特許を巡る争い<20>ハウス食品株式会社・ルウの製造方法特許

ハウス食品株式会社の特許第6431642号は、カレーなどの調味原料である”ルウ”の製造における各種原料の混合撹拌順や加熱条件の工程に関する。一個人名で新規性、進歩性、サポート要件の各違反で異議申立されたが、異議申立人の主張は採用されず、そのまま権利維持された。

ハウス食品株式会社の特許第6431642号『ルウの製造方法』を取り上げる。

特許第6431642号の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6431642/479525A3F5302BE1643472D0B9AED56FBBA297BD7A45CFED72088B974B12FFBF/15/ja)。

【請求項1】

ルウの製造方法であって、

(1)第1の油脂原料、澱粉質原料、及び第1の粉体原料を含有する第1原料を撹拌混合しながら加熱して、加熱処理混合物を得る工程と、

(2)前記加熱処理混合物に水系原料を添加して得られる第2原料を、撹拌混合しながら80℃以上の品温で熱処理して、熱処理混合物を得る工程と、

(3)前記熱処理混合物に第2の粉体原料を添加して得られる第3原料を撹拌混合して、ルウを得る工程と、

を含み、

工程(2)において、前記水系原料を、第2の油脂原料との混合物として添加することを特徴とする、ルウの製造方法。

(【請求項2】以下は省略)

本特許明細書には、本特許発明の「ルウ」は、

カレー、シチュー、ハヤシライスソース、ハッシュドビーフなどを調理する際に使用する調理材料のことをいい、”前記ルウを、肉や野菜などの食材を水と一緒に煮込んだところに投入することで、各料理を手軽に作ることができる”と記載されている。

また、「油脂原料」として、

“バター、牛脂、及び豚脂などの動物油脂、マーガリン、パーム油、綿実油、及びコーン油などの植物油脂、並びにこれらの硬化油脂“が例示されている。

澱粉質原料」として、

小麦澱粉、コーンスターチなどの澱粉や小麦粉、コーンフラワーなどの穀粉が例示されている。

粉体原料」は、“前記澱粉質原料以外の粉状の食品原料”を意味し、

第1の粉体原料”として、カレーパウダー、コリアンダー、クミン、胡椒、唐辛子、及びターメリック等の香辛料などが例示されており、“第2の粉体原料”として、“食塩、砂糖、クエン酸が例示されている。

また、「水系原料」として、果実(リンゴ、バナナ、及びチャツネなど)のペースト又はエキスなどが例示されている。

本特許発明を用いれば、“原料混合物の硬化を引き起こさずに各原料を十分に熱処理して、その風味を引き出すことができることがわかった。

したがって、製造過程における原料混合物の硬化を防止しつつ、各原料に由来する風味が向上した料理を作製することのできるルウを製造することが可能となる”

と記載されている。

本特許は、原出願日は平成30年1月26日であるが、平成30年9月7日に分割出願され、同年9月11日に持株会社のハウス食品グループ本社株式会社によって審査請求された。

早期審査によってそのまま特許査定を受け、公開日前の平成30年11月28日(2018.11.28)に特許公報が発行されている。

なお、本特許の公開公報(特開2019-126333)は、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-126333/479525A3F5302BE1643472D0B9AED56FBBA297BD7A45CFED72088B974B12FFBF/11/ja である。

特許公報発行の約半年後(令和1年5月24日)、一個人名で特許異議の申立てがなされた(異議2019-700418)

結論は、以下のようであった。

“特許第6431642号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。”

異議申立人は、新規性違反、進歩性違反およびサポート要件違反で取り消しを求めた。

以下、本特許発明の請求項1(本件特許発明1)について述べる。

新規性違反について、異議申立人は、本件特許発明1は、特開2004-154028号公報に記載された発明(甲1発明Aおよび甲1発明B)であると主張した。

審判官は、本件特許発明1と甲1発明Aとの一致点および相違を以下のように認めた。

一致点

「ルウの製造方法であって、

(1)第1の油脂原料、澱粉質原料を含有する原料を撹拌混合しながら加熱して、加熱処理混合物を得る工程を含む、ルウの製造方法。」である点。

相違点(1A~4A)

1A:“本件特許発明1は、「ルウ」を得るという一連の工程を含むルウの製造方法であるのに対し、甲1発明Aは、工程(A1)で、「ルウ」を得るという工程を含むルウの製造方法である点”

2A:“本件特許発明1は、工程(1)で「第1の粉体原料」を含有する原料を用い、工程(3)で「第2の粉体原料」を添加するのに対し、甲1発明Aは、そのような工程を有さない点”

3A:“本件特許発明1は、工程(2)で、「前記加熱処理混合物に水系原料を添加して得られる第2原料を、撹拌混合しながら80℃以上の品温で熱処理」すると特定しているのに対し、甲1発明Aは、工程(A3)で、「該調味材と該小麦粉ルウとを混合及び冷却してルウを得る工程であって、混合開始時の温度が70℃~150℃」であると特定している点”

