特許を巡る争い<52>花王株式会社・麺類製造法特許

花王株式会社の特許第6774810号は、特定の小麦ふすまを含有させることによって、麺生地の品質や麺線調製の作業性などを向上させる麺類の製造法に関する。進歩性欠如と記載不備の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持。

特許第6774810号”小麦ふすま含有麺類の製造方法”の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6774810/66AC9F393A683D01D92DA34C1D8088ECC19CEA0EA8774F9D994C428FE64F24B8/15/ja)。

【請求項1】

薄力粉、中力粉及び強力粉から選ばれる少なくとも1種の小麦粉と、

蒸煮処理小麦ふすまとを含有してなる麺生地を麺線状に押出して麺線とし、

この麺線を切断することを含む小麦ふすま含有麺類の製造方法であって、

前記麺生地中の蒸煮処理小麦ふすまの含有量が、乾燥質量換算で4~55質量%である、

製造方法。

【請求項2】~【請求項4】 省略

本特許明細書には、”小麦ふすま”とは、“主に粉砕された小麦の外皮からなり、不溶性食物繊維、ビタミン、ミネラル等を豊富に含むことから、健康食品素材として注目されている”と説明されている。

また、”蒸煮処理小麦ふすま”とは、”小麦ふすまを特定条件で蒸煮処理し、乾燥して得られる小麦ふすま加工品である。蒸煮処理に付する小麦ふすまとしては、小麦の外皮を粉砕したものを用いることが好ましい。通常は小麦の外皮を焙煎し、粉砕したものを用いる”と説明されている。

麺類の工業的生産方法”としては、”圧延法”(”麺生地を圧延して麺帯を得、この麺帯を麺線に切り出した後、所望の長さに切断して麺を得る方法”)、及び、”押出し法” (”麺生地をシリンダーに押し込み、この麺生地を先端の金型から押出し麺線を得、この麺線を所望の長さに切断して麺を得る方法”)に大別される

このうち、“押出し法は、麺生地を押し出すだけで所望の形状の麺線が得られることから、圧延法に比べて麺類製造の工程を簡略化できる。しかし薄力粉、中力粉及び強力粉等の小麦粉を用いた場合、押出し法によって十分なコシ(弾力)を発現させることは難しい”と記載されている。

本特許発明の効果は、“麺生地に配合する小麦ふすまとして、小麦ふすまを特定条件で蒸煮処理したもの(蒸煮処理小麦ふすま)を特定量用いると、伸ばしても切れにくく生地のつながりが良好な麺生地を調製することができ、この麺生地を麺線状に押出した際に生地が破断しにくく、麺線調製の作業性が大きく向上する”と説明されている。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-29146、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-029146/66AC9F393A683D01D92DA34C1D8088ECC19CEA0EA8774F9D994C428FE64F24B8/11/ja)。

【請求項1】

薄力粉、中力粉及び強力粉から選ばれる少なくとも1種の小麦粉と、

蒸煮処理小麦ふすまとを含有してなる麺生地を麺線状に押出して麺線とし、

この麺線を切断することを含む小麦ふすま含有麺類の製造方法であって、

前記麺生地中の蒸煮処理小麦ふすまの含有量が、乾燥質量換算で4~55質量%である、

製造方法。

【請求項2】省略

請求項1についてみると、特許公報に記載された請求項1と公開公報に記載された請求項1は、同一である。

特許公報発行日(2020年10月28日)の半年後 (2021年4月27日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2021-700386、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-153368/66AC9F393A683D01D92DA34C1D8088ECC19CEA0EA8774F9D994C428FE64F24B8/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6774810号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。

異議申立人は、甲第1~15号証(「甲1」~「甲15」と省略)を証拠として提出し、以下の2つの理由を申し立てた。

(1)理由1(進歩性欠如)

”本件発明1~4は、甲2~15の記載を参酌すれば、甲1に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものである”。

甲第1号証:特開2013-243984号公報

(2)理由2(記載不備)

”本件請求項1、4に記載された「蒸煮処理小麦ふすま」との用語の「蒸煮処理」の意味が不明である結果、本件発明1、4は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものである”。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)理由1(進歩性欠如)について

