特許権が及ぶ権利範囲(技術的範囲)は、「請求項」に記載された構成要件の文言によって定められ、特許侵害の判断は、構成要件の文言と一致しているかで判断される。ただし、文言不一致の場合でも、特許権が及ぶ技術的範囲の拡張を認める理論(均等論)に基づいて、侵害と判断される場合がある。
特許権の権利範囲は、「特許請求の範囲」中に「請求項」に記載された文言をもとに定められる。
特許侵害しているかどうかの判断は、「請求項」の文章を要件(事項)ごとに区切って(「分説」し)、侵害していると思われる製品や技術と対比する。
文言上、すべての要件が一致していれば侵害、一つでも一致しない事項があれば、非侵害と判断するのが基本である。しかし、不一致の場合でも、権利範囲に含まれると解釈される場合がある。
「均等論」という考え方で、「特許請求の範囲として記載された内容と、問題となる技術の内容とが一部異なっていたとしても、同じ技術的範囲内にあるものと評価する理論」 (http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html)である。
この考え方が生まれた理由として、「クレームの文言が厳格に解釈されると、特許権の侵害が簡単に回避されてしまい、特許発明の保護として不十分なものとなる恐れがあります。例えば、人工ゴムが存在しなかった時代にクレームの文言として天然ゴムと記載していたとしても、現代において天然ゴムを人工ゴムに置換した場合に特許権侵害にあたらないとすることは、特許権の保護として十分ではない場合が多いでしょう。そこで、クレームに記載された構成中に対象製品などと異なる部分があるとしても、その異なる部分が特許発明の本質的な部分ではなく、その異なる部分を対象製品などにおけるものと置き換えても特許発明の目的を達成することができるなど、一定の要件を満たす場合は、対象製品はクレームに記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解されています。」と説明されている(http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html)。
「均等論」が認められるための基準は、以下の5つである(http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html、https://www.aoyamapat.gr.jp/assets/editor/files/%E5%9D%87%E7%AD%89%E8%AB%96%E3%81%AE%E7%AC%AC%EF%BC%95%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%81%A8%E7%89%B9%E8%A8%B1%E5%AE%9F%E5%8B%99%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%EF%BC%A8%EF%BC%B0%E7%89%88.pdfをもとにした)。
1.A社模倣品で使用されている技術と異なっている部分が、当該特許技術の本質部分でないこと(第1要件:非本質的部分)
2.異なった部分を、A社模倣品で採用されている構成と置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の効果作用を奏するものであること(第2要件:置換可能性)
3.上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が、A社模倣品の製造時の時点において容易に想到することができたものであること(第3要件:置換容易性)
4.A社模倣品に使われている技術が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者が容易に推考できたものでないこと(第4要件:非容易推考性)
5.A社模倣品に使われている技術が、特許発明の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたるなどの特段の事情もないこと(第5要件:意識的除外)。
均等論によって、特許権が及ぶ範囲が拡大された事例として、特許第3310301号「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」(マキサカルシトール事件)がある。
侵害していると訴えられた被告の製造方法は、出発物質A及び中間体Cが,原告の特許のシス体のビタミンD構造の化合物ではなく、その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造の化合物であるので、特許に記載された方法とは異なっていることから、文言上は侵害していない。
しかし、知財高裁は、均等論に基づいて、「侵害」と判断した(http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/085769_hanrei.pdf)。
(1)第1要件
目的物質がビタミンD構造の場合において,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,発明の本質的部分でない。
(2)第2要件
被告方法は、出発物質及び中間体をシス体からトランス体に置き換えても,従来技術に比して工程を短縮できるという原告発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する方法である。
(3)第3要件
原告発明を知る当業者は、被告方法実施時点において、原告発明におけるビタミンD構造の出発物質をシス体からトランス体に置き換え、最終的にトランス体の物質Dをシス体に転換するという被告方法を容易に想到できた。
(4)第4要件
当業者において容易に推考できるものとはいえない。
(5)第5要件
明細書には、「シス体」、「トランス体」、「5E」、「5Z」といった、シス体とトランス体の区別を明示する用語は使用されていない。特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
請求項に書かれていない技術内容であっても、均等論によって特許権が及ぶ範囲(技術的範囲)が実質的に拡大されることがある。
特許侵害の判断においては、「文言侵害」の検討に加え、「均等論」によってどこまで範囲が拡大される可能性があるのかの検討が必要である。
ただし、どこまで均等が認められるかは、争ってみないと分からない不明確さはある。
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(引用文献)
- 特許の読み方(1)-特許請求の範囲と明細書、図面 http://ayumu-iijima.com/entry-47/
政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 被害に遭
ったら -権利侵害とは 特許権の侵害とは http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html
政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 知的財産
権Q&A Q4.特許権の均等論 http://www.meti.go.jp/policy/ipr/ipr_qa/qa04.html
文言侵害 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo801-900/yougo_detail821.html
平成28年3月25日判決言渡 平成27年(ネ)第10014号 特許権侵害行為差止請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成25年(ワ)第4040号) 口頭弁論終結日 平成28年2月19日 http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/085769_hanrei.pdf
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〔速報〕平成28 年3 月25 日知財高裁大合議判決:均等論の適用範囲を拡大する新たな
解釈基準を定立 http://www.seiwapat.jp/IP/jp00120.html
均等論の第5要件と特許実務について
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http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/634/086634_hanrei.pdf
医薬品有効成分の製法発明で均等侵害が認められた事例
http://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/201504news.pdf
医薬品有効成分の製法発明で均等侵害が認められた事例(マキサカルシトール事件大合議判決) http://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/201606news.pdf
均等論の要件の明晰化を図った知財高裁大合議判決~マキサカルシトール事件~
http://www.westlawjapan.com/pdf/column_law/20160613.pdf
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