特許を巡る争い<30>伊藤園・大麦若葉臭マスキング剤

株式会社伊藤園の特許第6581226号は、大麦若葉由来の牧草臭を抑制する緑茶粉砕物又は抹茶から成るマスキング剤に関する。新規性違反、進歩性違反及び記載要件違反で異議申立されたが、いずれの申立理由も認められず、権利維持された。

株式会社伊藤園の特許第6581226号“緑茶を有効成分とする牧草臭マスキング剤”を取り上げる。

特許第6581226号の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6581226/FE0EA4E7BCE4A85971F220FB9F6362E997EBB7B55DB819330DB882C1506D3310/15/ja)。

【請求項1】

緑茶粉砕物又は抹茶から成る牧草臭マスキング剤であって、牧草臭が大麦若葉由来である、牧草臭マスキング剤。

本特許明細書によれば、“マスキング剤”とは、“緑茶粉砕物又はその抽出物を有効成分とすることにより、前述の牧草臭に由来する不快な臭気を抑制するもの”である。

そして、“実施例をもって後に詳説するが、かかる牧草臭は、マスキング作用を有するといわれる各種素材との組合せでみた場合、抹茶や緑茶を用いた場合にその効果が確認できるものの、それ以外の素材ではその効果は確認できない”と記載されている。

一方、本特許の公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである

(特開2019-135940、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-135940/FE0EA4E7BCE4A85971F220FB9F6362E997EBB7B55DB819330DB882C1506D3310/11/ja)。

【請求項1】

緑茶を有効成分とする、牧草臭マスキング剤。

【請求項2】

前記緑茶が粉砕物又はその抽出物であることを特徴とする、請求項1に記載の牧草臭マスキング剤。

【請求項3】

牧草臭が青汁由来であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の牧草臭マスキング剤。

【請求項4】以下、省略

本特許審査過程において、拒絶理由通知に対する手続補正書において、伊藤園は“請求項1における牧草臭の由来を「大麦若葉」に、そしてマスキング剤の有効成分を「緑茶粉砕物又は抹茶」に限定”した。

しかし、再度、拒絶理由が通知されたが、拒絶理由があったのは請求項2以下の請求項であったので、伊藤園は、拒絶理由がなかった請求項1のみに減縮し、請求項2以下を削除する手続補正を行い、特許査定された。

なお、本特許の出願日は平成30年2月7日で、その2か月後(4月9日)に審査請求された。その結果として、公開日(令和1年8月22日)の1か月後(9月25日)に特許公報が発行された。

特許公報発行日の半年後(令和2年3月25日)、一個人名で異議申立された(異議2020-700211)

審理の結論は、以下の通りであった。

特許第6581226号の請求項1に係る特許を維持する。

異議申立人は、以下の申立て理由を主張した。

甲第1号証を主引用例とする新規性違反(理由1)進歩性違反(理由2)

甲第3号証を主引用例とする新規性違反(理由3)進歩性違反(理由4)

甲第4~7号証を主引用例とする新規性違反(理由5)進歩性違反(理由6)

甲第8、9号証を主引用例とする進歩性違反(理由7)

実施可能要件、サポート要件及び明確性の違反(理由8)

以下では、甲第1号証を主引用例とする新規性違反(理由1)進歩性違反(理由2)、及び甲第3号証を主引用例とする新規性違反(理由3)進歩性違反(理由4)の審理に絞って紹介する。

1.甲第1号証を主引用例とする場合の新規性違反(理由1)進歩性違反(理由2)の審理

甲第1号証は、特開2003-334046号公報(“大麦若葉及び/又はケールを含有する粉末飲料並びに飲料”https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2003-334046/9C264BB5D17EFE492C3C2DFAACD4F750D8431341BFC0DCEB0DC796B90174503F/11/ja)である。

審判官は、本件発明と甲第1号証に記載された発明(甲1発明)とを対比して、両発明の一致点及び相違点を以下のように認めた。

一致点:「緑茶粉砕物又は抹茶」である点

相違点(相違点1)︓「緑茶粉砕物又は抹茶」が、本件発明においては「牧草臭マスキング剤であって、牧草臭が大麦若葉由来である、牧草臭マスキング剤」であるのに対し、甲1発明においては大麦若葉を含有する粉末飲料の成分である点

相違点1について、審判官は、

“本件発明の牧草臭マスキング剤は、「緑茶粉砕物又は抹茶からなる」ものであるから、緑茶粉砕物又は抹茶以外の成分を含有しないものと解される。

これに対し、甲1発明の粉末飲料は玉露微粉砕物又は煎茶微粉砕物に加え、大麦若葉を含有する。よって、相違点1は実質的な相違点であるといえる“

と判断し、本件発明は新規性を有するとした。

また、

甲1の呈味試験の評価基準は、「苦み」と「嫌な臭み」に着目しているが、両官能特性は区別して評価されておらず、また、評価結果において、”「玉露微粉砕物」や「煎茶微粉砕物」が含まれていても、「苦みや嫌な臭み」をマスキングできておらず、牧草臭のマスキングまでは確認できていないと理解される。”

さらに、

甲第1号証には、“「不醗酵茶及び/又は半醗酵茶の微粉末を混合することにより、大麦若葉やケールの臭みが緩和され」ることが記載されているが”、“多糖類の微粉末による風味や味の改善効果を加えなければ、大麦若葉やケールの苦みや臭みを解消するという課題を解決できないものと理解することができる”ことから、“甲1発明においては、緩和効果は充分満足できるものではな”い。

