株式会社日清製粉ウェルナの特許第7110201号は、特定のスパイスを含有させることによって、油っぽさが改善された冷凍ミートソースに関する。新規性及び進歩性の欠如、記載不備の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。
株式会社日清製粉ウェルナの特許第7110201号“冷凍ミートソース”を取り上げる。
特許公報に記載された特許第7110201号の特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7110201/8E9C39D3C9502E6549EBB1FBEAB2BE58C3148C5070705199497FD348028AB3DD/15/ja)。
【請求項1】
ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、
該混合物が、シナモン及びクミンの両方を含有し、
該混合物におけるシナモンとクミンとの含有質量比が、
シナモン:クミンとして、2:1~1:1である冷凍ミートソース。
【請求項2】~【請求項4】省略
本特許明細書には、本特許発明の解決する課題に関して、
“ミートソースは、ひき肉に由来する肉の濃厚な旨味が味の決め手の1つとなる一方で、ひき肉の油脂による油っぽさが原因で敬遠されることがある。
特に冷凍ミートソースは、これを加熱して喫食可能な状態にすると、ソース中で水分と油脂とが分離して油っぽさがより一層増す傾向がある“と記載されている。
一方、 “本発明の冷凍ミートソースは、シナモン及びクミンから選択される1種以上の特定スパイスを含有する点で特徴付けられる。”
そして、“前記混合物(スパイス入りミートソース)にシナモン及びクミンの両方を含有させると、それぞれの効果が合わさって相乗的に作用し、冷凍ミートソースを解凍して得られるスパイス入りミートソースが、バランスのとれたコクのあるものとなるため好ましい”と記載されている。
その結果、 “ 本発明の冷凍ミートソースは、喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にある。また、本発明の冷凍ミートソースは、比較的簡便に製造することができ、且つ長期保存が可能である”と記載されている。
本特許は、国際出願され、国際公開され(国際公開日2019年2月7日)、その後、国内移行(2019年11月2日)、審査請求された(2021年2月18日)。
国際公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(国際公開番号WO2019/027026、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2019-027026/20983EEC86B54E11A995F1164CBB4571218D677B876F430C26682C66BF782C5A/50/ja)。
【請求項1】
ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、
該スパイスが、シナモン及びクミンからなる群から選択される1種以上である
冷凍ミートソース。
【請求項2】~【請求項4】省略
国際公開公報に記載された請求項1は、
混合物が、“シナモン及びクミンの両方を含有”する混合物に限定され、かつ、混合物中のシナモンとクミンとの含有質量比を数値限定することによって、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2022年8月1日) の半年後(2023年2月1日) 、一個人名で異議申立てされた(異議2023-700098、
審理の結論は、以下であった。
“特許第7110201号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。”
異議申立人が申立てた異議理由は、以下の4点であった。
(1)”申立理由1(甲第5号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1、3ないし4に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第5号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第5号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ”る。
甲第5号証:cookpad、「シンシナティ チリ スパゲティー」、クックパッドレシピ ID: 2574590 公開日;14/04/06 更新日:14/05/01(2014年5月1日)、URL: https://cookpad.com/recipe/2574590
(2)“ 申立理由2-1(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。
具体的には、
“・本件明細書[0021]~[0029]の官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、本件特許発明の効果を確認できない。”
“・本件明細書の官能評価試験では、異なる評価対象である「コク」と「油っぽさ」を一つにまとめて評価しているため、該官能評価試験の評価基準自体が、評価に迷うものである上、該評価基準において「油っぽさが無く」「濃厚なコクがある」とすることは、油脂がコクに関連し、油脂が多ければコクを感じ、多すぎれば油っぽさを感じることと矛盾している。したがって、本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである。”
(3)“ 申立理由2-2(サポート要件)
本件特許の請求項1、3ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。
具体的には、
“・クミンやシナモンの量が課題の解決に重要な役割を果たすことは、言うまでもないことであるが、本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題が解決できると認識できない添加量の範囲を含む。”
(4)“ 申立理由3(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである“。
具体的には、
“・本件明細書[0021]~[0029]の官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、該試験の再現実験ができない。”
