第1部 特許権、不安定さが内在する権利

第1部 特許権、不安定さが内在する権利(目次)

1.なぜ特許を取得するか?特許権の価値とその使い方

  1-1.特許権でなにが得られるか?

  (1)特許とはなにか?~発明と発見と特許~

  (2)特許は意匠・商標と違う

  (3)特許権の歴史 ~世界の特許制度の始まり~

  (4)日本の「特許制度」の歴史

 1-2.「特許権」をどう利用するか?~権利行使の考え方~

  (5)「特許」で何が得られるか ~特許権の価値~

  (6)差止請求権 ~現在・将来の侵害行為に対して~

  (7)損害賠償請求権 ~過去の侵害行為に対して~

  (8)「特許」は、独禁法の例外

  (9)特許は「資産」

  (10)特許権で稼ぐ ~ライセンスで収益化~

  (11)特許力 ~特許権の「非金銭的」価値~

  (12)発明者の稼ぎ;職務発明

  (13)特許権行使の考え方 ~事業におけるクローズ戦略とオープン戦略~

  (14)特許権による市場独占 ~クローズ戦略の限界~

  (15)市場優位性確保のための特許戦術;1.クロスライセンスとパテントプール

  (16)市場優位性確保のための特許戦術;2.標準必須特許による市場支配

  (17)特許侵害を回避するための特許 ~「楯」となるディフェンシブ特許~

  (18)特許発明の実施を目的としない特許保有;パテント・トロール(PAE)

  (19)パテント・トロール(PAE)に対抗する;社外資源を利用した無効化調査

  (20)特許権を権利行使するための費用は高いか、安いか?

2.特許戦争の背景~不安定さが内在する特許権~

  (21)特許戦争の実態

  (22)特許権行使の制約要因;労力、時間、費用

  (23)特許権行使の制約;無効の抗弁と訂正

  (24)特許権取得のプロセス ~特許審査制度~

  (25)特許性とはなにか? ~新規性、進歩性、産業上の利用可能性~

  (26)特許権の不安定さを生む要因 その1;新規性判断

  (27)特許権の不安定さを生む要因 その2;審査での裁量幅(進歩性判断)

  (28)特許権の不安定さを生む要因 その3;審査基準は変更される

  (29)特許権の不安定さを生む要因 その4;国による審査基準の違い~食品用途特許

  (30)特許権の不安定さを生む要因 その5;言葉(文言)の解釈

  (31)特許権の不安定さを生む要因 その6;均等論による権利範囲の拡大

  (32)特許権の不安定さを生む要因 その7;出願テクニック

  (33)特許審査の現状 ~特許権はそんなに不安定な権利か~

 3.特許権を巡る攻防:その実態 食品特許の事例

  (34)特許侵害者を攻めるための制度

    (35)侵害から身を守るために使える制度

  (36)異議申立の事例1;パスタソース特許

  (37)異議申立の事例2;ノンアルコール・ビールテイスト飲料特許

  (38)無効審判の事例1;減塩醤油特許

  (39)無効審判の事例2;炭酸飲料特許

   (40)判定請求の事例1;梅酒様飲料特許

     (41)判定請求の事例2;容器詰緑茶飲料

   (42)訴訟の事例1;トマト含有飲料特許

     (43)訴訟の事例2;スキンケア用化粧料特許

     (44)特許を巡る争いの事例;乾麺特許

     (45)特許を巡る争いの事例;ニンジン含有飲料特許

   (46)特許を巡る争いの事例;食物繊維含有飲料特許

     (47)特許を巡る争いの事例;ビール風味ノンアルコール飲料特許

     (48)特許を巡る争いの事例;豆乳発酵飲料特許

   (49)特許抗争の事例;ワイン容器詰め方法特許

   (50)特許を巡る争いの事例;トマト含有調味料特許

   (51)特許を巡る争いの事例;畜産練り製品特許

(52)以降は、(目次)食品特許を巡る争いの事例 でご覧ください。

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1.なぜ特許を取得するか?特許権の価値とその使い方

 1-1. 特許権でなにが得られるか?

(1)特許とはなにか? ~発明と発見と特許~

「特許とは、新しい発見のうち(新規で)、高度で(容易に思いつかない)、人の生活の役に立つ(人の生活に有用な)、技術アイデア・概念である。」

特許法第1条には、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」と書かれているが、発明とは何かが定義されていません。

「発明」について、「発見とは、すでに世の中に存在しているが、みんなが認識していないものを初めて見つけることです。・・・(中略)・・・。発明とは、この世に存在していないものを個人の工夫で初めて創り出すことです。」(http://www.med.tottori-u.ac.jp/hatsumeigaku/difference.html)と書いているweb pageもありますが、特許法第2条には、発明でも、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものを保護の対象とします。・・・・・また、技術的思想の創作ですから、発見そのもの(例えば、ニュートンの万有引力の法則の発見)は保護の対象とはなりません。さらに、この創作は、高度のものである必要があり、技術水準の低い創作は保護されません。」と定められています。

「技術的思想」とか「高度なもの」と書かれているが、具体的に何をさしているのか、よくわからないと思います。

さらに付け加えるなら、「発見」であっても「特許」として認められるものがあります。例えば、すでに知られている医薬品の成分であっても、新しい機能(効果)を発見すれば、特許として認められるのです。また、新しい構造の化合物を発見し、さらにその化合物の機能を発見すれば、これを特許として認められる可能性があります。

こうなると、「発明」と「発見」とは、明確に区別することは、難しくなります。

実際に、米国特許法では、「「発明」とは、「発明」と「発見」をいう」(100条)と定義されており、特許を受けることができるのは、「新規かつ有用な方法,機械,製造物、若しくは組成物」又は「それについての新規かつ有用な改良を発明又は発見」に対して、特許を付与すると定められています。

欧州特許付与に関する条約では、「産業上利用することができ,新規であり,かつ,進歩性を有するすべての技術分野におけるあらゆる発明に対して付与される。」となっています。

もう一つ、中国専利法では、「発明とは、製品、方法又はその改善に対して行われる新たな技術方案を指す。」ちなみに、中国語で特許は専利、方案は具体的な案を意味します。

こうして見てみると、新しいこと、有用なこと、改善されていること(高度であること)が共通していますが。これが、特許の要件である、新規性、産業有用性、進歩性の3つであり、これらの要件を満たしている技術であれば、発明と呼ぼうが発見と呼ぼうが、特許を付与されるということになります。

ただし、技術ではなく、「技術的思想」です。

では、技術的思想とは何か。

特許技術は、その要件として、第三者に客観的に伝達可能なものでなければならないので、具体的な技術をもとにした、技術的「思想」にまで高められたものである必要があります。

つまり、「特許とは、新しい発見のうち(新規で)、高度で(容易に思いつかない)、人の生活の役に立つ(人の生活に有用な)、技術アイデア・概念である。」

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(参考資料)

特許法:http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=334AC0000000121&openerCode=1

特許・実用新案とは: https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/chizai04.htm

発明と発見の違い: http://www.med.tottori-u.ac.jp/hatsumeigaku/difference.html

米国特許法: https://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/us/tokkyo.pdf

欧州特許付与に関する条約:https://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/epo/jyouyaku.pdf

中国専利法:https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/20091001rev.pdf

技術的思想:http://www.weblio.jp/content/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%9A%84%E6%80%9D%E6%83%B3

技術的課題を解決するための技術的手段としての思想:

https://kotobank.jp/word/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%9A%84%E6%80%9D%E6%83%B3-1140775

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(2)特許は意匠・商標と違う

「特許は技術、意匠はデザイン、だから違う知的財産であるとされているが、実際には、ある製品技術を保護しようとする場合、特許と意匠の2つの権利で保護することは一般に行われていることであり、特許と意匠は技術と関係するという点で共通点があるが、商標は単なるマークで技術とは無関係。」

「特許戦争」という言葉、中身は、意匠や商標も含んでおり、知財戦争という方が正確、これらがごちゃまぜになっているちなみに、知財とは知的財産の略、著作権も含まれる。

特許とは、新しく、かつ高度な、産業上の有用な技術に与えられる権利である。一方、商標は、商標法によれば、商品やサービスに付される目印、トレードマーク、であり、技術との関連性はない。商品の出所の表示、品質保証機能、広告機能を持たせ、業務上の信用維持に貢献する。たとえば、キユーピー株式会社のキユーピーのロゴやキユーピー人形である。

これに対して、意匠は、意匠法によれば、「物品の形状、模様、色彩又はこれらの結合であって、美的感覚を起こさせるもの」と定義されているが、「物品の外観に現れないような構造的機能は保護の対象となりません。なお意匠の創作は、特許法における発明や実用新案法における考案と同じく抽象的なものですが、発明・考案が自然法則を利用した技術的思想の創作であり、特許法・実用新案法はその側面からの保護をしているのに対し、意匠法は、美感の面から創作を把握し、これを保護しようとする点で異なっています。」となっている。美的感覚というのは抽象的で判断基準があいまい、形状が新しいかどうかがポイントになる。

特許は技術的思想であるが、その思想を具現化したものが意匠となる。意匠は外観では判別できるので、意匠権が取得できれば、権利侵害の判断が容易である。図面があれば、意匠出願がすぐにできるし、また、審査に必要な期間も半年程度と短く、すぐに権利行使できる点で非常に意味がある。

技術的思想にまで高められていない製品特徴を形状の特徴面から権利化を目指すことが一般的に推奨されている。つまり、形状に特徴があり、その形状が機能・商品特徴と結びついている場合には、意匠取得を検討することに意味が出てくる。ただし、意匠の権利範囲は、そのデザインに非常に近いものにしか及ばないので、他社が類似のデザインを出してきた場合には対抗できない。そこで、他社がまねしそうな類似のデザインも一緒に意匠権の取得を目指すことになるが、意匠権取得にかかる費用は特許と比べると安く、こうしたことが実際に行われている。

と言っても、特許と意匠とが関係あることは、特許として出願しても、意匠に変更することが可能だし、その逆も可能である(出願形式の変更)。

意匠権の権利行使として有名なのが、アップルとサムスンのスマートフォンの画面に関する抗争。米国では、意匠(デザイン)も特許法の範疇である。

特許は技術、意匠はデザイン、だから違う知的財産であるとされているが、実際には、ある製品技術を保護しようとする場合、特許と意匠の2つの権利で保護することは一般に行われていることであり、特許と意匠は技術と関係するという点で共通点があるが、商標は単なるマークであって、技術ではない。

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(参考文献)

商標制度 https://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/chizai07.htm

意匠制度 https://www.jpo.go.jp/seido/s_ishou/chizai05.htm

意匠出願   https://www.ondatechno.com/Japanese/services/design/application.html

アップルとサムソン http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/120703650/?rt=nocnt                                            https://www.ondatechno.com/Japanese/report/2017/0601.html

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(3)特許権の歴史 ~世界の特許制度の始まり~

「特許(パテント)制度は、1400年代のイタリヤのヴィネツイアがその起源と言われ、イギリスで1600年代に制度化されたとされている。特許制度は自国の産業育成のために生み出されたものであり、技術を公開する代償に独占的な実施権を付与することが基本にある制度であって、特許(パテント、patent)という言葉自体、”公開”の意味である。」

特許の根幹を理解するためには、特許制度が成り立ってきた歴史を知ることが一番はやい。

特許庁のホームページに産業財産権制度の歴史の記載の中で、特許制度の歴史として、「(中ヨーロッパにおいて、先見の明のある国王や政治家が報酬又は恩恵の手段として特権を付与することがありましたが、あくまでも制度として確立していた訳ではありません。)近代特許制度は、中世ベニスで誕生し、イギリスで発展したといわれています。」と書かれている。

いくつかの文献から、中世ベニスとイギリスにおける特許制度についての記載を書き出して、年号順に並べてみると以下のようになる。

1421年 フィレンツェのフィリッポ・ブルネレスキの発明

Badaloneという、川で重い荷物を運ぶためのパドル型の車輪をもつ、平らな船                    に対して、合議で3年間彼の発明を保護する文書が発行された。

1443年 ヴェネチアのアントニウス・マリニの発明

水無しで動く製粉機について20年の独占製造権が与えられた。

1449年 Flemish glassmakerのJohn of Utynam に対して、英国ヘンリー4世は

20年間のステンドグラス製造法の独占権を与える代わりに技術を教えることを

要求。

1474年 ベニス(べネツイア)発明者条例

1624年 英国(イギリス)専売条例

1474年のベニスの発明者条例は、当時、ベネチア共和国が近隣諸国との経済戦争に疲弊しており、経済を立てなおすために、製造業の強化を目的にした新政策の導入が必要であったことから考え出されたものであり、その内容は、以下のようであり、現在の特許制度の基本的な考え方が示されている。世界最古の成文特許法と言われている。

1.新規かつ独創的な技術に限られる

2.特定の期間(10年)に限られる

3.公式記録として政府機関に登録される

4.侵害判定は裁判所に委ねられる

1624年のイギリスの専売条例の第6条は以下のようであって、発明者に一定期間の市場独占を与え、侵害者への損害賠償権を認めるというものである。

「王国内で、いかなる⽅法のものにせよ、新しい製造⽅法・製造物を独占的に実施し、または製造する特権を今後14年または それ以下の期間に限って、当該製造⽅法・製造物の真正かつ最初の発明者ないし発明者たちに認め、この特権を認める特許状に対 しては、前記の条⽂は⼀切適⽤されないものとする。ただしこの製造⽅法・製造物は、特許状が発⾏される時点において、他の何 ⼈も未だ⽤いておらず、さらに、国内においても商品の価格を引き上げたり、取引を妨げたり、あるいはその他いかなる不都合を ⽣ぜしめるなどして、法に反したり、国家に害を与えることがあってはならない。上記14年の期間は、今後発⾏される特許状の最初の発⾏⽇から起算するものとする。」(http://www.sanken.keio.ac.jp/law/lecture/tami/tami_1002.html)

産業革命がはじまったとされる。1765年のワットの蒸気機関、1768年アークライトの水力紡織機、1814年のスチーブンソンの蒸気機関車、1821年のファラディの電磁コイルといった産業革命の主要な技術は、専売条例によって保護された。

特許“Patent”の語源は、辞書には、最初の使用は14世紀、“to be open”の意味で、権利または優先権を与えるための公的文書と書かれている(https://www.merriam-webster.com/dictionary/patent)。

「特許証」は、15世紀 英国 Letters Patentなる用語が用いられ始めたが、これは、国王が特定の市民に対して発行された公開状(open letter)に由来し、パテントは公開(open)と同義、公開状の書状内容を示すことにより、国王の権威の下に権利を行使することを許された。

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(参考文献)

特許制度の歴史 https://www.jpo.go.jp/seido/rekishi/rekisi.htm

http://libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/723/1/KJ00004859822.pdf

http://www.sanken.keio.ac.jp/law/lecture/tami/tami_1002.html

http://www.reuters.com/article/us-moments-patent-idUSKBN0IN1Y120141103

1474年のベネチア特許文書 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Venetian_Patent_Statute_1474.png

“patent”の語源 https://www.merriam-webster.com/dictionary/patent

https://www.merriam-webster.com/dictionary/letters%20patent

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(4)日本の「特許制度」の歴史

「日本では、明治18年(1885年)に公布された「専売特許条例」によって、特許制度が導入された。「特許」という用語は、この法令で初めて使用されたもので、特許は新規な技術に認められること、「専売」できる期間は、特許証の日付から15年であった。」

特許庁のホームページには、産業財産権制度の歴史の記載の中で、日本の特許制度の歴史として、「我が国では、明治維新後、近代化が急務との観点から、特許制度整備の必要が認識され、明治18年(1885年)4月18日「専売特許条例」が公布されました。」と書かれている。

日本の特許制度に関する文献を見てみると、「専売特許条例」に先立って「専売略規則」が公布されており、それ以降の流れは以下のようである。

1871年(明治4年) 専売略規則

1885年(明治18年)専売特許条例

1888年(明治21年)特許条例

1899年(明治32年)特許法

「専売特許条例」に先だつ、1871年(明治4年)の「専売略規則」は 実効されないまま、翌年執行停止処分になったが、その理由は当時の技術水準があまりに低く、審査に値する出願がなかったこと、審査に習熟した人材がおらず、外国人を高額で採用する余裕がなかったためのようである。

「専売特許条例」は全文28条からなっており、第一条~第四条は以下のようである。

第一条

有益ノ事物ヲ発明シテ之ヲ専売セント欲スル者ハ農商務卿二願出其特許ヲ受クヘシ

農商務卿ハ其専売ヲ特許スヘキ認ムルトキハ専売特許証ヲ下付スヘシ

第二条

専売特許ヲ願出ルニハ其願書ニ発明ノ明細書并必要ノ図面ヲ添フヘシ但時宜ニ依リ其現品又ハ雛形ヲ差出サシムルコトアルヘシ

第三条

専売特許ノ年限ハ専売特許証ノ日附ヨリ起算シ十五年ヲ超ユルコトヲ得ス

第四条

左ノ諸項ニ触ルヽモノハ専売特許ヲ願出ルコトヲ得ス

一 他人ノ既ニ発明シタルモノ但他人ヨリ譲受ケタルモノハ此限ニアラス

二 専売特許願出以前公ニ用ヒラレ又ハ公ニ知ラレタルモノ

三 治安、風俗、健康ヲ害スヘキモノ

四 医薬

専売特許条例は、政府内部で対立があったようだが、初代の専売特許所長であった高橋是清の尽力によって発布されたもので、特許は、自ら発明し、出願以前に公用・公知でないことが要件となっており、その権利期間は15年であった。

「特許」という用語は、「専売特許条例」で初めて使用された用語のようだが、どういう経緯で「特許」という言葉を使用したかについては不明である。

特許の第1号は、明治18年7月1日の「堀田式錆止塗料とその塗法」である。

その明細書には、

「鐵製及ビ鋼製ノ艦体橋梁其他同質製ノ機械器具等ノ錆蝕ヲ豫防スルニ使用スベキ新奇有益ノ塗料即チ命ジテ堀田錆止塗料ト稱スル組成劑及ビ其塗法ヲ發明セリ之ヲ左ニ明解ス

此塗料ニ四種アリ其第一號塗料ハ生漆、鐵粉、鉛丹、油煤、柿澁、酒精、生姜、酢及ビ鐵漿第二號塗料ハ生漆、鐵粉、鉛丹、油煤、柿澁、酢及ビ鐵漿第三號塗料ハ生漆、鐵粉、鉛丹、油煤、柿澁、生姜、酢及ビ鐵漿第四號塗料ハ生漆、鐵粉、鉛丹、油煤、酢及ビ鐵漿ヲ混合攪擾シテ製成スルモノトス即チ其成分ノ割合ヲ掲グル事左ノ如シ」と書かれており、塗料の配合に関するものであった。

4月18日は、「発明の日」であるが、現在の特許法の前身である「専売特許条例」が公布された日にちなんでいる。

ちなみに、「弁護士」に対して、知財(「特許」)の専門家は「弁理士」と呼ぶが、この言葉の由来についても不明のようである。

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(参考文献)

特許制度の歴史 https://www.jpo.go.jp/seido/rekishi/rekisi.htm

産業財産権法の制定・改正 http://nomenclator.la.coocan.jp/ip/                http://libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/723/1/KJ00004859822.pdf

専売特許条例 http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/hatsumei/contents/11.html

日本特許第一号 http://www.nippon-kako.co.jp/patent.html

発明の日 https://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/hiroba/hatsumei.htm

弁理士 https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200201/jpaapatent200201_074-075.pdf

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1.2.「特許権」をどう利用するか?~権利行使の考え方~

(5)「特許」で何が得られるか ~特許権の価値~

「特許権」を取得すると、特許で認められた発明を独占的に実施できるようになる。万一、他社が特許侵害していた場合には、その差止請求と被った損害の賠償請求をすることができる。また、「特許権」は、売買や特許料などの収入をもたらす「無体財産権」であり、資産の一つである。

特許権は、特許庁の審査によって特許として認められた上で(特許査定)、特許料を支払い、特許庁に設定登録されて権利行使できるようになる。特許法第68条には、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定されており、特許権者は当該発明を独占的に実施することができる。

万一、他社が当該発明を実施していた場合には、特許権の侵害になり、その場合には、現在・将来の侵害行為及び過去の侵害行為に対する救済措置を求めることができる。

現在・将来の侵害行為に対して、特許法第100条には、「差止請求権」が認められており、侵害の停止・予防、侵害物の廃棄や侵害行為供用設備等の除却を求めることができる。また、過去の侵害行為に対しては、「損害賠償請求権」(民法第709条、侵害者の故意・過失を要件)と「不当利得返還請求権」(民法第703条、侵害者の故意・過失は不要)が認められている。それ以外に、「信用回復措置請求権」(特許法第106条)や特許権侵害罪(特許法196条)の規定もある。

特許権があれば、特許発明を独占排他的に実施でき、他社が同一発明を実施するのを防ぐことができ、侵害された場合には救済措置が認められているが、逆に、実施権を多くの企業に積極的に与え、業界の標準技術(標準規格)にすることによって、市場での優位性を確保していくという形での特許権の利用もなされている。

「特許権」は、特許発明を独占排他的に実施する形での権利行使以外に、「無体財産権」でもあり、会社合併などの一般承継によって移転できる「資産」である。

例えば、特許権者は特許権を売買できるし、その価値は、M&Aでの企業価値評価や特許性をもとにしたパテントスコアーという評価によって評価されている。また、その実施権をライセンスすることによって、特許料収入(ロイヤリティー収入)を得ることもできる。特許権取得している技術力を強みとして会社の信用を高めたり、融資を引き出すために活用することがなされており、企業価値を高めるツールでもある。

なお、特許権を特許発明を独占排他的に実施するための攻めの武器として利用する考えではなく、他社に特許権を取得されると自社に影響が及ぶような発明について、他社の影響を排除しようとする考え方で特許権を取得しようとすることも行われている。

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(参考文献)

知的財産の価値評価について 特許庁 2017

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Valuation_of_Intellectual_Property_JP.pdf#view=fit&toolbar=1&navpanes=0

特許権の効力 http://www.suzuki-po.net/mail_maga/mail_ma16/mailma1603.html

日本の知的財産権に係る損害賠償制度の現状と今後のあり方について

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/_src/20151206/20151206tamurappt.pdf

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/_src/20151206/20151206tamura.pdf

経済産業省 特許権侵害への救済手続 http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/remedy/remedy03-1.html

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(6)差止請求権 ~現在・将来の侵害行為に対して~

「特許法第100条によれば、特許権者は、特許権を侵害する者に対して、侵害行為の停止・予防を請求することができ、侵害物の廃棄や設備の廃棄や取壊等を請求できる。」

特許を保有することは、独占排他的に特許発明を実施できる権利を有することになり、その権利が脅かされるような状況(侵害)においては、侵害行為をやめるよう請求する権利(差止請求権)を行使することができる。

差止請求権について、特許法第100条には以下のように定められている。

第100条 特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2 特許権者又は専用実施権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明にあつては、侵害の行為により生じた物を含む。第102条第1項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。

したがって、侵害行為があった場合、具体的には1.侵害行為の停止請求、2.侵害の予防請求、3.侵害品やその製造設備の廃棄、除却の措置などを求めることができる。

ただし、特許庁長官又は経済産業大臣の裁定によって、他人の特許発明について通常実施権を設定することができる制度(裁定実施権制度)がある。設定された場合には、特許権者は差止請求をすることはできないが、特許法には以下の3つの場合が定められている。

1.特許発明の実施が継続して三年以上日本国内において適当にされていない場合(第83条)

2.特許発明が他人の先願の特許発明を利用するものである場合(第92条)

3.特許発明の実施が公共の利益のために特に必要である場合(第93条)。

米国では、差止命令は裁判所の裁量事項であると解されており、損害賠償では救済が不十分などの事情がある場合に、いくつかの要素を考慮した上で、差止命令を出すかどうか判断されているようである。

なお、特許権者の差止請求に関連して、標準必須特許や、パテントトロール等の発明の実施ではなく、特許ライセンス収入を得ることが主目的で特許権を活用する者については、権利の濫用の観点から権利行使を制限する動きがある。

最近の差止請求の実例として、高コレステロール血症治療剤に対する特許権侵害訴訟において認められた判例があるが、特許権者がいつも勝訴できるとは限らない。例えば、金融商品取引管理システムに関する特許の特許権侵害訴訟では上訴されているが、差止請求が認められていない。

特許権侵害訴訟において、通常は、侵害しているという原告の主張に対する被告の非侵害の反論、そして原告が侵害していると主張している特許はそもそも無効な特許という反論との「せめぎあい」になるので、事は簡単ではない。

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(参考文献)

工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕

https://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/hourei/kakokai/cikujyoukaisetu.htm

知財紛争処理システムに関する論点整理(差止請求権の在り方関連)(案)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai1/siryou3.pdf

我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて-産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会-

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/toushintou/170330_tokkyo_houkoku.htm

裁定制度 https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/strategy_wg07/paper08.pdf

米国での差止請求 https://business.bengo4.com/category5/practice557

高コレステロール血症治療剤特許権侵害訴訟 https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP459983_R11C17A0000000/

金融商品取引管理システム特許権侵害訴訟

http://fxinspect.com/archives/15070  http://www.m2hd.co.jp/pdf/press/270223_InjunctionLawsuitBasedOnPatentRights.pdf

http://www.m2hd.co.jp/pdf/press/290210_JudicialDecision.pdf https://www.gaitameonline.com/sp/news.jsp?id=505

http://www.m2hd.co.jp/pdf/press/290224_FilingOfAppeal.pdf http://www.m2j.co.jp/pdf/press/290720_FilingOfAppealAndLawsuit.pdf

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(7)損害賠償請求権 ~過去の侵害行為に対して~

「特許侵害によって被った損害賠償に関して、民法第709条に人の権利を侵害した者は、侵害によって生じた損害を賠償する責任を負うと定められており、その損害賠償額の算定は、特許法に3種類の方法が規定されている。しかし、どの算定方法を採用するのか、算定に用いる数値の客観性、被った全損害額のうち、特許侵害による損害がどの程度かかわっていたか(寄与率)の判断が難しい。」

特許権の侵害によって生じた損害は、民法第709条に定められている不法行為による損害賠償責任によって、損害賠償請求することができる。損害額は、特許法第102条に定めのある、以下の3つの算定方法によって決められる。

1.損害額=「侵害者の譲渡等数量」(製造販売数量)×「権利者の単位あたりの利益」(限界利益)−「権利者の実施能力を超えた部分に相当する金額」(販売することができない事情がある部分)(特許法第102条第1項)

2.損害額=「侵害者が得た利益」(特許法第102条第2項)

3.損害額=「特許使用料相当額」(特許法第102条第3項)

上記に従えば、容易に損害額を算定できるように思われるかもしれないが、実際にはそう簡単ではない。

例えば、1の場合、「権利者の単位あたりの利益」は、原告が自らの利益率を開示しなければならないが、通常は開示したくない数字である。

また、3の場合、ライセンスによって実施許諾を得た場合の特許使用料(ライセンス料)は一般に公開されていないことや、業種や製品種類によって大きく異なると言われていることから、客観的な方法での算出が困難である。

そして、1~3に共通する問題が「寄与率」の問題である。

侵害に係る特許発明が実施されている部分が対象製品の一部分であると認められる場合は、損害額を全体における侵害部分の割合(寄与率)に応じた金額に限定されて減額される。しかし、寄与率の客観的な算定方法はないのが現状である。

なお、損害賠償請求権時効消滅(損害及び加害者を知った時から3年)した後は、「不当利得返還請求権」(民法第103条)に基づいて請求されることがある。

実例として、「切り餅」特許についての特許権侵害事件を見てみよう。

知財高裁の平成23年(ネ)第10002号の判決では、特許侵害が認められ、差止請求と損害賠償の命令が出されている。

損害賠償額は約8億円と巨額だが、判決文には、その算出にあたって、特許法第102条2に基づく場合は利益率30%、寄与率15%として算出しているが、特許法第201条3に基づく場合には、特許使用料は3%を超えることはないとはしたが、具体的な数値を示していない。そして、2に基づいて算出された損害額を採用している。

「切り餅」特許については、上記とは別の製品に対する特許権侵害訴訟も提起されており、東京地裁にて原告勝訴の判決が出ている(平成24年(ワ)第12351号)。この判決においては、寄与率は、原告の主張する15%と被告の主張する1~1.5%の間である10%が採用されている。また、実施料は2%と認めている。

なお、上記損害賠償額約8億円のうち、約7300万円は弁護士費用等である。

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(引用文献)

知財紛争処理システムに関する論点整理(損害賠償額関連)(案)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai7/siryou2.pdf

経済産業省 特許権侵害への救済手続

http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/remedy/remedy03-1.html

特許侵害訴訟の損害賠償額の算定

https://www.ondatechno.com/Japanese/patentmedia/2017/109_2.html 

http://ipfbiz.com/archives/songai_11.html 

http://ipfbiz.com/archives/songai_12.html

切り餅事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/175/082175_hanrei.pdf 

http://www.u-pat.com/e-18.pdf

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(8)「特許」は、独禁法の例外

「特許制度成立の歴史から見ると、特許は、特許発明の技術公開と引き換えに与えられた独占排他的な実施権であり、競争法は適用されない。しかし、特許法で規定されている場合や正当な権威行使と認められない場合は制限される場合がある。」

現在の特許制度の起源は、15世紀のべネツィアの発明者条例や17世紀の英国の専売条例にあると言われているが、既に発明者に対する独占的な実施が認められている。

独占排他的に実施する権利は、独禁法に反するように思われるが、競争法の第二十一条には、「特許法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない」と定められており、法的に認められている。

しかし、特許法には、他人の特許権と利用抵触関係にある場合(第72条)には権利は制限されることが定められている。それ以外にも、無効にされるべきと認められる特許(第104条3)や実施権について取決がある場合、特許権が消尽したと認められる場合などにも権利行使は制限される。

これらに加えて、標準必須特許や高額の特許料を要求するPAE(特許主張主体、発明の実施ではなく、特許料収入を得ることが主目的で特許権を保有する者。パテントトロールを含む)については、権利の濫用の観点から、正当な権利行使と認められない場合は制限しようとする動きがある

標準必須特許は、標準規格に準拠した商品などを提供する際に必要となる特許であって、 対象となる技術が規格に含まれており、当該規格を使用するにあたって必須の特許となる。このため、標準必須特許の特許権者は、標準化普及のため、公正、合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and nondiscriminatoryterms and conditions)で実施許諾する用意があることを宣言する(FRAND 宣言)。FRAND宣言されているにもかかわらず、想定を超えるような特許料の要求や差止請求・損害賠償が認められると、FRAND 宣言の目的に反し、正常な技術開発を妨げかねないため、FRAND 宣言のされた特許権に基づく権利行使を一定の範囲で制限するべきではないかという点が問題であった。