したがって、“甲1には、甲1発明における「玉露微粉砕物」及び「煎茶微粉砕物」が、「大麦若葉の苦味や嫌な臭み」を「殆どない」又は「全くない」ものとすることができることは記載されているとはいえないし、特に「苦み」ではなく「嫌な臭み」をマスキングできることも記載されていないといえる”とした。

さらに、甲第2号証(特開2010-166886号公報 “食品の香気改善方法” 酵母由来物を含み、かつ食品の香気を改善するための剤)には、牛肉の牧草臭の記載があるが、大麦若葉の牧草臭及びそのマスキング剤については記載も示唆もない。“とした。

そして、“甲1発明の粉末飲料の配合組成並びに甲1及び甲2に記載された事項に基づいて、「玉露微粉砕物」又は「煎茶微粉砕物」を「牧草臭マスキング剤であって、牧草臭が大麦若葉由来である、牧草臭マスキング剤」とすることは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない”と結論した。

2.甲第3号証を主引用例とする場合の新規性違反(理由3)進歩性違反(理由4)の審理

甲第3号証は、“株式会社伊藤園,「伊藤園 毎日1杯の青汁粉末タイプ(糖類不使用)5.6g×20包」,Amazon.co.jpウェブサイト,アマゾンジャパン合同会社,検索日2020年2月21日,<URL︓https://www.amazon.co.jp/伊藤園-毎日1杯の青汁-粉末タイプ-無糖-5-6g×20包/dp/B01C6UTCUK>”である。

ウェブサイトには、上記製品の原材料として、

“食物繊維、大麦若葉粉末、緑茶粉末、ほうれん草粉末、ブロッコリー粉末、ケール粉末、米こうじ粉末、ボタンボウフウ粉末、スピルリナ、ケフィア粉末(乳成分を含む)、でん粉、大根葉粉末”が記載されている。

なお、本特許審査過程で拒絶理由通知に引用された文献として、

“伊藤園,ニュースリリース ,2017年 8月31日,[online],[平成31年2月15日検索],インターネット,〈URL:https://www.itoen.co.jp/news/detail/id=24981〉”がある。

このニュースリリースには、“「緑茶ですっきり飲みやすい 毎日1杯の青汁(糖類不使用)」”の粉末製品20包入が記載されており、

製品特徴として、“国産のほうれん草、ケール、ブロッコリー、長命草(ボタンボウフウ)を、糖類を使わずに国産緑茶ですっきりした後味に仕上げた「香料・保存料・着色料無添加」の粉末青汁です。”と記載されているが、原材料の記載はない。

審判官は、本件発明と甲第3号証に記載された発明(甲3発明)とを対比して、両発明の一致点及び相違点を以下のように認めた。

一致点:「緑茶粉砕物又は抹茶」の点

相違点(相違点2)︓「緑茶粉砕物又は抹茶」が、本件発明においては「牧草臭マスキング剤であって、牧草臭が大麦若葉由来である、牧草臭マスキング剤」であるのに対し、甲3発明においては粉末青汁の成分である点

相違点2について、審判官は、

“本件発明の牧草臭マスキング剤は、「緑茶粉砕物又は抹茶からなる」ものであるから、緑茶粉砕物又は「抹茶以外の成分を含有しないものと解される。

これに対し、甲3発明の粉末青⻘は緑茶粉末以外の原材料を含有する。よって、相違点2は実質的な相違点であるといえる。“として、

本件発明は新規性を有するとした。

また、甲第3号証には、“「青汁は、特有の青臭みがあって『マズイ』『苦い』というイメージ」があるところ、「緑茶粉末を入れることで、すっきり飲みやすい味わいに仕上げ」たことが記載されている”が、“青汁の「特有の青臭み」がマスキングされていることまでは読み取れない”と判断した。

さらに、甲3発明の粉末青汁は、“緑茶以外の成分として「食物繊維、大麦若葉粉末」、「ほうれん草粉末、ブロッコリー粉末、ケール粉末、米こうじ粉末、ボタンボウフウ粉末、スピルリナ、ケフィア粉末(乳成分を含む)、でん粉、大根葉粉末」を含有するから、「特有の青臭み」が「大麦若葉粉末」に由来する「牧草臭」であるのか明らかではないし、「すっきり飲みやすい味わい」が「緑茶粉末」のみによってもたらされるものであるのかも明らかではない”ことから、“甲3発明における「緑茶粉末」が「大麦若葉粉末」の「牧草臭」をマスキングする成分であるとはいえない”と判断した。

甲第12号証(消費者庁,「知っておきたい食品の表示」,平成28年6月)の記載から、“甲3発明の原材料において、緑茶粉末は食物繊維及び大麦若葉粉末に次いで3番目に高い重量割合で配合された原材料であると理解することができる”。

しかし、甲3発明の粉末青汁は、緑茶以外に多数の成分を含有しており、各成分の具体的な重量割合は不明であるから、“甲12の記載を参酌しても、甲3発明における「緑茶粉末」が「大麦⼤若葉粉末」の「牧草臭」をマスキングする成分であるとはいえない”とした。

そして、“甲3発明の青汁粉末並びに甲3、甲2及び甲12に記載された事項に基づいて、「緑茶粉末」を「牧草臭マスキング剤であって、牧草臭が大麦若葉由来である、牧草臭マスキング剤」とすることは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない”と結論した。