(相違点2)及び(相違点3)省略

相違点1についての審判官の判断は、以下のようであった。

甲5には界面活性剤として「ポリソルベート80」のみが記載されており、他の種類の界面活性剤を使用することについては記載も示唆もされていない。

また、甲6~甲10にも、甲5発明のポリソルベート80を他の種類の界面活性剤とすることについて記載も示唆されていない。

したがって、相違点1は当業者が容易になし得る事項であるとはいえない。

“本件発明1は殺菌された乳酸菌であっても「乳酸菌免疫賦活作用増強組成物と接触させていない免疫賦活作用を有する乳酸菌と比較して免疫が増強され」るものであるが、

一方、甲5発明にいう「免疫機能が強化」される作用とは、甲5の実施例3の「培地に一定濃度の界面活性剤を加える場合、ターゲットタンパク質が表面発現された乳酸菌の最大の成長値と菌体当たりタンパク質の表面発現量が両方とも増えるということが確認できた。」(上記第4の1.(1-5))との記載を考慮すると、

界面活性剤の使用により乳酸菌の培養による増殖が増大したことに基づくものと考えられるから、

本件発明1にいう「免疫賦活作用が増強」される作用とは異なる作用であると認められる。

そうすると、本件発明1においては、甲5の記載から予測できない効果が奏されたと認められ、

また、「免疫賦活作用が増強」の点は、本件発明1と甲5発明と文言上の一致点ではあるものの、実質的な一致点ではないともいえる。

上記から、審判官は、“(相違点2)、(相違点3)について検討するまでもなく、本件発明1は甲5~甲10に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない”と結論した。