特許を巡る争い<31>テーブルマーク(株)、さぬき麺機(株)・冷凍うどん麺の製造方法

テーブルマーク(株)とさぬき麺機(株)の特許第6526960号は、小麦粉への加水の温度域と手ごね式の捏練機を用いて捏ねることを特徴とする冷凍麺の製法特許。異議申立てされたが、加水の温度域を狭める訂正を行うことによって、権利維持された。

テーブルマーク(株)とさぬき麺機(株)の特許第6526960号“冷凍麺の製造方法”を取り上げる。

特許第6526960号の特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6526960/5ED99404F24DE50211B59A98C76DFFDAAD1EFD8BE13AADE3E045D13D29DC3A02/15/ja)。

【請求項1】

以下の工程を含む、冷凍麺の製造方法:

(A)20~40℃の水溶液を小麦粉100重量部に対して45重量部以上の量で加える工程、

(B)手ごね式の捏練機を用いて捏練する工程、

(C)捏練した生地を熟成する工程、

(D)麺生地を形成する工程、

(E)麺生地を切りだし麺線にする工程、および

(F)麺生地または麺線を熟成する工程。

【請求項2】~【請求項7】省略

本特許明細書によれば、本特許は、“さぬきうどん”のような、“食感としてコシが強く、もちもち感を有する多加水冷凍麺の製造方法”に関する発明である。

以下に、明細書から本特許発明の特徴に関連する個所を長くなるが引用する。

従来、“工業生産された冷凍麺は手製(いわゆる、手ごね製法)の麺よりも劣っているのが現状であ”り、“その理由の一つは、加水率にあると考えられている。”

“小麦粉使用の麺において加水率を高めた場合、麺に含まれるグルテンの膨潤度が増し、強固な網目状構造が形成される。これにより麺が硬くなり、食感としてコシが強くなる。

また、小麦粉にはタンパク質とともに主成分として澱粉質を含んでいるが、加水量を増やすことにより、よりもちもちした食感が得られる。”

しかし、加水率を高めた麺生地を工業生産することは容易ではない。

なぜならば、加水率を高めた麺生地はやわらかく、重力や圧力を受けると生地全体がくっつき合って一つの塊状となったり、麺生地を引き延ばすためのロールに付着したりと、機械的生産には適さない場合が多いためである。“

また、“加水率の高い麺は、一般に多加水麺と呼ばれ、その加水量は、“うどん等においては小麦粉100重量部に対して43重量部以上であると言われている。”

しかし、“うどんにおいては機械生産に広く用いられるピンミキサーとその後に用いられる通常の複合機とが最大で43重量部までの加水率の麺しか製造できないことから、いずれの場合も実際には多加水麺はほとんど工業的に生産されていない。”

本特許発明において“多加水の麺を製造するためには以下の各工程を行うことが必要である。”

第一に多加水の麺を捏ね上げる機構を有する、手こね式のミキサーを用いた捏ね上げ工程が必要である。麺の製造においては、最初に小麦粉と食塩を混合し、捏ね上げる工程をとる。”

“このような従来技術の下で、本発明者は、捏ね上げ工程に用いる食塩水について20~40℃に保温し、短時間で投入することにより、捏ね上げ工程が短時間であっても生地温度によりグルテン組織形成が促進し、水和も促進するという熟成効果が発揮され、結果として麺にもちもち感が得られる事を発見した。”

“また、本発明者はさらに製造方法を検討したところ、通常はピンミキサーが使用されるところを手ごね式の捏練機を使用することによって、その後の工程でグルテンも形成され、ピンミキサーで製造した多加水生地によっては得られなかったコシが出ることを見出した。“

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2016-86781、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-086781/5ED99404F24DE50211B59A98C76DFFDAAD1EFD8BE13AADE3E045D13D29DC3A02/11/ja)。

【請求項1】

以下の工程を含む、冷凍麺の製造方法:

(A)20~40℃の水溶液を小麦粉100重量部に対して40重量部以上の量で加える工程、

(B)手ごね式の捏練機を用いて捏練する工程、

(C)捏練した生地を熟成する工程、

(D)麺生地を形成する工程、

(E)麺生地を切りだし麺線にする工程、および

(F)麺生地または麺線を熟成する工程。

【請求項2】~【請求項7】 省略

請求項1(A)の「40重量部以上」を「45重量部以上」に補正して、特許査定された。

なお、省略したが、請求項6において、「うどん又はラーメン」の記載を「うどん」への補正も行われた。

特許公報の発行日(2019年6月5日)の半年後(2019年12月4日)、一個人名で異議申立された(異議2019-700984、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-228129/5ED99404F24DE50211B59A98C76DFFDAAD1EFD8BE13AADE3E045D13D29DC3A02/10/ja

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6526960号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~7〕について訂正することを認める。

特許第6526960号の請求項1~7に係る特許を維持する。

特許異議申立人は、刊行物1~刊行物5(甲第1号証~甲第5号証)を証拠として、進歩性欠如を主張した。

刊行物1:特開平7-327581号公報)(甲第1号証)

