花王株式会社の特許第6745258号は、茶飲料などに非重合体カテキン類を高濃度含有させた場合に感じられる舌のザラつきを抑制する方法に関する。サポート要件違反、新規性欠如、進歩性欠如の理由で異議申立されたが、いずれの申立理由も採用されず、そのまま権利維持された。
花王株式会社の特許第6745258号“飲料組成物”を取り上げる。
特許第6745258号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6745258/9AC9D370C28CD34F2D9E4CFD3E1E051666B7E90723961854776EC452DF208BA0/15/ja)。
【請求項1】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール1000質量ppb以下
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1×10-5以下である、飲料組成物。
【請求項2】~【請求項5】 省略
【請求項6】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール1000質量ppb以下
を、両者の質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1.25×10-3以下となる範囲内で飲料組成物中に含有させる、
非重合体カテキン類による舌のザラつき抑制方法。
【請求項7】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール1000質量ppb以下
を、両者の質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1×10-5以下となる範囲内で調製する、飲料組成物の製造方法。
本特許明細書によれば、
本特許発明における“非重合体カテキン類”は、“カテキン、ガロカテキン、エピカテキン及びエピガロカテキン等の非ガレート体と、カテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピカテキンガレート及びエピガロカテキンガレート等のガレート体を併せての総称”で、
“ポリフェノール化合物の1種であり、様々な生理活性を有することから、飲食品への応用が注目されて”いる。
しかし、“非重合体カテキン類を高濃度に含有させた飲料が多数上市されているが、飲用時に舌がザラつくような感覚を伴うことがある”と記載されている。
また、本特許発明における“シネオール”は、“環状エーテル構造を有するモノテルペノイドの1種であり、さわやかな香りを有する香気物質として知られている”と記載されている。
本特許発明は、“非重合体カテキン類を高含有する飲料に、香気物質として知られるシネオールを特定量含有させ、非重合体カテキン類とシネオールとの質量比を特定範囲内に制御することで、意外なことに、非重合体カテキン類を強化しながらも、舌のザラつきを抑制できることを見出し”たことに基づいていると記載されている。
また、本特許発明の飲料組成物は、“本発明の効果を享受しやすい点から、茶飲料組成物であることが好ましい。ここで、本明細書において「茶飲料組成物」とは、Camellia属の茶葉を原料茶葉として含むもの”を指し、煎茶などの緑茶、鉄観音などの烏龍茶、およびダージリンなどの紅茶が例示されている。
公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2019-118287、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-118287/9AC9D370C28CD34F2D9E4CFD3E1E051666B7E90723961854776EC452DF208BA0/11/ja)。
【請求項1】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類 0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール 1000質量ppb以下
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1.25×10-3以下である、飲料組成物。
【請求項2】~【請求項5】省略
【請求項6】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類 0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール 1000質量ppb以下
を、両者の質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1.25×10-3以下となる範囲内で含有させる、非重合体カテキン類による舌のザラつき抑制方法。
【請求項7】
次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類 0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール 1000質量ppb以下
を、両者の質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1.25×10-3以下となる範囲内で調製する、飲料組成物の製造方法。
請求項1について見ると、非重合体カテキン類とシネオールとの質量比([(B)/(A)])の数値範囲を狭めることによって、特許査定を受けている。
本特許公報の発行日(2020年8月26日)の半年後(2021年2月24日)に、一個人名で異議申立てがなされた(異議2021-700198、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-254432/9AC9D370C28CD34F2D9E4CFD3E1E051666B7E90723961854776EC452DF208BA0/10/ja)。
審理の結論は、以下の通りであった。
“特許第6745258号の請求項1~7に係る特許を維持する。”
異議申立人は、甲第1号証~甲第5号証を証拠として提出して、以下の異議申立理由1~3を主張した。
理由1(サポート要件違反)
“本件特許発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件特許発明の課題を解決できるとは認識することができず、サポート要件を満たしていない”。
理由2(新規性欠如)及び理由3(進歩性欠如)
本件特許発明は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるか、又は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであ”る。
甲第1号証:cookpad ローズマリー緑茶 レシピID:827725 公開日2009年6月4日、更新日2009年6月14日、[online]、[2020年11月4日印刷],インターネットURL:https://www.cookpad.com/recipe/82
