特許を巡る争い<72>明治・チーズソース特許

株式会社明治の特許第6941485号は、ハンバークなどの食品に内包される、作業性や耐熱保形性等に優れたチーズソースに関する。新規性及び進歩性の欠如の理由で異議申立てがなされたが、異議申立人の主張はいずれも認められず、権利維持された。

株式会社明治の特許第6941485号“食品内包用チーズソース”を取り上げる。

特許第6941485号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6941485/40CEAB8DB290387E29656089067FACE196543DBFE5D10E81C7D26E319BD20DE1/15/ja)。

【請求項1】

原料チーズ、安定化剤、並びに水を含有する、食品内包用チーズソースであって、

安定化剤が、ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含み、

安定化剤の含有量が、チーズソースの全重量に対して0.1~1.0重量%であり、

(1)円形の金型を用いて10gのチーズソースを直径90mmのろ紙の中央部に配置し、

(2)チーズソースを配置したろ紙を直径90mmのガラスシャーレに配置し、

(3)1mlのイオン交換水をろ紙へ滴下し、

(4)ガラスシャーレに蓋をしてエアオーブンにて90℃、10分間加熱し、加熱後の外観を観察し、

(5)加熱後のチーズソースの最長となる軸の長さを測定し、

(6)ろ紙の外周からチーズソースまでの最も近い位置までの距離を測定する

耐熱保形性試験における、

最長の軸の長さが40~60mmであり、ろ紙の外周からチーズソースまでの最小距離が10~25mmであり、加熱後のチーズソースにオイルオフが認められない、

チーズソース。

【請求項2】~【請求項5】 省略

本特許明細書の記載によれば、本特許発明の食品内包用チーズソースの“内包とは、チーズソースの全表面積の80%以上がチーズソース以外の食品に覆われている状態を意味し”“「チーズソース」とは、0~80℃で流動性を有するチーズ含有食品である”。

また、“本発明のチーズソースが内包される食品としては、例えば、包餡食品の生地が挙げられる。この場合、チーズソースは、包餡食品の中種として用いられる。包餡食品の生地としては、例えば、ハンバーグ、つくね、コロッケ、ソーセージ、つみれ、かまぼこ、ちくわ、中華饅頭の饅頭生地、餃子の皮、焼売の皮、春巻きの皮、小龍包の皮、カルツォーネのピザ生地等が挙げられる”と記載されている。

発明の解決すべき課題に関して、“ハンバーグ等の食品に内包されるチーズソースは、食品へ内包する際の作業性(例えば、内包のための成形のしやすさ)、食品内包後の調理・冷凍・解凍等の影響等、チーズスプレッドとは異なる特性が求められ”、本特許発明は、“食品へ内包する際の作業性が良好であり、耐熱保形性に優れ、かつ風味も良好な食品内包用チーズソースの提供を目的とする”と記載されている。

上記課題を解決するチーズソースの特性は、以下の方法で評価することが記載されている。

1.内包作業性

チーズソースをハンバーグ等の食品へ内包する際の作業性は、チーズソースの粘度と関連性が高い。

2.耐熱保形性

加熱処理後のチーズソース性状としては、ハンバーグ等に内包して加熱した際に適度に形が残りつつも、ナチュラルチーズのようにとろけ出すことが要求されている。

すなわち、加熱処理時に流れだすことは不適であり、加熱処理時に硬化し変形がみられないことも不適である。そこで、ハンバーグ等にチーズソースを内包して加熱した際の合否と、相関のあるモデル系を構築した。一般的なハンバーグの調理時間については、10分間(中火)が想定され、チーズソース内部の温度が90℃程度まで到達することから、以下のような試験方法を考案した。

(1)90mmろ紙(5A)に、円形の金型を用いてチーズソース(10g)を中央部に配置する。

(2)90mmガラスシャーレに、配置する。

(3)イオン交換水(1ml)をろ紙へ滴下する。

(4)シャーレの蓋をしてエアオーブンにて90℃、10分間加熱し、加熱後の外観を観察する。

(5)加熱後のチーズソースについて、最長となる軸を判定し、その長さ(mm)を測定する(図1)。

(6)また、ろ紙の外周からチーズソースまでの最も近い位置を判定し、そこから外周までの距離(mm)を測定する(図1)。“

そして本特許発明は、“ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含む安定化剤を用いることにより、上記課題を解決できることを見出し”、“完成するに至った”と記載されている。

公開特許公報(特開2018-201475)に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-201475/40CEAB8DB290387E29656089067FACE196543DBFE5D10E81C7D26E319BD20DE1/11/ja)。

【請求項1】

原料チーズ、安定化剤、並びに水を含有する、食品内包用チーズソースであって、

安定化剤が、ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含む、チーズソース。

【請求項2】~【請求項5】 省略

公開公報に記載された請求項1を、特許公報に記載された請求項1と比較すると、安定化剤の含有量、耐熱保形性試験の方法、及びチーズソースの特性を独自の耐熱保形性試験によって数値で規定することにより、特許査定を受けている。