“自動製麺方法および自動製麺設備” 出願人 さぬき麺機株式会社

刊行物2さぬき麺機株式会社の「製麺機情報」についてのウェブページ(甲第2号証)

刊行物3~刊行物5 省略

審理では、最初に、全請求項について、進歩性欠如を理由に取消理由が通知された。

以下、本特許の請求項1に係る発明に絞って、取消理由通知を紹介する。

審理における主引用文献の刊行物1(特開平7-327581号公報)の特許請求の範囲は、以下のようであった(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-H07-327581/B7E23F1902FF803DEA2000FC80A5AFEFE746CCC2883F81436ACBFF8DA7333C81/11/ja)。

【請求項1】

小麦粉に加水して生地に練り上げるミキシング工程、生地をロール圧延またはプレスして棒状、厚板状または麺帯状の麺生地に形成する麺生地形成工程、

前記麺生地を延ばして麺帯を作る荒延し工程、

前記麺帯を延ばしてその厚さを薄くしていく仕上延し工程、および

麺帯を多数本の麺線に切出していく切出し工程を順に行う自動製麺方法であって、

前記麺生地形成工程と前記切出し工程の間で、

2以上の熟成工程を実行することを特徴とする自動製麺方法。

【請求項2】~【請求項6】省略

審判官は、請求項1に係る発明(本件発明1)と引用発明(刊行物1に記載された発明)とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。

“ <一致点>

「以下の工程を含む、麺の製造方法:

(A)水溶液を小麦粉に加える工程、

(B)混合する工程、

(D)麺生地を形成する工程、

(E)麺生地を切りだし麺線にする工程、および

(F)麺生地または麺線を熟成する工程。」“

<相違点1>

麺の製造方法について、本件発明1は、「冷凍麺」であるのに対して、引用発明は冷凍麺であることが特定されていない点“

<相違点2>

(A)の工程において、本件発明は、水溶液の温度を「20~40℃」とし、水溶液の添加量を「小麦粉100重量部に対して45重量部以上の量」で加えることを特定しているのに対して、引用発明は、水溶液の温度及び水溶液の添加量が特定されていない点“

<相違点3>

(B)の工程において、本件発明は、「手ごね式の捏練機を用いて捏練する」ことを特定しているのに対して、引用発明は手ごね式の捏練機を用いることが特定されていない点“

<相違点4>

本件発明1は、(B)の工程の後に「(C)捏練した生地を熟成する工程」と特定しているのに対して、引用発明は、(B)の工程の後に熟成することが特定されていない点“

審判官は、上記相違点について、本件発明1は、“引用発明に、当該周知技術を単に組み合わせる程度”の相違であって、“当業者が容易に行い得ることに過ぎない。”

また、発明の効果についても、“当業者が予測できる範囲のものであり、何ら格別顕著な効果を奏するものとは認められない”と判断し、“本件発明1は、引用発明及び刊行物1~5に記載された技術的事項及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである”と結論した。

この取消通知に対して、特許権者は、特許請求の範囲のうち、請求項1の(A)の「20~40℃」を「30~40℃」に訂正した。

【請求項1】

以下の工程を含む、冷凍麺の製造方法:

(A)30~40℃の水溶液を小麦粉100重量部に対して45重量部以上の量で加える工程、

(B)手ごね式の捏練機を用いて捏練する工程、

(C)捏練した生地を熟成する工程、

(D)麺生地を形成する工程、

(E)麺生地を切りだし麺線にする工程、および

(F)麺生地または麺線を熟成する工程。

なお、【請求項2】~【請求項7】については訂正されなかった。

訂正請求書及び意見書の提出に先立って、面接が行われていた。以下に、面接記録から、特許権者の主張の要点を引用する。

本件発明での加水率は45%以上であり、従来の工業生産実績である加水率43%よりも高いことを特徴としています。

“訂正案のポイント 請求項1における水溶液の温度を「30~40℃」に訂正することを検討しています。

刊行物との対比

“多加水麺の製造における加水温度は、刊行物3において記載されています。

具体的には、・・・(中略)・・・、表2において使用水温が11~25℃であることが記載されています。しかしながら、刊行物3において仕込水の温度を30℃以上にすることは記載も示唆もされていません。(中略)

また、刊行物3の記載によれば、仕込水の温度をコントロールすることにより、気温が変わっても、決められた加水量で一定物性を持った麺生地が得られるとあり、要するに、気温の変化に応じて使用水温を調節されていることが理解できます。これは、本件発明のように、加水量を増やす場合に仕込水の温度を上げることを意味するものでありません。

以上の点から、刊行物3の記載を参酌しても、多加水麺を製造する上で加水温度を30℃以上(30~40℃)に設定することは当業者が容易に想到できるものではありません。

訂正された特許請求の範囲について、審判官は、上記拒絶理由通知で引用された刊行物1~5を証拠として再度審理し、“特許第6526960号の請求項1~7に係る特許を維持する”と結論した。

以下、請求項1に係る発明に絞って、“異議の決定”の内容を紹介する。

審判官は、<相違点2>の水溶液の温度を、訂正に従って、「20~40℃」を「30~40℃」に変更した以外、本件発明1と引用発明との一致点と相違点は、拒絶理由通知と同様であると認めた。その上で、<相違点1> ~<相違点4> について、以下のように判断した。

