特許を巡る争い<121>ユニリーバー・食品用防腐剤特許

特許第7604383号は、 ソルベートなどの合成防腐剤を含有していない、食料品用の防腐組成物に関する。進歩性欠如などの理由で異議申立られたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

ユニリーバー・アイピー・ホールディングス・ベー・フェーの特許第7604383号 “食料品用の防腐組成物”を取り上げる。

特許第7604383号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7604383/15/ja)。

【請求項1】保存食料品を調製するための方法であって、

ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる防腐組成物を、

微生物による腐敗の影響を受けやすい食料品に添加する工程を含み、

保存食料品が60ppm未満のリナロールを含む、方法。

【請求項2】~【請求項3】 省略

特許公報の明細書には、本特許発明の解決する課題に関して、以下のように記載されている。

食品製品中で高頻度に使用される防腐剤として、ソルベート及びベンゾエートがある。残念なことに、このような防腐剤を使用すると、ある種の食料品のフレーバーを損なう可能性があることが多い。更に、消費者の中には、これらの防腐剤を一種の避けた方がよい化学添加物とみなす人もいる。実際、いわゆる「クリーンラベル」食品製品に対する消費者の傾向は高まっている。

特に抗真菌活性の観点で、ソルベートの有益な資質をもたらしてくれるであろう「クリーンラベル」防腐組成物が求められている。

そして、課題解決の方法に関して、以下のように記載されている。

本発明者らは、揮発性芳香化合物の特定の組み合わせが抗微生物活性を有することを特定した。従って、第一の態様では、本発明は、ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる防腐組成物を提供する。

さらに、“本発明者らは、保存食料品中にリナロールが存在すると、防腐組成物の有効性が抑えられる傾向があることを見出した。従って、保存食料品は60ppm未満のリナロール、より好ましくは30ppm未満のリナロール、更により好ましくは15ppm未満のリナロールを含むことが好ましい。保存食料品は実質的にリナロールを含まないことが特に好ましい。繰り返しになるが、これらの濃度は貯蔵される保存食料品中のレベルに関する。

そして、本特許発明が対象とする食品について、以下のように記載されている。

本発明の食料品は、腐敗による損傷を受けやすい食料品である。食料品は、好ましくは、飲料(炭酸を含まない又は炭酸を含むソフトドリンク、フルーツドリンク、飲料濃縮物、マルチサーブ(multiserve)のコーディアル、エナジードリンク、フレーバー水、ネクター、スポーツドリンクを含む)、ソース、ドレッシング、マリネード、ケチャップ、調味料、ブイヨン、スープ、デザート、菓子製品及びアイスクリームからなる群から選択される。”

本特許の原特許は、国際出願され、2020年8月20日に国際公開され(国際公開番号  WO2020/164874)、その後、国内移行されて、2022年4月1日に公表特許公報が発行された特表2022―520828、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-520828/11/ja)。

公表特許に記載された特許請求の範囲は、以下であった。

【請求項1】ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる防腐組成物。

【請求項2】~【請求項15】 省略

請求項1については、物の特許(“防腐組成物”)を方法特許(”保存食料品を調製するための方法”)に形式変更し、特定濃度のリナロールを含有することを要件に加える補正を行って、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2024年12月23日)の約半年後(2025年6月13日)に、日本香料工業会から異議申立られた異議2025-700628、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2021-547497/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7604383号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。”

特許異議申立書に記載された異議申立理由は、以下の5項目であった。

“1  申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)

本件発明1及び2は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特表2009-523016号公報 「緑茶製品の製造方法」

“2  申立理由2(甲第3号証を主たる証拠とする進歩性)

本件発明2は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第3号証:特開2000-342179号公報

“3  申立理由3(甲第4号証を主たる証拠とする進歩性)

本件発明2は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第4号証に記載された発明に基づいて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第4号証:特開2002-136259号公報

“4  申立理由4(甲第5号証を主たる証拠とする新規性)

本件発明2は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第5号証に記載された発明であ“る。

甲第5号証:特開2005-15686号公報

“5  申立理由5(サポート要件)

本件発明3についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたもの“である。

具体的には、“本件の特許明細書には、真菌の増殖阻害試験のために、芳香組成物(芳香化合物の混合物で防腐組成物のこと)を培地に2%添加したことが記載されている(段落0045の実施例1、段落0056の実施例2、段落0060)。一般的に真菌増殖阻害剤の添加効果は、阻害剤の添加濃度の上昇とともに阻害効果が高くなることは当業者の常識であるが、試験濃度よりも極めて低い濃度(請求項3の10~10,000ppm)で真菌の増殖が阻害されることは当業者でも想定できない”であった。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)の申立理由1(甲1を主たる証拠とする進歩性)に絞って、審理結果を紹介したい。

