特許を巡る争い<73>オリエンタル酵母工業・米飯用品質改良剤特許

オリエンタル酵母工業株式会社の特許第6923580号は、炊飯後の米飯を冷凍保存した後でも食感を良好とする品質保持剤に関する。拡大先願及び進歩性欠如の理由で異議申立てがなされたが、いずれの異議申立理由も認められず、そのまま権利維持された。

オリエンタル酵母工業株式会社の特許第6923580号“米飯用品質保持剤および米飯の品質保持方法” を取り上げる。

特許第6923580号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6923580/8E6EA4AD7DF1745369F58069C2F73BA01D05F5E5F8CFD8BEC21934C199780894/15/ja)。

【請求項1】

α-グルコシルトランスフェラーゼおよびグルコアミラーゼを含有し、

生米100gに対して、α-グルコシルトランスフェラーゼ10~900Uおよび

グルコアミラーゼ30~500Uで用いられることを特徴とする

米飯用品質保持剤。

【請求項2】~ 【請求項7】 省略

本特許明細書には、本発明の背景について、 ”例えばコンビニエンスストアやスーパーなどで販売されている炊飯後冷蔵保存した米飯を用いた食品の需要は増加傾向にあり、また、その製品に対しては、より優れた食感が求められるようになって“いる、

また、“製品の廃棄によるロス”や“人手不足による製品の入れ替えに要するコストの増加”が懸念されて“おり”、“製品の賞味期限の延長が喫緊の課題となっている”と記載されている。

そして、本発明者らは、“炊飯時または炊飯後の米飯にα-グルコシルトランスフェラーゼとグルコアミラーゼを添加・配合し、これらの酵素を作用させることにより、炊飯後の米飯を冷蔵保存した後でも米の粒感を保持しながら、柔らかさにも優れる米飯とすることができることを知見した”と記載されている。

本特許発明における“α-グルコシルトランスフェラーゼ”とは、“1,4-α-グルカンの一部分を、グルコースまたは1,4-α-D-グルカン等の炭化水素の別の部分に転移させる酵素である”と記載されており、

α-グルコシルトランスフェラーゼとしては、“国際公開第2012/105532号に記載のα-グルコシルトランスフェラーゼ(マルトトリオシル転移酵素)が好ましい”と記載されている。

なお、国際公開第2012/105532号は、後述する異議申立人が提出した甲第3号証である

また、本特許発明における“グルコアミラーゼ”は、“正式名称がグルカン1,4-α-グルコシダーゼといい、糖鎖の非還元末端のα-1,4-結合やα-1,6-結合をエキソ型に加水分解してブドウ糖1分子を産生するアミラーゼ”であると記載されている。

公開特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2020-141606 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-141606/8E6EA4AD7DF1745369F58069C2F73BA01D05F5E5F8CFD8BEC21934C199780894/11/ja)。

【請求項1】

α-グルコシルトランスフェラーゼおよびグルコアミラーゼを含有することを特徴とする米飯用品質保持剤。

【請求項2】~【請求項7】 省略

公開公報に記載された請求項1は、含有酵素量を数値限定することによって、特許査定を受けている。

公報発行日(2021年8月18日) の半年後(2022年2月18日) 、一個人名で異議申し立てがなされた(異議2022-700147 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-141606/8E6EA4AD7DF1745369F58069C2F73BA01D05F5E5F8CFD8BEC21934C199780894/11/ja)。

審理の結論は、以下であった。

“特許第6923580号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”

異議申立人が申立てた異議申立理由は、以下の(1)及び(2)であった。

(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく拡大先願)

本件特許の請求項1及び5に係る発明は、本件特許の出願前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特許出願(特願2019-4707号、甲第1号証)の願書に最初に添付された明細書又は特許請求の範囲に記載された発明と同一であり、

しかも、本件特許の出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、本件特許の出願人が上記特許出願の出願人と同一でもない“ので、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された技術事項に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証:国際公開第2018/074582号

甲第3号証:国際公開第2012/105532号

甲第4号証:特開2015-156861号公報

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1 )申立理由1(甲1に基づく拡大先願)について

甲第1号証に記載された発明(甲1先願発明)は、発明の名称が“穀類食品の製造方法および品質低下抑制方法、ならびに穀類食品の品質低下抑制剤”であって、発明は以下の通りである。

「β-アミラーゼ、グルコアミラーゼおよびマルトテトラオース生成酵素からなる群より選択される1種または2種以上の糖質加水分解酵素と、マルトトリオシル転移酵素である糖転移酵素とを含有する、穀類食品の品質低下の抑制剤であって、

糖質加水分解酵素の含有量が、穀類食品1gあたりの酵素活性が0.1U~20Uとなる量であり、マルトトリオシル転移酵素の含有量が、穀類食品1gあたりの酵素活性が、0.0001U~10Uとなる量である、抑制剤。」”

甲第1号証(特願2019-4707号)は、本特許の出願日(2019年3月7日)より以前の2019年1月15日に出願され、本特許の公開日(2020年9月10日)より以前の2020年7月27日に公開された。

