特許を巡る争い<66>昭和産業・ベーカリー用小麦粉特許

昭和産業株式会社の特許第6831947号は、特定の小麦粉を特定量含有することを特徴とする、パンなどの生地製造に適した小麦粉に関する。新規性欠如、進歩性欠如及び記載不備の理由で異議申立されたが、異議申立人の主張はいずれも認められず、権利維持された。

昭和産業株式会社の特許第6831947号”ベーカリー製品用小麦粉、ベーカリー製品用ミックス、及びベーカリー製品の製造方法”を取り上げる

特許第6831947号の特許広報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6831947/AD95D4DBFA9CE827032FF5A7F5E82C08BE5FE8FEF6F86F2DF751DC2AC87097BD/15/ja)。

【請求項1】

ドウ生地を用いるベーカリー製品を製造するための小麦粉であって、

以下の特徴を有するベーカリー製品用小麦粉。

1)たん白質含量が10.8~13.0質量%のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉Aを0質量%超、25質量%以下含有する。

2)中位径が45~90μmである。

3)損傷澱粉量が4.0~9.0質量%である。

4)灰分が0.35~0.50質量%である。

【請求項2】~【請求項8】 省略

ドウ”とは、WIKIPEDIAによれば、“パン作りやパスタ作りなどの分野で、英語を用いて「dough ドウ」、日本語で「生地」と呼ばれるものは、何らかの穀粉と少量の液体を混ぜることによってできた粘弾性がある状態のもの、つまり粘り気と弾力性を兼ね備えたもののことである”(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E7%94%9F%E5%9C%B0)。

本特許明細書には、本特許発明における“ベーカリー製品”として、”パン、イーストドーナツ、ピザ、中華まんじゅう“が例示されている。

本特許発明の解決すべき課題について、“強力粉を主体としたベーカリー製品用のドウ生地は、原料小麦の品質、製造条件によっては、生地弾性が強すぎて伸展性が悪くなったり、又は、生地形成時間が長くなったりする場合がある

また、得られるベーカリー製品のボリューム感が出難かったり、食感が硬くなったりする場合もある。“と記載されている。

この課題に対して、本特許発明者は、“小麦粉の原料小麦の種類について、鋭意検討した結果、所定の範囲のたん白含量のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉を所定の含有量で含み、所定の特徴を有するベーカリー製品用小麦粉を用いることで上記課題を解決できることを見出し”て完成されたと記載されている。

そして、“上記特徴の小麦粉を用いることで、ベーカリー製品用ドウ生地の生地弾性の緩和によって生地伸展性を向上させ、且つ生地形成を促進することができ、さらに得られたベーカリー製品はボリューム、ソフト感、歯切れ、口どけが良い”と記載されている。

本特許は、2020年1月8日に国際出願され(国際公開番号WO2021/140599)、2020年7月30日に手続補正書及び早期審査請求の国内書面が提出され、2021年1月19日に特許査定を受けている。

2020年7月30日の手続補正書に記載された請求項1は、以下の通りである。

【請求項1】

ドウ生地を用いるベーカリー製品を製造するための小麦粉であって、

以下の特徴を有し、ベーカリー製品用のドウ生地形成を促進することができるベーカリー製品用小麦粉。

1)たん白質含量が10.8~14.5質量%であるオーストラリア産硬質小麦由来の

小麦粉Aを0質量%超、25質量%以下含有する。

2)中位径が45~90μmである。

3)損傷澱粉量が4.0~9.0質量%である。

4)灰分が0.35~0.50質量%である。

審査において、拒絶理由通知が出され、 請求項1を削除し、請求項3を請求項1にする補正を行って、特許査定を受けている。

なお、特許公報発行日(2021年2月17日) の方が、国際公開日(2021年7月15日)より先であった(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2021-140599/F564AC1596C3719241C703109C5C7B127258AC9D412DB8A9A5714400B01A6763/50/ja)。

特許公報発行日(2021年2月17日) の約6か月後(2021年8月11日)、一個人名で異議申立がなされた(異議2021-700804、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-541831/AD95D4DBFA9CE827032FF5A7F5E82C08BE5FE8FEF6F86F2DF751DC2AC87097BD/10/ja)。

結論は、以下のようであった。

特許第6831947号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。

異議申立人は、甲第1号証~甲第11号証を提出し、新規性欠如、進歩性欠如、及び記載不備を主張した。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する。

異議申立人が主張した本件特許発明1に係る異議申立理由は、以下の3点であった。

(1)申立理由A(新規性欠如・進歩性欠如)

“本件特許発明1、5~8は、本件特許出願前に日本国内において頒布された甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるか、又は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明である甲1~甲8に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたもの”である。( 甲第1号証:特開2005-328789号公報

(2)申立理由B(新規性欠如・進歩性欠如)

“本件特許発明1、5~8は、本件特許出願前に日本国内において頒布された甲9に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるか、又は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明である甲2~甲9に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたもの”である。(甲第9号証:特開2003-274846号公報

(3)申立理由E(サポート要件違反)