知財高裁は、アップルとサムスンとの特許訴訟事件で、 FRAND宣言をしている特許権に基づく差止請求権の行使や、FRAND条件を超える損害賠償請求権の行使は、権利の濫用に当たると判決した(平25(ネ)10043)。その後、公正取引委員会は、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」を一部改正し、「FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対し,ライセンスを拒絶し,又は差止請求訴訟を提起すること等は,規格を採用した製品の研究開発,生産又は販売を行う者の取引機会を排除し又はその競争機能を低下させる場合がある。」として、競争を実質的に制限する場合や公正競争阻害性を有すると認められる場合には独禁法の対象になるとした。経済産業省は、標準必須特許について、法改正し、裁定制度の導入を目指しているようだが、高額の特許ライセンス料を要求するパテントトロール対策にも裁定制度を導入しようと考えているようだ。

一方で、特許を得れば独占排他的に実施する権利を得られるが、特許制度の歴史で見たように、技術公開と引き換えで得られる権利である。“レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?”という本の第1章 のタイトルは、“特許出願は「アイデアを盗んでください」と、全世界に宣言すること”となっている。技術公開することは、競合企業に技術的なキャッチ・アップの機会を与えることになり、そうした機会を与えるよりは、非公開した方が有利でする考え方がある。

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(引用文献)

知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針 http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/chitekizaisan.html

特許権の効力の制限 http://iphappy.com/limit-of-patent-power

「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の一部改正について

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jan/160121.files/160121_05.pdf

知財紛争処理システムに関する論点整理(差止請求権の在り方関連)(案)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai1/siryou3.pdf

特許権の消尽 http://www.weblio.jp/content/%E7%89%B9%E8%A8%B1%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%B6%88%E5%B0%BD

アップルVSサムソン http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/H25ne10043_zen1.pdf

第四次産業革命を視野に入れた知財システムの在り方について(検討会報告書概要) http://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170419002/20170419002-2.pdf

知財法制を一括見直し IoT利用促進へ経産省など提言

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS19H33_Z10C17A4EE8000/

「レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?:特許・知財の最新常識 」新井 信昭  (新潮社 )

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(9)特許は「資産」

「特許権」は、税務上「無体財産権」と取り扱われる無形の資産である。特許権の財産価値には、金銭的価値と非金銭的価値がある。金銭的価値評価の手法として、原価法(コスト・アプローチ)、取引事例比較法(マーケット・アプローチ)、収益還元法(インカム・アプローチ)が代表的な方法で、目的に応じて適宜採用されている。」

国税庁のホームページには、「特許権」が「無体財産権」の一つとして、以下のように記載されている(https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/inshi/08/06.htm)。

「特許権とは、特許発明を独占的排他的に支配する権利で、設定の登録により発生します。・・・・・・。なお、「特許権として登録された場合には譲渡する」ことを内容とする契約書は、特許権そのものの譲渡を約する(予約又は条件付契約)ものですから、第1号の1文書(無体財産権の譲渡に関する契約書)に該当します。」

すなわち、「特許権」は、取引対象となる無形の「資産」である。

特許権の財産価値には、金銭的価値と非金銭的価値がある。

特許権の金銭的価値評価の手法として、会計学的な資産評価の手法が用いられる。

代表的な方法は、以下の3つである。

1.原価法(コスト・アプローチ)

2.取引事例比較法(マーケット・アプローチ)

3.収益還元法(インカム・アプローチ)

1の原価法(コスト・アプローチ)は、特許取得に要した費用(コスト)をベースに評価額を設定しようとする考え方であり、具体的には、技術開発に要した費用や特許の取得費用・維持費用がベースになる。したがって、特許権取得によって生み出され得る収益は、まったく考慮されない方法である。

2の取引事例比較法(マーケット・アプローチ)は、当該特許と類似する特許の取引価格をベースに評価額を設定しようとする考え方であり、現実的な評価額と思われる。しかし、比較できる市場での公開事例が乏しいために、実際に適応するのは困難である。

3の収益還元法(インカム・アプローチ)は、当該特許によって期待される将来収益(インカム)をベースにし、将来収益を現在価値に直して(利回りで割り戻して)設定される。会計学での最も一般的で代表的な手法である。収益としては、売上、利益よりも、キャッシュフローが一般的に用いられる。この方法において、将来の収益額をどう予測するか、収益を生み出すのに当該特許権がどの程度寄与するか(寄与率)、割り戻し率について、客観性をどう担保するかが課題となる。

上記評価方法は、以下のような目的に適宜用いられている。

a.税務・会計目的;取引をめぐる税務・会計処理

b.特許権の売買・ライセンス取引

c.意思決定(投資判断、M&A、融資)

いずれの方法においても、評価に際して前提や仮定を置くことになるので、根拠として、客観性の高い情報をもとにするなど、評価結果に対して「コンセンサス」が得られやすいように取組むことが最も重要となる。

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(引用文献)

国税庁無体財産権の範囲

https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/inshi/08/06.htm

知的財産の価値評価 https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Valuation_of_Intellectual_Property_JP.pdf

弁理士による知的財産価値評価パンフレット・特許編

http://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/03/patent20150826.pdf

知的財産の価値評価

https://lms.gacco.org/asset-v1:gacco+ga037+2016_09+type@asset+block/week2.pdf

特許権の価値評価における公認会計士と弁理士との連携

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201509/jpaapatent201509_076-088.pdf

知財金融ポータルサイト・知財ビジネス評価書

http://chizai-kinyu.go.jp/docs/merit.html

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(10)特許権で稼ぐ ~ライセンスで収益化~

「特許権は収益を生み出し得る無形の資産である。特許権の売買が可能であり、他の企業に特許権に係る特許発明の実施を許可(ライセンス)すると、実施料の支払いを受けることができる。実施料は、一般に売上金額に対して数%である。」

特許権は売買対象の対象となる資産である。特許権の取引は、2016年には世界で6000億ドル(1ドル110円換算で、66兆円)にもなると言われている。

もう一つの特許権の収益化の方法が、特許のライセンス収入である。

ライセンス収入とは、他企業に特許発明の実施を許可(実施許諾、ライセンス)するかわりに、他企業から実施料(ロイヤルティ、ロイヤリティ、特許使用料)の支払いを受けることによって得られる収入で、実施料はいくつかの要素を考慮して決められている。

実施料は、一般的に売上に対して、何%(実施料率)と設定される。

特許法102条3項は特許損害の額の推定等に関する条項で、裁判例等を見ると、損害額の推定する際には、損害賠償額は、主に、実施料率の「相場」、「特許発明の侵害品売上・利益への貢献度合い」、「原告と被告の関係」の要素を考慮されている。ライセンスにおいても上記の要素を勘案して決められている。

実施料率の「相場」は、一般にライセンス契約の内容が公開されることはないことから実態は明確でないが、よく引用されるのが、発明協会研究センター編「実施料―技術契約のためのデータブック」(発行 社団法人発明協会)(2003))に記載されている実施料率で概ね1~5%である。

また、平成21年度の特許庁の報告書によれば、国内アンケート調査の結果は、特許権のロイヤルティ料率の平均値は、業界全体で3.7%、最低は電機分野の2.9%、最高はバイオ・製薬分野の6.0%である。司法決定の場合は平均値4.2%(知財全体と思われる)となっている。ちなみに、米国での司法決定ロイヤルティ料率の平均値は10.3%である。

スマートフォンの価格の約30%は特許使用料と言われているようだが、越後製菓の「切り餅」特許訴訟の判決では、3%を超えることはない、及び2%と認定している。

数%の実施料率であっても、利益率が低い商品であれば、経営に対するインパクトは大きい。また、国の経済に影響を及ぼし得る存在となってきている。

日本は、国際特許の出願数やその使用料収入では、米国に次ぐ第2位の位置にある。

2016年の通商白書では、「サービス貿易の潜在的可能性」の項目が設けられ、「海外現地法人からのロイヤルティを中心とする「知的財産権等使用料」の増加(2.0兆円増)収支を引き上げた。」とコメントされている。また、新聞などのメディアには、日本の技術貿易は年々巨額の黒字を出しているので、日本は技術で世界をリードしているかのような印象を与えている記事がある。

しかし、使用料を受け取っている企業はアメリカに工場を持つ自動車関連企業がほとんどで、アメリカの子会社から、日本の親会社に支払われているロイヤルティが大半を占めている。しかも、日本で開発して技術をアメリカで操業する工場に貸与することで得られるロイヤルティということである。また、研究投資がどれだけの特許使用料収入を生むかの比率も低く、日本の特許発明は、内向きの利用であり、数で勝負しているということになる。

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(引用文献)

IPの収益化

https://maierandmaier.com/ja/%E6%A5%AD%E5%8B%99%E5%88%86%E9%87%8E/ip%E3%81%AE%E5%8F%8E%E7%9B%8A%E5%8C%96/

特許法 102 条 3 項に規定する「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」の解釈についての一考察  https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201504/jpaapatent201504_093-103.pdf

4-1-2.実施料率認定の考慮要素  http://ipfbiz.com/archives/songai_412.html

スマートフォンの価格の約30%は特許使用料 https://mobile.srad.jp/story/16/12/22/0831248/

平成21年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 ライセンス・特許を受ける権利に係る制度の在り方に関する調査研究報告書 ~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~ http://www.jiam.or.jp/2009_06.pdf

特許権の価値評価における公認会計士と弁理士との連携

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201509/jpaapatent201509_076-088.pdf

世界の国際特許出願件数 国別ランキング・推移 

https://www.globalnote.jp/post-5380.html

第1節 サービス貿易の潜在的可能性 http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2016/2016honbun/i2210000.html

2017年度わが国貿易収支、経常収支の見通し – 日本貿易会

http://www.jftc.or.jp/research/statistics/mitoshi_pdfs/2017_outlook.pdf

技術貿易は黒字だがこれでいいのか日本 https://www.hatsumei.co.jp/column/index.php?a=column_detail&id=220

データで探る日本の「発明力」 世界で稼げるか https://vdata.nikkei.com/econofocus/invention/

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(11)特許力 ~特許権の「非金銭的」価値~

”特許権の価値評価方法として、特許出願者の権利化意欲と他社への影響度に基づいて評価する「パテントスコア」(特許スコア)という考え方があり、資産価値とは異なる形で、特許力の評価に利用されている。”

特許の価値評価として、「パテントスコア」という考え方がある。特定の特許について、特許庁での特許審査過程や特許後での各種イベント、発明技術の広がりなどをパラメータ化し、それらをもとにスコアリングしたもので、金銭に換算した資産価値評価とは異なる評価指標である。

パラメータは、主に、以下の3つの観点から選択されている。

  • 当該特許に対する特許出願者の権利化意欲
  • 他社の注目度
  • 特許技術としての認知度

1の「権利化意欲」は、特許の出願および審査の過程で出願人がどれだけ意欲的であったかを、具体的には発明者の人数、早期審査の有無、外国出願の有無などを数値化する。また、権利化された後の特許権の維持状況など、どれだけコストをかけているかも考慮される。

2の「注目度」は、特許庁の審査過程において他社がどれだけ関心を示し、また権利化の阻止や権利の無効のアクションをとったかが評価される。

具体的には、審査経過情報の閲覧請求回数、情報提供数、異議申立や無効審判の請求回数が指標となる。審査情報は公開されており、気になる特許については審査状況を知るために特許庁の審査情報を閲覧することになるが、閲覧すると閲覧記録が残る。したがって、閲覧回数は、当該特許を他社がどの程度気にしているのかの指標となる。また、情報提供は審査過程で行え得る唯一の権利化阻止手段であるし、異議申立や無効審判は特許査定を受けた後に特許の無効を主張する手段であるので、これらの回数は、当該特許を他社がどの程度邪魔な特許として考えているかの指標となる。

3の「特許技術としての認知度」の指標は、「被引用文献数」、他の特許の出願時や審査の過程で(もちろん後続特許になるが)、当該特許が引用された回数である。

後続特許出願において、権利化するためには、関連性が高く、重要度の高い特許は引用し、引用された先行特許との相違や優位性を主張する必要がある。引用される(被引用)の回数が多いということは、関連性高い特許ということができる。また、引用していなくても、審査の過程で、審査官から引用される特許は、関連性が高く、重要な先行技術であると審査官が認識した特許ということになる。

「パテントスコア」は特許自体の強さや影響度に基づく指標であり、競争武器としての強さを表している面があり、「特許力」と言ってよいかもしれない。

代表事例には、パテントリザルト社の「パテントスコア」や特許取得されているYKS手法がある。前者は、毎年、登録特許の個別スコアをもとに企業別年間総スコアランキングを発表しており、2017年3月末までの1年間では1位 三菱電機、2位 パナソニック、3位 キヤノンと発表している。後者では、YK値(特許価値評価指標;独占排他性の数値化)とYK3値(特許投資度指標;特許に対する注目度)を考案している。

「パテントスコア」の利用方法として、競合分析(技術面での優劣・自社特許の他社牽制力)、特許の重要度の判定がある。スコアで順位付けすることにより重要特許を特定し、調査対象の優先順位付けや、自社特許の棚卸(権利維持すべきかどうかの判断目安)がある。

ただし、留意すべき点もある。

一つは、パラメータに会計学的な要素はなく、パテントスコアが高いからと言っても必ずしも「資産」価値が高いとは限らないということである。

もう一つは、情報提供をはじめとする権利化阻止や無効化のアクション、及び被引用文献数は、いずれも特許出願からある程度時間経過しないと表に出てこないパラメータである。したがって、出願後、それほど時間経過していない特許出願については、適切に評価できているか判断することが難しい。

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(引用文献)

特許評価手法 http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/training/2_01.pdf

パテントスコアとは? https://www.patentresult.co.jp/about-patentscore.html

特許資産規模ランキング2017 https://www.patentresult.co.jp/news/2017/11/all.html

工藤一郎国際特許事務所・価値評価 http://www.kudopatent.com/works/valuation/index.html

特許第5273840号「特許力算出装置及び特許力算出装置の動作方法」

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5273840/B6D212D361430F50511CACC5761278CC

平成20年度産業技術調査「技術評価による資金調達円滑化調査研究」結果概要

http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/innovation_policy/pdf/sammary_g_hyoka.pdf

特許スコア情報の活用

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/h28_minkan_jouhou_kinou/04.pdf

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(12)発明者の稼ぎ;職務発明

「企業内業務での発明は、発明者から譲渡を受けるか、職務発明規定などに基づいて、企業は特許権を保有でき、発明者はその見返りとして経済上の利益を受けられる。経済上の利益として、各企業は特許報奨制度を設けているが、発明者からの訴訟対策に加え、人材確保の点でも、インセンティブ性の高い報奨制度の導入が重要になってきている。」

特許権の金銭的価値が問題となるケースがもう一つある。

現在多くの特許では、発明者と特許権者とが異なっている。これは、特許発明の多くが企業内研究の結果として生まれたものであり、企業内での職務に属する業務の結果として生み出された発明(「職務発明」)は、その特許権が発明者から所属企業に譲渡されているためである。

企業側は、特許権譲渡の対価として、職務発明した発明者に対して、何らかの見返りをしなければならない。10年ほど前は、その見返りの金額について、発明者との間で争いごとが頻発していた。よく知られた例が、平成17年に知財高裁で和解した青色ダイオードの職務発明に関する訴訟で、和解によって、発明者に約8億円が支払われた。

こうした状況から、平成28年に特許法が改正され、「職務発明」は、以下の2つのうちから選択できるようになった(特許法第35条)。

1.原始発明者等帰属

特許を受ける権利は発明者(従業者)に帰属し、使用者等が特許出願をするには、その権利を譲り受ける(従来と同じ)。

2.原始使用者帰属

使用者等が従業者等に対してあらかじめ職務発明規程等に基づいて、使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定められた場合には、特許を受ける権利は、発明が生まれたときから使用者等に帰属する(新たに追加)。

大学では原始発明者等帰属を維持しているケースが多いということであるが、企業では、原始使用者帰属を選択する方向にある。

「原始使用者帰属」の場合には、企業側は職務発明の特許権を自動的に取得できることになることから、法改正では同時に、従業員に対して、「相当の金銭その他の経済上の利益」(「相当利益請求権」、法改正前の「対価」に相当)を支払うことを定めている。また、そのガイドラインも示されている。

最近の事例(平成25年(ワ)第25017号 職務発明対価不足額請求事件、法改正前だが)を見てみると、液晶用バックライト及びLED照明装置に関する発明に対する対価不足額として、1251万2259円が認められている。

当該特許発明によって、市場を独占できた利益と原告・被告の貢献度をもとに、発明者の対価が算出され、そこから既に払われている金額を差し引いた額が上記金額である。ちなみに、独占利益は、売上、特許寄与率、仮想実施料率をもとに算出されている。また、既払金は、使用者から支払われた報奨金(出願時奨励金,登録時奨励金及び実施褒賞金)となっている。

平成28年(ワ)第36784号 「発光ダイオード及びそのレンズ」特許に関する職務発明対価等請求事件、法改正前)では、出願報奨金2400円、特許登録補償金1万6000円、フランス国特許登録補償金1万6000円となっているが、従来の感覚では、出願報奨金として格別低い金額とは思われない。

しかし、平成28年の法改正は、職務発明に対する高額な対価を抑える方向にあるので、企業にとって有利な形に職務発明規定を変更できるのと同時に、発明者への相当の利益を支払うことをも定めている。特許の出願・権利化や実際に工業化された場合の報奨金が低い場合には、依然として訴訟を起こされるリスクを抱えることになる。

こうしたリスク(社内リスク)を低減するには、報奨に不公平感が出ないように、特許の価値評価や発明者の認定、貢献度の評価を適切に行う必要が出てきている。

また、社外に対しても、報奨ルールを示すことが必要になってきている。

報奨ルールの優劣が、優れた人材の流出防止や獲得の上で、影響を及ぼすようになってきている。報奨金の上限の増額や社外表彰の評価(特許や特許製品が社外から表彰された場合)を重視する方向にある。しかも、国際的に人材を獲得する環境になってきており、報奨制度のインセンティブ性を高めることは、経営課題になってきている。

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(引用文献)

職務発明制度の概要 https://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/shokumu.htm

平成28年度知的財産権制度説明会(実務者向け)テキスト 職務発明制度の概要

https://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h28_jitsumusya_txt/31.pdf

日本における職務発明

http://www.eu-japan.eu/sites/default/files/presentations/docs/hiroshi_morita-employee_invention_jp.pdf

特許法第35条第6項の指針(ガイドライン) https://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/shokumu_guideline.htm

企業等における新たな職務発明制度への対応状況に関する調査研究報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2016_14.pdf

平成25年(ワ)第25017号 職務発明対価不足額請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/058/087058_hanrei.pdf

平成28年(ワ)第36784号 職務発明対価等請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/682/086682_hanrei.pdf

職務発明に報奨手厚く 三菱電機は上限撤廃 トヨタは基準緩和

https://www.nikkei.com/article/DGXLZO13205220S7A220C1MM8000/

職務発明規定の改正の影響と今後の課題 https://www.ipaj.org/workshop/2016/pdf/panel1.pdf

職務発明における発明者の貢献度と実績報償(裁判例の検討と提案)

http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170724160057.pdf?id=ART0010250837

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(13)特許権行使の考え方 ~事業におけるクローズ戦略とオープン戦略~

「特許発明を事業展開に活用する考え方には、独占排他的に実施する考え方(クローズ戦略)と、他社に実施許諾し、特許技術を利用させて、自らの技術を普及させる考え方(オープン戦略)がある。」

特許権を取得すれば、独占排他的に特許発明を実施することができ、他社の侵害行為に対して、差止請求権や損害賠償請求権を行使して、攻撃することができる。

特許権の行使によって、他社の模倣を防ぐことができ、それによって市場の独占や市場において優位的な地位を占めることを実現するという考え方は、伝統的なものである。

その代表例が、「小」が「大」に勝つ「武器」として「特許権」を用い、中小企業やベンチャー企業が大企業の参入を阻止する事業戦略である。「下町ロケット」の題材であり、特許庁などが、中小企業への特許啓蒙活動の中心としている考え方である。

大企業においても、異業種参入の「武器」として有効と考えられている。

大手自動車企業の知財スペシャリストは、知財は他社と競争で直接使える唯一の武器で、そのような強烈な武器は他にはないという趣旨を主張している。知財は、特許も含まれると思われる。

事業において、こうした特許権を独占排他的に行使する考え方をクローズ戦略(close strategy)と呼んでいる。

事業において、クローズ戦略を取り、ビジネスの「武器」として特許権を活用するという考え方は、特許権の本質に基づくものであり、根強いものがある。

しかし、現在では、他社に積極的に特許発明の実施を許諾する考え方も強くなってきている。

実施許諾にはいくつかの考え方があるが、実施許諾を求めてきた企業にライセンスする形が基本である。これに加えて、2以上の企業との間でのクロスライセンス(パテントプール)や、特許発明を広く普及させることを目的に、低い実施料率や無償で実施許諾(特許発明技術の標準化、デファクトスタンダード化)という考え方も、市場がグローバル化する事業環境においては重要度を増してきている。

こうした、特許発明技術の実施を許諾することによって、事業を推進していこうとする考え方をオープン戦略(open strategy)と呼んでいる。

クローズ戦略とオープン戦略は、一見すると、特許権の行使の考え方として、相反するように感じられるが、2つの戦略の違いは、特許発明の実施許諾先の範囲の違いであり、自社のみに限定するか、自社以外の実施も認めるかで相違するだけである。

企業経営において、事業展開に自社特許権の活用が有利に働いたり、他社特許が事業環境に影響を及ぼす状況が生れており、特許権を戦略的に有効活用しようという経営マインド(知財マネージメント)の重要性が言われている。

経営において、どちらの戦略を取るかは、事業にとって、どちらが有利であるかに基づいて判断されるものであり、戦略というよりも戦術といった方が適切かもしれない。したがって、同一の会社であっても、2つの戦略は、事業環境によって適宜使い分けられるのが通常である。

なお、上記の事業における特許権のクローズ戦略とオープン戦略とは別に、特許実務において、クローズ戦略とオープン戦略という用語が用いられることがある。

特許実務におけるクローズ戦略は、発明技術を特許出願せずに非公開とし、秘匿ノウハウ化する考え方であり、オープン戦略は、発明技術を特許出願して権利化し、当該技術は公開されるが、特許法で保護を受ける考え方である。

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(引用文献)

トップページ東海支部の活動について新聞掲載記事「下町ロケット」に乗っかろう!~武器としての「特許」を手に入れる~

http://www.jpaa-tokai.jp/activities/media/detail_462_0_2016.html

ベンチャー・スタートアップが特許を取る5つの意味と、効果的な特許の出し方

http://ipfbiz.com/archives/startup_patent.html

知的財産権活用企業事例集2016

https://www.jpo.go.jp/torikumi/chushou/pdf/kigyou_jireii2016/00.pdf

特許ウオーカー 知財が起こすイノベーション 異業種参入の成功法則

https://www.jpo.go.jp/oshirase/kouhou/pdf/tokkyo_walker/tokkyo_walker_06.pdf

世界一知財訴訟を仕掛けたホンダの元知財部長が語る「攻めのハンター型知財戦略」

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2246

経営者が知るべき本田宗一郎の知財の使い方

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3391

オープン&クローズ戦略

http://www.inpit.go.jp/content/100578260.pdf

営業秘密とオープン&クローズ戦略

https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/ipa/open-close-strategy.html

「オープン」と「クローズ」が分かりにくい理由 第11回「オープン&クローズ」の本質

http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/040100035/082300014/

パテントに関する専門用語  No.250 オープン&クローズ戦略/特許の活用

http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo201-300/yougo_detail250.html

企業の知財戦略について 日立ハイテクの取り組み

http://www.inpit.go.jp/content/100762395.pdf

オープン&クローズ戦略 沖電気

https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2017/03/1Chimura.pdf

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(14)特許権による市場独占 ~クローズ戦略の限界~

「特許権を武器にして、市場で独占排他的な地位を占めるという考え方(クローズ戦略)は、伝統的な考え方であるが、特許の権利切れによってその寿命が尽きた場合、一挙に市場を失うこともあり得る(パテントクリフ)。また、グローバル化などによる競争激化や技術の複雑化によって、クローズ戦略だけでは市場で優先的な位置を占めることが難しくなってきている。」

特許権は、「独占排他」をベースとする権利であり、事業における武器として使うことは伝統的な考え方である(クローズ戦略)。

クローズ戦略の例を2つ挙げる。

一つは、医薬品である。

例えば、アステラス製薬は、新薬開発に力を入れ、クローズ戦略を採っているという。

医薬品分野は、収益性が高く、代替技術や回避技術の開発に比較的時間がかかり、特許権を武器とするクローズ戦略での事業展開が、有効な分野と考えられる。

しかし、一方で、特許権が切れた場合(権利の最長期間は25年)には、ジェネリック医薬品(後発医薬品)がすぐさま台頭し、一挙に売上を失い、事業基盤がゆらぐ事態が起こりかねない。特許権切れを原因とする急激な売上減少をパテント・クリフ(特許の崖)と呼んでいる。

最近では、代替技術の開発がはやく、また、新薬開発の成功確率が低くなっており、開発自体が難しくなってきていることから、医薬品分野でも他社と組むオープン戦略が採られるようになってきている。

もう一つは、「スクラロース」という甘味料の例である。

スクラロース自体は海外で技術開発された高甘味度甘味料で、低カロリー食品に幅広く使用されている。

日本におけるスクラロース販売は、長らくの間、三栄源エフエフアイという会社が独占してきた。独占できたのは、スクラロースの用途や製剤化に関する特許を多数保有しており、同社以外からスクラロースを購入して、食品等に添加して使用しようとする。そうすると、同社の特許権に抵触することになる。そのため、同社から購入せざるを得ないことになる。

同社の特許戦略は成功しているが、そのために特許登録された特許は65件(J-PlatPatでの2017年11月24日検索、(出願人=三栄源)*(要約+請求の範囲=スクラロース))。主要な特許の出願は今から20年ほど前の1998年~1999年で、現在もなお特許出願が続けられており、出願数としては100件を優に越している。

このようにクローズ戦略を推し進めるために多大な労力を払っているが、主要特許の特許権切れが近いことや、中国企業などによって無効となった特許もあり、特許権による独占排他が難しい状況になってきている。

クローズ戦略は、市場を独占できるだけの技術であれば、大きな収益をもたらすことができ、高い技術力を持つ中小企業が活躍しやすいニッチェ市場においては依然として有効な考え方と思われる。

しかし、上記例に見られるように、特許権を活用しても、市場を長期間独占することは容易ではない。

グローバル化によって強い競争相手が増え、代替技術の開発スピードが速くなってきている。そのために、特許発明技術の寿命は短くなってきている。また、一つの製品が多数の特許発明技術から構成される場合が多く、一つの特許だけでは戦えない時代になってきている。

特許権は鋭利な武器、とまでは言えない状況になってきているように思われる。

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(引用文献)

第9回 特許を活用した市場独占による収益確保

http://www.mri.co.jp/opinion/column/IP/ip_20150805.html

アステラス製薬が競争優位となるための知財戦略

http://sshojiro.blogspot.jp/2015/06/blog-post.html

パテント・クリフとは http://iphappy.com/patent-cliff

第一三共、見えぬ「特効薬」 特許切れに危機感 がん領域注力

https://www.nikkei.com/article/DGXLZO10627670T11C16A2TI1000/

【「2010年問題」からの回復は?】製薬会社「5年成長率」ランキング

http://answers.ten-navi.com/pharmanews/7729/

オープン&クローズ戦略のための営業秘密・活用策

http://www.inpit.go.jp/content/100778933.pdf

高甘味度甘味料スクラロース

http://www.saneigenffi.co.jp/closeup/sucralose.html

スクラロースとは何ですか?

http://j.cocacola.co.jp/info/faq/detail.htm?faq=18004

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(15)市場優位性確保のための特許戦術;1.クロスライセンスとパテントプール

「自社特許技術の実用化にあたって、競合他社の特許も実施に必要な場合には、クロスライセンスやパテントプールといった相互実施許諾の形の契約が検討される。金銭的や技術開発上のメリットなども期待できる。」

特許権を事業に活用していく伝統的な考え方は、独占排他的な特許発明技術の実施(クローズ戦略)であるが、製品を構成するための必要技術が複数存在し、それらが関連しあっていることが多い現在では、そうした考え方だけでは事業戦略としては不十分である。

他社が保有する特許技術を使用したい場合には、ライセンス料を支払って実施許諾を受けるのが一般的な考え方である。

しかし、自他が保有する特許技術が相互に関連し、特許発明の実用化には、自他両方の特許技術が必要となる場合がある。他社が競合関係にある場合、実施許諾すると許諾先は実用化できるのに対し、自らは実用化できない状態になってしまうので、容易にライセンスしないことが起こり得る。こうした場合の解決策として、クロスライセンスの形の実施許諾を検討することになる。

クロスライセンスとは、自他が保有する特許権の使用を相互に許諾する契約のことである。

クロスライセンスの形であれば、他社が保有する特許技術も実施できるようになるので、自社他社ともに実用化できることになり、受け入れやすい形と言える。

クロスライセンスの場合、実施許諾に伴う対価は無償か少額のことが多いので、ライセンス料(特許料)については、金銭的なメリットが期待できる。また、他社特許技術を利用できるようになり、利用できる技術の範囲が広がることから、技術開発上のメリットも期待できる。

クロスライセンスの例として、カプコンとバンダイナムコの「オンラインマッチング」に関する特許クロスライセンス契約がある。開発の促進、開発コスト軽減など目的としているとのことである。

クロスライセンスは、積極的な事業展開に利用されるだけでなく、特許権侵害の争いが起こった場合の解決方法としても検討される。特許権侵害していた場合、クロスライセンスに持ち込めれば、ライセンス料の支払いを避けることができる可能性がある。

上記クロスライセンスが当事者間の特許の相互利用に関する契約であるのに対し、その発展系が「パテントプール」(英:patent pool、特許プール)である。

「パテントプール」は、公正取引委員会の定義に従えば、「特許等の複数の権利者が、それぞれの所有する特許等又は特許等のライセンスをする権利を一定の企業体や組織体(その組織の形態には様々なものがあり得る。) に集中し、当該企業体や組織体を通じてパテントプールの構成員等が必要なライセンスを受けるものをいう」である。

つまり、クロスライセンスに合意した複数企業が、ライセンシングの合意が得られた特許群を管理する組織を設立する。その組織を通して、相互に特許技術を実施できるようにする仕組みである。

管理組織は、特許を保有する企業が共同出資して設立し、パテントプール参加企業は、プールされた他社特許の使用は無償でできる場合が多い。

特定の技術に関連する重要特許が複数あり、関連特許の権利者が複数の企業にまたがっている場合、当該技術の実用化には、パテントプールは有効な方法である。

パテントプールが設立できれば、個別にクロスライセンス契約を締結するための時間と費用を節約できるメリットがあり、情報通信やエレクトロニクスの分野での例が多い。

しかし、こうしたクロスライセンスによる解決は困難になってきている。

関連技術が複雑になってきたために、関連する特許数が多かったり、許諾対象とすべき特許の特定をすることが難しかったりして、交渉が難しくなってきているためである。

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(引用文献)

特許におけるクロスライセンスとは?  http://tizai-jien.co.jp/2017/09/26/post_391/

クロスライセンス契約

http://www.sophia-it.com/content/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%A5%91%E7%B4%84

