特許を巡る争い<57>味の素・炊飯用液体調味料特許

味の素株式会社の特許第6838265号は、米飯をおこわ様のもちもちとした食感にするために炊飯時に用いられる、特定のデンプン類を含有する炊飯用液体調味料に関する。新規性欠如及び進歩性欠如の理由で異議申立てされたが、申立人の主張はいずれも採用されず、権利維持された。

味の素株式会社の特許第6838265号“炊飯用液体調味料”を取り上げる。

特許第6838265号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6838265/54D4D9E83EAC5DC17475B6EADF7220C55BB88B19DF94E95C0C38E053D951EB4F/15/ja)。

【請求項1】

生デンプン、アセチル化アジピン酸架橋デンプン及びヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプンから選択される少なくとも一つのデンプン類を含有する、炊飯用液体調味料

(ただし、α-グルコシダーゼ及び/又はアミラーゼを含有するものを除く)であって、

生米に対して0.1~1.5重量%のデンプン類が添加されるように用いられる調味料。

【請求項2】~【請求項6】 省略

本特許明細書には、本発明における“炊飯用調味料”について、

米飯を炊く際に用いられる調味料をいい、炊き上がった後の米飯に対して用いられる調味料とは区別される概念である。

より詳細には「炊飯用」調味料は、生米を炊飯用水に浸漬させてから加熱することによって米飯を炊く場合に、該加熱の前及び/又は加熱中に、生米及び/又は炊飯用水に添加されて用いられるものである“と記載されている。

本発明においる“生デンプン”について、“物理的処理、化学的処理及び酵素的処理を施されていない未変性のデンプンをいい、例えば、より好ましくはタピオカデンプン、ワキシーコーンデンプン、ワキシー馬鈴薯デンプンである”と記載されている。

また、本特許発明における“アセチル化アジピン酸架橋デンプン”及び“ヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプン”は“加工デンプン”に類し、“加工デンプン”とは、“物理的処理、化学的処理及び酵素的処理からなる群より選択される少なくとも一つの処理を施されたデンプンをいう”と記載されている。

本特許発明の液体調味料は、“生米とともに炊飯することによって、おこわ様のもちもちとした食感を有する米飯を製造でき”るが、“「おこわ様のもちもちとした食感」とは、おこわを咀嚼した際に顕著に感じられる、適度な付着性と弾性とを兼ね備えた食感をいう”と記載されている。

本特許の公開公報に記載されたの特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-12070、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-012070/54D4D9E83EAC5DC17475B6EADF7220C55BB88B19DF94E95C0C38E053D951EB4F/11/ja)。

【請求項1】

デンプン類を含有する、炊飯用液体調味料。

【請求項2】~【請求項11】 省略

デンプン類を、生デンプン、アセチル化アジピン酸架橋デンプン及びヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプンから選択される少なくとも一つのデンプン類に限定し

炊飯用液体調味料として、α-グルコシダーゼ及び/又はアミラーゼを含有するものを除き

並びに

生米に対して0.1~1.5重量%のデンプン類が添加されるように用いる炊飯用液体調味料の用法の限定を行うことによって、特許査定を受けている

登録公報の発行日(2021年3月3日)の半年後(2021年9月3日)、一個人名で異議が申し立てられた。

異議申立ては、請求項1、請求項2、請求項5及び請求項6に対してであった。

審理の結論は、以下のようであった(異議2021-700853 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-131614/54D4D9E83EAC5DC17475B6EADF7220C55BB88B19DF94E95C0C38E053D951EB4F/10/ja)。

特許第6838265号の請求項1、2、5、6に係る特許を維持する。

異議申立人の申立理由は、以下のように新規性欠如及び進歩性欠如であった。

“理由ア“(新規性欠如)

“請求項1、5、6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明である、甲第1号証に記載された発明であ”る。

“理由イ”(進歩性欠如)

“請求項1、2、5、6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内において頒布された頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明である、甲第1号証~甲第2号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである”。

