特許を巡る争い<51>キリン・炭酸飲料特許

キリンホールディングス株式会社とキリンビバレッジ株式会社の特許第6742116号は、炭酸感を増強する辛味成分スピラントールの辛味刺激を低減させた炭酸飲料に関する。日本香料工業会から、新規性欠如、進歩性欠如、及び実施可能要件違反の理由で異議申立がなされたが、いずれの主張も認められず、権利維持された。

キリンホールディングス株式会社とキリンビバレッジ株式会社が共有する特許第6742116号“辛味刺激が低減されたアミド誘導体含有酸性炭酸飲料”を取り上げる。

特許第6742116号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6742116/9A39617970E18AC56E5658F26EDCB8BF7B11536917D2A03E70C509E4C6647AA1/15/ja)。

【請求項1】

スピラントールを含有する酸性炭酸飲料において、

乳化成分を含有させたことを特徴とするスピラントール含有酸性炭酸飲料

(ただし、感覚刺激物質と乳化剤とを含有し、乳化粒子の平均粒子径が500nm以下である乳化組成物を添加したことを特徴とする炭酸飲料を除く)。

【請求項2】~【請求項11】 省略

スピラントールは、キク科オランダセンニチ(Spilanthes acmella)に含まれる味成分として知られている(http://www2.odn.ne.jp/~had26900/constituents/spilanthol.htm)。

本特許明細書には、従来技術について、“特許文献4には、スピラントール又はスピラントールを含む植物抽出物を含有させることによって、炭酸飲料の炭酸感を増強又は維持する方法が開示されている。

スピラントール等のアミド誘導体が発揮する炭酸感増強効果、維持効果は好ましいが、スピラントール等のアミド誘導体は辛味成分であるということもあり、

スピラントール等のアミド誘導体を炭酸飲料に含有させた場合に、その辛味の刺激が強過ぎて炭酸飲料の香味バランスがくずれ、嗜好性が低下してしまうことがあるなど、

スピラントール等のアミド誘導体は炭酸感増強剤として実用上、不十分な点もあった”と記載されている。

そして、“本発明者らは、乳化成分であるショ糖脂肪酸エステルやグリセリン脂肪酸エステルが、スピラントール等のアミド誘導体による炭酸感の向上効果を保持しつつ、スピラントール等のアミド誘導体の辛味刺激を低減できることを見いだし、本発明を完成するに至った”と記載されている。

公開特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-153460、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-153460/9A39617970E18AC56E5658F26EDCB8BF7B11536917D2A03E70C509E4C6647AA1/11/ja)。

【請求項1】

以下の一般式(1)のアミド誘導体を含有する酸性炭酸飲料において、

乳化成分を含有させたことを特徴とするアミド誘導体含有酸性炭酸飲料。

【化1】(省略)

(上記式(1)中、R1は、末端がメチレンジオキシフェニル基で置換されていてもよい炭素数2~20のポリエン基またはアルケニル基を表し、R2及びR3は、それぞれ独立して、水素原子又は水酸基で置換されていてもよい低級アルキル基を表し、R2とR3は、それぞれ互いに隣接する窒素原子と共に複素環を形成していてもよい。)

【請求項2】~【請求項14】 省略

請求項1について、特許公報に記載された請求項1と比較すると、

アミド誘導体をスピラントールに限定し、“除く“クレームの形式にすることにより、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(令和3年8月19日)の約6カ月後、日本香料工業会から、2件の異議申立がなされた(異議2021-700166)。

日本香料工業会は、“香料産業の発展に必要な事業を行い、会員の事業に共通の利益を増進して、香料産業の繁栄に寄与する”こと、並びに“香料の有用性・安全性等に関する情報の入手及び普及に努める”ことを目的として、“香料を営業目的とする企業者で、本会の目的、事業に賛同する会員をもって組織されている”任意団体である(会員数125社)(https://www.jffma-jp.org/profile/)。