4A:“本件特許発明1は、「工程(2)において、前記水系原料を、第2の油脂原料との混合物として添加する」と特定しているのに対し、甲1発明Aは、「前記風味原料を加熱する工程において、該風味原料を、前記調味材調製用油脂の存在下で加熱する」と特定している点”

上記相違点1Aについて、審判官は、“両発明は、用いる原料、及び処理された原料を組み合わせる手順が異なっており、両発明の「ルウの製造方法」は、全体として異なる工程からなるものである”から、したがって、相違点1Aは実質的な相違点であると判断した。

相違点2A~4Aについても、実質的な相違点であると判断し、“本件特許発明1は、甲1発明Aと同一ではない”と結論した。

また、審判官は、本件特許発明1と甲1発明Bとは、

「ルウの製造方法であって、

第1の油脂原料、澱粉質原料を含有する原料を撹拌混合しながら加熱して、加熱処理混合物を得る工程を含む、ルウの製造方法。」である点で一致すると認めた。

しかし、

“本件特許発明1は、「ルウ」を得るという一連の工程を含むルウの製造方法であるのに対し、甲1発明Bは、「カレールウ」を製造するという工程を含むカレールウの製造方法である点”で相違し、“全体として異なる工程からなるものである”こと、

甲1発明Bの工程(B1)は、本件特許発明1の「第1の粉体原料」に相当する原料を用いていない”こと、

“甲1発明Bは、本件特許発明1の工程(2)を有さず、甲1発明Bの工程(B3)の温度条件は、本件特許発明1の工程(2)の温度条件に相当するものとはいえない”こと、

ならびに、“甲1発明Bは、本件特許発明1の工程(2)を有さないから、「調味材」を添加する対象が異なる”ことから、実質的な相違点があると判断した。

そして、“本件特許発明1は、甲1発明Bと同一ではない”と結論した

(本件特許発明1と甲1発明Bとの相違点については、本文最後に注として列挙した。)

進歩性の観点から、審判官は、上記相違点について、本件特許発明1は、甲1発明Aおよび甲1発明Bに基いて、当業者が容易になし得たことではないと結論した。

さらに、甲1発明と甲2(特開2013-110982号公報)に記載された技術的事項を“組み合わせる動機付けはない”と判断した。

そして、本件特許発明1は、“甲1発明A並びに甲2に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たことではない”と結論した。

サポート要件について、

異議申立人は、“工程(1)の「第1原料を撹拌混合しながら加熱して、加熱処理混合物を得る工程」において、加熱温度を規定する事項を含まないため、例えば、「第1の油脂原料」の融点より低い温度で第1原料を加熱しても、油脂は固形状態を保ち、第1原料は硬化したままである態様を含み、その結果、ルウの製造過程で原料混合物の硬化を防止できない態様を含む“ことになる。

したがって、“発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための事項が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであり、特許法第36条第6項第1号の要件を満たさない”と主張した。

これに対して、審判官は、

当業者であれば、本件特許明細書の記載から、“ルウの製造工程において配合する第1の油脂原料の種類に応じて加熱条件を適宜調整し得るものといえるし、配合する第1の油脂原料及び第2の油脂原料の配合量を調整し得るものといえる”、

また、“本件特許明細書には、粉体原料を「第1の粉体原料」と「第2の粉体原料」に分けて添加すること、水系原料を添加して80℃以上に加熱した後に、第2の粉体原料を添加することにより、本件特許発明が解決しようとする課題を解決したものであることが理解できるように記載されている”と判断し、異議申立人の主張を採用しなかった。

(注)本件特許発明1と甲1発明B

相違点(1B~4B)

1B:“本件特許発明1は、「ルウ」を得るという一連の工程を含むルウの製造方法であるのに対し、甲1発明Bは、「カレールウ」を製造するという工程を含むカレールウの製造方法である点”

2B:“本件特許発明1は、工程(1)で「第1の粉体原料」を含有する原料を用い、工程(3)で「第2の粉体原料」を添加するのに対し、甲1発明Bは、

工程(B3)で「油脂3重量部、カレー粉9重量部、砂糖10重量部、食塩9重量部、調味料5重量部及びカラメル2重量部」を添加する点”

3B:“本件特許発明1は、工程(2)で、「前記加熱処理混合物に水系原料を添加して得られる第2原料を、撹拌混合しながら80℃以上の品温で熱処理」すると特定しているのに対し、

甲1発明Bは、工程(B3)で、開放型の冷却釜に「(B1)で製造した小麦粉ルウ(約130℃)及び(B2)で製造した調味材(約110℃)」を加えて撹拌混合すると特定している点”

4B:“本件特許発明1は、「工程(2)において、前記水系原料を、第2の油脂原料との混合物として添加する」と特定しているのに対し、

甲1発明Bは、工程(B2)で「油脂7重量部を投入し、油脂を溶解させ、果実ペースト5重量部、野菜ペースト2重量部、ビーフエキス5重量部及び香辛料3重量部を同時に投入し、混合しながら、約50分間かけて到達品温が約110℃になるまで加熱処理して調味材を製造する」としている点”