審判官は、本件発明1と甲1発明(甲第1号証に開示された発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:”「強力粉と、小麦ふすまとを含有してなる麺生地から麺線を得る小麦ふすま含有麺類の製造方法。」”

相違点1: 省略

相違点2:”麺線を得るに際し、本件発明1は「麺生地を麺線状に押出して麺線とし、この麺線を切断する」のに対し、甲1発明は「麺生地を、圧延した後切刃で麺線に切り出して得る」点。

相違点3: 省略

審判官は、相違点2について、以下のように判断した。

本特許発明は、本件明細書からみて、“本件発明の解決課題および解決手段は「押出し法を適用して製麺する」「小麦ふすまを含有する麺生地」を前提として、

「小麦ふすまを特定条件で蒸煮処理したもの(蒸煮処理小麦ふすま)を特定量用いる」ことで、

「伸ばしても切れにくく」「生地のつながりが良好な麺生地を調製することができ」、「麺線状に押出した際に生地が破断しにくく、麺線調製の作業性が大きく向上する」もので、

「かかる麺線を所望の長さに切断する際には、より小さなせん断力で容易に切断でき」、「かかる麺線が弾力にも優れる」麺類を提供することにある。

・一方、甲1発明は、記載された「試験例(中華麺)」から、

“「製麺時の作業性」や「得られた茹で中華麺の食感および食味」は、

本件発明の「生地のつながりが良好な麺生地を調製することができ」、「麺線状に押出した際に生地が破断しにくく、麺線調製の作業性が大きく向上する」もので、

「かかる麺線を所望の長さに切断する際には、より小さなせん断力で容易に切断でき」、「かかる麺線が弾力にも優れる」ものに相当すると見なせる余地がある。

・”しかし、本件発明は「麺生地を麺線状に押出して麺線とし、この麺線を切断する」いわゆる「押出し法」で得られた麺線において上記課題を解決したのに対し

甲1発明は「麺生地を、圧延した後切刃で麺線に切り出して得る」いわゆる「圧延法」において得られた麺線に関するものであり、

甲1発明の圧延法を押出し法に変更する示唆はない。

“押出し法や圧延法が成形法自体として知られていたとはいえるものの、中華麺を「圧延法」によって製造する記載から認定した甲1発明において、甲9の604頁下から8~2行にあるように、ほとんどのめんが圧延法で成形されている状況において、

これを敢えて「押出し法」に変更して、本件発明の上記課題がすべて解決することを認識しうるとは、甲1のみならず他の甲各号証を参照しても当業者が容易に想起できるとはいえない。

その結果、審判官は、”相違点1や3について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明から当業者が容易に発明することができたものとはいえない”と結論した

(2)理由2(記載不備)について

審判官は、異議申立人の「蒸煮処理」の意味が不明であるとの主張に対して、以下のように判断した。

・“本件発明の「蒸煮処理」との文言について、特許請求の範囲の記載を技術常識を加味して判断すれば、「蒸煮」又は「蒸煮処理」との用語自体は、甲4のように一般に蒸気で加熱すること、甲5のように穀物類の「蒸煮」として、「蒸したり、煮たりすること」、甲6のように、麺類に関して、「蒸煮処理」とは、「茹でること、又は蒸すこと」と説明されており、

蒸気で加熱したり、蒸したり、煮たり(茹で)たりすることを意味するといえるものの、

処理対象や場面によって一義的に明確に決まらないので、本件明細書の記載を参照することとする。

・本特許明細書中の「蒸煮処理」に関する記載からみて、“本件発明でいう「蒸煮処理小麦ふすま」との用語の「蒸煮処理」とは「小麦ふすまと、当該小麦ふすまの乾燥質量100質量部に対し、13~135質量部の水を共存させ、小麦ふすまと水とを混練しながら加熱処理する」ことを意味することは明らかである。

したがって、「蒸煮処理小麦ふすま」との用語は、第三者に不測の不利益を生じるほどに不明確な点は存在せず、明確であるといえる。

その結果、審判官は、蒸煮処理小麦ふすま」との用語の「蒸煮処理」との記載に関して本件発明は明確であり、申立ての理由2には、理由がない”と結論した