昭和産業株式会社の特許第6920103号は、加水焙煎ふすまを特定量含有する、製麺性や香味の良好な麺類に関する。明確性要件及びサポート要件の違反、並びに新規性及び進歩性の欠如の理由で異議申し立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。
昭和産業株式会社の特許第6920103号“ふすまを含む麺類及びその製造方法”を取り上げる。
特許第6920103号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(
【請求項1】
原料粉中に加水焙煎ふすまを0.3~40質量%含有する麺類であって、
加水焙煎ふすまのα-アミラーゼ力価が150mU/g以下であり、
加水焙煎ふすまの中性プロテアーゼ力価が20U/g未満である、
上記麺類。
【請求項2】~【請求項9】 省略
本特許明細書には、本特許発明に用いられる“加水焙煎ふすま”の“ふすま”について、“ふすま”は“穀物外皮”であり、“小麦、オーツ麦、大麦及びライ麦からなる群から選択される少なくとも1種に由来するものが好ましく、より好ましくは小麦由来である”と記載されている。
そして、”加水焙煎ふすま”について、”ふすまを加熱する工程において、加熱前及び/又は加熱途中で水分を加えて加熱処理(焙煎処理)を行ってなるものである。この加水焙煎ふすまは、α-アミラーゼ力価が150mU/g以下であることが好ましく、中性プロテアーゼ力価が20U/g未満であることが好ましい”と記載されている。
“α-アミラーゼ”及び“中性プロテアーゼ”は、いずれも“ふすま”に含まれる酵素である。
それらの酵素の力価について、“いずれも数値が低いほど活性が低いことを示す。加水焙煎ふすまに含まれる酵素の活性が低いということは、加水と加熱処理によって酵素が失活するほど内部まで十分に熱がかけられたことを意味すると考えられる”と記載されている。
一般に、麺生地へ“ふすま“などの穀物外皮を配合すると、”生地の水分がふすまに吸収されたり、ふすまによって生地のつながりが弱くなったりするため、伸展性が劣る生地になってしまう“し、“従来技術のように単純に熱処理しただけでは穀物臭やえぐ味を十分に低減できなかった”と記載されている。
しかし、”本発明者は、鋭意検討の結果、加水焙煎処理によってふすまの穀物臭やえぐ味を低減できることを見出した。また本発明者は、このように穀物臭やえぐ味を低減できたのは、加水焙煎処理によってふすまの内部にまで十分熱が行き渡ったことが要因であると考えられる。また、加水焙煎処理によって酵素活性を失活させることで、製麺時の生地のべとつきが少なくなり、製麺性が向上する”と記載されている。
また、“ふすまは、食物繊維やミネラル、ビタミンが豊富な食品素材であり、本発明に係る麺類は、豊富な栄養素を摂取するという観点からも有用なものである”と記載されている。
公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2018-191552 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-191552/4FFBAE26C8531A6276C5B68AD2D356B0C43C3E66D50D050A5BA29EB47C09DF37/11/ja)。
【請求項1】
原料粉中に加水焙煎ふすまを0.3~40質量%含有する麺類。
【請求項2】~【請求項10】省略
加水焙煎ふすまのα-アミラーゼ力価及び中性プロテアーゼ力価を数値限定することによって、特許査定を受けている。
特許公報の発行日(2021年8月18日)の約半年後(2022年2月9日)、一個人名で異議申立てがなされた。
審理の結論は、以下であった(異議2022-700110 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-097109/4FFBAE26C8531A6276C5B68AD2D356B0C43C3E66D50D050A5BA29EB47C09DF37/10/ja
“特許第6920103号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。”
異議申立人は、甲第1~8号証を提出し、以下の申立理由(1)~(4)により、特許第6920103号(本件特許)は取り消されるべきものであると主張した。
(1)明確性要件違反
“本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1~9の記載は、明確でない”。
(2)サポート要件違反
“本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1~9の記載は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない”。
(3)新規性欠如
“本件発明1、4、5、7~9は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1~3号証のいずれかに記載された発明であ”る。
(4)進歩性欠如
“本件発明1~9は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1~5号証のいずれかに記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたもの”である。
甲第1号証:特開2017-29145号公報
甲第2号証:特開2017-29146号公報