カプコンとバンダイナムコ,オンラインマッチングの特許クロスライセンス契約を締結。「ストリートファイター」シリーズなどに活用

http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20170619049/

クロスライセンス 【 cross-licensing 】

http://e-words.jp/w/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9.html

パテントプール

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Patent_Pools_jp(2009).pdf#view=fit&toolbar=1&navpanes=0

パテントプールとは  http://tokkyo-work.net/28

標準化機関・パテントプール機関等リンク集  http://www.jpo.go.jp/kanren/patentpool_link.htm

6.2 特許関連契約~特許プール解説 http://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/tokkyo/index/patentpool/

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(16)市場優位性確保のための特許戦術;2.標準必須特許による市場支配

「自社特許技術を、市場の標準技術として認めさせることによって、市場優位性を確保しようする特許戦略(「標準必須特許」)は、特許権を切り口として市場を支配する方法と強力である。しかし、問題点も指摘されており、権利行使が制限される方向にある。」

「標準化」をビジネスツールとした事業戦略が注目を浴びている。

「標準化」とは、自社技術を市場での「標準規格」としようとすることである。市場に自社技術を浸透させることができれば、他社を囲い込むことができ、市場での優位性を確保することができるという考え方である。

「標準規格」とは、公的機関による日本工業規格(JIS)や国際規格(ISO、IEC)などである。

「標準規格」を実現するために避けては通れない必須技術を特許化できていれば、市場で主導権を握ることができることになる。

標準化に必要不可欠な必須特許を「標準必須特許」(Standard Essential Patents=SEP)という。

標準化の要となる、他社との差別化に関する特許技術は「クローズ」または「秘匿化」して独占し、一方、標準化を普及させるための特許技術は「オープン」とするのが一般的な考え方である。

しかし、「標準必須特許」については、世界的に特許紛争が起こっている。

特に情報通信分野の製品の技術標準に必要不可欠な特許、すなわち、標準規格に従って機器を製造する際に必ず使用しなければならない特許、については、日本も含め紛争が頻発している。

「標準必須特許」についての紛争について、特許権者サイドと特許実施者サイドとの両方の問題点が挙げられている。

特許権者サイドの問題として、高額のロイヤルティーの請求がある。

標準規格に関する必須特許は回避することが不可能で、他技術への切替も困難である。特許権者が、規格に必須な特許の特許権を行使すれば、わずか1件の特許であっても、当該規格の製品をすべて差止可能であり、特許実施者は特許侵害を回避することができない。そのため、実施のためには、高額なロイヤルティーを支払わなければならないことになる(ホールドアップ問題、Hold-Up)。

一方、特許実施者サイドの問題として、ホールドアウト(Hold-Out)問題が指摘されている。

ライセンスオファーされても交渉に応じなかったり、議論を遅延させたりして、ライセンスを取得しない、ないしは、ライセンス契約してもロイヤルティーを支払わない問題がある。この問題には、高額なロイヤルティーなどライセンス条件が関係する場合もある。

高額のロイヤルティーや差止請求権について、標準必須特許の権利行使を制限する方向に進んでいる。

技術標準を策定する際には、妥当な実施条件(低額のロイヤルティー)で実施許諾することを宣言するFRAND宣言(FRAND=Fair Reasonable And Non-Discriminatory)が要求されるようになってきている。

また、特に情報通信の分野では標準規格に1000件以上の必須特許が存在する場合もあるようで、標準規格策定時にFRAND宣言されていない特許が存在していた場合には、標準規格が導入された後に高額なロイヤリティーを請求されるという問題も認識されていた。

しかし、最近の標準必須特許を関する差止請求の訴訟においては、必須標準特許の濫用とみなし、適正なロイヤルティーしか認めない判決が続いており、競合企業との差別化ツールとしての有効性は今後低下していく可能性がある。

公正取引委員会も、2016年に、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針独占禁止法での指針」を一部改正し、「標準規格特許」や「FRAND宣言」の取り扱いについての考え方を示している。

標準化には、公的機関による規格策定の他に、「デファクトスタンダード」(事実上の標準)化による業界標準とする方法もある。

公的機関の規格認定は容易ではなく、策定までには長い時間を要するため、市場での事実上の一般的な規格となるような戦略(デファクト化)も取られてきている。

デファクト化を進めるには、同種の製品を製造販売する企業や製品の周辺製品を製造販売企業に製品に係る技術を、意図的に積極的に公開する戦術が採用される。一般的には、標準化に係る技術の特許を取得し、他企業に無償で実施許諾する方法になる。

トヨタ自動車は燃料電池車の普及を後押しするために、単独で保有する燃料電池関連の全特許5680件を無償で提供すると発表したが、デファクト化を狙ってのことと思われる。

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(引用文献)

「標準化をビジネスツールに」  http://www.chubu.meti.go.jp/b33jis/data/businesstool.pdf

「 標 準 化 」は新商品市場展開のビジネスツール http://www.bic-akita.or.jp/magazine/421/sapuri.pdf

第四次産業革命の中で知財システムに何が起きているか

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_chizai/pdf/001_02_00.pdf

標準必須特許  https://www.glossary.jp/econ/economy/sep.php

標準必須特許/特許の活用/特許出願 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo501-600/yougo_detail586.html

情報通信分野における標準必須特許に係わる紛争の状況と課題

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou016/04.pdf

標準必須特許を巡る課題と制度的対応について http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou23/01.pdf

第2回 IoTビジネスと特許戦略 https://business.bengo4.com/category5/article154

標準必須特許の現状と課題 http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou22/01.pdf

公正取引委員会(平成28年1月21日)「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の一部改正について  http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jan/160121.html

第5回 デファクトスタンダードによる優位性確保のポイント

http://www.mri.co.jp/opinion/column/IP/ip_20150202.html

トヨタ、特許オープンの意図とは!? ‐ 西郷国際特許事務所

http://www.biglife21.com/column/7391/

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(17)特許侵害を回避するための特許 ~「楯」となるディフェンシブ特許~

「特許侵害から身を守るための「楯」として、特許を防衛目的で出願したり、権利化していくディフェンシブ特許の戦略は、攻める武器として特許権を活用する戦略と同じように重要になってきている。「楯」特許は、侵害回避だけでなく、交渉時の材料として活用される。」

特許権の行使というと、差止や損害賠償を武器とした特許戦略(クローズ戦略)が書かれている。また、最近は、オープン戦略としても標準必須特許の活用法として、武器としてどこまで使ることができるか(権利行使の制限)が話題になっている。これらの考え方は、いずれも特許を敵を攻めるための「剣」(swords)としてとらえたものである。

しかし、「剣」を防ぐための「楯」(shields)としての特許の機能については、書き物に取り扱われることはほとんどない。

「楯」特許とは、一義的には、他社特許を侵害することを防ぐ、ディフェンシブ目的の特許であり、特許技術の独占的排他実施を目的としたものではない。

「楯」特許に関連してよく出てくるのが「防衛出願」という言葉である。「防衛出願」は、必ずしも権利化を目的としない、時に技術公開を目的とし、審査請求不要な特許出願を差し、どちらかというと後ろ向きな印象を与える見方がほとんどである。しかし、ビジネス(事業)における特許マネージメントにおいて、特許侵害対策は重要な位置を占めており、特許ポートフォリオを考える場合、攻守の両観点からすると、「楯」特許は「剣」特許と同様に戦略的に検討する必要がある。

特許を「楯」として用いるのは、以下のような場合である。

1.特許侵害回避

2.クロスライセンス交渉材料

特許侵害回避を目的とする場合、他社に特許権を取らせたくないコア領域を決め、実施している技術の周辺技術や代替技術の中で、特許性のありそうな技術を特許出願する。

特許出願すれば、出願後1年半には、出願内容が公開される。公開された技術は「公知」技術となるので、公開後以降、他社が同様な技術を特許出願しても、新規な技術ではないと判断されて、当該技術について、他社は特許を取得することができない(「防衛出願」)。

「公開」されることによって、侵害回避の目的を達することができると判断されるのであれば、わざわざ費用をかけて審査請求して、権利化していく必要はないということになる。通常、1つの特許出願だけで、コア領域全体を守ることはできないので、それなりの数の特許出願をするのが一般的である。

考え方としては、こうした防衛出願によって、他社が特許によって権利化できない領域(他社から特許侵害で訴えられない自由な領域)を確保していく。

しかし、他社が特許出願する場合、先行特許の内容を考慮し、それを避けるような形で出願内容を決めていくので、「公開」だけで特許侵害が回避するのは難しいと思われる。

したがって、防衛目的の出願も、基本的には、特許庁の審査を受け、権利化していくべきである。

特許庁の審査の結果、特許として認められれば、当該技術は他社が実施できないことになる。いくつもの特許を保有していれば、他社がコア領域に参入しようと思っても障壁となるため、当該領域を、自社が独占排他的に実施できる領地とし得る。

特許権を取得しておけば、万一、他社から特許侵害であると訴えられた場合に、対抗するための材料にしたり、さらには、クロスライセンス交渉の材料と使うことによって、交渉を有利に進め得る。

もし、審査の結果、特許として認められなければ、当該技術は特許性がないと判断し得るので、他社が特許権を取得できないことが確認できたことになり、特許侵害を心配しなくてよい自由な技術ということになる。

自由な、もしくは独占的な領域とするため、「パテントマップ」を活用して、既存特許の解析を行い、それによって、出願されていない特許的に空白な領域を見つけていく方法がある。

ディフェンシブ特許の例として、ネスレの「ポーション・コーヒー」の例がある。競合を阻止するために、関連技術や組合技術を多数出願し、競合を特許を基にたたき、決定的な競争力を得たということである。

また、キッコーマン社のホームページ(http://www.kikkoman.com/jp/quality/ip/patent.html)には、「他社により権利化されるとキッコーマングループでの実施に大きな制約が生じると判断した場合には、他社による権利化を阻止するための防衛的な出願を行う場合もあります。」と記載されている。

防衛目的の特許取得が増えているという新聞記事もある。

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(引用文献)

Business Strategies and Patent drafting:Offensive & Defensive Patenting & Designaround Techniques (Chapter VIII)

http://www.wipo.int/edocs/mdocs/africa/en/wipo_pat_hre_15/wipo_pat_hre_15_t_14.pdf

The patent, an offensive and defensive weapon for the innovative company

http://www.patentes-y-marcas.com/en/resources-patents/patent-articles/node-3507

The sword and the shield: Building an offensive and defensive IP portfolio

https://www.law.com/insidecounsel/2014/05/06/the-sword-and-the-shield-building-an-offensive-and/?slreturn=20171025194605

OFFENSIVE VS. DEFENSIVE PATENTING http://sagaciousresearch.com/blog/offensive-vs-defensive-patenting/

Patent strategies for R&D companies and the role of patent agencies

http://www.iam-media.com/Intelligence/IP-Lifecycle-China/2015/Articles/Patent-strategies-for-RD-companies-and-the-role-of-patent-agencies

キッコーマングループ 特許

http://www.kikkoman.com/jp/quality/ip/patent.html

眠れる特許51% 防衛目的の取得増える  新・産業創世記 「土俵」が変わる(4)

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ11IJD_Q6A520C1SHA100/

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(18)特許発明の実施を目的としない特許保有;パテント・トロール(PAE)

「特許発明の実施を目的とせず、高額なロイヤルティー(ライセンス料)や和解金を得ることを目的として特許を保有する者(パテント・トロール、PAE)に対して、米国では様々な対策が打たれてきた。日本においても、同様な問題が起こることが懸念されており、対策が打たれつつある。」

特許発明を実施する企業にとって、ビジネスの武器として特許権を使うことは事業戦略として一般に行われていることである。

一方、特許発明の実施を目的とはせずに特許を保有している特許権者も存在する。例えば、個人発明家や公的研究機関が該当するが、中には、高額なロイヤルティー(ライセンス料)や和解金を得ることを目的とした特許権者もいる。

パテント・トロール(patent troll)と呼ばれる存在で、現在は、PAE(Patent Assertion Entity)という名称が使用されるようになってきている。

パテント・トロールの「トロール」の語源は、北欧伝説に出てくる超自然的な怪物とか、トロール漁業の「流し釣り」に由来すると言われているようである。(https://core.ac.uk/download/pdf/71797808.pdf

パテント・トロールの例としては、有効性に疑義のある特許を買い取り、買い取った特許権をもとに関連する企業に警告状を送り、法外なロイヤルティーを請求したり、高額な和解金や高価での特許権の買取などを迫るもので、米国では企業の事業運営に大きな影響を及ぼしていた。

しかし、米国政府・裁判所が取った対策によって、状況は変化しつつある。

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou017/02.pdf

取られた対策は、7項目。

特許審査に関する対策として、

特許性基準の引き上げと特許無効化手続の強化。

権利行使の制限に関する対策として、

損害賠償額の抑制、差止基準の厳格化、及び権利行使リスク・コスト増大(敗訴した際に相手方の弁護士費用負担を命じられる可能性の高まり)。

訴訟提起に関する対策として、

特許訴訟コストの低減(証拠資料の収集要求低減)、裁判地選択権の制限。

権利行使については、特許権の濫用の観点から、制限されるようになった。

上記のうち、最も米国的なのが、裁判地選択権の制限である。

米国では訴訟提起先の裁判所をほぼ自由に選ぶことができ、パテント・トロールは、特許権保有者に甘いことで有名なテキサス州東部連邦裁判所を選んで訴訟を起こしていた。

しかし、米国最高裁は、特許権侵害を主張する際には、特許権を侵害する企業が設立された場所または現実に業務を行っている場所あるいは現に特許権が侵害されている場所を管轄する裁判所にのみ出訴できると決めたということである。

(http://jp.techcrunch.com/2017/05/23/20170522patent-trolls-take-in-on-the-chin-in-new-supreme-court-ruling/

一方、日本では、パテント・トロールによる被害はこれまで問題とされることはなかったが、最近になって注目を浴びるようになってきている。

トヨタやホンダなど25社が、米国の特許ブローカーとして名高い会社から特許侵害しているとの訴えが起こされたと報道された。

経産省は、パテント・トロールによる高額なロイヤルティー(ライセンス料)請求について、例えば法外なロイヤルティーを要求された場合、ロイヤルティーを適正化して、紛争を早期解決するための裁定制度(ADR制度)の導入を目指していたが、見送られた。

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(引用文献)

米国パテントトロール訴訟の勃興と退潮,米国あげての総動員対策,及び今後の日本の課題

https://core.ac.uk/download/pdf/71797808.pdf

米国特許権保護の現状~パテント・トロール対策およびその影響~

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou017/02.pdf

アメリカ最高裁、パテント・トロールに打撃――特許権侵害訴訟の提起先を制限

http://jp.techcrunch.com/2017/05/23/20170522patent-trolls-take-in-on-the-chin-in-new-supreme-court-ruling/

「特許の妖怪」獲物になりやすい日本 裁判の長期化避け和解金で…被害の増加懸念

http://www.sankei.com/west/news/170516/wst1705160020-n1.html

トヨタ・ホンダもついに標的に、「特許トロール」の恐怖

http://ascii.jp/elem/000/001/490/1490024/

知的財産制度を悪用、経産省が「怪物」退治へ http://www.hatsumei.biz/20160925/

経済産業省、日本企業をパテントトロールから守る対策に第三者委員会を設置

http://neoview.blog.jp/archives/15589011.html

第四次産業革命を視野に入れた新たなADR制度の検討

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou20/03.pdf

参考資料-経済産業省  http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170419001-3.pdf

特許庁、ADR制度導入見送り ライセンス料の設定困難

https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00452144

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(19)パテント・トロール(PAE)に対抗する;社外資源を利用した無効化調査

「パテント・トロールに対抗する最も有効な方法は、問題の特許を無効化することである。無効化のためには、特許が無効であることを示す証拠(無効資料)を見つけることが必要になる。米国では、有効な無効資料を見つけるために、報奨金を支払って、公開で無効資料を募集する仕組みも活用されている。」

パテント・トロール(PAE)は、権利行使をちらつかせながら、法外なライセンス料や高額な和解金を得ることを目的としてビジネスとする者で、米国では以前から大きな問題となっていた。

米国政府や裁判所によって、特許権の濫用として様々な対策が打たれたが、その中で、企業が自らの力でパテント・トロールに対抗するために利用できるのは、「特許無効化手続の強化」である。

特許無効の証拠となる提出資料の要求が低くなった上に、原則、開始から1年以内に特許の有効性に関する最終決定を出さなければならないと法的に規定されているため、短期間で決着をつけることができるようになった。

しかし、パテント・トロールの保有する特許が、無効な特許であることを主張するためには、無効であることを示す証拠(無効資料)を提出する必要があることに変わりはない。

米国では、企業側も無効化のためのビジネス・アイデアを持っている。

ある企業においては、総額5万ドルの資金を用意して、パテント・トロールの保有する70ほどの特許の無効化を狙った「Project Jengo」という懸賞プロジェクトを立ち上げて、先行技術であることを示す証拠を収集して、勝訴して、和解金の支払いを回避した。

また、「Unpatent」というクラウドファンディングサービスやソフトウエア&インターネット分野に特化した「Patent Busting Project」という、「無効化」をビジネスとする企業も存在する。

「邪魔な特許」を「無効資料」によって「潰す」ために、懸賞金を活用するアイデアは、2008年に設立された「Article One Partners」という企業で既に行われていた。企業から依頼に応じて、クラウド上で無効資料を募り、最も良い文献を提供した者に懸賞金を出している。

同社のホームページの「Active Patent Research Studies」(https://app.articleonepartners.com/browse/?t=open)には、公開募集している案件リストが掲載されている。

例えば、2017年12月31日期限の「動物飼料添加物」(“Amimal Food Additives”)の場合は、1998年1月1日から現在に至るまでに公開された非抗生物質性の動物飼料添加物に関する特許文献に関する募集である。報奨金は4500USドル(約50万円)。

2017年12月6日現在、2017年の実績として、公開募集と非公開募集の案件とを合わせて957件の完了案件があり、支払った総報奨金は約70万USドル(約8000万円)と記載されている。

日本においても、特許権の無効化調査の重要性は同じである。

松谷化学工業のホームページの知財グループ紹介では、特許調査担当者による、特許調査の重要性と、調査として特許出願時の「先行技術調査」、商品開発時の「被侵害調査」とともに、「無効資料調査」があり、「無効化調査」の苦労話が紹介されている。

調査専門会社は「無効資料調査」も請け負うが、中には、無効資料調査を得意としているところも出現してきている。

トランスパテントサーチという会社の案内には、上記“Article One Partners”が取り上げられており、「弊所開業後に挑戦し、6回の優勝、16回のMVR(Most Valuable Researchers:準優勝相当)を受賞しております。」と書かれている(http://tpsearch.com/)。

また、角田特許事務所のホームページには、「弊所は特許調査など知財に関する調査、鑑定、特許庁への情報提供など知財情報調査・鑑定に特化した特許事務所です。」(http://www.tsunoda-patent.com/concept.html)と書かれており、ファイン総合特許事務所の必須特許評価サポートには、「弊所の強みは、低コストな必須性簡易評価・寄書調査による必須特許の確実な無効化」(http://www.fine-ip.com/category/1613233.html)と書かれている。

特許の無効化の方法は、出願前調査のような一般的な特許調査と比較して、無効資料の発見はかなり難易度が高い。それは、特許業務の実務経験と特許技術についての基礎知識が要求される点では同じであるが、要求されるレベルが高い。

日本においても、公開募集し、有効な資料を提供した調査者に懸賞金を支給する形で、社外資源を活用する無効資料を見つける方法は有効であると思われる。

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(引用文献)

米国パテントトロール訴訟の勃興と退潮,米国あげての総動員対策,及び今後の日本の課題

https://core.ac.uk/download/pdf/71797808.pdf

米国特許権保護の現状 ~パテント・トロール対策およびその影響~

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou017/02.pdf

米国特許無効の申請:PTAB における当事者系レビュー (IPR)

http://www.towa-nagisa.com/japanese/institute/journal/2017/002/34-45.pdf

パテントトロール(特許の怪物)の特許訴訟にどう立ち向かうか?

http://mastergekko.com/post-888/

パテント・トロールに示談金を払わずに完勝する方法、Cloudflareの先行技術調査戦術に学ぶ

http://jp.techcrunch.com/2017/05/12/20170511trolling-the-patent-trolls/

パテントトロールの所有する「悪しき特許」に対抗するクラウドファンディングサービス

https://yro.srad.jp/story/16/09/21/0848206/

How To Kill Patent Trolls

http://www.slate.com/articles/technology/technology/2012/02/article_one_partners_how_a_bunch_of_amateur_sleuths_are_stamping_out_patent_trolls_.html

On a quest against patent trolls  https://unpatent.co/

Patent Busting Project  https://www.eff.org/patent-busting

松谷化学工業 株式会社 https://job.rikunabi.com/2018/company/r652220040/senior/K113/

トランスパテントサーチ  http://tpsearch.com/

角田特許事務所  http://www.tsunoda-patent.com/concept.html

ファイン総合特許事務所・必須特許評価サポート http://www.fine-ip.com/category/1613233.html

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(20)特許権を権利行使するための費用は高いか、安いか?

特許権を権利行使するために必須の費用は、特許権取得費用と、特許権維持費用とであり、いずれも特許庁に支払う。特許の専門家の弁理士に依頼して出願した場合、さらに弁理士費用がかかる。費用は、特許権から直接的に得られるライセンス収入や事業収益だけでなく、防衛的な意義も含めて、判断していく必要がある。

 

特許権を行使するためには、まず、特許権を取得することが必要であり、取得した後は権利を維持するための費用が必要になる。

特許権を権利行使することによって独占排他的に事業を行いたいと思った場合、事業から利益を得るために係る特許費用が高いようであれば、特許取得の意義が薄れてくる。

それでは、特許権を取得するのに、どのくらいの費用がかかるか?

特許権の取得には、特許出願から特許権を行使できる特許登録までに特許庁に必ず支払わなければならない費用があり、以下のように定められている。

特許出願     14,000円

出願審査請求   118,00円+(請求項の数×4,000円)

特許料      年間2,100円+(請求項の数×200円)

請求項の数は特許出願内容によって変わるが、仮に3個だとし、登録時の特許料はまとめて3年分を支払う必要がある。

この場合では、費用合計は152,100円と計算される。

登録された後、権利を維持していくためには、毎年、特許料(年金)を支払う必要がある。

その費用は以下のようで、10年以降は急激に高くなる。

4年~6年;毎年6,400円+(請求項の数×500円)

7年~9年;毎年19,300円+(請求項の数×1,500円)

10年以降;毎年55,400円+(請求項の数×4,300円)

出願費用、審査請求費用や特許料は、すべて特許庁の収入になる。

なお、大学や中小企業・個人事業者については、費用の減免措置が設けられている。

特許登録後10年に差しかかる時期は、特許出願して13年程度は経過しており、技術開発開始時点からは15年程度経過しているような時期であり、特許発明技術が陳腐化している可能性がある。

仮に特許料を支払って9年間権利維持した場合に係る総費用(出願、審査請求も含めて)は、247,100円になる。一方、10年目は、1年で95,100円かかるので、特許料を継続して支払って、権利維持する必要があるのかの大きな判断ポイントになると思われる。

判断する際に、特許発明の実施有無や実施可能性に加えて、「パテントスコアー」を活用して他社牽制力の観点を含めて評価する考え方がある。

独立行政法人や国立大学法人では、取得した特許権から得られた収入よりも、出願や維持のための費用が上回っており、会計検査院から特許管理の見直しを求められたとの報道がある。

企業においては、防衛目的で出願される特許も多く、特許取得に係る費用と、特許権によってもたらされるライセンス収入や事業収益との単純比較だけで、特許を管理することは難しいと思われる。

上記費用は、自らすべての手続きを行った場合の費用であり、特許出願数の多い大手企業では自社の特許専門部署が担当する。

一方、多くの企業では、特許の専門家である弁理士の力を借りて権利化するため、上記の特許庁費用に加えて、以下の弁理士費用がかかってくる。

出願(書類作成等)               20~40万円

審査過程での特許庁とのやり取り(中間手続費用) 1回5~15万円

特許査定時の成功報酬              10万円

手数料                     1回1万円程度

日本における年間の特許出願数約32万件、審査請求件数約24万件、登録件数約19万件(平成27年)なので、特許庁は多額の収入を得ることになる。

特許庁の毎年の収支は公開されており、平成27年度決算によれば、収入の大部分は特許料等の収入で約1122億円、一方歳出は1282億円、ほとんど事務取扱費である。これだけ見ると、特許庁は赤字のように思われるかもしれないが、実際には2000億円を超える巨額の剰余金があり、これが毎年繰り越されている。

決算には、剰余金について、「審査・審判に順番待ち期間等があり、出願人から納付された手数料が支出(審査)されずに残っていることや、今後10年程度を見越して、特許審査の効率化・迅速化等のための情報システムに係る設備投資の費用などに充当すべく確保しているものです。なお、平成28年4月から、特許料等の引き下げを行っております。」と説明されているが、実際に引き下げが行われた。

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産業財産権関係料金一覧(2016年4月1日時点) https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/ryoukin/hyou.htm

独法や国立大の8割、特許収支「赤字」 維持費かさむ

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG10H6A_Q5A211C1CR8000/

弁理士費用(報酬)アンケート調査 結果公表 

http://www.jpaa.or.jp/howto-request/questionnaire/

弁理士の費用(報酬)について  http://www.jpaa.or.jp/old/?cat=310

弁理士報酬アンケート結果簡易版(平成21年10月実施)

http://www.jpaa.or.jp/old/consultation/commission/pdf/2010/question-result.pdf

特許出願費用の相場  http://www.xn--xsq70db13c72twsp0ea.com/wp/?p=1000

特許権を取得するまでの手続の流れ(概略)と費用の概算 

http://www.kpat-jp.com/patent/flow.pdf

12.主要国・機関における特許出願政府費用等一覧表

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/toukei/0612.pdf

決算に関する情報 平成27年度 

https://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/hiroba/tokukai_zyouhoukaizi.htm

平成27年特許法等改正に伴う料金改定(平成28年4月1日施行)のお知らせ

https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/ryoukin/fy27_ryoukinkaitei.htm

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2.特許戦争の背景~不安定さが内在する特許権~

(21)特許戦争の実態

裁判所での訴訟件数は顕著に増加していないが、特許権の有効性・無効性を争う特許庁での特許異議申立の審理件数からは特許を巡る企業間の争いは一段と熱を帯びてきているように見える。

特許権を巡る企業間の抗争は、「下町ロケット」の題材である。

より専門的な観点から書かれたのが、“小説「男たちの特許戦争」より 製法特許と製剤特許をめぐる特許攻防25年史”(https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201211/jpaapatent201211_052-073.pdf)である。合成高分子に関する特許権についての攻防が事業視点を踏まえて書かれており、攻防の戦術の立て方が具体的に示されており、実際に特許抗争に係っている人にとっては非常に参考になる読み物である。

特許権を巡る企業間抗争は、「特許戦争」(Patent War)と呼ばれることがある。

ウィキペディア(Wikipedia)の英語版には、“Patent War”の項目があり、「特許戦争」は以下のように定義されている(https://en.wikipedia.org/wiki/Patent_war)。

特許戦争とは、攻撃的であろうと防衛的であろうと、訴訟に対して、特許を保護するための企業や個人の間の「戦い」である。(A patent war is a “battle” between corporations or individuals to secure patents for litigation, whether offensively or defensively.)

続けて、特許戦争は今に始まったことではなく、ライト兄弟の飛行機の発明やグラハム・ベルの電話の発明の時代から既に存在したと書かれている。

ところで、特許権に関する訴訟は増えているのだろうか?

