特許制度成立の歴史から見ると、特許は、特許発明の技術公開と引き換えに与えられた独占排他的な実施権であり、競争法は適用されない。しかし、特許法で規定されている場合や正当な権威行使と認められない場合は制限される場合がある。
現在の特許制度の起源は、15世紀のべネツィアの発明者条例や17世紀の英国の専売条例にあると言われているが、既に発明者に対する独占的な実施が認められている。
独占排他的に実施する権利は、独禁法に反するように思われるが、競争法の第二十一条には、「特許法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない」と定められており、法的に認められている。
しかし、特許法には、他人の特許権と利用抵触関係にある場合(第72条)には権利は制限されることが定められている。それ以外にも、無効にされるべきと認められる特許(第104条3)や実施権について取決がある場合、特許権が消尽したと認められる場合などにも権利行使は制限される。
これらに加えて、標準必須特許や高額の特許料を要求するPAE(特許主張主体、発明の実施ではなく、特許料収入を得ることが主目的で特許権を保有する者。パテントトロールを含む)については、権利の濫用の観点から、正当な権利行使と認められない場合は制限しようとする動きがある
標準必須特許は、標準規格に準拠した商品などを提供する際に必要となる特許であって、 対象となる技術が規格に含まれており、当該規格を使用するにあたって必須の特許となる。このため、標準必須特許の特許権者は、標準化普及のため、公正、合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and nondiscriminatoryterms and conditions)で実施許諾する用意があることを宣言する(FRAND 宣言)。FRAND宣言されているにもかかわらず、想定を超えるような特許料の要求や差止請求・損害賠償が認められると、FRAND 宣言の目的に反し、正常な技術開発を妨げかねないため、FRAND 宣言のされた特許権に基づく権利行使を一定の範囲で制限するべきではないかという点が問題であった。
知財高裁は、アップルとサムスンとの特許訴訟事件で、 FRAND宣言をしている特許権に基づく差止請求権の行使や、FRAND条件を超える損害賠償請求権の行使は、権利の濫用に当たると判決した(平25(ネ)10043)。その後、公正取引委員会は、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」を一部改正し、「FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対し,ライセンスを拒絶し,又は差止請求訴訟を提起すること等は,規格を採用した製品の研究開発,生産又は販売を行う者の取引機会を排除し又はその競争機能を低下させる場合がある。」として、競争を実質的に制限する場合や公正競争阻害性を有すると認められる場合には独禁法の対象になるとした。経済産業省は、標準必須特許について、法改正し、裁定制度の導入を目指しているようだが、高額の特許ライセンス料を要求するパテントトロール対策にも裁定制度を導入しようと考えているようだ。
一方で、特許を得れば独占排他的に実施する権利を得られるが、特許制度の歴史で見たように、技術公開と引き換えで得られる権利である。“レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?”という本の第1章 のタイトルは、“特許出願は「アイデアを盗んでください」と、全世界に宣言すること”となっている。
技術公開することは、競合企業に技術的なキャッチ・アップの機会を与えることになり、そうした機会を与えるよりは、非公開した方が有利でする考え方がある。
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(参考文献)
知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針 http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/chitekizaisan.html
特許権の効力の制限 http://iphappy.com/limit-of-patent-power
「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の一部改正について
知財紛争処理システムに関する論点整理(差止請求権の在り方関連)(案) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai1/siryou3.pdf
特許権の消尽 http://www.weblio.jp/content/%E7%89%B9%E8%A8%B1%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%B6%88%E5%B0%BD
アップルVSサムソン http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/H25ne10043_zen1.pdf
第四次産業革命を視野に入れた知財システムの在り方について(検討会報告書概要) http://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170419002/20170419002-2.pdf
知財法制を一括見直し IoT利用促進へ経産省など提言
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS19H33_Z10C17A4EE8000/
「レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?:特許・知財の最新常識 」新井 信昭 (新潮社 )