甲第3号証:特表2016-501556号公報
甲第4号証:特開2016-149992号公報
甲第5号証:特開平11-313627号公報
以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理内容を紹介する。
(1 )明確性違反について
審判官は、“申立人の主張する申立理由1は、「『加水焙煎ふすま』がいかなるものであるのかが明らかでないため、本件発明1~9は不明確である」という理由を含むものである”と認め、以下のように判断した。
“本件発明1~9は、麺類に配合される「加水焙煎ふすま」が有する酵素の力価が明確に定められるとともに、「加水焙煎ふすま」についても、【0025】において「加水焙煎ふすまは、ふすまを加熱する工程において、加熱前及び/又は加熱途中で水分を加えて加熱処理(焙煎処理)を行ってなるもの」と明確に定義されており、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項1~9の記載は、明確性要件に適合する。“
(2)サポート要件違反について
審判官は、異議申立人が主張する3点について、“いずれの主張も失当である”と結論した。
以下、各主張ごとに審理結果を紹介する。
1.主張1
・異議申立人の主張1は、“請求項1に記載の「加水焙煎ふすま」を含有する麺類は、本件発明の課題を解決することができない公知の加熱処理ふすまを含有する公知の麺類を包含するから、本件発明の課題を解決することができない範囲を含んでいる”というものであった。
・審判官は、この主張に対して、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、
”「従来技術のように単純に熱処理しただけでは穀物臭やえぐ味を十分に低減できなかったが、本発明者は、鋭意検討の結果、加水焙煎処理によってふすまの穀物臭やえぐ味を低減できることを見出した。
また本発明者は、このように穀物臭やえぐ味を低減できたのは、加水焙煎処理によってふすまの内部にまで十分熱が行き渡ったことが要因であると考えられる。
また、加水焙煎処理によって酵素活性を失活させることで、製麺時の生地のべとつきが少なくなり、製麺性が向上する。」(同【0026】)という作用機序について記載されており”、”これらの要件を満たす実施例も記載されている“と判断した。
・そして、“本件発明は、「麺類」において、「原料粉中に加水焙煎ふすまを0.3~40質量%含有」し、当該「加水焙煎ふすまのα-アミラーゼ力価が150mU/g以下であり、加水焙煎ふすまの中性プロテアーゼ力価が20U/g未満である」とするという特定事項を満たすものであり、本件発明の課題を解決するものと認識できるものである”と判断した。
2.主張2
・異議申立人の主張2は、“請求項1に記載される「α-アミラーゼ力価が150mU/g以下であり、加水焙煎ふすまの中性プロテアーゼ力価が20U/g未満である」加水焙煎ふすまが、そのα-アミラーゼ力価及び中性プロテアーゼ力価の全範囲で、常に麺類の製麺性や風味等の点で実施例(製造例1~5)と同等の効果を奏し、本件発明の課題を解決できるものであるとは認められない”というものであった。
・しかし、審判官は、本件特許の明細書の記載から、“その範囲であれば課題を解決できると認識するのであるから、実施例においてその全ての範囲について有効であることが示されているか否かはサポート要件の判断に関係がない”と判断した。
3.主張3
異議申立人の主張3は、“L値又は粒径で限定されていない請求項1に記載の加水焙煎ふすまが、常に麺類の製麺性や風味等の改善効果を奏し、本件発明の課題を解決できるものであるとは認められない”というものであったが、審判官は、“L値及び粒径は課題の解決手段とは関係がない”と結論した。
(3)新規性欠如及び(4)進歩性欠如について
審判官は、異議申立人が引用した甲第1号証(甲1)~甲第5号証(甲5)について、各引用文献を主引用文献とした場合の新規性及び進歩性について、以下のように結論した。
1.甲1を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如について
・ 審判官は、甲1に記載された発明(“甲1物発明”)は、以下であると認めた。
“麺生地中に蒸煮処理小麦ふすまを乾燥質量換算で7~47%含む麺類の製造方法であって、
前記蒸煮処理小麦ふすまが、小麦ふすまと、該小麦ふすまの乾燥質量100質量部に対して13~135質量部の水とを共存させ、該小麦ふすまと該水とを混練しながら60~150℃で1~60分間処理し、乾燥して得られたものである方法によって得られた麺類。“
・審判官は、本件発明1と甲1物発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“「原料粉中にふすまを7~40質量%含有する麺類。」”
相違点1.1-1:“「ふすま」の処理について、本件発明1が「加水焙煎」と特定するのに対し、甲1物発明は「蒸煮処理」である点”
相違点1.1-2:省略
・審判官は、相違点1.1-1について、以下のように判断した。
本件特許の明細書の記載から、本件発明における“「焙煎」とは、加熱によりふすまの水分をとばし、特有の風味を付すことをいう。」とあり、「加水焙煎」とは、「蒸し」と「焙煎」との両者が行われるものと解される。”
