特許を巡る争い<62>ニップン・カルボナーラソース特許

特許第6836344号は、卵黄由来の粘性が付与された冷凍ソースに関する。2件の異議申立がなされたが、申立理由(明確性要件違反、サポート要件違反、実施可能要件違反、進歩性欠如)はいずれも認められず、そのまま権利維持された。

株式会社ニップン(旧社名 日本製粉株式会社)の特許第6836344号“カルボナーラソース及びその製造方法”を取り上げる。

特許第6836344号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6836344/AF6C81FC989ABDE5613F126D5AB88BFB23EDD0C988BEFB3AE183A6FEF0C6EEC2/15/ja

【請求項1】

卵黄液、リン酸塩、増粘多糖類及び架橋澱粉を含む冷凍カルボナーラソースであって、

ソース全量に対して、

前記卵黄液が0.5~8質量%、前記リン酸塩が1.2質量%以下、前記増粘多糖類が0.02~0.5質量%、前記架橋澱粉が0.15~5質量%の範囲で含まれており、

前記リン酸塩の含有量が、前記卵黄液に対して1.5質量%以上である、

前記冷凍カルボナーラソース。

【請求項2】~【請求項4】省略

本特許明細書には、“カルボナーラソースとは、卵黄又は全卵、チーズ及びクリーム類、更に必要に応じて添加される調味料等を含む原料混合物を加熱処理してクリーム状に調製されたソースである”と記載されている。

本特許発明が解決しようとする課題は、

“卵黄は加熱凝固性を有しているため、原料混合物をゆっくりと加熱して卵黄がダマ状にならずに適度な粘度になる段階で加熱を停止することで、卵黄に由来する特有の滑らかな粘度を有するカルボナーラソースを得ることができる。

しかしながら、工業的には75~100℃での加熱殺菌工程を備える必要があり、このような条件下では卵黄が凝固してダマになり、ボソボソとした食感が生じる。それ故、卵黄の加熱凝固を防止又は抑制する必要がある“と記載されている。

そして、“卵黄液、リン酸塩、増粘多糖類及び架橋澱粉を含む冷凍カルボナーラソース”において、“卵黄液に対して1.5質量%以上のリン酸塩を含み、リン酸塩の含有量はソース全量に対して1.2質量%以下とすることにより、卵黄液の加熱による凝固を防ぎ、ダマの発生がなく、卵黄由来の粘性が付与され、冷凍カルボナーラソースが得られることを見出し、本発明を完成するに至った”と記載されている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は以下の通りである(特開2018-7595、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-007595/AF6C81FC989ABDE5613F126D5AB88BFB23EDD0C988BEFB3AE183A6FEF0C6EEC2/11/ja)。

【請求項1】

卵黄液、リン酸塩、増粘多糖類及び架橋澱粉を含む冷凍カルボナーラソースであって、

卵黄液に対して1.5質量%以上のリン酸塩を含み、

リン酸塩の含有量はソース全量に対して1.2質量%以下である、

前記冷凍カルボナーラソース。

【請求項2】~【請求項6】 省略

請求項1についてみると、公開公報記載の請求項1において、卵黄液、リン酸塩、増粘多糖類及び架橋澱粉の含有量を数値限定することによって、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2021年2月24日)のおよそ半年後に、申立人A(一個人、申立日8月18日)と申立人B(一個人、申立日8月24日)によって、異議申立された。

審理の結論は、以下のようであった(異議2021-700808、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-137413/AF6C81FC989ABDE5613F126D5AB88BFB23EDD0C988BEFB3AE183A6FEF0C6EEC2/10/ja)。

特許第6836344号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。

申立人Aは、証拠として甲第1号証~甲第9号証を提出し、全請求項について、進歩性欠如、サポート要件違反、実施可能要件違反及び明確性要件違反を主張した。

申立人Bは、証拠として甲第1号証~甲第14号証を提出し、全請求項について、明確性要件違反、サポート要件違反及び進歩性欠如を主張した。

なお、進歩性欠如の証拠として提出された申立人Aの甲第1号証(甲A1)と甲第2号証(甲A2)は、それぞれ申立人Bの提出した甲第1号証(甲B1)と甲第5号証(甲B5)と同一文献であった。

