特許を巡る争い<78>日清製粉ウェルナ・パスタ用麺特許

特許第6960560号は、生地の小麦粉の配合と麺成形方法とに特徴を有する、食感の良好な麺類の製造方法に関する。新規性欠如、進歩性欠如及び記載不備の理由で2件の異議申立がなされ、拒絶理由が通知されたが、訂正請求はされず、そのまま権利維持された。

日清製粉ウェルナ(旧社名 日清フーズ株式会社)の特許第6960560号“麺類の製造方法”を取り上げる。

特許第6960560号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6960560/C09D4387E429A35C139158D76FAD078481E842BDE3AA1B7D4BE08EF02492D042/15/ja)。

【請求項1】

40kgf/cm2~120kgf/cm2の圧力で生地を押出し成形することを含み、

該生地が、デュラム粉と粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉とを

1:99~29:71の質量比で含有する原料粉から調製されたものである、

麺類の製造方法。

【請求項2】~【請求項8】省略

本特許公報の明細書には、本特許発明で使用される“デュラム粉”について、“一般的にパスタ類に用いられているものであればよく、例えばデュラムセモリナや、より粒度の細かいデュラム小麦粉、又はそれらの混合物を用いることができる。

該デュラム粉は、デュラム小麦の胚乳部を定法により製粉して得られる粉であればよい”と記載されている。

また、本特許発明で使用される“中力小麦粉”について、“中間質小麦由来の小麦粉、及び軟質小麦由来の小麦粉が挙げられ、又はこれらを混合して用いることもできる。

該中間質小麦又は軟質小麦を産生する小麦品種は、麺用、特にうどん用として好適な中力小麦粉を提供し得る小麦品種であると好ましい”と記載されている。

本特許発明においては、“上述した麺類用の生地を所定の圧力下で押出し成形することによって麺類(生麺類)を得る。

すなわち、本発明の方法においては、該生地を、好ましくは40kgf/cm2~120kgf/cm2、より好ましくは50kgf/cm2~100kgf/cm2の圧力で押出し成形して麺類を製造する。

該押出し成形は減圧下で行われ得、減圧度は、好ましくは-200mmHg~-760mmHg、より好ましくは-600mmHg~-760mmHgである。

生地の押出し成形には、乾パスタの製造に用いられる押出製麺機等を用いることができる。

本発明の方法においては、原料粉と練り水とを混練して得られた生地を押出して生麺類を製造すればよく、該混練工程と押出工程の回数には、特に制限はない”と記載されている。

本特許発明を用いて製造される“麺類”としては、“スパゲティやフェットチーネ等のロングパスタ、マカロニやペンネ等のショートパスタ、ラザニア等のシート状パスタを含むパスタ類;うどん、冷麦、そうめん、きしめん、中華麺等を含む麺線類;ギョーザの皮等の麺皮類、などが挙げられる。

このうち、ロングパスタ及びうどん等の麺線類が好ましい”と記載されており、実施例として、スパゲッティが記載されている。

本特許発明を用いることによって、“うどんのような弾力と粘りのある食感を有する一方で、パスタのような歯切れの良い食感も有するという、これまでにない好ましい食感を有する麺類”を提供でき、

“本発明の方法により製造された麺類をソースとともに食した場合、咀嚼中に麺類とともにソースの風味が維持されるので、麺類とソースが一体となった好ましい風味を味わうことができる“と記載されている。

特許第6960560号は、2020年1月30日を優先日とし、2021年1月29日に国際出願され、2021年8月5日に国際公開された特許である(国際公開番号WO-A1-2021/153707 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2021-153707/078E2CE08F7F8DE8DE6F6FFA97F033F61DDD073ABF4BCE711B70E96975146C5A/50/ja)。

国際公開前の2021年5月20日に国内移行され、2021年5月26日に早期審査請求され、拒絶理由通知はなく、出願時の特許請求の範囲で特許査定を受けている。

したがって、出願時の特許請求の範囲と、特許公報に記載された特許請求の範囲は、同一であった。

特許公報の発行日(2021年11月5日)に特許掲載公報が発行され、約半年後に個人名で2件の異議申し立てがなされた(申立日;「申立人A」2022年4月27日、「申立人B」2022年4月28日)。

審理の結論は、以下のようであった(異議2022-700360

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-528842/C09D4387E429A35C139158D76FAD078481E842BDE3AA1B7D4BE08EF02492D042/10/ja)。

“特許第6960560号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。”

申立人A及び申立人Bが、特許異議申立書に記載した申立理由は、以下のようであった。

1.申立人Aの申立理由

(1)申立理由A1-1(進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたもの”である。

甲第A1号証:国際公開第2018/021448号

(2)申立理由A1-2(新規性欠如及び進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A2号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたもの”である。

