アサヒ飲料株式会社の特許第6929056号は、クエン酸に特定の有機酸を特定の比率で組み合わせて酸度調整することなどによって、ヨーグルト様飲料の乳性感を向上させる方法に関する。新規性欠如及び進歩性欠如の理由で異議申立てがなされ、取消理由が通知されたが、クエン酸と有機酸の比率を数値限定する訂正を行って、権利維持された。
アサヒ飲料株式会社の特許第6929056号”飲料、容器詰め飲料、飲料の製造方法および飲料の保存安定性の向上方法“を取り上げる。
特許第6929056号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(
【請求項1】
(A)クエン酸と、(B)乳酸、リンゴ酸、および酒石酸からなる群から選ばれる少なくとも1種と、を含み、
成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)が、0.25以上であって、
飲料全体の酸度に対する(A)クエン酸由来の酸度が75%以下であり、pHが3.0~4.5である、ヨーグルト様の香味を有する飲料。
【請求項2】~【請求項11】省略
特許明細書には、本特許発明に係る従来技術を用いても、“ヨーグルト様の香味を有する飲料における乳性感を得る点で充分ではなかった。また、本発明者がさらに検討を進めたところ、乳性感の劣化の観点からも改善の余地があった”と記載されている。
本発明者は、“クエン酸に特定の有機酸を特定の比率で組み合わせ、かつ飲料全体の酸度に対するクエン酸由来の酸度を調整することが課題を解決する指針として有効であるといった知見を初めて見出し、本発明を完成させた”と記載されている。
そして、本特許発明を用いることによって、“ヨーグルト様の香味を有する飲料における乳性感を向上し、適度な乳性感を有しつつ、乳性感の劣化が抑制された飲料を提供することができる”と記載されている。
公開特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である
(特開2018-102224、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-102224/D5EE7595F7D965AFF4CED563E5E9150CFE0A19ACA505ABB8BC89B4A9A268AE94/11/ja)。
【請求項1】
(A)クエン酸と、(B)乳酸、リンゴ酸、および酒石酸からなる群から選ばれる少なくとも1種と、を含み、
成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)が、0.25以上であって、
飲料全体の酸度に対する(A)クエン酸由来の酸度が75%以下である、ヨーグルト様の香味を有する飲料。
【請求項2】~【請求項11】省略
請求項1については、pHを“3.0~4.5“に数値限定することによって、特許査定を受けている。
本特許発明の公報発行日(2021年9月1日)の半年後(2022年3月1日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2022-700183、
審理の結論は、以下であった。
“特許第6929056号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし8〕並びに〔9及び10〕について訂正することを認める。
特許第6929056号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。“
異議申立人は、証拠として甲第1号証(国際公開第2014/115465号)を提出して、以下の申立理由を申立てた。
(1)申立理由1(甲第1号証に基づく新規性欠如)
“本件特許の請求項1ないし3及び7ないし9に係る発明は、本件特許の出願前
に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用
可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であ“る。
(2)申立理由2(甲第1号証に基づく進歩性欠如)
“本件特許の請求項4ないし6及び10に係る発明は、本件特許の出願前に日本
国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能と
なった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をす
ることができたものであ“る。
異議申立てに対して、2022年4月26日付けで取消理由が通知された。
取消理由は、以下の2つであった。
(1)取消理由1(甲第1号証に基づく新規性欠如)
“本件特許の請求項1ないし3及び7ないし9に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であ”る。
(2)取消理由2(甲第1号証に基づく進歩性)
“本件特許の請求項1ないし4及び6ないし10に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであ”る。
取消通知に対して、特許権者は、2022年7月4日、訂正請求書を提出した。
訂正請求は認められ、特許請求の範囲は、以下のように訂正された。
【請求項1】
(A)クエン酸と、(B)乳酸、リンゴ酸、および酒石酸からなる群から選ばれる少なくとも1種と、を含み、
成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)が、0.25以上10以下であって、
飲料全体の酸度に対する(A)クエン酸由来の酸度が75%以下であり、
pHが3.0~4.5である、ヨーグルト様の香味を有する飲料。
【請求項2】~【請求項10】省略
請求項1については、“成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)”の数値範囲が、“0.25以上10以下”と上限値が限定された。
異議申立人は、訂正された特許請求の範囲について、意見書を提出し(2022年8月19日)し、以下のように主張した。