“本件特許発明1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定により取消されるべきものである”。

(1)申立理由Aについての審判官の判断

審判官は、本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明(甲1発明)とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。

“[一致点(A1)]  「ドウ生地を用いるベーカリー製品を製造するための小麦粉」である「ベーカリー製品用小麦粉」”である点

[相違点(A1-1)]省略

[相違点(A1-2)]  小麦粉の中位径、損傷澱粉量及び灰分が、

本件特許発明1では、「2)中位径が45~90μmである。  3)損傷澱粉量が4.0~9.0質量%である。 4)灰分が0.35~0.50質量%である。」とされる一方、

甲1発明のベーカリー製品用小麦粉では、中位径、損傷澱粉量、及び灰分のいずれも不明“である点。

異議申立人は、 相違点(A1-2)について、以下のような主張を行った。

・甲6の記載、甲5の記載甲6の記載を根拠にして、”甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径は、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径を有している蓋然性が高い”。

・甲8の記載、甲7の記載を根拠にして、”甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の損傷澱粉量は、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の損傷澱粉量を有している蓋然性が高い”。

・甲7の記載を根拠にして、”甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の灰分は、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の灰分を有している蓋然性が高い”。

・“仮に、甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分が、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分とは相違するとしても、

甲5~8の記載を基に、甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の粒径、損傷澱粉量、及び灰分を調整して、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉で特定される中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲に変更することは、当業者の設計事項である“。

審判官は、相違点(A1-2)について、以下のように判断した。

・ “甲1には、記載(甲1-1)~記載(甲1-4)を含めて、ベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分についての記載はなく、

甲1~甲8の記載から、又は技術常識に照らして、甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分が、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲内にあるといえる根拠を見出すこともできないので、

相違点(A1-2)は実質的な相違点である。

・”また、甲1~甲8の記載及び技術常識を検討しても、甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分を、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲内のものとすることを、当業者が容易に想到し得たといえる根拠を見出すこともできない。

・“そして、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉は、生地伸展性を向上させ、且つ生地形成を促進することができ、さらに得られたベーカリー製品はボリューム、ソフト感、歯切れ、口溶けが良いという当業者の予想し得ない顕著な効果を奏するものと認める”。

以上の理由から、審判官は、“違点(A1-1)について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、甲1~甲8に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものでもない”と結論した。

(2)申立理由Bについての審判官の判断

審判官は、本件特許発明1と甲第9号証に記載された発明(甲9発明)とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。

“ [一致点(B1)] 「ドウ生地を用いるベーカリー製品を製造するための小麦粉」である「ベーカリー製品用小麦粉」である”点。

[相違点(B1-1)]省略

[相違点(B1-2)]中位径、損傷澱粉量、及び灰分が、

本件特許発明1の小麦粉では、「2)中位径が45~90μmである。3)損傷澱粉量が4.0~9.0質量%である。 4)灰分が0.35~0.50質量%である。」とされる一方、

甲9発明のベーカリー製品用小麦粉では、中位径、損傷澱粉量、及び灰分のいずれも不明である“点

異議申立人は、相違点(B1-2)について、以下のように主張した。

・甲5~甲8の記載を根拠にして、”甲9発明のベーカリー製品用小麦粉は、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分を有している蓋然性が高い”。

・“仮に、甲9発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分が、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分とは相違するとしても、

甲5~8の記載を基に、甲1発明のベーカリー製品用小麦粉の粒径、損傷澱粉量、及び灰分を調整して、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉で特定される中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲に変更することは、当業者の設計事項である”。

これらの主張に対して、審判官は以下のように判断した。

・ ”記載(甲5-1)を含む甲5の記載、記載(甲6-1)及び記載(甲6-2)を含む甲6の記載、記載(甲7-1)を含む甲7の記載、記載(甲8-1)を含む甲8の記載は、いずれも、市販されている一般的な小麦粉についての記載である”。

・”甲9発明のベーカリー製品用小麦粉は、甲2~甲9の記載及び技術常識を検討しても、市販されている一般的な小麦粉と同質のものといえる根拠を見出すことはできず、

甲9発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分が、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲内にあると認めることはできない“。

・ “甲2~甲9の記載及び技術常識を検討しても、市販されている小麦粉と同質のものとは認められない甲9発明のベーカリー製品用小麦粉の中位径、損傷澱粉量、及び灰分を、あえて市販されている小麦粉と同程度に変更する動機付けを見出すことはできず、

甲9発明のベーカリー製品用小麦粉の粒径、損傷澱粉量、及び灰分を、本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉について特定される中位径、損傷澱粉量、及び灰分の範囲内のものとすることを、当業者が容易に想到し得たとすることもできない“。

・“本件特許発明1のベーカリー製品用小麦粉は、生地伸展性を向上させ、且つ生地形成を促進することができ、さらに得られたベーカリー製品はボリューム、ソフト感、歯切れ、口溶けが良いという当業者の予想し得ない顕著な効果を奏するものと認める”。

以上の理由から、審判官は、“相違点(B1-1)について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲9発明ではなく、甲2~甲9に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものでもない”と結論した。