出願人は、味の素株式会社であった。

審判官は、本件特許発明1と甲1先願抑制剤発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>:“グルコシダーゼおよびグルコアミラーゼを含有する、米飯用品質保持剤”

<相違点1-1>:”グルコシダーゼに関して、本件特許発明1は「α-グルコシトランスフェラーゼ」と特定するとともに、「グルコアミラーゼ」及び「グルコシダーゼ」(α-グルコシルトランスフェラーゼ)の配合量に関して、

本件特許発明1においては、「生米100gに対して」「10~900U」及び「30~500U」と特定するのに対し、

甲1先願抑制剤発明においては、生米100gに対応させると「10~2000U」及び「0.01~1000U」である点

審判官は、上記相違点1-1について以下のように判断した。

・“本件特許明細書において「α-グルコシトランスフェラーゼ」として具体的に用いられているものは「グライコトランスフェラーゼ「アマノ」」である。

また、「グライコトランスフェラーゼ「アマノ」」は、「マルトトリオシル転移酵素である糖転移酵素」としても知られているものである。“

・“これらの事実からは、「グライコトランスフェラーゼ「アマノ」」が「α-グルコシトランスフェラーゼ」と「マルトトリオシル転移酵素である糖転移酵素」の両方の概念に適合することが認められる

・このことは、単に、”「α-グルコシトランスフェラーゼ」と「マルトトリオシル転移酵素である糖転移酵素」の概念が一部重複することが認められるにすぎない。

“したがって、「α-グルコシトランスフェラーゼ」と「マルトトリオシル転移酵素である糖転移酵素」とは、実質的に相違するものであり、相違点1-1は実質的な相違点である。

・“仮に、この点で実質的に相違するものではないといえるとしても、

甲1先願抑制剤発明における配合量の範囲は、本件特許発明1の範囲を包含しているものの、本件特許発明1の範囲より広いものであるから、いずれにしても相違点1-1は実質的な相違点である。

・“甲1に具体的に記載されている実施例について検討しても、実施例2としてグルコアミラーゼを100gあたり1380U、本件特許明細書において実施例に利用されているグライコトランスフェラーゼ「アマノ」(「α-グルコシルトランスフェラーゼ」に相当する)を20U配合したものが記載されているが、その配合量は本件特許発明1の数値範囲外である。

・“本件特許発明1は、相違点1-1に係る構成を有することで「炊飯後の米飯を冷蔵保存した後でも米の粒感を保持しながら、柔らかさにも優れ」たものを提供できるという格別な効果を奏するものであり、相違点1-1は、課題解決のための具体化手段における微差であるともいえない。

以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲1先願抑制剤発明と同一であるとはいえない”と結論した。

(2)申立理由2(甲2に基づく進歩性欠如)について

審判官は、本件特許発明1と甲第2号証に記載された発明(甲2改質剤発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>:“グルコアミラーゼを含有する、米飯用品質保持剤”

<相違点2-1>:“米飯用品質保持剤に関し、本件特許発明1は、さらに「α-グルコシルトランスフェラーゼ」を配合するものであるのに対し、

甲2改質剤発明は、「α-グルコシダーゼ」を含有するものである点

<相違点2-2>:“「グルコアミラーゼ」及び「α-グルコシルトランスフェラーゼ」の配合量に関して、本件特許発明1は、「生米100gに対して」「10~900U」及び「30~500U」と特定するのに対し、

甲2改質剤発明は、「グルコアミラーゼ」の配合量は関して、「原料生米100gに対して、10~500U」である点

審判官は、上記相違点2-1及び2-2について、以下のように判断した。

・“甲4には、「マルトトリオシル転移酵素」が澱粉の老化を抑制する効果を奏することが記載され、具体的な実施例において、米75gに対してマルトトリオシル転移酵素を40U(米100gあたり53.3U)添加しているものが記載されているが、

甲4に記載の「マルトトリオシル転移酵素」が、本件明細書において「α-グルコシトランスフェラーゼ」の一例とされている国際公開第2012/105532号に記載のα-グルコシトランスフェラーゼであるかどうか、特許異議申立人が提示する甲3の記載をみても明らかでない。

・“仮に、甲4のマルトトリオシル転移酵素がα-グルコシトランスフェラーゼであるといえるとしても、

甲2改質剤発明は「米飯類の老化を抑制し保水性を高めた米飯類を提供し、炊飯時の焦げつき等を防止しほぐれやすく成型性に優れた米飯類を提供することを目的」としているものであるから、さらに、「マルトトリオシル転移酵素」を加えることまでは容易といえるかもしれないが、

相違点2-2に係る「グルコアミラーゼ」及び「α-グルコシルトランスフェラーゼ」の配合量を相違点2-2に係る範囲とすることで、

本件特許発明1は、「炊飯後の米飯を冷蔵保存した後でも米の粒感を保持しながら、柔らかさにも優れる」ものとできるという格別な効果を奏するものであって、具体的な実施例によりその効果が確認されていることから、

当業者においても、相違点2-2においての各成分の数値範囲を特定の値とすることまで容易に想到し得たということはできない。“

以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲2改質剤発明、甲3及び甲4に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないと結論した。