東京地裁・大阪地裁での平成26~28年の特許権の侵害に関する訴訟における統計が公表されており、判決・和解の件数を合計すると294件、年100件程度と見られる。

また、東京地裁・大阪地裁の上級審である、特許権の訴訟を専門的に取り扱う「知的財産高等裁判所」(知財高裁)が公表している資料では、知財高裁での知的財産権関係の民事事件の控訴審は、このところ年間100件余りで増加していない。

こうした数字を見ると、特許訴訟は、実際のところ、増えていないように思われる。

上記の東京地裁・大阪地裁の統計には、訴訟の結果についても公表されており、判決・和解において、判決で認容(原告の請求を認めること)された場合と、和解で差止や金銭給付の条項がある場合とを合計すると、全体件数の43%を占めている。

そして、判決で認容された金額は、100万円未満が12件であるが、一方で1億円以上が6件だった(金額が認容された件数は全体で39件)。 また、和解において支払うことが約された金額でも、100万円未満が6件であるのに対して、1億円以上が10件ある(全体で71件)。

訴訟を起こされた場合、確率的には、負けることも考えておく必要があり、場合によっては、相当の金額を支払わなければならないリスクがあり、最悪の場合、売上や市場を失うこともあり得ると思われる。

ところで、上記件数からは、訴訟が増えているとは見えないが、特許権は、権利そのものが不安定さを内在している。そのため、通常は、訴訟の前段階として、特許権の有効性が争われる。

特許権の有効性を争う制度として、特許庁での「無効審判」がある。

他社特許が事業の障害になる場合には、無効審判制度を利用して、特許庁の審査によって認められた特許権が無効であることを主張し、無効であると認めてもらえれば、「邪魔な特許」ではなくなる。

特許庁の「特許行政年次報告書2017年版」の「審判」の項の「無効審判請求件数の推移」を見ると、2016年の特許の無効審判の請求件数は特許が140件、前年が231件だったので、むしろ減少している。

この理由は、「無効審判」の前段階で特許の有効性を争う制度として、2015年に「異議申立制度」が復活したため、2016年の異議申立件数は1214件あり、争いの主戦場が「異議申立」に変わってきている。

訴訟件数からは特許抗争が激しくなったとは思われないが、異議申立の件数からは特許を巡る企業間の争いは一段と熱を帯びてきているように見える。

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(引用文献)

小説「男たちの特許戦争」より 製法特許と製剤特許をめぐる特許攻防25年史https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201211/jpaapatent201211_052-073.pdf

Patent war From Wikipedia  https://en.wikipedia.org/wiki/Patent_war

特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf

知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間(知財高裁控訴審)

http://www.ip.courts.go.jp/documents/statistics/index.html

日本における特許無効審判について

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/files/nichi_oh_symposium_2016_pdf/04_keynote3_jp.pdf

特許行政年次報告書2017年版 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

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(22)特許権行使の制約要因;労力、時間、費用

「自社の特許権が侵害されているのを発見しても、相手方に警告するまでには様々な検討が必要であり、すぐに権利行使できるわけではない。訴訟を起こしても、実際に差止請求権や損害賠償権を行使できるようになるまでには、かなりの時間・費用を要する。」

特許権の侵害を発見した場合に権利行使に至るまでの一般的な手順は、以下のようである。

ステップ1.特許権侵害の発見

相手の実施状態の把握(侵害品等の証拠の確保、損害賠償請求のための侵害品の販売ルートや数量等の把握)

ステップ2.自分の特許の権利範囲と相手の実施内容との比較

a.自分の特許権が無効でないこと(有効であること)の確認

b.自分の特許の権利範囲と相手の実施内容とを比較し、権利範囲内であるか検討

特許法第104条の3には、「(特許権者等の権利行使の制限)特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」となっており、自分の特許が無効な特許であれば、権利行使できないことになる。

ステップ3.警告書の送付

ステップ2で特許侵害している確信が持てたとしても、一般には、まず警告書を送付する。

ただし、たとえば、以下のような場合には、別の対処方法を検討する。

a.自社が権利行使をすると、相手方から逆に、相手方が保有する特許権に基づき権利行使を受けるリスクがある場合

b.市場規模の拡大がまずは優先されるような場合

市場が拡大するまで静観し、その後、侵害者に対し損害賠償請求したり、ライセングやクロスライセンスする方法が考えられる。

c.侵害者が自社の顧客である場合

ステップ4.交渉

相手方が警告に従い、侵害行為の中止や設計変更、もしくはライセンス料を支払う場合には、和解で解決する。

ステップ5.訴訟

交渉で解決しない場合には、訴訟を起こす。

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Patent_Dispute_and_Countermeasures2011_jp.pdf

http://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/tokkyo/index/kenrikousi/  

http://www.yu-kobalaw.com/asset/text.pdf を参考)

上記したように、特許侵害されていると思っても、検討すべきことは多く、簡単に権利行使できるわけではない。そして、以下に述べるように、訴訟には時間と費用がかかるため、訴訟は最後の手段と位置付けられている。

まず、訴訟を起こした場合、裁判所での審理期間は、知的財産高等裁判所(知財高裁)の公表している資料によれば、知的財産権関係(特許以外も含む)の訴訟の平均審理期間は、2016年で第一審13.3ヵ月、控訴審7.8ヵ月、合計すると21.1カ月、2年近くになる。

さらに、訴訟に先立って特許権の有効性を争う無効審判や異議申立が請求された場合、平均審理期間は、2016年でそれぞれ10.5ヵ月、5.8ヵ月となっている。

したがって、侵害発見から始まって、最終的に特許権の侵害が認められるまでには、かなりの時間を要することになる。

また、侵害訴訟には、裁判所への申立手数料と弁護士費用が必要となる。

申立手数料の金額は訴額に応じて計算される。

弁護士費用は、500万円~2000万円であり、非常に複雑な案件の場合は5000万円。

特許庁の平成28年度の調査報告書では、弁護士費用を含む訴訟に必要な費用を、弁護士および企業へのアンケート調査した結果が記載されている。

たとえば、製造販売の差止めと、2000 万円の損害賠償を求めて訴訟を提起したケースを想定した場合、着手金・報酬金方式では、着手金265万円、これに加え、和解成立の場合はさらに301万円。また、判決によって差止と損害賠償の支払いが認められた場合では、642万円の費用がかかる。タイムチャージ方式では1461万円の費用がかかる。

また、弁護士費用以外の費用として、鑑定費用、立証用の実験費用、特許の有効性の調査、および侵害成否調査が挙げられており、これらの費用は約200万円~約500万円(平均値)。

そして、敗訴した場合に訴訟費用を通常負担するのは、敗訴側当事者である。

サトウの切り餅事件の場合、弁護士・弁理士費用として5352万円が認められており、敗訴側には、訴訟費用も大きな負担となる場合がある。

自社の特許権が侵害されているのを発見しても、実際に差止請求権や損害賠償権を行使できるようになるまでには、かなりの労力と、時間・費用とを要する。

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(引用文献)

特許紛争と対策

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/training/textbook/pdf/Patent_Dispute_and_Countermeasures2011_jp.pdf

特許権侵害を巡る紛争の全体像 – BUSINESS LAWYERS

https://business.bengo4.com/category5/article183

4.2.1 侵害調査~自社特許の他社による侵害

http://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/tokkyo/index/hisingai_chousa/

4.2.2 権利行使の判断と方法~自社特許の他社による侵害

http://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/tokkyo/index/kenrikousi/

特許権行使の方法 

http://www.tokkyokeiyaku.com/action2.html

特許権侵害紛争の解決  http://www.yu-kobalaw.com/asset/text.pdf

知的財産高等裁判所 統 計

http://www.ip.courts.go.jp/documents/statistics/index.html

知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間(全国地裁第一審)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_N_stat03.pdf

知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間(全国高裁控訴審)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_N_stat04.pdf

特許行政年次報告書2017年版 第1章 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状 5 審判 (1)審判の現状 ②審判の審理動向

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

日本における特許権行使 知財研紀要 2011 Vol.20

https://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail10j/22_09.pdf

平成28年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究

特許権侵害訴訟における訴訟代理人費用等に関して

http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2016_13_youyaku.pdf

平成28 年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書

特許権侵害訴訟における訴訟代理人費用等に関する調査研究報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2016_13.pdf

平成23年(ネ)第10002号 特許権侵害差止等請求控訴事件判決文

http://www.wada-pat.jp/pdf/jirei28-1.pdf

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(23)特許権行使の制約;無効の抗弁と訂正

特許侵害訴訟では、訴えられた側は特許権無効の主張(無効の抗弁)で対抗する。特許が無効になれば、権利行使できない。一方、特許権者は、権利内容の「訂正」によって、無効を回避することを考える。

特許権を巡る争いは、通常の訴訟と比べ、複雑な様相を呈することが多い。それは、特許権特有の事情が関係している。

特許侵害の訴訟においては、特許権の侵害が争点になることは当然であるが、加えて、特許権自体の有効性(一般には無効性)も争点になる場合が多い。それゆえ、特許権者の特許侵害の訴えと、訴えられた側からの特許権無効の主張がぶつかり合うことになる。

特許庁の審査の結果、特許として認められた場合(特許査定)、特許庁から届く特許査定文書の決まり文句は「この出願については、拒絶の理由を発見しないから、特許査定をします。」である。

逆に言えば、特許査定された後であっても、審査で重大な見落としなど(無効理由)が発見された場合には、特許の無効にすることを求めるための「無効審判」という制度が設けられている。

言ってみれば、特許権は、その根本に、不安定さを内在している権利である。

また、無効な特許に基づく特許侵害の訴えに対して、「無効の抗弁」が認められている。

具体的には、特許法第104条の3は「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」となっており、「特許権者等の権利行使の制限」が規定されている。

それゆえ、特許権を保有していることだけを根拠にして、十分な準備をせずに訴訟をおこした場合、当該特許が無効になってしまうと、相手方から、不当訴訟として損害賠償請求をされるリスクがある。特許権は、傷があるかもしれない武器だと認識しておく必要がある。

それでは、どの程度の確率で無効になるのか?

東京地裁・大阪地裁における特許権の侵害に関する訴訟における統計(平成26~28年)によれば、「無効の抗弁あり」が全体の73%にものぼり、そのうちの、判断無し;約59%、有効;約18%、無効;約23%となっている。訴訟の3/4で「無効の抗弁」がなされ、裁判所の判断が出されたケースの半分以上は、「無効」となっている。

また、特許庁が担当する「無効審判」の状況は、2016年の無効審判の処分件数は、無効請求成立(一部成立)56件、無効請求不成立(含却下)125件、取下・放棄42件となっている(特許行政年次報告書2017年版)。合計すると223件なので、約25%で無効請求が認められたことになる。

特許権の安定性については、国においても議論されているが、早期の権利安定化に関連して、「特許異議申立制度」が創設された。

「特許異議申立制度」自体は、以前にもあったが、2015年に復活してきた制度で、無効審判制度同様に、特許権の取り消しを求めるための制度であるが、請求人の資格要件が緩く(誰でも可能)、審理期間が短く(2016年の特許の平均審理期間5.8ヵ月)、利用しやすい。特許行政年次報告書2017年版によれば、2015年4月~2017年3月での申立案件で審理結果が出たのが998件、うち取消は90件(全体の9%)と1割程度であった。

しかし、「取消」と「維持」の関係は、そんなにシンプルではない。

異議申立で維持された案件のうち、514件(全体の52%)は「訂正無」の維持であるが、370件(全体の37%)は「訂正有」となっている。

「訂正有」の特許とは、特許権が認められた内容を「訂正」することによって、「取消」を免れたということで、「訂正」は、当初より権利範囲を狭める場合が多いと思われる。「維持」といっても、無傷(訂正無)だったのは、ほぼ半分といってもいいかもしれない。

「訂正」について、訴訟や無効審判の関連においても、「訂正審判」という制度が設けられており、特許庁のホームページには、以下のような説明がなされている。

「発明が特許権として登録された後に、その特許に無効理由を含んでいることを発見したり、記載に誤りがあったりすることがあります。特許の一部にのみ瑕疵があるためにその特許全体を無効とするのは特許権者にとって酷であり、また、記載が不明確であることを放置することは第三者にとっても好ましくありません。

一方で、特許権は登録によりその権利範囲が確定し、その権利範囲は第三者に影響を与えるものですから、みだりにその内容を変更するべきではありません。

そこで、特許権者と第三者とのバランスを考え、特定の条件で特許の一部の瑕疵を是正することができるのが訂正制度です。」

当該特許が無効であることを証明する証拠を見つけたとしても、相手方は、当然、「訂正」を行うことによって「無効理由」を回避し、特許を維持しようとするので、「訂正」を考慮した上で、作戦を練る必要がある。

「特許権」は、無効になったり、権利範囲が変わり得る、不安定さが内在する権利である。

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知的財産関係訴訟の特徴と今後の課題 ~特許権侵害訴訟を中心として~

http://meiji-law.jp/wp/wp-content/uploads/2016/07/df10991e204e67f2eaa260b265714419.pdf

特許権侵害紛争の解決 http://www.yu-kobalaw.com/asset/text.pdf

特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf

特許無効審判とはどのような手続なのでしょうか? http://www.y-po.net/qanda/2011/12/post_22.html

特許行政年次報告書2017年版統計・資料編 7.審判及び異議申立て (3)無効審判

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/toukei/all.pdf

知財紛争処理システムに関する論点整理 (権利の安定性関連)(案)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai5/sankou3.pdf

復活した特許異議申立制度 http://www.jpaa-tokai.jp/activities/media/detail_475_0.html

新特許異議申立制度の状況と対応方法 について パテント 2017 Vol. 70 No. 2

https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2865

特許行政年次報告書2017年版 第1章 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

訴訟を提起する際に検討するべきこと https://business.bengo4.com/category5/article225

訂正審判・訂正請求Q&A https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf

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(24)特許権取得のプロセス ~特許審査制度~

「特許権は、特許庁に特許出願し、審査請求の手続きを行って審査を受け、審査の結果、「拒絶の理由を発見しない」と判断されれば「特許査定」を受けることができ、特許料支払い、特許原簿設定登録の手続きを経て、権利行使できるようになる。

なぜ特許権は不安定さを内在しているのか?

その原因はいくつかあるが、特許庁の審査は絶対的なものではなく、変わり得る要素をもつものである。このことを理解するためには、特許権が付与されるプロセスを知る必要がある。

特許権を取得するには、まず、特許庁に特許出願の手続きを行うことが必要である。

出願の手続きをしただけは、特許庁から特許権は付与されず、特許として認められるためには、特許庁の審査を受ける必要がある。審査を受けるための手続き(審査請求)できる期間は、特許出願日から3年である。

特許として認められるか出願かどうかは、特許庁の審査で判断され、一般的には、以下のような流れで特許性が審査される。

審査請求されると、まず1回目の審査が行われる。

審査のために、「先行技術調査」が行われ、先行技術調査結果を考慮して「拒絶理由」の有無が判断される。

審査は、「特許・実用新案審査基準」(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm)や「特許・実用新案審査ハンドブック」(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm) に則って、特許庁の審査官によって行われる。

「拒絶理由」とは、審査官が審査基準に則して、「特許を受けることができる発明」の要件(特許要件)を満たしていないと判断する理由である。

「拒絶理由」が無い場合には、「特許査定」され、特許を受けることができる。

「拒絶理由」が有る場合は通知され、出願人は拒絶理由に対する意見を述べたり(意見書)、拒絶理由を解消するために出願内容を訂正する手続き(手続補正書)を行ったりする。審査官は、意見書や手続補正書などを検討して、再度、審査を行う。

再審査の結果、「拒絶理由」が無いと判断した場合には「特許査定」され、依然として「拒絶理由」が有ると判断した場合には、「拒絶査定」になり、特許を受けることができないことが一応確定する。

上記のように、「特許査定」と判断される理由は、あくまでも「拒絶の理由を発見しない」である。したがって、特許権は、新たな「拒絶理由」が見つかれば、「特許査定」が見直される権利である。

なお、特許権の行使には、「特許査定」後に、「特許料」の支払い手続きをし、特許庁の「特許原簿」に設定登録されることが必要になる。

2016年の特許出願件数は、318,381件、ほぼ32万件にも上る。

出願しても審査請求の手続きをしない案件があり、特許庁に審査請求したのは、2016年で240,455件、約24万件だった。

実際に審査された件数は、1次審査と再着審査(一次審査後、出願人からの意見書や補正書の提出を受けて行った審査)などの合計で約55万件(554,233件)だった。

特許庁の審査官の数は、2016年で1702名であるので、単純計算では審査官一人あたり年間約326件の審査を行っている計算になる。

2013年における一審査官当たりの審査処理件数は、234件と公表されており、1日1件のスピードで審査を行っていることになる。

なお、特許庁での1次審査における先行技術調査は、登録調査機関に外注されており、外注先の調査結果が審査官の審査に利用されている。

ちなみに、米国特許商標庁(USPTO)と欧州特許庁(EPO)の審査官の数は、2016年で、それぞれ8160名、4310名で、2013年における一審査官当たりの審査処理件数は、それぞれ82件、52件ということである。

審査請求された案件のうち、特許査定された件数の割合は、2011年は60.5%だったが、2012年 66.8%、2013年 69.8%、2014年 69.3%、2015年71.5%とその後上昇し、ほぼ70%で推移している。

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(引用文献)

産業財産権Q&A 特許出願の審査はどのような手順で行われるのですか?

http://www.y-po.net/qanda/2011/12/post_26.html

第I 部 第2 章 審査の手順 第 2 章 審査の手順

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/01_0200bm.pdf

特許・実用新案審査基準 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm

特許・実用新案審査ハンドブック https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm

第I部 第1章 審査の基本方針と審査の流れ

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/01_0100bm.pdf

審査部の紹介 特許審査の流れ https://www.jpo.go.jp/shoukai/saiyou/pdf/tokkyo_sinsakan/pamphlet_05.pdf

特許行政年次報告書2017 年版~知をつなぎ時代を創る知的財産制度~

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

特許行政年次報告書2017本編掲載図表ダウンロード

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017_xls.htm

五大特許庁の審査官数の推移 https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/xls/1-1-26.xls

平成28年度特許庁実施庁目標 参考資料 http://www.meti.go.jp/committee/summary/0001420/pdf/025_s01_00.pdf

登録調査機関について https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/touroku_chousa.htm

登録調査機関登録簿 https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/touroku_chousa/07.pdf

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(25)特許性とはなにか? ~新規性、進歩性、産業上の利用可能性~

発明を特許として認めてもらうためには、特許庁の審査を受けなければならない。審査のポイントは、当該発明の新規性と進歩性の有無である。先行技術調査によって見つかった先行技術と、当該発明とを対比することによって、特許性が判断される。

発明が特許として認められるためには、特許庁に特許出願の手続きをし、審査によって、「特許を受けることができる発明」であると判断してもらうことが必要である。

出願した発明の特許性は、まずは、以下のような特許要件を満たしているかよって判断される。

(1) 産業上の利用可能性(利用できるかどうか)(特許法第29条第1項柱書)

(2) 新規性(新しいであるかどうか)(特許法第29条第1項)

(3) 進歩性(容易に思いつくものでないかどうか)(特許法第29条第2項)

(4) 先に出願されていないかどうか(特許法第39条及び特許法第29条の2)

産業上の利用可能性の要件は、特許権を取得しようとしているのだから、この要件は当然満たしていると思われるかもしれないが、「特許・実用新案審査基準」に示されている「産業上利用することができる発明」に該当しないものの類型を見れば、この要件を理解しやすい(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0100.pdf)。

「産業上利用することができる発明」に該当しないものの類型例

2.1.1 人間を手術、治療又は診断する方法 「医療行為」

(注)医療機器、医薬自体は、物であり、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しない。

2.1.3 実際上、明らかに実施できない発明

理論的にはその発明を実施することは可能であっても、その実施が実際上考えられない場合は、「産業上利用することができる発明」に該当しない。

例:オゾン層の減少に伴う紫外線の増加を防ぐために、地球表面全体を紫外線吸収プラスチックフイルムで覆う方法。

「先に出願されていないかどうか」という要件は、「先願主義」のことである。

特許は、先に発明をした者ではなく、先に特許庁に出願した者に特許を与えるという意味で、先に他人に出願されてしまうと特許を受けることができなくなる。

上記要件の(1)と(4)は、特許出願する際の前提条件であって、審査のポイントは、(2)新規性と(3)進歩性になる。

新規性と進歩性の判断の手順は、「特許・実用新案審査基準」に示されている(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0202.pdf)。

出願された技術内容に基づいて調査対象を決めて、先行技術調査を実施する。

先行技術調査の結果を踏まえて、新規性・進歩性の判断を行う。

「新規性」(新しいであるかどうか)は、当該発明と、先行技術とを対比し、両者に相違点がある相違点がある場合は、新規性を有していると判断し、相違点がない場合は、有していないと判断される(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0201.pdf)。

具体的に、「国内外において、特許出願前に公然知られた発明、公然実施をされた発明、頒布刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が掲げられている。公知の発明(新規性を有していない発明。「先行技術」)は、特許を受けることができない」と規定されている。

上記の「公然知られた」、「公然実施をされた」、及び「公衆に利用可能となった」における「公然」や「公衆」の指すところは、「一般的に知れ渡った」と同様な意味合いであるが、単純に「一般」と置き換えることはできない。なお、「電気通信回線」は、「インターネット」と置き換えれば理解しやすくなる。

「進歩性」(容易に思いつくものでないかどうか)は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下この部において「当業者」という。) が先行技術に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明(進歩性を有していない発明)について、特許を受けることができない」と規定されている(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0202.pdf)。

その理由として、「すでに知られている発明を少し改良しただけの発明のように、誰でも容易にできる発明については、特許を受けることができません。容易に思いつく発明まで特許が受けられるようになると、日常的に行われている技術的な改良についても次々出願しないと他人に特許をとられてしまうという状況に陥り、支障がでるからです。」と説明されている(https://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h29_syosinsya/1_2_1.pdf)。

「特許・実用新案審査基準」では、「進歩性」は、「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行う。」としている。

具体的には、「先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、・・・・・・主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。」とし、「発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。」と示されている。

「容易に考え付く」とは、「考え付くヒントが明示されている」ということである。

新規性、進歩性とも、適切な判断には、先行技術調査、及び出願発明と先行技術との対比がポイントになる。

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(引用文献)

平成29年度知的財産権制度説明会(初心者向け)テキスト

第2章 産業財産権の概要 第1 節 特許制度の概要

[3]特許を受けることができる発明とは=特許性

https://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h29_syosinsya/1_2_1.pdf

特許・実用新案審査基準 III部 特許要件 第1章 発明該当性及び産業上の利用可能性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0100.pdf

特許・実用新案審査基準 第I部 審査総論 第 2 章 審査の手順

第 2 節 先行技術調査及び新規性・進歩性等の判断

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0202.pdf

第 2 章 新規性・進歩性(特許法第 29 条第 1 項・第 2 項) 第 1 節 新規性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0201.pdf

第 2 章 新規性・進歩性(特許法第 29 条第 1 項・第 2 項) 第 2節 進歩性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0202.pdf

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(26)特許権の不安定さを生む要因 その1;新規性判断

発明技術の「新規性」は、先行技術と対比して、相違点があるかどうかで判断される。先行技術調査が不適切であったり、発明技術や先行技術の理解が不十分であると、誤って判断されるリスクがある。

発明した技術を「特許」として認めてもらうためには、特許庁に出願し、審査を受けなければならない。

審査が一定の基準に従って行われるようにするために、特許法等の関連法律の適用についての考え方は、「特許・実用新案審査基準」(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm)や、「特許・実用新案審査ハンドブック」(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm)にまとめられている。

審査すべき要件は多数あるが、その中心となるのは、「新規性」と「進歩性」である。

「新規性」(新しいであるかどうか)は、発明技術と、先行技術とを対比し、両者に相違点がある場合は、新規性を有していると判断し、相違点がない場合は、有していないと判断される。

上記対比に先立って先行技術の調査が行われる。

調査のために、まず、調査対象となる発明の内容を認定する。具体的には、特許出願書類の記載に基づいて発明の内容を把握し、発明のポイントを理解する。

次に、認定した内容を基にして、調査するための検索式を作成する。

先行特許についての調査であれば、検索に使用する特許分類やキーワードを決定する。

特許分類には、IPC(Interntional Patent Classification、国際特許分類)、FI(ファイルインデックス)、Fターム、CPCがある。

例えば、IPCの分類表で、「Aセクション」は「生活必需品」に関する分類で、その下位分類として、例えば、「A01」は「農業;林業;畜産;狩猟;捕獲;漁業」や「A23L」は食品、食料品に関する分類があり、さらに下位の分類がある。

調査は、特許分類やキーワード、特許分類とキーワードの掛け合わせなど複数の検索式を作成して行う。

調査の結果、発明技術が、特許出願前から知られていたり、実施されていたことを記載された文献が発見されれば、公知の技術と認定され、先行技術との相違点がないので、「新規性」を有していないと判断される(https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/03_0201.pdf)。

先行技術との相違点があれば「新規性」を有していると判断されるが、特許査定後に無効審判で「新規性なし」と判断される場合もある(「無効審判において新規性なしと判断された事件から考察する精度の高い調査方法」https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201401/jpaapatent201401_043-058.pdf)。

誤って新規性を有すると判断された事例の検討から、その原因は、「検索式が不適切なケース」と「発明の認定・理解が不十分なケース」に分けられるということである。

検索式が不適切だったケースとして、検索対象を限定しすぎ、特許分類が不適切、キーワードが不適切でなかったことが挙げられている。検索式が不適切であれば、本来検討すべきはずの文献が見落とされることになり、「新規性有り」と誤って判断されてしまう。

発明の認定・理解が不十分なケースとして、調査は適切で、「新規性無し」の証拠となる文献は見つかっていたが、発明の技術内容の把握が不十分、あるいは、先行技術文献に記載された技術内容の理解が不十分なことが原因で、関連文献として抽出されずに見落とされ、誤って判断される。

調査での漏れが生じやすいと考えられる例として、「早期審査」での審査がある。

「早期審査」の制度を利用すると、申請から審査までの待ち期間が2.5カ月(通常9.5ヵ月)と大幅に短縮される。

早期審査の対象となる特許出願は、実施関連出願(商品化、製品化など既に実施している、又は近く実施予定の発明についての出願)などに限定されているが、早期審査請求の場合には、出願人は「先行技術の開示及び対比説明」を記載する欄がある。

早期審査においては、通常の審査のように外注調査はせず、出願人の自主申告の記載と審査官の先行文献調査に基づいて、関連文献が抽出されて特許性が判断されるのが通例である。また、早期審査の場合、一般に公開される前に審査が終了しているのが通常なので、審査段階で、他社が調査で漏れている技術文献を情報提供する機会がなく、第三者のチェックが入らない状況で審査される。したがって、早期審査では、調査不十分の状態で、特許性が判断されるリスクが高いと考えられる。

上記以外に、特許審査において先行技術調査の調査対象となるのは、特許文献および科学技術文献に限定されるのが一般的であって、商品化や製品化された実施技術は文献に記載されていないことも多い。こうした実施技術も調査から漏れやすい。

先行技術調査が不適切であったり、発明技術や先行技術の理解が不十分であると、拒絶理由がないと誤って判断されるリスクがあり、「特許査定」を得られても、「無効理由」を抱えた特許権であることが起こり得る。

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(引用文献)

特許・実用新案審査基準 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm

特許・実用新案審査ハンドブック https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm

特許の審査基準のポイント https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

IPC分類表及び更新情報(日本語版) https://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/kokusai_t/ipc8wk.htm

無効審判において新規性なしと判断された事件から考察する精度の高い調査方法

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201401/jpaapatent201401_043-058.pdf

特許出願の早期審査・早期審理について https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/v3souki.htm

特許年次報告 特許審査の品質管理の推進

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0201.pdf

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(27)特許権の不安定さを生む要因 その2;審査での裁量幅(進歩性判断)

「進歩性」は、審査官が当業者が先行技術をもとに容易に考え付けたかどうかを総合的に判断して決定されるが、容易に考え付けたかどうかの論理付けには、いくつかの先行文献の中から審査官が適切なものを採否するが、その採否には審査官の個人差が生じ得る余地があり、審査官によって判断が変わり得る面がある。

特許出願された発明の「新規性」は、先行技術との相違点の「有無」で判断されるので理解しやすい。

一方の「進歩性」は、先行技術をもとにして「容易に」想到し得た(考え付けた)発明かどうかによって判断されるが、「容易」さは定性的な判断基準で分かりにくい。

「特許・実用新案審査基準」では、「進歩性」の判断は、「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行」い、「当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたか否かの判断には、進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価することが必要である。そこで、審査官は、これらの諸事実を法的に評価することにより、論理付けを試みる。」としている。

そして、「先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、・・・・・・主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断」し、「発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。」と示されている。

上記した審査基準の理解のためには、「当業者」、「容易に到達する論理」、及び「総合的に評価」という言葉の意味することを理解する必要がある。

「当業者」は、以下の(i)から(iv)までの全ての条件を備えた者と定義されており、(i)は「請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術常識)を有していること」となっている。

ここで、「請求項に係る発明」とは、特許出願書類の「特許請求の範囲」に記載された技術内容であり、進歩性の判断の対象となるのは、「請求項に係る発明」である。

また、「技術常識」は、当該技術分野において、「一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」と定義されており、「周知技術」とは、相当多数の刊行物やウェブページ等に記載があったり、業界に知れ渡っているもの、 例示する必要がない程よく知られているもの、「慣用技術」は、「周知技術であって、かつ、よく用いられている技術」と定義されている。

上記の定義で「当業者」の意味を一応は理解できるものの、定性的な定義であり、あいまいさが残る。

「容易に到達する論理」について、主引用発明(主となる先行技術文献)から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付け(論理構築)ができるか否かを判断するとなっているが、論理構築が容易かどうかの判断は難しい。基本的には、先行技術文献(主引用文献と副引用文献)に、発明を考え付くヒントが「明示」されているかどうかで判断される。

「総合的に評価」は、進歩性が肯定される方向に働く要素と進歩性が否定される方向に働く要素とを検討して、容易に到達する論理付けできるかどうかで判断するとしている。

「進歩性が肯定される方向に働く要素」として、「引用発明と比較した有利な効果」があれば「進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になる」としている。

「有利な効果」として、引用発明の有する効果とは「異質な効果」、引用発明の有する効果と同質の効果であるが「際だって優れた効果」であって、出願時の技術水準から当業者が予測できなかった効果が例示されている。

この場合に難しいのが、「異質」あるいは「際立って優れた」(顕著)の判断基準である。

この判断に関して、「特許・実用新案審査基準」の「特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の項は、以下のようである。

「主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない。実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。しかし、請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、そのような数値限定の発明が進歩性を有していると判断する。」

ある物性の数値を変化させると、それに対応して特性が徐々に変化することは一般的なことであり、最も効果が発現される数値範囲を実験して見つけたとしてもは、その効果は予想の範囲内なので(「最適化」や「好適化」)、進歩性はないと判断される。

ただし、特定の数値範囲にすると、特性が急激に変化する場合(「臨界的効果」)や、予測し得なかった別の効果が発現する場合には、進歩性が認められる場合があるということなる。

「際立って優れた」(顕著な)効果とは、どの程度の効果向上が認められた場合に言えるのか?例えば、変化量50%で効果70%アップや変化量5%で効果20%アップでのケースが議論されている(http://www.newsyataimura.com/?p=5017)。

上記したように、「進歩性」は、「当業者」が論理付けすることが「容易」な発明かどうかによって判断される要件であり、審査官の“裁量“次第の面がある。

特許庁のユーザー調査結果(「平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書」)では、「引用文献の認定」、「一致点・相違点についての説明・判断」、「組合せ・動機づけについての説明・判断」や「判断の均質性について」の不満が挙げられており数値的に改善の方向にはあるが、「進歩性の判断」や「判断の均質性」は、課題として認識されている。

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(参考文献)

特許・実用新案審査基準 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm

特許・実用新案審査ハンドブック https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm

特許の審査基準のポイント https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第2節 進歩性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0202bm.pdf

特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0204bm.pdf

数値限定の臨界的意義(進歩性の判断)/特許出願

http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo1000-1099/yougo_detail1076.html

本歌取り? 知財と日本の気質 『知的財産:この財産価値不明な代物』第1回 12月25日2015年 経済  http://www.newsyataimura.com/?p=5017

平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/h28_shinsa_user.htm

平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/h28_shinsa_user/h28_houkoku.pdf

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(28)特許権の不安定さを生む要因 その3;審査基準は変更される

特許庁の審査基準は、技術開発成果の十分な保護推進や法改正などに応じて、都度、変更されるものである。裁判所の判決によって審査基準が改訂された例に、プロダクト・バイ・プロセス形式の発明があり、最高裁判決を受けて、より厳格に審査されるようになった。

特許庁に出願された特許は、「特許・実用新案審査基準」を指針として、特許庁審査官によって審査される。

審査基準は、例えば、特許庁の判断と司法(裁判)の判断とが違う場合には、見直しされ、改訂もされてきている。

その一例が、”プロダクト・バイ・プロセス・クレーム“(product by processclaim、PBPクレーム)の審査である。

PBPクレームとは、製造方法Aによって製造される高分子化合物Bのように、物の発明についての特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合を指す。

PBPクレームは、それまで発明の表現形式として一般的に認められていたが、平成27年の特許第3737801号の特許権侵害差止請求事件に対する最高裁判決に基づいて、審査基準が改訂され、判断基準が変更された。

特許第3737801号は、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」という名称の発明で、プラバスタチンナトリウムは、高脂血症及び家族性高コレステロール血症の治療薬である。

この発明の請求項1は、以下のようであり、特定の製造方法によって製造されることを特徴とする高純度のプラバスタチンナトリウム、つまり、製法で限定された「物」(PBPクレーム)の形式になっている。

【請求項1】

次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

特許権侵害の疑いのある製品は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウムを含有しているが,その製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではな」いとされている。

判決は、「原判決を破棄する。本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。」というものであり、その理由として、「本件特許が無効でない限り,本件特許発明の技術的範囲に属するものであると考えられるものであるが,果たしてそのとおりか,また,その出願の経緯等からしてこれを限定的に解釈する可能性はないか等について審理を尽くさせるという意味で,本件を原審に差し戻すことに賛成するものである。」というものである。

判決では、PBT形式のクレームが特許要件のうちの明確性要件(「発明が明確であること」)に適合するためには、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限定されるとし、“「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。“としている。