“他方、甲1物発明は、小麦ふすまと、該小麦ふすまの乾燥質量100質量部に対して13~135質量部の水とを共存させ、該小麦ふすまと該水とを混練しながら60~150℃で1~60分間処理した後、乾燥する工程を有するものであるから、蒸煮処理された時点では相当量の水分が残存しているもの、すなわち「焙煎」しないものであると考えられるため、相違点1.1-1は実質的な相違点である”と結論した。
・また、“甲1物発明において焙煎処理を行う動機がないから、相違点1.1-1に係る構成が当業者が容易に想到し得るものであったとはいえない”と結論した。
2.甲2を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如について
・審判官は、甲2に記載された発明(“甲2物発明”)は、以下であると認めた。
“麺生地中に蒸煮処理小麦ふすまを乾燥質量換算で4~55%含む麺類の製造方法であって、
前記蒸煮処理小麦ふすまが、小麦ふすまと、該小麦ふすまの乾燥質量100質量部に対して13~135質量部の水とを共存させ、該小麦ふすまと該水とを混練しながら60~150℃で1~60分間処理し、乾燥して得られたものである方法によって得られた麺類。“
・審判官は、本件発明1と甲2物発明とを対比して、
“甲2に記載された発明は、麺生地中の蒸煮処理小麦ふすまの含有量が甲1に記載された発明の範囲よりも広いことを除いて、甲1に記載された発明と同じである”と認め、“甲1を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如についての検討と同様に判断されるから、本件発明1は甲2に記載された発明ではないし、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。
3.甲3を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如について
・審判官は、本件発明1と甲3に記載された発明(“甲3物発明”)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“「原料粉中に加水焙煎ふすまを14~40質量%含有する麺類。」”
相違点3.1-1:“「加水焙煎ふすま」の「α-アミラーゼ力価」及び「中性プロテアーゼ力価」について、本件発明1がそれぞれ「150mU/g以下」及び「20U/g未満」と特定するのに対し、甲3物発明はそのような特定を有しない点”
・審判官は、 相違点3.1-1について、甲3には”運搬混合装置のジャケットの温度が221℃であった場合、リパーゼ活性が80.89U/gであったこと等が記載されているものの、「α-アミラーゼ力価」及び「中性プロテアーゼ力価」について特定されていない。
また、リパーゼ活性が上記数値であったときに「加水焙煎ふすまのα-アミラーゼ力価が150mU/g以下であり、加水焙煎ふすまの中性プロテアーゼ力価が20U/g未満」となると認めるに足る根拠も見当たらないから、相違点3.1-1は実質的な相違点である”と結論した。
・また、“甲3物発明において、α-アミラーゼ力価及び中性プロテアーゼ力価に着目して相違点3.1-1に係る構成とする動機もないから、当業者が容易に想到し得たものとはいえない”と結論した。
4.甲4を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如について
・審判官は、本件発明1と甲4に記載された発明(“甲4物発明”)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“「原料粉中にふすまを0.3~18.1質量%含有する麺類。」”
相違点4.1-1:“「ふすま」の処理について、本件発明1が「加水焙煎」と特定するのに対し、甲4物発明は、小麦ふすまを90.5質量%含む原料粉100質量部に対して60質量部の水を添加し全体に馴染ませた後、エクストルーダー処理により加熱するものである点”
相違点4.1-2:“省略”
・審判官は、相違点4-1について、“甲4物発明における小麦ふすま含有組成物は、エクストルーダーから押し出された後、乾燥する工程を経て得られていることから、エクストルーダーから押し出された時点、すなわち加熱工程が終了した時点では相当量の水分が残存しているものと考えられるため、相違点4.1-1は実質的な相違点である”と結論した。
・また、“甲4物発明において焙煎処理を行う動機がないから、相違点4.1-1に係る構成が当業者が容易に想到し得るものであったとはいえない”と結論した。
5.甲5を主引用文献とする新規性欠如・進歩性欠如について
・審判官は、本件発明1と甲5に記載された発明(“甲5物発明”)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“「原料粉中にふすまを9.1質量%含有する小麦粉食品。」”
相違点5.1-1:“「ふすま」の処理について、本件発明1が「加水焙煎」と特定するのに対し、甲5物発明は、小麦フスマ100部に対し水30部を加え炭水化物含量が14%、及び水分含量が33%となるように調整した混合物を挽臼式粉砕機内での摩擦熱により加熱するものである点”
相違点5.1-2:省略
相違点5.1-3:省略
・審判官は、相違点5.1-1について、“甲5物発明におけるフスマ加工品は、挽臼式粉砕機で処理された後、乾燥する工程を経て得られていることから、加熱工程が終了した時点では相当量の水分が残存しているものと考えられるため、相違点5.1-1は実質的な相違点である”と結論した。
・また、“甲5物発明において焙煎処理を行う動機がないから、相違点5.1-1に係る構成が当業者が容易に想到し得るものであったとはいえない”と結論した。