甲A1・甲B1:特開2012-105602号公報

甲A2・甲B5:特開2007-259834号公報

以下、本特許請求項1に係る発明に絞って、審理結果を紹介する。

1.明確性要件違反について

(1)申立人Aの主張する理由(Aエ)及び申立人Bの主張する理由(Bア)について

審判官は、申立人Aと申立人Bの主張する申立理由は、“いずれも本件特許発明1~4の「卵黄液」は不明確であるというもの”であると認めた。

申立人Aの主張は、“本件特許発明1~4の「卵黄液」は、本件特許明細書の記載をみても、単に割卵して得た生卵黄をそのまま何らの加熱又処理や添加物の添加なしに均質化したものに限定されるのか”、均質化がある場合は“どのような処理までが許容されるのかが不明”であるというものであった。

申立人Bの主張は、“本件特許発明1~4の「卵黄液」は、酵素分解卵黄が含まれるか否かが不明確であり、具体的にどのような卵黄を用いた場合が本件特許発明1~4の技術的範囲に含まれるかを判断することは不可能である”というものであった。

これらの主張に対して、審判官は、以下のように判断した。

・“本件特許発明1~4の「卵黄液」は”、本特許明細書中に“「本発明において『卵黄液』とは、常法により割卵した後に黄味と白身を分離し、回収した黄味を均質化したものであ”ると記載されており、明確である。

・また、本特許明細書には、従来技術に関して酵素処理卵黄などが開示されている。

したがって、“酵素変性や熱変性を受けているようなものではなく、常法により割卵した後に黄味と白身を分離し、回収した黄味を均質化したものであることは明確であるといえる。”

以上から、審判官は、“申立人Aの(Aエ)及び申立人Bの(Bア)の主張はいずれも採用できない”と結論した。

(2)申立人Aの主張する理由(Aオ)について

審判官は、申立人Aの理由(Aオ)は、“本件特許発明1に記載の「リン酸塩」はその存在形態に限定がないから、ソースに含まれるすべてのリン酸塩の合計量と解され、そうすると、本件特許明細書の比較例1はソース中にチーズを含むところ”、

”チーズにもリン酸塩が含まれるから、この量もあわせればリン酸塩の量が少ない比較例1も本件特許発明1の条件を満たすことになり、発明の詳細な説明の記載と整合しておらず、不明確“であると認めた。

この主張に対して、審判官は、以下のように判断した。

・“本件特許発明1~4の「リン酸塩」は”、本特許明細書中に“「本発明において『リン酸塩』は食用に使用できるリン酸塩であれば特に限定なく使用することができる。・・・(中略)・・・。

本発明において、リン酸塩は卵黄液に対して1.5質量%以上添加する。」との記載のとおり、リン酸塩として添加されるものとして明確である。

そして、実施例の記載からも、リン酸塩として添加されるものを意味していることは明確である。

よって、上記申立人Aの(Aオ)の主張は採用できない。“

以上から、審判官は、明確性要件違反に関する申立人A及び申立人Bの申立理由は理由がないと結論した。

2.サポート要件違反及び実施可能要件違反について

(1)申立人Aの主張する申立理由(Aア)及び(Aイ)について

本特許【請求項1】において、増粘多糖類は0.02~0.5質量%、及び架橋澱粉は0.15~5質量%の範囲で含まれることが発明特定事項となっている。

申立人Aは、本特許明細書の実施例の記載をもとに、

“増粘多糖類0.4質量%の滑らかさの点数が3.8点であったのに対し、範囲外である0.6質量%では0.9点であったから、

本件特許発明1の範囲内である、増粘多糖類0.5質量%の滑らかさの評価点は、(3.8点+0.9点)÷2から導き出される2.4点程度になると考えられ、普通である3点を下回る結果になることが推定されるから、

本件特許発明1~4は課題を解決できないものも含まれていることになり、発明の詳細な説明に記載された内容を本件特許発明1~4にまで拡張ないし一般化することはできない”と主張した。

また、架橋澱粉についても、同様な理由で、“本件特許発明1~4は課題を解決できないものも含まれていることになり、発明の詳細な説明に記載された内容を本件特許発明1~4にまで拡張ないし一般化することはできない”と主張した。

