サッポロビール株式会社の特許第7117076号は、特定の化合物(1-オクテン-3-オール)を特定量含有させることによって、喉越し感を向上させた炭酸飲料に関する。新規性欠如・進歩性欠如・サポート要件違反の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。
サッポロビール株式会社の特許第7117076号発明“炭酸飲料、炭酸飲料の製造方法、及び、喉越し感向上剤”を取り上げる。
特許第7117076号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7117076/A500CBE213D4E71875E2FF72F0ECB3C2F7AF301DA73BB60EF2FE115465AAEB94/15/ja)。
【請求項1】
20℃におけるガス圧が1.5kg/cm2以上であり、
アルコール度数が9v/v%以下であり、
1-オクテン-3-オールの含有量が20~1800μg/Lである炭酸飲料
(ただし、ビールを除く)。
【請求項2】~【請求項7】 省略
本特許明細書には、炭酸飲料について、“炭酸飲料に関して様々な香味の検討がなされているが、消費者が炭酸飲料に強く要求する特徴の1つとして、炭酸飲料に特有の「喉越し感(刺激感)」が挙げられる。
そして、この喉越し感(刺激感)は、炭酸飲料らしい刺激的な感覚を消費者に与えるものであるため、喉越し感(刺激感)が小さいと、炭酸飲料としての評価の低下につながる可能性がある“と記載されており、本特許発明は、”喉越し感が向上した炭酸飲料、炭酸飲料の製造方法、炭酸飲料の喉越し感向上方法、及び、喉越し感向上剤を提供することを課題とする“と記載されている。
そして、“本発明に係る炭酸飲料は、1-オクテン-3-オールの含有量が所定範囲内となっていることから、喉越し感が向上している”と記載されており、“1-オクテン-3-オール(1-octen-3-ol)”について、“分子式がC8H16Oで示される不飽和アルコールの一種であり、キノコ類に含まれる香気成分である。この1-オクテン-3-オールは、マツタケの香気に大きな影響を及ぼす物質として知られているが、本発明者らは驚くべきことにこの物質が炭酸飲料の喉越し感(刺激感)を向上させることを見出したと記載されている。
また、“1-オクテン-3-オール”は、“化合物、香料等として一般に市販されているものを使用することができ”ると記載されている。
本特許発明の公開公報に記載されている特許請求の範囲は、以下である(特開2018-68195、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-068195/A500CBE213D4E71875E2FF72F0ECB3C2F7AF301DA73BB60EF2FE115465AAEB94/11/ja)。
【請求項1】
1-オクテン-3-オールの含有量が20~1800μg/Lである炭酸飲料。
【請求項2】~【請求項9】 省略
請求項1については、20℃におけるガス圧及びアルコール度数が数値限定され、ビールを除くクレームに補正して特許査定を受けている。
特許公報発行日(2022/08/12) の約5か月後 (2023/01/31) 、一個人名で異議申立てされた(異議2023-700096、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-211401/A500CBE213D4E71875E2FF72F0ECB3C2F7AF301DA73BB60EF2FE115465AAEB94/10/ja)。
審理の結論は、以下の通りであった。
“特許第7117076号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”
異議申立人が特許異議申立書に記載した申立理由は、以下の3点であった。
1.申立理由1(甲第1又は2号証に基づく新規性)
“(1)申立理由1-1(甲第1号証に基づく新規性)
本件特許の請求項1ないし3、5及び6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである“。
甲第1号証:特開2011-152116号公報 【発明の名称】容器詰め炭酸ガス含有アルコール飲料【出願人】サントリーホールディングス株式会社
“(2)申立理由1-2(甲第2号証に基づく新規性)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである“。
甲第2号証:特開昭60-34176号公報 【発明の名称】焼酎と炭酸水とを主成分とする飲物 【出願人】奥 鶴美
2.申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)
“本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである”。
3 .申立理由3(サポート要件)
“本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである”。
“(1)アルコール度6%の炭酸飲料において1-オクテン-3-オールの含有量が40μg/L以上であると喉越し感が向上するという本件特許の明細書の記載だけから、1-オクテン-3-オールの含有量が20~40μg/Lのアルコール度6%の炭酸飲料や非アルコール炭酸飲料でも喉越し感が向上することを、本件特許出願時の技術常識を参酌すれば当業者が認識できるように、本件特許の明細書に記載されているとはいえない。”
“(2)1-オクテン-3-オールを添加しない炭酸飲料である態様を包含する本件特許発明1は、喉越し感(刺激感)を向上させるという課題を解決できるかどうかが不明である部分を含む発明であるばかりか、本件特許の発明の詳細な説明に記載されていない部分を含む発明である。”
以下、本特許の請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
1.新規性についての審理
(1)申立理由1-1(甲1に基づく新規性)
審判官は、甲第1号証(甲1)には、下記の甲1飲料発明が記載されているとした。
“ <甲1飲料発明>
「単式蒸留焼酎及び炭酸ガスを含有し、飲料中に含まれるパルミチン酸エチル及びリノール酸エチルの濃度の総和が0.1ppm以下であり、かつ飲料中に含まれるノルマルプロパノール、イソブチルアルコール、及びイソアミルアルコールの濃度の総和が140ppm以上である、容器詰め炭酸ガス含有アルコール飲料であって、
単式蒸留焼酎は芋焼酎や麦焼酎、米焼酎、泡盛などであり、20℃にして測定した炭酸ガスの圧力は1.5~3.0kg/cm2程度であり、アルコール度数は5~10v/v%程度である容器詰め炭酸ガス含有アルコール飲料。」“
審判官は、 本件特許発明1と甲1飲料発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
“<一致点> 「20℃におけるガス圧が1.5kg/cm2以上である、炭酸飲料(ただし、ビールを除く)。」”
