もう一つの検討すべき抗弁は、”不実施”の主張である。具体的には、クレームに用途や機能の記載がある場合の権利範囲に属さないという主張と、“作用効果不奏功”と称される抗弁との2つである。
もう一つの検討すべき抗弁は、特許不実施の主張である。
具体的には、クレームに用途や機能の記載がある場合の権利範囲に属さないという主張と、“作用効果不奏功”と称される抗弁との2つである。
これらの抗弁について、“特許法概論” (https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/developing/training/textbook/document/index/Outline_of_Japanese_Patent_Law_j.pdf)に、以下のような説明がある。
“クレームの記載が用途発明である場合に、例えば、クレームに「予防薬」と記載されている特許発明の技術的範囲は、「治療薬」には及ばないものと解釈され、文言侵害は成立しないが、用途の置換可能性が認められる場合には、後述の均等侵害が成立すると解される。”
“クレームの記載が、物の具体的な構成ではなく、その物が果たす機能ないし作用効果のみを表現している、いわゆる「機能的クレーム」といわれるものの場合には、文言通り解釈すれば、通常は広すぎる技術的範囲となる。
そのため、クレーム以外の明細書や図面の記載や、出願時の技術水準を参酌してクレームの解釈が行われる。“
また、“作用効果不奏功の抗弁”は、“クレームの文言すべてを充たす場合であっても、化学や医薬などの発明の分野においては、それが発明の詳細な説明に記載された作用効果を奏しない場合には、特許発明の技術的範囲には属しない”と説明されている。
まず、“用途”が記載された特許における“用途”の文言解釈と、その権利範囲について詳しく見ていく。
“「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)” (https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf)には、以下のような説明がある。
判例から、
“「用途発明」とは,用途以外の発明特定事項に特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)がない発明(考案を含む)をいうと限定的に定義した上で,このような限定的な意味の「用途発明」は,用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとしたと理解できる”と説明されている。
また、
“これらの裁判例に照らすと,「用途発明」の定義の問題として,用途以外の発明特定事項に特徴がない発明については,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないのに対し,
他方,用途以外の発明特定事項に特徴がある発明については,当該用途に使用されるものとして販売されなくても(直接)侵害になりうるという類型化が可能であると考えられる”との説明もある。
別の資料には(”食品用途発明に関する改訂審査基準の妥当性−ラベル論から考える新規性” https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2987)、以下の説明がある。
“化学やバイオ分野のように,化合物や組成物としては既知であるが,新たな効果を発見したことによって適切な用途への適用を見出したような類型の発明(典型的用途発明)は,当該用途にしか排他権は及ばない(用途限定説),というのが裁判例である。”
一般的には、排他権が及ぶ範囲は、当該用途を掲げる製品の製造販売に限られ、実質的には当該用途が記載されたラベルを貼ること、および当該ラベルが貼られた製品を販売や、あるいは、当該製品の当該用途(使途)にふれるようにしなければ、特許権侵害に問われないと考えられている。
ただし、直接侵害だけでなく、間接侵害のリスクがあることにも注意しておく必要がある。
前出の“「用途発明」の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)” (https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201701/jpaapatent201701_077-087.pdf)には、以下のような例を示して、“当該用途(ないし使途)に用いる物として販売していない場合には(直接)侵害とならない用途発明との関係で,当該用途を何ら標榜することなく,用途以外の構成要件を全て充足する物を販売することが間接侵害となりうるか”という問題が提起されている。
“「DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)を含む殺虫剤」という 用途を特定した特許発明が成立している場合に,「殺虫剤」という用途を何ら標榜することなく DDT を販売している場合に,購入者がこれを殺虫剤として使用したとき,販売者に間接侵害が成立し得るかという問題である。”
その答えとして、“用途(又は使途)以外の発明特定事項に特徴がない発明は,当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないが,間接侵害が成立する可能性はあり,特許法102条2項の適用が認められる余地はある”と結論している。
機能的クレームの解釈については、“「広すぎる」特許規律の法的構成―クレーム解釈・記載要件の役割分担と特殊法理の必要性”(https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3260)に、以下のように説明されている。
“機能的クレームの解釈については,近時の裁判例では,機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術的思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることとなりかねず相当でない旨述べたうえ,
明細書に開示された具体的な構成に示されている技術的思想に基づいて請求項に係る発明の技術的範囲を確定すべきであり,技術的範囲は明細書に記載された具体的な実施例に限定はされないが,当業者が明細書の記載内容から実施し得る構成に限られる旨を述べるものが多い。”
もう一つの“作用効果不奏功の抗弁”については判例が少なく、“エアロゾル事件”(大阪高裁平成13年(ネ)3840号、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/493/011493_hanrei.pdf)で判示された考え方がよく引用されている。
長くなるが、判決文の関連部分を引用する。
“特許法70条1項が規定するとおり,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。しかして,特許請求の範囲に記載されているのは特許発明の構成要件であるから,対象製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成要件によって定められることとなる。
そして,通常,当該特定の構成要件に対応して特定の作用効果が生じることは客観的に定まったことがらであり,出願者がこのようなうちから明示的に選別した明細書記載の作用効果が生じることも客観的に定まったことがらであるから,
対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは,当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し,
又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する。
したがって,対象製品が特許発明の技術的範囲に属しないことの理由として明細書に記載された作用効果を生じないことを主張するだけでは不十分であって,
その結果,当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないこと,
又は,特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張する必要がある。
このことは,明細書の発明の詳細な説明の記載に関する36条4項等の規定を前提としていい得ることである。
また,化学や医薬等の発明の分野においては,特許発明の構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら,当該特許発明の作用効果を奏せず,従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり,このようなものは,当該特許発明の技術的範囲に属しない新規なものといえる。
したがって,このようなものについては,対象製品が特許発明の構成要件を備えていても,作用効果に関するその旨の主張により,特許発明の技術的範囲に属することを否定しうる。“
用途発明の特許性については、用途以外の構成要件が同一の先行発明がある場合には、効果は相違点とは考えないというのが一般的な考え方であると思われる。
(“用途発明の意義―用途特許の効力と新規性の判断―” https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3403
“パブリックドメイン保護の観点から考える 用途発明の新規性と排他的範囲の関係” https://www.inpit.go.jp/content/100862916.pdf)。
したがって、用途発明や機能的クレームのある特許発明については、用途や機能以外の構成要件が同一である先行技術文献を見つけることができれば、少なくとも特許(出願)の排他的権利範囲を、当該用途や当該機能で限定された範囲に狭められる可能性があると考えられる。