判決文には特許庁の審査についても触れられており、「これまで,PBPクレームの出願時の審査においては,不可能・困難・不適切事情を緩く解してこの点の実質的な審査をしないまま出願を認めてきているが,今後は,審査の段階では,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合には,それがPBPクレームの出願である点を確認した上で,不可能・非実際的事情の有無については,出願人に主張・立証を促し,それが十分にされない場合には拒絶査定をすることになる。このような事態を避けたいのであれば,物を生産する方法の発明についての特許(特許法2条3項3号)としても出願しておくことで対応することとなろう。」と記されている。

最高裁判決後の平成28年9月に特許庁からPBPクレームの審査基準の変更が発表された。

それまでの「特許・実用新案審査基準」では、

「発明の対象となる物の構成を,製造方法とは無関係に,物性等(構造等)により直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合など)であるという事情(以下「不可能・困難・不適切事情」という。)が存在するときは,その製造方法によって物自体を特定することができる。また,請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には,最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。」となっていた。

平成28年9月28日発表の特許庁の「プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する審査の取扱いについて」(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C151125.htm)は以下である。

「平成27年6月5日に、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合)に関する最高裁判決(平成24年(受)1204号、同2658号)がありました。本件最高裁判決の判示内容を踏まえた審査の概要は、以下のとおりです。

○物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合は、審査官が「不可能・非実際的事情」があると判断できるときを除き、当該物の発明は不明確であるという拒絶理由を通知します。

※「不可能・非実際的事情」とは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情をいいます。」

そして、「特許・実用新案審査基準」と「特許・実用新案審査ハンドブック」の当該部分が改訂された。

以後、PBTクレームの審査では、原則、「不明確」な発明であると判断され、明確性違反の拒絶理由が出され、その解消策の一つとして、物の製造方法が助言されるようになった。

「物」に関するクレームは、特別な事情がない限り、原則、構造や特性によって物の特定が要求されるということに変化したことになる。

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引用文献

平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件

平成27年6月5日 第二小法廷判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/145/085145_hanrei.pdf

平成24年(受)第2658号 特許権侵害差止請求事件

平成27年6月5日 第二小法廷判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/085144_hanrei.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る最高裁判決

http://www.inpit.go.jp/content/100762396.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈について判断した最高裁判決

http://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/%EF%BC%88PBP%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%9C%80%E9%AB%98%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%EF%BC%89.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する審査の取扱いについて

https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C151125.htm

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する特許審査の運用について

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/282/282tokusyu1-3.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの明確性に係る審査ハンドブック関連箇所の改訂の背景及び要点 https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/product_process_C151125/c15_01.pdf

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(29)特許権の不安定さを生む要因 その4;各国による審査基準の違い~食品用途特許~

技術開発の成果の十分な保護を図る目的で、審査基準が大きく改訂された例が食品の用途発明の扱い。公知食品の用途特許は、従来は新規性無しとされていたが、認められ得るように変わったが、主要国では認められていない。

「特許・実用新案審査基準」の冒頭には、「特許制度・運用の国際的調和や技術開発の成果の十分な保護を図る法律改正等に応じる形で、審査基準は多くの改訂を重ねてきました。」と書かれている。

「技術開発の成果の十分な保護を図る」目的で、審査基準が大きく改訂された例が、食品の用途発明の取り扱いである。

「用途発明」とは、審査基準によれば「(i)ある物の未知の属性を発見し,(ii)この属性により,その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいう」と説明されている(特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節3.1.2)。

従来は、用途発明特許は、医薬や農薬では認められていたが、食品分野では認められていなかった。

旧審査基準では、具体例として「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が挙げられ、「食品分野の技術常識を考慮すると、食品として利用されるものについては、公知の食品の新たな属性を発見したとしても、通常、公知の食品と区別できるような新たな用途を提供することはない。」となっていた。

すなわち、「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」は、骨におけるカルシウムの吸収を促進するという未知の属性の発見に基づく発明である。

しかし、「成分Aを添加したヨーグルト」も「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」も食品として利用されるものであるので、「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が食品として新たな用途を提供するものであるとはいえない”ことを根拠として、

「骨強化用」ヨーグルトは、「成分Aを添加したヨーグルト」が公知であれば、物として区別できないので、新規性がない発明と判断していた。

2016年の審査基準の改訂では、「食品の機能性に関する発明の保護及び利用等を図るために、食品の用途発明を認めることとした」とし、以下のような事例が挙げられている。

「○○用バナナジュース。」、「○○用茶飲料。」、「○○用魚肉ソーセージ。」、「○○用牛乳。」

歯周病予防用食品組成物

[請求項1] 成分Aを有効成分とする歯周病予防用食品組成物。

[請求項2] 成分Aを有効成分とする歯周病予防用飲料組成物。

[請求項3] 成分Aを有効成分とする歯周病予防用剤。

[請求項4] 成分Aを有効成分とする歯周病予防用グレープフルーツジュース。

改訂に至った経緯として、食品の用途や機能を表示できる制度があり(「特定保健用食品」、「機能性表示食品」など)、こうした食品の市場は拡大していく背景があった。

関係省庁等からのヒアリングや日本知的財産協会・日本弁理士会等のパブリックコメントで食品の用途発明の審査基準改定の要望があり、企業へのアンケート調査、裁判例調査、有識者委員会による検討等を実施した。

その結果、「食品の用途発明に肯定的な意見が多数食品の機能性に関する発明の保護及び利用等を図るために、食品の用途発明を認めることとした」と説明されている。

このように食品の用途発明の取り扱いは、180度変わったと言えるほど大きく変わったが、「他国においては、何らかのクレームの記載形式によって、食品の用途発明を保護することが可能ですが、日本だけが保護できないという状況となっていました。」ということが根拠の一つとして挙げられている。

(注)クレームは、特許を受けたい発明を項目形式で記載したもの。

しかし、主要国で公知食品の用途特許が認められている国はない。

米国では、公知の製造物や組成物の新規用途の発明は、物の形式のクレームでは新規性が認められず、方法(process of use)形式のクレームで記載された場合は認められ得る。

欧州特許庁では、公知食品の新規用途が医療用途である場合は、用途を限定した物として新規性を認められるが、医療用途でない場合は、方法又は使用(use)クレームによる記載であれば認められ得る。

中国でも、公知の食品の用途発明について、物のクレームについては新規性は認められていない。

したがって、食品の用途特許の審査基準は、国際的にハーモナイズしていない、日本独特のものと言える。

この改訂は、食品企業の特許戦略に影響を与えている。

ちなみに、食品の用途特許を事業戦略に取り入れるためには、特許権の取得と権利行使について、実務的に検討すべきことがあると思われる。

一つは、用途特許を取得するために必要な実験データである。

特許庁の審査を通るために、医薬品並みの実験データを準備しなければならない場合は、出願のためにかけなければならない費用・期間と、特許権を行使して得られる事業上のメリットとを比較検討しておく必要があると思われる。

もう一つは、用途特許を取得して行使できる権利である。

既に他社から発売されている製品については、その製品の用途特許を取得できたとしても、権利は及ばない。食品の機能性の表示以上の差別化も考えておく必要があると思われる。

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(引用文献)

特許の審査基準のポイント 特許庁 審査第一部 調整課 審査基準室

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

食品の用途発明に関する改訂審査基準 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/h2803_kaitei.htm

第 III 部 第 2 章 第 4 節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い – 1 – 第 4

節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/h2803_kaitei/3_2_4.pdf

食品の用途発明に関する審査基準の点検ポイント

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/new_shinsakijyun07_shiryou/03.pdf

食品の用途発明とその活用方法について 2017 年1 月

https://www.ondatechno.com/Japanese/patentmedia/2017/108_3.html

2016.09.12 Monday 機能性食品と特許 ~食品の用途発明~

http://topics.foodpeptide.com/?eid=1283472

用途発明の特許権の効力範囲を踏まえた食品の保護の在り方に関する調査研究報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2015_02.pdf

食品用途発明の日米欧の審査例の対比 Vol. 69 No. 3 パテント 2016

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201603/jpaapatent201603_001-0023.pdf

「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf

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(30)特許権の不安定さを生む要因 その5;言葉(文言)の解釈

特許権の権利範囲は、「特許請求の範囲」に記載された「請求項」の「文言」に基づくが、「文言」が明確でない場合には解釈を巡って争いが起こる。その場合は、出願書類(明細書、図面)、出願時の技術常識、審査経過を考慮して、特許権の及ぶ「技術的範囲」が定められる。

特許の審査は、特許庁に提出された出願書類をもとに行われる。

出願書類に書かれた文面をもとにして、新規性や進歩性などが審査され、その結果、特許性があるがどうか判断される。つまり、特許によって与えられる権利範囲(技術的範囲)は、言葉によって定義されたものである。

したがって、ある製品が特許権を侵害しているかどうかは、特許に書かれた文面をもとに、文言上、侵害しているかどうか(文言侵害)で判断されることになる。

それでは、権利範囲(技術的範囲)はどのように定められるのか?

出願書類は、「願書」、「特許請求の範囲」、「明細書」、「図面」、「要約書」から構成される。

特許法第70条(特許発明の技術的範囲)には、出願書類のうちの「特許請求の範囲」の記載に基づいて定めなければならず、「明細書」の記載及び「図面」を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するとなっている。

さらに、特許庁の審査基準には、「特許請求の範囲」に記載された「請求項」に基づいて発明を認定し、「明細書」と「図面」の記載、並びに「出願時の技術常識」を考慮して、「請求項」に記載された「用語」の意味するところを解釈するとなっている。

つまり、権利範囲(技術的範囲)がどこまでなのかを確定するためには、記載された文言を解釈する。記載された文言が明確でなく、一義的に解釈できない場合には、明細書・図面の記載や技術常識、さらに審査経過をもとに文言の意味するところを読み解く作業が必要になる。

事例1として、「緩衝剤」の意味するところが争点になった、特許第4430299号「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」を取り上げる。

「オキサリプラチン」は抗がん剤、「緩衝剤」は「溶液のpHを特定の値に保持されるようにするために、その溶液に加えられる化合物」(https://ja.wikipedia.org/wiki/緩衝剤)である。

「特許請求の範囲」の請求項1は、以下のようである。

請求項1

オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担体が水であり,

緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,

1)緩衝剤の量が,以下の:

(a)5×10(-5乗)M~1×10(-2乗)M,

(b)5×10(-5乗)M~5×10(-3乗)M

(c)5×10(-5乗)M~2×10(-3乗)M

(d)1×10(-4乗)M~2×10(-3乗)M,または

(e)1×10(-4乗)M~5×10(-4乗)M

の範囲のモル濃度である、pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは

2)緩衝剤の量が,5×10(-5乗)M~1×10(-4乗)Mの範囲のモル濃度である,

争点になったのが、「緩衝剤がシュウ酸」の文言の解釈である。

溶液には、緩衝剤としてシュウ酸が添加されるが、溶液に含まれているシュウ酸には、溶液に添加したシュウ酸と、オキサリプラチンが分解して解離生成したシュウ酸とが含まれている。この解離シュウ酸が「緩衝剤」に含まれるかどうかが争点となった。

知財高裁は、明細書の記載をもとに、「添加シュウ酸に限られ、化学平衡による解離シュウ酸は含まない」、「緩衝剤の量」とは解離シュウ酸をも含んだ「オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」ではなく、解離シュウ酸を含まない「オキサリプラチン溶液組成物を作製するためにオキサリプラチン及び担体に追加され混合された緩衝剤の量」と解釈すべきであると判断した。

事例2として、特願平8-66079号(特開平9-255548号)「シワ形成抑制剤」を取り上げる。「シワ形成抑制」と「美白化粧料」との違いが争点となった。

「特許請求の範囲」の請求項1は以下のようである。

請求項1 アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤。

特許庁の審査では、特開平5-345719号公報を引用して、引用公報には、「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」が記載されており、その用途として「美白化粧料組成物」も記載されている。いずれも「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」であり、「美白」作用と「シワ形成抑制」作用とは同様な効果であるとして拒絶された。

知財高裁は、「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点では先行発明と同じであるが、「美白」と「シワ形成抑制」とは、作用メカニズムや使用・販売実態に明確に区別されること、「出願時の技術常識」をもとにすると、「シワ形成抑制」作用は「美白」作用からは期待できず、新規な効果の発見であるとして、特許庁の主張を斥けた。

訴訟においては、「組成物」と「剤」の意味するところの違いも検討された。

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(引用文献)

政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 被害に遭

ったら -権利侵害とは 特許権の侵害とは http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html

文言侵害 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo801-900/yougo_detail821.html

審査基準第I部 第2章 第1節 本願発明の認定

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0201.pdf

特許出願書類の書き方ガイド 書面による出願手続について

http://www.inpit.go.jp/blob/archives/pdf/patent.pdf

特許権侵害の判断の仕方 https://business.bengo4.com/category5/practice326

平成29年3月8日判決言渡 平成27年(行ケ)第10167号 審決取消請求事件 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/591/086591_hanrei.pdf

オキサリプラチン製剤特許の行政訴訟 https://ameblo.jp/nsipat/entry-12256554543.html

「オキサリプラチン溶液組成物」事件 http://www.unius-pa.com/wp/wp-content/uploads/23-4.pdf

平成27(行ケ)10167オキサリプラチン審決取消訴訟(知財高裁平成29年3月8日判決)

http://thinkpat.seesaa.net/article/447922314.html

平成18年(行ケ)第10227号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成18年11月22日 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/865/033865_hanrei.pdf

シワ形成抑制剤事件 https://www.saegusa-pat.co.jp/wp/wp-content/uploads/nakano_ronbun0703.pdf

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(31)特許権の不安定さを生む要因 その6;均等論による権利範囲の拡大

特許権が及ぶ権利範囲は、「請求項」に記載された構成要件の文言によって定められ、特許侵害の判断は、構成要件の文言と一致しているかで判断される。ただし、文言不一致の場合でも、特許権が及ぶ技術的範囲の拡張を認める理論(均等論)に基づいて、侵害と判断される場合がある。

特許権の権利範囲は、「特許請求の範囲」中に「請求項」に記載された文言をもとに定められる。

特許侵害しているかどうかの判断は、「請求項」の文章を要件(事項)ごとに区切って(「分説」し)、侵害していると思われる製品や技術と対比する。

文言上、すべての要件が一致していれば侵害、一つでも一致しない事項があれば、非侵害と判断するのが基本である。しかし、不一致の場合でも、権利範囲に含まれると解釈される場合がある。

「均等論」という考え方で、「特許請求の範囲として記載された内容と、問題となる技術の内容とが一部異なっていたとしても、同じ技術的範囲内にあるものと評価する理論」 (http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html)である。

この考え方が生まれた理由として、「クレームの文言が厳格に解釈されると、特許権の侵害が簡単に回避されてしまい、特許発明の保護として不十分なものとなる恐れがあります。例えば、人工ゴムが存在しなかった時代にクレームの文言として天然ゴムと記載していたとしても、現代において天然ゴムを人工ゴムに置換した場合に特許権侵害にあたらないとすることは、特許権の保護として十分ではない場合が多いでしょう。そこで、クレームに記載された構成中に対象製品などと異なる部分があるとしても、その異なる部分が特許発明の本質的な部分ではなく、その異なる部分を対象製品などにおけるものと置き換えても特許発明の目的を達成することができるなど、一定の要件を満たす場合は、対象製品はクレームに記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解されています。」と説明されている(http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html)。

「均等論」が認められるための基準は、以下の5つである(http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html、https://www.aoyamapat.gr.jp/assets/editor/files/%E5%9D%87%E7%AD%89%E8%AB%96%E3%81%AE%E7%AC%AC%EF%BC%95%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%81%A8%E7%89%B9%E8%A8%B1%E5%AE%9F%E5%8B%99%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%A8%EF%BC%B0%E7%89%88.pdfをもとにした)。

1.A社模倣品で使用されている技術と異なっている部分が、当該特許技術の本質部分でないこと(第1要件:非本質的部分)

2.異なった部分を、A社模倣品で採用されている構成と置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の効果作用を奏するものであること(第2要件:置換可能性)

3.上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が、A社模倣品の製造時の時点において容易に想到することができたものであること(第3要件:置換容易性)

4.A社模倣品に使われている技術が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者が容易に推考できたものでないこと(第4要件:非容易推考性)

5.A社模倣品に使われている技術が、特許発明の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたるなどの特段の事情もないこと(第5要件:意識的除外)。

均等論によって、特許権が及ぶ範囲が拡大された事例として、特許第3310301号「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」(マキサカルシトール事件)がある。

侵害していると訴えられた被告の製造方法は、出発物質A及び中間体Cが,原告の特許のシス体のビタミンD構造の化合物ではなく、その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造の化合物であるので、特許に記載された方法とは異なっていることから、文言上は侵害していない。

しかし、知財高裁は、均等論に基づいて、「侵害」と判断した(http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/085769_hanrei.pdf)。

(1)第1要件

目的物質がビタミンD構造の場合において,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,発明の本質的部分でない。

(2)第2要件

被告方法は、出発物質及び中間体をシス体からトランス体に置き換えても,従来技術に比して工程を短縮できるという原告発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する方法である。

(3)第3要件

原告発明を知る当業者は、被告方法実施時点において、原告発明におけるビタミンD構造の出発物質をシス体からトランス体に置き換え、最終的にトランス体の物質Dをシス体に転換するという被告方法を容易に想到できた。

(4)第4要件

当業者において容易に推考できるものとはいえない。

(5)第5要件

明細書には、「シス体」、「トランス体」、「5E」、「5Z」といった、シス体とトランス体の区別を明示する用語は使用されていない。特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。

請求項に書かれていない技術内容であっても、均等論によって特許権が及ぶ範囲(技術的範囲)が実質的に拡大されることがある。

特許侵害の判断においては、「文言侵害」の検討に加え、「均等論」によってどこまで範囲が拡大される可能性があるのかの検討が必要である。

ただし、どこまで均等が認められるかは、争ってみないと分からない不明確さはある。

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(引用文献)

  1. 特許の読み方(1)-特許請求の範囲と明細書、図面 http://ayumu-iijima.com/entry-47/

政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 被害に遭

ったら -権利侵害とは 特許権の侵害とは http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html

政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 知的財産

権Q&A Q4.特許権の均等論 http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html

文言侵害 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo801-900/yougo_detail821.html

平成28年3月25日判決言渡 平成27年(ネ)第10014号 特許権侵害行為差止請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成25年(ワ)第4040号) 口頭弁論終結日 平成28年2月19日 http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/085769_hanrei.pdf

平成25年 第4040号 特許権侵害行為差止請求事件 口頭弁論終結日 平成26年9月12日 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/084768_hanrei.pdf

〔速報〕平成28 年3 月25 日知財高裁大合議判決:均等論の適用範囲を拡大する新たな

解釈基準を定立 http://www.seiwapat.jp/IP/jp00120.html

均等論の第5要件と特許実務について

https://www.aoyamapat.gr.jp/assets/editor/files/%E5%9D%87%E7%AD%89%E8%AB%96%E3%81%AE%E7%AC%AC%EF%BC%95%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%81%A8%E7%89%B9%E8%A8%B1%E5%AE%9F%E5%8B%99%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%A8%EF%BC%B0%E7%89%88.pdf

平成28年(受)第1242号 特許権侵害行為差止請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/634/086634_hanrei.pdf

医薬品有効成分の製法発明で均等侵害が認められた事例

http://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/201504news.pdf

医薬品有効成分の製法発明で均等侵害が認められた事例(マキサカルシトール事件大合議判決) http://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/201606news.pdf

均等論の要件の明晰化を図った知財高裁大合議判決~マキサカルシトール事件~

http://www.westlawjapan.com/pdf/column_law/20160613.pdf

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(32)特許権の不安定さを生む要因 その7;出願テクニック

広く、強い特許を出願するための指南書が多数出されているが、一般的には審査における最重要ポイントは「進歩性」をクリアすること、「新規な」「異質の」効果が主張できれば特許性が高まる。

特許出願の指南書が多数出版されている。また、セミナーも頻繁に企画されている。

これらに共通するキーワードは、「広い」特許、そして「強い」特許。

「広い」は、実際の発明技術の実施形態をもとに、できるだけ広い技術領域をカバーできるような請求項を作成すること、「強い」は、他社が嫌がるような、また権利行使を容易にするような侵害発見が可能な請求項を作成することを意味しているように思われる。

これらを読んでいると、特許は、技術よりも、請求項の書き方次第のような印象を受ける場合がある。

特許を取得しようとすると、特許庁に特許出願して審査を受けなければならない。

審査におけるポイントは、出願された発明の「新規性」と「進歩性」の有無である。

通常、出願する前に先行文献調査が行われるので、出願発明と同じ技術が記載された文献が見つかれば「新規性無し」と判断されて、出願を見合わせることになる。したがって、出願された発明の大部分は、少なくとも、「新規性」については、「有り」と思われる。

となると、審査で特許として認めてもらえるかどうかは、「進歩性」のある発明かどうかが「鍵」になる。

特許の審査基準には、進歩性は、通常の技術者が「容易に」発明をすることができたかどうかで判断されるとなっている。

「容易に」というのは、先行技術調査で見つかった文献の中から、出願発明に最も内容的に近い文献を主引用発明とする。

そして、主引用発明から出発して、副引用発明と組み合わせることによって、出願発明に「容易に」到達(想到)できるという論理構築ができるか否かという意味である。

「容易に」想到できたか否かの判断には、「進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価することが必要である」として、諸事実が例示されている。

進歩性が肯定される方向として、「請求項に係る発明が解決しようとする課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものである」場合、

あるいは、「引用発明と比較した有利な効果を有する」場合として、「引用発明が有するものとは異質な効果方向に働く有力な事情」

及び「同質の効果であるが際だって優れた効果」が例示されている。

そして、「技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合」には、進歩性が肯定されるということになる。

実際の進歩性の判断は、主引用発明と副引用発明とを結びつける「動機付け」の記載があるかどうかがポイントになる。

従来技術と比較して、効果がどの位高いと「際立って優れた効果」と判断されるのか?

条件最適化のように、効果が連続的に変化するのではなく、非連続的(臨界的)に変化するような場合には、「際立って優れた効果」と主張し得る。

ただ、そうしたケースは少ないと思われので、通常は、「異質な効果」、つまり「新規な効果」を訴求することの方が「動機付け」がないと主張しやすくなるので、特許性が高まる。

「技術者のための特許実践講座」(小川勝男 他、森北出版)の副題は「技術的範囲を最大化し,スムーズに特許を取得するテクニック」である。

その中に、権利化に向けて、つねに意識すべきポイントの一つとして、「問題を探し、分野特有の新しい効果を抽出する」ことが挙げられている。

そして、“特許は「なる」ではなく、「する」ものと考え、分野特有の新しい効果を主張して権利化を図る.“と書かれており、事例として、「切り口を変えた特許群で実用可能な全範囲を網羅する:遠心脱水機」の項目には、「切り口(理屈)を変えた3件の特許で,脱水機の実用可能なほぼすべての回転数(2300~3000rpm)の範囲を網羅するように権利化を行いました.」と紹介されている。

回転数のような技術的変数(パラメータ)を、特定の範囲にすること(数値限定)を要件とし、それによって「際立って顕著な効果」ないしは「新規な効果」が得られる特許を「パラメータ特許」と呼んでおり、進歩性の判断において有利である。

食品分野において、「パラメータ特許」の弊害が指摘されている(https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201603/jpaapatent201603_024-035.pdf)。

例示されているのが、特許第5382754号「ノンアルコールのビールテイスト飲料」(もともとは「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」)。

特許査定された時の請求項1は、以下だったが、最終的に無効になっている。

請求項1

エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるビールテイスト飲料であって、pHが3.0以上4.5以下であり、糖質の含量が0.5g/100ml以下である、前記飲料。

そして、発明の効果は、エキス分の総量が低いビールテイスト飲料であっても、「飲み応え感」が付与された飲料が製造できることであった。

エキス分総量、pH、糖質含量はメーカーで一般的に分析される項目であるが、メーカーの市販品の分析結果は一般に公開されていない。

そのため、特許出願以前から公知公用であることの立証が困難であること、また、 「飲み応え感」という官能検査にとって評価される効果は「恣意性」の問題があると指摘されている。

食品の配合を変えて、「おいしさ」や「外観」を向上させるという、いわゆる「レシピ特許」は、欧米では認められておらず、日本でも「香味の最適化」に関連する特許は拒絶される方向にある。

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特許の審査基準のポイント https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 2 節 進歩性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0202bm.pdf

特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 4 節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0204bm.pdf

数値限定発明の進歩性審査基準に関する覚書 パテント2016Vol.69No.10

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201608/jpaapatent201608_072-079.pdf

「技術者のための特許実践講座」(小川勝男、金子紀夫、齋藤 幸一。森北出版。2016年) http://www.morikita.co.jp/books/book/2270

食品業界における知財活動に対する警鐘―電機業界の生き様からの学び―

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201603/jpaapatent201603_024-035.pdf

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(33)特許審査の現状 ~特許権はそんなに不安定な権利か~

特許査定された特許のうち、争って無効とされる確率は1%以下である。しかし、10年前よりも特許になる率(査定率)の大幅な上昇や、公開前に審査が終了する早期審査制度を利用する件数の上昇は、瑕疵のある特許が生み出される懸念がある。実際には、瑕疵のある特許が1件だけであっても、事業に大きな影響を与えることがある。

「特許権の安定化」は、国の「知的財産推進計画2015」の項目の一つとなっていた。

では、特許権はそんなに不安定な権利なのか?

「不安定」の定義を、特許権についての争いごとが起こったこととすると、裁判所での訴訟

特許庁での無効審判請求や異議申立があった案件が該当する。

特許庁が公表している資料に基づけば、2016年に特許査定された件数は、203,087件である。(2017年もほぼ同数、http://www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/pdf/status2018/0101.pdf

一方、訴訟件数は、東京地裁・大阪地裁での平成26~28年での判決・和解の件数を合計すると294件なので、ほぼ100件である。また、2016年の特許庁での無効審判請求数は140件、異議申立件数は1214件であった。これらの争いごとの件数を単純に合計すると、1500件程度になる。

仮に、「不安定性」を、(上記争いごと件数)/(特許査定件数)とすると、特許査定された特許のうち、約0.75%、およそ200件に1件は不安定性のある特許ということになる。

ただし、特許査定された特許が実施されているわけではない。

特許の自社実施率は業界によって大きく異なるようであるが、企業ベースでの平均値は36.5%という調査結果があるhttp://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/3167/4/NISTEP-NR173-FullJ.pdf)。

実施されていない特許はそもそも争いごとの対象にならない特許と見て、争いごとの対象になり得る特許を、(上記争いごと件数)/(特許査定件数*自社実施率)と考えると、2%程度という計算になる。

つまり、約50件に1件が実質的に権利の安定性が問題となったと見ることもできる。この数字は大きくないかもしれないが、特許権は争いごとが起こるリスクを抱えた権利であること自体には変わりがない。

それでは、特許権の不安定性を生み出し得る要因として何が考えられるか?

