(12)発明者の稼ぎ ~職務発明~

企業内業務での発明は、発明者から譲渡を受けるか、職務発明規定などに基づいて、企業は特許権を保有でき、発明者はその見返りとして経済上の利益を受けられる。経済上の利益として、各企業は特許報奨制度を設けているが、発明者からの訴訟対策に加え、人材確保の点でも、インセンティブ性の高い報奨制度の導入が重要になってきている。

特許権の金銭的価値が問題となるケースがもう一つある。

現在多くの特許では、発明者と特許権者とが異なっている。これは、特許発明の多くが企業内研究の結果として生まれたものであり、企業内での職務に属する業務の結果として生み出された発明(「職務発明」)は、その特許権が発明者から所属企業に譲渡されているためである。

企業側は、特許権譲渡の対価として、職務発明した発明者に対して、何らかの見返りをしなければならない。

10年ほど前は、その見返りの金額について、発明者との間で争いごとが頻発していた。よく知られた例が、平成17年に知財高裁で和解した青色ダイオードの職務発明に関する訴訟で、和解によって、発明者に約8億円が支払われた。

こうした状況から、平成28年に特許法が改正され、「職務発明」は、以下の2つのうちから選択できるようになった(特許法第35条)。

1.原始発明者等帰属

特許を受ける権利は発明者(従業者)に帰属し、使用者等が特許出願をするには、その権利を譲り受ける(従来と同じ)。

2.原始使用者帰属

使用者等が従業者等に対してあらかじめ職務発明規程等に基づいて、使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定められた場合には、特許を受ける権利は、発明が生まれたときから使用者等に帰属する(新たに追加)。

大学では原始発明者等帰属を維持しているケースが多いということであるが、企業では、原始使用者帰属を選択する方向にある。

「原始使用者帰属」の場合には、企業側は職務発明の特許権を自動的に取得できることになることから、法改正では同時に、従業員に対して、「相当の金銭その他の経済上の利益」(「相当利益請求権」、法改正前の「対価」に相当)を支払うことを定めている。また、そのガイドラインも示されている。

最近の事例(平成25年(ワ)第25017号 職務発明対価不足額請求事件、法改正前だが)を見てみると、液晶用バックライト及びLED照明装置に関する発明に対する対価不足額として、1251万2259円が認められている。

当該特許発明によって、市場を独占できた利益と原告・被告の貢献度をもとに、発明者の対価が算出され、そこから既に払われている金額を差し引いた額が上記金額である。ちなみに、独占利益は、売上、特許寄与率、仮想実施料率をもとに算出されている。また、既払金は、使用者から支払われた報奨金(出願時奨励金,登録時奨励金及び実施褒賞金)となっている。

平成28年(ワ)第36784号 「発光ダイオード及びそのレンズ」特許に関する職務発明対価等請求事件、法改正前)では、出願報奨金2400円、特許登録補償金1万6000円、フランス国特許登録補償金1万6000円となっているが、従来の感覚では、出願報奨金として格別低い金額とは思われない。

しかし、平成28年の法改正は、職務発明に対する高額な対価を抑える方向にあるので、企業にとって有利な形に職務発明規定を変更できるのと同時に、発明者への相当の利益を支払うことをも定めている。特許の出願・権利化や実際に工業化された場合の報奨金が低い場合には、依然として訴訟を起こされるリスクを抱えることになる。

こうしたリスク(社内リスク)を低減するには、報奨に不公平感が出ないように、特許の価値評価や発明者の認定、貢献度の評価を適切に行う必要が出てきている。

また、社外に対しても、報奨ルールを示すことが必要になってきている。

報奨ルールの優劣が、優れた人材の流出防止や獲得の上で、影響を及ぼすようになってきている。報奨金の上限の増額や社外表彰の評価(特許や特許製品が社外から表彰された場合)を重視する方向にある。しかも、国際的に人材を獲得する環境になってきており、報奨制度のインセンティブ性を高めることは、経営課題になってきている。

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(引用文献)

職務発明制度の概要 https://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/shokumu.htm

平成28年度知的財産権制度説明会(実務者向け)テキスト 職務発明制度の概要

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11039947/www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h28_jitsumusya_txt/31.pdf

日本における職務発明

http://www.eu-japan.eu/sites/default/files/presentations/docs/hiroshi_morita-employee_invention_jp.pdf

特許法第35条第6項の指針(ガイドライン) https://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/shokumu_guideline.htm

企業等における新たな職務発明制度への対応状況に関する調査研究報告書

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2016_14.pdf

平成25年(ワ)第25017号 職務発明対価不足額請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/058/087058_hanrei.pdf

平成28年(ワ)第36784号 職務発明対価等請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/682/086682_hanrei.pdf

職務発明に報奨手厚く 三菱電機は上限撤廃 トヨタは基準緩和

https://www.nikkei.com/article/DGXLZO13205220S7A220C1MM8000/

職務発明規定の改正の影響と今後の課題 https://www.ipaj.org/workshop/2016/pdf/panel1.pdf

職務発明における発明者の貢献度と実績報償(裁判例の検討と提案)

http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170724160057.pdf?id=ART0010250837

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