特許庁の審査において、先行技術文献調査として、外部機関に外注した検索報告書が
利用されている。検索報告書は公開されており、検索式や検索結果を知ることできる。
検索の実例として、特許第6113986号を取り上げる。
特許庁の審査における特許検索の実例として、特許第6113986号
「乳風味増強方法及び飲食品」(特許公報発行日 2017.4.12
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_6113986/76431CA9BEA3709A63A00CEA1FE3F636 )
の検索報告書を取り上げる。
公開時の発明の名称は「乳風味増強剤及び乳風味増強方法」で、
特許請求の範囲は、以下であった (特開2014-60987
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26060987/9AD827A1F51F050AC96C380F5B5DF3F0 )。
【請求項1】 ガラクトオリゴ糖を有効成分とすることを特徴とする乳風味増強剤。
【請求項2】 ガラクトオリゴ糖1質量部に対し乳清ミネラルを固形分換算で
0.01~1質量部含有することを特徴とする請求項1記載の乳風味増強剤。
(請求項3以下、省略)
発明の効果は、
「本発明の乳風味増強剤を飲食品に添加すると、少量の添加であっても、
また、乳や乳製品の使用量が少ない場合であっても、
飲食品自体の風味や物性に影響を与えることなく、
乳風味のみを特異的に増強し、
飲食品に豊かな乳風味と乳のコク味を付与することができる。」
と記載されている。
本特許は、平成24年9月24日に出願され、平成27年6月24日に審査請求された。
先行技術文献調査として平成28年4月20日に検索報告書が出され、
その約1か月後の平成28年5年24日に特許庁から拒絶理由通知書が発送された。
先行技術文献調査は、外部登録調査機関への外注が利用されている
そして、「検索報告書」は、
「検索者は登録調査機関において指導者の指導・監督の下、
受領した案件の先行技術文献を調査し、
指導者による校閲・検認を受けた後に、
調査結果を仕様に定められた形式で審査官に説明(対話)し、納品する。」と
なっている
(特許庁が発注する先行技術文献調査の概要は、以下に書かれている。
検索報告書の作成については、以下に詳しく書かれている。
「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」
独立行政法人工業所有権情報・研修館 http://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)。
ここで、本特許の検索報告書を見てみよう。
検索報告書の書誌事項には、以下の記載がある。
登録調査機関名 一般財団法人工業所有権協力センター
指導者名 コード L155
検索者名 コード KK06
検索日 2016年 4月 5日
検索報告書作成日 2016年 4月12日
検索報告書は、以下の構成になっている。
1.本願発明の特徴
2.検索論理式
年月範囲: 年 月 日~2012年 9月24日(出願日)
検索式の【No.】、対応する 【クレームNo.】(請求項のNo.)、
検索に用いた【テーマコード】、【検索論理式】、ヒットした【件数】
3.スクリーニングサーチの結果(提示文献毎の表示)
4.スクリーニングサーチの結果(クレーム別形式)
5.備考(検索者用)
検索論理式(検索式)を作成するには、発明の特徴を明確にするために、
出願された発明を「分節」する。
「分節」とは、請求項を「発明特定事項」ごとに分けることである。
「発明特定事項」とは、1つの発明を特定するのに必要な事項のことである。
たとえば、本特許の【請求項1】の場合、
AとBの2つの事項(要件)から構成されている。
A:ガラクトオリゴ糖を有効成分とする
B:ことを特徴とする乳風味増強剤。
同様にして、
【請求項2】は、2つの発明特定事項から、構成されている。
ただし、そのうちの1つは、請求項1のBと同じであるので、
請求項2は、CとBの2つの事項から構成されていることになる。
C:ガラクトオリゴ糖1質量部に対し乳清ミネラルを固形分換算で
0.01~1質量部含有する
B:ことを特徴とする請求項1記載の乳風味増強剤。
このようにして、各請求項を分節する。
本特許の場合、発明特定事項は、A~Fの6つとなっている。
次に、検索を行う。
「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」には、
「調査業務にあたっては、原則、サーチツールとして特許庁の特実検索業務用PCの
「クラスタ検索システム」を利用して内国特許文献データベースを検索する」
と書かれている。
検索式は、特許分類(テーマコード)と、
上記の分節によって明らかになった発明特定事項などをもとにして、
選択された検索キーワードとを、適宜組み合わせて作成される。
本特許の場合、作成した検索式は22、検索でヒットした件数(スクリーニング件数)は
合計860であった。なお、検索式のうち、9式は外国文献を対象としたものである。
例として、検索式1を見てみよう。
検索式1は、
クレームNo.1~7(請求項1~7)に対応して作成されたもので、
以下のように記載されている。
テーマコード は、4B047、4B017、4B014、4B032、4B025、
検索論理式は、
「(乳風味+コク味+ミルク風味+ミルク感+乳感+濃厚感+ボディー感),
20N,
(ガラクトオリゴ+カップオリゴ+オリゴメイト+ラフィノース+スタキオース