これに対して、審判官は、以下のように判断した。

“申立人Aの主張は”、本特許明細書中に記載された“「試験2:増粘多糖類の量の評価」及び上記(本14)の「試験3:架橋澱粉の量の検討」のそれぞれについて、配合量が異なる2つの評価の結果を足して2で割り平均を求めたところ、課題を解決できないものが含まれているというものであるが、

評価の点数までこのような計算で明らかになる根拠が不明であり、単なる推測に過ぎず採用できない。“

そして、“上記申立人Aの(Aア)及び(Aイ)の主張はいずれも採用できない“と結論した。

(2)申立人Aの主張する申立理由(Aウ)及び申立人Bの主張する申立理由(Bウ)について

審判官は、“申立人Aが主張する(Aウ)及び申立人Bが主張する(Bウ)は、以下のとおり、いずれも本件特許発明1~4の「卵黄液」は不明確であることを前提とするものである”と認めた。

そして、審判官は、“本件特許発明1~4の「卵黄液」は”、上記1.(1)明確性要件の項で述べたとおり、“常法により割卵した後に黄味と白身を分離し、回収した黄味を均質化したものであることは明確であり”、申立人Aの甲第7号証に“「割卵した後、卵白と分離して得られた卵黄等がごく一般的なものである」と記載されているとおり、

当業者であれば、本件特許明細書で定義され、実施例で使用された卵黄液について理解できるといえるから、申立人A及び申立人Bの主張は前提において誤っている。”

加えて、“当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らしても、実施例で効果が示された2質量%の場合しか、課題を解決できると認識できないとはいえない。

そして、本件特許発明1~4が、いわゆるサポート要件を満たすことは”、上記1.(1)明確性要件の項で“述べたとおりである。”

以上から、審判官は、“上記申立人Aの(Aウ)及び申立人Bの(Bウ)の主張はいずれも採用できない“と結論した。

(3)申立人Bの主張する申立理由(Bイ)について

審判官は、“申立人Bの主張は、要するに、本件特許明細書に記載の実施例及び比較例は、官能評価が信憑性に欠けるものと言わざるを得ないから、本件特許発明1~4のサポートとはなり得ないというものであるが”、

本件特許明細書中に記載のとおり、“10名の専門パネラーが、食味、滑らかさ、ダマ感(加熱凝固)のそれぞれについて定められた評価基準にしたがって官能評価を行ったことが説明されている。

よって、上記申立人Bの(Bイ)の主張は採用できない“と結論した。

(4)申立人Bの主張する申立理由(Bエ)~(Bカ)について

審判官は、申立人Bの主張する申立理由(Bエ)は、“本件特許発明1~4の「リン酸塩」は、食用に使用できるリン酸塩であれば特に限定がないところ”、日本で食品添加物として認可されているリン酸塩は22種類もの化合物が存在するうえに、リン酸やその塩の種類及び使用する量によって効果が異なることが技術常識であるから、技術的課題を解決できない態様を含んでいるというものであると認めた。

また、申立理由(Bオ)は「増粘多糖類」について、申立理由(Bカ)は「架橋澱粉」についてであるが、いずれも申立理由(Bエ)の「リン酸塩」の場合と同様な主張であると認めた。

これらの申立理由に対して、審判官は、以下のように判断した。

“本件特許発明1~4は、卵黄液、リン酸塩、増粘多糖類及び架橋澱粉を特定の量で組み合わせて配合することにより、課題を解決したものといえるところ、

申立人Bは、実施例で効果が確認されたものしか課題を解決できると認識できない理由として、リン酸塩、増粘多糖類、架橋澱粉について、それぞれに多種類のものが存在することや、種類に応じて特性が異なることを主張しているが、一般的な技術的事項を示したに過ぎない。

そして、本件特許発明1~4が、いわゆるサポート要件を満たすことは、上記(1)で述べたとおりである。“

よって、“上記申立人Bの(Bエ)~(Bカ)の主張は採用できない“と結論した。

3.申立理由A1-1(進歩性)及び申立理由B3(進歩性)について

(1)甲A第1号証を主たる引用文献とする進歩性欠如について

審判官は、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)と甲A第1号証に記載された発明(甲A1発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点1~2を認めた。

