特許第6677688号は、ブロッコリーなどに含まれる健康機能を有する化合物(スルフォラファン)を安定化させる方法に関する。進歩性違反の理由で異議申立てされたが、そのまま権利維持された。
フアーマグラ・ラブズ・インコーポレイテツドの特許第6677688号“安定化スルフォラファン”を取り上げる。
“スルフォラファン”(sulforaphane) は、“ブロッコリーやそのスプラウトに微量含まれるフィトケミカルの一種。体内の解毒酵素や抗酸化酵素の生成を促進し、体の抗酸化力や解毒力を高める”化合物である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3)。
特許第6677688号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6677688/6381E3C68F75E5875E3DD76E90B3B475A841A36B8B7D52AE2BD3651C2E46442B/15/ja)。
【請求項1】
スルフォラファンを安定化するための、
スルフォラファンとの複合体を含む組成物であって、
該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する、組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の組成物および賦形剤を含む、医薬組成物または機能性食品組成物。
【請求項3】
経口、外用、非経口、注射、口腔内、舌下、筋肉内または静脈内投与の1つ以上で投与される、請求項2に記載の医薬組成物または機能性食品組成物。
本特許明細書によれば、“スルフォラファンは不安定な油として知られている。スルフォラファンは不安定性であるためその製造および流通させる事が難しい。”
“シクロデキストリン”は、“1-4結合した5個以上のα-D-グルコピラノシド単位から成る環状オリゴ糖のファミリーであ”り、“アルファシクロデキストリン“は、6個のα-D-グルコピラノシド単位が結合して環状になった化合物である。
本特許発明は、“スルフォラファンの安定化方法である。方法は、スルフォラファンまたはその類似体をシクロデキストリンに接触させてスルフォラファンまたはその類似体とシクロデキストリンとの複合体を形成させる段階を含む”と記載されている。
本特許は、2007年1月23日を国際出願日として米国(US)に出願された特許の一部を、新たな出願とした特許であり、日本での公開公報の特許請求の範囲は以下のようであった(特開2018-27956、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-027956/6381E3C68F75E5875E3DD76E90B3B475A841A36B8B7D52AE2BD3651C2E46442B/11/ja)。
【請求項1】
スルフォラファンまたはその類似体を少なくとも1種のシクロデキストリンに接触させてスルフォラファンまたはその類似体と少なくとも1種のシクロデキストリンとの複合体を形成させる段階を含むスルフォラファンまたはその類似体の安定化方法。
【請求項2】~【請求項20】 省略
【請求項21】
スルフォラファンとシクロデキストリンとの複合体を含む組成物。
【請求項22】 省略
【請求項23】
スルフォラファン類似体とシクロデキストリンとの複合体を含む組成物。
【請求項24】~【請求項25】 省略
【請求項26】
シクロデキストリンとスルフォラファンまたはその類似体との複合体と賦形剤とを含む医薬組成物。
【請求項27】~【請求項31】 省略
【請求項32】
シクロデキストリンとスルフォラファンまたはその類似体との複合体と賦形剤とを含む機能性食品組成物。
【請求項33】~【請求項37】 省略
公開日前(2017年10月11日)の審査請求時、および審査の過程で、大幅に請求数を削除して、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2020年4月8日)のほぼ半年後(9月28日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2020-700737、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-173723/6381E3C68F75E5875E3DD76E90B3B475A841A36B8B7D52AE2BD3651C2E46442B/10/ja)。
異議申立ては、請求項1のみを対象とするものであった。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第6677688号の請求項1に係る特許を維持する。”
異議申立人は、甲第1号証~甲第15号証を提出し、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)は、以下の“甲3の1、甲7、甲8及び甲10に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたもの”であると主張した。
甲3の1:仏国特許出願公開第2888235号明細書
甲7:服部憲治郎 監修,寺尾啓二 著「食品開発者のためのシクロデキストリン入門 -シクロデキストリンの安全性と解明されつつある機能性-」第1版第1刷、2004年9月23日発行、pp.118-119、「6.ワサビ香気成分(アリルイソチオシアネート、AITC)の安定化」の項目