登録公報発行日(2021年9月29日) の半年後(2022年3月28日)、一個人名で異議申し立てがなされた。

審理の結論は、以下であった(異議2022-700257、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-114500/40CEAB8DB290387E29656089067FACE196543DBFE5D10E81C7D26E319BD20DE1/10/ja)。

特許第6941485号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。

特許異議申立書に記載された申立ての理由は、以下であった。

(1)甲第1号証に基づく、本特許の請求項1ないし4に係る発明の新規性・進歩性の欠如(申立理由1-1・申立理由2-1)

甲第1号証:特開2016-189763号公報

(2)甲第3号証に基づく、本件特許の請求項1、2及び4に係る発明の新規性・進歩性の欠如(申立理由1-2・ 申立理由2-2)

甲第3号証:特開平10-117683号公報

(3)甲第4号証に基づく、本件特許の請求項1、2及び5に係る発明の新規性・進歩性の欠如(申立理由1-3・申立理由2-3)

甲第4号証:特開昭63-74450号公報

以下、本特許発明の請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する。

(1)甲第1号証に基づく新規性・進歩性の欠如(申立理由1-1・申立理由2-1)

審判官は、本件特許発明1と甲1実施例1発明(甲第1号証の実施例1に記載された発明)とを対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

<一致点> “「原料チーズ、安定化剤、並びに水を含有する、チーズを含むソース状組成物であって、

安定化剤が、ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含み、

安定化剤の含有量が、チーズソースの全重量に対して0.1~1.0重量%である、

チーズを含むソース状組成物。」“

<相違点1-1> 「チーズを含むソース状組成物」に関し、本件特許発明1は「食品内包用チーズソース」と特定するのに対し、甲1実施例1発明は、このような特定はない点

<相違点1-2> “「チーズを含むソース状組成物」に関し、本件特許発明1は、

「(1)円形の金型を用いて10gのチーズソースを直径90mmのろ紙の中央部に配置し、

(2)チーズソースを配置したろ紙を直径90mmのガラスシャーレに配置し、

(3)1mlのイオン交換水をろ紙へ滴下し、

(4)ガラスシャーレに蓋をしてエアオーブンにて90℃、10分間加熱し、加熱後の外観を観察し、

(5)加熱後のチーズソースの最長となる軸の長さを測定し、

(6)ろ紙の外周からチーズソースまでの最も近い位置までの距離を測定する

耐熱保形性試験における、最長の軸の長さが40~60mmであり、ろ紙の外周からチーズソースまでの最小距離が10~25mmであり、加熱後のチーズソースにオイルオフが認められない」ものと特定するのに対し、甲1実施例1発明は、このような特定がない点“。

新規性に関して、審判官は下記の理由から、“本件特許発明1は、甲1実施例1発明、すなわち、甲1に記載された発明であるとはいえない”と判断した。

・相違点1-1について:“甲1実施例1発明の「ソース状水中油型乳化物」におけるチーズの含有量は12部で水以外の最も多い原料はパーム油低融点画分の35部であるから、本件特許発明1でいうチーズを主原料とするチーズ含有食品(段落【0015】)である「チーズソース」とはいえない。

よって、相違点1-1は、実質上の相違点である。

・相違点1-2について:“  仮に、甲1実施例1発明の「ソース状水中油型乳化物」が本件特許発明1の「チーズソース」に相当するといえるとしても、甲1実施例1発明の「ソース状水中油型乳化物」が、相違点1-2の発明特定事項を満たしている蓋然性が高いといえる理由がない。また、特許異議申立人から、甲1実施例1発明のソース状水中油型乳化物が、相違点1-2の発明特定事項を満たしているとの証拠も示されていない。

よって、相違点1-2も実質上の相違点である。

進歩性に関して、審判官は下記の理由から、“甲1実施例1発明において、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者といえども容易に想到し得たことではない”と判断した。

相違点1-2について、“相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を開示する文献は提示されておらず、当業者において、相違点1-2に係る発明特定事項が周知であったものともいえない。

そして、甲1実施例1発明のソース状水中油型乳化物において、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項とする動機もない。

してみれば、甲1実施例1発明において、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者といえども容易に想到し得たことではない。“

・“特許異議申立人は、申立理由2-1に関して概略以下のような主張をしている。

甲1記載の実施例のソース状水中油型乳化物(チーズソース)が各種惣菜などのフィリング材として利用することは、ごく普通のことであり、その場合に要求される物性として、常温での取り扱いが容易で、加熱しても食品から流出しないという物性は、甲2の記載(特に下線部分)に示されるように従来からよく知られた事項であり、このような物性を得るために、組成の量や添加物の量を調整することも常套手段である。

してみれば、甲1に実施例として記載されるチーズソースを各種惣菜などのフィリング材として利用するに当たり、甲5に見られるような「ハンバーグ等に内包して加熱した際に適度に形が残りつつも、ナチュラルチーズのようにとろけ出す」ような物性とすることは、当業者であれば容易になし得たことであり、

また、そのような物性のチーズソースであれば、本件特許発明1の相違点1-2を満たすはずであるから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明に、甲2などに記載される従来技術に基づけば、当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