一致点;“「卵黄液、リン酸塩及び増粘多糖類を含む冷凍カルボナーラソースであって、ソース全量に対して、前記リン酸塩が1.2質量%以下、前記増粘多糖類が0.02~0.5質量%の範囲で含まれており、前記リン酸塩の含有量が、前記卵黄液に対して1.5質量%以上である、前記冷凍カルボナーラソース。」である点。

相違点1;本件特許発明1は、ソース全量に対して、前記卵黄液が0.5~8質量%の範囲で含まれるのに対し、甲A1発明は、ソース全量に対して、卵黄が12質量%で含まれる点。

相違点2:本件特許発明1は、さらに架橋澱粉を含み、ソース全量に対して、前記架橋澱粉が0.15~5質量%の範囲で含まれるのに対し、甲A1発明は、架橋澱粉が含まれない点。

(ア)相違点1についての審判官の判断

“甲A1には、卵黄含有組成物に対して含有させる卵黄の量が記載されているだけで、ソース全量に対する卵黄の含有量について着目したところはないから、

甲A1に示されている実施例の組成について、卵黄の含有量のみ変更したと仮定して計算した数値が、本件特許発明1で特定する0.5~8質量%の範囲と一部重複する範囲となるとしても、

甲A1発明について、濃縮タイプ冷凍カルボナーラソース全量に対する卵黄の含有量が0.5~8質量%の範囲となるように、卵黄の含有量を変更する動機付けはない。“

以上から、審判官は、“相違点1は、当業者が容易になし得たものではない“と結論した。

(イ)相違点2についての審判官の判断

・“甲A1には、「加工デンプン」は増粘剤の一例として、キサンタンガムとともに併記されているだけであり、架橋澱粉については記載もされていない。

したがって、甲A1発明において、さらに架橋澱粉を配合する動機付けはない。“

・“甲A1と甲A2は、冷凍カルボナーラソースという点で共通するものの”、甲A2発明における“加工澱粉を選択し、かつ、甲A1発明とは組成も異なる甲A2に記載の実施例1から計算される量として配合する動機付けはない。“

・“甲A1発明に、甲B3~甲B5のそれぞれの実施例に記載の配合量を参酌して、さらに架橋澱粉を配合する動機付けは見いだせない。”

・“本件特許発明1は、上記相違点1及び相違点2に係る構成に加え、リン酸塩及び増粘多糖類の含有量を特定することで、甲A1発明からは予測できない”効果を奏するものである。”

以上から、審判官は、“相違点2は、甲A1及び甲A2あるいは甲A1及び甲B2~甲B7に示される技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たものではない”と結論した。

(2)甲A第4号証を主たる引用文献とする進歩性欠如について

審判官は、本件特許発明1と甲A4発明とを対比して、以下の一致点及び相違点1~2を認めた。

一致点;“「卵黄液、リン酸塩、増粘剤を含む卵黄を含有するソースであって、ソース全量に対して、前記卵黄液が3.5~8質量%、前記リン酸塩が1.2質量%以下の範囲で含まれている、前記卵黄を含有するソース。」である点。”

相違点1;”「卵黄を含有するソース」が、本件特許発明1は、「冷凍カルボナーラソース」であるのに対し、甲A4発明は、「カスタードソース」である点。”

相違点2;省略

相違点3;省略

相違点4;“本件特許発明1は、乳固形分及び糖類を含むと特定されていないのに対し、甲A4発明はこれらを含むと特定されている点。”

相違点1及び4についての審判官の判断

・“本件特許発明1の冷凍カルボナーラソースと、甲A4発明のカスタードソースとは、どちらも卵黄を含有するソースであることでは共通している。”

しかし、“両者はその組成が異なるものである。”“このことは、甲A5の実施例4(カルボナーラ用レトルトソース)及び実施例5(カスタードクリーム)の組成からも明らかである”。

“そして、甲A4は、カスタードソースに関する技術的事項を開示するものであるところ”、“卵黄以外の成分である牛乳(乳固形分)及び糖類を、チーズ及びクリーム類に変更して、冷凍カルボナーラソースとする動機付けはない。”

以上から、“相違点1及び4は、当業者が容易になし得たものではない”と結論した。

なお、詳細を省略した相違点2及び相違点3についても、審判官は、当業者が容易になし得たものではないと結論した。