特許庁の審査官の数は、2016年で1702名、2017年で1696名である。一審査官当たりの審査処理件数は、2004年は203件、2012年は239件、2013年は234件と公表されており、一人当たりの処理件数は2割近く増えている。

特許査定率(審査請求された案件のうち、特許査定された件数の割合)は、2013年以降はほぼ70%であるが、それ以前は以下のようである。

2007年 48.9%

2008年 50.2%

2009年 50.2%

2010年 54.9%

2011年 60.5%

2012年 66.8%

2010年以降かなり上昇しており、特許査定率が上昇したことによって、瑕疵のある特許が増えているのではないかと懸念される。

また、早期審査も要因の一つになる可能性が考えられる。

審査の中でも審査請求から平均で3カ月以下の短期間で審査結果が出される早期審査の請求件数が、以下のように、非常に増えている。

2009年  9,777

2010年 11,042

2011年 12,170

2012年 14,717

2013年 15,187

2014年 17,086

2015年 17,511

2016年 19,492

2017年 20,529

早期審査では、短期間で審査結果を出すため、通常、外部機関での先行技術調査がなされず、また、一般に、公開される前に審査が終了しているため、他社が情報提供する機会がなく、調査漏れが懸念される。

加えて、早期審査請求できる要件に、「実施関連出願」がある。出願人自身又は出願人から実施許諾を受けた者が、その発明を実施(事業化)している特許出願である。

審査基準には、「商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情」があれば、「進歩性が肯定される方向に働く事情がある」として、審査の際、考慮することができるとなっている。したがって、「実施関連出願」は、進歩性の判断に有利に働く可能性がある。

特許権の「不安定性」は、上記のような特許全体としての見方も必要だが、実際の企業活動においては、1件であっても、瑕疵のある特許(最終的には無効となった特許であっても)について、権利行使がなされると事業に大きな影響が出る。

第2829817号は、「塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品」に関する特許で、請求項1は以下のようであった。

請求項1

豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透しているソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。

この特許は、平成10年9月25日に登録されたが、最終的には無効になり、平成16年10月12日に権利が消滅した。

この間、異議申立、3度の無効審判、さらに裁判まで行われた。

異議申立人は8社と一個人、異議申立したが認められず、特許権が維持された。その結果を受けて、特許権者は国内41社に対し販売数量の数%の特許使用料を請求。その後、裁判で争われるようになったが、無効が確定するまでに6年間を要した。

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特許行政年次報告書2017年版 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

特許庁ステータスレポート2018 http://www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/status2018.htm

特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf

民間企業の研究活動に関する調査報告2016

http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/3167/4/NISTEP-NR173-FullJ.pdf

特許出願の早期審査・早期審理について https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/v3souki.htm

特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 2 節 進歩性

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0202bm.pdf

第2829817号 「塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品」

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_2829817/FB634637249985C37866368E1D896FBB

発明の進歩性の判断 http://www.suzuki-po.net/pat_ui/shinpo.htm

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(34)特許侵害者を攻めるため制度

争いになった場合に特許権を行使するための方法は「訴訟」である。特許権侵害訴訟は、東京地裁または大阪地裁に提訴するよう定められており、まず「侵害」の有無について審理され、「侵害」が認められた場合に「損害額」が審理される。控訴審は知的財産高等裁判所で行われる。他に、特許庁に、他社製品が権利範囲に含まれるかどうかを「判定」してくれる制度があり、法的拘束力はないものの、侵害有無の判断に利用できる。

自社の特許権が侵害されているのを発見した場合に、差止請求権損害賠償請求権を行使する場合の一般的な手順は、“(22)特許権行使の制約要因;労力、時間、費用“で説明した。

交渉や仲裁によって解決できればそれに越したことはないが、合意に至らない場合、権利行使するためには、「訴訟」という方法を取ることになる。

特許権侵害訴訟は、原則として、東京地方裁判所、大阪地方裁判所のいずれかに提起するように定められている(民事訴訟法第6条)。(訴額が140万円を超えない場合は、簡易裁判所でも可)。

第1審は東京地方裁判所又は大阪地方裁判所が管轄し、控訴審は知的財産高等裁判所が管轄する。

東京地方裁判所と大阪地方裁判所での特許権侵害訴訟における審理要領が公開されている

(東京地裁http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/singairon/index.html、大阪地裁 http://www.courts.go.jp/osaka/vcms_lf/311005.pdf)。

たとえば、東京地裁の「特許権侵害訴訟の審理要領」には、「特許権侵害訴訟について原則として2段階審理方式を採用しており,第1段階において特許権の侵害の有無(無効論を含む。)を審理し(侵害論),侵害の心証を得た後に,第2段階として損害額の審理(損害論)に入る(非侵害の心証を得た場合には損害論に入らない)という運用を行っています。」と書かれている。

まず特許権侵害の有無を審理する「侵害論」が行われ、侵害が認められた場合には損害について審理する「損害論」に移行するという運用がなされる点で、通常の民事訴訟と異なっている。

知的財産高等裁判所(知財高裁)は、知的財産高等裁判所設置法に基づいて2005年に設置された、知的財産に関する事件を専門的に取り扱う裁判所である

(http://www.ip.courts.go.jp/index.html)。

知財高裁での最近の侵害訴訟の判例については、知財高裁のホームページの裁判例情報に公開されており、重要な法律上の争点を含む事件(大合議事件、http://www.ip.courts.go.jp/aboutus/current/index.html)は、係属中(審理が終結していない事件)も含めて紹介されている(http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html)。

なお、侵害訴訟の判例を調べるには、たとえば、特許判例データベース(http://tokkyo.hanrei.jp/)で検索することができる。

特許権侵害訴訟は、時間と費用がかかる。

自社の特許権侵害が疑がわれる製品を発見した場合、最初に行うべきことは、自分の特許の権利範囲と相手の実施内容との比較である。

自分の特許の権利範囲と相手の実施内容とを比較し、権利範囲内であるか検討(「属否判定」)が必須である。属否判定は、弁理士に鑑定依頼することはできるが、それなりの費用がかかる。

特許庁には、安価に権利範囲に含まれるかどうかを判定してくれる制度がある(判定制度)(https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/06.pdf)。

審判便覧(審判便覧 58-00)には、「判定とは、特許発明や登録実用新案の技術的範囲、登録意匠やこれに類似する意匠の範囲、商標権の効力の範囲について、特許庁が、判定対象の権利侵害の可能性について、中立・公平な立場から判断を示す制度です。」と書かれている。

具体的には、特許権を侵害していると考えている他社製品(イ号製品という)が、特許権の権利範囲(技術的範囲)に含まれるかどうかの特許庁の見解が提供される。

しかし、費用が1件4万円、平均審理期間が3.8ヵ月と比較的短いこと、中立・公平な立場からの判断が得られる点で、特許権行使の判断材料として利用し得る。

ただし、行政サービスの一環と位置づけである。

したがって、見解に法的拘束力はないし、実際に争いになった場合に争点となる特許権の有効性についての検討はなされない点、留意する必要がある。

特許に関する判定請求の年間件数は、2016年は100件近くだったが、それ以外の年は30件前後である(特許庁ステータスレポート2018、http://www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/pdf/status2018/0101.pdf)。

判定請求の事例は、「特許情報プラットフォーム」(J-PlatPat)の「審判」の「審判速報」のうち、「当事者系審判検索」で「審判種類」を「判定請求」として調べられる(https://www2.j-platpat.inpit.go.jp/shinketsu/JJ1P001.cgi?1523325866258)。

また、「特許審決データベース」(http://tokkyo.shinketsu.jp/)で、「審判の種類」を「2.判定」とすることで検索することができる。

なお、「日本知的財産仲裁センター」(https://www.ip-adr.gr.jp/)は、日本弁理士会と日本弁護士連合会が工業所有権の分野での紛争処理を目的として設立したADR(裁判外の紛争解決手段)機関であるが、「センター判定」というサービスがあり、範囲判定と無効判定について依頼することができる(https://www.ip-adr.gr.jp/business/decision/)。

ただし、特許庁の判定請求と比較すると一桁多い費用がかかる。

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(引用文献)

特許権等の紛争解決の実態に関する調査研究

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/tf_chiizai/dai3/siryou03.pdf

平成26年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 特許権等の紛争解決の実態に関する調査研究報告書 https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2014_11.pdf

知財高裁パンフレット(2017.10)

5. 知的財産権関係訴訟の仕組み http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/05_3syo.pdf

6.特許関係事件の審理運営 http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/06_4syo.pdf

第一審の管轄  http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tetuzuki_ip/uketuke_issin_kankatu/index.html

特許権侵害訴訟の審理要領 http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/singairon/index.html

第1部(知的財産権制度,訴訟手続の概要など)

http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tetuzuki_ip/tetuzukisetumei_18_1/index.html

知的財産高等裁判所 http://www.ip.courts.go.jp/

弁護士知財ネット 知的財産権に関するQ&A(11) 特許法(10)|その他(特許権侵害訴訟手続等) https://iplaw-net.com/knowledge/ip-qa/qa_patent_10.html

平成27年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書

知財訴訟における諸問題に関する法制度面からの調査研究報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2015_07.pdf

審判制度の概要 https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/tetuzuki/shinpan/tetuzuki/gaiyou.pdf

特許庁の判定制度について https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/hantei2.htm

特許庁 判定制度 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/pdf/hantei2/hantei.pdf

特許庁の判定制度について 平成30年3月 特許庁審判部

https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/pdf/hantei2/hantei_all.pdf

産業財産権関係料金一覧 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/ryoukin/hyou.htm#sinpan

センター判定 | 日本知的財産仲裁センター https://www.ip-adr.gr.jp/business/decision/

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(35)特許侵害を巡る攻防 ~侵害から身を守るために使える制度~

事業に障害となり得る特許が出願された場合に取りうる対抗手段は3つある。審査段階では情報提供制度を利用した特許付与阻止、特許付与後は、異議申立(審査結果に対して異議を申し立てる)と無効審判(特許とすべきでない発明に対して付与された特許権を無効にする)の2つの制度の利用である。

事業に障害となり得る特許が出願された場合に取りうる対抗手段は3つある。

一つ目は、特許査定を受けるのを未然に阻止する方法である。

一般に、出願時には、特許を受け得ると思われるよりも広い技術的範囲を請求範囲としてクレームする。そのため、出願内容がそのまま特許査定されたとしても、権利範囲は出願時の範囲よりも狭くなるのが通常である。

特許査定されても、関連商品が特許の権利範囲外となることが明らかである場合は放置してもよい。しかし、障害となり得るリスクが考えられる場合には、審査段階において、特許査定を受けるのを阻止する対策を講じて、侵害を未然に回避することが望まれる。

特許権付与前に取りうるアクションは、「情報提供制度」の利用である。

情報提供制度は、特許庁に、特許出願に係る発明が新規性・進歩性を有していないなどの理由で特許査定すべきでない発明であることを示すために、公知文献等の情報を提供する制度である。

具体的には、特許庁に対して、刊行物等提出書という書面の形で情報を提供するもので(特許庁の手数料はかからない)、情報提供者の住所・氏名は省略(匿名)できる。

情報提供件数は年7000件程度であるが、ほとんどが匿名で行われている。また、特許付与後の情報提供も可能である、ただし、ほとんど見たことがない。

情報提供に対して、特許権を付与された後に、当該特許権が瑕疵のある権利ないしは無効な権利であることを審理する制度がある。

「異議申立制度」と「無効審判」の2つの制度である。

「異議申立制度」は、特許庁に対して、特許査定された審査結果に対して異議を申し立てる制度で、異議の申立ての機会を設けることによって、特許庁自らが当該処分の適否について審理して、特許に瑕疵があるときは、その是正を図ることにより「特許の早期安定化」を図るための制度である。

そのため、異議申立ができる期間は、特許付与後の一定期間内(特許掲載公報発行の日から6月以内)に限られている。特許庁の費用は、16,500円+(申し立てた請求項数×2,400円)である(審判便覧67―00の1.)。

異議申立てが認められるのは、新規性、進歩性、記載要件などの公益的事由のみである。

審査結果に対する申立てであることから、情報提供同様に、誰でも申立てが可能である。

匿名でできない点で情報提供とは異なるが、ダミーで申立している場合がほとんどなので、実際の異議申立人が表に出てくることは少ない。

一方、「無効審判」は、特許の有効性に関する「当事者の紛争解決」を図るための制度である。

特許法104条の3第1項では、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは特許権者又は専用実施権者は相手方に対しその権利を行使することができない。」という、「無効の抗弁」を認めている。

本来、特許とすべきでない発明に対して特許権が付与された場合に、その特許を無効とし、はじめからなかった権利であるとする手段として、無効審判制度があることになる。

上記のように、無効審判は、当事者間の紛争解決手段であるため、審判請求することができるのは「利害関係人のみ」である。

利害関係人とは、具体的に「実際に特許権侵害で訴えられている者」、「類似の特許を有する者」、「特許発明と同種の製品を製造する者」等である。

異議申立制度では対象とならない、権利帰属に関することも請求事由になる。

また、特許登録後、いつでも請求可能であり、権利消滅後であっても請求可能である。

特許庁の審判請求料は、49,500円+5,500円×(無効とする請求項数)である。

ちなみに、各制度を利用する場合、上記特許庁費用に加えて、先行文献資料調査費用と事務所費用を考慮する必要がある。

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(引用文献)

情報提供制度について https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/tt1210-037_sanko2.htm

刊行物等提出書 https://www.jpo.go.jp/seido/s_tokkyo/jyouhou_02.htm

審判制度の概要と運用 特 許 庁 審 判 部 平成29年度

https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/tetuzuki/shinpan/tetuzuki/gaiyou.pdf

審判制度に関するQ&A https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/sinpan_q.htm

特許異議の申立て https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/tetuzuki/shinpan/tokkyo-igi/index.html

特許異議の申立てQ&A https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/tokkyo_igi_moushitate.pdf

無効審判について https://www.jpo.go.jp/seido/tokkyo/tetuzuki/shinpan/mukou/index.html

日本における特許無効審判について 平成28年11月 特許庁 審判部

https://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/files/nichi_oh_symposium_2016_pdf/04_keynote3_jp.pdf

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(36)異議申立の事例1;パスタソース特許

異議申立の事例として、キユーピー株式会社の特許第5700507号「容器詰めタラコ含有ソース」がある。日本水産などが異議申立てしたが、権利維持された。パスタソースの製造で実施されている特許である。

異議申立の事例として、キユーピー株式会社の特許第5700507号「容器詰めタラコ含有ソース」を取り上げる。

「容器詰めタラコ含有ソース」は、パスタソース等として用いられる調理用ソースを指しており、「タラコ」には、「明太子」も含まれる。したがって、パスタ用の明太子ソースが権利範囲に含まれる。

本特許は、平成22年8月19日に出願され、以下のように3回の情報提供を受けたが、拒絶理由を解消し、特許査定され、平成27年4月15日に特許公報が発行された。

審査請求 平成25年4月18日

情報提供(刊行物等提出書) 平成25年9月25日

情報提供(刊行物等提出書) 平成25年10月11日

拒絶理由通知        平成26年5月7日

意見書・手続補正書     平成26年7月7日

情報提供(刊行物等提出書) 平成26年9月1日

特許査定          平成27年2月10日

出願時の請求項1は、以下のようであった。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H24039950/F6F8AB2BE56A0ABC998308EB54790010

【請求項1】

タラコ、バター及び蛋白加水分解物を含有し、

前記タラコ原料として、少なくとも水子及び真子が使用され、

水子と真子の含有割合が質量比で10:90~90:10であることを特徴とする

タラコ含有ソース。

一方、特許された請求項1は、以下のようで、「タラコ含有ソース」が、「容器詰めタラコ含有ソース」に限定することによって、特許付与された。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5700507/452A2C76BE76DC657EA637566C3247FA

【請求項1】

タラコ、バター及び蛋白加水分解物を含有し、

前記タラコ原料として、少なくとも水子及び真子が使用され、

水子と真子の含有割合が質量比で10:90~90:10であることを特徴とする

容器詰めタラコ含有ソース。

タラコは、塩漬けされたスケトウダラ魚卵粒を指し、水子は放卵が始まっている卵巣、真子は放卵開始前の卵巣の意味である。

情報提供は3回行われているが、いずれも匿名である。

拒絶理由通知書を見ると、情報提供された文献の記載もあることから、情報提供の内容が審査団塊で考慮されたことが分かる。

特許査定を受けられた理由は、

「水子と真子の含有割合が質量比で10:90~90:10」をすることが記載された先行文献はなく、前記の割合にすることによって、

「保存後のタラコ風味とバターの風味のバランスが良好である」という顕著な効果が得られることは知られていなかったことにある。」ということである。

特許公報発行後の平成27年10月2日に日本水産株式会社、平成27年10月14日に埼玉県川越市の一個人から、異議の申立てがされた(異議2015-700053)。

いずれも、6カ月の申立て期限ぎりぎりの時期であった。

異議決定公報(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27700053/5A755367951D9BA169CA494E03F3950D)によれば、申立人は、審査過程では引用されていなかった特許文献(特開2001―224344号公報)等を新たな証拠として提出して、当該特許は進歩性が欠如していると主張した。

特開2001―224344は、特許権者のキユーピー株式会社が出願した特許であり、常温で長期間保存でき、魚卵のツブツブした食感を保持し、魚卵風味が良好な「密封容器詰食品用魚卵組成物」に係る発明が記載されている。

この公開特許公報には、

「タラコ、バター及びアミノ酸調味料を含有し、タラコ成分としてスケトウダラの腹子から得られたバラタラコである、密封容器詰タラコパスタソース」の発明が記載されている。

しかし、

「水子と真子の含有割合が質量比で10:90~90:10」の割合に調整することにつながるような、積極的な動機付けとなるような記載はないこと、

そして、前記の質量比にすることによって、「長期保存した場合であっても、タラコ風味とバター風味のバランスがよいという顕著な効果を奏していることから、

審査段階と同様に、進歩性を有すると認めた。

そして、特許庁は、最終的に異議申立てを認めず、「特許を維持する」と結論した。

本特許に関連すると思われる商品が、キユーピー株式会社から販売されている。

キユーピー あえるパスタソース「たらこ」のニュースリリースには、「たらこのうま味とバターのコクを味わう“黄金比”を実現」と書かれている(https://www.kewpie.co.jp/company/corp/newsrelease/2018/03.html)。

そして、商品情報には、「たらことバターの黄金比とは? 特許配合「たらことバターのバランスのとれた味わい」の中で、さらにおいしさを追求した独自の比率です。(特許第5700507号)」と書かれており、原材料名は、「ソース:たらこ、・・・・・、バター、・・・・・・、動植物性たん白加水分解物、・・・・・・」と記載されている

https://www.kewpie.co.jp/products/product.php?j_cd=4901577020650)。

「キユーピー あえるパスタソース からし明太子」にも同様な記載がある。

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(引用文献)

特開2012-039950号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H24039950/F6F8AB2BE56A0ABC998308EB54790010

特許5700507号公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5700507/452A2C76BE76DC657EA637566C3247FA

異議2015-700053号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27700053/5A755367951D9BA169CA494E03F3950D

キユーピーアヲハタニュース 2018/01/16   No.3

https://www.kewpie.co.jp/company/corp/newsrelease/2018/03.html

キユーピー あえるパスタソース たらこ

https://www.kewpie.co.jp/products/product.php?j_cd=4901577020650

キユーピー あえるパスタソース からし明太子

https://www.kewpie.co.jp/products/product.php?j_cd=4901577020667

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(37)異議申立の事例2;ノンアルコール・ビールテイスト飲料特許

早期審査によって特許査定され、その後異議申立てされたが、請求項の訂正を行って請求範囲を狭め、権利維持された事例として、キリン株式会社の特許第5788566号「低アルコールのノンアルコールビールテイスト飲料」がある。

異議申立てされたが、請求項の訂正を行って請求範囲を狭め、権利維持された事例として、キリン株式会社の特許第5788566号「低アルコールのノンアルコールビールテイスト飲料」を取り上げる。

この特許は、平成26年5月30日に出願され、平成26年12月26日に早期審査請求された。拒絶理由通知されたが、最終的に特許査定されて、平成27年9月30日に特許公報が発行された。

出願審査請求書 平成26年12月26日

拒絶理由通知書  平成27年2月6日

意見書・手続補正書 平成27年4月3日

特許査定        平成27年7月3日

早期審査制度を利用して、短期間で特許査定に至ったため、通常とは出願情報の公開が逆になり、特許公報発行後の平成27年12月17日になって、公開公報が発行されている。

出願内容が非公開のうちに既に審査が完了していたため、第三者が情報提供する機会はなく審査が終了したため、本特許を潰すためには、異議申立てせざるを得ない特許であった。

出願時の請求項1は、以下のようであった。(特開2015-226489公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H27226489/34366E97E0C5500EFB41A1AD5CFEB0CB

【請求項1】

pH4.0以下のノンアルコールのビールテイスト飲料であって、

(a)1g/100mL未満の、穀物由来のエキス分、

(b)1.2~2.5g/100mLの食物繊維、および

(c)10~500mg/Lの、ナトリウム、マグネシウム、カリウムおよびカルシウムからなる群から選択される少なくとも一種のミネラルを含んでなる、

ビールテイスト飲料。

一方、特許された請求項1は以下のようであって、(c)の各ミネラルの含有量をさらに詳細に数値限定することによって、特許査定された

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5788566/01305B6B99319AA099323E48FBFEA1D5)。

【請求項1】

pH4.0以下のノンアルコールのビールテイスト飲料であって、

(a)1g/100mL未満の、穀物由来のエキス分、

(b)1.2~2.5g/100mLの食物繊維、および

(c)3~500mg/Lの、ナトリウム、マグネシウム、カリウムおよびカルシウムからなる群から選択される少なくとも一種のミネラルを含んでなり、以下の条件:

(i)ナトリウムの量が15~250mg/Lである;

(ii)カリウムの量が15~500mg/Lである;

(iii)カルシウムの量が10~350mg/Lである;および

(iv)マグネシウムの量が3~300mg/Lである、

のうちの少なくとも一つの条件を満たし、

さらに、ナトリウムの量の上限値が250mg/Lであり、カリウムの量の上限値が500mg/Lであり、カルシウムの量の上限値が350mg/Lであり、かつ、マグネシウムの量の上限値が300mg/Lである、

ビールテイスト飲料。

特許公報発行後、申立て期限ぎりぎりの平成28年3月29日に一個人から異議申立てされた(異議2016-700258)。

異議申立ての審理経過は以下のようであった。

平成28年 3月29日 特許異議申立書

同年 5月25日 取消理由通知書

同年 7月28日 意見書、訂正請求書(特許権者)

同年 9月20日 意見書(特許異議申立人)

同年11月25日 取消理由通知書(決定の予告)

平成29年 1月27日 意見書、訂正請求書(特許権者)

同年 3月 8日 意見書(特許異議申立人)

特許決定公報異議2016-70025

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28700258/C7C623E4F7692F85E31914CEBD02D970)によれば、

異議申立人は、審査の過程で引用されていない国際公開特許の「ビールテイスト飲料」に関する記載から、容易に思いつく内容であると主張した。

審理の過程で、取消理由が通知されたが、特許権者は、請求範囲を以下のように訂正した。

特許査定された請求項1と比較して、(c)の各ミネラルの含有量の数値範囲が狭められている。

【請求項1】

pH4.0以下のノンアルコールのビールテイスト飲料であって、

(a)1g/100mL未満の、穀物由来のエキス分、

(b)1.2~2.5g/100mLの食物繊維、および

(c)15~500mg/Lの、ナトリウム、マグネシウム、カリウムおよびカルシウムからなる群から選択される少なくとも一種のミネラル

を含んでなり、以下の条件:

(ii)カリウムの量が15~300mg/Lである;

を満たし、

さらに、ナトリウムの量の上限値が250mg/Lであり、カリウムの量の上限値が300mg/Lであり、カルシウムの量の上限値が350mg/Lであり、かつ、マグネシウムの量の上限値が300mg/Lである、ビールテイスト飲料。

(請求項1以外の訂正内容は省略)

審判官は、訂正された数値範囲は、

上記国際公開特許の記載から推定される含有量との一致しているとか、ノンビールテイスト飲料の一般的な数値であるとは認められないこと、および、

国際公開特許には、本特許の数値範囲に調節することの記載はなく、容易に思い付く発明でないと認めて

取消せず、申立てを斥け、訂正された内容で権利維持された。

ノンアルコールビールの特許侵害訴訟としては、サントリーホールディングスとアサヒビールとの争いがよく知られている(特許第5382754「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5382754/AE435DB99EFA154EAC3FFFE2EC3FA551)。

この特許も早期審査によって特許査定となった特許だが、アサヒビールによって無効審判請求され(のちに取り下げ)、その後、サントリーは東京地裁に特許権侵害差止請求を提訴した。

東京地裁は、当該特許は進歩性が欠如しており、無効にされるべきものであるとして、サントリーの請求を棄却した(平成27年(ワ)第1025号)。サントリーは、知財高裁に控訴したが、最終的には和解して終結した。

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(引用文献)

特開2015-226489公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H27226489/34366E97E0C5500EFB41A1AD5CFEB0CB

特許第5788566号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5788566/01305B6B99319AA099323E48FBFEA1D5

異議2016-700258公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28700258/C7C623E4F7692F85E31914CEBD02D970

平成27年(ワ)第1025号 特許権侵害差止請求事件 判決

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/436/085436_hanrei.pdf

岐阜大学産官学連携推進本部 知的財産部門主催 知的財産セミナー 事例に学ぶ知的財産 「ビールテイスト飲料」特許権侵害差止請求事件

http://www.hiroe.co.jp/ckfinder/userfiles/files/2016_2_12_%E7%9F%A5%E8%B2%A1%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC_%E6%9C%8D%E9%83%A8%E5%85%88%E7%94%9F.pdf

ノンアルコールビール事件に見る特許権侵害事件の裏表

http://www.oric.ne.jp/wp-content/uploads/2017/12/4f3865b8acc254840b49141b2ce06cd9.pdf

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(38)無効審判の事例1;減塩醤油特許

無効審判の事例として、花王の特許第4340581号「減塩醤油類」を紹介する。キッコーマンは無効審判で無効にできなかったので、知財高裁に出訴し、無効と判決された。しかし、花王は、権利範囲を狭める訂正を行い、無効となるのを免れた。

本特許は、以下のような経過を経て特許査定された。

(一般的な審査プロセスは、「(24)特許権取得のプロセス ~特許審査制度~」参照)

特許出願:平成16年4月19日 (原出願日・優先日):平成15年5月12日

出願審査請求:平成16年12月27日

拒絶理由通知書(1回目):平成20年2月19日

意見書・手続補正書(1回目):平成20年4月21日

拒絶理由通知書(2回目): 平成20年12月2日

意見書・手続補正書(2回目):平成21年2月2日

特許査定:平成21年6月30日

(日付は、特許庁受付日または特許庁発送日)

出願時の特許請求の範囲は、以下のようであった。

【請求項1】 食塩濃度9w/w%以下、

カリウム濃度0.5~3.7w/w%であり、かつ

窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類。

(請求項2以下は省略)

(特開2004-357700公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H16357700/F2E06421C1FF7FB52D78B1FC890FF969

一方、最終的に特許査定された特許請求の範囲は以下のようであった。

【請求項1】食塩濃度9w/w%以下、

カリウム濃度1~3.7w/w%、

窒素濃度1.9w/v%以上であり、かつ

窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。

(請求項2以下は省略)

(特許第4340581号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4340581/F27FA9533874D565DD71569C088CAAB2

カリウム濃度の数値範囲が狭くなったこと、

窒素/カリウムの重量比が追加されたこと、

ただし、食塩とカリウムと窒素の3成分の濃度で規定されている点に変わりはなかった。

食塩(ナトリウム)と窒素(たんぱく質)は、醤油の主要な成分である。

(例えば、キッコーマン特選丸大豆しょうゆhttps://www.kikkoman.co.jp/products/product/K051005/index.html

また、本発明を用いることによって、食塩濃度が低い(減塩)にもかかわらず塩味のある

醤油類を製造できるいう効果が得られると記載されている。

一方、減塩醤油において、食塩(ナトリウム)を減らした時の呈味調整のために、食塩の代わりにカリウムを使用することは、一般的に採用されている技術である

(減塩の塩のはなしhttp://gen-en.net/food-d-sio.html)。

したがって、花王の特許第4340581号は、「減塩醤油」製造の基本技術に関わる内容である。

そのためか、審査段階で2件の情報提供、特許査定後には特許庁の審査記録閲覧が8件あった。

特許公報発行後、約1年が経過した平成22年12月に、一個人によって、特許庁に無効審判請求されたが、無効とはならなかった

(特許審決公報 無効2010-800228

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH22800228/AB73F77D7A0BB1A93EA6A9DC6388351D)。

さらに、この無効審判の結果の取消をもとめて、訴訟が提起されたが、棄却された。

(平成23年(行ケ)第10254号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/082320_hanrei.pdf)。

上記判決が言い渡された1年後(特許登録の約5年後)になって、再度、無効審判請求された。請求人は、キッコーマン株式会社だった。

しかし、無効とはならなかったので、キッコーマンは知財高裁に審判の結果の取消をもとめて出訴した。

(平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/086206_hanrei.pdf

知財高裁の判断は、本特許にはサポート要件違反があり、キッコーマンの主張を認め、無効審判の結果を取り消すというものであった。

(サポート要件;請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない。https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

具体的には、本特許の【請求項1】は「食塩濃度9w/w%以下」となっているが、

「本件明細書の実施例・比較例から,課題を解決できることが認識できることが直接示されているのは,食塩濃度が9.0w/w%の場合のみであ」り、

「食塩濃度が9w/w%未満の場合について,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1が課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されて」いないという理由であった。

平成28年11月2日に判決が確定したが、直後の平成28年11月7日、花王は特許庁に 訂正請求の申立を行った。(訂正請求 https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf

訂正請求が認められ、以下のように請求項は訂正された。

(食塩濃度は9w/w%の1濃度のみ)

【請求項1】食塩濃度9w/w%、

カリウム濃度1~3.7w/w%、

窒素濃度1.9~2.2w/v%であり、かつ

窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。

(請求項2以下は省略)

無効審判の過程で、双方は、数十件にものぼる証拠を提出して争ったが、最終的に訂正された請求項は無効にはならなかった。

(特許審決公報 無効2013-800113

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800113/BD48F65711F216F81F680A39EF7410BE)。

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(引用文献)

特開2004-357700

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H16357700/F2E06421C1FF7FB52D78B1FC890FF969

特許第4340581号

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4340581/F27FA9533874D565DD71569C088CAAB2

キッコーマン 特選丸大豆しょうゆ

https://www.kikkoman.co.jp/products/product/K051005/index.html

減塩の塩のはなし http://gen-en.net/food-d-sio.html

特許審決公報 無効2010-800228

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH22800228/AB73F77D7A0BB1A93EA6A9DC6388351D

平成23年(行ケ)第10254号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/082320_hanrei.pdf

平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件

http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/086206_hanrei.pdf

特許・実用新案審査基準 第 II 部 第 2 章 第 2 節 サポート要件

第 2 節 サポート要件(特許法第 36 条第 6 項第 1 号)

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

訂正審判・訂正請求Q&A

https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf

特許審決公報 無効2013-800113

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800113/BD48F65711F216F81F680A39EF7410BE

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(39)無効審判の事例2;炭酸飲料特許

三栄源エフ・エフ・アイは、高甘味度甘味料スクラロースの市場占有化の手段として、スクラロースの用途特許取得を行ってきた。最近、占有的な市場に参入するために、無効審判がいくつか起こされている。無効となった特許もある一方、権利範囲を狭めるような訂正を行って、権利維持された特許もある。炭酸飲料特許は、権利維持された事例。

無効審判の事例として、三栄源エフ・エフ・アイの特許第4324761号「炭酸飲料」を取り上げる。

三栄源エフ・エフ・アイは、高甘味度甘味料のスクラロースの用途特許を戦略的に出願し、特許権取得による参入障壁を構築する特許戦略によって、国内のスクラロース市場で占有的な位置を占めてきた。(「(14)特許権による市場独占 ~クローズ戦略の限界~」)

最近になって、特許を活用した国内市場での三栄源エフ・エフ・アイの占有的立場を切り崩そうと、三栄源エフ・エフ・アイの用途特許を無効化する動きが出てきている。

たとえば、ツルヤ化成工業のホームページ(http://www.tsuruyachem.co.jp/)の「スクラロース」(http://www.tsuruyachem.co.jp/sucralose/)のページには、以下のように一文がある。

「スクラロースの用途ならびに使用法に関わる多数の特許が登録されています。弊社は、一部を除き、これら用途ならびに使用法に関わる特許の大部分について、法的に十分対応できる態勢を整えてお客様に供給をしております。」

実際に無効審判で三栄源エフ・エフ・アイの特許を無効にした事例がある。

また、大手スクラロース・メーカーである中国系の「JKスクラロースジャパン」(http://www.jksj.co.jp/index.html)のホームページには、無効化事例が列挙されている。

ここでは、逆に無効審判で完全には無効とならなかった事例として、三栄源エフ・エフ・アイの特許第4324761号「炭酸飲料」を取り上げる。

特許第4324761号は、平成14年2月27日に国際出願され、平成21年6月19日 に登録された特許である。

国際公開された公開公報の特許請求範囲の請求項1は、以下のようであった

(再公表特許公報 WO2002/067702、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)植物成分を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2容量%より多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で8度以下である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)高甘味度甘味料を含む

(6)高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、  砂糖甘味換算で25重量%以上を占める。

(請求項2以降、省略)

一方、特許第4324761号の請求項1は、以下のようである。

(特許第4324761号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4324761/94AAD55A3E362E91F10E2C2C96A78871

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)植物成分を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2容量%より多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で8度以下である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む

(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、       全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める。

(請求項2以降、省略)

国際公開では、「高甘味度甘味料」全般であったものが、審査の結果、「スクラロース」を必須成分と限定しただけで、実質的には出願内容がそのまま特許として認められている。

この発明を使用することによって、「植物成分と炭酸ガスを比較的多く含む炭酸飲料において、該植物成分由来の重い口当たりと炭酸ガスに起因する苦味や刺激を軽減する」あるいは「炭酸飲料のボディー感と刺激感及びアルコール飲料のバーニング感を低減する」と公報には書かれている。

特許付与されてから約4年後の平成25年10月に、中華人民共和国法人 ジェイケー スクラロース インコーポレイテッドが無効審判を請求した。

(特許審決公報 無効2013-800191

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800191/BD48F65711F216F87EA6524801CE91C3

審判の過程で、三栄源エフ・エフ・アイは2度の訂正請求を行い、最終的に平成29年1月に、訂正された権利範囲で権利維持された。

訂正された権利範囲は、以下のようであった。

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む

(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める、

(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち、スクラロースによって付与される甘味量が、砂糖甘味換算量で50重量%以上である。

(請求項2以降、省略)