特許異議申立人の上記主張に対して審判官は、“上記相違点1-1での検討のとおり、甲1のソース状水中油型乳化物が本件特許発明のチーズソースに相当しないことからその前提が誤りである。また、仮に、「チーズソース」に相当するとしても、ハンバーグ等に内包して加熱した際に適度に形が残りつつも、ナチュラルチーズのようにとろけ出すような物性であれば、相違点1-2を満たすという証拠もない。よって、上記特許異議申立人の主張は失当であり、採用できない。

(2)甲第3号証に基づく、本件特許の請求項1、2及び4に係る発明の新規性・進歩性の欠如(申立理由1-2・ 申立理由2-2)

審判官は、本件特許発明1と甲3実施例5発明(甲第3号証の実施例5に記載された発明)とを対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

<一致点>“「原料チーズ、安定化剤、並びに水を含有する、食品内包用のチーズを含むソース状組成物であって、

安定化剤が、ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含み、

安定化剤の含有量が、チーズソースの全重量に対して0.1~1.0重量%である、

チーズを含むソース状組成物。」“

<相違点3-1>“「食品内包用のチーズを含むソース状組成物」に関し、本件特許発明1は「チーズソース」と特定するのに対し、甲3実施例5発明は、「たらこ入りチーズソース」である点”

<相違点3-2> 前記<相違点1-2>と同様に、本件特許発明1は、本件特許請求項1に記載された耐熱保形性試験における“最長の軸の長さが40~60mmであり、ろ紙の外周からチーズソースまでの最小距離が10~25mmであり、加熱後のチーズソースにオイルオフが認められない」ものと特定するのに対し、甲3実施例5発明は、このような特定がない点”。

新規性に関して、審判官は下記の理由から、“本件特許発明1は、甲3実施例5発明、すなわち、甲3に記載された発明であるとはいえない”と判断した。

相違点3-1について:“「たらこ入りチーズソース」におけるチーズの含有量は17.2部で水以外の最も多い原料は焼きたらこの20.6部であるから、本件特許発明1でいうチーズを主原料とするチーズ含有食品(段落【0015】)である「チーズソース」とはいえない。

よって、相違点3-1は実質上の相違点である。

相違点3-2について:“  仮に、「たらこ入りチーズソース」が本件特許発明1の「チーズソース」に相当するといえるとしても、おにぎりに内包される甲3実施例5発明の「たらこ入りチーズソース」が、相違点3-2の発明特定事項を満たしている蓋然性が高いといえる理由がない。また、特許異議申立人から、甲3実施例5発明の「たらこ入りチーズソース」が、相違点3-2の発明特定事項を満たしているとの証拠も示されていない。

よって、相違点3-2も実質上の相違点である。

進歩性に関して、審判官は下記の理由から、“甲3実施例5発明において、相違点3-2に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者といえども容易に想到し得たことではない”と判断した。

・“相違点3-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を開示する文献は提示されておらず、当業者において、相違点3-2に係る発明特定事項が周知であったものともいえない。

そして、甲3実施例5発明の「たらこ入りチーズソース」において、相違点3-2に係る本件特許発明1の発明特定事項とする動機もない。

(3)甲第4号証に基づく、本件特許の請求項1、2及び5に係る発明の新規性・進歩性の欠如(申立理由1-3・申立理由2-3)

審判官は、本件特許発明1と甲1実施例1発明(甲第1号証の実施例1に記載された発明)とを対比して、以下の一致点・相違点を認めた。

<一致点>“「原料チーズ、安定化剤、並びに水を含有する、食品内包用チーズソースであって、

安定化剤が、ウエランガム、アラビアガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、及びιカラギナンからなる群から選択される少なくとも1種以上を含み、

安定化剤の含有量が、チーズソースの全重量に対して0.1~1.0重量%である、

チーズソース。」“

<相違点4-1> <相違点1-2>と同様に、本件特許発明1は、本件特許請求項1に記載された耐熱保形性試験における“最長の軸の長さが40~60mmであり、ろ紙の外周からチーズソースまでの最小距離が10~25mmであり、加熱後のチーズソースにオイルオフが認められない」ものと特定するのに対し、甲4発明は、このような特定がない点”。

新規性に関して、審判官は下記の理由から、“本件特許発明1は、甲4発明、すなわち、甲4に記載された発明であるとはいえない”と判断した。

・相違点4-1について:“甲4発明のチーズ様のフイリング材が、相違点4-1の発明特定事項を満たしている蓋然性が高いといえる理由がない。また、特許異議申立人から、甲4発明のチーズ様のフイリング材が、相違点4-1の発明特定事項を満たしているとの証拠も示されていない。

そうすると、相違点4-1は実質上の相違点である“。

進歩性に関して、審判官は下記の理由から、“甲4発明において、相違点4-1に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは当業者といえども容易に想到し得たことではない”と判断した。

・“相違点4-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を開示する文献は提示されておらず、当業者において、相違点4-1に係る発明特定事項が周知であったものともいえない。

そして、甲4発明のチーズ様のフイリング材において、相違点4-1に係る本件特許発明1の発明特定事項とする動機もない。