“・本件明細書の官能評価試験では、異なる評価対象である「コク」と「油っぽさ」を一つにまとめて評価しているため、該官能評価試験の評価基準自体が、評価に迷うものである上、該評価基準において「油っぽさが無く」「濃厚なコクがある」とすることは、油脂がコクに関連し、油脂が多ければコクを感じ、多すぎれば油っぽさを感じることと矛盾している。したがって、本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである。したがって、該試験の再現実験を行う際にパネラーに評価の基準を正しく伝えることができず、再現実験を行うことができない。”
“・クミンやシナモンの量が課題の解決に重要な役割を果たすことは、言うまでもないことであるが、本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題解決されたものを作ることができない添加量の範囲が包含される。”
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
(1)申立理由1(甲5に基づく新規性・進歩性)についての審理結果
審判官は、甲第5証に記載された発明(甲5発明)は、以下であると認めた。
“「以下の材料から作られるスパゲティーソース。
材料(4人分)
ベジミート ひき肉タイプ 300g
にんにく(みじん切り) 2片分
玉ねぎ(みじん切り) 2個分
ピーマン(みじん切り) 2個分
シナモン 小さじ1
パプリカ 小さじ1
クミンパウダー 小さじ1/2
チリパウダー 小さじ1/2
オールスパイス 小さじ1/4
マジョラム 小さじ1/4
ナツメグ ひとつまみ
しお 小さじ1/2
こしょう 少々
トマト水煮缶 1缶
トマトソース缶 小1缶」“
審判官は、 本件特許発明1と甲5発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
“ <一致点>「ミートソースとスパイスとの混合物を含み、該混合物が、シナモン及びクミンの両方を含有し、該混合物におけるシナモンとクミンとの含有質量比が、シナモン:クミンとして、2:1~1:1であるミートソース。」“
“<相違点> 本件特許発明1のミートソースは「冷凍」されているのに対し、甲5発明は冷凍されているものであるかが不明である点。“
審判官は、相違点について、以下のように判断した。
・“ 甲5の記載及び他の証拠を見ても、甲5発明が相違点に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものではない。したがって、相違点は実質的な相違点である。してみると、本件特許発明1は甲5発明であるとはいえない。“
・“本件特許発明1は、冷凍ミートソースにおいてシナモンとクミンとの含有質量比を、シナモン:クミンとして、2:1~1:1とすることで、冷凍ミートソースを、喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にあるものとするものであるが、かかる事項は、甲5及び他の何れの証拠にも、記載も示唆もされていない。
したがって、本件特許発明1は、甲5発明並びに甲5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。“
以上の理由で、審判官は、“申立理由1は、その理由がない”と結論した。
(2)申立理由2―1(サポート要件)・(3)申立理由2-2(サポート要件)についての審理結果
審判官は、本特許発明のサポート要件について、以下のように判断した。
・本件特許発明の解決しようとする課題“「喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にあるミートソースを提供する」こと”に対して、本特許明細書の詳細な説明には、課題解決の手段についての記載があり、“さらに、具体的な実施例及び比較例の結果の記載もある”。
・“そうすると、当業者は、ミートソースとスパイスとの混合物の冷凍物を含み、該混合物が、シナモン及びクミンの両方を、シナモン:クミンとして、2:1~1:1で含有する冷凍ミートソースとの事項を満たすことにより、喫食可能な状態で油っぽさが無く、且つ肉の旨味が濃厚でコクが十分にあるミートソースを提供するという効果が定性的に発揮される、すなわち、発明の課題を解決できると認識する。
そして、本件特許発明は、上記の発明の課題を解決できる特定事項を全て含むものである。“
・異議申立人は、以下の①~③を根拠として、サポート要件違反を主張している。
① “本件明細書[0021]~[0029]の官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、本件特許発明の効果を確認できない”。
② ”本件明細書の官能評価試験では、異なる評価対象である「コク」と「油っぽさ」を一つにまとめて評価しているため、本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである”。
③ ”本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題が解決できると認識できない添加量の範囲を含む”。
・しかし、”詳細な発明には、発明の課題を解決できる特定事項を全て含まれており、異議申立人のシナモンとクミンとの添加量の限定についての主張は、当該主張を裏付ける具体的な証拠を示していない”。
以上の理由から、審判官は、“特許異議申立人の上記主張を採用することはできない”と結論した。
(4) 申立理由3(実施可能要件)についての審理結果
審判官は、実施可能要件について、以下のように判断した。
・本特許明細書の詳細な説明には、シナモン及びクミンの含有質量比及び含有量、ミートソースの好適な原材料、及び“冷凍ミートソースの一般的な製造手順が記載されている。”
さらに、”シナモンとクミンとの含有質量比が、シナモン:クミンとして、2:1~1:1であるように調整した具体的な実施例の記載もある。”
・異議申立人は、以下の①~③を根拠として、実施可能要件違反を主張している。
①“本件明細書[0021]~[0029]の官能評価試験で使用されているミートソースが不明であるため、該試験の再現実験ができない”。
②”本件明細書の実験は、全体的に信頼性を欠くものである。したがって、該試験の再現実験を行う際にパネラーに評価の基準を正しく伝えることができず、再現実験を行うことができない”。
③”本件特許発明1、3及び4は、クミンとシナモンの添加量の限定が無く、課題解決されたものを作ることができない添加量の範囲が包含される。“
・しかし、実施可能要件については、上記したサポート要件(2)(3)と同様に判断されるものであり、”当該特許異議申立人の主張はいずれも上記判断に影響しない”。
以上の理由から、審判官は、“申立理由3は、その理由がない”と結論した。