+メルビオース+マンニノトリオース)/TX」
と記載されている。
テーマコードは、Fタームのテーマコードである。
4B047,4B017,4B014,4B032,4B025は、それぞれ以下のテーマ名を指す。
4B047;調味料
4B017;非アルコール性飲料
4B014;菓子
4B032;ベイカリー製品及びその製造方法
4B025;穀類誘導体・合成クリーム
(参考
テーマコード表の見方 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/themecode/00.pdf
Fタームテーマコード一覧情報(テーマコード表) 4B
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/themecode/4b.pdf)。
検索論理式の
「乳風味+コク味+ミルク風味+ミルク感+乳感+濃厚感+ボディー感」は、
本発明の効果に関係する検索キーワードである。
また、
「ガラクトオリゴ+カップオリゴ+オリゴメイト+ラフィノース+スタキオース
+メルビオース+マンニノトリオース」は、
発明特定事項A(ガラクトオリゴ糖を有効成分とする)に関係する
検索キーワードである。
この式は、2つの検索キーワードの近傍検索式となっており、
2つのキーワードの間にある、20Nは、語間隔指定と語順指定に関する。
(参考
C:語順指定ありキーワード1、キーワード2の並びで順で出現
N:語順指定なしキーワード1、キーワード2の語順は無視して検索)
つまり、
キーワード1とキーワード2の語順は無視して、
両キーワードが20文字以内の間隔で存在しているという検索条件を意味している
(検索報告書入手方法と見方についての要点は、たとえば、
5分でわかる「包袋に含まれる検索報告書」 http://www.ngb.co.jp/ip_articles/detail/964.html を参照)。
検索でヒットした文献は、スクリーニング(ふるい分け)にかけられ、
出願発明との関連性の高い文献は、検索報告書に記載される。
スクリーニングの結果、審査官に報告すべき文献として抽出されたのは、
以下の11文献であった。
1 特許文献 特開昭50-064465号公報 X
2 特許文献 特開2000-139343号公報 Y1
3 特許文献 特開2006-149371号公報 Y1
4 特許文献 特開2003-250486号公報 Y1
5 特許文献 特開平05-049397号公報 Y1
6 特許文献 特開2011-101637号公報 Y1
7 特許文献 特開平11-056283号公報 Y2
8 特許文献 特開2010-227095号公報 Y2
9 特許文献 特開2011-217645号公報 A
10 特許文献 特開2009-195161号公報 Y2
11 特許文献 米国特許出願公開第2011/0189348号明細書 Y1
文献名の後に記載されているX、Y1、Y2、Aは、
検索者が関連性の高さを判断してつけられた文献のランクであり、
それぞれ以下の基準とされている。
X文献;「当該文献のみで本願発明の新規性又は進歩性を否定することが可能な文献
(例えば、本願発明のすべての発明特定事項を含む発明が記載されている文献)」
Y1文献;「本願発明の中心的な発明特定事項を含む発明、あるいは本願発明との
一致点を多く含む発明が記載された文献(主引例)」
Y2文献:「主引例に記載されていない構成要素(副引例)。」
A文献;「複数の引例による組み合わせを構成できなくても、本願発明と関連が深い文献、
あるいは、組み合わせた結果が本願発明にもっとも近づく文献の組み合わせを検索。」
審査官は、検索報告書を考慮して、新規性や進歩性を判断することになるが、
本特許の拒絶理由書に審査官が実際に引用した文献は、以下の7文献であった。
1.食品と開発、2005年、40巻、4号、45~51頁
2.食品と開発、2004年、39巻、12号、59~65頁
3.食品と開発、2009年、44巻、12号、41~53頁
4.特開平7-87894号公報
5.特開2006-149371号公報
6.特開2010-227095号公報(周知技術を示す文献)
7.特開2011-217645号公報(周知技術を示す文献)
上記7文献のうち、検索報告書にされているのは3件(上記の5~7)で、
特に検索報告書でX文献と評価された特開昭50-064465号公報は、
拒絶理由として引用されておらず、
また、引用された文献でも、その評価ランクは異なっており、
検索報告書の結果がそのまま採用されてはいない。
上記「平成30年度調査業務実施者育成研修 検索の考え方と検索報告書の作成」には、
「上記判断に利用する先行技術文献は「審査官が出願人を説得できるような先行技術文献」
(「検索者が審査官を説得できるような先行技術文献」ともいえる。)といった
客観性がなければならない。」と書かれている。
しかし、本特許の場合、文献の評価(新規性や進歩性の判断)は、
検索者と審査官とでは、異なっていたと思われる。
(以下のブログには、このあたりの事情について書かれている。
なお、本特許は異議申立され(異議2017-700872)、特許請求の範囲は以下のように
訂正されて、権利維持された。
【請求項1】
ガラクトオリゴ糖を、飲食品中のガラクトオリゴ糖の固形分として
0.40質量%以下となる量で添加することを特徴とする、
乳蛋白質含量が1.0質量%未満である飲食品の乳風味増強方法であって、
該飲食品中の乳蛋白質1質量部に対し、
ガラクトオリゴ糖が0.01~2質量部となる量を添加する飲食品の乳風味増強方法。