審判官は、甲第1号証(甲1)には、以下の発明(甲1発明)が記載されていると認めた。

“「香りを改良した緑茶製品の製造方法であって、

Camellia  sinensis  var.assamica由来の葉をCTC装置で切断して回転真空乾燥器(RVD)で乾燥し、回収した濃縮物を蒸留して、メタノールE-2-ヘキセナール、リナロール、Z-3-ヘキセノールtrans-リナロールオキシドメチルサリチレート、ヘキサナール、E-2-ヘキセノール、アセトアルデヒド、Z-2-ペンテン-1-オール、cis-リナロールオキシド、1-ペンテン-3-オール、ヘキサン-1-オール及び1-ペンテン-3-オンを含む芳香組成物を得て、

前記芳香組成物をガラスジャーに入れた緑茶葉に加え、密封保存して平衡化させ、得られたリーフティー製品を水で煎じて、リナロールを191ppb含む緑茶製品を得る方法。“(甲1発明)

②審判官は、本件発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

(一致点)“「食料品を調製するための方法であって、  食料品が60ppm未満のリナロールを含む、方法。」”

(相違点1-1) 省略

(相違点1-2) “本件発明1は、「ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる防腐組成物を、微生物による腐敗の影響を受けやすい食料品に添加する工程」を含むのに対し、甲1発明は、そのように特定されていない点。”

③相違点1-2について、審判官は以下のように判断した。

  • 甲1発明は、「芳香組成物」を用いているが、“当該芳香組成物は、「ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチル」以外の化合物であるリナロール、Z-3-ヘキセノール、アセトアルデヒド、Z-2-ペンテン-1-オール、cis-リナロールオキシド、1-ペンテン-3-オール、ヘキサン-1-オール及び1-ペンテン-3-オンの各種化合物を含むものであるから、「ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる」組成物であるとはいえない”。
  • 甲1発明は上記芳香組成物を緑茶製品の香りを改良するための原材料として緑茶葉に混合して用いる(甲1の【0008】、【0070】~【0071】)ものであって、芳香組成物を「防腐組成物」として用いるものではないし、食料品に「添加する」ものともいえない。
  • 甲1及び他の全ての証拠をみても、甲1発明において、“芳香組成物を「ヘキサナール、E-2-ヘキセナール、E-2-ヘキセノール、E-リナロールオキシド、メタノール及びサリチル酸メチルから選択される少なくとも3つの化合物からなる防腐組成物」として、「微生物による腐敗の影響を受けやすい食料品に添加する」ものとする動機付けとなる記載はない。
  • 本件発明1は、相違点1-2に係る発明特定事項を有することにより、食料品が酵母又はカビに対する抗真菌活性を示す(本件明細書の【0009】、【0051】~【0052】、【0060】~【0061】)ものとなるという、甲1及び他の証拠から予測することができない顕著な効果を奏するものである。

④異議申立人は、“甲2発明に、茶フレーバー組成物が殺菌・抗菌・防腐などの作用・機能を維持できる効果を有すること、当該茶フレーバーは緑茶の天然香料を含むことが記載されて”いるおり、一方、甲1発明の芳香組成物は緑茶天然香料であり、殺菌・抗菌・防腐などの作用・機能有する蓋然性は非常に高い“と主張したが、審判官は、“甲1発明は、緑茶製品の香りを改良すること”を目的としているが、“甲1には緑茶製品の保存や防腐の必要性について記載されておらず、芳香組成物を防腐組成物として用いることを動機付ける記載はない”と判断した。

また、甲1及び甲2に接した当業者であっても、甲1発明において、“相違点1-2に係る特定の化合物に着目し”、これを「防腐組成物」として「緑茶葉」に添加することが動機付けられるとはいえないし、さらに防腐の必要性について記載のない「緑茶葉」に代えて「微生物による腐敗の影響を受けやすい食料品に添加する」ことが動機付けられるともいえない。“ さらに、“相違点1-2に係る発明特定事項を有することにより、食料品が酵母又はカビに対する抗真菌活性を示す”という効果は、“甲1、甲2及びその他の証拠から当業者が予測することができないものであり”、“申立人の主張は採用することができない”と判断した。

以上の理由によって、審判官は、“相違点1-2に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1及び他の全ての証拠の記載に基づいても当業者が容易に想到することができたものではない。よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。