審理の結論は、以下の通りであった(異議2021-700166、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-042768/9A39617970E18AC56E5658F26EDCB8BF7B11536917D2A03E70C509E4C6647AA1/10/ja)。

“特許第6742116号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。”

申立人は、2件の特許異議の申立てをし(異議A及び異議B)、証拠として、異議Aでは、甲第1号証~甲第11号証を提出し、異議Bでは、甲第1号証~甲第7号証を提出し、以下の申立理由を主張した。

異議Aの申立理由は、以下のようであった。

(1)申立理由1A(新規性欠如)

“本件特許発明1~2、7~8、10は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明であ”る。

(2)申立理由2A(進歩性欠如)

“本件特許発明1~11は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明及び周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである”。

(3)申立理由3A(実施可能要件違反)

“本件特許発明1~11に係る特許は、その発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない”。

異議Bの申立理由は、以下のようであった。

(1)申立理由1B(進歩性欠如)

“本件特許発明1~11は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明及び周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである“

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、紹介する。

異議Aについて

(1)申立理由1A(新規性欠如)及び(2)申立理由2A(進歩性欠如)

申立人は、甲第1号証(特開2006-166870号公報)を主引用文献として、甲2A~甲4Aの記載から、カロチン色素は油溶性色素であるため、飲料に添加される場合に乳化剤による乳化製剤として使用されるものであるから、甲1A発明-1(甲第1号証に記載された発明)の「レモン果汁入り微炭酸飲料」には「カロチン色素」に由来する乳化剤が含まれていると主張した。

審判官が認定した“甲1A発明-1”は、以下であった。

“「蒸留水にレモン透明5倍濃縮果汁、果糖ブドウ糖液糖、砂糖、クエン酸、クエン酸ナトリウム、ビタミンC、ビタミンB6、パントテン酸カルシウム、ベニバナ色素、カロチン色素、レモン香料及びスピラントール濃度50ppm(w/w)の粗スピラントール溶液を添加し均一に溶解させた溶液に炭酸水を加えシールすることによる得られる、レモン果汁入り微炭酸飲料。」”

審判官は、本件特許発明1と甲1A-1発明とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。

“一致点:「スピラントール含有炭酸飲料。」である点。”

相違点1:省略

“相違点2:スピラントール含有炭酸飲料が、本件特許発明1は「乳化成分を含有させた」ものであるのに対し、

甲1A発明-1は「レモン透明5倍濃縮果汁、果糖ブドウ糖液糖、砂糖、クエン酸、クエン酸ナトリウム、ビタミンC、ビタミンB6、パントテン酸カルシウム、ベニバナ色素、カロチン色素、レモン香料」を含むものである点。“

相違点3:省略

審判官は相違点2について、以下のように判断した。

本件特許発明1の「乳化成分」は、本件特許明細書の記載から、“ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステルなどのノニオン系乳化剤や、アニオン系乳化剤、カチオン系乳化剤、両性乳化剤及び天然乳化剤などの公知の乳化剤であることが理解できる。”

・“そうすると、甲1A発明-1に含まれる「レモン透明5倍濃縮果汁、果糖ブドウ糖液糖、砂糖、クエン酸、クエン酸ナトリウム、ビタミンC、ビタミンB6、パントテン酸カルシウム、ベニバナ色素、カロチン色素、レモン香料」は、

いずれも本件特許発明1の「乳化成分」ではないことは明らかであるから、相違点2は実質的な相違点である。

・“甲1Aのその他の記載及び甲2A~甲10Aの記載を考慮しても、甲1A発明-1の「レモン果汁入り微炭酸飲料」に「乳化成分」を含有させることが動機付けられるところはないから、相違点2に係る構成を採用することは当業者が容易になし得たことでもない。