甲8:Biosci.Biotechnol.Biochem.(2000),64(1),pp.190-193のp.190
甲10:Biosci.Biotechnol.Biochem.(2004),68(3),pp.671-675のp.671
審判官は、本件発明1と甲3発明とを対比して、以下の一致点と相違点を認めた。
“<一致点1>
スルフォラファンを安定化するための、スルフォラファンを含む組成物。
<相違点1>
スルフォラファンを含む組成物について、
本件発明では「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」を含む組成物であること、及び、
「該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する」ものであることが特定されているのに対して、
甲3発明では、「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」と特定されており、また、カプセルがマトリックスに対してどの程度のスルフォラファンの配合量を有するかは特定されていない点。“
審判官は、“本件発明の「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」は、アルファシクロデキストリンの中空部分にスルフォラファンが、包接された複合体、つまり、包接複合体の形態であるといえる。”と認めた。
そして、“甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」を、「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」とすることを当業者が容易に想到するといえるかについて検討”した。
審判官は、“甲3発明のマトリックスによるカプセル化は、マトリックスをカプセル化剤としてスルフォラファンを被覆することでカプセル化する技術を意図するものといえる”。
したがって、”甲3発明において、甲3の1の記載に基づいてマトリックスとしてシクロデキストリンを採用する場合であっても、
シクロデキストリンによりカプセル化されたスルフォラファンは、必ずしも、スルフォラファンがシクロデキストリンにより包接された複合体、つまり、「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」とはならない。“と判断した。
一方、甲7、甲8及び甲10の記載から、“シクロデキストリンが包接能を有すること、及び、シクロデキストリンによる包接により、包接された化合物が安定化されることは本件の優先日当時の技術常識であった”と判断した。
しかし、“斯かる技術常識を考慮して、「カプセル化剤」として記載された「シクロデキストリン」が、「包接」化剤としての役割を有する化合物であることを想起する場合であっても”、
“甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」を、アルファシクロデキストリンにより包接複合体化されたスルフォラファンとすることを動機づけられるとはいえない“と判断した。
その理由として、出願時の技術常識として、“シクロデキストリンによる包接では、シクロデキストリンの空洞のサイズや複合化対象分子の立体構造が、複合体形成ができるかという点で重要であり、また、特に、アルファシクロデキストリンはグルコース6分子からなる環状物でその空孔が小さいため、包接される分子が限定されることも従来から知られていた”とした。
そして、甲7、甲8及び甲10に記載されたアルファシクロデキストリンにより包接されたことが示されている3種の末端イソシアネート化合物は、スルフォラファンよりも、直鎖長が長く、“立体的にもより嵩高く大きな分子”であること、また、
甲7等に記載されている疎水的な分子構造とは異なり、スルフォラファンは親水性の高い構造である。
そうすると、“甲7、甲8、甲10及び甲12の記載を参酌しても、甲3の1の記載に基づいて、甲3発明のマトリックスによりカプセル化されたスルフォラファンを、スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの包接複合体とすること、すなわち、本件発明の「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」との構成を備えたものとすることを動機づけられるとはいえないし、
まして、複合体中のスルフォラファンのアルファシクロデキストリンに対する配合量を検討して「該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する」との構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえない。
したがって、当業者は、甲3発明を、本件発明の相違点1に係る構成を備えたものとすることを容易に想到することができたとはいえない“と判断した。
また、本件特許発明によって奏される効果は、“甲3の1、並びに、甲7、甲8、甲10及び甲12の記載からは予測できない効果である”と判断した。
そして、審判官は、“本件発明は、甲3発明、すなわち、甲3の1に記載された発明、並びに、甲3の1、甲7、甲8及び甲10の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。