甲第1号証:竹井よう子 他2名,“炊き込み飯の具の成分が飯の物性に及ぼす影響”,日本調理科学会誌,Vol.30,No.3(平成9年8月20日),pp.49-56

甲第2号証:「でん粉の麺用途における最近の動向」,平成22年4月30日最終更新,独立行政法人農畜産業振興機構,https://www.alic.go.jp/joho-d/joho07_000031.html

以下、請求項1に関する審査結果を紹介する。

審判官は、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)と甲第1号証に開示された発明(甲1添加物発明)とを対比し、以下の一致点及び相違点を認めた。

[一致点(1)]

生デンプン、アセチル化アジピン酸架橋デンプン及びヒドロキシプロピルリン酸架橋デンプンから選択される少なくとも一つのデンプン類を含有する、炊飯用のもの(α-グルコシダーゼ及び/又はアミラーゼを含有するものを除く)、である点“

[相違点(1-1)]

本件特許発明1は、液体調味料であるのに対し、甲1添加物発明は、粉状添加物である点

[相違点(1-2)]

本件特許発明1は、生米に対して0.1~1.5重量%のデンプン類が添加されるように用いられるのに対し、甲1添加物発明は、生米に対して2.0重量%の生デンプンが添加されるように用いられる点

申立人の主張は、以下のようであった。

相違点(1-1)について

“炊飯時に固体デンプンを添加すれば、炊飯用水中にデンプンは分散するため、甲1添加物発明も炊飯時には液体調味料となるから、米飯前の調味料が液体であることが発明の本質ではない”。

相違点(1-2)について

“本件特許明細書の表8に示された実施例9と実施例10を比較して、デンプン類含有量を2.0重量%とした場合と1.5重量%とした場合の米飯の食感や風味は同等であり、上記重量%の差異により有利な効果や異質な効果が生ずることはないから、甲1添加物発明は本件特許発明1と実質的な相違点がないと考えられる”。

したがって、“甲1添加物発明は、本件特許発明1と実質的な相違点がないと考えられ、本件特許発明1は新規性を有しない”。

“仮に、本件特許発明1と甲1添加物発明に相違点があるとしても、甲1添加物発明に対して甲2に記載された技術を適用することで、本件特許発明1は当業者が容易に想到できたものであり、進歩性を有しない”。

これらの主張に対しての審判官の判断は、以下のようであった。

相違点(1-1)について

“炊飯は、生米に加水した後に加熱することにより行うことが技術常識であることから、

生米に粉状の生デンプンを添加すると、そのデンプンは加水後には水中に分散するとはいえても、そのことは、粉状であると認められる甲1添加物発明が液体調味料の発明であるとする根拠にはならない。

また、粉状であると認められる甲1添加物発明を、何らかの方法により液体にしてから生米に添加することを、当業者が容易に想到するといえる根拠にもならない。

したがって、相違点(1-1)についての申立人の主張は受けいれられない。

相違点(1-2)について

“本件特許発明1におけるデンプン類の添加量「生米に対して0.1~1.5重量%」は、甲1添加物発明における生デンプンの添加量「生米に対して2.0重量%」とは、重複する範囲もなく大きく異なっており、米飯の食感や風味の違いを検討するまでもなく、実質的な相違点である。

したがって、相違点(1-2)についての申立人の主張は受けいれられない。

甲2には、各種加工でん粉の麺品質への影響が記載されるにとどまり、生米に対してデンプン類を添加して炊飯した場合の影響を示す記載はないから、

甲1添加物発明に対して甲2に記載された技術を適用したとしても、本件特許発明1は当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。

したがって、本件特許発明1の進歩性についての申立人の主張も受けいれられない。

本件特許発明1は、本件特許明細書に記載されるとおり、食味を損なうことなく、おこわ様のもちもちとした、付着性と弾性を適度に備えた食感を有する米飯を簡便に製造することができるという、当業者の予想し得ない顕著な効果を奏するものである。

以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲1添加物発明ではなく、甲1添加物発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない“と結論した。