アサヒ飲料株式会社の特許第6989679号は、焙煎ゴボウ抽出液等を含有しながら、濃い味わいを維持し、かつ、「土っぽさ」のような違和感が低減された茶飲料に関する。日本香料工業会と一個人との2件の異議申立てがなされ、新規性及び進歩性の欠如の取消理由が通知されたが、アサヒ飲料は訂正し、権利維持された。
アサヒ飲料株式会社の特許第6989679号“飲料”を取り上げる。
特許第6989679号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6989679/D0F22096051B87836B87DBC598459D91215F08DFDF91B280A0424F2636D8395E/15/ja)。
【請求項1】0.02~1ppbの含有量の2-イソブチル-3-メトキシピラジンを含有する飲料であり、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを0.1~1000ppbの含有量で含有する、飲料。
【請求項2】 省略
【請求項3】カフェインの含有量が10ppm以下である、請求項1又は2に記載の飲料。
【請求項4】~【請求項5】省略
【請求項6】飲料の製造方法であって、
2-イソブチル-3-メトキシピラジンの含有量が0.02~1ppbである飲料に、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンをその含有量が0.1~1000ppbとなるように添加することを含む、飲料の製造方法。
【請求項7】~【請求項8】省略
特許公報の詳細な説明には、本特許発明の目的について、
“従来より、各種飲料において、より濃い味わいに関するニーズがある。”
“例えば、麦茶には夏場の止渇性目的でスッキリごくごく飲めるような設計が求められている一方で、止渇性を損なわずに、より濃い仕立ての設計が求められるようになってきている。”
“このようなニーズに対応するべく、例えば茶飲料においては、たんぽぽの根やごぼうのような味が濃い素材を使用する方法が挙げられる。
しかし、これらの素材には「2-イソブチル-3-メトキシピラジン」という「土っぽさ」のような違和感を付与する香気成分が含まれており、後味のすっきり感等を低減させてしまうという問題がある”と記載されている。
そして、本特許発明の飲料について、
“飲料は、0.02~1ppbの含有量の2-イソブチル-3-メトキシピラジンを含有する飲料であり、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを0.1~1000ppbの含有量で含有する。このような飲料であることにより、濃い味わいを維持しつつも、土っぽさ等の違和感が低減された飲料となる。”と記載されており、“本発明の効果が奏されやすいという観点から、飲料は茶飲料であることが好ましい。”と記載されている。
また、”飲料は、濃い味わいとする観点から、焙煎したゴボウの抽出液、焙煎したタンポポの根の抽出液のうち、少なくとも一つを含むものであることが好ましい”と記載されている。
本特許は、出願と同時に審査請求されており(出願日・審査請求日2020年11月13日)、拒絶理由通知はなく、2021年11月16日に特許査定を受け、2021年12月6日に特許公報が発行されている。
このため、特許公報発行日後に2022年5月25日に公開されたが(特開2022-78458)、公開公報に記載された特許請求の範囲は、特許公報と同一であった。
特許公報発行日(20222年1月5日)後の2022年6月14日に日本香料工業会(異議申立人1)により異議申立てがされ、7月5日に一個人名(異議申立人2)で、異議申立がされた。
審理の結論は、以下であった(異議2022-700519
“特許第6989679号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし5及び9ないし11〕、6、7、8について訂正することを認める。
特許第6989679号の請求項3ないし11に係る特許を維持する。
特許第6989679号の請求項1ないし2に対する特許異議の申立てを却下する。”
異議申立人1が申立てた異議申立理由は、以下の4点であった。
“(1)申立理由1-1(甲第1-1号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1-1号証に記載された発明であり“、”本件特許の出願前に当業者が甲第1号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第1-1号証:J. Agric. Food Chem. 1996, 44, 537-543 Peter Semmelroch and Werner Grosch (Studies on Character Impact Odorants of Coffee Brews)
“(2)申立理由1-2(甲第1-2号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項6ないし8に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1-2号証に記載された発明であり“、“本件特許の出願前に当業者が甲第2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ”る。