(3)申立理由E(サポート要件違反)についての審判官の判断

異議申立人は、以下の(イ-1)及び(イ-2)の2つの主張を行った。

a.主張(イ-1)についての審判官の判断

異議申立人の主張は、以下のようであった。

・本件特許明細書の比較例2で用いた小麦粉は、クオリテ(強力粉)と試料7とを90:10の割合で混合したものである。

・試料7は、オーストラリア産中間質小麦(ASW)と記載されているが、輸入されるASWはオーストラリア産硬質小麦(APW)を約40%含むブレンド小麦と推定される(甲2~甲4、甲10及び甲11の記載から)。

そうすると、“本件特許明細書の比較例2で用いた、クオリテと試料7からなる小麦粉は、たん白質含量が11.3~12.2%であるオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉を約4%([小麦粉中の試料7含有量10%×[試料7中のAPW量40%])含有する”ことになる

・約4%は請求項1の1)の要件、“オーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉Aを0質量%超、25質量%以下含有する”の範囲である。

・“また、比較例2で用いた小麦粉全体での損傷澱粉量、中位径、及び灰分が本件特許発明1に記載される範囲内であることは明らかである”。

・したがって、“比較例2で用いた小麦粉は、本件特許発明1にかかるベーカリー製品用小麦粉に包含されるものである”。

・本件特許明細書に記載された“比較例2の結果を見る限り、たとえ所定のたん白含量のオーストラリア産硬質小麦由来の小麦粉を含んでいても、強力粉以外の小麦粉を含有する小麦粉は、本件特許発明の課題を解決できない”。

・“また、本件特許発明1は、甲1又は甲9に記載されているようなASWを配合したパン用小麦粉と区別できないものであるから、従来公知の技術を包含するものである。

上記をもとに、異議申立人は、“本件特許発明1は、本件特許発明の課題を解決できない範囲を包含するものであり、かつ従来公知の技術を包含するものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明ではない”と主張した。

異議申立人の主張(イ-1)に対する審判官の判断は、以下のようであった。

・ “国内に輸入される外国産の中間質小麦に、ASWにAPWを約40%含むブレンド小麦であることが知られているとしても、本件特許明細書に記載された試料7の「オーストラリア産中間質小麦」が、APWを約40%含むブレンド小麦であるASWであるとする根拠にはならず、

本件特許明細書に記載された比較例2で用いた小麦粉が本件特許発明1に記載されるベーカリー製品用小麦粉に包含されるものであるとすることはできない“。

・ “また、本件特許明細書に記載された実施例が、

「本件特許発明1で特定する所定の範囲のたん白含量のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉を,本件特許発明1で特定する所定の含有量で含み」、

「その他の小麦粉は強力粉からなり」、かつ

「本件特許発明1で特定する所定の特徴を有する」ベーカリー製品用小麦粉を用いたもののみであるとしても、

そのことを以て、実施例以外の本件特許発明に係る小麦粉によっては、本件特許発明の課題を解決できないと、当業者が認識するとはいえない“と判断した。

b.主張(イ-2)についての審判官の判断

異議申立人の主張は、以下のようであった。

本件特許発明の請求項1で規定されたオーストラリア産硬質小麦のたん白質含量は、10.8~13.0質量%である。

・しかし、“本件特許明細書には、ベーカリー製品製造に使用できるオーストラリア産硬質小麦としてたん白質含量が11.0~14.0質量%のものが存在すること、及び、比較例としてたん白質含量が10.4質量%のオーストラリア産硬質小麦が存在することが開示されているだけであり、

たん白質含量が「10.8質量%」のオーストラリア産硬質小麦が存在することや、その具体例については何ら開示されていない”。

・“本件特許明細書の表5の比較例1(たん白質含量10.4質量%のオーストラリア産硬質小麦)でパンのボリュームや食感が低評価であったことを鑑みると、たん白質含量が10.8質量%のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉を含むベーカリー製品用小麦粉が、本件特許発明の課題を解決できるものであることを確信できない”。

上記をもとに、異議申立人は、“本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載されていない事項を含むものであり、かつ本件特許発明の課題を解決できない範囲を含むものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明ではない”と主張した。

異議申立人の主張(イ-2)に対する審判官の判断は、以下のようであった。

・“本件特許明細書に、たん白質含量が「10.8質量%」のオーストラリア産硬質小麦の具体例が示されていないとしても、そのことは、本件特許発明のうち、たん白質含量が10.8質量%のオーストラリア産硬質小麦から得られる小麦粉Aを含む又は配合するものが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であるとする根拠にはならない”。

・“また、たん白質含量10.4質量%のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉を用いて製造されたパンのボリュームや食感が低評価であったとしても、そのことは、本件特許発明のうち、たん白質含量が10.8質量%のオーストラリア産硬質小麦から得られた小麦粉Aを含む又は配合するものが、本件特許発明の課題を解決できないと、当業者が認識するものである根拠にはならない”。

上記の判断をもとに、審判官は、“申立理由Eには理由がない”と結論した。