本件特許発明1は、スピラントールを含有する酸性炭酸飲料に、乳化成分を含有させたことで、スピラントールによる炭酸感の向上効果を保持しつつ、スピラントールの辛味刺激を低減したという、甲1A発明-1からは予測できない効果を奏するものである。

これらの理由から、審判官は、“相違点1及び相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1Aに記載された発明ではなく、甲1A発明-1及び甲2A~甲10Aの記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない”と結論した。

(3)申立理由3A(実施可能要件違反)

申立人は、以下のように主張した。

“特許権者は、本件特許出願の審査過程で提出した意見書において、「本願実施例における乳化成分を含む飲料において、仮にスピラントールを含む乳化粒子が形成されているとしても、その平均粒子径は500nmを超えております。」(上記(甲11Aa))としているが、

意見書及び本件特許明細書には粒子径を示す実施例はなく、本件特許明細書の実施例の記載を参酌しても、500nmを超える乳化粒子が形成されるかは非常に疑問であり、当業者といえども本件特許発明を実施することができない。

この主張に対して、審判官は、以下のように判断した。

本件特許発明1は、「スピラントールを含有する酸性炭酸飲料において、乳化成分を含有させたことを特徴とするスピラントール含有酸性炭酸飲料」という技術的事項に関するものであって、スピラントールを含む平均粒子径が500nmを超える乳化粒子を含有させるという技術的事項に関するものではない。

“本件特許明細書には、スピラントールと乳化成分を含有させた酸性炭酸飲料を製造する方法や、そのことにより辛味刺激が低減できることが、具体的な実施例を伴い記載されている。”

これらの理由から、審判官は、“本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているから、本件特許発明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満足しないとはいえない”と結論した。

異議Bについて

(1)申立理由1B(進歩性欠如)

申立人は、甲第1号証(特開2002-65177公報)を主引用文献として、甲3Bの記載から、“甲1B発明-1の「食品」の例としてあげられている「清涼飲料」は、果汁入り炭酸飲料も含み、甲4Bの記載(上記(甲9Aa))から、果汁入りの飲料のpHは7以下の酸性である旨主張”した。

審判官が認定した甲1B発明-1は、以下であった。

ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを含有する、

食品の苦味、辛味、渋味、えぐ味、収れん味(しびれる感覚)等の不快な味を低減又は調整することや、後味を改善するマスキング剤を含有する、食品。

(注)ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルは、乳化剤(https://www.taiyokagaku.com/lab/emulsion_learning/02/)。

審判官は、本件特許発明1と甲1B発明-1とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。

“一致点:「乳化成分を含有させた食品。」である点。”

“相違点7: 食品が、本件特許発明1は「スピラントール含有酸性炭酸飲料」であるのに対し、甲1B発明-1は「食品」である点。”

相違点8:省略

審判官は相違点7について、以下のように判断した。

甲1Bには、マスキング剤は、辛味成分を添加することで辛味が付与された食品に配合することによりその辛味を抑制できることや、辛味成分としてスピラントールがあげられること、

辛味が付与された食品として、野菜ジュース、コーヒー、ココア、紅茶、緑茶、醗酵茶、半醗酵茶、清涼飲料、機能性飲料などがあげられることが記載されている“

しかしながら、甲1Bのその他の記載及び甲2B~甲7Bの記載を考慮しても、甲1B発明-1の「食品」について、甲1Bに多数例示されたマスキングの対象となる成分中から、

辛味成分であるスピラントールを選択して辛味が付与された食品であるとするとともに、具体的な例示もない酸性炭酸飲料であるとすることが動機付けられるところはない。

本件特許発明1は、スピラントールを含有する酸性炭酸飲料に、乳化成分を含有させたことで、スピラントールによる炭酸感の向上効果を保持しつつ、スピラントールの辛味刺激を低減したという、甲1B発明-1からは予測できない効果を奏するものである。

以上の理由から、審判官は、“相違点8について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1B発明-1及び甲2B~甲7Bの記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない”と結論した。