甲第1-2号証:特開2006-20526号公報 “コーヒーフレーバー組成物および該フレーバー組成物を含有する飲食品類” (出願人 川崎 清光)
“(3)申立理由1-3(サポート要件1)
本件特許の請求項1、2及び6ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない“。
具体的には、“水系及びゴボウ茶における本件発明の実施例の結果から、単に、「飲料」というあらゆる飲料を含む範囲にまで権利範囲を拡張できると認識できない。”
“(4)申立理由1-4(サポート要件2)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない“。
具体的には、“2-イソブチル-3-メトキシピラジン濃度の上限値について、実施例からはサポートされていない。“
一方、異議申立人2が申立てた異議申立理由は、以下の1点であった。
“(1)申立理由2-1(甲第2-1号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2-1号証に記載された発明であ“る。
甲第2-1号証:甲第1-1号証と同一文献。
最初の異議申立日から約3か月後に取消理由通知書が送付された(取消理由通知書起案日 2022年年9月29日)。
取消理由は2つで、いずれも異議申立人が申立てた理由であった。
“取消理由1(甲第1-1号証(甲第2-1号証)に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1-1号証(甲第2-1号証)に記載された発明であり、
本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が甲第1-1号証(甲第2-1号証)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ“る。
“取消理由2(甲第1-2号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項6ないし8に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1-2号証に記載された発明であり、本件特許の出願前に当業者が甲第1-2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ“る。
審判官は、取消理由1に関して、以下の点から新規性及び進歩性を欠如していると判断した。
・甲1-1に記載された発明は、“焙煎アラビカコーヒー及び焙煎ロブスタコーヒーから調整した抽出液におけるにおい物質の濃度について表記されている”表からみて、以下の2つの発明が記載されているといえる。
“<甲1-1発明A>「におい物質として、2-イソブチル-3-メトキシピラジンを1.0(μg/L)と、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを13.1(μg/L)を含有する、焙煎アラビカコーヒーの抽出液。」
<甲1-1発明B>「におい物質として、2-イソブチル-3-メトキシピラジンを0.17(μg/L)と、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを35.2(μg/L)を含有する、焙煎ロブスタコーヒーの抽出液。」“
・本特許請求項1に係る発明(本件発明1)と甲1-1発明Aとを対比すると、
“甲1-1発明Aの「コーヒーの抽出液」は、本件発明1の「飲料」に相当する。
コーヒーの抽出液においてのμg/Lは、ほぼppbと一致するといえるから、甲1-1発明Aは、本件発明1の2-イソブチル-3-メトキシピラジン及び2-エチル-3,5-ジメチルピラジンの含有量を満たしている。”
・“そうすると、甲1-1発明Aと本件発明1には相違点はない。よって、本件発明1は、甲1-1発明A、すなわち、甲1-1に記載された発明である。また、相違点があったとしても、甲1-1に記載された発明に基づいて容易に想到し得たものである。”
・“本件発明1と甲1-1発明Bとを対比すると“、上記甲1-1発明Aとの対比と、同様に判断されるから、”甲1-1発明Bと本件発明1には相違点はない。よって、本件発明1は、甲1-1発明B、すなわち、甲1-1に記載された発明である。また、相違点があったとしても、甲1-1に記載された発明に基づいて容易に想到し得たものである。”
また、取消理由2に関して、以下のような点から、審判官は、新規性及び進歩性を欠如していると判断した。
・甲1-2には、以下の発明が記載されているといえる。
“<甲1-2発明>
「焙煎コーヒー豆粉砕物500gを5Lの熱水にて抽出し、次いで、このコーヒー抽出液に重曹6gと実施例63又は69のコーヒーフレーバー組成物10gを混合して調整し、10Lにゲージアップした後、缶容器に充填し、レトルトにて殺菌(F0=40以上)して、ストレートコーヒー飲料を得るストレートコーヒー飲料の製造方法。」
<甲1-2コーヒーフレーバー発明>
「甲1-2発明で利用されるコーヒーフレーバー組成物。」“
・本特許請求項6に係る発明(本件発明6)と甲1-2発明を対比すると、以下の点で一応相違する。
