特許を巡る争い<53>イチビキ・甘酒等製造法特許

イチビキ株式会社の特許第6752341号は、麹と異性化酵素の使用を特徴とする甘酒等の飲食品や調味料の製造法に関する。進歩性欠如とサポート要件欠如の理由で異議申立てされたが、いずれの申立理由も認められず、権利維持された。

イチビキ株式会社の特許第6752341号「麹飲食物・麹調味料の製造方法」を取り上げる。

特許第6752341号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6752341/B3E7915C50C73D7E305D8CC29D3754DFE5A9F8C213B2C9C1B3D444C4414FE5B6/15/ja)。

【請求項1】

仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程において、

液体麹である穀物麹又は当該穀物麹とその他の原料との混合物に

アミラーゼを添加し10~20時間維持したのち、

pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む

麹飲食物・麹調味料の製造方法。

【請求項2】

仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程において、

固体麹である穀物麹又は当該穀物麹とその他の原料との混合物に

アミラーゼを添加してから0時間~24時間経過した時、あるいは、仕込み原料混合物中のブドウ糖濃度が30%に達した時、

pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む

麹飲食物・麹調味料の製造方法。

【請求項3】~【請求項4】 省略

請求項1と請求項2とは、麹を使用する点は共通しているが、請求項1では麹が液体麹であるのに対して、請求項2では固体麹であり、グルコースイソメラーゼの添加条件が異なっている。

本特許明細書によれば、本特許発明における“麹飲食物”とは、“麹を利用して得られた飲食物であればアルコールを実質的に含むものも含まないものも含まれ、例として、甘酒の他、清酒、焼酎、ビール、発泡酒、第三のビール、リキュール等の麹飲料が挙げられる。

特に好適には、甘酒である”。

また、“麹調味料”とは、“麹を利用して得られた調味料であればアルコールを実質的に含むものも含まないものも含まれ、例として、清酒、塩麹、醤油、みりん、みりん風調味料、めんつゆ、米味噌、豆味噌等が挙げられ、特に好適には、みりん又はみりん風調味料である”と定義されている。

なお、“アミラーゼ”は、デンプンを分解してブドウ糖を生成する酵素、“グルコースイソメラーゼ”は、グルコース(ブドウ糖)をフルクトース(果糖)に変換する酵素(異性化酵素)である(https://sugar.alic.go.jp/tisiki/ti_0407.htm)。

本特許発明の効果として、“本発明によれば、カロリーが低く、摂取後の血糖の急激な上昇を抑える麹飲食物・麹調味料を得ることができる。特に冷やした麹飲食物においては、果糖の甘味が際立ち好適なものとなる”と記載されている。

本特許明細書には、“上記目的を達成するためになされた本発明の1つの側面は、仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程の間、又は、その後工程においてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法である。

本製法により、ブドウ糖を果糖で置き換えることで、常法により得られる麹飲食物・麹調味料と同程度の甘さを確保しつつ摂取後の血糖の急激な上昇を抑えることができる

と記載されている。

本特許は、原出願日が平成26年10月29日である特願2014-220841の分割出願で、公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである

(特開2020-10690、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-010690/B3E7915C50C73D7E305D8CC29D3754DFE5A9F8C213B2C9C1B3D444C4414FE5B6/11/ja)。

【請求項1】

仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程の間、又は、糖化工程の後工程においてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法。

【請求項2】~【請求項6】 省略

特許公報に記載された請求項1および請求項2と、公開公報に記載された請求項1とを比較すると、麹の種類、アミラーゼの添加、及びグルコースイソメラーゼの添加条件を限定することによって特許査定と受けている。

特許公報発行日(2020年9月9日)の約4カ月後 (2021年1月18日)、一特許業務法人によって異議申立てがなされた (異議2021-700056、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-151603/B3E7915C50C73D7E305D8CC29D3754DFE5A9F8C213B2C9C1B3D444C4414FE5B6/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第6752341号の請求項1~4に係る特許を維持する。

異議申立人は、甲第1号証~甲第6号証を証拠として提出し、全請求項について、進歩性欠如及び記載不備(“サポート要件欠如“)を主張した。

以下、本特許請求項2に係る発明(本件特許発明2)に絞って、審理結果を紹介する。

異議申立人が、本件特許発明2について申し立てた異議申立理由は、以下の3点であった。

(1)申立理由1-A(進歩性欠如):甲第1号証を主引用例として、本特許請求項2に係る発明(本件特許発明2)は、“甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明、又は、甲第1~2号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである”。

甲第1号証:特開平4-370085号公報

甲第2号証:特開平7-155134号公報

甲第5号証:日本食品科学工学会誌, 2001年,Vol.48, No.2, p.150-156

(2)申立理由1-E(進歩性欠如):甲第2号証を主引用例として、“本件特許発明2は、甲第1~2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである”。

(3)申立理由2(“サポート要件欠如”):“本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合しない”。

以下、順に審理結果を紹介する。

(1)申立理由1-A(進歩性欠如)