・“訂正後の本件特許発明1における、「成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)が、0.25以上10以下」との特徴に対して、
参考資料1~4は当該特徴の数値範囲の範囲内にあり、
参考資料5~7は当該特徴の数値範囲と重複しており、
参考資料8は当該特徴の数値範囲の範囲外にある。
このことは、飲料によって所望の呈味が異なるが故に「B/A」は種々の数値となり得るのであって、訂正後の本件特許発明1における「0.25以上10以下」との数値範囲は何ら特別の数値範囲ではないことを示している。“
・“仮に文献に開示されていないとしても、当技術分野において、酸成分を選択しその含有量を調節した結果、訂正後の本件特許発明1に規定する「B/A」の数値範囲に重複することとなっている先行技術は潜在的に数多く存在することは自明であり、当業者であれば理解することである。
したがって、甲1発明及び周知技術に基づけば、訂正後の本件特許発明1において、「成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)」の上限値を「10以下」とすることについて何ら困難性は存在しない。”
以下、訂正された本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)について、審理結果を紹介する。
取消理由通知で引用された甲第1号証(国際公開第2014/115465号)は、発明の名称“酸性乳性飲料およびその製造方法”(出願人 アサヒ飲料株式会社)には、“ジグリセリンミリスチン酸エステル及び/又はその塩を有効成分として含有するプロピオニバクテリウム属細菌増殖抑制剤”(【請求項1】)及び前記“プロピオニバクテリウム属細菌増殖抑制剤を含む、pH3.5以上の酸性乳性飲料” (【請求項2】)に関する発明が記載されている(甲1発明)。
審判官は、本件特許発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>“「(A)クエン酸と、(B)乳酸、リンゴ酸、および酒石酸からなる群から選ばれる少なくとも1種と、を含み、
飲料全体の酸度に対する(A)クエン酸由来の酸度が75%以下であり、
pHが3.0~4.5である飲料。」“
<相違点1-1>“本件特許発明1においては、「成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)が、0.25以上10以下」と特定されているのに対し、甲1発明においては、そのようには特定されていない点。”
<相違点1-2> 省略
上記相違点1-1について、審判官は、以下のように判断した。
・“甲1発明における「クエン酸」の含有量は、0.009質量%と計算され、同じく「乳酸」の含有量は、2.1g×50%÷1000g×100=0.105質量%と計算され、「クエン酸」の含有量に対する「乳酸」の含有量の比は0.105÷0.009=11.7と計算されるから、
甲1発明は、本件特許発明1における「成分(A)の含有量(質量%)に対する成分(B)の含有量(質量%)(B/A)」の「0.25以上10以下」の条件を満足しない。
したがって、相違点1-1は実質的な相違点である。“
・“甲1及び参考資料1ないし8には、甲1発明において、「クエン酸」の含有量(質量%)に対する「乳酸」の含有量(質量%)の比を「11.7」から「0.25以上10以下」の数値範囲内の値とする動機付けとなる記載はない。
したがって、甲1発明において、甲1及び参考資料1ないし8に記載された事項を考慮しても、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。“
・特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の効果、“本件特許発明1の奏する「ヨーグルト様の香味を有する飲料における乳性感を向上し、適度な乳性感を有しつつ、乳性感の劣化が抑制された飲料を提供することができる」”という効果は、
“甲1発明並びに甲1及び参考資料1ないし8に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測できる範囲の効果を超える顕著なものである。”
・特許異議申立人の意見書における主張については、以下の理由から採用できない。
“甲1発明は、pH3.5以上の酸性乳性飲料における異味異臭発生の原因菌であるプロピオニバクテリウム属の新規細菌の増殖をジグリセリンミリスチン酸エステル及び/又はその塩により抑制することを目的とするものである。”
“甲1発明は、飲料のpHは3.5以上とするために、「クエン酸」や「乳酸」を添加しているものである。”
“したがって、甲1発明において、「クエン酸」の含有量(質量%)に対する「乳酸」の含有量(質量%)の比に着目する理由はないし、参考資料1ないし8にも、甲1発明において、「クエン酸」の含有量(質量%)に対する「乳酸」の含有量(質量%)の比に着目し、その比を調整する動機付けとなる記載はない。”
“甲1及び参考資料1ないし8には、「クエン酸」の含有量(質量%)に対する「乳酸」の含有量(質量%)の比を調整することで、「ヨーグルト様の香味を有する飲料における乳性感を向上し、適度な乳性感を有しつつ、乳性感の劣化が抑制された飲料を提供することができる」という効果を奏することは記載も示唆もされていない。”
“そうすると、仮に、「酸成分として、クエン酸と、乳酸、リンゴ酸、酒石酸とを適宜組み合わせて、飲料の呈味を最適化するためにそれらの含有量を調節すること」が、参考資料1~8から周知技術であるといえたとしても、
甲1発明に上記周知技術を適用し、「クエン酸」の含有量(質量%)に対する「乳酸」の含有量(質量%)の比を「11.7」から「0.25以上10以下」の数値範囲内の値にする動機付けがあるとはいえない。”
上記の理由から、審判官は、本件特許の請求項1に係る特許は、“取消理由並びに特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない”と結論した。