味の素の特許第6816391号は、ハンバークなどの成形挽肉加工食品において、特定の大豆たん白を配合することによって、調理後の表面の凹凸を増強させる方法に関する。二人の異議申立人から異議申立がなされ、拒絶理由が通知されたが、そのまま権利維持された。
味の素の特許第6816391号“表面における凹凸が増強された成形挽肉加工食品”を取り上げる。
特許第6816391号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(
【請求項1】
大豆たん白を含有する成形挽肉加工食品であって、
当該大豆たん白の平均サイズが、その他の成形挽肉加工食品原料と混合される際、0.5mm以上10mm未満であり、
当該大豆たん白の水分量が、その他の成形挽肉加工食品原料と混合される際、1~20重量%であり、
ハンバーグ、ミートボール、つくね、メンチカツ、ミートコロッケ、肉シュウマイ及び肉ギョーザからなる群より選択されるいずれかである、成形挽肉加工食品。
【請求項2】~【請求項14】省略
本特許明細書には、本特許発明の背景として、
“ハンバーグ等の成形挽肉加工食品は、従来より消費者に人気の高い惣菜の一つであり“、”工業的に大量生産された成形挽肉加工食品が広く利用されている”が、“工業的に生産された成形挽肉加工食品は、表面に起伏の少ないのっぺりとした外観のものが多いが”、“成形挽肉加工食品の表面の凹凸を増強できれば、商品価値、サービスの向上が期待できる”と記載されている。
そこで、“本発明者らは、上記課題に対して鋭意検討した結果、平均サイズが所定の範囲内である植物性たん白をその他の成形挽肉加工食品原料と混合して成形挽肉加工食品を製造することにより、当該成形挽肉加工食品の加熱調理後の表面における凹凸を増強し得ることを見出し、かかる知見に基づいてさらに研究を進めることによって本発明を完成するに至った”と記載されている。
本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2018-86、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-000086/E429688E804353B70B210BA29EC01152ED2397F8BA8FF8F6A496B4637827B806/11/ja)。
【請求項1】
植物性たん白を含有する成形挽肉加工食品であって、
当該植物性たん白の平均サイズが、その他の成形挽肉加工食品原料と混合される際、0.5mm以上10mm未満である、成形挽肉加工食品。
【請求項2】~【請求項11】省略
公開時の請求項1は、“当該大豆たん白の水分量”の数値限定及び成形挽肉加工食品を特定の食品に限定することによって、特許査定を受けている。
本特許公報の発行日(2021年1月20日)の約4か月後に一個人(以下、申立人A)によって異議申立てがなされ、6か月後に別の一個人(以下、申立人B)によって異議申立てがなされた。
申立人Aの異議申立理由は、新規性欠如、進歩性欠如及び記載不備であった。
また、申立人Aの異議申立理由は、拡大先願、新規性欠如、進歩性欠如及び記載不備であった。
なお、新規性欠如及び進歩性欠如の申立に引用された文献は、申立人Aと申立人Bとでは異なっていた。
審理の結論は、以下のようであった(異議2021-700452、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-130538/E429688E804353B70B210BA29EC01152ED2397F8BA8FF8F6A496B4637827B806/10/ja)。
“特許第6816391号の請求項1ないし14に係る特許を維持する。”
異議申立てされた後の2021年11月1日付けで取消理由が通知された。
取消理由は、明確性要件違反で、申立人Bが主張した取消理由の一つ(B7-1)でもあった。
以下、本特許発明の請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
取消理由の具体的な内容は、以下のようであった。
“請求項1には「当該大豆たん白の水分量が、その他の成形挽肉加工食品原料と混合される際、1~20重量%であり、」とあり、請求項6及び請求項12には「水分量が1~20重量%である大豆たん白」とあるが、
これらで規定される「水分量」が、「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合の直前における「大豆たん白の水分量」であるのか、
混合の後における「大豆たん白の水分量」であるのか、以下の(1)及び(2)に示すとおり明確でない。”
(1)本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落0023の記載は、“「その他の成形挽肉加工食品原料」と混合された後の「植物性たん白の水分量」が重要であることを示すと解され得る記載であるといえる。
したがって、請求項1、6及び12で規定される「水分量」が、「その他の成形挽肉加工食品原料」と混合される直前における「大豆たん白の水分量」であるのか、混合された後における「大豆たん白の水分量」であるのか、明確でない。“
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落0028の記載及び段落0030の記載には、“「大豆たん白」と「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合を複数回に分けておこなってもよいことが示されている。”