審判官は、本件特許発明2と甲1発明を対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

・一致点:「仕込み原料に含まれる糖化工程において、穀物麹とその他の原料との混合物に酵素剤及びグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法」である点

・相違点1:本件特許発明2は、“混合物にアミラーゼを添加してから0時間~24時間経過した時、あるいは、仕込み原料混合物中のブドウ糖濃度が30%に達した時、pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含むのに対して、

甲1発明は、“他の酵素剤及びグルコースイソメラーゼを添加する段階を含むものの、アミラーゼを添加してから0時間~24時間経過した時、あるいは、仕込み原料混合物中のブドウ糖濃度が30%に達した時、pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加することの記載がない”点

・相違点2:省略

審判官は、相違点1について、以下のように判断した。

甲第1号証には、

他の酵素剤を添加した後にグルコースイソメラーゼを添加するという特定の添加順序とする動機付けがなく、

さらに、原出願日当時に、酵素を併用する際に、必ず各酵素の至適pHで反応する時間を設けるという技術常識も存在しないことから、

特定の添加順序とした上で、イソメラーゼを添加する前にpHを上げることの動機付けもない“。

甲第5号証には、α-アミラーゼ及びグルコアミラーゼと併用して、グルコースイソメラーゼを用いる異性化糖の製造方法が記載されているが、

甲1発明が麹を用いた調味料の発明であるのに対して、甲第5号証は、異性化糖の製造方法であるから、甲1発明において、甲第5号証に記載された発明を組み合わせる理由がない”。

甲第2号証には、グルコースイソメラーゼを使用する調味液の製造方法が記載されており、“甲1発明と甲第2号証に記載された発明は、調味料の技術分野で共通する”。

しかし、甲1発明において、以下の本件特許発明2の発明特定事項を満たさない。

“「アミラーゼを添加してから0時間~24時間経過した時、pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する」”

“甲第2号証には、ブドウ糖濃度についての記載もないことから、

甲1発明において、甲第2号証に記載された発明を適用しても、本件特許発明2の「仕込み原料混合物中のブドウ糖濃度が30%に達した時、pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する」

という発明特定事項も満たさない。”

審判官は、上記した理由などから、

“相違点2を検討するまでもなく、本件特許発明2は甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明、又は、甲第1~2号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。

(2)申立理由1-E(進歩性欠如)

審判官は、本件特許発明2と甲2発明を対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程において、穀物原料を含む混合物に、アミラーゼを添加したのち、pHを上げてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法」”である点

相違点5本件特許発明2は“混合物に固体麹を含む”のに対して、甲2発明は”混合物に清酒醸造粕の酵素処理物を含む”点

相違点6:省略

審判官は、相違点5について、以下のように判断した。

・甲2発明は、”醸造廃棄物として扱われてきた清酒醸造粕を、廃棄せずに原料として利用した調味液を提供することを解決しようとする課題とするものであるから、“

甲第4号証に、“米麹と米飯、酒粕が、いずれも甘酒の原料として用いられていることが記載されており、米麹と米飯、酒粕がいずれも甘酒の原料であることは技術常識であっても、

甲2発明において、清酒醸造粕に代えて、米麹等の他のものを用いる動機付けはない。

審判官は、上記した理由から、

“相違点6を検討するまでもなく、本件特許発明2は甲第1号証、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明、又は、甲第1~3号証及び甲第5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した

(3)申立理由2(“サポート要件欠如”)

申立人は、以下の主張を行った。

“本件明細書には、「至適pHが7~8のグルコースイソメラーゼを添加する場合には、pHを7~8まで上げてグルコースイソメラーゼを添加する」ことは記載されているが、

pHを7未満まで、あるいは、8よりも高く上げることや、

至適pHが7~8でないグルコースイソメラーゼを使用した場合にもpHを上げることは記載されていない。

よって、本件特許発明1は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、本件は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。“

しかし、審判官は、以下のように判断した。

本特許明細書には、

本件特許発明の解決しようとする課題である“「カロリーが低く、摂取後の血糖の急激な上昇を抑える麹飲食物・麹調味料の製造方法」の提供を解決するための方法”として、

“仕込み原料に含まれる穀物の糖化工程の間、又は、その後工程においてグルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法”が記載されている。

・“本製法により、ブドウ糖を果糖で置き換えることで、常法により得られる麹飲食物・麹調味料と同程度の甘さを確保しつつ摂取後の血糖の急激な上昇を抑えることができる。」と記載されていることから、

当業者は、穀物の糖化工程の間、又は、その後の工程において、グルコースイソメラーゼを添加して、ブドウ糖を果糖に置き換えることにより、「カロリーが低く、摂取後の血糖の急激な上昇を抑える麹飲食物・麹調味料の製造方法」とすることができることを認識できる“。

・“本件特許発明は、穀物の糖化工程において、グルコースイソメラーゼを添加する段階を含む麹飲食物・麹調味料の製造方法の発明であることから、発明の詳細な説明の記載により又は技術常識に照らして当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである”。

審判官は、上記した理由から、“本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである”と結論した。