甲第A2号証:特開2017-35061号公報

(3)申立理由A1-3(進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A3号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたもの”である。

甲第A3号証:国際公開第2013/094724号

(4)申立理由A2(明確性要件不備)

具体的には以下の点で不備であると主張した。

“・本件特許の請求項1では、「粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉」という構成要件が記載されているが、甲第A5号証、甲第A6号証に示されるように、薄力小麦粉、中力小麦粉、強力小麦粉と言う概念は、粗蛋白含量に基づいて分類されており、「粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉」という構成要件は、準強力粉や、強力粉とどのように違うのか、その技術的概念や意義が明確でない。

言い換えると、「粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉」というのは、もはや中力小麦粉ではなく、準強力粉や、強力粉に相当するものであるとも言え、本件発明における「中力粉」がどのような範囲の小麦粉を意図しているのか、当業者であっても理解することができない。請求項1を引用する請求項2~8も同様である。“

2.申立人Bの申立理由

(1)申立理由B(進歩性欠如)

“本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたもの”である。

甲第B1号証:特開2019-162092号公報

審判官は、異議申立に対して、2022年8月25日付けで、取消理由通知を発送した。

取消理由は、上記申立理由A2の“明確性違反”のみで、申立人A及び申立人Bが申し立てた新規性欠如及び進歩性欠如の主張は、いずれも採用されなかった。

取消理由通知に記載された取消理由は、以下のようであった。

“本件発明1は「粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉」との特定事項を有している。

ここで、薄力小麦粉、中力小麦粉、強力小麦粉という概念は、粗蛋白含量に基づいて分類されるものであるが、蛋白含量のみから明確な区分がなされるものではないことが技術常識である(例えば、甲A5表4.1.14においても、中力粉一等粉のたん白量よりも薄力粉二等粉・三等粉のたん白量の方が多いことに留意されたい。)。

してみると、本件明細書には「中力小麦粉」がどのように定義されるものであるのか記載されておらず、本件明細書で比較例として記載されている「強力小麦粉」や「準強力小麦粉」とどのように区別されるのか把握できない。

また、上記「10%以上」との特定事項について、有効数字を考慮すると、通常「10%」とは9.5~10.4%を意味すると認識されるが、本件明細書の実施例・比較例においては、中力小麦粉C(粗蛋白含量10.0%)が実施例とされる一方で、中力小麦粉D(粗蛋白含量9.5%)及び中力小麦粉E(粗蛋白含量9.6%)は比較例とされており、記載が整合しておらず不明確である。

請求項1を直接または間接的に引用して特定する本件発明2ないし8についても同様の理由により明確でない。“

取消理由通知に対して、特許権者は2022年10月12日に意見書を提出し、2022年12月2日に異議の決定がなされた。

そして、2022年8月25日付け取消理由通知について、審判官は、“以下に述べるように、令和4年8月25日付けで通知した取消理由には理由がない”と判断した。

”通知した取消理由には理由がない”と判断した理由は、以下である。

(1)「中力小麦粉」について

「中力小麦粉」は、本件特許の明細書【0014】に記載のとおり、「本発明で使用される中力小麦粉としては、中間質小麦由来の小麦粉、及び軟質小麦由来の小麦粉が挙げられ、又はこれらを混合して用いることもできる」と定められている。

そうすると、該記載を参酌すれば、「中力小麦粉」が、「中間質小麦及び軟質小麦由来の小麦粉のいずれか1種を単独で、又は2種以上組み合わせて用いることができる」ものであって、該「中力小麦粉」は本件明細書で比較例として記載されている「強力小麦粉」や「準強力小麦粉」とは異なるものであることは当業者に明らかである。

(2)「10%以上」について

本件特許の明細書【0032】に記載の製造例または比較例で使用された中力小麦粉の粗蛋白含量は、本件特許の明細書【0028】の記載に照らせば、製造例で使用された中力小麦粉A~Cがそれぞれ順に10.8%、10.5%、10.0%であり、比較例で使用された中力小麦粉D~Eがそれぞれ順に9.5%、9.6%である。

そうすると、本件発明1の「10%以上」には上記比較例の9.5%及び9.6%が含まれないことからみて、該「10%以上」が「10.0%以上」を意味することは当業者に明らかである。

そして、以下のように結論した。

請求項1の「粗蛋白含量10%以上の中力小麦粉」なる記載は第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

そして、他に、請求項1に不明確な記載はない。

したがって、本件発明1に関して、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえず、本件発明1は明確である。

また、請求項1を直接または間接的に引用して特定する本件発明2ないし8についても、本件発明1と同様の理由により明確である。“