(ア)相違点1について(本件発明1は、「冷凍麺」であるのに対して、引用発明は冷凍麺であることが特定されていない点)

“上記刊行物2及び5に記載されたとおり、本件特許の出願時において、冷凍麺を製造することは、当業者によく知られた技術的事項であるといえる。

しかしながら、刊行物1の上記(1d)の段落【0011】、【0013】には、「切り出された麺線」が、茹うどん、あるいは、乾燥麺や半乾燥麺とする場合を想定して記載されていることから、本件特許の出願時に冷凍麺とすることが当業者によく知られていた技術的事項であるとしても、刊行物1に記載された発明に、刊行物2及び刊行物5に記載された技術的事項を組み合わせる動機付けがあるとは認められない。

(イ)相違点2について( (A)の工程において、本件発明は、水溶液の温度を「30~40℃」とし、水溶液の添加量を「小麦粉100重量部に対して45重量部以上の量」で加えることを特定しているのに対して、引用発明は、水溶液の温度(a)及び水溶液の添加量(b)が特定されていない点

a(A)の工程における水溶液の温度

“刊行物3には、仕上げ麺生地を一定温度に保つため、決められた加水量で一定の物性を持った麺生地を得る場合に気温に応じ仕込水温度(11~25℃の範囲)をコントロールすることが記載されている。

すなわち、刊行物3は、決められた加水量に対して、気温に応じ仕込水の温度を変化させ、仕上げ麺生地の温度を一定に保つことが示されているにすぎない。

しかしながら、刊行物1には、麺生地を製造する際に添加する水溶液の温度について何ら記載及び示唆されておらず、また、刊行物1における温度に関する記載は、上記(1d)【0008】に麺生地の熟成時の温度について記載があるにとどまり、刊行物1に記載された発明に刊行物3に記載された技術的事項を組み合わせる動機付けがあるとは認められない。

b(A)の工程における水溶液の添加量

“刊行物2、4及び5に記載されているとおり、本件特許の出願時において、加水量が45%を超え60%程度加えた多加水麺が装置を用いて製造されることは、当業者によく知られた技術的事項であるといえる。

しかしながら、刊行物1には、麺生地を製造する際に添加する水溶液の添加量について何ら記載及び示唆されておらず、また、多加水麺に関する記載も示唆もなく、刊行物1に記載された発明に、刊行物2、4及び5に記載された技術的事項を組み合わせる動機付けがあるとは認められない。

(ウ)相違点3について((B)の工程において、本件発明は、「手ごね式の捏練機を用いて捏練する」ことを特定しているのに対して、引用発明は手ごね式の捏練機を用いることが特定されていない点)

“刊行物2には、多加水(40~60%)手打ち式麺用の真空プレスニーダーが市販されていることが記載されており、また、この真空プレスニーダーを組み込んだ「全自動製麺システム」も記載されている。

この真空プレスニーダーは、本件明細書の段落【0048】の記載から見て捏練機に相当するものと認められる。

しかしながら、刊行物1には、単に「小麦粉に加水して生地に練り上げるミキシング工程」が記載されているにすぎず、刊行物2に記載されているような、多加水手打ち式麺用の真空プレスニーダー及びそれを組み合わせた製麺システムが当業者に公知であったとしても、刊行物1に記載された発明に、刊行物2に記載された多加水手打ち式麺用の真空プレスニーダーを組み合わせる動機付けがあるとは認められない。“

(エ)相違点4について(本件発明1は、(B)の工程の後に「(C)捏練した生地を熟成する工程」と特定しているのに対して、引用発明は、(B)の工程の後に熟成することが特定されていない点)

“刊行物1には、従来技術としてミキシング工程の後に熟成することがグルテンの緊張緩和に有効であること、刊行物3には、捏ねあげた麺生地塊を熟成することによって、グルテン組織が均質化、緻密化し、生地も緩和、軟化し、伸展性が向上すること、がそれぞれ記載されている。また、刊行物4には、熟成はめん生地とめん帯に対して行うことが記載されている。

しかしながら、刊行物1に記載された発明は、従来技術とは異なる圧延の後で必ず熟成を行わせることにより、製麺工程の全工程において、グルテン組織の破壊が起らないようにしたものであり、このような発明に、従来技術であるミキシング工程の後に熟成することを組み合わせるには、むしろ阻害要因があるといえるから、刊行物1に記載された発明に、刊行物1を含めた刊行物3及び刊行物4に記載された技術的事項を組み合わせる動機付けがあるとは認められない。

(オ)発明の効果について

“本件発明1は、上記相違点1~4の発明特定事項を採用することにより、食感として十分にコシが強く、さらにもちもち感に優れた多加水麺(冷凍麺)を工業的に大量生産することができるという、刊行物1に記載された発明及び刊行物2~5に記載された技術的事項からは、当業者が予測できない効果を奏するものであり、この効果は格別顕著なものと認められる。

そして、“本件発明1は、刊行物1に記載された発明及び刊行物2~5に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。”と結論した。