<相違点1-1a> 省略
“<相違点1-1b> 本件特許発明1においては、「1-オクテン-3-オールの含有量が20~1800μg/Lである」と特定されているのに対して、甲1飲料発明においては、そのようには特定されていない点。”
審判官は、相違点1-1bについて、以下のように判断した。
・“甲1には、甲1飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有することの明示的な記載はない。”
・異議申立人が主張するように、“「泡盛」がアルコール度数9度に換算した場合に「1-オクテン-3-オール」を「85μg/L」含有することが、甲4に記載された事項から導き出せたとしても、甲1飲料発明における「単式蒸留焼酎」は「芋焼酎や麦焼酎、米焼酎、泡盛など」であり、「泡盛」に限定されている訳ではないから、甲1飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「85μg/L」含有しているとは直ちにはいえない。”
・“したがって、相違点1-1bは実質的な相違点であ”り、“他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1飲料発明であるとはいえない。”
(2)申立理由1-2(甲2に基づく新規性)及び申立理由2(甲2に基づく進歩性)
審判官は、甲第2号証(甲2)には、下記の甲2飲料発明が記載されているとした。
“<甲2飲料発明>
「容器中に密閉し、常温に於ては主として炭酸ガスで加圧された状態にあり、アルコール含有量を5%以上になる様に混合した、焼酎と炭酸水とを主成分とする飲物であって、焼酎の原料としては、米、麦、そば、栗、きび、ごま、栗、甘藷、等である飲物。」“
審判官は、本件特許発明1と甲2飲料発明を対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
“<一致点> 「炭酸飲料(ただし、ビールを除く)。」”
<相違点2-1a> 省略
<相違点2-1b> 省略
“<相違点2-1c> 本件特許発明1においては、「1-オクテン-3-オールの含有量が20~1800μg/Lである」と特定されているのに対して、甲2飲料発明においては、そのようには特定されていない点。”
審判官は、相違点2-1cについて、以下にように判断した。
・“甲2には、甲2飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有することの明示的な記載はない。”
・異議申立人が主張するように、“「泡盛」がアルコール度数9度に換算した場合に「1-オクテン-3-オール」を「85μg/L」含有することが、甲4に記載された事項から導き出せたとしても、甲2飲料発明における「焼酎」は「米、麦、そば、栗、きび、ごま、栗、甘藷、等」を「原料」とするものであって、「泡盛」ではないから、甲2飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「85μg/L」含有しているとはいえない。”
・異議申立人が主張するように、“甲5に記載された事項から、「1-オクテン-3-オール」を含む米焼酎、麦焼酎又はその他の焼酎のうち、「1-オクテン-3-オール」の含有量が最大のものは、「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有するものがあるといえるとしても、甲2飲料発明における「焼酎」が、「1-オクテン-3-オール」の含有量が最大の米焼酎、麦焼酎又はその他の焼酎であるとはいえないから、甲2飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有しているとはいえない。”
・異議申立人が主張するように、“甲5又は6に記載された事項から、黒麹や黄麹を原料とする焼酎の「1-オクテン-3-オール」の濃度が高いことが技術常識であったとしても、甲2飲料発明における「焼酎」が、黒麹や黄麹を原料とする焼酎であるとはいえないし、黒麹や黄麹を原料とする焼酎であれば、必ず「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有する訳でもないから、甲2飲料発明が、「1-オクテン-3-オール」を「20~1800μg/L」の範囲内で含有しているとはいえない。”
・したがって、“相違点2-1cは実質的な相違点であ”り、“甲2飲料発明において、相違点2-1cに係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することの動機付けとなる記載は、甲2にはないし、他の証拠にもなく”、“甲2及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。”
・本件特許発明1は、”「喉越し感が向上している」という甲2飲料発明並びに甲2及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著な効果を奏するものである。“
・“したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲2飲料発明であるとはいえないし、甲2飲料発明並びに甲2及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。”
4 申立理由3(サポート要件)についての審理
審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。
・ “本件特許発明1ないし4の解決しようとする課題”は、“「喉越し感が向上した炭酸飲料を提供すること」”であり、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、”「前記課題は、以下の手段により解決することができる。」という記載に続き、本件特許発明1ないし7に対応する記載がある。“
・ “そうすると、当業者は「1-オクテン-3-オールの含有量」が「20~1800μg/L」である「炭酸飲料」、該「炭酸飲料」の「製造方法」、「炭酸飲料」について、「1-オクテン-3-オールの含有量」を「20~1800μg/L」とする工程を含む「喉越し感向上方法」及び「1-オクテン-3-オール」を有効成分として含有する「喉越し感向上剤」は発明の課題を解決できると認識でき”、“本件特許発明1ないし7に関して、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する”。
・異議申立人の3 .申立理由3(サポート要件)の異議申立理由は、“主張するにとどまり、その裏付けとなる証拠を具体的に提示していないし、本件特許発明1ないし7で特定された条件を満たしているだけでは、発明の課題を解決できないことを示す証拠も具体的に提示していない。
したがって、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘しているとはいえない。
よって、特許異議申立人の”主張はいずれも採用できない。“