「植物成分」が「果物又は野菜の搾汁」限定され、可溶性固形分含量の数値範囲が「8度以下」から「4~8度」へと数値範囲が狭くなり、要件(7)が追加されている。

この審判では、無効の証拠として提出された先行公知文献(国際公開WO00/24273号公報)の評価がポイントとなった。

(再表00/024273 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO00024273/EBD7EFED9EAB84BC99E39BA68FDA3960

国際公開WO00/24273も、三栄源エフ・エフ・アイが出願した特許で、この国際公開特許にはスクラロースの各種用途が記載されている(請求項が95もある)。

国際公開特許の95ある請求項のうち、以下の請求項は本特許に関連する。

【請求項53】飲用時の濃度が0.0001~0.1重量%となるようにスクラロースを含有する嗜好性飲料。

【請求項54】炭酸飲料、果実風味飲料または乳成分入り飲料である請求項53記載の嗜好性飲料。

【請求項59】スクラロースを含有する果汁若しくは果実含有食品。

【請求項60】スクラロースを0.00001~0.5重量%の割合で含有する請求項59記載の果汁若しくは果実含有食品。

【請求項61】スクラロースを果汁若しくは果実含有食品に配合する、フルーツ感またはフレッシュ感の増強方法。

審判では、先行する国際公開特許の内容から、本特許の発明内容が容易に思いつくものかどうかが検討された。

本特許と国際公開特許との間には相違点が2つあると認定された。

相違点1は、

本特許が「炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む」のに対して、

国際公開特許の炭酸ガスの含有量が不明であること、

相違点2は、

本特許が「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である」のに対して、

国際公開特許の可溶性固形分含量が「2.53度」であること、

つまり、風味のよい炭酸飲料を提供するために、本特許の請求項1の数値範囲に成分を調整することは、国際公開特許には記載されていないことになる。

相違点1について、

請求項1の数値範囲を満たさない果汁入り炭酸飲料(可溶性固形分含量、果汁含量、炭酸ガス含量が範囲外)では、本発明の効果が劣ることが実験的に確認されていること、

また、

相違点2(可溶性固形分含量)についても、

数値範囲内のほうが「口当たり」「爽快感」「フルーツの風味感」において優れていることが実験的に確認されていること、

したがって、本特許の数値範囲に成分を調整することによって、優れた効果が得られることが実験的に裏付けられていることになる。

こうしたことから、本特許は、国際公開特許に書かれた内容から容易に思いつく発明ではないと判断され、無効とはされなかった。

飲料として、果汁と高甘味度甘味料(スクラロース)を含む炭酸飲料は特別なものではないと思われるし、飲料の炭酸ガス濃度、糖度、甘味度を特定の範囲に調整することも一般的に行われている技術である。

特許付与後、これまでに特許庁の審査記録の閲覧請求が5件あったが、直近の閲覧は平成29年10月であることからも、飲料開発において現在でも障害になり得る特許と思われる。

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再公表特許公報 WO2002/067702

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

特許第4324761号

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4324761/94AAD55A3E362E91F10E2C2C96A78871

特許審決公報 無効2013-800191

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800191/BD48F65711F216F87EA6524801CE91C3

再公表特許公報 WO2002/067702

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

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(40)判定請求の事例1;梅酒様飲料特許

伊藤園の特許第5679598号「容器詰果汁含有飲料」は、ウメ果汁を含有する飲料特許だが、伊藤園は、チョーヤ梅酒株式会社の期間限定のある製品に対して権利範囲に入るかどうかの判定請求を行った。3回の判定請求はいずれも権利範囲に入るという判定だった。

判定請求の事例として、伊藤園の特許第5679598号「容器詰果汁含有飲料」を取り上げる。

(判定請求制度は、「(34)特許侵害者を攻めるための制度」

この特許は早期審査制度を利用して特許庁の審査を受けたが、拒絶査定になった。これを不服して審判請求した結果、特許となった。

出願時の特許請求の範囲は、以下のようであった。

(特開2015-008711号公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H27008711/F706D0AE86226468072ECB41208714CC

【請求項1】

糖度が0.5~21.0であり、

糖酸比が1.0~30.0であり、

かつpHが2.0~4.0であることを特徴とする

容器詰果汁含有飲料。

(請求項2以下、省略)

一方、特許査定された特許請求の範囲は、以下のようで、糖酸比の数値範囲が狭くなり、

果汁量やウメ果汁使用の要件が追加されている(特許第5679598号公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5679598/8064557850F61BB29F71AD6BCA5B7928)。

【請求項1】

糖度が0.5~21.0であり、

糖酸比が5.0~29.0であり、

pHが2.0~4.0であり、

かつ飲料全体に対する果汁量が0.5~30.0質量%であることを特徴とする

容器詰果汁含有非アルコール性飲料であって、

果汁がウメを含み、且つ

ウメ以外の果汁の使用量が飲料全体に対して0~5.0質量%であることを特徴とする

容器詰果汁含有非アルコール性飲料。

【請求項2】

非炭酸飲料であることを特徴とする請求項1に記載の容器詰果汁含有非アルコール性飲料。

本発明を使用することによって、ノンアルコールの「梅酒様飲料」において、ウメが本来有する爽やかな酸味とほのかな甘味の絶妙なバランスを楽しむことができると記載されている。

伊藤園は、チョウヤ梅酒株式会社の「チョーヤ夏梅」という商品が、特許第5679598号の権利範囲に入る(技術的範囲に属する)との判定を求めて、特許庁に判定請求した。

判定請求は計4回行われたが、最初の判定請求は取り下げられており、特許庁の判定が出されたのは3回(判定2015-600011、判定2015-600021、判定2016-600027)である。

判定2015-600011は、2015年3月23に判定請求され、2015年7月2日に判定が確定している(特許判定公報 判定2015-600011、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27600011/5396FB37AFE0AEB9C734A9468E7C8284

伊藤園は、「チョーヤ夏梅」の製品(ロット番号:150609/SK)の分析値(糖度、酸度、pH)とラベル表示記載(梅果汁含量、原材料名、品名)を根拠として、権利範囲に入ると主張した。

結果は、「チョーヤ夏梅」は、「特許第5679598号の請求項1及び2に係る発明の技術的範囲に属する」、つまり、特許権の範囲内の製品であるという判定であった。

伊藤園は、2015年7月17日にも、同じ製品「チョーヤ夏梅」の判定請求を行っている。

「チョーヤ夏梅」は夏季の期間限定の商品であり、発売開始は毎年5月中旬頃。

上記判定2015-600011の確定日が2015年7月2日であることから、「技術的範囲に属する」という判定結果が出ていたが、販売中止はされなかった。

そのため、伊藤園は再度、判定請求したと思われる。

2回目の判定請求においても、「チョーヤ夏梅」は「特許第5679598号発明の請求項1及び2に係る発明の技術的範囲に属する」と結論された(確定日2015年11月2日)

(特許判定公報、判定2015-600021、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27600021/5396FB37AFE0AEB9F24FA2E5317AD5C4)。

チョーヤ梅酒は、翌2016年も期間限定で「チョーヤ夏梅」を販売している(

http://www.choya.co.jp/news/20160418.html)。

伊藤園は、2016年10月28日にも、「チョーヤ夏梅」(ロット番号:170421/NIS)の分析値とラベル表示記載を根拠として判定請求し、同様に「特許第5679598号発明の請求項1及び2に係る発明の技術的範囲に属する」と判定された

(特許判定公報、判定2016-600027、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28600027/F4E77B871C3DB8FD399DB87AE33F6E2D)。

2017年もチョーヤ梅酒は「チョーヤ 夏梅」を期間限定で発売したが(http://www.choya.co.jp/news/20170512.html)、伊藤園は判定請求しなかった。

2017年の「チョーヤ 夏梅」のニュースリリースには、「梅の最高品種とされる紀州産南高梅を使用した無添加(※)の自然派飲料です。・・・(中略)・・・。また、健康や美容に嬉しい梅由来の天然有機酸(クエン酸やリンゴ酸など)を1本に2200mg含んでおり、お風呂上りや気分転換したい時など“さっぱり”リフレッシュしたい時にぴったりの飲料です。(※)酸味料、香料、着色料、人工甘味料不使用」となっていた。

しかし、2018年のニュースリリース(http://www.choya.co.jp/news/20180511.html)は、

「梅の最高品種とされる紀州産南高梅を使用した無添加(※)の自然派飲料です。砂糖でじっくりエキスを抽出したフルーティーな梅果汁と酸味が際立つ梅エキスを使用し、夏にぴったりのすっきりとした甘酸っぱい味わいが特徴です。(※)酸味料、香料、着色料、人工甘味料不使用」となっている。

「糖酸比」を算出する時に必要な「酸」量に関係する、天然「有機酸」の含有量の記載が消えている。

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(引用文献)

特開2015-8711公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H27008711/F706D0AE86226468072ECB41208714CC

特許第5679598号公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5679598/8064557850F61BB29F71AD6BCA5B7928

特許判定公報【判定請求番号】判定2015-600011

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27600011/5396FB37AFE0AEB9C734A9468E7C8284

特許判定公報【判定請求番号】判定2015-600021

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27600021/5396FB37AFE0AEB9F24FA2E5317AD5C4

特許判定公報【判定請求番号】判定2016-600027

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28600027/F4E77B871C3DB8FD399DB87AE33F6E2D

“無添加”梅ドリンク「チョーヤ 夏梅」2017年5月16日より全国で期間限定発売

http://www.choya.co.jp/news/20170512.html

「チョーヤ 夏梅」2018年5月15日(火)より全国で期間限定発売

http://www.choya.co.jp/news/20180511.html

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(41)判定請求の事例2;容器詰緑茶飲料

伊藤園は、自社特許第5439566号「容器詰緑茶飲料及びその製造方法」について、サントリー食品インターナショナルの商品「伊右衛門 贅沢冷茶」の判定請求し、権利範囲に入ると判定された。しかし、サントリーが判定請求後にリニューアルした商品は、権利範囲に属するとはいえないと判定された。

判定請求の2つめの事例として、伊藤園の特許第5439566号「容器詰緑茶飲料及びその製造方法」を紹介する。

なお、伊藤園は、食品企業の中では、自社特許侵害の警告手段として積極的に「判定請求」の制度を利用している点で際立っている。

特許第5439566号は、(40)で紹介した伊藤園特許第5439566号「容器詰果汁含有飲料」と同様に、早期審査制度を利用したが、拒絶査定になった。

伊藤園は、この結果を不服として審判請求し、特許となっている。

出願時の特許請求の範囲は、以下のようであった。

(特開2014-68630公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26068630/9AD827A1F51F050A2F6E87BD6580E408

【請求項1】

茶抽出液中の90積算質量%の粒子径(D90)が3μm~60μmであり、

且つ糖酸味度比が0.12~0.43であることを特徴とする

容器詰緑茶飲料。

(請求項2以下、省略)

一方、特許査定された特許請求の範囲は、以下のようである。

(特許第5439566号公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5439566/FF530E2A66EEB80999323E48FBFEA1D5

【請求項1】

茶抽出液中の90積算質量%の粒子径(D90)が3μm~60μmであり、

且つ糖酸味度比が0.12~0.43であることを特徴とする、

容器詰緑茶飲料。

(請求項2以下、省略)

一見すると、両者はまったく同じように見えるが、最後の「容器詰緑茶飲料」の前に「、」があるかないかという違いがある(審査の過程は本題ではないので、ここでは触れない。)

本特許の技術を使用することによって、「冷やして飲用する場合、とりわけ開栓後に時間が経過して液温が上昇してぬるくなった場合であっても、喉越しの良さと味の余韻を備えた容器詰緑茶飲料を提供する」ことができると説明されている。

伊藤園は、サントリー食品インターナショナルの商品「伊右衛門 贅沢冷茶」(https://www.suntory.co.jp/news/2013/11655.html)について、

本特許の権利範囲に入る(技術的範囲に属する)かどうかの判定請求を行った。

判定請求は2回行われた。

1回目(判定2014-600031)は、「伊右衛門 贅沢冷茶」の内容量が2L、550ml、500ml、280mlの4種類についてである。

2014年7月28日に判定請求し、2015年6月4日に確定した

(特許判定公報、判定2014-600031、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH26600031/248E4EC62497B67B5EB8497D7F9AFDA7)。

伊藤園は、「伊右衛門贅沢冷茶550ml 2015.01.10/AJ」の分析値を提出し、特許権利範囲に入ると主張し、特許庁はこの主張を認め、「特許第5439566号の請求項1乃至3、6及び7に係る発明の技術的範囲に属する。」と判定した。

サントリーは、判定請求が確定する前の2015年3月に「伊右衛門贅沢冷茶」のリニューアルを行った(https://www.suntory.co.jp/softdrink/news/pr/d/sbf0231.html)。

2回目は、2016年8月26日に行われ、「伊右衛門 贅沢冷茶」の内容量500mlについてのみ、伊藤園は判定請求した

(特許判定公報、判定2016-600042、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28600042/F4E77B871C3DB8FD193A7A8FDDE4E554)。

特許の請求項1の要件「糖酸味度比」は、まず糖類濃度と酸味度を測定し、得られた糖類濃度と酸味度の値をもとに計算して、算出される値である。

伊藤園は、糖類濃度を「サントリー伊右衛門贅沢冷茶500mLペットボトル(2016.01.30/TA)」で分析し、酸性度は別のサンプル「伊右衛門贅沢冷茶500ml(2016.12.31/TA)」の分析値をもとに、算出された比率を根拠に、権利範囲に入ると主張した。

しかし、特許庁は、

「賞味期限からみて両者は製造が1年近くずれている異なるロットにより製造されたものと認められるので、イ号物件(注;対象商品)は製造ロット間でその成分内容に大きなばらつきがあることを否定できない。」

とし、

“2013年3月5日に発売開始され(甲第1号証)、2015年3月24日にリニューアルされた(乙第1号証)「伊右衛門贅沢冷茶500ml」は、その製品全般として、一製品である「伊右衛門贅沢冷茶500ml 2016.12.31/TA」と同じ成分内容を有しているものということができない。

そして、請求人は、一製品である「伊右衛門贅沢冷茶500ml 2016.12.31/TA」以外の製造ロットの製品が全て本件特許発明の技術的範囲に属することについて具体的根拠を示していない。

よって、請求人のイ号物件の一製品である「伊右衛門贅沢冷茶500ml 2016.12.31/TA」での測定値のみからは、イ号物件である「伊右衛門贅沢冷茶500ml」は、その製品全般として、本件特許発明の技術的範囲に属するということはできない。“

と判定した。

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特開2014-68630公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26068630/9AD827A1F51F050A2F6E87BD6580E408

特許第5439566号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5439566/FF530E2A66EEB80999323E48FBFEA1D5

特許判定公報【判定請求番号】判定2014-600031

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH26600031/248E4EC62497B67B5EB8497D7F9AFDA7

特許判定公報【判定請求番号】判定2016-600042

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH28600042/F4E77B871C3DB8FD193A7A8FDDE4E554

サントリー緑茶「伊右衛門 贅沢冷茶」新発売

https://www.suntory.co.jp/news/2013/11655.html

サントリー緑茶「伊右衛門 贅沢冷茶」リニューアル 「同 春ほうじ茶」季節限定新発売

https://www.suntory.co.jp/softdrink/news/pr/d/sbf0231.html

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(42)訴訟の事例1;トマト含有飲料特許

カゴメは、伊藤園の特許第5189668号「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」の無効審判を起こしたが不成功、そこで知財高裁に無効審判の取消をもとめ上告し、勝訴。しかし、伊藤園が上告したため、決着はついていない。

特許権を巡る攻防が最終的に訴訟にまで至った事例として、伊藤園の特許第5189667号「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」を取り上げる。

伊藤園は食品企業の中では際立って判定請求の件数が多く、本特許の抗争相手であるカゴメ株式会社との間でも判定請求の事例がある。

さらに、カゴメとは無効審判の場での争いもいくつかあり、とうとう訴訟にまで至った感がある。

特許第5189667号「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」は、平成23年4月20日に出願され、約1年後の平成24年6月に早期審査請求された。

本特許出願の公開は平成24年11月15日であるが、公開日からわずか1カ月半後の平成24年12月27日には特許査定された。

出願された内容は、以下のようであった

(特開2012-223141公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H24223141/730A596C65E69579450F22AF2AB3CDDF)。

【請求項1】

糖度が7.0~13.0であり、

糖酸比が19.0~30.0であることを特徴とする、トマト含有飲料。

(請求項2以下、省略)

一方、特許査定された内容は、以下のようで、請求項1は、上記請求項1に,

グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の要件が追加された。

(特許第518967号公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5189667/43DFB4C128EC731EBED2425A63203DFC)。

【請求項1】

糖度が7.0~13.0であり、

糖酸比が19.0~30.0であり、

グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.25~0.60重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。

(請求項2以下、省略)

本発明を使用することにより、「主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料」を製造できると明細書に書かれている。

特許査定の約2年後(平成27年1月9日)に、カゴメは本特許の無効審判を請求した。

無効審判請求に対して、伊藤園は平成28年1月5日に訂正請求したが、特許庁は訂正を認めた上で、カゴメの請求を退けた(審決日平成28年5月19日)。

訂正後の特許請求の範囲は、以下のとおりであった。

【請求項1】

糖度が9.4~10.0であり,

糖酸比が19.0~30.0であり,

グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%であることを特徴とする,トマト含有飲料。

(請求項2以下、省略)

糖度及びグルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計の数値範囲が狭められている。

カゴメは、この審決の取消を求めて、平成28年6月24日に知的財産高等裁判所(知財高裁)に上告した。

平成29年6月8日に判決が言渡されたが、「特許庁が無効2015-800008号事件について平成28年5月19日にした審決を取り消す。」というもので、カゴメが勝訴した

(平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/825/086825_hanrei.pdf)。

知財高裁は、

「サポート要件」(特許法36条6項1号)に違反、すなわち、

「本件出願日当時の技術常識を考慮しても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量が本件発明の数値範囲にあることにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られることが裏付けられていることを当業者が理解できるとはいえない」(実験的に十分に裏付けられているとは言えない)から、

特許は無効であり、特許庁の判断は誤りであるとした。

新聞記事には、「カゴメ」「勝訴」の文字が躍ったが、伊藤園は平成29年6月22日に上告しており、決着はまだついていない。

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(引用文献)

特開2012-223141公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H24223141/730A596C65E69579450F22AF2AB3CDDF

特許第5189667号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5189667/43DFB4C128EC731EBED2425A63203DFC

平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/825/086825_hanrei.pdf

特許・実用新案審査基準 第 II 部 第2章第2節 サポート要件

第2節 サポート要件(特許法第36条第6項第 1 号)

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

カゴメ、伊藤園に勝訴 トマト飲料の特許無効訴訟「苦味や渋味が風味に影響」 知財高裁

http://www.sankei.com/affairs/news/170609/afr1706090007-n1.html

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(43)訴訟の事例2;スキンケア用化粧料特許

富士フィルムは、スキンケア用化粧料に係る特許第5046756号をもとに、DHCの製品に対して特許権侵害訴訟を起こしたが、特許は無効とされ、敗訴した。一方、DHCは特許無効の訴訟を起こしたが、無効にできなかった。2つの訴訟で特許無効の判断が異なったのは、提出された証拠の採否が異なったためである。

食品特許ではないが、サプリへの利用も進んでいる抗酸化成分「アスタキサンチン」の化粧品への使用方法に関する、富士フイルム株式会社の特許第5046756号「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」を取り上げる。

富士フイルムは、平成19年1月15日化粧品「アスタリフトシリーズ」を発売し、 同年6月に特許第5046756号を出願し、審査を受け、平成24年6月に特許査定を受けた。

出願時の特許請求の範囲(請求項1)は、以下のようであった

(特開2009-7289公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H21007289/1B0B2ABC129551438ED68B21DC8DE1EB)。

【請求項1】

カロテノイド含有油性成分を含む分散組成物であって、

カロテノイド含有油性成分及び、リン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子を有する水分散物と、

アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物と、

pH調整剤と、

を混合することによって得られたpHが5~7.5の分散組成物。

一方、特許査定された請求項1は、以下のとおりで、カロテノイドはアスタキサンチンのみに限定され、スキンケア用化粧料の用途に限定された。

(特許第5046756号公報、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5046756/CA53FD9A526AE3FD4BD438550FCE45F6)。

【請求項1】

(a)アスタキサンチン、ポリグリセリン脂肪酸エステル、及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;

(b)リン酸アスコルビルマグネシウム、及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに

(c)pH調整剤

を含有する、pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。

アスタキサンチンはカロテノイドの一種で、皮膚老化防止効果、シミやしわの形成予防効果などの機能を有することが知られている。

しかし、水に不溶なため、比較的長期にわたって良好な分散安定性(エマルジョン状態)を維持することが容易でなく、この点を改善することが発明の目的であった。

富士フィルムは、特許権を取得後、株式会社ディーエイチシー(DHC)が平成26年3月から販売している「DHCアスタキサンチンジェル」などが特許権を侵害しているとして、平成26年9月に東京地方裁判所に該当製品の製造、販売等の差止めの仮処分を申し立てた。

この仮処分申立ては、平成27年8月に取下げられたが、すぐに、DHCに対して、1億円の支払いと販売差止めを求める特許権侵害差止等請求訴訟を東京地方裁判所に起こした。

平成28年8月に判決が言い渡され、富士フィルムの請求は退けられた

(平成27年(ワ)第23129号 特許権侵害差止等請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/123/086123_hanrei.pdf)。

判決では、特許第5046756号の発明は、出願前にウェブページに掲載された発明に基づいて容易に考えつく発明であるから、「進歩性」が欠如していると判断され、特許は無効とされた。

富士フィルムは、控訴し、知財高裁で争われることになった

(平成28年(ネ)第10093号 特許権侵害差止等請求控訴事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/249/087249_hanrei.pdf)。

平成29年10月25日に控訴審の判決が言渡され、知財高裁は一審の東京地裁の判決を支持して、控訴を棄却し、富士フィルムは敗訴した。

判決では、

特許出願以前に、富士フイルムの旧製品の全成分に関して記載されたウェブページが、特許の出願前に公開されていること、

ウェブページの記載と特許第5046756号の発明とは、ウエブページにはpHの記載がない点で相違するが、その他の点では一致すること、

ウエブページの記載を基に、特許のpH範囲(5.0~7.5)に設定することは特別難しい技術ではないと判断されることから、

特許は無効で、権利を行使できないというものであった。

DHCは知財高裁の判決直後 、「特許権侵害差止等請求訴訟の勝訴判決について」と題するプレスリリースを出している(https://top.dhc.co.jp/contents/guide/newsrelease/pdf/171025.pdf)。

しかし、DHCも、特許第5046756号の無効審判を請求したが、こちらでは敗訴している。

DHCは、富士フィルムから東京地裁に製品の製造、販売等の差止めの仮処分の申立をされたのに対抗して、平成27年2月に特許第5046756号の無効審判を請求した。

しかし、無効でない(権利維持)との審決であった。

そこで、平成28年3月に知財高裁に審決取消請求の訴訟を起こした。

判決は、平成29年10月25日に言渡されたが、DHCの請求は退けられ、特許は無効とはならなかった

(平成28年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/204/087204_hanrei.pdf

特許審決公報 無効2015-800026

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27800026/86B100769F188AD192995E2B51498FB4)。

富士フィルムの起こした特許権侵害差止等請求訴訟では、特許第5046756号は無効とされたが、DHCの起こした無効審判の審決取消請求訴訟では無効とはならず、2つの訴訟の結論は、まったく逆となっている。

特許権侵害差止等請求訴訟と審決取消請求訴訟とで知財高裁の結論が異なったのは、無効の証拠として提出されたウエブページが特許出願日より前に利用可能となっていたかどうかの認定が異なったためである。

特許権侵害差止等請求訴訟では、

「ウェブページに記載された,控訴人旧製品の全成分に関する記載内容は,本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる。」と判断された。

一方、審決取消請求訴訟では、

「上記各ウェブページ(甲58,59)が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたものであったとしても,

このことは,上記各ウェブページに記載された内容が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能であったことを示すにとどまるものであり,

上記と同内容が甲1ウェブページに記載されていたとしても,甲1ウェブページにおける「エフ スクエア アイ」の成分についての記載部分が,

本件出願日前に,甲1ウェブページにより電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということはできない。」と判断された。

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(引用文献)

特開2009-7289公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H21007289/1B0B2ABC129551438ED68B21DC8DE1EB

特許第5046756号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5046756/CA53FD9A526AE3FD4BD438550FCE45F6

特許審決公報【審判番号】無効2015-800026

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH27800026/86B100769F188AD192995E2B51498FB4

平成28年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/204/087204_hanrei.pdf

平成27年(ワ)第23129号 特許権侵害差止等請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/123/086123_hanrei.pdf

平成28年(ネ)第10093号 特許権侵害差止等請求控訴事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/249/087249_hanrei.pdf

press release: 2017.10.25 「特許権侵害差止等請求訴訟の勝訴判決について」

https://top.dhc.co.jp/contents/guide/newsrelease/pdf/171025.pdf

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(44)特許を巡る争いの事例;乾麺特許

東洋水産の特許第5153964号は、簡単且つ短時間で良好に調理可能な「乾麺およびその製造方法」の特許。日清食品ホールディングスは無効審判請求し、請求項1は無効と認められたが、請求項2以下は無効とはならなかった。そこで、請求項2以下の無効を求めて知財高裁に提訴したが、無効とはならなかった。

特許抗争の事例として、東洋水産株式会社の特許第5153964号「乾麺およびその製造方法」を取り上げる。

特許第5153964号の特許請求の範囲は、以下のようである。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5153964/C5B8054A9911DEB9E97BE7BE45EC1763)。

【請求項1】麺の断面積の空隙率が0.1%以上15%以下であり、

麺の断面積の単位空隙率が0.01%以上1%以下であり、

30%~75%の糊化度と多孔質構造とを有した乾麺。

【請求項2】主原料と、

前記主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の

粉末油脂とを含む麺生地から形成した生麺体を

90℃~150℃で発泡化および乾燥することを具備し、

最終糊化度が30%~75%の糊化度を有する乾麺の製造方法。

(請求項3以下、省略)

本発明の乾麺は、多孔質構造を有しているので、茹で時間が短く、

復元性と弾性に優れており、さらに、茹で戻し時のぬめりが抑制され、

麺を水洗せずに湯をそのままスープとして使用可能で、

簡単且つ短時間で良好に調理可能なことを特徴とすると記載されている。

本特許は、もともと国際出願されており(国際公開番号WO2012/002540、 国際公開平24.1)

国際公開後すぐに(平24.5)に日本への移行手続きがなされ、手続き後約4カ月の時点で

早期審査請求され、出願内容そのままの形で特許査定された(平24.11.20)。

その約2年後(平成27年1月平成26年12月26日)に

日清食品ホールディングス株式会社が無効審判請求した

(無効2015-800005、特許部分確定審決公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPZZH27800005/272D58495DB1CD3FA235090F28E42C44)。

無効審判の審理において、特許権者の東洋水産は訂正請求したが特許庁は認めず、上記した特許請求の範囲の無効性について争われた。

審判において、請求項1の発明は、文献1(特公昭54-44731)記載の発明と比較して、文献1には、「空隙率」、「単位空隙率」及び「糊化度」の数値についての記載がない点で一応相違する。

しかし、提出された文献1の試験を追試した試験結果等から、請求項1の数値範囲内にある「蓋然性」(確からしさ)が高く、一応の相違点は、実質的な相違点ではなく、本件発明1は、甲1発明である、すなわち、新規性を欠如していると結論づけた。

また、進歩性についても否定された。

そして、その他の請求項も含めて、以下のように結論(審決)された。

「よって、本件発明1についての特許は、特許法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。

一方、請求人の主張及び証拠方法によっては本件発明2~本件発明10についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法64条の規定により、その10分の9を請求人の負担とし、10分の1を被請求人の負担とすべきものとする。」

すなわち、上記無効審判において、請求項1は無効となったが、請求項2~請求項10は無効とはならなかった。

そこで、日清食品ホールディングスは、請求項2~請求項10の無効化のために、知的財産高等裁判所に、上記審決の取消を求めて提訴した(平29.1.13)。

平成29年(行ケ)第10013号 審決取消請求事件

http://www.hokutopat.com/wp/wp-content/themes/hokutopat/pdf/H29_gyo-ke_10013.pdf

日清食品ホールディングスは、無効審判において進歩性とサポート要件違反の判断の誤りがあると主張した。

しかし、平成30年4月27日に判決が言渡され、日清食品ホールディングスの請求は棄却された。

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(45)特許を巡る争いの事例;ニンジン含有飲料特許

カゴメ株式会社の特許第5914743号は、ニンジン含有飲料の呈味向上方法に関する発明で、早期審査で特許査定になった。伊藤園は異議申立てしたが、カゴメは権利範囲を狭める対応をし、その結果、特許庁は取り消すべき理由がないとして、権利は維持された。関連特許第5918892号に対しても伊藤園は異議申立てしたが、権利維持された。

カゴメ株式会社の特許第5914743号「ニンジン含有飲料の基本味向上方法、ニンジン含有飲料及びその製造方法、並びに、ニンジン微細物」を取り上げる。

なお、関連特許として特許第5918892号「ニンジンパルプの風味低減方法及びニンジンパルプの製造方法」があるが、特許第5914743号と特許第5918892号は、いずれも株式会社伊藤園から異議申立てされた。

特許第5914743号は、平成28年4月8日に登録された特許で(特許公報発行日;平成28年5月11日)、権利範囲(特許請求の範囲)は以下のようであった。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5914743/7806C071287C6DBB9547E0C1D5C5F700)。

【請求項1】

ニンジン含有飲料の旨味の持続性の向上方法であって、

それを構成するのは、少なくとも、調整であり、ここで調整されるのは、

ニンジン微細物の粒度又はニンジン微細物の調合量であり、それによって、

ニンジン含有飲料の[A]遠心沈殿量(%)、[B]累積50%粒子径(D50)(μm)、

及び、[C]累積90%粒子径(D90)(μm)が満たす関係は、

[A]≧16、かつ、

[B]≦-37.9[A]+1404.5、かつ、

[B]≧268.4、かつ、

[C]≦-91.7[A]+3300.0、かつ、

[C]≧550.3であり、

[A]遠心沈殿量(%)の測定時の遠心処理条件は、1,600×gで10分間である。

(請求項2以下、省略)

一方、本特許の出願時の請求項は以下のようであった。(特開2017-93348

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H29093348/C034C1D601A046A6319EEB15CCC855FA)。

【請求項1】

ニンジン含有飲料の基本味向上方法であって、

その構成は、次の工程であって、調整されるのは、ニンジン含有飲料の

[A]遠心沈殿量(%)、[B]累積50%粒子径(D50)(μm)、及び、

[C]累積90%粒子径(D90)(μm)であり、

それによって向上されるのは、旨味の持続性である、

こと。

(請求項2以下、省略)

