(33)特許審査の現状 ~特許権はそんなに不安定な権利か~
特許査定された特許のうち、争って無効とされる確率は1%以下である。しかし、10年前よりも特許になる率(査定率)の大幅な上昇や、公開前に審査が終了する早期審査制度を利用する件数の上昇は、瑕疵のある特許が生み出される懸念がある。実際には、瑕疵のある特許が1件だけであっても、事業に大きな影響を与えることがある。
「特許権の安定化」は、国の「知的財産推進計画2015」の項目の一つとなっていた。
では、特許権はそんなに不安定な権利なのか?
「不安定」の定義を、特許権についての争いごとが起こったこととすると、裁判所での訴訟
特許庁での無効審判請求や異議申立があった案件が該当する。
特許庁が公表している資料に基づけば、2016年に特許査定された件数は、203,087件である。(2017年もほぼ同数、http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/pdf/status2018/0101.pdf)
一方、訴訟件数は、東京地裁・大阪地裁での平成26~28年での判決・和解の件数を合計すると294件なので、ほぼ100件である。また、2016年の特許庁での無効審判請求数は140件、異議申立件数は1214件であった。これらの争いごとの件数を単純に合計すると、1500件程度になる。
仮に、「不安定性」を、(上記争いごと件数)/(特許査定件数)とすると、特許査定された特許のうち、約0.75%、およそ200件に1件は不安定性のある特許ということになる。
ただし、特許査定された特許が実施されているわけではない。
特許の自社実施率は業界によって大きく異なるようであるが、企業ベースでの平均値は36.5%という調査結果がある(http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/3167/4/NISTEP-NR173-FullJ.pdf)。
実施されていない特許はそもそも争いごとの対象にならない特許と見て、争いごとの対象になり得る特許を、(上記争いごと件数)/(特許査定件数*自社実施率)と考えると、2%程度という計算になる。
つまり、約50件に1件が実質的に権利の安定性が問題となったと見ることもできる。この数字は大きくないかもしれないが、特許権は争いごとが起こるリスクを抱えた権利であること自体には変わりがない。
それでは、特許権の不安定性を生み出し得る要因として何が考えられるか?
特許庁の審査官の数は、2016年で1702名、2017年で1696名である。一審査官当たりの審査処理件数は、2004年は203件、2012年は239件、2013年は234件と公表されており、一人当たりの処理件数は2割近く増えている。
特許査定率(審査請求された案件のうち、特許査定された件数の割合)は、2013年以降はほぼ70%であるが、それ以前は以下のようである。
2007年 48.9%
2008年 50.2%
2009年 50.2%
2010年 54.9%
2011年 60.5%
2012年 66.8%
2010年以降かなり上昇しており、特許査定率が上昇したことによって、瑕疵のある特許が増えているのではないかと懸念される。
また、早期審査も要因の一つになる可能性が考えられる。
審査の中でも審査請求から平均で3カ月以下の短期間で審査結果が出される早期審査の請求件数が、以下のように、非常に増えている。
2009年 9,777
2010年 11,042
2011年 12,170
2012年 14,717
2013年 15,187
2014年 17,086
2015年 17,511
2016年 19,492
2017年 20,529
早期審査では、短期間で審査結果を出すため、通常、外部機関での先行技術調査がなされず、また、一般に、公開される前に審査が終了しているため、他社が情報提供する機会がなく、調査漏れが懸念される。
加えて、早期審査請求できる要件に、「実施関連出願」がある。出願人自身又は出願人から実施許諾を受けた者が、その発明を実施(事業化)している特許出願である。
審査基準には、「商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情」があれば、「進歩性が肯定される方向に働く事情がある」として、審査の際、考慮することができるとなっている。したがって、「実施関連出願」は、進歩性の判断に有利に働く可能性がある。
特許権の「不安定性」は、上記のような特許全体としての見方も必要だが、実際の企業活動においては、1件であっても、瑕疵のある特許(最終的には無効となった特許であっても)について、権利行使がなされると事業に大きな影響が出る。
第2829817号は、「塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品」に関する特許で、請求項1は以下のようであった。
請求項1
豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透しているソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。
この特許は、平成10年9月25日に登録されたが、最終的には無効になり、平成16年10月12日に権利が消滅した。
この間、異議申立、3度の無効審判、さらに裁判まで行われた。
異議申立人は8社と一個人、異議申立したが認められず、特許権が維持された。その結果を受けて、特許権者は国内41社に対し販売数量の数%の特許使用料を請求。その後、裁判で争われるようになったが、無効が確定するまでに6年間を要した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
特許行政年次報告書2017年版 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状
特許庁ステータスレポート2018 http://www.jpo.go.jp/shiryou/toukei/status2018.htm
特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)
http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf
民間企業の研究活動に関する調査報告2016
http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/3167/4/NISTEP-NR173-FullJ.pdf
特許出願の早期審査・早期審理について https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/v3souki.htm
特許・実用新案審査基準 第 III 部 第 2 章 第 2 節 進歩性
第2829817号 「塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品」
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_2829817/FB634637249985C37866368E1D896FBB
発明の進歩性の判断 http://www.suzuki-po.net/pat_ui/shinpo.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・