甲第2号証~甲第5号証:省略
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
(1)理由1(サポート要件違反)
異議申立人の主張は、以下のようであった。
“本件発明は、「(A)非重合体カテキン類」と特定するのみで、エピガロカテキンガレートと特定していないが、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは、1,8-シネオールと所定量で組み合わせた場合に「舌のザラつきの抑制」効果を確認できるのは、エピガロカテキンガレートのみであり、
また、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは、エピガロカテキンガレート以外の非重合体カテキン類は、「舌のザラつきの抑制」に対して阻害的に働くことが推認されるので、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の課題を解決できるとは認識することができないから、サポート要件を満たしていない”。
審判官の判断は、以下のようであった。
1.本特許明細書には、本特許発明の課題(非重合体カテキン類を高含有する飲料の舌のザラつきの抑制)を解決する手段として、“非重合体カテキン類を高含有する飲料に、シネオールを特定量含有させ、非重合体カテキン類とシネオールとの質量比を特定範囲内に制御することで、非重合体カテキン類を強化しながらも、舌のザラつきを抑制できることを見出した旨が記載され”ている。
2.さらに、実施例には、“本件特許発明1、本件特許発明6及び本件特許発明7の具体例であって、いずれも対応する比較例に対して「舌のザラツキ」の評価が改善しており、本件特許発明1、本件特許発明6及び本件特許発明7が、その解決しようとする課題を解決できることが具体的な裏付けを伴って記載されている。”
3.異議申立人の主張に対しては、
”エピガロカテキンガレート以外の非重合体カテキン類の「舌のザラつき」は、エピガロカテキンガレートの「舌のザラつき」とは性質が異なるものであって、1,8-シネオールによって抑制できないものであることが、出願時における技術常識から明らかであるといえる根拠は見出せない” 並びに、
“本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、エピガロカテキンガレート以外の非重合体カテキン類が「舌のザラつきの抑制」に対して阻害的に働くものであると推認することはできない”と判断した。
上記した理由により、審判官は、“本件特許発明1~7は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている”と結論した。
(2)理由2(新規性欠如)及び理由3(進歩性欠如)
甲第1号証には、生ローズマリー新芽1gと緑茶ティーパック1コに熱湯を注ぎふたをして、蒸らすことにより、又は、生ローズマリー新芽1gを煮出した後、すぐ葉を引き上げ、冷めてから水出し用緑茶ティーパックを入れることにより、得られる飲料組成物の発明(甲1発明)が記載されている。
審判官は、本件特許発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
一致点:“飲料組成物の発明である点”
相違点:“本件特許発明1は、
「次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール1000質量ppb以下
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1×10-5以下である」と特定される“のに対して、
甲1発明は、“含有する成分の量及び比率について特定されていない点”
理由2(新規性欠如)について、審判官は、まず、(A)非重合体カテキン類の含有割合について、甲第2号証には、“緑茶葉乾製品のカテキン含有割合及び緑茶葉浸出液のカテキン含有割合は、緑茶葉品種、注水温度、浸出時間によって大きく異なることが示されている”として、“甲2の記載を根拠にして、甲1飲料発明が「(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%」を含有するものとすることはできない”と判断した。
甲第2号証:五訂日本食品標準成分表値の煎茶浸出液に含まれるカテキンの食品標準成分値
また、(A)非重合体カテキン類と(B)シネオールとの質量比についても、
甲第3号証記載(甲3)には、生のローズマリー葉には1,8-シネオールが4.6±0.2ppm含まれていたことが示されているが、
甲1発明に“用いられる「生ローズマリー新芽」に含まれる成分の種類及び含有割合が、甲3に記載される「ローズマリーの葉」に含まれる成分の種類及び含有割合と同じであるといえる根拠を見出すことはでき”ないこと、
並びに、
“甲1飲料発明に含有される(A)非重合カテキン類及び(B)シネオールの量は、浸出温度及び浸出時間に影響されることが出願時の技術常識から認められるところ”、
甲1飲料発明における“浸出温度及び浸出時間並びにそれにより甲1飲料発明に含有される(A)非重合カテキン類及び(B)シネオールの量は不明であ”ることが認められる。
したがって、甲第5号証の記載を“参酌しても、甲1飲料発明に含有される(A)非重合体カテキン類と(B)シネオールとの質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1×10-5以下であるとすることはできない”と判断した。
上記した理由などにより、審判官は、“甲1飲料発明が「(B)シネオール1000質量ppb以下」を含有するものであるかを検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1飲料発明ではなく、特許法第29条第1項第3号に該当するものではない”と結論した。
また、理由3(進歩性欠如)についての審判官の検討結果は、以下のようなものであった。
“甲1飲料発明に対して、
「次の成分(A)及び(B);
(A)非重合体カテキン類0.03~0.6質量%、及び
(B)シネオール1000質量ppb以下
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4×10-7以上1×10-5以下である」ものとする動機づけは、甲1~甲5の記載を検討しても見出すことはできないので、本件特許発明1は甲1飲料発明及び甲1~甲5の記載に基いて当業者が容易に想到し得たものではない。“
“本件特許発明1は、「非重合体カテキン類を強化しながらも、舌のザラつきの抑制された飲料組成物」であるという当業者の予想し得ない効果を奏するものである。”
上記した理由により、審判官は、“本件特許発明1は、甲1飲料発明及び甲1~甲5の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない”と結論した。