“<相違点1>2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを加える飲料について、本件発明6は、「2-イソブチル-3-メトキシピラジンの含有量が0.02~1ppbである飲料」と特定するのに対し、甲2発明においては、このような特定がない点
<相違点2>2-エチル-3,5-ジメチルピラジンの添加量に関し、本件発明6は、「0.1~1000ppbとなるように添加」と特定するのに対し、甲1-2発明においては、500ppb又は200ppbをコーヒーフレーバー組成物として添加しているが、添加後の濃度は不明である点“
・相違点1に関して、“甲1-2発明における2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを加える飲料は、焙煎コーヒー豆粉砕物500gを5Lの熱水にて抽出したものであるから“、甲1-1の記載からみて、“「2-イソブチル-3-メトキシピラジンの含有量が0.02~1ppbである飲料」である蓋然性が高い。そうすると、相違点1は実質的な相違点でない。“
・相違点2に関して、“焙煎コーヒー豆粉砕物500gを5Lの熱水にて抽出したコーヒー抽出液には”、甲1-1の記載から見て、”2-エチル-3,5-ジメチルピラジンの含有量はわずかであり、2-エチル-3,5ージメチルピラジンを500ppb添加したとしても、その濃度が1000ppbを超えないことは明らかであるから、甲1-2発明においても「0.1~1000ppbとなるように添加」しているといえる。そうすると、相違点2は実質的な相違点でない。”
・よって、“本件発明6は、甲1-2発明、すなわち、甲1-2に記載された発明である。また、相違点があったとしても、甲1-2に記載された発明に基づいて容易に想到し得たものである。”
なお、本件発明7及び8についての審理の詳細は省略する。
取消理由通知書に対して、特許権者は、2022年12月6日、訂正請求書を提出した。
訂正請求の内容は、以下であった。
“(1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3-1
特許請求の範囲の請求項3に「カフェインの含有量が10ppm以下である、請求項1又は2に記載の飲料。」とあるうち、請求項1を引用するものについて、独立形式に改め、「0.02~1ppbの含有量の2-イソブチル-3-メトキシピラジンを含有する飲料であり、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを0.1~1000ppbの含有量で含有し、カフェインの含有量が10ppm以下である、飲料。」に訂正する。“
(4)訂正事項3-2~(8)訂正事項5-2 省略
“(9) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に「飲料」と記載されているのを、「茶飲料」に訂正する。“
(10)訂正事項7~(11)訂正事項8 省略
訂正請求は認められ、特許請求の範囲は、以下のように訂正された。
“【請求項1】(削除)
【請求項2】(削除)
【請求項3】0.02~1ppbの含有量の2-イソブチル-3-メトキシピラジンを含有する飲料であり、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンを0.1~1000ppbの含有量で含有し、カフェインの含有量が10ppm以下である、飲料。
【請求項4】~【請求項5】 省略
【請求項6】茶飲料の製造方法であって、2-イソブチル-3-メトキシピラジンの含有量が0.02~1ppbである茶飲料に、2-エチル-3,5-ジメチルピラジンをその含有量が0.1~1000ppbとなるように添加することを含む、茶飲料の製造方法。
【請求項7】~【請求項11】 省略
訂正後の特許請求の範囲に対する審判官の判断は、以下のようであった。
・“1 取消理由1について”
“訂正により特許請求の範囲の請求項1及び2は削除された。すると、請求項1及び2については取消理由の対象が存在しない。よって、取消理由1は理由がない。”
・“2 取消理由2について”
訂正後の本件発明6と甲1-2発明を対比すると、本件発明6と甲1-2発明とは、以下の点で相違する。
<相違点1> 省略
<相違点2> 省略
<相違点3>“ 飲料に関し、本件発明6は、「茶飲料」と特定するのに対し、甲1-2発明は、「ストレートコーヒー飲料」である点”
・ 相違点3に関して、“茶飲料とストレートコーヒー飲料は明らかに相違するから、相違点3は実質的な相違点である。そうすると、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明6は、甲1-2発明でない。”
・”甲1-2及び他の証拠に、甲1-2発明において相違点3のストレートコーヒー飲料を茶飲料とする動機付けとなる記載はないから、甲1-2発明のストレートコーヒー飲料を茶飲料とすることは当業者にとって容易でない。“
・“そうすると、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明6は、甲1-2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。“
なお、本件発明7及び8についての審理の詳細は、省略する。