本特許は、出願直後に早期審査制度を利用して審査請求された。

2回の拒絶理由通知があったが、出願時の従属項の数値限定を加えることや、

もともとは、「ニンジン含有飲料における甘味の確保及び旨味の持続性を両立すること」を

課題としていたが、「旨味の持続性」の向上のみを目的とすることによって、

平成28年3月22日に特許査定となり、平成28年5月11日に特許公報が発行された。

特許公報発行後約3カ月の平成28年8月10日、伊藤園が異議申立てした。

結論は、以下で、伊藤園の申立は却下された(特許決定公報 異議2016-700722

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JP14H28700722/D69F9333B8FC96DF49BA22F5F4F49663)。

「特許第5914743号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2、3〕、4、〔5、6〕、7、〔8、9〕について訂正することを認める。

特許第5914743号の請求項2、3、5、6、8、9に係る特許を維持する。

特許第5914743号の請求項1、4、7に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」

上記の「訂正後の請求範囲」は、特許公報に記載された請求項1を削除し、

【請求項2】

ニンジン含有飲料(ニンジン以外の野菜又は果実を含有する飲料を除く。以下、同じ。)の

旨味の持続性の向上方法であって、

それを構成するのは、少なくとも、調整であり、ここで調整されるのは、

ニンジン微細物の粒度又はニンジン微細物の調合量であり、

それによって、ニンジン含有飲料の

[A]遠心沈殿量(%)、[B]累積50%粒子径(D50)(μm)、及び、

[C]累積90%粒子径(D90)(μm)が満たす関係は、

[A]≧16、かつ、

[B]≦-37.9[A]+1404.5、かつ、

[B]≧268.4、かつ、

[C]≦-91.7[A]+3300.0、かつ、

[C]≧550.3であり、更に、

[B]≦86.0[A]-1444.5、かつ、

[C]≦211.1[A]-3663.4であり、

[A]遠心沈殿量(%)の測定時の遠心処理条件は、1,600×gで10分間である。

(請求項3以下は省略)

と訂正した。

特許査定された特許請求の範囲と比較し、「ニンジン含有飲料」を

「ニンジン以外の野菜又は果実を含有する飲料を除く」と定義している。

数値範囲も狭め、さらに数値限定で限定される事項も追加されている。

審理において、「実施可能要件」と「サポート要件」が争点となったが、

いずれも取り消すべき理由がないとして、権利は維持された。

なお、カゴメ株式会社の関連特許第5918892号

「ニンジンパルプの風味低減方法及びニンジンパルプの製造方法」

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5918892/39B4A2E45BB1E0D9D576922BAEBCBAC4

に対しても伊藤園は異議申立てしたが、申立ては却下され、権利維持された

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JP14H28700723/D69F9333B8FC96DF40474DC4AAF9D365)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(参考文献)

サポート要件

https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

実施可能要件

https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf

明確性要件

https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/kaitei_mokuji_150708/02-02-03.pdf

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(46)特許を巡る争いの事例;食物繊維含有飲料特許

キリンビバレッジ株式会社の特許第5989560号「難消化性デキストリン含有容器詰め飲料

およ びその製造方法」は、キリンの「メッツコーラ」関連特許。個人名で異議申立されたが

キリンは、権利範囲を狭める訂正を行い、その結果、権利維持された。

特許抗争の事例として、キリンビバレッジ株式会社の特許第5989560号

「難消化性デキストリン含有容器詰め飲料およびその製造方法」を取り上げる。

平成26年1月30日に公開され、公開時(特開2014-14354)の特許請求の範囲は

以下であった(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26014354/9AD827A1F51F050A1EB312A26F08CC50)。

【請求項1】

カラメル組成物および高甘味度甘味料を含んでなる、

難消化性デキストリン含有容器詰め炭酸飲料。

【請求項2】

難消化性デキストリンの含有量が1.6質量%以下である、

請求項1に記載の容器詰め炭酸飲料。

【請求項3】

難消化性デキストリンのDEが8以上20以下である、

請求項1または2に記載の容器詰め炭酸飲料。

また、溶存二酸化炭素の抜けを低減することができる、

難消化性デキストリン含有容器詰め炭酸飲料の提供

を課題とした発明であった。

本出願は、新規性喪失の例外(特許法第30条第2項)の適用を受けている

(発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について
https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/hatumei_reigai.htm)。

原出願日は平成24年7月9日であるが、原出願日前の平成24年4月24日に販売開始の

「キリン  メッツコーラ」で実施されていた技術と思われる

(出足好調!食事の際に脂肪の吸収を抑える“特定保健用食品史上初のコーラ”

「キリン メッツ コーラ」発売後わずか2日で年間販売目標の5割を突破!

http://www.kirin.co.jp/company/news/2012/news2012042601.html)。

平成27年7月に早期審査請求され、平成28年7月に特許査定され、

特許第5989560号として登録された。

特許第5989560号の特許請求の範囲は、以下のようである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5989560/4D98CDC307FCC4EFF3D3470E3A85A8C8)。

【請求項1】

カラメル組成物および高甘味度甘味料を含んでなる、

難消化性デキストリン含有容器詰め炭酸飲料であって、

該飲料中の難消化性デキストリンの含有量が0.3~1.6質量%である、

炭酸飲料。

【請求項2】

高甘味度甘味料が、

アセスルファムカリウム、スクラロース、およびアスパルテームからなる群から

選ばれる1種または2種以上を含む、

請求項1に記載の容器詰め炭酸飲料。

【請求項3】

高甘味度甘味料が、少なくともアセスルファムカリウムを含む、

請求項1に記載の容器詰め炭酸飲料。

【請求項4】

難消化性デキストリンの含有量が0.8~1.6質量%である、

請求項1~3のいずれか一項に記載の容器詰め炭酸飲料。

【請求項5】

難消化性デキストリンのDEが8以上20以下である、

請求項1~4のいずれか一項に記載の容器詰め炭酸飲料。

公開時の請求項1と比較して、難消化性デキストリンの含有量が

数値限定されている。

本特許に対して、特許公報発行日の約5か月後の平成29年2月、

個人名で異議申立てされた(異議2017-700153

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JP14H29700153/0DB3BC9EBA821F71C121812692237A1E)。

審理の結論は、以下のようであった。

「特許第5989560号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された

訂正特許請求の範囲のとおり,〔1-15〕,〔16,17〕,〔18,19〕

について訂正することを認める。

特許第5989560号の請求項1,5ないし8,10,12ないし16及び18に

係る特許を維持する。

特許第5989560号の請求項2ないし4,9,11,17及び19に

係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」

上記の「訂正特許請求の範囲」とは、

【請求項1】

カラメル組成物および高甘味度甘味料を含んでなる,

難消化性デキストリン含有容器詰め炭酸飲料であって,

該飲料中の難消化性デキストリンの含有量が0.8~1.5質量%であり,

該カラメル組成物がカラメル色素であり,かつ

該高甘味度甘味料がスクラロースまたはアスパルテームを含んでなる,

炭酸飲料。

【請求項2】(削除)

【請求項3】(削除)

【請求項4】(削除)

【請求項5】

難消化性デキストリンのDEが8以上20以下である,

請求項1に記載の容器詰め炭酸飲料。

(請求項6以下、省略)

特許査定された請求項1とは、難消化性デキストリンの含有量、および、

カラメル組成物と高甘味度甘味料の種類が限定されている。

取消理由として、新規性、進歩性、実施可能要件およびサポート要件が検討されたが、

これらの理由で「取り消されるべきものとすることはできない」として、権利維持された。

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(参考文献)

サポート要件 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

実施可能要件 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf

明確性要件  https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/kaitei_mokuji_150708/02-02-03.pdf

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 (47)特許を巡る争いの事例;ビール風味ノンアルコール飲料特許

アサヒビール株式会社の特許第6042490号は、発酵米エキスの含有を特徴とする

非発酵ビール風味ノンアル飲料の特許。

個人名で異議申立てされたが、アサヒビールは権利範囲の訂正をしなかった。

審理の結果、請求項1と請求項3~9は取り消されたが、

「発酵米エキス」として、

「乳酸発酵米エキス」に限定した請求項2は権利維持された。

アサヒビール株式会社の特許第6042490号「非発酵ビール風味ノンアルコール飲料」を取り上げる。

特許第6042490号は、平成27年6月8日に出願され、平成28年5月10日に早期審査請求され、平成28年10月11日に特許査定された。

特許第6042490号の特許請求の範囲は、以下のようである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_6042490/9CCC727B23E239BB991D0C77B2E09FAD)。

【請求項1】発酵米エキスを不揮発分換算で1~300mg/100mL含有する

非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。

【請求項2】前記発酵米エキスが乳酸発酵米エキスである請求項1に記載の

非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。

請求項3以下、省略

発明の目的は、コク感、キレ感及び嗜好性に優れ、プリン体の含有量が低い非発酵ビール風味ノンアルコール飲料の提供と記載されている。

公開公報の特許請求の範囲は以下のようであって、上記特許公報と比較すると、

「穀類エキス及び発酵穀類物エキス」が「発酵米エキス」に限定することによって、

特許査定となっている。

(特開2017-38、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H29000038/C034C1D601A046A6185B1F3303CBBA8E

【請求項1】穀類エキス及び発酵穀類エキスから成る群から選択される少なくとも一種を

不揮発分換算で1~300mg/100mL含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。

【請求項2】前記発酵穀類エキスが乳酸発酵穀類エキスである請求項1に記載の

非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。

【請求項3】前記穀類が米である請求項1又は2に記載の非発酵ビール風味ノンアルコール

飲料。

請求項4以下、省略

特許公報発行日(平成28年12月14日)の半年後の平成29年6月14日に

個人名で特許異議申立書が提出された(異議2017-700598)。

審理の結論は、

「特許第6042490号の請求項1,3ないし9に係る特許を取り消す。

特許第6042490号の請求項2に係る特許を維持する。」

というものであった。

異議申立ての審理で、アサヒビールは訂正をしなかったので、上記特許公報に記載された特許請求の範囲について審理された。

取消理由として検討されたのは、進歩性、サポート要件および実施可能要件の3点である。

進歩性については、キリン株式会社の「パーフェクトフリー」という商品が問題となった。

本特許発明と、先行文献に記載されたキリン株式会社の「パーフェクトフリー」という

商品とを比較すると、いずれも

「発酵米エキスを含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料」という点で共通する。

一方、

本特許発明が「発酵米エキスを不揮発分換算で1~300mg/100mL含有する」と

含有量を数値限定しているのに対し、

「パーフェクトフリー」の「米発酵エキス」の含有量は不明であり、この点で相違する。

しかし、

「ビール風味ノンアルコール飲料においてコク感やキレ感を改善することは周知の課題であると認められ」、

「発酵米エキスが,ホップが配合されたノンアルコール飲料において,コク味付与や重奏感のある味わいの実現に有効であること」や

「米麹による発酵米エキスがコク味付与に有効であること」が知られている。

また「乳酸発酵米エキスはビール風味アルコール飲料に配合されており」,

「乳酸発酵米エキスがビール風味アルコール飲料の香味付けに有効であることも

知られていたものと認められる」として、

請求項1の発明は「当業者が容易に発明をすることができたものである。」と結論された。

請求項3~9も同様に結論された。

また、サポート要件および実施可能要件についても、

「本件発明1,3~9は,発明の詳細な説明において課題が解決できることを

当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものである。」および

「乳酸発酵以外の発酵形式で得られた発酵米エキスにおいて,

発明の詳細な説明に記載された実施例1と同様の効果が得られるのか,

技術常識に基づいても当業者が理解することができないから,

発明の詳細な説明の記載からでは,当業者が本件発明1,3~9の実施をすることが

できない。」として、「取り消されるべきものである」と結論された。

しかし、請求項2に記載の発明は

「取消理由及び特許異議申立理由により取り消すことはできない。

他に本件発明2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。」として、

維持された。

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(参考文献)

サポート要件 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

実施可能要件 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf

明確性要件  https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/kaitei_mokuji_150708/02-02-03.pdf

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(48)特許を巡る争いの事例;豆乳発酵飲料特許

サッポロビール株式会社の特許第5622879号「豆乳発酵飲料及びその製造方法」は、

ペクチン及び大豆多糖類を含有するなどを技術的特徴とする特許。

キッコーマンが無効審判請求し、サッポロビールは請求範囲の訂正をして対抗したが、

「進歩性」が欠如しているという理由で、無効となった。

しかし、その後、知財高裁に出訴され、争いが続いている。

サッポロビール株式会社の特許第5622879号「豆乳発酵飲料及びその製造方法」を取り上げる。

特許第5622879号の特許請求の範囲は、以下のようである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5622879/1A8581EE55BEE3ED0239595BA8DDA4AE)。

【請求項1】

pHが4.5未満であり、

かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであり、

ペクチン及び大豆多糖類を含む、豆乳発酵飲料

(但し、ペクチン及び大豆多糖類が、

ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである豆乳発酵飲料を除く。)。

(請求項2以下、省略)

目的は、タンパク質成分等の凝集が抑制された豆乳発酵飲料の提供と記載されている。

本特許は、平成25年3月5日に出願され、

公開公報の公開日平成26年9月18日より前の

平成26年5月14日に早期審査請求された。

審査の結果、平成26年9月9日に特許査定となり、

平成26年11月12日に特許公報が発行された。

公開公報の特許請求の範囲は以下のようで、豆乳発酵飲料として、

「ペクチン及び大豆多糖類が、ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである

豆乳発酵飲料を除く」と補正したことで特許査定されている。

(特開2014-168441

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H26168441/999C4326F72EAF195060F688818AC056)。

【請求項1】

pHが4.5未満であり、かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sである、

豆乳発酵飲料。

(請求項2以下、省略)

特許公報発行日から2年あまり経過した平成29年1月31日に、キッコーマン株式会社が

無効審判請求した(審決速報 無効2017-800013)。

結論は、以下のようであった。

「特許第5622879号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された

訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-10〕について訂正することを認める。

特許第5622879号の請求項1ないし9に係る発明についての特許を無効とする。

請求項10についての本件審判の請求を却下する。

審判費用は、被請求人の負担とする。」

訂正後の請求項1は、

「ペクチン及び大豆多糖類を含む」とあるのを、

「ペクチン及び大豆多糖類を含み、前記ペクチンの添加量が、

ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して、20~60質量%である」と

訂正された。

【請求項1】

pHが4.5未満であり、

かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであり、

ペクチン及び大豆多糖類を含み、

前記ペクチンの添加量が、

ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して、20~60質量%である、

豆乳発酵飲料

(但し、ペクチン及び大豆多糖類が、ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである

豆乳発酵飲料を除く。)。

(請求項2以下、省略)。

審理では、キッコーマン(審判請求人)の主張する無効理由、

新規性、進歩性、サポート要件および不明瞭記載が争点となった。

特許庁は、

「本件発明1~9は、甲第1号証に記載された発明及び甲第1、16号証記載の事項に

基いて、・・・(中略)・・・当業者が容易に発明をすることができたものである。
・・・(中略)・・・。
したがって、本件請求項1~9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して

されたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。]

として、進歩性欠如を理由に無効と判断した。

上記甲第1号証は、特開平5-7458号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H05007458/A3A243D20A0F0080DB677F831D5C00C4)であり、

ペクチン及び大豆多糖類を含む、酸性蛋白飲料などの食品に関する発明が記載されている。

三栄源エフ・エフ・アイと不二製油が特許権(特許第2834345号)は保有していたが、

存続期間満了によって、権利消滅している(消滅日平23.7.2)。

なお、上記審決に対して、その後(平成30年6月5日)に、知財高裁に出訴し(平30行ケ10076)、引き続き争われている。

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(参考文献)

サポート要件 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

実施可能要件 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf

明確性要件  https://www.jpo.go.jp/iken/pdf/kaitei_mokuji_150708/02-02-03.pdf

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(49)特許抗争の事例;ワイン容器詰め方法特許

オーストラリアの企業、バロークス  プロプライアタリー  リミテッド社のワイン容器詰め方法特許第3668240号は、「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」に関する特許である。

同社は、大和製罐、モンデ酒造、伊藤忠食品およびセブン-イレブン・ジャパンに対して、上記特許権侵害差止等を求めて、東京地方裁判所に提訴した。

大和製罐はアルミ缶を製造し、モンデ酒造は大和製罐から購入したアルミ缶にワインを充填して製品を製造し、伊藤忠食品はモンデ酒造から製品を購入し、セブンイレブンは伊藤忠食品から製品を購入して消費者に販売していたとしてである。

判決は、サポート要件違反および実施可能要件違反があり、無効にされるべきものであるため、原告は本件発明に係る特許権を行使することができないとして、差止請求等は棄却され、バロークス  プロプライアタリー  リミテッド社が敗訴した。

オーストラリアの企業、バロークス  プロプライアタリー  リミテッドの

特許第3668240号「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」を

取り上げる。

特許第3668240号は、もともと国際出願され(国際公開番号WO2003/029089、

国際公開日平成15年4月10日)、平成15年3月に日本への移行手続がなされ、

すぐに早期審査請求された。

特許第3668240号の特許請求の範囲は、以下のようである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_3668240/3C1104BEEE01352693DA5FFB4B3B028D)。

【請求項1】

アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって、該方法が:

35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、

800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを製造するステップと;

アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている

ツーピースアルミニウム缶の本体に、

前記ワインを充填し、

缶内の圧力が最小25psiとなるように、

缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップとを含む、

アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。

(請求項2以下、省略)

ワインの品質が保存中に著しく劣化しないようにすることを目的とした特許である。

特許登録後、つい最近に至るまで、20件ものファイル記録事項の閲覧の請求

(縦覧請求)があった特許である。

登録後、4回の判定請求と1回の無効審判請求がなされた

(判定2011-600023、判定2011-600024、判定2015-600020、判定2015-600022、無効2016-800043)。

判定2011-600023と判定2011-600024の2件は、いずれもアサヒビール株式会社が請求している

(判定2011-600023 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH23600023/635B51C5A9B385590C2433489AD3012C

判定2011-600024 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH23600024/635B51C5A9B3855944744070832C311F)。

アサヒビールは、

2種類の「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」について、

特許第366824号の「特許請求の範囲の請求項1に係る発明の技術的範囲に

属さない」(侵害しない)との判定を求めたものである。

判定2011-600023で判定を求めた方法は「技術的範囲に属する」、

判定2011-600024で判定を求めた方法は「技術的範囲に属さない」と結論された。

判定2015-600020と判定2015-600022の2つの判定請求は、

バロークス プロプライアタリー リミテッドが行ったもので、

判定2015-600020は、モンデ酒造株式会社に対してである。

これら2件の審判請求は取り下げられたが、

バロークス プロプライアタリー リミテッドは、

モンデ酒造株式会社、大和製罐株式会社、伊藤忠食品株式会社および

株式会社セブン-イレブン・ジャパンに対して、

特許権侵害差止等を求めて、東京地方裁判所に提訴した。

(平成27年(ワ)第21684号 特許権侵害差止等請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/087717_hanrei.pdf)。

大和製罐はアルミ缶を製造し、

モンデ酒造は大和製罐から購入したアルミ缶にワインを充填して製品を製造し、

伊藤忠食品はモンデ酒造から製品を購入し、

セブンイレブンは伊藤忠食品から製品を購入して消費者に販売しているが、

バロークス プロプライアタリー リミテッドは、

特許第3668240号の訂正請求後の特許請求の範囲請求項1の

発明の技術的範囲に属すると主張し、

また各アルミ缶は本件特許権の実施のみに用いるものである(間接侵害)と主張し、

製造販売の差止めおよび廃棄、共同不法行為に基づく損害賠償金の支払いを求めた。

この訴訟に先立って、

大和製罐は、本件特許について無効審判請求(無効2016-800043)し、

特許庁は、平成29年3月29日に請求項1~15に係る発明を全て無効とすべき旨の

審決予告をしていた。

バロークス プロプライアタリー リミテッドは、以下のように、

請求項1に下線部の文言を追加するなどの訂正を行った。

【請求項1】

アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:

アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,

35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,

800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを

意図して製造するステップと;

アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている

ツーピースアルミニウム缶の本体に,

前記ワインを充填し,

缶内の圧力が最小25psiとなるように,

前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップとを含む,

アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法

平成30年4月20日に判決が言い渡された。

サポート要件違反および実施可能要件違反があり、

無効にされるべきものであるため、

原告は本件発明に係る特許権を行使することができないとして、

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

となり、バロークス プロプライアタリー リミテッドが敗訴した。

なお、上記無効審判(無効2006-800043)は、平成30年2月20日に審決、

進歩性とサポート要件で無効理由があるとして、

「特許第3668240号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された

訂正特許請求の範囲のとおり、

訂正後の請求項〔1-15〕について訂正することを認める。

特許第3668240号の請求項1~8、10~15に係る発明についての

特許を無効とする。」

と結論されている。

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(参考文献)

サポート要件 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

実施可能要件 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_tokkyo/shinsa/pdf/kisaiyouken_honbun.pdf

ワイン充填方法事件 https://ameblo.jp/nsipat/entry-12374683888.html

ワインをパッケージングする方法事件

http://ksilawpat.jp/casepost/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%92%E3%83%91%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E4%BA%8B%E4%BB%B6/

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(50)特許を巡る争いの事例;トマト含有調味料特許

花王株式会社の特許5981135号「トマト含有調味料」は、

うまみアミノ酸で「アスパラギン酸」を「特定量」で配合して、

ケチャップなどの製造工程における風味変化を抑制する方法に関する特許。

異議申立され、花王は特許請求の範囲を訂正したが、

特定量全般にわたって、発明の効果が得られることを示す

裏付けデータが不十分であるとして、取消され、権利消滅した。

花王株式会社の特許5981135号「トマト含有調味料」を取り上げる。

本特許の特許請求の範囲は、以下のようである

(特許公報  https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5981135/491DA616659035021CE7935D0ACD67EC)。

【請求項1】

トマト又はトマト加工品とアスパラギン酸又はその塩とを含む原料を、

100℃以下で120分を超えない時間開放系で加熱処理することを特徴とする、

アスパラギン酸又はその塩をアスパラギン酸換算で

0.13~1.13質量%含有し、

且つ

可溶性固形分(Brix値)が5~40%である

トマト含有既加熱調味料を製造する方法。

(請求項2以下、省略)

アスパラギン酸は、アミノ酸の一種。うまみ成分。トマトに多く含まれている。

http://www.kagome.co.jp/statement/health/tomato-univ/dietetics/shoyu.html)。

本特許の目的は、

「ある程度の可溶性固形分を含むトマト加工品においては、

公知の技術では却ってトマト感を損ねてしまう場合があり、

加熱処理による風味変化が出てしまうことが判明した」ので、

「加熱による風味変化を抑制し、トマト本来のフレッシュな香気が感じられる

トマト含有調味料を提供することにある」と書かれている。

なお、「トマト含有既加熱調味料」として、

トマトケチャップ、トマトソース、チリソースが例示されている。

公開公報(特開2013-135639)の特許請求の範囲は以下のようであった

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H25135639/1CF48F6BE0F595EBB14897B669F83CFF)。

【請求項1】

アスパラギン酸又はその塩をアスパラギン酸換算で

0.13~1.13質量%含有し、且つ

可溶性固形分(Brix値)が5~40%である

トマト含有調味料。

(請求項2以下、省略)

審査で拒絶査定になったため、拒絶査定不服審判請求をして、

特許査定された(平28.7.26)。

公開公報では、「トマト含有調味料」という「物」についての特許であったが、

「トマト含有調味料を製造する方法」という、

「方法」の形にして特許を受けている。

本特許に対して、平成29年2月17日に、一個人から異議申立てされた

(異議2017-700150)。

異議申立の審理の結論は、

「特許第5981135号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された

訂正特許請求の範囲のとおり、

訂正後の請求項〔1~5〕について訂正することを認める。

特許第5981135号の請求項1~5に係る特許を取り消す。」

であった。

認められた訂正後の請求項は、以下のようであった。

【請求項1】

トマトペーストにアスパラギン酸又はその塩を配合した原料を、

60~90℃で10秒間~5分間開放系で加熱処理することを特徴とする、

前記アスパラギン酸又はその塩に由来するアスパラギン酸又はその塩を

アスパラギン酸換算で0.13~1.13質量%含有し、

トマトペーストを15~55質量%含有し、

且つ

可溶性固形分(Brix値)が5~40%である

トマト含有既加熱調味料を製造する方法。

(請求項2以下、省略)

特許査定された請求項1と比較して、

加熱処理条件の範囲の限定およびトマトペースト含有量の限定がなされている。

取消理由は、サポート要件違反であった。

具体的には、

トマト含有加熱調味料のアスパラギン酸総量は、

(配合されたアスパラギン酸+トマトペーストに由来するアスパラギン酸)

である。

しかし、本特許明細書に記載された実施例から見ると、

アスパラギン酸の総量は、

「トマトペースト由来のアスパラギン酸を考慮」せず、

「配合されたアスパラギン酸ナトリウムからの演算値に基づいて決定された数値範囲」を

特定したものである。

「本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討したところ、

アスパラギン酸又はその塩を一定範囲で含有させれば、

加熱による風味変化を抑えることができ、

トマト本来のフレッシュな香気を有するトマト含有調味料とすることが

できることを見出した」というのであれば、

「トマトペーストの種類や配合量に応じて、

別途配合するアスパラギン酸又はその塩の配合量を

調節しなければならないことは明らかである」。

しかし、

本発明の数値範囲(0.13~1.13質量%)は、

「特定のトマトペースト35質量%を配合した実施例を前提」とした数値範囲であり、

これ以外のトマトペースト配合量の場合も、

上記数値範囲で効果があるかどうかは、記載がないため、明らかでない。

したがって、

「配合したアスパラギン酸又はその塩に由来するアスパラギン酸又はその塩を

アスパラギン酸換算で0.13~1.13質量%含有すれば」、必ず、

「本件発明の課題を解決できるということはできない」とされた。

結論として、

「発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識に照らし、

当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできず」、

「請求項1~5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を

満たしていない特許出願」とされた。

本特許は、平成30年7月30日に権利消滅した。

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(参考文献)

サポート要件 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf

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(51)特許を巡る争いの事例;畜産練り製品特許

味の素の特許第6048413号は、アミノ酸の一種、アルギニン又はその塩、を

添加することを特徴とする、無塩又は低塩の畜肉練り製品、あるいは、

つなぎ不使用の畜肉練り製品(ソーセージ等)の製造方法に関する特許。

異議申立されたので、味の素は特許請求の範囲を訂正して対抗した結果、

つなぎ不使用で結着性を向上させる製造方法に関する請求項2は

取り消されたが、他の請求項は権利維持された。

味の素株式会社の特許第6048413号「畜肉練り製品およびその製造方法」を

取り上げる。

特許第6048413号は、最初は国際出願され(国際公開番号WO2013/054946)、

その後に日本国内への移行手続きがなされ、審査請求されて、

特許査定(平成28年10月25日)になった特許である。

特許第6048413号の特許公報は、平成28年12月21日に発行されたが、

特許請求の範囲は、以下のようであった。

(特許公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_6048413/40E7846574FD49F7D0B730F7DC9C3181)。

【請求項1】

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

添加することを特徴とする、

食塩含量0.01%~0.9%の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項2】

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

用いることを特徴とする、

食塩無添加の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項3】

つなぎを使用せず、

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニンまたはその塩を

用いることを特徴とする、

つなぎ不使用の畜肉練り製品の製造方法。

(請求項4以下、省略)

アルギニンは、アミノ酸の1種で、緑茶、にんにく、イカなどの特徴的な呈味成分。

食品添加物として調味目的などで使用されている

http://www.fsc.go.jp/iken-bosyu/pc6_hishiryo3_arginine_240223.pdf

http://daesang.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/12/c4a0e14a8d338d6de42d3e9c665bbb4c.pdf)。

本特許は、

「アルギニンまたはその塩を用いることを特徴とする、無塩又は低塩の畜肉練り製品、

あるいは、つなぎ不使用の畜肉練り製品、およびそれらの製造方法に関するもの」であって、

「畜肉練り製品」として、

「ハンバーグ、ソーセージ、ミートボール」などが例示されている。

国際公開時の特許請求の範囲は、以下のようで、あった。

(国際公開番号WO2013/054946

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO13054946/5398F5BABCA0517EA963694C6C8C7D06

【請求項1】

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

添加することを特徴とする、

食塩含量0.01%~0.9%の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項2】

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

用いることを特徴とする、

食塩無添加の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項3】

つなぎを使用せず、

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニンまたはその塩を

用いることを特徴とする、

つなぎ不使用の畜肉練り製品の製造方法。

(請求項4以下、省略)

特許査定された請求項1~3と同じであった。

特許公報発行後6カ月後の平成29年6月20日に、一個人から、

異議申立てがなされた(異議2017-700623)。

特許庁の審理の結果は、

「特許第6048413号の特許請求の範囲を

訂正請求書に添付された特許請求の範囲及び図面のとおり,

訂正後の請求項1,2,〔3-4〕,5について

訂正することを認める。

特許第6048413号の請求項2に係る特許を取り消す。

特許第6048413号の請求項1及び5に係る特許を維持する。」

という結論だった。

訂正後の特許請求の範囲は、以下のようで、「つなぎを使用せず」の要件が追加された。

【請求項1】

つなぎを使用せず,

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

添加することを特徴とする,

食塩含量0.01%~0.9%の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項2】

つなぎを使用せず,

原料肉100gあたり

アルギニン換算で0.0001g~10gのアルギニン又はその塩を

用いることを特徴とする,

結着性の向上した食塩無添加の畜肉練り製品の製造方法。

【請求項3】

(削除)

(請求項4以下は省略)

上記の「結着性」という言葉は、「製品中で肉塊あるいは肉粒子がお互いに接着する性質」を意味している(http://jmeatsci.org/column/%E9%A3%9F%E8%82%89%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%84%9F)。

請求項2が取り消されたのは、以下の新規性欠如および進歩性欠如の理由からである。

「本件発明2は,甲8発明である,

又は甲8発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,

本件発明2に係る特許(請求項2に係る特許)は

特許法29条1項3号又は同条2項の規定に違反してされたものであり,

同法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。」と判断された。

具体的には、

甲8発明は、特開昭48-5967号公報に記載された発明で、

特許請求の範囲は、

「L-アルギニンおよびそれらの塩類より選ばれた1種または2種以上と

アルミニウム,マグネシウム,鉄,ナトリウム,カリウムおよびカルシウムの塩類より

選ばれた1種または2種以上とを含有してなる

魚畜肉食品の発色剤。」である

(特開昭48-5967号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_S48005967/9DD33AAE51E35742E212F000BE4E1AB2)。

”甲8発明には、

本件発明2の「原料肉」,「アルギニン」,「畜肉練り製品」に相当する、

「鯨肉」,「L-アルギニン」,「魚肉ソーセージ」が記載されており、

アルギニンの添加により結着性が向上するから,

甲8発明には,「結着性の向上した」「畜肉練り製品の製造方法」も記載されており,

本件発明2と甲8発明とは,特段相違するところがないから,

本件発明2は甲8発明である。

仮に,

結着性の点で相違するとしても,

アルギニンの添加により結着性が向上することが広く知られているから,

甲8発明において,L-アルギニンの添加により結着性を向上させることは,

当業者が容易に想到できたものと認められる。”

と判断された。

その他の請求項は、取り消されず、維持された。

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