無効審判の事例として、花王の特許第4340581号「減塩醤油類」を紹介する。キッコーマンは無効審判で無効にできなかったので、知財高裁に出訴し、無効と判決された。しかし、花王は、権利範囲を狭める訂正を行い、無効となるのを免れた。
本特許は、以下のような経過を経て特許査定された。
(一般的な審査プロセスは、「(24)特許権取得のプロセス ~特許審査制度~」参照)
特許出願:平成16年4月19日 (原出願日・優先日):平成15年5月12日
出願審査請求:平成16年12月27日
拒絶理由通知書(1回目):平成20年2月19日
意見書・手続補正書(1回目):平成20年4月21日
拒絶理由通知書(2回目): 平成20年12月2日
意見書・手続補正書(2回目):平成21年2月2日
特許査定:平成21年6月30日
(日付は、特許庁受付日または特許庁発送日)
出願時の特許請求の範囲は、以下のようであった。
【請求項1】 食塩濃度9w/w%以下、
カリウム濃度0.5~3.7w/w%であり、かつ
窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類。
(請求項2以下は省略)
(特開2004-357700公報
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H16357700/F2E06421C1FF7FB52D78B1FC890FF969)
一方、最終的に特許査定された特許請求の範囲は以下のようであった。
【請求項1】食塩濃度9w/w%以下、
カリウム濃度1~3.7w/w%、
窒素濃度1.9w/v%以上であり、かつ
窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。
(請求項2以下は省略)
(特許第4340581号公報
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4340581/F27FA9533874D565DD71569C088CAAB2)
カリウム濃度の数値範囲が狭くなったこと、
窒素/カリウムの重量比が追加されたこと、
ただし、食塩とカリウムと窒素の3成分の濃度で規定されている点に変わりはなかった。
食塩(ナトリウム)と窒素(たんぱく質)は、醤油の主要な成分である。
(例えば、キッコーマン特選丸大豆しょうゆhttps://www.kikkoman.co.jp/products/product/K051005/index.html)
また、本発明を用いることによって、食塩濃度が低い(減塩)にもかかわらず塩味のある
醤油類を製造できるいう効果が得られると記載されている。
一方、減塩醤油において、食塩(ナトリウム)を減らした時の呈味調整のために、食塩の代わりにカリウムを使用することは、一般的に採用されている技術である
(減塩の塩のはなしhttp://gen-en.net/food-d-sio.html)。
したがって、花王の特許第4340581号は、「減塩醤油」製造の基本技術に関わる内容である。そのためか、審査段階で2件の情報提供、特許査定後には特許庁の審査記録閲覧が8件あった。
特許公報発行後、約1年が経過した平成22年12月に、一個人によって、特許庁に無効審判請求されたが、無効とはならなかった
(特許審決公報 無効2010-800228
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH22800228/AB73F77D7A0BB1A93EA6A9DC6388351D)。
さらに、この無効審判の結果の取消をもとめて、訴訟が提起されたが、棄却された。
(平成23年(行ケ)第10254号 審決取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/082320_hanrei.pdf)。
上記判決が言い渡された1年後(特許登録の約5年後)になって、再度、無効審判請求された。請求人は、キッコーマン株式会社だった。
しかし、無効とはならなかったので、キッコーマンは知財高裁に審判の結果の取消をもとめて出訴した。
(平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/086206_hanrei.pdf)
知財高裁の判断は、本特許にはサポート要件違反があり、キッコーマンの主張を認め、無効審判の結果を取り消すというものであった。
(サポート要件;請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない。http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/02_0202.pdf)
具体的には、本特許の【請求項1】は「食塩濃度9w/w%以下」となっているが、
「本件明細書の実施例・比較例から,課題を解決できることが認識できることが直接示されているのは,食塩濃度が9.0w/w%の場合のみであ」り、
「食塩濃度が9w/w%未満の場合について,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1が課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されて」いないという理由であった。
平成28年11月2日に判決が確定したが、直後の平成28年11月7日、花王は特許庁に 訂正請求の申立を行った。
(訂正請求 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf)
訂正請求が認められ、以下のように請求項は訂正された。
(食塩濃度は9w/w%の1濃度のみ)
【請求項1】食塩濃度9w/w%、
カリウム濃度1~3.7w/w%、
窒素濃度1.9~2.2w/v%であり、かつ
窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。
(請求項2以下は省略)
無効審判の過程で、双方は、数十件にものぼる証拠を提出して争ったが、最終的に訂正された請求項は無効にはならなかった。
(特許審決公報 無効2013-800113
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800113/BD48F65711F216F81F680A39EF7410BE)。
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(引用文献)
特開2004-357700
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA_H16357700/F2E06421C1FF7FB52D78B1FC890FF969
特許第4340581号
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4340581/F27FA9533874D565DD71569C088CAAB2
キッコーマン 特選丸大豆しょうゆ
https://www.kikkoman.co.jp/products/product/K051005/index.html
減塩の塩のはなし http://gen-en.net/food-d-sio.html
特許審決公報 無効2010-800228
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH22800228/AB73F77D7A0BB1A93EA6A9DC6388351D
平成23年(行ケ)第10254号 審決取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/082320_hanrei.pdf
平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/086206_hanrei.pdf
特許・実用新案審査基準 第 II 部 第 2 章 第 2 節 サポート要件
第 2 節 サポート要件(特許法第 36 条第 6 項第 1 号)
訂正審判・訂正請求Q&A
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf
特許審決公報 無効2013-800113
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800113/BD48F65711F216F81F680A39EF7410BE
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