“そうすると、上記(1)については、請求項1、6及び12で規定される「水分量」は、「その他の成形挽肉加工食品原料」と混合される直前における「大豆たん白の水分量」であると解するとしても、
「大豆たん白」と「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合を複数回に分けておこなう場合には、請求項1、6及び12で規定される「水分量」が、一回目の混合の直前における「大豆たん白の水分量」のみを規定したものであるのか、二回目以降の混合の直前における「大豆たん白の水分量」も規定したものであるのか、不明である。”
“なお、仮に、請求項1、6及び12で規定される「水分量」が、二回目以降の混合の直前における「大豆たん白の水分量」も規定したものであると解すると”、 “その規定は、結局、「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合の後における「大豆たん白の水分量」を規定したものと同じものになる。
したがって、請求項1、6及び12で規定される「水分量」が、「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合の直前における「大豆たん白の水分量」であるのか、混合の後における「大豆たん白の水分量」であるのか、明確でない。“
拒絶理由通知に対して、味の素は訂正請求せず、意見書を提出した。
意見書に対して、審判官は以下のように判断した。
“(1)請求項1には「当該大豆たん白の水分量が、その他の成形挽肉加工食品原料と混合される際、1~20重量%であり、」とあり”、
“「混合される際」とは、「混合された際」のような過去形を用いた表現ではなく、現在形を用いた表現であること、
また、請求項1、請求項6及び請求項12において規定される「水分量」が、その他の成形挽肉加工食品原料との混合の後における「大豆たん白の水分量」であることを示す記載は請求項1、請求項6及び請求項12にはないことから、
いずれも、混合直前の「大豆たん白の水分量」であると理解することに不自然な点はない。”
“そればかりか、請求項1、請求項6及び請求項12において規定される「水分量」が、仮に、その他の成形挽肉加工食品原料との混合の後における「大豆たん白の水分量」であると解すると、その規定を満たすか否かを確かめるためには、
その他の成形挽肉加工食品原料と混合された「大豆たん白」を、混合の後に混合物から分離してその水分量を分析するという、ほとんど実現不可能な分析が必要となることから、混合の後における「大豆たん白の水分量」であると理解することはきわめて不自然である。”
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落0023には、 “「その他の成形挽肉加工食品原料」に水が含まれる場合については、植物性たん白に水が含まれる場合とは別に記載されていること”、及び、
甲A1(申立人Aの提出した甲第1号証:崎田高史,“大豆タンパク質の製造と食品への利用”,油化学,第28巻,第10号(1979年),p.781-794)には、“食品原料として用いられる水は、通常、大豆たん白のいわゆる「水戻し」に用いる水とは区別されていること、並びに、
植物性たん白は、その水分量が低ければつぶれ難いことが技術常識であることから、
植物性たん白がその他の成形挽肉加工食品原料と混合される直前の、植物性たん白の水分量について述べたものとして、明確に理解される。”
(3)本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が示されている。
・“水は「その他の成形挽肉加工食品原料」である”(段落0028)。
・“「大豆たん白」と「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合を複数回に分けておこなってもよい”(段落0023)
・“植物性たん白を加えて混合した後、残りの成形挽肉加工食品原料を加えて混合してもよい”(段落0030)。
・“「その他の成形挽肉加工食品原料」に水が含まれる場合については、植物性たん白に水が含まれる場合とは別に記載されている” (段落0030)。
これらの記載及び上記した甲A1の記載から、
“「大豆たん白」と「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合を複数回に分けておこなう場合には、請求項1、6及び12で規定される「水分量」は、二回目以降の混合の直前における「大豆たん白の水分量」ではなく、
一回目の混合の直前における「大豆たん白の水分量」のみを規定したものであると、明確に理解される”。
(4)したがって、“上記(1)~(3)より、請求項1、6及び12で規定される「水分量」は、「その他の成形挽肉加工食品原料」との混合の直前における「大豆たん白の水分量」であることが、明確である。“
これらの理由から、審判官は、“令和3年11月1日付け取消理由通知に記載した取消理由及び申立理由(B7-1)によって、請求項1、6及び12に係る発明、並びにそれらの請求項を直接又は間接に引用する請求項2~5、7~11、13~14に係る発明は、明確でないとすることはできず”、
“本件特許発明1~14に係る特許は、令和3年11月1日付け取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由により取消すべきものではないと判断する”と結論した。
なお、申立人A及び申立人Bの主張した申立理由(B7-1)以外の申立理由は、詳細は省略するが、いずれも審判官によって採用されなかった。