争いになった場合に特許権を行使するための方法は「訴訟」である。特許権侵害訴訟は、東京地裁または大阪地裁に提訴するよう定められており、まず「侵害」の有無について審理され、「侵害」が認められた場合に「損害額」が審理される。控訴審は知的財産高等裁判所で行われる。他に、特許庁に、他社製品が権利範囲に含まれるかどうかを「判定」してくれる制度があり、法的拘束力はないものの、侵害有無の判断に利用できる。
自社の特許権が侵害されているのを発見した場合に、差止請求権や損害賠償請求権を行使する場合の一般的な手順は、“(22)特許権行使の制約要因;労力、時間、費用“で説明した。
交渉や仲裁によって解決できればそれに越したことはないが、合意に至らない場合、権利行使するためには、「訴訟」という方法を取ることになる。
特許権侵害訴訟は、原則として、東京地方裁判所、大阪地方裁判所のいずれかに提起するように定められている(民事訴訟法第6条)。(訴額が140万円を超えない場合は、簡易裁判所でも可)。
第1審は東京地方裁判所又は大阪地方裁判所が管轄し、控訴審は知的財産高等裁判所が管轄する。
東京地方裁判所と大阪地方裁判所での特許権侵害訴訟における審理要領が公開されている
(東京地裁http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/singairon/index.html、大阪地裁 http://www.courts.go.jp/osaka/vcms_lf/311005.pdf)。
たとえば、東京地裁の「特許権侵害訴訟の審理要領」には、「特許権侵害訴訟について原則として2段階審理方式を採用しており,第1段階において特許権の侵害の有無(無効論を含む。)を審理し(侵害論),侵害の心証を得た後に,第2段階として損害額の審理(損害論)に入る(非侵害の心証を得た場合には損害論に入らない)という運用を行っています。」と書かれている。
まず特許権侵害の有無を審理する「侵害論」が行われ、侵害が認められた場合には損害について審理する「損害論」に移行するという運用がなされる点で、通常の民事訴訟と異なっている。
知的財産高等裁判所(知財高裁)は、知的財産高等裁判所設置法に基づいて2005年に設置された、知的財産に関する事件を専門的に取り扱う裁判所である
(http://www.ip.courts.go.jp/index.html)。
知財高裁での最近の侵害訴訟の判例については、知財高裁のホームページの裁判例情報に公開されており、重要な法律上の争点を含む事件(大合議事件、http://www.ip.courts.go.jp/aboutus/current/index.html)は、係属中(審理が終結していない事件)も含めて紹介されている(http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html)。
なお、侵害訴訟の判例を調べるには、たとえば、特許判例データベース(http://tokkyo.hanrei.jp/)で検索することができる。
特許権侵害訴訟は、時間と費用がかかる。
自社の特許権侵害が疑がわれる製品を発見した場合、最初に行うべきことは、自分の特許の権利範囲と相手の実施内容との比較である。
自分の特許の権利範囲と相手の実施内容とを比較し、権利範囲内であるか検討(「属否判定」)が必須である。属否判定は、弁理士に鑑定依頼することはできるが、それなりの費用がかかる。
特許庁には、安価に権利範囲に含まれるかどうかを判定してくれる制度がある(判定制度)
(http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/06.pdf)。
審判便覧(審判便覧 58-00)には、「判定とは、特許発明や登録実用新案の技術的範囲、登録意匠やこれに類似する意匠の範囲、商標権の効力の範囲について、特許庁が、判定対象の権利侵害の可能性について、中立・公平な立場から判断を示す制度です。」と書かれている。
具体的には、特許権を侵害していると考えている他社製品(イ号製品という)が、特許権の権利範囲(技術的範囲)に含まれるかどうかの特許庁の見解が提供される。
しかし、費用が1件4万円、平均審理期間が3.8ヵ月と比較的短いこと、中立・公平な立場からの判断が得られる点で、特許権行使の判断材料として利用し得る。
ただし、行政サービスの一環と位置づけである。
見解に法的拘束力はないし、実際に争いになった場合に争点となる特許権の有効性についての検討はなされない点、留意する必要がある。
特許に関する判定請求の年間件数は、2016年は100件近くだったが、それ以外の年は30件前後である(特許庁ステータスレポート2018、
判定請求の事例は、「特許情報プラットフォーム」(J-PlatPat)の「審判」の「審判速報」のうち、「当事者系審判検索」で「審判種類」を「判定請求」として調べられる(https://www2.j-platpat.inpit.go.jp/shinketsu/JJ1P001.cgi?1523325866258)。
また、「特許審決データベース」(http://tokkyo.shinketsu.jp/)で、「審判の種類」を「2.判定」とすることで検索することができる。
なお、「日本知的財産仲裁センター」(https://www.ip-adr.gr.jp/)は、日本弁理士会と日本弁護士連合会が工業所有権の分野での紛争処理を目的として設立したADR(裁判外の紛争解決手段)機関であるが、「センター判定」というサービスがあり、範囲判定と無効判定について依頼することができる(https://www.ip-adr.gr.jp/business/decision/)。
ただし、特許庁の判定請求と比較すると一桁多い費用がかかる。
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(引用文献)
特許権等の紛争解決の実態に関する調査研究
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/tf_chiizai/dai3/siryou03.pdf
平成26年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 特許権等の紛争解決の実態に関する調査研究報告書
知財高裁パンフレット(2017.10)
5. 知的財産権関係訴訟の仕組み http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/05_3syo.pdf
6.特許関係事件の審理運営 http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/06_4syo.pdf
第一審の管轄 http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tetuzuki_ip/uketuke_issin_kankatu/index.html
特許権侵害訴訟の審理要領 http://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/singairon/index.html
第1部(知的財産権制度,訴訟手続の概要など)
http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tetuzuki_ip/tetuzukisetumei_18_1/index.html
知的財産高等裁判所 http://www.ip.courts.go.jp/
弁護士知財ネット 知的財産権に関するQ&A(11) 特許法(10)|その他(特許権侵害訴訟手続等) https://iplaw-net.com/knowledge/ip-qa/qa_patent_10.html
平成27年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書
知財訴訟における諸問題に関する法制度面からの調査研究報告書
審判制度の概要
特許庁の判定制度について https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/hantei2.htm
特許庁の判定制度について 平成30年3月 特許庁審判部
産業財産権関係料金一覧 https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/ryoukin/hyou.htm#sinpan
センター判定 | 日本知的財産仲裁センター https://www.ip-adr.gr.jp/business/decision/
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